前回家に連れ込んだ女の家に転がり込む女たらしムーブ回。
「暑い……ぼっちの家、まだ?」
「もうちょいだから我慢しろ」
「無理。おんぶして」
「余計暑くなるだろーが。いろはすやるから飲んでろ」
「いろはすは桃が至高」
「は? みかんなんだが?」
六月第二週の土曜日、結束バンドの面々プラス俺は神奈川県横浜市金沢区を絶賛闊歩中だった。理由は、後藤さんの家庭訪問。というのも、後藤さんの歌詞が完成し、姉貴も作曲が終わったのでそのお披露目&バンドTシャツ作り&今後についてのミーティングを実施するためだった。
「レンくんがあたし以外の女の子をお家に呼ぶ日が来るとはね~」
「自分の彼女を姉貴に会わせるのって普通に嫌じゃん」
「レンの私に対する独占欲が強すぎて辛い」
「暑さで脳みそ溶けたか?」
俺が後藤さんを自宅に招いたことは、翌日には他のメンバー……虹夏ちゃんと喜多さんに知れ渡っていた。原因は俺の後ろで軽口を叩きながら歩いているクソ姉貴。別に秘密にしてたわけじゃないけど、口が軽すぎるだろこの女。
「ひとりちゃんだけずるいですー! 私もリョウ先輩のお家に行きたいっ!」
「いつでもおいで。歓待するよ。レンが」
「……レンくん、ひとりちゃんがレンくんのベッドで寝たって本当? もし本当なら、私もレンくんのベッドで寝たら実質リョウ先輩と寝たことに……」
真顔で何言ってんだこの女!? やっぱ喜多さんが結束バンドで一番やべーヤツかもしれない!!
「もっと正確に言うなら、私がぼっちをレンのベッドに押し倒した」
「お前ほんとに何やってんの!?」
「わ、私のことも押し倒してください!」
「いいよ。ぼっちの家であの時の情熱を再現してあげよう」
「リョウ先輩……♡」
「レンくん。二人はここに捨て置いてあたし達だけで行かない?」
虹夏ちゃんがジト目で二人を眺めながらそう言った。その提案に激しく同意。もうこの二人はダメだ。俺達の手に負えないよ……。それぞれ単品なら対処のしようがあるのに、二人揃うと頭ハッピーセットになるからな。
あと、なんで俺も一緒に来ているのかというと、姉貴がばあちゃんに今年十回目の峠越えをさせようとしていたからシバキ倒して駅まで連行する必要があったっていうのが一つ。
もう一つは、後藤パパママに名指しでお呼ばれしたから。
後藤さんも、俺の家から帰ったその日に山田家に行っていたことがバレたらしい。……まあ、あの子は嘘をつくのが下手だからな。隠し事とかできないタイプだし。
後藤パパママ曰く、後藤さんがお友達の家にお呼ばれされたのが人生で初めてだったらしく、そのお礼をしたいということで俺を指名したんだ。そんなに気を遣わなくてもいいのに。
「レンはぼっちの初めてを奪った男」
「ひとりちゃんの初めてのお友達だものね」
「ぼっちちゃんの生演奏を初めて聞いたのもレンくんだし」
「初物食いのレン。ぷっ……クズみたいな二つ名」
「弟の評判下げる二つ名をつけて楽しいか?」
語弊のある言い方やめーや。事実かもしれないけど、そういう言い方すると俺が色んな人に誤解……いや、後藤さん相手なら誤解されるわけないか。
「あ、ナビだとひとりちゃんのお家、もうすぐみたいですよ」
喜多さんがスマホの画面を見ながら俺達を先導していく。うん……もうすぐ着くのはとても喜ばしいことなんですが、今俺達が歩いている住宅街のとある一軒が嫌でも目に付くんですが……まさかそこじゃないよね?
なーんか……横断幕みたいなもんがかかっているお家があるんですけど。
「えーっと……このお家」
お? セーフだったか、ヨシ!
「───の隣ですね!」
はい。アウトォォォォォォォォォ!!
