【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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まだ入学二日目ってま?



#04 R.T.A.

 さて問題です。

 

 昨日仲良くなったばかりの内気でコミュ障な女の子が、クソダサTシャツに野暮ったいピンクジャージという服装で登校してきました。さらにたくさんのバンドグッズを身に着けています。しかも本人はものすごく嬉しそう(不気味)な笑顔を浮かべています。

 

 そしてそして、入学二日目ということでクラスメイト達も彼女はおろか俺の性格すら把握していません。

 

 そんな状況で彼女を一切傷つけることなく事態を収拾させる方法を答えなさい。

 

 後藤ひとり検定、通称「ごと検」三級の問題です。

 

「……おはよう後藤さん。俺、そのTシャツのバンド知ってるよ」

「あ、き、気付いちゃいました? こ、これで私も只者じゃないバンド少女っぽく見えますかね?」

 

 後藤さんがジャージを開いてTシャツの柄を俺に見せてくる。

 

 そうだね只者じゃないね……

 

 い、言いてぇ~!! 「Tシャツめっちゃダサいしバンド女子には見えねえよ!!」ってツッコミてぇ~!!

 

 相手が姉貴だったら間違いなくツッコんでるしその場で着替えさせてるわ。

 

 でも耐えろ! 我慢するんだ俺! 後藤さんは悪戯にこんな服装をしたんじゃなくて、昨日「バンドを組む」っていう大きな夢を叶えられたから舞い上がっているだけなんだ!

 

 ぐぎぎ……か、彼女のことを本当に考えるなら、真実を告げてあげた方が良いんだろうけど……

 

「ど、どうですか?」

 

 長い前髪の隙間から、わんこみたいな純粋な目で見られてそんな残酷なこと言えるわけないだろっ! 真実を告げたら間違いなく後藤さん学校に来なくなるわ!

 

「うん。バンド女子っぽいよ。ところでさ、制服はどうしたの?」

 

 俺はできる限り動揺を悟られないように後藤さんに尋ねる。ま、まずは一つ一つ問題を片付けていきましょう。大丈夫、姉貴と違って悪意がないんだからこの子には。ちゃんと話せばわかってくれるはず。

 

「き、今日は持ってきてません」

 

 そっかぁ……入学二日目で校則ガン無視かぁ……。後藤さんはロックの才能にあふれているんだね(白目)

 

「もしかしたらさ、先生に注意されるかもしれないから明日からはちゃんと制服着てこようか。今日、もしも何か言われたら『制服が汚れてクリーニングに出してます』って誤魔化そう」

「あ、そ、そうですね。せ、先生のことは何も考えてませんでした」

 

 ファッションセンスには一切触れず、遠回しに「明日はまともな服装で来い」と言えました。我ながら中々良い対応なのでは?

 

「それと、他のバンドグッズだけど……」

「こ、これですか?」

 

 そして後藤さんはまたもやわんこの笑顔で俺にラバーバンドと缶バッジを見せてくる。

 

「たくさん集めたんだね」

「は、はい。がんばりましたっ」

 

 これもセンスについては一切触れず、なんとか彼女を褒めてみる。

 

「でも、校則に引っかかって没収されるかもしれないよ?」

「あ……! そ、それは困ります……」

「それと、そんなにたくさんラバーバンドを付けてたら授業でノートを取りづらいんじゃない?」

「た、確かに……外しておきますっ」

 

 後藤さんは俺の言葉に素直に従ってラバーバンドと缶バッジを全部外して鞄の中にしまっていました。

 

 セーフ!! セーフ!! せっかく昨日一日が良い感じで終わったのに入学二日目でそれが全部台無しになるところだった!! 

 

 いやもしかしてアウトか……? ま、まだだ。諦めるな俺! 諦めたら後藤さんの高校生活はどうなる? 中学までと同じ悲劇を繰り返すことになるだろっ! そんなこと、絶対にさせやしない!

