いつかもう少しだけ前向きに   作:面相ゆつ

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全体的にちょっと正気ではない

 夢を見ている。小さい頃の夏休みの夢だ。自転車に乗って当てもなく走り回るのだけで楽しく、暗くなるまで遊び続けたあの頃。宿題がたくさんあって、最終日までもつれ込んで泣きべそかきながら仕上げたあの頃。将来は何になろうか、明日はどんな楽しい一日になるんだろうか。そんな未来への希望に満ち溢れた、何もかもが輝かしい日々だ。嬉しいことだって、辛いことだって全部ひっくるめて楽しかった。

 

 夢は進んでいく。次は少し飛んで高校生くらいの時期の夢になっている。今思うと、高校時代が俺にとってのターニングポイントがだったんだろう。

 幼少時から俺は自分に対して自信がなく、弱気な人間だった。この頃からだろうか、そんな自分を変えたいと思うようになったのは。自信をつけるためには何が必要かをよく考えていたのを覚えている。

 自己分析をした。そもそもなぜ自信がないのか。それは自分には何もないと思いこんでいたのが原因であった。運動もそれほど得意でないし、勉強だって得意ではない。芸術的センスがあるわけでもないし、歌も上手くない。普通で、ただただ平凡な人間、それが俺だったわけだ。

 そうとわかれば簡単なことだ。一つでもいいから、自分を誇れる何かを身に着ければいい。そうしてたどり着いたのは体を鍛えるということだった。単純だけど、成果が目に見えて実感できるのもよかった。

 元々、お世辞にも頑強とは言えない体だったが、見方を変えれば伸びしろのある体でもあった。時間はかかったが体は目に見えて大きくなっていく。鍛えた体という証拠がある自分だけの成功体験。それは自信をつけるのにはうってつけだった。自信満々……とまではさすがにいかなかったが。

 

 過去を辿る夢はどんどん進み、恐らく終着点と思われる大学受験の時期の夢へと変わった。恥ずかしながら、、一度目の大学受験は見事に失敗した。力不足、その一言に尽きる。情けないと落ち込みはしたし、親への申し訳なさも並々ならぬものであった。大きな挫折だったけれど、やるべきことは決まっている。勉強し、目標の大学に合格する、それだけだ。

 浪人生活ではありがたいことに予備校に通わせてもらい、集中して勉強に取り組むことができた。予備校代だって馬鹿にならない金額だ。バイトをして、少ないながらも賄っていたが、予備校代の大半は親に甘えさせてもらった形である。

 そこからはもう勉強をするしかない。体を鍛えていたからか体力だけはあった。多少無理しても問題はない。要領よく勉強できるほど器用ではなかったので、体力が続くまでひたすら、ただひたすら知識や解答法を詰め込んだ。我ながら無駄が多いことをしていたは思うが、愚直にやり続けた。

 その甲斐があったのか、翌年には無事目標にしていた大学に合格できた。偏差値が高い大学というわけではなかったが、自分なりに全力で頑張った結果だ。合格後、家族や一足先に大学に通う友人から暖かい言葉を受け、泣くほど嬉しかった。間違いなく人生で一番の喜びだったと思う。自分の努力が報われた瞬間だった。

 

 成長するにつれて辛いことの割合は多少なりとも増えていった。それでも、歩みが遅くとも、将来への目標を明確にしつつ、そのための努力に勤しみ、曖昧だった何かを少しずつ形にできていた。辛いことや試練は後に大きく花咲かせるために必要なんだと。努力をすれば報われる時が必ず来るんだと。短いながらも今までの経験から俺はそう信じていた。

 

 段々と意識が覚醒していくのがわかる。数か月前までの己の姿から幽体離脱のように自分が抜けていく。その姿に戻りたくて必死に手を伸ばすが、強い力で後ろに引っ張られる。お前はもう違う人間だ、さっさと出ていけと言われたのだと思った。求めていた夢が終わっていく。夢であって欲しい現実に帰らなければならない。

 

 