「やっとか……体中の水分が絞り取られ───」
死にそうな顔で歩いている姉貴が思わず絶句していた。その隣にいる虹夏ちゃんも口をぽかんと開けてその家の二階部分を凝視している。
まだだっ!! 喜多さんの案内が間違っている可能性も……
「表札が『後藤』ですし、ここで間違いないですよ」
「喜多さん。もしかしたらこの辺りは『後藤』っていう姓が多い地域かもしれない。だからここは別の後藤さんのお家───」
「そんなわけないわよ。ほら『歓迎! 結束バンド御一行様』って横断幕が吊るされているもの」
「吊るされているから信じたくなかったんだよ!!」
なんで普通の一軒家にあんなクソデカい横断幕を吊るしてるんだ……。あれって学校とか法人で使うヤツじゃん。どこで買ったんだよあんなもん。
「ぼっちちゃんのお家って旅館だっけ?」
「後藤さんは普通の一軒家だって言ってたよ」
近所の人の目とか気にならないのかなぁ……。ならないんだろうなぁ。後藤さんのご両親だもんなぁ。
「姉貴、どう思う?」
「間違いなくぼっちの家。あのぼっちを育て上げた家庭だ。私達の想像をはるかに超えている」
だよなぁ。いやね、気持ちは嬉しいんだよ? 高校生になってようやくできた人生初めてのお友達をお家に呼ぶってことで、ものすごく歓迎してくれているっていう気持ちは伝わってくるよ?
ただ問題なのはさ。伝える手段だよねっていう話。
「ぼっちちゃーん、来たよー!」
『あ、は……はい。い、今開けまぁすっ!』
俺と姉貴がボケーっと横断幕を見上げていると、虹夏ちゃんがインターホンを鳴らした。すると、後藤さんの少し上ずった声が機械越しに聞こえてくる。
うん。やっぱりここが後藤さんのお家でしたね。
「ど、どうぞー……」
玄関の中から後藤さんの声が聞こえてきたので、俺達は嫌な予感を覚えつつ、躊躇い気味に玄関の扉を開いた。
「「「結束バンドのみんな&山田くんいらっしゃーい!!」」」
「い、いらっしゃーい……!」
扉を開くなりクラッカーの音が四連発。はい。後藤一家総出でのお出迎えです。うん、ありがたいですし嬉しいです。だからもう横断幕についてはツッコみません。
「後藤さん、その恰好何!?」
「あ、え? か、歓迎の気持ちを全身で表現しようと……」
「そっか……ありがとう」
後藤さんの言葉に俺は目頭を押さえずにはいられなかった。なぜかというと、後藤さんはパーティーで被るような三角帽子に星型サングラス、付け髭、一日巡査部長と書かれたタスキ、さらにさらに……入学二日目に一年二組を震撼させ、封印されていたはずのピンクジャージをその身に纏っていたからだ。
そのジャージ、部屋着にしたんだね。
「あ、レンくんがまた泣きそうになってるわ」
「ぼっちちゃんと出会ってからよく泣くようになったね~」
「ぼっちはレンを一番泣かせた女かもしれない」
「あはは~、お姉ちゃんがあくじょになっちゃった~!」
「あ、悪女……(山田くん、泣くほど嬉しかったのかな。がんばって準備した甲斐があったな。ふへへっ)」
後藤さんの「がんばって色々考えて準備しました感」がひしひしと伝わってきて涙が出そうですよ。……ふぅ。落ち着け俺。後藤さんの奇行は今に始まったことじゃない。いつものように、冷静に対処しよう。うん。
「お招きいただきありがとうございます。これ、よかったらみなさんで召し上がってください。母がよろしくと申しておりました」
「あらあら。ご丁寧にどうも。誘ったのはこっちなんだからそんなに気を遣わなくてもよかったのに」
俺は後藤ママにお土産の紙袋を渡す。水菓子だからふたりちゃんも食べられるはず。っつーか、こういうのは本来俺じゃなくて姉貴の役目なんだけどな!
