後藤家に行くと言ったな?
あれは嘘だ。
「おはようございまーす!」
「おはよう喜多ちゃん。今日は二人だけどがんばろうね!」
六月になって、バンドの練習にもますます力が入っている今日この頃……本日は珍しく私と虹夏先輩だけがシフトに入っている。今日はスタ練もお休みだから、正真正銘先輩と二人っきりだ。
「虹夏先輩と二人っきり……私、何されちゃうのかしら?」
「もぉ~。何かしてくるのは喜多ちゃんの方でしょ~?」
「そんなにお望みなら……こうしちゃいますよ~!」
「あっ……もう、抱き着いてこないでよ~」
「そんなこと言いながら顔は全然嫌がってませんね~。はぁ~……虹夏先輩、良い匂いがする」
「恥ずかしいから嗅ぐなっ!」
「先輩がそんなに可愛い顔をしてるからいけないんですよ~」
私は後ろから虹夏先輩を抱き締めて思い切り匂いを嗅ぐ。先輩ってバンドメンバーで一番背が低いから抱き締めやすいのよね。なんでこんなに可愛い先輩に彼氏がいないのかしら。私が男だったら絶対放っておかないのに。
あ、リョウ先輩は殿堂入りだからノーカウントよ?
「ぼっちちゃんの勉強は大丈夫そう?」
「バイトやスタ練がない日はレンくんと一緒に放課後にお勉強しているみたいです。朝も始業前に二人で宿題の確認をしてますね」
ひとりちゃんの中間テストの点数を聞いた時、私は何かの間違いじゃないのかと本気で疑っちゃったのよね。それに、レンくんのあんなに絶望した表情は初めて見たわ……彼もあんな顔をするのね。
「レンくんが一緒なら大丈夫か。あの子、頭良いし」
「私もこの前一緒にお勉強したんですけど……レンくんって教えるのもすごく上手ですよね? しかもあれで成績優秀って……」
「だってレンくん、去年はリョウの宿題を手伝ってたんだよ?」
「え? それって、つまり……」
「レンくんは中三の時点で高一の勉強をリョウと一緒にやってたってこと」
「そんなのありですか!?」
「普通はなしだよ! でも、レンくんもなんだかんだでリョウに甘いから……」
「甘い」で片付けられることじゃないでしょ!? つまりレンくんは、完全な独学で高校の内容を勉強していたってことよね!? 一年も早く!! だったら今の学校の授業ってレンくんにとっては復習みたいなものじゃない!?
「リョウが中学校に上がってから、レンくんはいつもリョウの宿題を手伝ってたんだ」
「その結果……常に一年先の勉強をやり続けることになった、と」
「そりゃあ推薦入試の対象にもなるし、新入生代表になるのも当然だよね」
さらっとすごいこと言ってないかしら!? レンくんはいつもいつも「姉貴はやべー」って言ってるけど、一番ヤバいのは君じゃないの!?
「あのおバカなリョウが下高に受かったのも……留年しなかったのも、あたしとレンくんの努力の賜物なんだよ」
「え? リョウ先輩って、頭悪いんですか?」
「本気を出せば学年でもトップクラスの成績を出せるけど……勉強に使える脳みその容量が少ないんだ。しかも、勉強し過ぎると反動でベースの弾き方を忘れちゃうっていうおまけつき」
ベースの弾き方を忘れるって……そんなことある!? わ、私の中にある聡明でミステリアスなリョウ先輩のイメージが壊れて……い、いいやまだよ。に、人間誰しも欠点の一つや二つくらいあるわ!
むしろ、聡明に見える先輩が実はおバカさんだったっていうのは、チャームポイントになるじゃない! さすがリョウ先輩ですね!
