【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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今さらぼざろにハマりました。



first album
#01 山田のブルース


「起きろ!! クソ姉貴!!」

 

 四月七日、春の温かい日差しが差し込む花粉症が辛い季節な今日この頃、俺は姉貴の部屋で朝っぱらから怒号を飛ばしていた。

 

「今日から学校だろうが!! 布団引っぺがすぞごらぁ!!」

「春眠暁を覚えず」

「てめー年中暁覚えてねえだろ。よーしわかった。一度は警告したからな。無理矢理ベッドから引きずり降ろしてやんよ!」

 

 一向にベッドから起き上がる気配のない姉貴に対し、俺は実力行使に出る。姉貴が頭まで被っている掛布団を掴み、力の限り引っ張った。

 

 姉貴は抵抗するかと思いきや、ドンという鈍い音を立てて布団と一緒に床に落ちる。

 

「最愛の可愛い姉になんという態度。弟の風上にも置けない」

「俺ほど立派な弟やってる人間なんてそうそういないと思うけど?」

「そんな立派な弟を育てた私はもっと立派」

「だったらいい加減布団離せやこら。コアラの赤ちゃんかてめーは」

「コアラのマーチいちごはロッテが生み出した最高傑作」

「は? パイの実こそ至高なんだが?」

「パイの実……ぱいのみ……おっぱいのみ。レンは巨乳好きだから納得」

「朝っぱらから弟の性癖の話して楽しいか?」

 

 相変わらず布団にしがみついたまま姉貴は脈絡もなく意味もない話を続ける。俺と姉貴は別に仲が悪いわけじゃない。むしろ客観的には仲の良い姉弟だと思われているだろうね。うん……間違いじゃないよ、間違いじゃ。

 

「ええから、はよ起きんかい。今日は入学式なんだから」

「入学式とか在校生の私が出席する意味があるのか。これがわからない」

「姉貴のための行事じゃないんだよなぁ」

「良いこと思いついた。レン、私の制服着て代わりに学校行ってきて」

「俺は新入生なんだけど!?」

 

 なんで入学式の主役である俺が在校生の姉のバーターとして登校せんといかんのじゃ。しかも姉貴の制服を着て。昨今の日本はトランスジェンダーに寛容になりつつあるとはいえ、普通に事案だからな。

 

 男子新入生が女子生徒の制服を着て他校に侵入しました。しかも自分の入学式を放って。

 

 退学RTAかな?

 

「くだらんこと言ってないではよ布団から手を離さんかい。ぐだぐだやってると虹夏ちゃんが───」

『おはよーございまーす! リョウ起きてますかー?』

『あら~、おはよう虹夏ちゃん。リョウちゃんはさっきレンくんが起こしに行ったけど、まだお部屋から出てこないのよ~』

 

 そうこうしている間に俺と姉貴の幼馴染兼姉貴の唯一の友達である虹夏ちゃんがやってきた。マジかよ。姉貴とくだらん漫才やってる場合じゃなかった。

 

「リョウ、起きてる~?」

「目が開いているという状態を『起きている』と定義するなら起きている」

「目ぇ開けてる以外起きてる要素ないけどな」

 

 虹夏ちゃんは姉貴の部屋のドアをノックした後、ゆっくりドアを開けて中に入ってくる。そして、布団を引っぺがそうとしている俺と、みっともなく布団にしがみつく姉貴の姿を見て呆れたように大きなため息を吐いた。

 

「おはよう、虹夏ちゃん」

「おはよう、レンくん」

 

 俺達は苦笑しながら朝のあいさつを交わした。

 

 可愛い可愛い姉の幼馴染がお家にやって来てあいさつしてくれる。

 

 ギャルゲーの導入ですね。シチュエーションだけなら。まあ、虹夏ちゃん相手だったらそんな雰囲気に絶対ならないけど。

 

「もー! 学校の準備全然できてないじゃんっ!」

「今からやろうと思ってたところ」

「それ、姉貴の『信用ならない言葉ランキング』第六位」

「それって何位まであるの?」

 