「あと、ふたりちゃんにはこれね。この前ゲーセンで取ったミニヨンズのぬいぐるみ」
「これ……ふたりにくれるの?」
「もちろん。ふたりちゃん、ミニヨンズ好きなんでしょ?」
「好きーっ! ありがとうレンくん! 大事にするね!」
俺が渡したぬいぐるみを満面の笑みを浮かべながらぎゅーっと抱き締めるふたりちゃん。可愛いなぁ。ほんとにこんな妹が欲しかったなぁ。と、思いつつ、俺はほとんど無意識の内にふたりちゃんの頭を撫でていた。
「わんわん!」
「お? わんこ!」
俺がふたりちゃんに癒されていると、柴犬らしきわんこがとてとてと近づいてきた。……可愛い。
「ジミヘンっていうんだよー」
「じ、ジミヘン? ジミ・ヘンドリックス?」
「そう。邦ロックもいいけど、僕は洋楽の方が好きなんだ。だからジミヘンって名前にしたんだよ」
俺の疑問に後藤パパが答える。やっぱりそこから名前を取ってたのね。まあ、犬の名前を伝説的ギタリストから取るのはいいとして……娘さんの名前はどうにかならなかったのかな? 由来とかものすごく興味があるけど、ツッコんだら命を落としてしまいそうなのでやめておくことにする。
「ジミヘンかー……お手!」
俺が手を差し出すと、ジミヘンが前足をポンと俺の掌に載せた。か、賢い……! 俺の姉貴より賢いかもしれないなこの子。
そんなことを考えながら、俺はジミヘンをわっしゃわっしゃと撫で回す。
「やっぱ飼うなら犬だよなぁ……」
「レンくんはもうおっきな猫を飼ってるもんね」
虹夏ちゃんの言葉に俺は大きく頷いた。そうなんだよ。今年で十七歳になる大きな猫を飼っているんですよ我が家は。
「レンくん、猫さん飼ってるのー?」
「そうなんだよー。俺の後ろにいる、山田リョウっていうおっきくてどうしようもない猫さんがいてねー」
「リョウちゃんって猫さんだったの!?」
「にゃんにゃん」
「せ、先輩! 今のもう一回やってください! 動画に……動画に収めないと」
姉貴は両手をグーにして猫のポーズで喜多さんのスマホに向かってにゃんにゃん言っている。
……楽しそうだね君達。
「あ、あの……みなさん、そろそろ……」
玄関から一向に動かない俺達に向かって、後藤さんが恐る恐ると言った様子で声をかけてくる。ごめんごめん。いつまで玄関でたむろしてるんだって思うよね。今日の目的を忘れるところだったよ。
「ゆっくりしていってちょうだいね~」
「よーし! ひとりのお友達がたくさん来てくれたし……今日は腕によりをかけてたくさん料理作るぞー!」
後藤夫妻はそう言って奥の部屋、おそらくキッチンであろう場所へと向かった。後藤パパの手料理……ものすごく気になる。何を作ってくれるのかな。
「あ、山田くん。ちょっといいかしら?」
奥の部屋へ向かっていた後藤ママが俺の方へ戻ってくる。どうしたんだろ?
「あとで、ひとりちゃんのことについてゆっくりお話ししましょ?」
「え? あ、はい」
後藤ママがやけに
「あ、わ、私の部屋へご案内します……」
「お姉ちゃん。ふたりも一緒に行っていーい?」
「ふ、ふたりはジミヘンと遊んでなさい」
「えー? つまんないー!」
ふたりちゃんはほっぺたを膨らませて駄々をこねるようにそう言ったかと思うと、今度は俺のズボンを掴み、じーっと見上げておねだりするような視線を向けてきた。
仕方ないにゃあ。
「ふたりちゃんも一緒でいいんじゃないかな。でも、元々は結束バンドの諸々のために集まったんだから、お部屋では俺と一緒に遊ぼうか?」
「うん、遊ぶー!」
「あ、あ、あ……(そ、そんなことになると私の姉の威厳が奪われて……で、でも心の狭い女と思われるのも嫌だし)」
ちょっと困らせちゃったかな。まあ、ダメだったら後藤夫妻にお願いしてリビングあたりを借りてふたりちゃんと一緒に遊べばいいか。結束バンドの会合自体に俺は必要ないし。
「ふたり、あんまり山田くんを困らせちゃダメだよ? (こ、ここは優しいお姉さんアピール!)」
「はぁーい! ねえ、レンくん。抱っこしてぇ?」
「ほーら、おいでー」
「わーい!」
俺が両腕を広げるとふたりちゃんが飛び込んできたのでそのまま抱き上げる。
「男に甘える能力……あれは私に匹敵する」
「あれで自覚があるんだったら、ふたりちゃんの将来がちょっと心配ですね」
「喜多ちゃんは人のこと言えないよ?」
「虹夏先輩もですよ」
「結束バンドの絆はもうボロボロ」
「お前は一番将来を心配されるべき人間だろっ!」
俺がふたりちゃんと戯れている横で結束バンドは互いにブーメランを投げ合っていたようです。何しとんねん。
(だ、だだだだだだだ抱っこ!? ……ふっ、だが甘いなふたり。私はもうすでに、二回(干しガエルぼっち時とツチノコぼっち時)も山田くんに抱っこされているのだ!! 私の方が回数も多くて時期も早い!!)
