虹夏回までたどり着けなかったよ……
入学式から三週間、つまり結束バンドが本格的に活動を始めてから三週間が経った。学校生活にも慣れ始め……いや後藤さんは全然慣れてないけど……それなりに忙しい日々を過ごしている。
クラスで後藤さんは、牛歩の如くではあるけど打ち解けつつあるし、バンド活動にも相当な熱が入っている。バイトは……うん。長い目で見ようと思います。
あと、席替えをしました。後藤さんの隣になりました。……介護が捗りそうですね。
まあ、そんなことは置いておきましょう。
本日、四月最終日。世間一般ではゴールデンウィークと呼ばれる連休の真っ只中。
俺と結束バンドの五人は路上にてライブの準備に勤しんでいた。
「後藤さん、アンプはもうちょっとこっちのほうに。屋内と違って反響がないからもう少し固まろう。自分が思ってる十倍は音が散ってるように感じるから」
「は、はい……」
「喜多さんのマイクは逆に少し離そうか。近すぎると演奏にかき消されるよ」
「わ、わかったわ……」
「虹夏ちゃんももうちょいこっち。姉貴は……そこでヨシ!」
「う、うん……」
「当然」
姉貴以外の三人は目に見えて緊張しているな。当然だろう。路上ライブどころか人前で演奏すること自体が、このバンドでは初めてなんだから。姉貴はなんやかんや前のバンドで路上ライブとかやってたから、場数は誰よりも多い。
ただ、表情に出てないだけで緊張はしてるけど。
「リョウはともかく、レンくんも場慣れしてない?」
「路上ライブの手伝いするのは初めてじゃないから」
「え? そうなの?」
「……喜多さん。俺はね、意外と知り合いの多い男なんだ」
喜多さんが尋ねてきたので無駄にドヤ顔で返事をする。姉貴の前のバンドの時とか、大槻先輩の手伝いとかやってたからね。
「はい、水分。自分が思ってるよりも緊張で口の中と喉が渇くでしょ? こまめに潤しておいてね」
「あ、ありがとう……」
「緊張してるね」
「あ、当たり前よ……! か、カラオケやスタ練とは全然違うんだからっ!」
「ボーカルって一番注目されるもんね」
「た、他人事みたいに……」
「いや、正直俺もかなり緊張してる。……ほら」
俺はそう言って喜多さんの手を取り、自分の胸に押し当てる。平静を装ってるけど、心臓バックバクですよ。
「ね? 俺の心臓、このままドラムに使えそうでしょ?」
「なんか私よりドキドキしてない!?」
「授業参観の親の気持ちがよくわかる」
「十五歳にして保護者の気持ちを理解しちゃうの!?」
「『親の心子知らず』ってことわざは俺には当てはまらない」
「四人の大きな娘ができちゃったのね……」
「今日だけはパパと呼ぶことを許してやろう」
「私は先輩の娘よ! あなたのことをお父さんだなんて認めないんだからっ!」
「なんでレンくんと喜多ちゃんはいつの間にかドロドロ家族ドラマをやってるの!?」
喜多さんの緊張をほぐすためと、彼女にお口の運動をさせるためにくだらないことを言い続けていたら、虹夏ちゃんがたまらずといった様子でツッコんできた。
虹夏ちゃんの方にも後で行こうと思ったし、手間が省けたね。
「いっぱい喋ってちょっと気分が楽になったわ」
「虹夏ちゃん。これが山田家に代々伝わる百八ある奥義の一つで……」
「残りの百七個全部を使う機会あるの!?」
「虹夏、これは一子相伝だから私とレンは将来殺し合わなければならない」
「北斗神拳かよ!」
今度は姉貴まで割り込んできた。表情には出てないけど俺にはわかる。めちゃくちゃ緊張してますね。結束バンドとしては初めての路上ライブだし、基本的に姉貴はビビりでヘタレだからな。傍から見るとメンタル強そうなのに。
「レン」
「なんじゃ?」
「ハグして」
「この人の往来が激しいところで!?」
「……ダメ?」
あ、この反応……姉貴、ガチでメンタルにきてるやつだな。ぶっちゃけ演奏に支障が出るレベル。……あんまり甘やかすのも良くないけど、仕方ない。