 虹夏ちゃんが聞いてきたので「百位くらいまで作れる自信がある」と答えたら「百で収まるかなぁ」という、幼馴染らしい手厳しい毒が返ってきた。

 

「姉貴の制服は俺がアイロンかけてそこに畳んであるから。ヘアブラシと寝ぐせ直しとドライヤーはそっちね。虹夏ちゃん、姉貴の着替えお願いしていい? 俺は朝飯取ってくるから」

「うん、わかった。任せて! ほらリョウ。そっち座って」

 

 虹夏ちゃんに言われて姉貴はようやくのそのそ動き出す。やばいな、急がないとマジで時間がなくなってきた。

 

 

 

 

「すごい。なんだかお姫様になった気分」

「こら、リョウ! あんまり動かないでよ。寝癖直してるんだから」

「ほら、姉貴。口開けろ。ぐだぐだ喋ってたら全部まとめて放り込むよ」

 

 俺が朝食を取りに行った後、虹夏ちゃんが姉貴の寝癖を直しながら俺が姉貴に朝食を食べさせる。……ほんとにお姫様扱いだなてめー。母さんも父さんも姉貴にはゲロ甘だからな。

 

 俺くらいは厳しくしないと。

 

「レン」

「はいはい。次はヨーグルトな」

「レン」

「蜂蜜はもうかけてあるから」

 

 姉貴は朝が非常に弱く、放っておくと朝食を食べずに学校に行きかねないから朝は食べやすいものを用意している。今日はカットフルーツにヨーグルトと野菜のスムージー。

 

 姉貴は好き嫌いが少ないのが数少ない長所だな。と、俺は姉貴にヨーグルトを食べさせながら溜息を吐く。

 

 ドキドキワクワクの入学式の朝なのに、なんでこんなブルーな気持ちにならんといかんのだ。

 

 こんな姉貴に対して虹夏ちゃんはほんとにいい子。金髪サイドテールに人体の構造を無視したアホ毛、いつも元気で明るくて家庭的で料理ができて可愛くて良い匂いして……。

 

 なんで虹夏ちゃんが俺の姉じゃないんだ!?

 

 と、この十年で百万回くらい思いました。

 

 まあ、虹夏ちゃんも虹夏ちゃんで責任感の強さが裏目に出て一人で抱え込みがちになることもあるけどね。……あと、童貞キラー。

 

 エロい意味じゃなくて、こう……異性との距離の詰め方がおかしいんだよ。中学時代はほんとにすごかった。どれだけの男子生徒の初恋をクラッシュしてきたことか。

 

「レン、口の周り汚れた。拭いて」

「自分でやれや!!」

「とか言いつつ拭いてあげるレンくんなのだった。なんだかんだ君が一番リョウを甘やかしてるよね」

「甘やかすというか介護だけどね」

「くるしゅうないぞ、レン」

「てめーはもうちょい心苦しさとか感じろ!!」

「いつも感謝してる。心の中ではおーるうぇいずさんきゅーべりーまっち」

「感情が微塵もこもってねえよ!!」

 

 そんな風にぎゃあぎゃあ騒ぎながらも、どうにか姉貴を登校させることに成功する。

 

 これが、俺と姉貴……そして虹夏ちゃんとの日常だ。

 

 

 

 あらためて言うまでもないだろうけど……

 

 俺の姉貴はやべーヤツだ。

 

 生活力はないし女子力もミジンコ並みだし、性格だって一癖も二癖もあって素直じゃないし俺には傍若無人だし。バイトさぼった姉貴の代わりに俺が何度バイト先に謝りに行ってそのまま働いたことか……。

 

 ウチは両親が医者だから他の同年代の子達に比べて遥かに高額なお小遣いを貰ってるのに、姉貴は速攻で使い果たすし。金がなくなれば俺に借りるかその辺に生えてる野草を食って飢えを凌いでるし。

 

 女子高生の姿か……これが……

 

 そんなゲロ甘な両親に反抗するためにベース始めてバンドも組んで……ロックってそーゆー意味じゃないと思う。

 

 おまけにインドア派の甘えたがりでコミュ力がないから虹夏ちゃん以外に友達がいないし。しかも最近になって姉貴全肯定狂信者が現れてえらいことになったし。

 

 さらにその狂信者は何の因果か俺と同じ高校に進学してるし。そこは姉貴と同じ高校に行っててほしかった!!