なぜか後藤さんがドヤ顔でふたりちゃんを見ていました。……なんで?
その後、二階に上がって後藤さんの部屋に案内された俺達は、目の前に広がった光景に再び言葉を失ってしまうのだった。
ドンキ辺りで買ってきたスタンド型ミラーボールに大量の風船、輪飾り、小さい横断幕。
準備が大変だったんだろうなぁ。お友達を精一杯歓迎したかったんだろうなぁ。
後藤さんががんばって部屋を飾りつけしている様子がありありと脳内で再生されてしまう。
「あ、さすがに浮かれ過ぎですよね。す、すぐに片付けます」
「そ、そんなことないよ! やっぱり私達も少しだけ遊ぼうか? ね、喜多ちゃん!」
「そ、そうですね。ひとりちゃんがせっかくたくさん準備してくれたんだし!」
「これ、どこで売ってたの? 目がチカチカする」
「ド、ドンキです」
虹夏ちゃんと喜多さんが気を遣った発言をする中、姉貴だけは平常運転で遠慮なく部屋の中に入り、ミラーボールを持ち上げて興味津々と言った様子で後藤さんに尋ねていた。
うん、姉貴のそういうところは尊敬するわ。
姉貴を除く、俺達三人は戸惑いがちに後藤さんの部屋に入る。あ、畳なんだ。和室って良いよね。落ち着く。俺も部屋はどっちかというと和室派なんだよな。ばあちゃん
「すごい飾りつけだね~」
「ギターとかエフェクターは置いてないのね。もっとロックな感じの部屋をイメージしてたけど……」
さすがに暗いのでカーテンを開けて部屋の中に日の光を取り込むことにすると、後藤さんの部屋の全貌が明らかになった。
といっても、俺達を招待するために色々片付けたらしく、物は全然なかったんだけど。……物で溢れかえってる姉貴の部屋とは大違いだ。
「ぼっち、このお札と盛り塩は何?」
「あ、それはですね……」
部屋の中をうろうろして物色していた姉貴がとんでもないものを見つけてしまった。
それは、押し入れに大量に貼られてある謎のお札と盛り塩だった。百歩譲って盛り塩は許そう。風水的な効果があるらしいから。でもさ、そのお札は何!? 明らかに何か封印してるよね!?
「それはね~。この前お姉ちゃんが幽霊に取り憑かれたから貼ってあるの~」
それを聞いた瞬間、俺はふたりちゃんを強く抱きしめて部屋の外へ出ていた。幽霊に取り憑かれたって何!? 俺、ホラー系はマジでダメなんだって!!
はっ!! そういや幽々ちゃんが、後藤さんにはすごいのが憑いてるって言ってたような……
もしかしてすごいのって悪いヤツだったの!?
「ふたりちゃん。俺達は下で遊ぼうか」
「どうして~?」
「俺はね、幽霊が怖いの」
俺は一瞬も躊躇わずに暴露する。
意地を張るつもりも強がるつもりもありません。怖いものは怖いのです。……仲の良い女の子の部屋に入った直後の感想じゃないなこれ。
「へ~。レンくんって幽霊が苦手だったのね。それはいいことを聞いたわ」
「レンはホラー映画を観ると一人でお風呂に入れなくて夜に眠れなくなるタイプ」
「あたしも怖いの苦手だから……リョウとレンくんとあたしの三人で一緒にホラー映画を観ると、あたしとレンくんだけずっと一緒に朝まで起きてるんだよ」
「私は気にせず爆睡している」
「さすがリョウ先輩です! 幽霊を怖がらないなんて素敵! レンくんは今度一緒におばけ屋敷行きましょうね?」
「言っておくけど!! 俺は手を繋いでもらわないとゴールできない自信があるからなっ!!」
人工物だとわかってはいても、それとこれとは話が別。ホラーがガチで苦手な人間には関係ない。お化け屋敷デートで「俺が守ってやるよ」なんて口が裂けても言えません。むしろ俺を守ってくれ!!
(に、虹夏ちゃん……さっきさらっと、山田くんと朝まで一緒に過ごしたって……とんでもないこと言ってなかった?)