「ちょっとだけな?」
「ん」
俺はため息をついて姉貴を真正面から抱き締める。昔から姉貴はこういうところがあった。猫みたいに気分屋で、好き放題傍若無人に振舞っていたかと思えば、急にしおらしくなって、辛いことがあるとこうして甘えてくることが。
姉貴がこうなったのって……俺と虹夏ちゃんのせいだよなぁ……
「もういい?」
「ん」
そう言って姉貴はあっさり離れる。顔を見ると……うん、さっきよりだいぶマシになったな。少なくとも演奏に影響はなさそうだね。
「な、なななななな何ですかその……姉弟がわかり合ってる感じ!!」
「いや姉弟だからね?」
「レンくんばっかりずるいです! リョウ先輩! 私も緊張してるからハグしてください!」
俺の至極真っ当なツッコミは喜多さんに完全スルーされてしまった。
「いいよ、おいで」
「わーい!」
姉貴が腕を広げると喜多さんは躊躇いなく飛び込んで行った。……これで喜多さんも大丈夫かな。
「虹夏ちゃんもハグしてあげようか?」
「ちっちゃい頃ならともかく今は恥ずかしいでしょ!!」
虹夏ちゃんはドラムスティックを振り上げて、うがーっと俺に飛び掛かってきそうな勢いだった。この調子なら虹夏ちゃんも大丈夫っぽいな。
さてさて……それでは
俺は、虹夏ちゃんがバスドラ代わりに持ってきたキャリーケースの方へ向かう。なぜかというと、後藤さんがキャリーケースの中に体操座りで入り込んでしまっているから。
「ごとーさん」
「は、はひぃ!?」
「緊張してる?」
「は、はい。も、ものすごく……こ、怖くて帰りたいです……」
「あははは。正直だね」
しゃがみ込んで後藤さんと目線の高さを合わせて声をかけると、後藤さんのあまりにも正直すぎる本音に思わず笑ってしまった。
そのまま俺は何も言わず、できるだけ優しい笑顔を浮かべて彼女を見るだけにとどめる。
「あ、あの……」
「どうしたの?」
「な、何も言わないんですか……?」
「……言ってほしい?」
顔を伏せたまま尋ねてきた後藤さんに、俺は逆に聞き返す。質問に質問で返すのはあんまり好きじゃないんだけどね。
「こういう時ってさ。一人で殻に閉じこもっちゃうと、余計に悪いことばっかり考えちゃうよね。前向きになろう前向きになろうって意識すればするほど、マイナス思考に陥っちゃうんだ」
共感できるのか、後藤さんはぶんぶんと頭を縦に振る。……意外と元気だな。
「でもね。何も言わなくても、誰かがそばにいるだけで、不安が和らぐことがある。……俺が後藤さんにとっての、
「そ、そんなこと……ない、ですっ……!」
俺が自嘲気味に笑うと、後藤さんがちょっぴり力強い口調でそう言った。
「す、すごく怖くて今にも逃げ出したいけど……でも、山田くんが来てくれて、声を聴いたら……ちょ、ちょっとだけ不安が小さくなりました」
「そう? なら、よかった」
そう言ってくれた後藤さんと目が合うけど、彼女は二秒くらいで目を逸らして顔を赤くして俯いてしまう。……うん、五秒の壁は高いな。
「あ、あと一時間くらいそこにいてくれたらここから出られそうです」
「警察の人に怒られちゃうよ」
「そ、そうですよね。ふへっ……」
そして、相変わらずのぼっち節に俺も後藤さんも思わず笑ってしまった。あ、ちょっと空気が軽くなった気がするな。
「や、山田くんっ……」
「んー?」
「ふ、不安は小さくなりましたけど……そ、それだけじゃここから出られないので───わ、私にも勇気をくださいっ……!」
勇気……勇気かぁ。どうしよう。まだガチガチっぽいし、もうちょっと緊張をほぐしてあげるか。
「姉貴みたいにハグしてあげようか?」
「ひょえっ!!」
あ、後藤さんが痙攣し始めた。……崩壊まではいかなかったからセーフだな。
「冗談だよ、冗談」
「い、いいいい意地悪しないでくださいっ……(ちょっとやってほしかったけど。ちょっとだけ……)」
緊張ほぐれたかこれ? うん、ほぐれたな。そういうことにしておこう!
