板ちゃん回!
「あれ? 喜多さん、まだ起きてたの?」
「レンくんも起きてたのね」
「まあね。喉が乾いたから飲み物を取りに来たんだけど」
午前零時を回って、飲み物を取りにキッチンに来たらレンくんとばったり遭遇した。
リョウ先輩達とガールズトークをして……いや、あれはガールズトークに分類していいのかしら? 私の知っているのと違う気がするけれど。
と、とにかく先輩達とのトークが一段落したら、先輩達はみんなすぐに寝ちゃったのよね。まだまだ夜はこれからなのに。これだからインドア派の人達は……
「仕方ないよ。むしろ昼間あんだけはしゃいだんだから、この時間までよくもった方だと思うよ」
レンくんは苦笑しながらコップにお茶を注いで渡してくれる。
そのままなんとなく、二人で話す流れになった。
「喜多さんってストレートなんだね。初めて見た」
「普段はアイロンで巻いてるもの。こういう時くらいよ? 人前でストレートになるのは」
「ほーん。普段見ない髪型を見れて五組の男子に恨まれそうだ」
「もう恨まれてるから手遅れじゃない?」
「フォローは!?」
「しなくても大丈夫でしょ。レンくんなら」
実際「山田ならしゃーねーなー」って雰囲気が男の子達の間で流れ始めてたし。でも確かに、ひとりちゃんを連れて五組の教室に私を迎えに来て、さっつー達と仲良く喋ってそのまま一緒にバイトに行くって……同じクラスの男の子からすれば妬みの対象になってもおかしくないわね。
ただ、その妬みも相手がレンくんだから「諦め」に変わってるみたいだけど。
「みんなで何の話してたの?」
「恋バナよ! 恋バナ!」
「……え? あの面子で?」
「リョウ先輩達と同じこと言うのね」
「だって喜多さんくらいしかまともなエピソードなさそう」
「虹夏先輩だってモテてたんでしょ?」
「モテるだけで誰とも付き合ってなかったから……」
確かにそんなことを言ってたわね。でも、どうして誰とも付き合わなかったのかしら。先輩の好みから外れていたのかな。でも、先輩の好みって……どんな人だろう。
「喜多さんも外面
「何だか引っかかるような言い方ね」
「姉貴への狂信っぷりを間近で見続けてたらこういう言い方にもなる」
くっ……た、確かに学校ではリョウ先輩への愛を抑えているけど……あ、でもさっつーにはバレてたわね。憧れの先輩がいるバンドに、ギターを弾けるって嘘をついて入ったことまで話してたわ。
「人気といえば……ひとりちゃん、新学期から大丈夫かしら」
「夏休みの宿題はコツコツやってるみたいだし、大丈夫じゃない? 学校嫌いだけど、いざ来ると結構楽しそうにクラスの子と話してて……」
「そっちじゃなくて! ひとりちゃん、前髪切ったでしょ? それであのウルトラ美形フェイスが露になって……変に言い寄ってくる男の子が激増するかも」
「あー、そっちの話? 言い寄ろうとする男は確かに出てくるかもしんないけど……言い寄る前に後藤さんが死んじゃって会話が成立しないから大丈夫だと思うよ」
「マイナスベクトルの安心感!?」
そこは「俺が守ってやるよ」くらい言いなさいよ! ただ、死んでるひとりちゃんが容易に想像できるから否定もできない……
それに、よく考えたらひとりちゃんと一番仲が良い男の子ってレンくんなのよね。レンくんは入学当初からひとりちゃんを気遣ってて、優しくて……
それこそ「ひとりちゃんが実はすごく可愛い女の子だ」って他の人が気付く前から仲良しだったのよね。
心配するだけ損ね。他の男の子達に勝ち目なんてないもの。ひとりちゃんもレンくんのことは好意的に……あれは好意かしら? ま、まあ……大事なお友達って思ってるみたいだし?
今さらレンくんを超えるようなそんな男の子が突然ひとりちゃんの前に現れるなんて……ないわよね?
そもそも、そんな男の子がいたとしても、すでに他の女の子と付き合っていると思うわ。
新学期からのひとりちゃんは、レンくんがそばにいれば大丈夫ね、ヨシ!
