今日は山田の誕生日。
だがぼっちちゃん回だ!!
「二学期中間の範囲で肝になるのは動名詞と不定詞だから……まずは動名詞の基本的な使い方からやっていこうか」
「は、はい……」
「現在進行形と同じように、動詞にingをつけて……基本の意味は『~すること』」
リョウさんの引きこもり騒動から少し経って十月の半ばになった頃、文化祭が近づいてきていたのでバンドの練習にもますます熱が入る! ところだったんだけど……
そう、中間テストが控えているのです。
い、一学期の期末は山田くんのおかげで奇跡的に赤点は回避できたけど……二学期になって勉強の内容が難しくなってきたので、バイトがない日はこうして教室や図書館で二人で……時々喜多ちゃんも交えて勉強している。
十月のライブは、新宿FOLTでの評判もあって今までで一番集客できたんだ。ノルマも余裕をもって達成できたから、MV用の資金も貯まってて、バンド活動はすごく順調。
ただ、下高も秀華高校もテスト期間に入ったから、練習やバイトは最低限になっていた。文化祭に向けてもっと練習したいところだけど、リョウさんや私の留年がかかっているからそうも言ってられないのです!!
みんなごめんなさい!! お馬鹿な私でごめんなさい!!
「うん、そうそう。あとはスペルの最後が母音やyで終わる時は注意しようね」
「わ、わかりました」
でも私は、こうやって山田くんと二人でお勉強する時間がすごく好きだった。山田くんがすごく優しく、わかりやすく教えてくれるのはもちろんだけど……
彼の周りにはいつもたくさんの人がいて、クラスでもすごく人気者で……そんな人気者の彼を私だけが独占できる時間だから。……もしかして、私って結構独占欲が強い女の子なのかな?
山田くんは、どうだろう……独占欲の強い女の子って嫌じゃないかな?
って!! なんでこんなことを考えてるんだ私!!
「うん。動名詞はいい感じだね。じゃあ次は、toを使った不定詞をやろう」
山田くんが笑顔で私の勉強の出来を褒めてくれる。彼はいつもこうやって、優しい笑顔で私を甘やかしてくれて……ダメだと思いながらも、私も甘えちゃうんだ。
山田くんにはいつもいつも、色々なものをもらってばかりだからいつかちゃんと恩返しがしたいな。
今度、虹夏ちゃんに相談してみよう。
「どうしたの? わからないところがあった?」
「あ、いえ……大丈夫です」
「そう? 遠慮しないでいいからね」
隣で私と同じ教科を勉強している山田くんの顔を眺めていたら、不意にそんなことを聞かれて動揺してしまう。そういえば、お互いの机をくっつけてるから、いつもより近い距離になってて……ちょっとだけドキドキしちゃう。ちょっとだけ。
でも、それと同じくらい山田くんがそばにいてくれるとすごく安心するんだ。他の男の子だと、こんな風にはならないけど。
えへへ。これって、山田くんとすごく仲良くなれた証拠だよね。
文化祭でメイドになるのはすごく恥ずかしいけど……山田くんと一緒なら大丈夫かな。
それからしばらく一緒に勉強した後、二人でお菓子を食べながら休憩する。頭を使うと甘い物が欲しくなるってほんとだね。チョコレートがいつもより美味しく感じる。
「後藤さん、今日ってギター持ってきてたよね?」
「あ、はい。いつもの習慣でつい持ってきちゃいました」
「お願いがあるんだけどさ……一曲、弾いてくれない?」
山田くんが手を合わせながらニコニコと笑ってそんな風にお願いしてくる。め、珍しい……山田くんが私にお願いするなんて……
ふふーん。私が山田くんのお願いを断るわけないじゃないですかぁ~。いつも私をたくさん助けてくれているのに。
「あ、じゃあ……普段喜多ちゃんと練習している場所に行きます?」
「いや、ここでいいでしょ。今は教室に誰もいないし」
「あ、い、言われてみれば……」
勉強に夢中になってて気付かなかったけど、教室には私達二人しかいなかった。
ゆ、夕暮れの教室で二人きり。や、山田くんと二人きり……
ぐあああああああっ!! だめだめだめだめだめ!! 意識するな意識するな意識するな!!
確かに!! シチュエーション的には!! ナニが起こってもおかしくないけど!!
山田くんに限ってそんなことはありえない!! 自惚れるな私!! 山田くんが私なんぞを意識するなんてことはありえないんだから!!
うぅ……自分でわかってるけど……それはちょっと悲しい。
───あれ? なんで悲しいって思っちゃったんだろう? だって、そんなの……当たり前のこと
よ、よくわかんないっ! もにゃもにゃしてなんだか心が気持ち悪いけど、ギターを弾いて発散しよう!