「大丈夫」
柔らかな声色で、俺は言う。緊張をほぐすためでも、気を遣うわけでもない。正真正銘、俺の本音。
「後藤さんのその実力で───怖がる必要なんて何もない」
本音であり、事実。彼女ほどの実力を持つ同世代のギタリストを、俺は一人しか知らない。
「それでも怖いなら……」
後藤さんの顔が上がる。
「俺を見てて。
我ながら、青臭いセリフだなと思う。姉貴に聞かれてたら一生からかわれるような恥ずかしい言葉。でも、それでいい。後藤さんの背中を押せるならいくらでも恥くらいかいてやる。
それに、心を落ち着かせるための目印をあらかじめ決めておくっていうのはスポーツ選手もやってることだし。……バンドとスポーツを一緒くたにしていいのかは疑問だけどね。
「わかり、ました……」
俺の言葉をどう受け取ったのかはわからないけど、後藤さんがゆっくりと立ち上がる。桃色の前髪に隠された、綺麗な青い瞳が真っ直ぐに俺をとらえた。
「君を見てます。だから君も私を見ててください」
ああ、君は
彼女の新たな一面を知った瞬間だった。
「あ、でもずっと見られると逆に緊張するので五秒経ったら視線を外してください」
その言葉に俺は思わず吹き出した。そんな俺を見て後藤さんも小さく笑う。ぼっちちゃんはぼっちちゃんだったよ。うん、これくらいの方が彼女らしい。
さて、全員のメンタルはこれで大丈夫そうだし……俺は俺の仕事をやりますか!
「ヨヨコ先輩、あそこにいるのレンさんじゃないすか?」
「……そうね」
「ヨヨコ先輩のイケメンなお友達? あくびちゃん、どれどれ~?」
「ほら、あそこでフライヤー配ってる男の子っす」
「……顔がよく見えない」
「あのピンク色の髪のギターさん。ものすごいのが憑いてます~」
山田から「姉貴のバンドが今度路上ライブする」って連絡があったから、メンバーとの交流会も兼ねて下北に来てみたけど……まさか本当に遭遇するとは。
で、山田の言ってた凄腕ギタリストっていうのは……あのピンク色の女ね。そしてあの青い髪のベーシストが山田のお姉さん……。遠目からだと雰囲気は似てるように見えるわね。
「もしかしてヨヨコ先輩、これを知っててわざわざ下北のカラオケボックスに行こうなんて言い出したんすか?」
「あ~。そっかそっか。イケメンくんに会いたかったんだね~」
「ちょ、そんなわけないでしょ!? 下北だってバンドマンの聖地だし新宿だけじゃなくて他の場所でも今後活動していくことを考えたら街の雰囲気を知っておく必要があると思って提案しただけよ」
「ヨヨコ先輩ものすごく早口です~」
「素直じゃないっすね」
「ほんとだもんっ!」
「あはは。『もん』だって。ヨヨコ先輩可愛い~!」
メンバーが集まったのは嬉しいことだけど……なーんか三人とも私のことをなめている節があるのよね。いや良い子よ? 良い子達なのよ? あくびはしっかりしてるし楓子は純粋で素直だし、幽々は……怖い話ばっかりしてくるけどみんな良い子なのっ!