「レンくん曰く、『瞬間記憶能力は姉貴の方が俺より上』らしいよ。まあ、確かにレンくんは一夜漬けっていうよりも、日々の積み重ねで好成績を維持しているタイプだからね」
「───はっ!? もしやレンくんがあんなにも成績が優秀なのはリョウ先輩のおかげ……?」
「ある意味ではね。リョウは反面教師としてはこれ以上ないくらいのお手本だから」
「弟のために自ら身を挺して堕落した人間を演じる……なんて愛にあふれたお姉さんなのかしら!」
「ただのダメ人間だよ?」
ち、違うわよ虹夏先輩。確かにリョウ先輩は普段からだらしなくてレンくんにベタベタ甘えてて、ことあるごとにお金を借りようとしてるけど……それは全部、レンくんがこんな人間にならないよう……心を鬼にしてダメ人間を演じているにすぎないんです!
「うーん、この狂信者……喜多ちゃんが一番ヤバい子かもしれないなぁ」
「あ~! そういう意地悪を言う先輩は───こうしますよっ!」
「あはははははっ! や、やめて喜多ちゃん……あたし、あ、あたし……わき、脇弱いのっ!」
虹夏先輩を抱きしめたまま脇をくすぐると、先輩は可愛い笑い声をあげて私に抗議する。……な、なんだろう、この感情。に、虹夏先輩をもっといじめたくなっちゃうっ!
「せんぱぁい? そーんな可愛い声を上げちゃって……私を誘ってるんですかぁ?」
「あ……そ、そんなに耳元でふーって、しないでぇ……!」
か、可愛すぎるっ! 何よこの暗黒大陸の五大厄災級の可愛さは!? こ、このドラマー……スケベすぎる!!
「私が男だったら先輩を押し倒してキスしてましたよ?」
「なんてこと言うんだよバカぁ!!」
ぷんぷんしながらも先輩は私の腕の中にすっぽりと収まったまま抵抗はしませんでした。そういうところですよ先輩。
でも、これでよーくわかったわ。私が一体何をすべきなのか……私が何のために生まれてきたのかを。
「リョウ先輩と虹夏先輩の娘になって───先輩達を守り抜きます!」
「前半の野望は捨てなさいっ!」
はっ! ちょっと待って! 私が虹夏先輩の娘になるということは……つまり店長は私のおば───やめよう。この言葉を口にしても、誰も幸せにならないわ。たとえ店長が今年で三十歳になるとしても……女子力が壊滅していて男の影が微塵もないとしてもっ!
「……店長、強く生きてくださいね」
「お前絶対ろくなこと考えてねえだろ」
その後は虹夏先輩と仲良くお仕事をしました。リョウ先輩に会えなかったけど、虹夏先輩成分をたっぷり補給できたから大満足よ! これで明日までがんばれるわね!
あ、そういえばレンくんが尊敬する先輩ってウチの学校の生徒なのかしら? ちょっと調べてみようかな。
「二次関数と次の単元の三角比は数Ⅰの鬼門だから、一つ一つ丁寧にやっていこうか」
「は、はい……」
「じゃあ、まずはこの二次方程式を解いて───」
バイトもスタ練もない平日の放課後。俺は中間テスト以降、ほぼ日課となっている後藤さんの勉強会を実施していた。
勉強会の内容は、基本的には復習と宿題。時間に余裕があれば予習までやっているけど、なかなかそこまでは追いつかない。後藤さんはただでさえ遠方から通学しているから、あまり長時間学校に残すわけにもいかないしね。
ただ、通学時間の長さを逆手にとって、俺は百均で売っているような単語帳に数学の公式や理系、文系の用語を書き込んで、後藤さん用の暗記セットを手作りしている。電車の中で一時間半ほど過ごすことになるから、その時間を有効活用しない手はない。
「と、解けました……」
「うん……正解。じゃあ、次はグラフを書いていくんだけど、頂点がここってわかってるから、さっき出した二つの解をX軸上に記入して───」
そして、暗記以外に必要な勉強を放課後や朝の始業前にやっている。欲を言えば、家に帰ってからもテレビ電話とかZOOMでお手伝いしてあげたいけど……あんまり彼女のプライベートな時間を潰すのも気の毒だからね。そこはまだ検討中。
「こ、こうですか?」