「な、何がいいですか?」
「そうだねー……」
私はギターをケースから出し、ストラップを肩にかけて山田くんのリクエストを待つ。山田くんとは好きなバンドや曲の話をたくさんしたから彼の好みはわかっているし、いつでも期待に応えられるように、彼の好きな曲はいっぱい練習したんだ~。
「じゃあ、まずはやっぱBUMPの───」
リクエストは彼が一番好きなバンドの曲。このバンドは、私も元々好きだったけど、山田くんとお話するようになってからはより一層聴きこむようになったんだよね。山田くんと、自分の好きな物が同じって……なんだかすごくぽわぽわして温かくて嬉しい。
それに、私がギターを弾いていると山田くんはとてもキラキラした幼い笑顔で私を見てくれるんだ。彼のそんな笑顔が見たくて、お家でも「この曲を格好良く弾けたら山田くんが喜んでくれるかな?」って考えたりするんだよね。
だから今日も、いつも通り……いや、いつも以上にがんばって彼の期待に応えたい。彼に喜んでもらいたい。その一心でギターを弾いていたけれど……
あれ? なんだか……チューニングが合わない気がする。
「後藤さん……?」
音の違いを聴き取った山田くんが首をかしげて尋ねてきた。やっぱり、君も気付くよね?
私は一度演奏をやめてペグを回して音程を調整しようとするけど……おかしい。いつもと違って回しても手ごたえが全くなくて……空回りしてるみたい。
「ちょっと触るね」
「あ、はい……ふぁいっ!?」
山田くんが身を乗り出してヘッドに触れてペグを回す。ち、近い近い近い近い近い!! 顔が近い!!
あ、でもすごく良い匂いがする。山田くんの匂い……落ち着くから好きだな。ふへっ。
「後藤さん……ペグ、壊れてる」
「ふひっ……───あ、本当ですか?」
山田くんの匂いを堪能していたら、すごく真剣な表情で彼がそう言ってきた。
ぺ、ペグが壊れちゃったの!? ど、どどどどどうしよう!? 文化祭まであと二週間しかないし、楽器屋さんに修理に持っていて間に合うかどうか……
あ! そもそも修理に出しちゃったらその間練習ができなくなっちゃう!!
ど、どうすれば……
「とりあえず、俺と姉貴がよく行く楽器屋さんで修理してもらおう。年季の入ったギターだし、ペグ以外にも故障個所があるかもしれないから、この際しっかり診てもらおうか」
「は、はい……」
私が不安そうに俯きながら答えると、山田くんはいつもより柔らかい笑顔で私の肩をポンと叩く。
「大丈夫。修理に出している間は俺のギターを貸してあげるから」
「あ……え?」
「もし、文化祭に間に合わなくてもそのまま俺のギターを使えばいいよ」
「で、でも……そんなの悪いです。や、山田くんにはいつもお世話になってて、迷惑かけてばかりで……」
「だったらさ、後藤さん」
彼の優しい声色に、私は恐る恐る顔を上げた。そこにはやっぱり、私が思った通りの……誰もが安心するような優しい笑顔を浮かべている山田くんがいた。
「文化祭で最高に格好良いところを見せてよ」
彼の言葉に、私の心がトクンと跳ねる。
ず、ずるいです。そんなこと言われたら……が、がんばるしかなくなるじゃないですか。
文化祭ライブ……夢にまで見た文化祭ライブ。中学時代に妄想で千回以上やった文化祭ライブ。
学校のみんなに結束バンドの良さを知ってもらいたい。そういう思いは確かにある。だけどそれ以上に、私は……山田くんに良いところを見せたくて、山田くんに褒めてもらいたいって気持ちもあった。
こ、この気持ちは誰にも言わないでおこう……
「じゃあ、行こうか」
「い、行く……?」
「楽器屋さん。まだ空いてる時間だし、こういうのは早い方がいいでしょ?」
確かにそうですね。山田くんのギターを借りるとはいえ、本番は慣れ親しんだこのギターを使いたい───
そこで私は気付く。
山田くんのギターを借りるってことは……この後、山田家訪問という展開が!?
山田くんのお部屋に再び訪問する展開が!?
山田くんのお家に連れ込まれる展開が!?
べ、別に期待なんてしてないんだからね! こ、これぞ大槻さんリスペクト。
「こんにちは~」
「あ、山田くん久しぶり~。今日はお姉さんと一緒じゃないの?」
「姉貴は留年を回避するために学校で勉強中です」
私達はそのまま学校を出て御茶ノ水にあるイシバシ楽器にやってくる。お店に入るなり、山田くんは店員さんと仲良さげに話していた。
ゔっ……!! 一人で静かに過ごしていたいのにこっちの気持ちなんて無視して話しかけてくる店員さん!! おぼろろろろろろろろろろろろろろっ!! き、喜多ちゃんや虹夏ちゃんと一緒にお洋服を買いに行ったトラウマが蘇るうううううううう!!!
「この子のギターの修理をお願いした───って、後藤さんなんで高速ヘッドバンキングやってんの!?」
コアなメタルファンだと思われたら話しかけられないかもしれない!! いや待てよ? 哀愁漂うクールで物憂げバンドマンだったら遠巻きに見られるだけかも……よーし!
