このお話を書いている途中、吐きそうになりました。
最後までお読みいただければ意味が分かると思います。
「も~! なんでリョウだけ浴衣を着てこなかったの!?」
「暑いめんどい動きづらい」
「リョウ先輩の浴衣……見たかった……」
夏休みに入り、バイトやバンド活動に精を出す結束バンド御一行と、バイトと姉貴の介護に精を出す俺の四人は電車で金沢八景駅へと向かっていた。
目的は、今日実施される「金沢まつり花火大会」
夏らしいことをしようということで、バンド活動だけじゃなく、この夏休みはバンドメンバー達で色々遊びに行く予定を立てているらしい。
バンドメンバーだけで遊びに行けばいいのに、毎度毎度俺を連れて行くのはなんでかな?
「男の子がいれば変なのに絡まれないで済むでしょ?」
というのが虹夏ちゃんからのありがたいお言葉です。まあ、俺としても断る理由はないし、なんなら男女比がおかしいから俺の友達を連れて行こうかとも考えたんだけど……後藤さんが人見知りを全力で発動して花火を楽しむどころじゃないから無理と判断。
しゃーないから夏休み明けに男子共に「喜多さん達と花火大会行ったけど?」ってマウントを取ってやるか。
「レンくんも浴衣着てないし……」
「俺、夏祭りデートする時は彼女に浴衣を着てもらって俺は私服で歩くって決めてるんだ」
「……山田姉弟って謎のこだわりがあるよね」
虹夏ちゃんが着ている浴衣は藍色ベースに薄いピンク色と水色のアジサイが描かれている。帯は薄紫色で明るい虹夏ちゃんとの髪色ともよく合っている。髪型は、いつものサイドテールに編み込みを加えて、髪の毛を無造作に出すことでボリューム感がアップしていた。結び目に薄水色の花の形をした可愛らしいバレッタを付けているのもグッド。
喜多さんは黒をベースに白色の帯に白色の花柄。シンプルな色合いだからかなり上品に感じるな。髪型はくるりと巻いて後ろでルーズにまとめている。緩くまとめているので、女の子らしい可愛さがいつもより強い。
「───総じて、二人ともすごく可愛い!」
「な、なんか……褒めるというよりも解説になってて恥ずかしさがどっかいっちゃったわね」
「嬉しいよ? 嬉しいけど、レンくん……もうちょっと抑えてもいいかな?」
「ごめん。俺、女の子の一番好きな恰好って浴衣だから。ちょっとテンション上がっちゃって」
さすがにキモかったか。いやでも俺は悪くない。こんなに可愛い二人が悪いんだと開き直っておこう。どうせなら姉貴も浴衣を着ればよかったのに。見た目だけは良いんだから。見た目だけは。
「ぼっちちゃんの浴衣姿楽しみだね~」
「どんな柄のものを着てくるんでしょうか?」
「ぼっちのことだ。とんでもないセンスになっているに違いない」
「あ、そこは大丈夫。後藤ママのセンスに一任したから」
「この男……事前に根回ししてるのね」
「喜多さん……バンドTシャツの悲劇を忘れてはいけない」
「あれは……嫌な事件だったわね」
まあ、浴衣だからよっぽど変なのを選ばなければ大丈夫だと思うけど……後藤さんはその
いやでも、後藤ママのセンスは良かったから信じよう! お祭りの浴衣姿ってだけで女の子はいつもの三倍は可愛く見えるんだから!