「そうそう。で、Y軸とも交点が……うん、そこだね。あとはその三点と頂点を通るようにすれば───はい完成!」
「で、できた……」
「ね? 慣れるまでは時間がかかるけど、今まで習った公式や解き方を使って、落ち着いてやればできるでしょ?」
「はいっ!」
「じゃあ、次の問題は自力でやってみようか」
俺がそう言うと後藤さんは真剣な表情で問題に取り組み始める。
後藤さんの成績は確かに悪い。めちゃくちゃ悪い。だけど、彼女は授業やテストで手を抜いているわけではないんだ。むしろ授業中は一切寝ることなく、丁寧にノートを取っている。……ただ、授業中の目的がノートを取ることになっていて、授業内容を理解することを意識できていないんだ。
授業態度は良好なのに、宿題もがんばってやってきているのに成績が一向に伸びない。……典型的な要領の悪い子。こういう子に対する指導は難しい。ただ、本人にはものすごくやる気があるからモチベーションを上げる必要がないのは楽だ。
姉貴とは大違い。姉貴は典型的な一夜漬け短期集中型で普段のやる気は皆無。だから姉貴の場合は内容を理解させるよりも、やる気を出させるというところから始めなければならない。
正直、姉貴のようなタイプは教えがいがないんだよな。だって言えばすぐにできるし。なんでこれまでやってこなかったの? って何百回思ったことか。
それに対して後藤さんは素直でがんばり屋さんで本当にいい子。自分ができないことをちゃんと自覚していて、それでも何とかしようと努力するその姿勢……俺は好き。ただ、こういう子はすぐには結果が伴わないんだ。
ゆっくり時間をかけて一つ一つしっかり理解させてから、徐々に徐々に要領のいい勉強法を身に着けていく必要がある。こういうタイプは、いきなり要領の良い方法でガンガン詰め込むとあっという間にキャパオーバーになるからね。
でも安心して後藤さん。どれだけ時間がかかっても、俺が絶対に進級させてあげるからね。次の期末テストでは……平均点五十点以上を目指そうか。
「できました……!」
「どれどれ……うん、正解。自分の力だけでちゃんと解けたね。偉い偉い。やればできるじゃん!」
「あ、ふへっ……や、山田くんの教え方が上手だから……」
「俺がどれだけがんばってもね、後藤さんにやる気がなかったら結果は伴わないんだ。だからこれは……二人ともよくがんばりましたってことにしよう!」
「そ、そうですね。ふ、二人でがんばりました……へへっ」
ほんとに素直でいい子だよな。集中力もあるし、これまでの勉強方法が間違っていただけで、これから正しいやり方を少しずつ学んでいけば、どこかのタイミングで成績がグッと伸びるに違いない。典型的な大器晩成型か。超早熟型の姉貴とは何もかも真逆だな。
「あ、あの……山田くん。ありがとうございます。こんなダメダメな私に、勉強を教えてくれて……」
「俺も復習になるし、授業内容を自分の中で整理し直せるからお互い様だよ」
「そ、そうですかね? 山田くんにばかり、負担がかかっているような……」
後藤さんが申し訳なさそうな目で俺を見てくる。……罪悪感を感じてるんだな。後藤さんがこういう子だから、俺は何が何でも力を貸してあげたくなるんだよ。
「後藤さんはさ。今、喜多さんにギターを教えてるでしょ?」
「は、はい」
「それを負担だなって感じてる?」
「い、いえ……感じてないです」
「それと一緒だよ。後藤さんが無意識の内にできている技術を、きちんと言語化して喜多さんに伝える。……それって、喜多さんだけじゃなくて後藤さん自身にとってもすごく勉強になってるんだよ」
「そ、そういえば……喜多ちゃんに教えるようになって、ギターとの向き合い方が変わったような……」
「そういうこと。俺も、今自分ができていることを後藤さんにわかりやすく教えている。そのおかげで、授業内容の理解が深まっているんだ。だからさ、後藤さんが罪悪感を抱える必要なんてないよ」