「じゃあ俺、そろそろ部屋に戻るわ」
「せっかくだからもうちょっとお話ししましょうよ~」
「えぇー……」
レンくんは呆れた表情になるけど、こうやってお願いすれば君はなんだかんだ言うことを聞いてくれるって、この数ヶ月で学んだのよ? ふっふっふ、面倒見の良さが仇になったわね。
「……もうちょっとだけな?」
「そうこなくっちゃ♪」
ほらね。君はそういう男の子だから。年上のお姉さんに甘えたいとか言ってても、君の本質は他人を甘やかすことなのよ。
でも、このままキッチンでおしゃべりするっていうのも味気ないわね。
あ、そうだ!
「何か余計なこと思いついた顔」
「余計なことって失礼ね!」
とってもいいことなのに。
「レンくん、夜のお散歩しましょ!」
「えぇー……」
さっきと同じように呆れた表情をするレンくんの手を引いて、私は玄関の方へ向かうのだった。
「月明りのおかげで思ったよりも明るいわね」
「今日は満月か。全然気付かなかった」
外に出て空を見上げると見事な満月だった。都心では見られない満天の星空が広がり、それだけでなんだか胸がいっぱいになるわ。
「よく考えたら……深夜、綺麗な星空の下、海岸線、二人きり」
「俺と喜多さんの間で何か起こると思う?」
「……そう考えると何も起こらないわね」
レンくんは、私が今まで出会った中でも一番顔が良い男の子。そして、一番仲が良い男の子。でも、なぜかよくわからないけど、彼と二人きりになっても緊張したり、ドキドキしたりはしない。
「男女の友情が成立するのか」というのは、人類に課せられた命題ではあるけど、少なくとも私とレンくんの間には、そういう甘酸っぱい空気なんてものは微塵もなかった。
不思議ね。私、ものすごく面食いって自覚があるから少しは意識すると思ったのだけど。
「そういえば、ガールズトークでレンくんの話題になったわよ」
「女四人が寄ってたかって俺の陰口か。表面上は仲良くしておいて、本人がいなくなった瞬間に悪口を言い合う女子の得意技だね」
「君は私達のことを何だと思ってるの!?」
「共通の敵を前にして結束するという……」
「そんな結束力いらないわよ!」
レンくんはカラカラと笑いながら言う。私達が君の悪口を言うわけないでしょ。君の欠点なんて、納豆が食べられないことと幽霊が怖いことくらいなんだから。あと、甘やかし癖ね。女をダメにする素質があるわ。
「レンくんは今まで恋をしたことがないって話をしたわ」
「……姉貴だな」
レンくんはバツが悪そうな表情になって頭をかく。
「実際その通りだよ、うん。これまで何人かの女の子と付き合ってきたけど、結局、恋愛感情がどういうものかわかんなかったんだ。自分がそれを向けられていることは察せられるんだけどね」
「……先輩達には言わなかったけど、私もその気持ち、すごくよくわかるのよ」
私はレンくんと違って、今まで誰かと付き合ってきたことはないけど、男の子に告白されたことは何度かある。でも、私もレンくんと同じで誰かを好きになったことはなかった。少女漫画や恋愛映画は大好きだけどね。
リョウ先輩? あれは崇拝よ。
「へー、意外だな。喜多さんって恋に恋する女の子っぽいから、とりあえずお試しで付き合うことくらいやってそうだったのに」
「さっつーと同じこと言うのね。でも確かに、それもいいかなって思ったこともあったんだけど……」
「あったんだけど?」
「顔が好みじゃなかったのよ」
私がそう言うとレンくんがずっこける仕草をする。が、外見って大事でしょ! レンくんだっていつも「巨乳なお姉さんに甘やかされたい」って言ってるじゃない!
「いや、別に否定はしないよ。俺だって『人間は見た目じゃない。内面だ』なんてことを声高に言えるような聖人じゃないし」
「そうよね。やっぱり付き合うなら……顔が良い人じゃないとね!」
「でも喜多さんは顔が良いだけのクズ男に騙されそうな気がする」
「どうしてそういうこと言うの!?」
「だって姉貴を崇拝してる時点で……」
「リョウ先輩はね。ダメダメに見えて色々と深く考えているの。レンくんが真っ当な人間になるようにあえて反面教師を演じてて……」
「俺、もう真っ当な人間になったから姉貴がダメ人間を演じる必要なくね?」
「……星がきれーねー」
くっ……レンくんの正論に何も言い返せなかったわ! 正論はね、時として人を傷つけるのよ! 臭い物に蓋をするという言葉があるように、世の中には真実から目を背けることも大事なの!