 冷たい床の上で目が覚めた。うずくまる変な体勢で寝ていたせいか頭が痛いし、体もバキバキだ。昨日は精神的に参っていたからか、着替えもせずに眠ってしまったのはよくなかった。服がぐちゃぐちゃだし、嫌な汗でべたべたで気持ち悪い。夢を見ていたようだが、多分悪夢だったんだと思う。そうでなければこんなに悲しい気分になるはずがない。とりあえず、色々とリセットするためにシャワーでも浴びるしかない。

 のろのろとした動作で服も下着も全て脱ぎ捨て、脱衣かごに放り込む。狭い浴室に入り、頭から冷水を浴びる。冷たさに震えるが、頭の中が一気にクリアになる。もやもやした気分は晴れていき、完全に目も覚めた。困った時はこれに限る。

 ふと鏡を見て、そして目をそらす。別に女体に対して恥ずかしいとかそういう気持ちは特にない。TS病になった直後は自分ではない体に戦々恐々としたものだったが、今はもはや感慨すらない。あまり起伏のない体だったのが幸いしたのか、見た目だけに慣れるまでは早かった。見た目に今までの面影がほとんどないことには、深い悲しみを覚えているが。

 ただ目の色にだけは全く慣れることはない。以前の目の色は薄茶色で今は青色だ。性が変化することに比べれば、目の色が正反対になるのなんて、とても些細なこと思うかもしれない。確かに視力が低下したわけではない。日常生活を過ごすうえで、必要な視覚能力に問題は見当たらない。慣れない理由は、俺の感覚的な、あるいは情緒的なものに起因するだけだ。

 俺は他人からの視線が気になるタイプの人間だ。理由なくじっと見つめられるだけで、居心地が悪くなる。何か悪いことしてしまったのか、変な恰好してしまっているんだろうか、などあまりよろしくない方向の強迫観念に襲われる。多少は改善されていたとはいえ、元々の性根が自信のない人間だから仕方ない部分もある。

 一般的な純日本人では普通なら出ることはない青い目は、今の自分が以前の自分ではないと強く印象付けられる。この目で自分を見つめると、他人から自分を見つめられるように錯覚する。だからできるだけ鏡などは見たくない。

 

 終わりのない思考を張り巡らせてしまい、結局二十分は冷水のシャワーを浴び続けていたみたいだ。さすがに体が冷え切ってしまった。さっさと髪と体を洗って出ることにする。

 さっぱりとしたおかげか、気分はだいぶ良くなった。どんどん下に落ちていく鬱々とした状態から、一旦抜け出せたようだ。解放感に包まれたまま、何も着ずに部屋を歩き回る。自分でもよくわからない行動だが、たまには何も考えずに動くことも大切だ。変に考える時間があると、悪いことしか考えなくなる。それが長く続くと、生か死かの問題に行き着いて最終的に死にたくなる。入院中もよくあった。

 裸ってすごい。今の俺は無敵な気持ちでいっぱいだ。ずっとこんな気持ちでいられるなら楽しいのにな。歌いたい気分だ。そうだ歌おう。きっともっと楽しくなるぞ。

 子どもの頃に好きだった特撮アニメのオープニングを全力で歌う。男性ボーカルの歌だからか、少し違和感がある。でもすごい気持ちいい。すごい楽しい。笑いがこみあげてくる。ぎゃはぎゃはと明るい少女の声が部屋中に響く。いい感じにノってきた。

 さてもう一曲だとウキウキしているところに、ドンッと壁を強い力で叩く音がした。壁ドンだ。その音でようやく我に返った。当たり前だ。こんなに騒いだら迷惑だ。俺は何をしてるんだ……。

 正気に戻った俺は、いそいそと以前はぴったりだったパーカーを着る。今ではサイズは全く合っていないが、大きいので一応は色々隠れる。そしてふらふらした足取りで布団に入り込む。そのまま頭まですっぽり覆い隠して、うーうー唸りながら反省会を始める。一つだけ言えるのは、今の自分はとてつもなく情けないということだ。とても恥ずかしい気持ちでいっぱいだ。こうして時間だけが過ぎていった。

  

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