後藤さんが驚愕した表情で俺と虹夏ちゃんを交互に見てるけど……昔の話だからね? 一年くらい昔の話だから。
「大丈夫だよ~。ふたりがレンくんを守ってあげるからね~」
「ふたりさん……」
トゥンク
抱っこしているふたりちゃんが俺の頭をよしよしと撫でてくる。年下に甘やかされるって……こういう感覚なんだね。なんだか新しい世界が見えてきそうだよ。
ふたりちゃんのおかげで勇気を取り戻した俺は、とりあえず押入れから一番遠い部屋の隅っこでふたりちゃんとジミヘンと遊ぶことにします。
「レンくんもTシャツの案出してよ~」
「えー……じゃあ虹夏ちゃんのデザインに一票」
「まだ何も描いてないじゃん!!」
だってどう考えても虹夏ちゃんの案一択になるでしょ。喜多さんの画力はわかんないけど、多分バンドTシャツっぽいデザインにはならないだろうし、姉貴はまともに考えずにカレーとか寿司とかラーメンの写真を載せるだろうし、後藤さんは……うん。
あのクソダサTシャツとピンクジャージで登校していた時点で期待できない。よって消去法で虹夏ちゃん。はい、この議題は終了!
「雑過ぎっ! もうちょっと真面目に考えてっ!」
言うて俺、バンドメンバーじゃないからね? なんかこう……いつの間にか流れでくっついてきてるけど、俺の立ち位置ってあれだよ……
今さらだけど俺って結束バンドにとってどういう立ち位置なんだ?
「コンセプトをどうするかによるよね。可愛い系で攻めるのか。ロックバンドっぽく文字のフォントやイラストにこだわって格好良い系にするのか。俺個人的には二種類作っても良いと思う。ガールズバンドだし、四人とも顔面偏差値
「お、おおう……すごくガチな提案をしてくれたね」
「追々、物販で売ることを考えたらデザインは複数あって損はしないと思うよ」
「う~ん……今のところ物販は結束バンドを五百円の暴利で売ってるだけだしね~」
虹夏ちゃん、暴利って認めちゃうんだ……でも、結束バンドって百本で千五百~二千円だから原価率がすごく良いんだよね。
「か、格好良い系……そ、それなら私に任せてくださいっ!」
「お? ぼっちちゃんやる気満々だねぇ~。じゃあ、お任せしちゃおうかな」
「ひとりちゃんのデザイン、楽しみにしてるわね!」
「は、はい。みなさんの度肝を抜いてあげますよ~」
なんだろう。ものすごく嫌な予感しかしない。……後藤さんの画力ってどうなんだろう? いや、たとえ画力が低くても、センスさえよければ俺と虹夏ちゃんの画力でいくらでもカバーできる。
問題はそのセンスなんだけど……いやいや。最初から疑ってどうするんだ。もしかしたら本当にとんでもないセンスで俺達の度肝を抜いてくるかもしれないし。うん。
「じゃあ、私は可愛い感じのデザインを考えますね」
「あたしはロゴと……レンくんが言ってたビートルズっぽく、四人のシルエットでも入れてみようかな」
「姉貴はどうすんの?」
「……今日の晩御飯、カレーとラーメン。どっちがいい?」
熱心にスマホを見ているかと思ったら、晩飯のこと考えとったんかい。俺が思った通りだったなこの野郎。
「カレーラーメンでええやろ」
「天才の発想。でも私はカレーうどんの方が好き」
「だったら母さんにそう言え!」
「出汁のきいた味噌煮込みうどんも可」
「はいはい」
姉貴には全く期待できないですね。まあ、虹夏ちゃんがいればどうとでもなるでしょ。最悪、決まらなかったら俺と虹夏ちゃんで案を詰めればいいだけだし。
「じゃあ、ふたりちゃん。俺達はお姉ちゃん達の邪魔をしないようにこっちで動画を観てようか?」
「うん! ねえ、ジミヘンに芸を教えられるような動画ある~?」
「犬の芸ね……ちょっと待ってよ」
俺は隅っこで胡坐をかき、ふたりちゃんが俺の足の上にすっぽりと収まる。そして自分のタブレットを取り出して、オーチューブアプリを開いた。
「どれを観る?」
「これ、これ! あごを手に乗せるヤツ!」
「ジミヘン、こっちおいで~」
俺が手招きするとジミヘンが尻尾を振りながら駆け寄ってきた。ほんと可愛いなこいつ。
そしてジミヘンも一緒に、犬の芸を仕込むためのショート動画を観ることにした。
「ジミヘン。こうだよ! こう! ふたりが手をこうしたらあごを乗せるの!」
「わん!」
ジミヘンが返事をするように吠える。……この子、もしかして人間の言葉を理解してたりする? まさかね。
「ジミヘン、あごっ!」
「わんっ!」
ふたりちゃんが親指と人差し指でVの字を作ると、ジミヘンは自分のあごをふたりちゃんの指の上にしっかりと置いた。
めちゃくちゃ賢いなこの子!! 一発で成功しちゃったよ!?