 

 と、漫画の主人公っぽく決意してみる。

 

「ギターは持ってきた?」

「あ、はい。あそこに……」

 

 教室後方にある棚の上に置かれているギターケースを見て俺は安堵する。よかった、ギターケースはまともだ。

 

「よかったら、ギター見せてくれない?」

「あ、はい……!」

 

 後藤さんは嬉しそうにそう言って、ぱたぱたとギターを取りに行く。

 

 昨日は警戒心MAXの猫だったけど、今は完全に子犬だな。そういうところは可愛いね。

 

「こ、これです」

 

 そして後藤さんはギターを取り出してストラップをかけてドヤ顔で構える。うん、そこまでしろとは言ってなかった俺が悪い。

 

「様になってるね。格好良いよ」

「そ、そうですか? ふ、ふへへっ」

 

 ほんとその笑い方もどうにかしないといけないですね。そ、それは今後の課題ということで……

 

 って、ちょっと待て。このギターってもしかしてギブソンのレスポールカスタムか? 姉貴のカタログで見たけど確か五十万ぐらいするハイエンドモデルだったはず……

 

「お、お父さんが昔使ってたギターなんです」

「お父さんもバンドやってたの?」

「ら、らしいです。詳しくは聞いたことないんですけど……」

 

 もしも後藤家がバンド一家なら娘のロックな服装にストップをかけなかったのも納得できる。というか後藤さん、この格好で一時間半電車に乗ってたんだよな。……ある意味メンタル強いですね。

 

 そんなことを考えていたら、俺はあることに気付いた。後藤さんの前の席の女子二人が俺達をチラチラ見ている、ということに。

 

 いや確かに後藤さんの服装は注目の的だから仕方ないけど、どうもこの二人はそういう感じの視線じゃないんだよな。むしろ後藤さんに興味を持ってるような感じ。

 

 なんでそんなことわかるのかって?

 

 あのクソ姉貴と十何年もコミュってたら大概のことは察せますよ。相手が女の子なら特にね。

 

「ねえ」

「な、何かな?」

 

 俺が二人に声をかけるとそれが予想外だったのか、ちょっぴり驚いた反応が返ってきた。いきなりごめんね。

 

「もしかして二人ともバンドに興味あったりする?」

「あ、うん……私達は楽器できないから聴き専なんだけど……」

 

 これはチャンス!!

 

 後藤さんに新たなお友達ができるチャンス!!

 

 しかも席は後藤さんの前という非常に話しやすいポジション。この二人を逃す手はない!!

 

「へー。何聴いてるの?」

「色々だけど……最近は髭女とかよく聴くかな」

「私はKing Gnu。あの声がたまらないんだよね」

「髭女もKing Gnuもいいよね。……後藤さん、この二つのバンドの曲って弾ける?」

 

 ここで後藤さんに話を振る。これで一曲でも弾けるならそこからもっと会話を広げることができるね。

 

「あ、えっと……その二つなら大体弾けます」

 

 マジで!? 予想以上にすごい答えが返ってきた。せいぜい「よく売れた曲を二、三曲なら」って思ってたわ。

 

「ほんと? ねえねえ後藤さん、『ミックシュナッツ』弾ける?」

 

 お、食いついてきましたね。

 

「あ、弾けますよ」

 

 後藤さんはあっさりと答えてその場でサビを軽く演奏する。……あれ? 普通に上手くないか?

 

「すごーい! ねえねえ。私は『BOY』聴いてみたいな」

「あ、はい」

 

 後藤さんはまたもやあっさり答え、さっきと同じようにサビを演奏する。即興なのに凄いな。コード符が全部頭に入ってるんだね。

 

 女子二人は大いに盛り上がり、その後も後藤さんに色々とリクエストしていた。

 

「軽音部に入るの?」

「学外でバンド組んでるんだ? 格好良い~!」

「あ、えへ……えへへ。そ、それほどでも……」

 

 こんな感じで会話も大いに弾んで、後藤さんはチヤホヤされてだらしなく笑っていました。友達が二人もできたよ。よかったね後藤さん。

 

 とち狂った格好を見てどうなることかと思ったけど、終わりよければすべてヨシ!