俺は電車に揺られながらそんなことを考え、後藤さんの家へ向かうのだった。
「ぼ、ぼっちちゃん……」
「ひ、ひとりちゃん……」
「お、おお……」
電車に揺られること約一時間半、俺達は金沢八景駅へ着き、そのまま後藤さんを迎えに行くため彼女の家へ直行する。今日は花火大会ということもあり、電車の中には虹夏ちゃん達と同じような浴衣姿の女の子達の姿がそこそこみられた。眼福。
で、後藤さんの家にやって来て、浴衣姿の彼女と玄関先でご対面を果たしたんだけど……
「あ、あの……どう、ですか……?」
後藤さんは頬を赤く染めながら、恥ずかしそうにこちらを見る。いつもと違って顔色が良く見えるようナチュラルピンクのメイクを施しているらしい。
着ている浴衣は、明るく柔らかい印象を与える白に近いアイボリー、帯は淡いピンク色。虹夏ちゃんや喜多さんと違って、あえて無地のレース浴衣。ガーリー系を前面に押し出した、可愛らしさ重視。
髪型は、トップから髪の毛を編み込んだロングポニーテール。いつもはストレートだから印象が大きく変わっていてうなじがとても色っぽい。
そして何より……何より……これまでの彼女との一番の違いは───
「ぼっちちゃん……前髪……切ったの?」
「あ、はい。せっかくみんなでお祭りに行くので顔を隠すのはもったいないとお母さんに言われて……」
そう。後藤さんは前髪を切っていたんだ。これまでは、前髪で目が隠れてて表情がわかりづらかったけど、今ははっきりと目が見えていて端正な顔立ちを惜しげもなく披露している。
「その方がずっとずっとず~~~~~っと可愛いよ~~~~~!! あたしが髪を上げようとしたら粉末状になってたのに……」
「あ、美容院に行ったところまでは覚えているんですが、髪を切られている間の記憶がなくて……」
「それ、レース浴衣よね? 可愛い~~~~~~~!! 私も来年はレース浴衣にしようかな~」
虹夏ちゃんと喜多ちゃんはきゃっきゃとハイテンションで喜んでいる。姉貴は顎に手を当ててブツブツと何やら考え込んでいるけど、目が和同開珎になってるからな。どーせろくなことを考えてないんだろ?
まあいいや。姉貴のことは置いておこう。
それにしても、後藤さん……
「ほら、レンくんも何か言ってあげなよ!」
「ちゃーんと褒めてあげなきゃダメよ?」
「あ、う……あ……」
喜多さんが後藤さんの背中を押して、俺の目の前に連れてくる。後藤さんから、ふわりと香水の甘い香りがした。あ、この匂い……俺の好きな香りだ。虹夏ちゃんの仕業だな?
「や、山田くん……どう、ですか?」
身長差の関係で、後藤さんが恥ずかしそうな表情で上目遣い気味に俺を見て尋ねる。
そんな彼女を見て、俺はとっさに言葉が出てこなかった。
自慢じゃないけど……いや自慢だね。俺は小学生の頃から女の子にモテていた。ルックスもそうだし、虹夏ちゃんから女の子の扱い方について色々教えてもらっていたから、そういう意味でも、俺は他の男子とは違う存在だった。
当然、女の子と付き合ったこともあるし、俺の周りには姉貴を筆頭に、虹夏ちゃん、星歌さん、喜多さん、PAさんのように顔面偏差値の高い女性がたくさんいる。
だから、初対面の綺麗な女性相手に気後れしたり、恥ずかしくて会話ができなくなったりということはない。ましてや、それが友人ならなおさらだ。
だけど……だけど……
俺は、後藤さんを前にして、言葉が出なくなっていた。
人生で初めて、女性に対してどう話していいかわからなくなっていた。
確かに、後藤さんは可愛い。元々の素材が一級品であることに加え、俺が好きな浴衣姿、いつもと違う髪型、彼女の魅力を何倍も引き上げる要素が重なっていることは間違いない。
でも、それだけか?
ふー……落ち着こう。冷静になれ。
まだ
とにかく今は、彼女の期待に応えないと……がっかりさせて、悲しませることだけはしたくない。
「うん。すごく、よく……似合ってるよ。髪型も、浴衣も……いつもと、雰囲気が違って……」
ああ、やばい。普段ならもっと自然に褒められるのに、なんで今日に限ってこんなに言葉が出てこないんだ。
俺ってこんなに弱い男だったか?