「喜多さん、一旦姉貴に対する崇拝を置いといて客観的に考えてほしいんだけどさ」
「……嫌よ」
「もしも俺が姉貴みたいな性格で、虹夏ちゃんがそんな俺に対して、喜多さんが姉貴に対するような態度で接してたらどう思う?」
「あーあーあー! 何も聞こえないわー! レンくん、あっちに灯台があるわよ! 行ってみましょう!」
そんなの……そんなの虹夏先輩がダメ男に騙される不幸な女の子じゃない! で、でもリョウ先輩は女の子だからセーフよね? もしもリョウ先輩が男の子で、レンくんが妹で、虹夏先輩が幼馴染だったら……
おえっ。想像しただけで吐き気がしてきたわ。
「レンくんとリョウ先輩の性別が逆じゃなくてよかったわ」
「それな」
レンくんが腕を組んでうんうんと頷いている。でも、私以上に君が一番リョウ先輩を甘やかしているわよね? 厳しいことを言いながらも、いっぱいお世話してるでしょ?
「……俺はもう、そういう条件付けがされている」
「授業でやったわ! パブロフの犬ならぬヤマダケの犬ね!」
「否定できないんだよなぁ……」
がっくりと肩を落とすレンくんの頭をポンポンと撫でてあげる。……髪サラサラね。何のトリートメントを使っているのかしら。
「そういうボディタッチ、他の男子にしない方がいいよ。『喜多って俺のこと好きなんじゃ……』って勘違いする男子が続出する。実際、虹夏ちゃんは中学時代に距離の詰め方を間違えて哀れな勘違い男の黒歴史を量産してたから」
「こういうこと、レンくんにしかしないわよ?」
「ほらまたそーゆーこと言う」
「あっれ~? もしかして私
私が意地悪くそう言うと、レンくんが突然私の手首を掴んで思い切り自分の方へ抱き寄せてきた。
あ、良い匂い。
なんてことを考えて顔を上げると、すぐ近くにレンくんの顔があった。月明りだから影があるように見えるけど、それはそれで絵になるわね。
「あんまり、男をからかい過ぎない方がいいよ。喜多さんが思ってるよりずっと───ずっとバカな生き物なんだから」
レンくんが顔を近づけて、耳元で甘く囁く。ちょ……そ、その声は反則でしょっ! 王様ゲームでも抱き合ったから、抱き締められること自体はそこまでドキドキしないけど……そんな風に、耳を刺激されちゃったら……い、嫌でも変な気分になるじゃないっ!
「あっれ~? もしかして俺ごときの言葉にドキッとしたのかな~? 『何も起こらないわね』とか言ってたのに~?」
レンくんが私を放してからかうように笑いながらそう言った。さ、さっき私が言ったことの意趣返しじゃない! あー、もうっ!
「じゃあ、そろそろ帰ろうか~」
レンくんは呑気にそう言って私に背を向けて別荘の方へ戻り始める。私は自分の顔に熱が集まってくるのを自覚し、それがどうしても悔しかったので、彼を追いかけてその背中をどついてやるのだった。
「良いお散歩だった。じゃあ喜多さん、今度こそおやすみ」
「何言ってるのよレンくん。夜が明けるまでまだまだ時間があるわよ」
「オールするつもりなの!?」
レンくんは別荘に戻るなり寝るモードに入ろうとしたけど、そうは問屋が卸さないわ! この喜多郁代……舐められっぱなしのまま終わったら、女が廃るというものよ!