 

 ……それにしても、昨日は気付かなかったけど、後藤さんって胸大きいんだね。

 

 俺は自分の席に戻って割と最低なことを考えていた。男の子だもんね。仕方ないね。

 

 

 

 

 入学二日目は授業らしい授業はなく、ホームルームやオリエンテーション、身体測定が行われた。身長は百七十四センチ。前より少し伸びたな。よっしゃ、めざせ百八十センチ!

 

 あ、ちなみにクラスの委員長になりました。まあ、新入生代表挨拶もやったし、当然と言えば当然か。でもぶっちゃけ、委員長ってアニメや漫画みたいに仕事らしい仕事ってあんまりないから楽なんだよね。

 

「後藤さん、STARRYに行こうか」

「あ、はい」

「後藤さんばいばーい!」

「ひとりちゃん、また明日ね~」

「あ、え、あ……さ、さようなら」

 

 仲良くなった女の子二人にあいさつされて後藤さんは戸惑っていた。……中学の時にはこんな風に「ばいばい」って言われることがなかったんだろうな。昼休みもこの二人と楽しそうにお弁当食べてたし……あかんまた涙が出そうになってきた。

 

「喜多さーん。スタ練行こー!」

 

 教室を後にした俺は後藤さんを伴って一年五組までやってくる。俺が何のためらいもなく他クラスのドアを開けたことに後藤さんはぎょっとしていたけど、そんな羞恥心はありません。

 

 なぜかというと、中学時代は他クラスどころか他学年の姉のクラスに頻繁に出入りしていたからです。もちろん悪い意味で。だからこういうのには慣れっこなんだよな。

 

「お待たせ。行きましょ」

 

 喜多さんは何人かのクラスメイトと笑顔であいさつを交わして俺達のところへやってくる。さすが喜多さん、コミュ強陽キャ。すでに仲の良いグループを作ってるみたいだね。

 

 ……俺もちゃんとクラスの男子と打ち解けてるよ? まあ、後藤さんの服装についてめっちゃ聞かれたけど。今日のクラスの話題は後藤さんが独占していました。ぱちぱち。

 

「喜多さん、ギターってまだ修理終わってない?」

「そ、そうね。もう少しかかるって言ってたわ」

「ふーん……」

 

 様子がおかしいのは昨日だけかと思ったけど、やっぱり今日も少し変だ。今は後藤さんがいるし、あとでタイミングを見て二人になった時に話を聞いてみようかな。

 

 そして俺達は昨日と同じく、喜多さんと後藤さんの間に俺という緩衝材を挟む隊形でSTARRYへと向かうのだった。……そのうち喜多さんと後藤さんが並んで歩けるようにしないとだね。

 

 

 

 

「おはよーございまーす!」

「三人ともおはよう!」

「おは」

 

 STARRYに着くとすでに姉貴と虹夏ちゃんが来ていた。テーブルの一角を占拠して店のジュースを飲んでいる。星歌さんが店長とはいえ、虹夏ちゃんも結構好き勝手やってるな。まあ、虹夏ちゃんはしっかり者だけど甘えたがりな部分もあるからね。

 

「ひとりちゃん、学校どうだった?」

「あ、新しいお友達ができましたっ」

「そっかそっか~。よくがんばったね。偉い偉い!」

「私と大違い。すごい」

「えへ、えへへへへ……」

 

 虹夏ちゃんは母性溢れる笑顔で後藤さんの頭を優しく撫でる。虹夏ちゃんはほんとにいい子。悪い男に騙されないよう守らねば……

 

「(ひとりちゃんなんでピンクジャージなの?)」

「(……ロックでしょ?)」

「(全然意味わかんないよ!?)」

 

 虹夏ちゃんがこっそり尋ねてきたので曖昧に誤魔化しておきました。

 

「じゃあ、軽くミーティングして練習しようか。来月にはここでライブしたいし」

「え、も、もうライブですか?」

 

 虹夏ちゃんの言葉に後藤さんが驚いた声を出す。俺も気が早いと思うんだけどな。そもそも今から音源審査って間に合うの?