「可愛いと思う……うん……とっても……」
雑っ!! 全体的に褒め方が雑過ぎるっ!! もっとこう……具体的に色々あるだろっっ!! 虹夏ちゃんから教わったことが何一つ活かせてない。
あー……マジで何なんだこの感じ。ちょっと、自分でもよくわかんなくて心と頭の中がぐちゃぐちゃしてる。こんなの初めてだよ、ほんとに。
「あ、ありがとう……ございます。う、嬉しい。えへへ……」
後藤さんは俺を見上げたまま恥ずかしそうに笑った。
そんな彼女の笑顔を見て、俺は自分の顔に熱が集まるのを自覚する。前と同じだな、この感覚。後藤家に来ると、俺はいつも調子を狂わされる。
「(……なんか私達の時と反応が違いますね?)」
「(あんなレンくん……初めて見た……)」
「(私も初めて。やるな、ぼっち)」
「(あ、二人とも! 私、良いことを思いついたんですけど───)」
俺と後藤さんが向かい合っている傍らで、三人が何やらこそこそ話しているけど、今の俺にはそっちに気を向ける余裕がない。
やばい。冷静になろうと思っても全然冷静になれない。
誰か、誰かこの状況をどうにかしてください!! ほんとに誰か助けて……
俺がそんなことを考えていると、祈りが通じたのか、この場に救世主がやってくる。
「あ、レンくんだーーーーーーっ!!」
ふたりさんっっ!!
天真爛漫な声とともに、浴衣を着た一人の少女が俺に向かって思い切り飛び込んできたので抱き止める。相変わらずお転婆さんだね。せっかくの浴衣が着崩れちゃうよ?
「ふたりちゃんも、花火を観に行くの?」
「うん! おとーさんとおかーさんに連れて行ってもらうのー!」
「そっかそっか~よかったね~浴衣もすごく似合ってて可愛いよ~」
「ほんと~? えへへ、レンくんありがとー! お姉ちゃんとね、同じ色にしたの!」
ふたりちゃんが着ている浴衣は白地に桃色の花柄と赤い帯。髪もお団子にしていてとても可愛らしい。あー癒されるわー。さっきまでの変な緊張感とかどっかいっちゃたわー。
ふたりさんマジ救世主!!
「あれ? レンくん、顔赤いよ~? お熱でもあるの?」
ふたりさんマジ世紀末!!
「……お外が暑いから。ふたりちゃんも熱中症には気を付けるんだよ?」
「うん! かき氷いっぱい食べる! あ、レンくんこれあげるね~。ねっちゅーしょーにいいんだって」
ふたりちゃんがくれたものは塩飴だった。俺は抱っこしていたふたりちゃんを降ろし、飴を受け取って口の中へ放り込む。
「虹夏ちゃん達にもあげる~」
「ふたりちゃん、ありがとー!」
「ふたりちゃん! 私と一緒に写真撮りましょう!」
「いいよ~!」
「喜多ちゃんだけずるいよ~。あたしも一緒に撮るっ!」
「じゃあ、みんなで撮りましょう! ひとりちゃんとレンくんもこっちに来てくれる?」
俺と後藤さんはお互い顔を見合わせ、笑いながらみんながいる方へ向かう。そして、後藤家の前でふたりちゃんを含めてみんなで記念撮影を行った。
「良い写真だね。喜多ちゃん、あとでグループロインに載せておいてね!」
「もちろんです。じゃあ、そろそろ行きますか? 二時間前には会場に着いておきたいですし」
「そうだね。れっつごー!」
というわけで、花火大会の会場である海の公園に向かいます。
「うわ~まだ五時前だけど結構人が多いね~」
「これからどんどん増えてきますよ。先に屋台とか回っておきましょう!」
「よーし! 気合入れていこーっ!」
「レン、お小遣いちょうだい」
「とりあえず五千円渡しておく。……帰りの電車賃込みだから全部使い切るなよ?」
「私、できない約束はしない主義」
「虹夏ちゃん、姉貴の小遣い渡しておくから」
「任せてっ!」
海の公園南口駅を降りると結構な人混みになっていた。はぐれるって程じゃないけど、花火が十九時からだからあと二時間の間にどんどん増えてくるはずだ。
その前に屋台で色々食べ物とか買って、花火を落ち着いて観れる場所まで移動しておきたい。
「あ、あ、あ……」