俺が宥めるようにそう言うも、それでもやっぱり後藤さんは自分の性格的に、そういうことを強く感じちゃうんだろうな。表情でわかる。じゃあ、そんな彼女に対してどうすればいいのか。答えは簡単。対価を要求すればいい。
「後藤さん、学校の近くに新しいカフェができたこと、知ってる?」
「い、いえ。知らないです」
「今度、そこに一緒に行って何か奢ってよ。それでチャラ」
「あ、え……?」
「姉貴には内緒ね? こういうのにすーぐ食いついて来るからあの女は」
「わ、わかりましたっ……」
俺が悪戯っぽく笑ってそう言うと、後藤さんも肩の力が抜けたらしく、笑ってくれた。この子の罪悪感がこのくらいでなくなるなら、いくらでもお付き合いしますよ。
(い、勢いで返事しちゃったけど……や、山田くんと二人でお出かけってこと? も、もはやこれはデートなのでは!? いやいやいやいやいや。早とちりするな後藤ひとり。現実を見ろ。山田くんは私に気を遣って提案してくれただけなんだ。自惚れぼっちになっちゃいけない。私はそんな痛い勘違いをしたりしない! ……で、でも気を遣ってくれたとはいえ、二人でのお出かけを楽しむのは別に悪いことじゃないよね? ふへっ)
「あと、もう一つ提案があるんだけどさ」
「な、なんでしょう? (あ、危ない危ない。妄想の海で溺れ死ぬところだった……)」
「今日みたいに二人の予定が空いている日は学校で勉強できるけど、どっちかがシフトに入ってたり、スタ練がある日はこうやって勉強するのは無理でしょ? でも、後藤さんの成績を考えたら、勉強会はなるべく毎日やっておきたいんだよね」
「あ、はい。私がおバカ過ぎてすみません。なんで高校に受かったのか今でも不思議に思っています」
それは俺も不思議に思っています。……多分、色々な奇跡が重なったのでしょう。これについては、深く追求しない方が良いと、俺の第六感が告げている。
「だからさ。後藤さんの都合さえよければ、夜の九時以降で一時間くらいテレビ電話やZOOMで勉強会をやろうと思うんだけど……どうかな? これなら、お互いが家にいてもできるし」
「え? そ、そこまでやってもらうのは……も、申し訳ない、です。い、今でさえ……山田くんの時間を奪ってるのに……」
「家にいたら姉貴に時間を奪われるだけだから。後藤さんとの勉強会の方がよっぽど有意義だよ」
後藤さんに気を遣っているわけでもなく、これはマジな話である。暇を持て余した姉貴のくだらんことに付き合わされるより、後藤さんと一緒に勉強するほうが一億倍いい。
「もちろん、毎日ってわけじゃない。そこは後藤さんの都合を優先するよ。家でギターの練習をしたいときや、体調がすぐれない日もあるだろうしね」
「あ、あの……一つ聞いていいですか?」
「なんでしょう?」
後藤さんが上目遣い気味に俺を見て尋ねた。前髪の隙間から、綺麗な青色の瞳がのぞいている。
「ど、どうして……どうして私にそこまでしてくれるんです?」
あ~、確かにそこは気になるよね。俺はもう姉貴の介護に慣れきっているから、まったく違和感とかなかったけど、普通に考えたらそういう疑問が出てくるのも当然だ。
で、後藤さんの質問に対する答えなんだけど……これは実にシンプルだ。
「後藤さんを無事に進級させるためだよ」
これに尽きる。いやマジで。これからもっと授業内容は難しくなるし、テストの点数が平均一桁は補習で見逃してもらえるレベルじゃない。で、さすがに留年したらバンド活動どころじゃないだろうしね。最悪、結束バンド解散にまで追い込まれるかもしれない。
「あ、そ……それだけ、ですか?」
それだけって……相当重大な問題だからねこれ。下手したら後藤さんの今後の人生に関わるから。
まあ、あとは後藤さんが大事なお友達だっていうのも大きな理由だよ。
「と、友達……へへっ」
俺がそう言うと、後藤さんは嬉しさ半分、残念半分と言った複雑な表情をしていた。彼女がなんでこんな表情をしていたのか。
鈍感ラノベ主人公なら気付かないだろうな。でも残念。俺は虹夏ちゃんの英才教育のおかげでこういうことを察する力を身に着けているんだ。