 

「まだ曲ができてないからカバーになるけどね」

「あ、私歌いたい曲がいくつかあります~!」

「喜多ちゃ~ん? カラオケじゃないんだよ~?」

「わかってますよ~」

 

 ガールズ達が話し合いをしているのを尻目に、俺は星歌さんの方へ向かう。星歌さんは可愛らしい動物がデザインされたパックジュースを飲みながらノートパソコンで仕事をしていた。

 

「星歌さん、おはようございます」

「おう、おはようさん。今日もよろしくな」

「うす。……あの、虹夏ちゃんが来月ライブしたいって言ってましたけど」

「……ああ、そのことか。一応出してやるつもりだよ」

「あれ? 音源審査は?」

「今回は特別だ。二回目からはちゃんと審査して他のバンドと平等に扱う」

「……相変わらず身内に甘々ですね」

「お前に言われたくねえよ」

 

 俺がそう言うと店長さんがぐしゃぐしゃと頭を撫でてくる。まあ確かに、俺も姉貴を介護してるから傍から見ると甘やかしているように見えるかもしれない。

 

「レンくーん! あたし達今からスタ練入るからねー!」

「はーい。がんばってねー」

 

 スタジオに入っていく四人を見送っていると、後藤さんが不安気に俺を見てきたので笑顔で手を振ったらぎこちなく振り返してくれた。ごとうしゃん、がんばえー!

 

 ……あ、やべ。忘れるところだった。

 

「姉貴、ちょっと待って」

「何? 融資の相談?」

「それ貸す側のセリフ!!」

 

 スタジオに入ろうとする姉貴を呼び止めて手招きすると、のろのろと気だるげな動きで歩いてきた。

 

「姉貴、ちょっと喜多さんの様子を気にかけておいてほしい」

「虹夏やひとりちゃんだけじゃなく郁代にまで手を出そうとは……我が弟ながら業が深い」

「ごめんな。俺、おっぱい原理主義者なんだ」

「どんまい郁代」

 

 って、こんなくだらんこと言ってる場合じゃねえよ。

 

「喜多さん、昨日から明らかに様子がおかしかったからな」

「まあ、その理由はなんとなく察してるけど」

「え? マジで?」

 

 俺が尋ねると姉貴がこくりと頷いた。ど、どうした姉貴!? 何だその有能ムーブ!? やればできる子って両親から言われ続けて十六年……ついに覚醒したというのか!?

 

「あとで話す。情報料はこれくらいで」

「毎度毎度弟から金巻き上げて恥ずかしいと思わんのか?」

「思わない」

 

 全く悪びれない姉貴の額を小突いておきました。用は済んだからさっさと練習行ってこい。

 

「へいへーい」

 

 そう言って姉貴はやる気なさそうに、さっきと同じくノロノロしながらスタジオに入っていった。まあ、あんな姉でもベース持ったらスイッチはいるから大丈夫だろ。

 

 さてと、俺も仕事に戻るか。

 

「PAさーん。機材運ぶの手伝いますよー!」

「ありがとうございます。じゃあ、そっちの段ボールに入ってるヤツを持ってきてくれますか?」

「わかりました!」

 

 そして俺はPAさんに言われた通り機材を運んだりテーブルを運んだり会場の設営を行う。ドリンクや受付はあんまりやらない。男がやるより可愛い女の子がやる方がウケが良いので。

 

 STARRYには可愛いスタッフがたくさんいるしね。姉貴も愛想はないけど顔は良いからな。

 

「あれ~? レンくん背が伸びました~?」

「そうなんですよ。百七十四センチになりました!」

「男の子は成長が早いですね~。私より十センチ以上高いです」

 

 PAさんはそう言いながら俺の正面に立って、穏やかに笑いながら上目遣い気味に見てくる。今日も変わらず美人さんで良い匂いしますね。PAさんって雰囲気もなんだかえっちだし、甘えていいですか?