「後藤さん、大丈夫……じゃないみたいだね」
「ひ、人が多過ぎて……酔いそう……」
駅から降りた後藤さんはすでにグロッキー状態だった。仕方ないよね。こうやって友達と花火大会に行くのは初めてで、人見知りだからこんな人混みは避けて生活をしていたんだろうし。
「虹夏ちゃーん。後藤さんがちょっと辛そうだからそこの休憩所で休んでもらおうと思うんだけど」
「そう? だったら───」
前を歩いていた三人のうち、虹夏ちゃんに声をかける。すると、虹夏ちゃんが答える前に喜多さんが例のしいたけアイになりキタキタオーラ全開で虹夏ちゃんに何やら耳打ちしている様子。
それを聞いた虹夏ちゃんと、喜多さんは実に良い笑顔を浮かべて俺達の方を見た。
「じゃあ、あたし達は先に行って二人の分も色々買ってくるよ!」
「そうそう。だから二人はそこでゆっくり休んでてね! あとで合流しましょ!」
「私は腹が減った。早く何か食べたい」
姉貴はともかく、虹夏ちゃんと喜多さんは露骨過ぎだろ。あー……完全に後藤さんの家で俺が挙動不審になって彼女をめちゃくちゃ意識しちゃったことがバレてるな。
姉貴は俺の様子に気付いてるだろうけど、腹が減ったのも本当だろう。というか、そっちの方が本命に決まってる。
ただまあ、後藤さんを放ってはおけないし、虹夏ちゃん達がやっていることは、俺にとっては余計なお世話で無駄な気遣いでしかないんだけど……
その申し出を、無下にする気にもなれなかった。
「わかった。じゃあ、後でロインするわ」
「お? レンくん話がわかるね~」
「じゃあ二人とも、ごゆっくり~」
「早く。焼きそばとたこ焼きと焼きトウモロコシとフランクフルトとベビーカステラとかき氷が私を待っている」
「お前どんだけ食う気だよ!?」
そして三人は本当に俺達を置いてさっさと出店が並んでいる歩道の方へ行ってしまった。
「じゃあ、とりあえずそこの休憩所でゆっくりしようか。メインの花火の時に体調が悪かったら元も子もないからね」
「あ、はい……す、すみません……こ、こんな時にもご迷惑をおかけして……」
「こんなの、迷惑のうちに入らないよ。むしろ、姉貴の世話をしなくていいから俺が感謝したいくらいかな」
これは気遣いではなく、紛れもない本音である。姉貴はこういうお祭りだと、しれっと単独行動をして探すのにめちゃくちゃ苦労するんだよな。
「だから、お相子。お互いありがとうってことにしよう!」
「あ、えへへっ。そ、そうですね。お互い様ということで」
後藤さんは罪悪感が和らいだのか、ふわりと笑ってくれた。……うん、やっぱり顔がちゃんと見えると別格だなこの子。
それから俺達は十五分ほど休憩所でのんびりと休んだ後、虹夏ちゃん達が向かった歩道へと歩いていくのだった。
「うわぁ……さっきより人が増えてるね」
「そ、そうですね……」
休憩ができたおかげで気分がかなり楽になった。山田くんには迷惑かけちゃったな……でも、彼がそんな風にいつも私を気遣っていることがすごく嬉しくて、ついつい甘えてしまう。
リョウさんは、彼のことを「性質の悪い毒」だって言っていたけど……否定できない自分がいた。だって、甘えるのがダメだってわかってても……彼の優しさに甘えちゃうんだもん……
「後藤さん」
「あ、ひゃいっ!」
ぼーっとしていると、山田くんに声をかけられて変な声を上げてしまった。うごごごごごっ!! な、何をやってるんだ後藤ひとり!? こ、これ以上彼に変な子って思われてしまったらどうするんだ!!
ヨシ! 一度深呼吸しよう……こういう時こそ冷静に、冷静に……私はクールビューティースーパーギタリスト後藤ひとり。大丈夫、大丈夫。ほーら心が落ち着いて……
「はぐれないように……手、繋ごうか?」
「わひゃおおぅ!?」
全然落ち着いてないっっ!! い、いいいいいいいいきなりなにをにゃにをいいだすのかなやままままだくんん!? お、おててを……おててを繋ぐなんて、ままだくん!? まままくん!? やややくん!?