今夜は寝かさないからね♪
「私達がガールズトークしている間、レンくんは何をしていたの?」
「タブレットで映画観てた」
「じゃあ、私達も朝まで映画を観ましょう!」
「なんでそうなるの!?」
「ほらほら、玄関で騒いでたら先輩達が起きちゃうわ。レンくんの部屋に行きましょう」
「……喜多さんってこういうところでほんと大胆になるよね」
レンくんは呆れたような表情になりながらも、二階への階段を登る私についてくる。ふふっ、駄々をこねれば君はちゃんと言うことを聞いてくれるものね。
そして私達はレンくんの寝室に入り、二人並んで枕を背もたれにしてベッドの上に腰掛けた。
「そういえば、レンくんはホラー映画が苦手だったわね。……一緒に観る?」
「言っておくけど、俺はホラー映画を観る時は開始からスタッフロールまで何かに抱き着いているから、ずっと喜多さんに抱き着くことになるよ?」
「別にレンくんに抱き着かれるのはかまわないけど。……はっ!? ま、まさか、いつもリョウ先輩に抱き着いて……」
「姉貴と観る時はデカいクッションに抱き着くか、無理矢理付き合わされた虹夏ちゃんと抱き合ってる」
そういえば、虹夏先輩も怖いものが苦手だったわね。二人が震えながら抱き合ってる姿が容易に想像できるわ。
「じゃあ、恋愛映画にしましょう! 恋を知らない者同士、仲良く映画でお勉強よ!」
「えぇー……」
「嫌な気持ちを微塵も隠そうとしない表情ね!」
「だって、ああいうのって……非現実的過ぎて感情移入できない……」
レンくんの存在も非現実的よ?
「その感情を知るための勉強でしょ?」
「確かに、一理……あるかぁ?」
「あるわ!」
「そこまで言うなら仕方ない。エクスペンダブルズ2を観るか」
聞いたことないわね。どういう内容なのかしら?
「スタ〇ーンとシュワちゃんとブルース・ウ〇リスとジェイ〇ン・ステイサムが出てくる映画」
「むさい男ばっかり!! 恋愛映画って言ったわよね!?」
「……騙されなかったか」
騙されるわけないでしょ!? そのキャストってゴリゴリのアクション映画じゃない! 私のこと、どれだけ節穴だと思ってるのよ!
「じゃあ『君に届け』」
「……ひとりちゃんと観なさい」
「『好きって言いなよ』」
「……ひとりちゃんと観なさい」
「『オオカミ少女と黒王子』」
「……ひとりちゃんと観なさい」
「なんで後藤さん限定なの!?」
レンくんが選ぶ映画がどれもこれもひとりちゃんに刺さりそうだからよ!! 何!? わざとやってるの!? わざとじゃなかったらレンくんは自覚なしにひとりちゃんを意識しちゃってるってことになるのよ! あれ? それってすごく尊くないかしら……
「これにしましょう『僕の初恋を君に捧ぐ』……恋をしたことがない私達にぴったりじゃない?」
「観たことないけど……多分、いや、確実に俺は泣く!」
「タイトルとあらすじでオチが想像できるわね。私も原作しか見たことないし、泣けるならそれはそれでありだわ」
レンくんはタブレットを操作して映画を再生する。深夜だから迷惑にならないよう、お互いイヤホンを片方ずつつけて、肩を寄せ合って映画を観る。
あれ? 私達がやってることって、完全に付き合ってる男女のそれよね?
……お互いそんなこと意識してないからヨシ!
「……喜多さん」
「何?」
約二時間後、レンくんが鼻をズーズーと鳴らしながら私を呼ぶ。私の声も、ちょっぴり涙声になっていた。
「俺、長生きするよ」
「そうね。私も……長生きするわ」
このタイミングでこの映画を観たのは失敗だったかもしれない。いや、面白かったのよ? 原作と違うところは色々あったけどそれはそれでよかったの。
でも……恋愛感情を勉強するというか、初恋を勉強するには不適切だったかもしれないわ。
「重い……重いな。初恋……恋をするって、大変なんだ……」
あ~……レンくんが変に重たく受け止めちゃったわ。これでレンくんが恋をすることに対してハードルを高くしちゃったらどうしようかしら。
……私、何かやっちゃいました?
リョウ先輩と虹夏先輩に怒られるかもしれない。い、いや……次はひとりちゃんと一緒に「君に届け」とかを観させればいいのよ! うん。大丈夫! 私は悪くないわね!
「喜多さん……俺、この後寝るの無理だわ」
「じゃ、じゃあ……さっきレンくんが言ってたエクスなんとかって映画を観ましょう?」
「そうだね。深く考えず、頭空っぽのままで観れる映画がいい」
ろ、露骨にレンくんのテンションが下がっている。ごめんなさい! やっぱり私が悪かったわ! 私に責任は取れないけど、ひとりちゃんとこう……なんかいい感じにしてあげるから!