「なんか女の人ばっかりフライヤー受け取ってるっすね」
「イケメンは得だね~」
「あの人には苦労人の霊が憑いてますよ~」
「ほんとっすか? じゃあ、今度ふーちゃん達を紹介するときは優しくしてあげないとっすね」
「あ、それなら私、お菓子作ってくるね!」
前に路上ライブを手伝ってくれた時もそうだったけど、山田ってフライヤー配るの上手いわね。というか、女性客を集めるのが上手いわ。容姿もそうだけど、チャラい感じはしないから初対面の女性にも安心感を与えちゃうのよね。
……悪い性格じゃなくてよかった。一歩間違えればクズ男になって数多の女を泣かせていたでしょうね。
「あれ? ヨヨコ先輩、聴いていかないんすか?」
「あの子達、まだ活動を始めたばかりで自分達の曲すらできていないのよ。カバーをやるだけなら、本当の実力は見えてこないわ」
「うーん……興味はあるっすけどね」
「ねー」
「……あの子達が本気で上を目指すつもりならそのうち嫌でも名前を聞くだろうし、対バンする機会もあるわよ」
「それもそうっすね。また今度のお楽しみということで」
「イケメンレンくんとお話ししたかったな~」
「レンさんは優しくて話しやすい人だから、ふーちゃんならすぐ仲良くなれるっすよ」
「ほんと~? 今度会うのが楽しみだね」
仲良くなれるでしょうね。すぐに。……しかもあの男は庇護欲全開だから楓子みたいなタイプは全力で甘やかすでしょうし。
「ヨヨコ先輩、ヨヨコせんぱ~い」
そんなことを考えていたら、幽々が私の背中をツンツンとつついてくる。
「ほんとは照れ臭くって声をかけづらいだけなんじゃないですか~?」
「は? そ、そんなわけないでしょ!? さっきも言った通り今の段階じゃバンドの実力なんて測れないし今日はそもそもあなた達との交流を深めてちょっとでも仲良くなろうっていう目的があるんだからそれを最優先するのは何もおかしくないでしょ!?」
(ヨヨコ先輩は可愛いっすね)
(ヨヨコ先輩は可愛いな~)
ちょっと! 何よその温かい眼差しは!! ほ、ほんとだからね! 確かに、知らない人がたくさんいる中であいつに声をかけるのはハードルが高いけど……別に照れ臭くなんかないわよ!
「じゃあヨヨコ先輩のためにもカラオケに行くっすよ」
「そうだね。ヨヨコ先輩のためだもんね~」
「そんなに『私のため』っていうのを強調しなくていいから!」
あくびも楓子も二人してニヤニヤしないの!
「ヨヨコせんぱ~い。一つ聞いていいですかぁ?」
「幽々……何?」
「あの子達のバンド名、知ってます?」
「ああ……確か『結束バンド』よ」
「え? ヨヨコ先輩、そのギャグ全然面白くないっすよ」
ギャグじゃないもん! ほんとだもん!!
「今から路上ライブやりまーす。お時間あったらぜひ聴いていってくださーい!」
俺は虹夏ちゃんの手作りフライヤーを配りながらガンガン通行人に声をかけていく。ゴールデンウィークということもあって、人通りも多いので受け取ってくれる人もそれに比例して多かった。
「路上ライブだって」
「バンドやってた頃を思い出すね」
「ちょっと聴いていこうか?」
さすが下北、バンドマンの聖地。こういう人達が多いから案外人は集まりやすかったりするんだよな。路上ライブ自体がありふれた光景だから、その分スルーされる確率も高くなるけど。
「お姉さん方~。よかったら聴いていってくださいね~」
「へー。私、こっちの方はあんまり来ないからちゃんと観るのは初めてかも」
「高校生なのかな?」
「高校生ですよ~。まだまだ出来立てのひよっこで拙いですが、その初々しさを楽しんでいってください」
「ふーん……ちょっと面白そうだね」
俺が次に声をかけたのは推定女子大生の二人組。会話の内容から、バンド自体にはそれほど詳しい感じじゃなさそうだ。でも、そういう人達を惹きつけられるような演奏をしてこそのバンドだもんね。
「バンド名は……えっと『結束バンド』?」