 

 いや待てよ? こういう大人なお姉さんを全力で甘やかすのも趣深いのではなかろうか。

 

「PAさんは甘えたい派ですか? それとも甘やかしたい派?」

 

 我ながらなんて気持ち悪い質問してるんだ。

 

「うーん……相手によりますね。レンくんみたいな子を甘やかすのもいいですし、逆に年下の男の子に甘えるのもいいですね~」

 

 年下に甘える……その発想はなかった。ちょっと今後の人生プランの参考にしようと思います。

 

「甘やかしてほしいんですかぁ?」

「ほしいですね」

 

 俺は躊躇いなく答える。……こういう質問に即答したときに思う。やっぱり俺と姉貴は姉弟なんだなと。

 

「いつもお仕事がんばってますね~。偉い偉い」

 

 PAさんが優しく頭を撫でてくれました。あぁ^~、頭がフットーしそうだよぉっっ。

 

 今日の仕事中の俺はだいぶキモイことになってました。

 

 

 

 

「レンくんレンくん! ちょっと来て~!」

 

 仕事が一段落し、休憩していると虹夏ちゃんがスタジオから焦った様子で飛び出して俺に駆け寄ってくる。なんかトラブル?

 

 

「どったの?」

「ぼっちちゃんがゴミ箱に引きこもっちゃった!」

 

 ……ぼっちちゃんて誰よ?

 

「あ、そっか。レンくんはいなかったから知らないもんね。ぼっちちゃんっていうのはね、ひとりちゃんのあだ名だよ」

「新メンバーにそんないじめみたいなあだ名付けたらそら引きこもるよ!!」

 

 ぼっちちゃん……後藤ひとり……ひとりぼっち……完全にいじめですね。ガールズバンドのドロドロをいきなり新メンバーに浴びせる愚行。

 

 俺の虹夏ちゃんに対する好感度ががくっと下がった。

 

「変な誤解しないでよ! いじめじゃなくて『ぼっちちゃん』ってあだ名つけられてすごく喜んでたんだから!」

「どこの世界にそんなあだ名付けられて喜ぶ子がいるんだよ!?」

「……人生で初めて付けられたあだ名なんだって」

 

 あかん涙出そう。……後藤さんと出会ってから涙腺緩みっぱなしだな俺。

 

「で、そんなあだ名をつけたのはもちろん……」

「リョウだよ! あたしがそんなことするわけないじゃんっ!」

「ごめんて」

 

 ぷんすかしている虹夏ちゃんの頭をよしよしして宥める。あのクソ姉貴。結束バンドの名付け親でもあるからな。ほんとにネーミングセンスまで終わってやがる。

 

「ネーミングセンスに関してはレンくんも人のこと言えないよ?」

「そんなことないよ」

「あるもんっ」

 

 まあまあ。原因はわかんないけど後藤さんが引きこもったんでしょ? 場所がゴミ箱っていうのが意味わかんないけど。とりあえずスタジオに行きますか。

 

 というわけで、虹夏ちゃんと一緒にスタジオへ向かいます。

 

 

 

 

「わーお。ほんとにゴミ箱に引きこもってら」

 

 スタジオに入るなり、後藤さんの桃色ヘッドがゴミ箱からぴょこんと飛び出していました。観葉植物にするには色が派手すぎるね。

 

「で、なんでこんなことになってんの?」

「虹夏がぼっちに『ど下手だ』って言ったから」

 

 俺が尋ねると姉貴は微塵も悪びれる様子なくあっさりと答える。

 

「……虹夏ちゃん?」

「ち、違うよ! いや違わないけど……その、ね? こ、言葉の綾というか……つい口走っちゃったというか……」

「言ったことは事実なんだね?」

「……はい」

 

 虹夏ちゃんの頭をぐりぐりしました。痛みで涙目になってたけど知らん。初練習でいきなり「ど下手」って言われたらショック受けるよ。

 