「れ、レンくんのおすすめ、楽しみね~」
そして私達は二本目の映画を観始めるのだった。
「ジェイ〇ン・ステイサム……世界一格好良いハゲね」
「ブルース・〇ィリスも負けてない」
「レンくんが言ってた『おっさんが活躍する映画は名作揃い』の意味がわかった気がするわ。こういう映画もたまにはいいわね」
レンくんは「将来はこんな格好良いハゲになりたい」って言ってたけど、私はハゲのレンくんなんか見たくないわよ?
「姉貴もこういう映画が好きだから、話が合うと思うよ」
「……もっとおすすめ教えてくれる?」
映画を観終わったら、レンくんのテンションが少し戻っていた。それに、映画自体も結構面白くて楽しめたわね。むさ苦しいマッチョなおっさん達がドンパチ大暴れするだけでこんなに面白くなるなんて。
それに、リョウ先輩が映画好きなら私も趣味を合わせなくっちゃ♪
「これ、シリーズ物なのね。3も観る?」
「……観なくていい。これは2まででやめておくのが吉」
「続編に失敗しちゃったのね」
「2までは良かったんだよ本当に。2までは」
ヒットした一作目の続編で大爆死する。映画に限らずありがちよね。奇をてらった演出をやろうとして、ファンが求めていたものとは違うものを作って大滑りして……
案外、曲作りにも共通する点があるかもしれないわ。新しいことに挑戦することは大事だけど、一番根っこにある部分を忘れてはいけない。ジェイ〇ン・ステイサムとシルベ〇ター・スタローンは私にそれを教えてくれた。
「いやそれはおかしいでしょ」
「私もボクシング始めようかしら」
「虹夏ちゃんはプロレス技を覚えるし、結束バンドがどんどんバイオレンスになっていく」
私達はお互い笑い合った。よかった。レンくんも元気になったみたいで。恋愛感情を勉強させるのは大切だけど、ラインナップを考えなきゃ。これからは悲恋や死に別れじゃなくて、甘酸っぱい青春物のハッピーエンド映画を観せてあげましょう。
「なんか、全然眠れる気がしない」
「私もよ。アクション映画でテンション上がっちゃったわね」
「次は何を観ようか?」
「うーん……のんびりできるもの?」
「のんびり、か。だったら日常系アニメでも観る? これも脳みそ空っぽで見れるし、荒んだ心が癒されるよ」
レンくんがそう言いながら勧めてきたのは、可愛い女子高生がキャンプをするというアニメだった。リョウ先輩はこのアニメに影響されてキャンプ道具を買い漁ったそうだ。
でも、買うだけ買ってほとんど使わなかったので、今はレンくんのキャンプ飯動画に利用しているらしい。
「桃色と青色の髪をした子がいるのに、どうして金髪と赤い髪の子がいないのかしら」
「結束バンドのみんなの髪色って、アニメよりファンタジーだよね」
「日本人は黒髪、という考えはもう古いのよ」
「確かに、黒髪の知り合いってあんまりいない気がする」
今度はみんなでキャンプに行くのもいいかもしれないわ。でも、夏は虫が多そうだから涼しくなり始めた秋が良いわね。先輩達に提案してみようかしら。
「初心者はキャンプよりグランピングの方がいいよ」
「グランピングか~。確かにその方がハードルは低いわね」
「まあ、一番難しいのは姉貴と後藤さんをその気にさせることなんだけど」
インドア派筆頭の二人を説得するのは確かに骨が折れそうね。でも、今回みたいに海水浴に来てるし、意外と何とかなるんじゃないかしら。
ただ、リョウ先輩は虹夏先輩やレンくんがいるからいいとして、ひとりちゃんはお出かけ自体にまだ慣れていないのよね。
……はっ!? だったら私が色々なところにたくさん連れて行って慣れさせてあげればいいじゃない! 待っててねひとりちゃん! これから毎週どこかに遊びに連れて行ってあげるからね!