やっぱり姉貴より脳みその容量が大きいのでは?
「ジミヘン、こっちも」
今度は俺が同じように指でVの字を作る。するとジミヘンはふたりちゃんの時と同じように、俺の手にあごを乗せてきた。パネェ!!
「レンくんレンくん! 次はこれ! 銃でばーんってするの!」
「はいはい。これね~。ジミヘンもちゃんと観るんだよ?」
「わんっ!」
やっぱこの子、人間の言葉を理解してるよね? うーん……これはジミヘン動画を作るとめちゃくちゃバズる予感。ふたりちゃんも一緒に出せば、かなり再生数を稼げるんじゃないかな?
でも、それでギターヒーローの動画再生数をあっという間に超えちゃったら、後藤さんのプライドがへし折れて引きこもりそう……
後藤さん、相当承認欲求強いからなぁ。
「ジミヘン。ばーんするからね? ばーんって! そしたらお腹を見せてひっくり返るんだよ?」
「わんわんっ!」
「ばーん!」
ふたりちゃんが指で銃の形を作って撃つ真似をすると、ジミヘンはころんと寝転がってお腹を見せるのだった。これも一発で覚えちゃったよ!? マジでジミヘン賢いな!?
「偉いぞ~ジミヘン。いい子いい子~!」
俺がジミヘンのお腹をわっしゃわっしゃ撫でてやると、舌を出して気持ち良さそうな顔をしている。決めた! 俺絶対、将来は犬を飼う。父さんと母さんが医者だから衛生上の理由で今はペットを飼えないけど……姉貴がペットみたいなもんだからなぁ。
むしろ姉貴の方がジミヘンより手ぇかかるわ。
「ねーねーレンくん。次はねー。お姉ちゃんがギター弾いてる動画観たーい!」
「この前のライブの動画のこと?」
「ううん。それじゃなくて、お姉ちゃんが一人で弾いてる上手な方。オーチューブにあるよ~」
それってもしかして……ギターヒーロー動画のこと? あ、ご家族はご存知だったのね。
「ふ、ふふふふふふふたり!? し、知ってたの!?」
「知ってたー。だって、お家のあかうんと? で作ってるから、お父さんが見つけたんだよ」
「し、知らなかった……」
「そういえば、私もひとりちゃんの動画はちゃんと観たことがなかったわね」
「喜多ちゃんも一緒に観よー!」
「いいわよ~」
喜多さんがそう言って部屋の隅っこにいる俺達の方へやって来て、俺の隣に座り込んでタブレットをのぞき込む。あ、喜多さんめっちゃ良い匂いする。
「レンくん、良い匂いするわね」
「虹夏ちゃんがおすすめの香水を色々教えてくれるからね」
おすすめ、というか……虹夏ちゃんが自分の好きな香りの香水をプレゼントしてくれてるんだけど。俺自身にあんまりこだわりはないし。
「……虹夏先輩の功罪がまた増えてしまったわ」
「あたし別に悪いことしてないでしょ!?」
「ふたり、レンくんの匂い好きだよ~」
「……レンくんの罪がまた増えてしまったわ」
「なんで俺だけ『功』がないの? ねえ?」
喜多さんとやんややんや言い合いながら、後藤さんのギターヒーロー動画を再生する。俺は後藤さんの正体がわかってから、いくつかチェックしてたんだよね。
「は~……やっぱりひとりちゃんって上手なのね~」
「お家だと上手だけど……お外だと下手になっちゃうの」
「へ、下手……」
ふたりちゃんのド直球な言葉に後藤さんがショックを受けている。子供は裏表がないから言葉の鋭さが抜き身の刀並みなんだよね。
でも大丈夫だよ、後藤さん。少しずつだけど確実に成長してるから。
「ぼっちちゃん。これからだからね! ぼっちちゃんがちゃーんと実力を発揮できるように、あたし達もがんばるから!」
「そうよ、ひとりちゃん。私は一番へたっぴだけど、いつかひとりちゃんの演奏を支えられるようになるから」
「虹夏ちゃん……喜多ちゃん……」