 

 俺はもちろん姉貴とは違う高校に通います。家でも学校でも姉貴の介護とか洒落にならない。そういうのは中学までで卒業したんだ!!

 

 負担増やしちゃってごめんね虹夏ちゃん。バイトとかでたくさんお手伝いしますから。

 

 弟を甘やかしてくれる優しい姉? そんなん二次元の中にしか存在せんわ。夢見るのも大概にしとけボケナス。

 

 そんな姉貴と十何年も一緒に生活して、姉を反面教師として生きてきて───俺は心に固く、固く誓ったんだ。

 

 

 

 

 将来は年上巨乳美人に甘やかされるような立派な大人になる!!

 

 

 

 

「続いて、新入生代表挨拶───代表、山田レン」

「はい!」

 

 この秀華高校での入学式の新入生代表に選ばれた俺……ここから俺が立派な人間になるためのサクセスストーリーが始まります!!

 

 と、この時の俺は愚かにもそう思っていたんだ。

 

 あの桃色の───不思議生命体に出会うまでは。

 

 

 

 

 新入生代表挨拶を無難にこなし、入学式が終わって俺達新入生は教室へと向かう。移動しながらクラスメイト達を観察していると、やっぱりみんな緊張しているのか、真面目な顔をしている生徒が多い。

 

 その中でも一際……悪い意味で目を引く少女がいた。

 

 桃色の長髪に猫背、前髪で目が隠れてて俯いているから表情はよくわからないけど、顔色は死人のように真っ青で、覚束ない足取り。大丈夫かこの子? 貧血とかじゃないの?

 

 俺が先生に声をかけて、彼女の体調が悪そうだということを伝えようとしたんだけど、その前に一年二組の教室についてしまいました。

 

 で、みんな自分の席に座るんだけど、俺は一応担任の先生にさっきの女の子について報告しておくことにする。

 

 俺の話を聞いて先生は女の子に声をかけるも、その女の子はこわばった表情で首を横に振っていた。ほんとに大丈夫かな?

 

 で、入学式後のホームルームの時間に行われるのは自己紹介。

 

 五十音順に自分の名前と出身中学と趣味、そんな感じのいたって普通の自己紹介。みんな緊張してるなーと、俺はどこか他人事のように思っていた。

 

 俺はどうなのかって?

 

 あのクソ姉貴と十何年一緒に生活してきて今さら怖い物なんてあるかい。

 

 まあ、姉貴は俺と違ってビビりでヘタレの小心者だけど。いっつも矢面に立たされてたのは俺だけどっ!!

 

 俺が心の中で姉に対する熱い思いを吐露していると、例の桃色ちゃんの番になった。

 

「あ……あ……えっと……ご、後藤、ひとり……です」

 

 桃色ちゃん───後藤さんは誰の目から見てもわかるほど緊張していた。

 

 あ、やばい。……俺の魂に刻まれた庇護欲が掻き立てられてしまう。うぎぎっ……お、応援せずにはいられない。

 

 が、がんばれっ! がんばれ後藤さんっ!

 

「あ、以上……です」

 

 それだけかいっ!?

 

 思わず声に出すとこだった。危ない危ない。常日頃クソ姉貴の奇怪な言動にツッコミを入れ続けていた反動か……。あの女……目の前にいてもいなくても俺に迷惑かけやがるな!