そんなことを考えながら、私達はアニメを楽しむのだった。
「ん……」
カーテンの隙間から日の光が差し込んでいる。でも、まだ眠いから……もう少しだけ寝かせてほしいわ。
頭がぼーっとして脳みそが働かない。ほとんど無意識の内に、私は近くにあった良い匂いのする何かに思い切り抱き着いていた。
抱き枕にしては固いわね。一体何が───
薄っすらと目を開けると、目の前にあったのは、すーすーと寝息を立てている少年の綺麗な顔だった。
一瞬、思考が停止する。
が、物の十秒足らずで昨夜の出来事を全て思い出した私は、勢いよく起き上がった。
「んぅ……」
その拍子にレンくんが妙に色っぽい声を出しながら寝返りを打つ。……お、起きてないわよね。よ、よかった。
そうよ。私達は昨日あのままアニメを観てて……知らない内に寝落ちしちゃってたんだわ。
あ、相手がレンくんで一番気の置けない異性とはいえ……同じベッドで一夜を───
その事実を理解した瞬間、私は急激に顔が熱くなるのを感じた。
な、何もなかったからセーフ!! こっそり別荘を抜け出して夜の海岸線をお散歩して眠れないからレンくんの部屋のベッドで恋愛映画とアクション映画と日常系アニメを観て寝落ちしただけだから!!
ふー……厳しく見積もってもギリギリツーアウトってところね。
いや、まだよ喜多郁代!!
まだ時間は午前七時。どうせ先輩達は疲れ果てて眠っているに決まってる!! 今のうちにこっそり下の階に戻って何食わぬ顔で布団に紛れ込めば大丈夫!!
バレなかったらヨシ!!
じゃあ、レンくんを起こさないようにそっと───
「ほうほうほう」
背後から感情の薄い声が聞こえ、私は肩をびくりと震わせた。そして、恐る恐る振り返ると……怪しい笑顔で私を見ているリョウ先輩がいた。
あばばばばばばばばばばばばばばばばっ!!!!! な、なななななにゃんでリョウ先輩がここにいるんですか!? ま、まままままだ寝てたんじゃ……
「私、旅行先とかだと誰よりも早起きするタイプ」
「ち、違うんですリョウ先輩。こ、これには深い訳が……」
「みなまで言うな。わかっているよ、郁代」
リョウ先輩は私の肩をポンと叩いて優しい表情になる。
「レンを無理矢理夜の散歩に連れ出して帰ってきたけど眠くならないから映画やアニメを一緒に観ている内に寝落ちしたってところでしょ?」
「そ、その通りですっ。さすがですリョウ先輩!」
す、すごい。まさか本当にわかっているとは……てっきり、変な誤解をされちゃうかと思ったけど、やっぱりリョウ先輩はすごいですね。惚れ直しちゃいました♪
「運がよかったね、郁代」
「何がですか?」
「レンは寝てると近くにあるものに抱き着く癖があるから」
だ、抱き着き癖!? そ、それは本当に危なかったわ。何もなかったとはいえ、ベッドの上でレンくんと抱き合いながら寝ているところを見られたりしたら……想像するだけで恐ろしいわ。
私はベッドでスヤスヤ眠るレンくんの顔を見ながらそう思った。
深夜テンションとはいえ、とんでもないことをしちゃったわね。男の子との距離感には気をつけましょう。これがレンくん以外の男の子だったら、どうなっていたかわからないし。
「郁代」
「なんですか?」
これ以上この部屋に留まることは危険と考え、部屋を出ようとしたところでリョウ先輩に呼び止められる。
「ぼっちと虹夏には黙っててあげる」
悪戯っぽく笑ったリョウ先輩を見て、私は頭を抱えるのだった。
喜多ちゃん回でした。
恋を知らないレンくんに恋愛映画を観せるというアイデアはよかったんですが、いかんせんチョイスが最悪でした。
これでレンくんが恋愛をさらに重く受け止めちゃったら戦犯は喜多ちゃんになります。
喜多ちゃんは責任取らないとねぇ!!
山田家別荘編はこれで終わりです。メンバー一人一人と濃密なコミュができたんじゃないでしょうか。
レンくんの掘り下げもできましたし……掘り下げというか面倒臭い部分が露になったというか。
次回はSIDEROS+ぽいずん回になります。
まだ江の島回が残っているというね……
夏休みが全然終わらない!!
では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました。
次回もよろしくお願いします!