感動的な光景だね。こうやって、バンドメンバー同士が互いを認め合い、リスペクトし合う……
まさに結束バンドというバンド名に恥じない光景だ。
そんな風に、少女達の尊い絆に胸の奥から熱いものがこみ上げてきた俺だけど……俺はここで思い出した。
こういう場面で、感動的な空気をぶっ壊す女がすぐそこにいるということに。
「ぼっち、これ何?」
姉貴が静かにスマホを眺めていたかと思うと、唐突にこんなことを言い出した。
「投稿遅れちゃってごめんね☆ 最近新しくできた超イケメンな彼氏と放課後に毎日一緒にお勉強してて収録の時間が取れなかったんだ♪ 私の彼氏はすっごく優しくて頭が良くて背が高くて毎日毎日甘やかしてくれるの♡ この前も彼氏のお家にお呼ばれされて私のために手料理を振舞ってくれたんだ~。もぅ、私ったら愛され過ぎ♡ そんな愛にあふれた私が視聴者のみんなに幸せをおすそわけしちゃうぞ~♪♪」
姉貴がいきなり猫なで声でとち狂ったことをほざき始めた。とうとう頭のネジが全部吹っ飛んだ上、脳みそが気化して鼻から排出されたのかと思ったけど……
「レ、レンくん……これ……」
喜多さんが俺のタブレットを操作して、ギターヒーロー動画の投稿者コメント欄をタップする。
すると……そこには姉貴が口走ったような恐ろしい言霊が所狭しと羅列されていた。
「あ、あ、あ……」
後藤さんは顔面を真っ赤に染めて崩壊させながらカオナシぼっちへと変態していく。
ふーん。後藤さんって優しくて頭が良くて背が高くて毎日甘やかしてくれる超イケメンな彼氏がいたんだね。ぜんぜんしらなかったよ。
───って、そんなわけあるかい!!
これ……これ……完全に俺のことじゃんか!! ねえ!?
ギターヒーローだって……二ヶ月くらい前にみんなにバレてたでしょ!? なのになんでこんなすぐバレるような虚言を吐いちゃうの!? しかもこの動画だけじゃなくて結構前の動画から……「ロインで友達が千人居ます」とか「バスケ部エースが彼氏」とか……へぇ。前の彼氏はそういう設定だったんですね。
待てよ……? 確かさっき「お父さんが見つけた」って言ってたよね? つまり……後藤さんのご両親もこのコメント欄を見ているわけで……
そういうことか!! 後藤ママが……玄関で俺にあんなに
マジで誤解を解いておかないとな。
「ぼっち……」
「ぼっちちゃ……ぼっちさん……」
「ひとりちゃ……後藤さん……」
「あ、あ、あ、あ、あ………………」
さっきまでの結束力はどこいった?
そして後藤さんの全身が痙攣し、作画が崩壊していきます。
さて問題です。彼女は一体この後どうなってしまうのでしょうか?
正解者には姉貴を一生養う権利を強制的に差し上げます。
「そあhにおhmbvん、dぁ、あおぴhみうlh。j;おmgんbt!?1???おいgヴ」
およそ人語とは思えない言葉を発し、後藤さんは爆発四散してしまいました。
ごめん、後藤さん……今回ばかりはちょっと……さすがの俺もフォローできないです。
そして、喜多さんは俺から離れて元の場所に戻り、みんなは何事もなかったかのようにTシャツのデザインについて考え始めましたとさ。
めでたしめでたし。
あと、さ……自分でも意外だったんだけど
たとえ
彼女が俺をそんな風に見ていたことが
結構───嬉しかった
後藤家訪問編part1でした。
最近、小説のタイトルを「ダイヤモンドの功罪」にちなんで「ヤマダニジカの功罪」にすればよかったんじゃないかと思ってます。
次回で後藤家が終わるかもしれないし、終わらないかもしれない。
それは私にもわかりません。
では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!