「ギャグみたいな名前でしょ? 俺の姉貴が考えたんです。ほら、あそこにいる無表情ベーシスト」
「な、なんというか……個性的で覚えやすい名前だね」
「あ、ネーミングセンスゼロなんでそのうち改名すると思います。だから別に名前は覚えていただかなくて結構ですよ」
「そこは普通『名前だけでも覚えていってください』っていうところじゃないの~?」
「このバンド名だとエゴサしてもぜんぜん引っかからないと思うんですよね」
「なんでそんな名前にしたのかな!?」
この二人、案外ノリが良いな。よし、観客二人確保。このまま一番前の良い位置で演奏を聴いてもらいましょうか。フライヤーもほとんど捌けたし、姉貴達の準備も整ったみたいだし。
「何の曲を演奏するの?」
「まだオリジナルの曲がないのでカバーですね。多分、お二人も一度くらいは聴いたことがあると思います」
「そうなんだ。……ちょっと楽しみ」
なんとなく流れで女子大生二人と観ることになりました。見回してみると、十人くらいは足を止めて観てくれているな。上出来上出来。思ったより多いくらいだ。誰一人として観てくれずにスルーするなんてこともザラにあるからな。
それはそれとして、結束バンドの路上ライブデビュー。しっかりカメラに収めねば……
俺は自前のビデオカメラで撮影を始める。星歌さんにも後でデータを送らなきゃいけないしね。
「みなさんこんにちはー! 結束バンドでーす。えーっと……なんと今日が初めての路上ライブ、どころかバンドとして人前で演奏すること自体が初めてです! 色々拙いところがあると思いますが、みなさんに少しでも楽しんでもらえるようにがんばりまーす!」
喜多さんは緊張した面持ちながらも、持ち前の明るさと笑顔でハキハキと喋る。うん、こういう喋りが上手いのも喜多さんの強力な武器だ。変に擦れてない真っ直ぐな初々しさがいいね。
第一印象で「なんやこいつ……」って思われちゃうと、よっぽど演奏が良くないと巻き返しができないから。逆に言えば、観客がお金を払っていない路上ライブでは、たとえ演奏が拙くても一生懸命さが伝わればある程度は盛り上がる。
「じゃあ、一曲目いきます。BUMP OF CHICKENで『天体観測』」
「天体観測」おそらく、BUMPで最も有名な曲であり、彼らを一気に有名バンドに押し上げた曲ともいえる。他の曲は知らなくても、これだけは「あ、聴いたことがある」と思わせるような曲だ。
一曲目はあえてこれをチョイス。カバーだし、誰もが知ってる曲で場の空気を温めることを最優先した結果だ。もちろん、ただ有名だからではなく、これが名曲であることも一曲目に選んだ大きな理由だよ。
ただ、懸念は声の高さ。
BUMPは男性バンドだ。サビはともかくAメロBメロは音程が低く、女性が歌うのは少し辛い。しかも低い分声自体が通りにくいというデメリットもある。音が反響しない路上ならなおさらだ。
でも、喜多さんはその低い音程を見事に歌い上げる。俺が最初に喜多さんの歌声を聴いて思ったのが「彼女の声域」がかなり広いということ。これはボーカルにとってものすごく強力な武器だ。これでギターもできるようになれば、バンドとしてはかなり安定するだろう。
「ボーカルの子、声良いな」
「ちょっと演奏にかき消され気味なのが気になるけど……」
「路上だからこんなもんだろ。初めてのライブみたいだし上出来上出来」
「ベースの子はすごく上手いね」
周りの観客からはそんな感想が聞こえてくる。うん、悪くない。悪くない反応だ。
「ドラムの子は、ちょっともたつき気味かな~」
「ギターの子も……まだあんまり合ってない感じ?」
ぐぎぎ……し、仕方ない。仕方ないよ。それは俺も思ったことだし、それに……そう評価してるってことはちゃんと聴いてくれてるってことだから。技術的なことはこれから……これからなんです。
けどな、二曲目には「GOTO爆弾」を仕掛けてるからな~。観とけよ観とけよ~?
あ、後藤さんが爆発四散するって意味じゃないからね?