 

 その後は、俺が心の中で姉貴に悪態をつく以外特にトラブルもなく順調に自己紹介が進んでいく。

 

 そしてとうとう俺の番になった。

 

 いや、変なウケ狙いとかやりませんからね? これで盛大に滑ったら一年間弄られ続けるんだから。

 

「山田レンです。中学では水泳部に入ってました。趣味は洋画、温泉、銭湯、サウナ、岩盤浴、筋トレ、ランニング、水泳、お絵描き、ゲーム実況、それから───」

「多い多い! 先生も一回でそこまで覚えられないから! それに趣味がやけにサラリーマン染みてるね」

「俺の友達の平均年齢は高いですよ」

 

 なぜか担任の先生にツッコまれて笑いが起こりました。全部ほんとに俺の趣味だからね? インドア派の姉貴とは違うんだよ。

 

「じゃあ、あと一つだけ」

「はい。どうぞ」

「ロックバンドが好きです」

 

 俺がそう言った瞬間、桃色少女の後藤さんが勢いよく俺の方を見てきた。……なんで?

 

 あ、もしかして君もロックが好きなのかな? でもそれより、ずっと顔色悪いけどほんとに大丈夫?

 

 ……一応、あの子のことは気にかけておくか。もしかしたら体の弱い子かもしれないし。

 

 俺の自己紹介はこんな感じで終わりました。サウナ友達……同級生の「ウナ友」ができればいいな。

 

 

 

 

 高校の入学式というヤツは親にとってもやっぱり特別なわけで、俺の両親も病院休んで駆けつけてくれたんだよな。父さん母さん、気持ちは嬉しいけど突発的に休診日を作るのはやめようね! スタッフさん達も愚痴ってたんだから!

 

 まあ、それに関しては両親に前向きに検討してもらうとして……ホームルームが終わったら放課後になるわけなんだけど、俺はこのあと夕方からバイトが入っているからそれまで暇なんだよな。

 

 虹夏ちゃん達と昼飯食いに行くかー?

 

 なんてことを席に座ったままぼーっと考えていたら、教室に残っているのは俺一人になっていた。

 

 いや、正確にはもう一人いるな。

 

 廊下の窓から顔の上半分だけを出して俺に熱い視線を向けている桃色の少女。

 

 それで隠れてるつもりなのかな後藤さん?

 

 俺がそっちに顔を向けると後藤さんは慌てて顔を引っ込める。で、俺がまた別の方向を向いていると顔の半分だけ出てくる。俺が視線を向けると顔を引っ込める。俺がそっぽ向くと顔が出てくる───以下無限ループ。

 

 新手のモグラ叩きやめろや!!

 

 と、心の中で盛大にツッコミを入れてみる。

 

 さーて、どうしようかな。あの様子を見るに、後藤さんは何か俺に用があるっぽいね。今日会ったばかりで会話すらしたことないから用もクソもないと思うのが普通だけど、俺には一つ心当たりがあった。

 

 それは、後藤さんが俺の自己紹介で言った「ロックバンド」という言葉にこのクラスの誰よりも食いついてきたこと、だ。

 

 多分後藤さんは、俺と同じ趣味を持っているんだろうな。だから俺に興味が湧いたに違いない。でも、だからといって俺に話しかける勇気はない。だから遠巻きに俺を観察していたってところかな。

 

 と、推測してみる。

 

 じゃあ、俺はここからどういう行動を取るべきなのか。

 

 そんなものは決まってる。

 

「後藤さん」

 

 俺が廊下に向かって声をかけると、小さな悲鳴が聞こえてきた。……うん。なんとなくそういう反応をするだろうなと思ってた。

 

「後藤さんって、もしかしてバンド好きなのかな?」

 

 なるべく怖がらせないように、できるだけ優しい声で、姉貴には絶対使わないような声色で彼女に声をかける。

 

 返事はなかったけど、壁の向こうでもぞもぞ動いてる気配はあるね。

 

 そう思っていたら、教室のドアが開いて後藤さんが顔を半分だけ出して俺を……俺の足下をじーっと観察してきた。警戒心の強い猫さんかな?