「危ないから、ね?」
彼はそう言って優しく笑いかけ、私が返事をする前に自然な動くで私の手を取った。
ちょおっ!? ちょおっっ!!?? ちょおっっっ!!!??? こころの……心の準備がまだにゃんですがっっ!?
いきなりそんなハードな刺激を与えられたら死んでしまい───
そこでふと、私は気が付いた。
これまでの私なら、いくら仲の良い男の子だろうと……こんな風にいきなり手を繋がれたら、良くて爆発四散、悪くて花火が終わるまで復活しない。
そんなことになっていたはずだ。
だけど……
「じゃ、行こうか。とりあえず早く買えそうなものを片っ端から買っていこう。早めに花火を落ち着いて観られる場所まで移動したいからね」
「あ、はい」
彼と手を繋いでも……爆発四散するどころか、なぜか心が落ち着いている自分がいた。
緊張はある。ドキドキもしている。だけど、それ以上に……掌を通して伝わってくる彼の温かさが心地良い。
何なんだろう。この感じ……心がぽわーっと温かくなるような……不思議な感覚。
私が知らない───これまで経験したことのない感覚だった。
「お、たこ焼きが早く買えそう。後藤さん、たこは食べられる?」
「あ、はい。大丈夫です」
私達は手を繋いだまま屋台に並んだ。周りを見ると、友達同士で来ている人達や、夫婦、子供連れの家族、たくさんの人達が楽しそうに歩いているのがわかる。
こんな場所……私には一生縁がないと思っていた。
友達ができるなんて、思ってもいなかったし……初めてのお祭りが、まさか男の子と二人きりになるなんて───
そこで私は、自分の顔にものすごく熱が集まってくるのを感じた。
そうだよっ!! 私って今……男の子と二人きりなんだ……し、しかも手を繋いで……
こ、これじゃあ……これじゃあ私達……傍から見たらか、かかかかかかかかかっぷ───いやいやいやいや!! 自惚れるな後藤ひとり!! こんな状況になったのはたまたま!! たまたまたまの玉の輿!! 山田くんは微塵もそんな風に思っちゃいないんだ!! だから自意識過剰になるのはやめよう……
って!! そんなの無理だよっ! 完全にカップルだよっ! 事情を知らなかったら私達……完全にカッポオゥにしか見えないよっっ!!
あーうー……顔が、顔が熱いよぅ……
「後藤さん、そういえば……新曲の出来はどう?」
「まひゃどっ!? し、シシシシンキョクですかい旦那!?」
「あははっ。イントネーションがおかしなことになってるよ?」
おげろろろろろろろっっ!? へ、変に意識しちゃって山田くんに笑われちゃった。あうぅ……ますます変な子って思われちゃったかも……
で、でも……山田くんがせっかく話を振ってくれたんだし! ちゃ、ちゃんと答えないと……
「じゅ、順調です……曲名ももう決まってて……」
「へー。なんて曲名なの?」
「『忘れてやらない』ですっ。あ、あの……まだ誰にも話してないので……みんなには、内緒ですよ?」
「二人だけの秘密だね。おっけー」
山田くんが悪戯っぽく笑いながらそう言った。うぐっ……い、いつもの爽やかイケメンスマイルには結構慣れてきたけど……そういう無邪気な美少年スマイルにはまだちょっと耐性ができていないんですぅ!!