「一曲目『天体観測』でした~! ここで簡単にメンバー紹介をしますね! まずは───」
一曲目が終わり、まばらに拍手が起こる中、俺の隣にいる女子大生二人も拍手をしている。演奏の出来は……まあこんなもんだろう。ただ、お客さんの反応は想像よりも悪くない。
正直、もっと冷めた反応をされるかもと思ったくらいだったから。多分、彼女達の熱意が通じたんでしょう。まあ、熱意だけじゃどうにもならないことも多々あるけど。
「続いて二曲目、RADWIMPSで『おしゃかしゃま』」
きた! RADWIMPSであまりにも有名なイントロ! RADWIMPSの「五大格好良いギターフレーズ」の一角(俺の中で)。姉貴と「あーでもない」「こーでもない」と熱く数時間も議論していたのが懐かしい。
さあ、後藤さん。見せつけてやれ。
このイントロは、誰にも合わせる必要がない。君の本気の実力で───観客達の度肝を抜いてやれ!!
俺の思いが通じたのか、後藤さんの顔が上がり、俺の顔を真っ直ぐに見てきた。
そして、彼女がわずかに微笑む。そう思った瞬間───
空気が、変わる。
観客全員が彼女の演奏に目と、耳と、心を奪われていた。
「おしゃかしゃま」のギターイントロは約八秒。
だが、その八秒は……
後藤ひとりというギタリストの実力を見せつけるのに、十分すぎる時間。
ぶわっ、と。体の芯から燃え上がるような熱い感覚。俺だけじゃなく、その演奏を聴いていた人間は全員が同じことを感じたに違いない。
虜になる、っていうのはまさに今の俺達にピッタリの言葉だ。
隣にいる女子大生二人も、目を輝かせて後藤さんに熱い視線を送っていた。そうでしょ? 後藤さんはすごいんだ! こんな子がまだまだ世に出ず燻ぶっているんだ。だからインディーズバンドは面白いんだ。
気付けば、先ほどまでは十人ほどしかいなかったのに、いつの間にか観客の数が倍くらいに増えている。おいおいすごいな。後藤さんどんだけだよ───いや、後藤さんだけじゃない。
確かに、彼女の力が大きいのは否定しない。でも、この超アップテンポな歌詞を噛まずに幅広い音域で歌い続ける喜多さん。
ギターイントロばかりが注目されがちだけど、この曲はRADWIMPSでは珍しく、ベースとドラムがユニゾンしている。つまり、二人の息の合った演奏がこの曲の魅力を引き上げているんだ。幼馴染ならではの信頼関係。そこに、後藤さんという凄腕ギタリストのテクニックが加わった。
結束バンド全員の、現在出せる実力の最大限を発揮できる曲と言っていいだろう。
「二曲目『おしゃかしゃま』でしたー!!」
拍手喝采。一曲目とは比べ物にならないほどの盛り上がり。この曲はこの三週間で一番力を入れて練習した曲だから、この反応は四人にとって大きな力であり、財産になる。
正直、一曲目にはまだ固さがあった。でも二曲目のギターイントロ……これで完全に流れが変わった。練習でも後藤さんの実力は飛び抜けていたけど、今日の演奏は今までで一番だった。
やばい、また涙が出そうになってきてる。
「だ、大丈夫?」
「大丈夫です。最近、涙腺が緩みっぱなしで言うこと聞いてくれないんです……」
「あはは。何それ~?」
女子大生二人が優しく宥めてくれました。やっぱ年上って最高やな!
「それでは最後の曲いきます。ムラマサ☆で『QURULI』」
ムラマサ☆は男女八人で構成されている、サックスやトロンボーンを使っているスカ・バンドだ。今はもう解散しちゃったけど、ものすごくポップで可愛い曲調が特徴のバンド。今日の演奏した三曲の中で、唯一の女性ボーカル。
ほんとなんで解散しちゃったんだよ。大好きだったのに……。
別の意味で涙が出てきそうになったわ!! 未だにベストアルバムをリピートしてるからな俺は!!