 

 俺はそんな彼女を見て、なぜかほっこりとした気持ちになった。

 

「もし時間あるなら、ちょっとお話しない?」

 

 俺はできるだけ優しく笑ってそう言った。彼女が俺の提案に乗ってくるかは……五分五分、いやそれ以下だな。さっきの自己紹介でわかったけど、彼女は人と話すのが苦手っぽいし。

 

 しばらく彼女を観察していたら、意外や意外。教室に入ってきましたよ。……警戒心はMAXだけど。ほんとに猫っぽいな。借りてきた猫……は意味が違うか。

 

 そして後藤さんは俺から二つ離れた席に座る。……なんやねんその距離感!? というのは思うだけにしておきます。

 

 ふむふむ、なるほど。後藤さんはかなりの人見知りらしいね。こっちからグイグイ行くと引かれるヤツだ。なかなかコミュニケーションを取るのが難しそうな相手だけど……こちとらそんな女と一緒に育ってきたんじゃい!

 

「ねえ、後藤さんは───」

 

 俺の言葉に後藤さんがピクリと反応し、前髪で隠れた目と俺の視線が交錯する。

 

 その瞬間

 

 

 

 

 後藤さんはドロドロに溶けてしまいました。

 

 

 

 

 あの、比喩でも何でもなく……物理的に。あー……なるほど、なるほど。そーゆーパターンね。初めて見たからちょっとびっくりしたよ。うん。

 

 反応が薄い?

 

 だって虹夏ちゃんのアホ毛だって感情に合わせてぴくぴく動いて人類の理を超越してるから。

 

 で、後藤さんは極度に緊張すると溶けちゃうタイプの人種なんでしょ? 

 

 探せば他にもそんな人いるって。これが俗に言う若者の人間離れ。

 

 大谷〇平の方がよっぽど人外だよな。と、くだらないことを考える。

 

 でも困ったな。スライム後藤は今ちょっと会話ができないみたいですね。どうすれば元に戻るんだろ。時間経過でいいのかな。

 

 残念ながらグーグル先生に聞いても答えはありませんでした。

 

 俺が途方に暮れていると、ロインに通知が入る。姉貴か虹夏ちゃんか……どうか虹夏ちゃんでありますように。

 

 俺が祈りながらスマホをタップすると、意外な人物から「入学おめでとう」というメッセージが届いていた。

 

 でも、俺はただ返信するのは面白くないと思い、そのまま相手に電話をかける。すると、コール音一回で出やがりました。反応はっや。

 

『も、もしもし……!?』

「もしもーし。大槻先輩ですかー? メッセージありがとうございまーす」

『ど、どういたしまして。いきなり電話してくるなんてびっくりするじゃない』

「その割には爆速反応でしたね」

『た、たまたまよ! たまたま。あなたが電話をかけてきたタイミングと私がスマホをタップしたタイミングが偶然一致しただけで……』

 

 メッセージをくれたのは一つ年上の大槻ヨヨコ先輩だった。彼女は新宿で活動している凄腕ギタリストで、十代に限定すればその実力は全国でもトップクラスだと俺は思っている。

 

 正直俺は、同年代で彼女以上のギタリストを見たことはなかった。姉貴も凄腕ベーシストだけど、大槻先輩はそれ以上。

 

 俺がなんでそんなすごい人と知り合いかというと、理由は簡単。先輩がソロで路上ライブしているのを観て声をかけて仲良くなった。ただそれだけ。

 

 新宿FOLTっていうでかいライブハウスにも姉貴と何度か足を運んだことがある。

 

「大槻先輩、メンバー集めは順調ですか?」

『……絶好調よ』

「一人も集まってないんすね」

 

 ただ、そんな凄腕ギタリストである大槻先輩にも欠点があった。

 

 それは、先輩自身が自分にもバンドメンバーにも高い要求をし続けるコミュ障である、ということだ。

 

 話せば長くなるから割愛するけど、先輩のバンド───SIDEROSはメンバーの入れ替わりが激しくて、今はリーダーの大槻先輩のみという実質壊滅状態。

 

 俺もちょくちょく連絡とって話を聞いたりアドバイスをしてるけど、どうも上手くいってないみたいだ。

 

「また今度作戦会議でもしましょうよ。あ、今年の七月にミッションインポッシブルの最新作が公開されるから絶対観に行きましょうね!」

『相変わらず映画好きなのね。……まあ、時間があったら付き合ってあげるわ』

 

 とかなんとか言いつつ、大槻先輩はいつも律儀に予定を空けてくれる古き良きツンデレです。

 

 それから先輩と軽く雑談をして電話を切った。さーて、後藤さんは復活してるかな?