 虹夏ちゃんって基本的には優しくていい子だけど、時々俺がびっくりするぐらい毒吐くからな。

 

 あれ? でも教室で弾いたときは普通に上手かったと思うんだけど……

 

 ああ、バンド組むのが初めてだから人に合わせらんなかったってことね。把握。

 

「とりあえず、後藤さんと二人で話していい?」

「あ、うん……」

 

 虹夏ちゃんは落ち込んだ表情を浮かべている。自分で後藤さんを誘っておいて「下手」って言っちゃったから罪悪感が強いんだろうな。姉貴はそんなもん全然感じないけど。

 

「山田くん。ひとりちゃんのことお願いね?」

「喜多さんはぼっちちゃんって呼ばないんだ」

「……バンド内だけならまだしも学校で呼ぶのはいじめを疑われるわよ」

 

 確かに確かに。喜多さんにもそういう常識が残っていたみたいでよかった。

 

「私は今回何も悪くない」

「フォローくらいしてあげればよかったのに」

「……その発想はなかった」

「また一つ勉強になったな」

「偉い?」

「偉い偉い」

 

 姉貴を雑に褒めてスタジオから追い出す。さてさて、後藤さんのメンタルケアのお時間ですね。

 

「後藤さーん」

 

 俺がゴミ箱に向かって声をかけると桃色ヘッドがピクリと反応した。

 

「ゴミ箱汚いからさ。とりあえずこっちの大きい段ボールに入ったら?」

 

 俺はそう言いながら、スタジオに放置されていた「完熟マンゴー」と書かれためっちゃでかい段ボールを後藤さんに差し出す。

 

 すると、ゴミ箱から後藤さんは恐る恐る顔を出し、段ボールと俺の顔を交互に見て、のそのそと段ボールの中に入っていく。

 

 ヤドカリの引っ越しだなこれ。

 

「後藤さん、虹夏ちゃんもさ。悪気があったわけじゃないんだよ」

「あ、はい。そ……それはわかってます。わ、私が下手くそなだけなので……」

 

 段ボール越しに女の子と会話するのはさすがの俺も人生初めてだな。

 

「でもさ、教室で聴いたときはものすごく上手いと思ったけど?」

「あ、あれはソロだったので……私、誰かと一緒に演奏するの、初めてで……全然上手く合わせられなくて……」

 

 やっぱり思った通りの理由だったか。正直、こればっかりは時間をかけてやるしかない。初めての演奏で全員の息がぴったり合うなんてことはありえないんだから。

 

 活躍しているプロだってそういう時代を乗り越えているからこその今があるんだろうし。

 

 というようなことは、言わなくても後藤さんもわかっているはず。

 

 だから……

 

「後藤さん」

「は、はい……」

「一曲弾いてくれない?」

「え……?」

 

 俺の言葉に、後藤さんは段ボールから顔を出す。困惑の表情を浮かべたまま。

 

「今はさ。俺以外にだーれもいないし、他の誰かに合わせる必要も、教室みたいに人目を気にする必要もない」

 

 俺はできるだけ優しく笑って言う。

 

「だからさ。いつも家で弾いてるみたいな、後藤さんの本気の演奏を聴かせてよ」

 

 俺の言葉に、後藤さんは目をぱちぱちとさせて俺を見る。そして、恥ずかしそうに頬を染めながら一度段ボールの中に引っ込んでいった。

 

 うーん……ダメだったかな?