喜多さんと今度カラオケ行ってムラマサ☆の曲いっぱい歌ってもらお。……姉貴に歌わせるのも良いな。姉貴もめちゃくちゃ歌上手いし。
一曲目は王道、二曲目は高難易度テクで最高の盛り上がりを見せ、最後の三曲目はガールズバンドのキュートさを前面に押し出した。三曲とも違うコンセプトにより選曲されている。
選曲は俺も交えて(第三者目線の意見)話し合ったけど、大正解だったと思う。今後の作詞作曲の参考にもなるし、バンドの方向性を決める材料の一つになるし。
「以上で、今日のライブは終わります! 初めての路上ライブですっごく緊張しましたけど、みなさんのおかげで最後までやりきることができました! 本当にありがとうございました!」
喜多さんの言葉に続いてバンドメンバー全員が深く頭を下げる。
そんな四人を、今日一番の大きな温かい拍手が包み込んだ。
よくやった! 本当によくやったよ! 課題はたくさん見つかったけど、始まる前は緊張でどうなることかと思ったけど……それでも無事に最後までやり遂げた! この経験は必ず次のSTARRYでのライブに生きるよ!
「あ、私達五月九日にSTARRYっていうライブハウスでライブやりまーす! チケットもあるから、買ってくれたら嬉しいな~♪」
場の空気に完全に慣れた喜多さんが可愛らしくアピールすると笑いが起こった。……うん。やっぱ喜多さんすげーわ。陽キャのノリを不快に思わせないよう完全に使いこなしてる。
「ねえ」
「はい?」
喜多さんのキタキタオーラを眺めていると、女子大生に話しかけられた。
「あの子が言ってたライブハウスって下北にあるの?」
「そうですね。ここからそんなに遠くないですよ」
「次のライブ、五月九日だよね?」
「はい」
も、もしかして……この流れは……
「二人分のチケットを買いたいんだけど、いいかな?」
っしゃあ!! お客さんゲット!! しかも二人!! 最高過ぎる!! ぶっちゃけ今日の演奏の出来だと一枚も売れないと思ってたわ。
「あとさ……あのギターの子。あの子とちょっとお話したいんだけど……」
「わかりました。じゃあ、俺が通訳に入ります」
「あの子外国人なの!?」
そうじゃないけど……まあ、話せばわかります。
「みんなー、お疲れー!」
「レンくん、お客さんいっぱい集めてくれてありがと~!」
俺が片付けをしているメンバーに声をかけると虹夏ちゃんが駆け寄ってきてくれた。後藤さんは……あ、またキャリーケースの中に引きこもってる。
「えー……なんとですね。今度のライブチケットを買いたいというお二人を連れてまいりました!」
「はじめまして~。ライブを観たのは今日が初めてなんですけど……すっごく感動しました!」
「みんなががんばってる姿を見て、私達ももっとがんばらなくちゃいけないなと思って……今度のライブも期待してます!」
「あ、ありがとうございます! あたし達、普段はSTARRYっていうライブハウスで活動してて……」
あの大学生二人は虹夏ちゃんに任せて……俺は後の三人を労いに行って、後藤さんを女子大生のところまで運ぶか。
「姉貴、喜多さん。お疲れ」
「お疲れ様……ものすっっっっっっっっっっっごく緊張したわ!!」
「その割にはMC良い感じだったよ。最後の方なんか特に」
「歌いきったら一気に肩の荷が下りたのよ」
「演奏にかき消されてるところもあったけど、二曲目、三曲目になるにつれてどんどん良くなってた」
「……やっぱりかき消されてたかぁ」
「動画撮ったから今度見直そうね。反省は後にして、ライブをしっかりやり終えたことを喜ぼう!」
「……そうね! STARRYでのライブはもっと良いものにしてやるわ!」
その意気その意気。喜多さんのそういう前向きな姿勢はほんとに尊敬できるな。そういうメンタルは実にバンド向きです。
「レン、私は?」
「一曲目ミスりまくってたな」
俺が無慈悲にそう言うと、姉貴はそっぽを向いたのでほっぺたをツンツンしてやる。
「でも二曲目のユニゾン。虹夏ちゃんとの息は練習の時よりもかなり合ってた。今までで一番良かった」
「……ありがと」
一丁前に照れていたので軽くデコピンしておいた。姉貴にはこのくらいでいい。褒め過ぎると調子に乗ってベタベタしてくるし。
さーて、残りは後藤さんだけど……
「あ、あ、あ……」
俺はしゃがみこんで後藤さんを観察する。まーたカオナシぼっちになっとるやんけ。さっき圧倒的なギターソロをやったのと同一人物とは思えないな。
「後藤さん、お疲れ」
「あ、お、あ……おれたち、にんげん、くう……」
ジブリの違う作品になっちゃった。
「ほい」
「ひゃん!」
俺はクーラーボックスから冷えた缶コーラを取り出して後藤さんのほっぺたに押し付ける。お? 正気に戻ったかな?