「……後藤さん。もしかして───
「ひぅん!」
俺は虹夏ちゃん直伝の小悪魔スマイルを浮かべ、後藤さんの耳元に唇を寄せてそっと囁くと、彼女は顔を真っ赤にして飛び上がり、思いきり後ずさった。……うん、予想通りの面白反応ありがとね。
「そ、そそそそそそういうってどういう意味ですか!? ご、ごごごごごごごごごご後藤ひとり、わかりませんっ!」
「意味って……恋愛漫画的な」
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!! あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ!! 煩悩退散煩悩退散!! 後藤ひとり、何も聞こえませんっ!! 何も聞こえませんっっっ!!」
後藤さんが発狂して高速ヘッドバンキングを始めた。やばい。後藤さんの反応が面白すぎてついからかっちゃったけど、大丈夫か? ……まあ、五分もすれば元に戻るか。
そして、想定通り五分後。発狂が解けた後藤さんは机に突っ伏してわざとらしく「私、拗ねてますよ」アピールをしていた。
「後藤さん、ごめんね。からかい過ぎたよ。もう、こういうこと言わないようにするからさ」
俺がそう言うと、後藤さんは顔だけこっちを向けてじーっと俺の目を見てくる。……五秒だけ。五秒経ったら視線だけ別の方向にいっちゃったけど。
「……私が無事に卒業できるまでお世話してください」
「もちろん。最初からそのつもりだよ」
「えへへっ、じゃ、じゃあ……特別に許してあげます」
後藤さんはふにゃっとだらしなく笑ってそう言った。最初は後藤さんに綺麗な笑顔の練習をさせようと思ったけど……こうやってふにゃふにゃだらしくなく笑ってる笑顔も癒されるな。ゆるキャラみたいで。
「そ、それと……山田くんにもう一つお願いがあります」
「お願い?」
「は、はい。……えっと」
俺が尋ねると、後藤さんが鞄の中をごそごそと漁り始める。珍しいな。俺からお世話したり、提案することはたくさんあったけど、こうやって彼女から何かをお願いされるなんて。
「こ、これ……歌詞を書いてきました。ひょ、評価をお願いしますっ」
後藤さんが取り出したのは一冊のノート。俺はそれを受け取って一ページめくる。すると、そこに書かれてあったのは、後藤さんのサイン候補だ。十個くらい書かれてあり、正式に採用されたものがページのど真ん中にでかでかと書かれてあった。
うん。これは見なかったことにしよう。
そう思って、一度俺はノートを閉じる。
「歌詞って……結束バンドのオリジナル曲の、だよね?」
「は、はい。本当は作曲担当のリョウさんに見せようと思ったんですけど……先に、山田くんの意見を聞いておこうと思って」
「それはいいんだけど……なんで俺?」
「そ、それは……や、山田くんが一番……」
「一番?」
俺が聞き返すと、後藤さんは恥ずかしそうに頬を染めて目を伏せた。
「一番……客観的な意見をくれそうだったから、です」
後藤さんの反応に庇護欲センサーがビンビンに発動して暴走しかけていたのを何とか抑えて、俺は冷静に思考を巡らせる。
確かに、虹夏ちゃんや喜多さんは後藤さんに気を遣って歌詞に対してあまり意見を出せないだろう。逆に姉貴は一切気を遣わないからいきなり見せるのはハードルが高い。俺で一旦ワンクッションを挟みたいっていうのが彼女の本音だろうな。
「わかった。でも、あくまで素人の評価だからあんまりあてにしないでね」
「い、いえ。山田くんに意見がもらえるだけで、安心できるので……」
大丈夫かこの子? 俺に依存し始めてない? ま、まあ……これから交友範囲が広がって色んな人と出会っていけば問題ないでしょう。うん。
気を取り直して俺はノートをもう一度開く。サインが書かれた次のページに、後藤さんが考えた新曲の歌詞が書かれてあった。
ふーん……なるほどね。
一通り歌詞を読み終えた率直な感想としては「どこにでもありそうな普通の応援ソング」だった。