 

 俺がそう考えていると、後藤さんが段ボールの中で何やらもぞもぞ動いている。

 

「わ、わかりました……や、山田くんのために一曲弾きます」

 

 そして、後藤さんはそう言って段ボールの中から出てきた。自分のギターを手に取り、ストラップをかける。

 

「お、お願いします……」

「こちらこそ、ありがとうね」

 

 後藤さんは一度大きく深呼吸した。

 

 何を弾いてくれるんだろう。と、内心ワクワクしていた俺だったが、彼女の演奏が始まった瞬間、その感情が一瞬で吹き飛ぶことになる。

 

 ピックが、弦を弾く。

 

 ギターを演奏するというのは、極論それだ。細かいテクニックは無数にあれど、根本にある原理は全ギタリストに共通している。

 

 そして俺は、姉貴の影響もあって……音を()()という能力に関しては一般人のそれよりも優れているという自負があった。

 

 にもかかわらず

 

 彼女の()を聴いた瞬間、俺は全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

 彼女が選んだ曲は、昨日の放課後に二人で雑談をした中で出たバンドの曲。

 

 俺が一番好きな曲だ。

 

 俺はこの曲がきっかけでそのバンドの虜になり、CDを買い漁り、ライブを観に行ったこともある。

 

 そんなバンドの曲を彼女が演奏して……初めてその曲を聴いた時の衝撃を思い出していた。

 

 日本を代表するロックバンドの一つに数えられるであろうそれと似た衝撃。

 

 俺は、後藤ひとりという少女が、彼らと同じものを持ちえているという確信を得た。

 

 俺が知る十代最高のギタリスト、大槻ヨヨコと同等か……それ以上。

 

 実力が、飛び抜け過ぎている。ソロだとここまで圧倒的なのか……。姉貴も学生レベルを超えてるけど……彼女はそうじゃない。プロレベルだ。

 

 彼女が実力を発揮できないのも仕方ない。そもそもの実力が並の学生バンドの範疇に収まるレベルじゃないからだ。

 

 でも、裏を返せば───彼女が結束バンドで実力を十全に発揮できるようになればメジャーデビューも視野に……

 

 いやいや、落ち着け俺。冷静に……冷静に……

 

 なれるかぁ!!

 

 こんな……こんなプロ級の凄腕ギタリストを目の前にして落ち着いてられるわけないだろ!!

 

「あ、あの……山田くん?」

 

 後藤さんの心配そうな声で俺は我に返る。

 

 そうだよ。後藤さんのメンタルケアのために、自信を取り戻してもらうために演奏してもらったのに俺の脳が焼かれてどうするんだ。

 

「後藤さん」

「は、はい……」

 

 俺は後藤さんに近づいて、彼女の手を両手で握る。

 

「俺に、あの感動を思い出させてくれてありがとう」

「は、はい……?」

 

 後藤さんは首をかしげて「意味が分からない」とでも言いたげな表情を浮かべていた。うん、意味わかんないよね。ていうか、普通に手を握っちゃったけど、それは平気なんだね。あ、でも意識しちゃったら後藤さん溶けるんじゃ───

 

 ところが、俺の懸念は全く想定外の理由で回避されることになる。

 

「ぼ、ぼぼぼぼぼぼぼぼ!!」

「ボーボボ」

「伊地知先輩の鼻毛真拳ですね」

 

 スタジオのドアが勢いよく開き、虹夏ちゃんが飛び込んでくる。その後ろからは姉貴と喜多さんも来ていた。……あ! さてはドアをちょっと開けて演奏聴いてやがったな!

 

「ぼぼっちちゃん! ぼぼぼっちっちちゃん! き、きみきみきみ……」

 

 虹夏ちゃん落ち着いて。さっきから日本語になってないよ。

 

 後藤さんが凄腕ギタリストだからって興奮しすぎでしょ。と、俺は数十秒前の自分を棚上げしてみる。

 

「ぼっちちゃんって……ぼっちちゃんって……」

 

 虹夏ちゃんは俺が視界に入ってないみたいだ。仕方ない。ここは昔みたいに抱っこからのたかいたかいコンボで───

 

 俺がこっそり虹夏ちゃんの背後に回って作戦を実行しようとするも、虹夏ちゃんの次の言葉に思わず動きを止めてしまうのだった。

 

 

 

 

「ぼっちちゃんって───ギターヒーローだったの!?」

 

 

 

 

 なにそれ?




ギターヒーローバレRTA

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