「あ、や、ややややや山田くんっ!? い、いつの間に……」
「さっきから声かけてたよ。お疲れ様、後藤さん」
「あ、お、お疲れ様です」
俺はコーラのプルタブを開けて後藤さんに差し出すと、両手で受け取って恐る恐る飲み始めた。
「二曲目のギターイントロ……最高に格好良かった」
「あ、ほ、ほんとですか?」
「うん。あれでライブの流れが一気に変わってお客さん達も盛り上がったからね。後藤さんの活躍で、お客さんを一気にバンド側へ引き込めたんだ」
「え、えへ……そ、そんな、そんなこと……」
「もちろん、他のみんなががんばった成果でもあるけどね」
でも、きっかけを作ったのは間違いなく後藤さんだ。たった一人の演奏で、場の空気を一変させるなんて……やっぱり彼女は彼らと同じ
「あと、後藤さんと個人的にお話ししたいっていう人もいてね」
「こ、個人的に……? (も、もしかしてレーベル? 音楽業界のお偉いさんがたまたま通りがかっていたとか!? そしてそのまま結束バンドでメジャーデビューして高校中退! これこそが後藤ひとりのデスティニーロード!!)」
「あそこで虹夏ちゃんと話してる女子大生二人なんだけどね。初めてライブを観て、後藤さんの演奏に感動したんだって」
「あ、そうですか……(そんなわけないよね。人生そう甘くない……)」
少し後藤さんのテンションが下がった気がする。……なんか変な妄想してたな絶対。三週間の付き合いで、後藤さんの生態が少しずつ分かってきましたよ。
「もしかしたら、サインをお願いされるかもしれないよ?」
「さ、サササササインですか!?」
「うん。……自分のサイン、考えてたりする?」
「いえ、全然(嘘です。本当は十個くらい考えてます)」
あ、これ十個くらい考えてるって感じの表情だ。意外とわかりやすいな後藤さん。
「とりあえず、あっちでお話ししようか。俺もいるし、虹夏ちゃんもいるから大丈夫だよ」
「は、はい。そ、そうですね……」
そして俺は、手を顔の高さまで上げて、掌を後藤さんに見せる。
「……へ?」
でも後藤さんは俺の行動の意味が分からなかったみたいだ。
「ほら、後藤さんも俺と同じように手を出して」
「あ、はい」
後藤さんも俺を真似て手を上げる。それを見て俺はクスリと笑い、彼女とハイタッチした。パン、という小気味よい音が響き渡る。
後藤さんは目をぱちぱちさせて口をぽかんと開けていたので、俺は思わず吹き出してしまった。そんな俺につられて後藤さんも笑う。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
そして俺は、後藤さんが入ったキャリーケースをゴロゴロ引きずりながら女子大生達の方へ向かうのだった。
それを見た女子大生や虹夏ちゃん達の反応は……みなさんの想像通りだと思います。
選曲は完全に私の趣味です。
興味がある人は聴いてみてください。
次回こそ虹夏回プラスSIDEROSとの顔合わせになるかな?