ただ、歌詞を何度も消しゴムで消し直したり、シャーペンで黒塗りにしてあったりと、後藤さんが苦悩しながら書いたというのがよく伝わってくる。
そして、その苦悩の理由も俺にはある程度想像ができた。
良い歌詞が思い浮かばなかったから苦悩したわけではない。自分の本心とは違うことを歌詞として表現してしまったことに苦悩しているんだ。そしてそれを、後藤さん自身も自覚しているに違いない。
だからこそ、真っ先に俺に見せたのだろう。そういうことを、客観的な視点から指摘してくれる俺に。
「後藤さん」
「……はい」
「後藤さんが作詞を担当することになった理由って何だったかな?」
「そ、それは……私は、青春コンプレックスを刺激されるような歌詞が苦手で……禁止ワードが多いから、です」
「うん。そうだね。それで、後藤さんは現状の不満や鬱憤を歌詞にぶつけるようなバンドが好き……そうだったよね?」
「……はい」
「でも、後藤さんが書いた歌詞からは、そういうものが何も感じられない。むしろ、これは後藤さんが苦手としている、無責任に現状を肯定するような歌詞だ」
じゃあなぜ、後藤さんがあえて自分が苦手とするような歌詞を書いてしまったのか。その理由も俺にはわかる。
「これ……喜多さんがボーカルだってことを強く意識した歌詞だよね」
「そ、その通りです……」
喜多さんは、後藤さんとは真逆の性質を持つ天然物の陽キャだ。そんな彼女に、自分が常日頃抱えているような不満や鬱憤をぶつけた、いわゆる陰気な歌詞を歌わせるわけにはいかないと思ったんだろう。
喜多さんが歌うから、明るい青春ソングや応援ソングじゃなきゃダメだ。後藤さんはそう考えたに違いない。
「ごめんね。責めてるわけじゃないんだ。ボーカルのキャラクターを考えて作詞するっていうのは、確かに必要なことだし、真っ当な考えだと思う」
「……はい」
「だけどさ。それなら前提から間違ってるよね?」
俺がそう言うと、後藤さんは首をかしげて俺を見る。……ちょっと表現が曖昧過ぎたか。もっとわかりやすく言わないと。
「そもそも、そういう明るい歌を喜多さんに歌ってもらうつもりなら……作詞を後藤さんには任せないんじゃない?」
「……あっ」
後藤さん「今気付いた」って顔してる。作詞することに夢中になってて、視野が狭くなってたみたいだね。でも、俺もきっと後藤さんと同じ立場だったら、似たような悩みを抱えてしまっただろう。
俺は、一歩離れた第三者っていう立ち位置だから、こういうことを指摘できたわけだし。岡目八目ってこういうことを言うんだな。
「だからさ。一旦、ボーカルのことは忘れて……後藤さんが本当に書きたいもの───後藤さんにしか書けないようなものを見せてほしいな」
「山田くん……」
俺が笑顔でそう言うと、後藤さんは顔を上げて目を丸くしている。さっきまでの不安や緊張はなさそうだ。どちらかというと、安堵しているようにも見えるな。
そして俺はノートを閉じて彼女に返す。ノートを受け取った彼女は、ノートと俺を交互に見比べていた。
「ヨシ! というわけで、これから姉貴に歌詞を見せに行こう!」
「は……あ、え……い、今からですか?」
「今から」
「ど、どこに?」
「
「だ、誰の?」
「俺の」
数秒の、沈黙。
後藤さんは何度も目をぱちぱちとさせて、呆気にとられた表情で俺の顔を見てきた。
「はぶぇばぁっ!!!?!???」
後藤さん、本日二度目の発狂。
というわけで、彼女を俺の家に連れ込みます!!
虹喜多をいちゃいちゃさせて、ぼっちちゃんのお勉強の面倒を見ていたら全然話が進みませんでした。
次回はぼっちちゃんのドキドキ山田家訪問になります。徐々にラブコメっぽくなってきましたね。
次で歌詞関係の話を終わらせて、その次こそ後藤家訪問になると思います。
それでは、前回も評価、感想、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!
今後もよろしくお願いします!
もっと原作で虹喜多いちゃいちゃしろ!