か、顔が良い人ってほんとに反則だよね。な、何をやっても絵になるというか……羨ましいな。
「どんな感じの曲なの?」
「えっと……青春の不満をぶつけるような感じですけど……曲が進んでいくにつれて前向きになっていって、喉越しが良く爽やかな後味になっています」
「グルメリポートかな?」
山田くんの言葉に、お互い笑い合う。
なんだろう……今の私、すごく自然に笑えている気がする……
こんな状況なのに、すごく不思議で……すごく心地いい。
その後も、新曲のことや最近ハマっているバンドのこととか、山田くんが色々と気を遣って、私が楽しめるような話題を選んでくれたから、屋台に並ぶ時間がすごく短く感じた。
「へー。ヨーヨー釣りもあるんだな。意外だ」
「や、やったことあるんですか?」
「俺も姉貴もこういうのは得意だったから。取り過ぎて次の年から出禁を食らったこともある」
「えぇ……」
「俺は自重したんだよ? でも姉貴が空気を読まずに取りまくるから」
「リョウさんらしいですね」
「姉貴は小さい頃から何一つ変わらないんだ」
山田くんは昔を懐かしむように、柔らかい表情でそう言った。いつもリョウさんにぐちぐち言っているけど、山田くんもリョウさんもお互いのことが大好きだっていうのがすごく伝わってくる。
姉弟の距離感にしてはおかしいと思う時もあるけど……
「あー……またちぎれちゃったー……おかーさん。もう一回!」
「もう三回もやったからダメよ。さっきので最後って約束したでしょ?」
「でもぉ……」
ふたりと同じくらいの歳の男の子とお母さんがヨーヨーの屋台の前でそんな会話をしている。お父さんはどこにいるんだろう? 花火の場所取りをしているのかな?
そんなことを考えていたら、ふと右手の温かさがなくなった。
「ごめん、後藤さん。ちょっとだけ時間くれる?」
「あ、はい」
どうしたんだろう? 山田くんの温かさがなくなったことに寂しさを感じながら、私は彼の行動を見守った。
「どれが欲しい? おにーちゃんが取ってあげるよ?」
山田くんはそう言って、男の子の隣に座り込んで優しく笑いかける。
「このあおいの!」
「これだね? ちょっと待ってて」
山田くんは出店のおじさんにお金を払って紙でできた釣り紐を受け取る。そして、慣れた手つきであっという間に男の子が欲しがっていたヨーヨーを釣り上げてしまった。
「はい、どうぞ」
「おにーちゃん、ありがとー!!」
「どういたしまして」
山田くんは男の子の頭を優しく撫でてヨーヨーを渡す。
私はそんな彼の姿を見て、心臓がドクンと跳ねるのを自覚した。
ああ……そうだよね。君は……そういう人だよね。
格好つけたり、良いところを見せようなんて全く思っていない……ごく自然に、当たり前のように、君は誰にでもそういうことができる人間なんだよね。
どうしよう……心臓がすごくうるさい。
「ありがとうございました。何かお礼を……」
「いえいえ。また来年、会うことがあったらその時にでも」
「次はぼくがおにーちゃんのほしいものをとってあげるー!」
「楽しみにしてるね」
お母さんは去っていく途中に何度も何度も山田くんに頭を下げ、男の子は姿が見えなくなるまで大きく手を振っていた。
そんな二人の親子に笑顔で手を振っている山田くんを見て、私はまた顔に熱が集まるのを感じる。……本当に、なんなんだろう……この感じ。
「お待たせ。じゃあ、行こうか」
「あ、はい……」
そんな私の心の内に気付いているのかいないのか……山田くんは優しく笑って自然に私の手を取り歩き出す。顔が熱いのは、きっと気温と屋台の温度のせいだ。そうに違いない。
だって、それ以外に考えられないんだもん。
この時の私は、本当に、どうしようもなく───笑っちゃうくらいに子供だった。
だって
私がこの熱の意味に
この感情の意味に気付いたのが
ずっとずっと───先のことだったんだから
一話で終わらなかった……
前書きで私が書いたことの意味がみなさんわかったかと思います。
でも、書いててすごく楽しかった。
一番力を入れた描写はバンドメンバーの浴衣のデザインと髪型です。私の願望と欲望が駄々漏れです。私の拙い表現力で申し訳ございませんが、みなさんがんばって脳内補完してください。
現実の金沢まつり花火大会は八月二六日ですが、本作では七月に行われた設定でいきます。ご容赦ください。
レンくんが浴衣ぼっちちゃんを見て情緒不安定になってますが、彼がなんであんな反応をしたのかという掘り下げはあと二~三話後くらいににやります。
次回もぼっちちゃんのターン!!
では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!