 

 お! スライムから再生途中の魔人ブウくらいになりましたね。人としてのシルエットもわかるようになりましたよ。

 

 復活のFならぬ復活のGというわけか。と、くだらないことを考えていたら約五分後に後藤さんが完全復活を果たしました。

 

「おかえり、後藤さん」

「あ、ただいま……です……?」

 

 初めて会話が成立したね。よしよし、まずは軽ーい質問から始めようか。

 

「後藤さんはさ、俺と話がしたかったんだよね?」

「あ、はい」

「それって俺が自己紹介のときに『ロックバンド』って言ったことと関係がある?」

「あ、はい」

「もしかして、後藤さんもバンドが好きとか?」

「あ、はい」

 

 録音された音声みたいな回答しかしないけど、これでいい。まずはイエスかノーで答えられる簡単な質問から始めないとね。ここで下手に「なんで廊下に隠れていたの?」とか「なんで俺と話そうとしたの?」とか聞いちゃダメだ。

 

 そんな質問をするときっと彼女は答えられずにさっきのスライムみたいになるに決まってる。

 

「俺さ。BUMPとかRADとかユニゾンとかワンオクをよく聴くんだよね」

「そ、そうなんですか?」

 

 お? 初めて「あ、はい」以外の返事が返ってきた。

 

「後藤さんはガールズバンド派? それともボーイ?」

「あ、えっと……どっちも割とよく聴きます……」

 

 これは……もう一段階レベルの高い質問をしても大丈夫そう、かな?

 

「最近は何を聴いてるの?」

「あ、最近は……」

 

 後藤さんは顔を伏せたまま考え込む。……まだちょっと早かったか? いや、でもがんばれ! がんばれ後藤さん! 無意識に俺の内なる庇護欲が暴走しかけていた。

 

「あ、アジカン……とか」

「アジカンいいよね。俺も好き」

「あ、そ……そうですか。ふへっ……」

 

 あ、笑った。すっげー不気味な笑顔と笑い声だったけど初めて笑ってくれた。

 

 なんだろう……この、この……異文化交流が成功したような感動は!

 

 後藤さんはかなり人見知りっぽいし、なんならコミュ障に分類される生き物だけど姉貴より百倍わかりやすいな。姉貴は酷いときはほんとに必要最低限以下の単語しか話さないし。

 

「レン」

「はい醤油」

「レン」

「爪切りはさっきリビングのテーブルで見た」

「レン」

「買ってきたノートは姉貴の机の上に置いてある」

 

 姉貴の最強モード時はこれである。我ながら、姉貴の言いたいことを理解できるのって超能力の類じゃないかと思うんだよね。この姉貴に比べたら後藤さんなんて可愛いもんだよ。少なくとも、ちゃんと自分の意思を言葉で伝えようとしてるんだから。

 

 姉貴の場合は「わかるだろ? なあわかるだろ? 察して察して察して察して察して」って目で訴えてくるからな。

 

「最近はサブスクが主流になってきてるけど、好きなバンドのCDを並べてジャケットを眺めるのも楽しいんだよね」

「あ、す……すごくわかります。ファーストアルバムから最新アルバムまで時系列順に並べたりして……」

「ジャケットの意味と歌詞を照らし合わせてみたり」

「ば、BUMPだと……CDケースを分解しないとシークレットトラックの歌詞が見れなかったりしますよね」

「それで他のバンドのケースも片っ端から分解しちゃうんだよな」

「う、上手くやらないと割れますよね」

「リッドとの繋ぎ目を何回折ったことやら」

 

 俺の言葉に後藤さんがうんうんと頷く。意外と食いつきがいいなこの子。コミュ力に難はあるけど、自分の好きな分野だと結構お喋りできるタイプか。

 

 姉貴とおんなじやんけ。

 

 いや姉貴は人の気持ちとか空気を読まずに一気にまくしたてるからあれと同類扱いは気の毒か。後藤さんは少なくとも、俺に合わせて会話しようとする努力が見られるし。

 

 というか、それにしても……好きな話題になったからか、後藤さんの顔がだんだん上がってきてちゃんと顔全体が見れるようになって思ったんだけどさ。

 

 後藤さんってめちゃくちゃ顔立ち整ってないか?

 

 姉貴とか虹夏ちゃんとか姉貴狂信者とか大槻先輩とか、顔面偏差値高い知り合いは多いけど、後藤さんはちょっと……うん。レベルが違う。

 

 前髪が長くて猫背で常時俯き気味で表情が分からない内気なコミュ障少女が実は学校一の美少女でした。

 

 夢小説の主人公かな?

 

 俺がそんなことを考えていると、またさっきまでの表情がよくわからない状態の後藤さんに戻ってしまった。多分、性格が理由で自分に自信を持てないタイプなんだろうな。

 

 姉貴の自信を一割でいいから分けてあげたい。

 

 前髪をもうちょっと短くするだけでも全然印象が変わるんだろうけど。

 

 でも、俺はここで「後藤さん、顔を上げて前髪を切った方が断然可愛いよ」なんてラブコメ主人公にだけ許される歯の浮くようなセリフを言ったりはしない。

 

 だって初対面の男にいきなりそんなこと言われたら普通にキモイでしょ。俺が女の子ならドン引きするわ。そういうのが許されるのは二次元の世界だけです。

 

 それに、仮に俺がここでそんなことを言うとまたスライム後藤になりかねないしな。

 

 今日のところは、普通に雑談を楽しみました。それで十分でしょう。

 

「そういえば、忘れてたんだけどさ……」

 

 俺がそう言うと後藤さんが首をかしげる。

 

「山田レンです。一年間よろしく!」

 

 俺が笑顔でそう言うと、後藤さんが顔を上げて俺と目を合わせる。……一秒だけ。うん、がんばった。がんばったよ君は。

 

「あ……えっと……」

 

 後藤さんは俯きながら拳をぎゅっと握っている。あー……自己紹介はまだちょっと早かったかな。判断ミスかもしれない。

 

 俺が内心反省していると、後藤さんがもう一度勢いよく顔を上げて俺の目を見た。……今度は二秒。

 

 すごいね! 記録が二倍に伸びたよ!

 

「ご、ごごごご……後藤、ひとりでしゅ……」

 

 嚙んじゃった。思いっきり嚙んじゃったよこの子。

 

 がんばって顔を上げて、目を合わせられるのは二秒だけで、でも俯いて自己紹介するのは失礼だと思ったのかな。……目を合わせられないから目は閉じたまま自己紹介してくれました。

 

 今日何度目かわからない、庇護欲を掻き立てられるような衝動。

 

 もしかしてこの子は、俺の学校生活での癒しになるのでは?

 

 ……普通にキモイな俺。初対面の女の子に向ける感情じゃないよ。

 

 よし、切替切替。

 

 高校の入学式、初対面の男女が誰もいない教室でお互い自己紹介を交わす。高校生活初日にしては青春ポイントの高いスタートを切ることができました。

 

 めでたしめでたし。

 

 で、終わってればよかったんだけどなぁ。

 

 

 

 

「見つけたわよ山田くん!!」

 

 

 

 

 教室のドアが勢いよく開き、赤い髪の可愛らしい女の子が現れました。

 

 はい。さっきまでのほっこりした気持ちが台無しです。

 

 みなさん、この女の子の見た目に騙されてはいけませんよ?

 

 こんなに可愛い顔してるのにこの子……

 

 俺の姉貴の狂信者なんです。




 性格が良くてコミュ力のある山田系主人公

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