「今度はいきなり意味深な表情でスンってなった!? 情緒大丈夫!?」
「
そして私は展示してあったギターにそっと触れてそう言った。
「楽器にこいつって言う人初めて見た!!」
山田くんが驚いてる。い、今の……自分で言うのもなんだけどすごく格好良かった気がする!! うへ、うへへへへへへ。将来インタビューで「どうしてそのギターを選んだのですか?」って聞かれたら「こいつが私を呼んでいたんですよ」って答えよう。
くわあああぁぁぁあぁぁっこいいいいぃぃぃぃいぃぃいいいっっっっ!!!
「あ、あの子……大丈夫?」
「ちょっと人見知りが激しくて暴走してるだけです! 普段は優しくていい子なんですよ! 後藤さんこっち来て! 店員さんにギター診てもらうから! ね?」
そんな天才ギタリストである後藤ひとりは長年連れ添った相棒であるギターをそっと撫でる。ライブ中に見せるカリスマ溢れる凛々しい表情とは違い、その目は儚く、そして溢れんばかりの愛が感じられた。彼女にとってこのギターは魂を分けた己の半身ともいえる存在で───
「ほら後藤さん。妄想の世界に浸ってないでギター出そうか? おーい! 後藤さーん! 後藤ひとりちゃーん?」
「ギブソンのレスポールカスタム……随分使い込まれてますね」
「元々はこの子のお父さんが使っていたものらしいんです。ね? 後藤さん」
私は頷く。
「故障個所は……ペグと、弦も張り替えた方がいいですよ」
「そうしてもらおうか。ね? 後藤さん」
私は頷く。
「かなり年季も入っていますし、これを機に全体的にメンテナンスします?」
「はい。そのつもりで来たので。ね? 後藤さん」
私は頷く。
ギターを出して店員さんに渡した後、私はずっと山田くんの背中に隠れるようにくっついていた。て、店員さんとのおしゃべりは全部山田くんにお任せしますぅぅぅぅ!!
わ、私は無理!! 絶対無理! 無言で頷くか逃げることしかできませんっ!!
「どれくらいかかりそうです?」
「うーん……詳しく点検してみないとわからないけど、二週間くらいはみてもらった方がいいかな」
「二週間、文化祭にギリギリ間に合うかどうか……」
「文化祭でライブやるの?」
「この子が……というよりこの子が組んでるバンドが、ですね。一応、修理中は俺のギターを貸すつもりなんですけど」
「山田くんもギターを続けてくれてるんだね」
「お遊びみたいなものですよ。気が向いた時にちょこちょこ弄るだけで」
「それでも、ウチで買ってくれたギターをまだ使ってくれてるってだけで嬉しいのよ?」
や、山田くんのギター……ここで買ったんだ。確か、YAMAHAのパシフィカで色はインディゴブルーだったはず。すごく格好良かったから、私の二代目ギター候補もYAMAHAなんだよね。
も、もし買ったら山田くんとお揃い……うへへ。
「後藤さん、こっちの修理依頼申込書に名前と住所と電話番号を書いてくれる?」
「あ、はい」
あ、危ない危ない。山田くんとお揃いのギターを持ってステージに立ってる妄想をしていた。
「見積もりと修理期間がわかったら電話しますからね~」
「は、はい───って、電話ぁ!?」
「今日一おっきい声が出たね」
で、ででででででででで電話電話電話電話電話!? む、無理です無理無理無理無理!! い、未だに山田くん達からの電話を出るのでさえ緊張するのに……し、知らない人からの電話なんて無理ですぅぅぅ!!
「むむむむむむむむむむむむむむむっっ!!!」
「……この子、可愛いね」
「見てるとほっこりします。あ、見積もりは俺のラインにPDFで送ってください。電話も俺の方にかけてもらってかまわないので」
「うん。そうするね」
私が全力で首をぶんぶん振っているのを見て、二人は何故か和んでいた。わ、私にとっては死活問題なんですっ!
あ、でも山田くんが全部やってくれるなら遠慮なく甘えさせてもらいます。こ、今度何かお礼……といっても思いつかないので……わ、私も山田くんをいっぱい甘えさせてあげます!!
ど、どうやって甘やかせばいいのかわからないけど……
普段の山田くんがやってることをそのままやればいいのかな? それとも、山田くんがふたりにやってたみたいに……
───ありかも
普段は優しくて頼りになってたくさん甘やかしてくれる男の子を逆にドロッドロに甘やかす。ふへへっ……くぉれはぁ!! ありありのあり!! ありですよぉ!! こちらアリさんマークの引越社ですよぉ!! ぶへへへへっ!!
私はふたりのお姉さんでぇ!!
山田くんはリョウさんの弟だからぁ!!
私達の相性はバッチリなんですぅ!!
「すごくだらしない笑顔だね」
「いつものことです」
ひとりお姉ちゃんですよ~! むほほっ!
「な、何を買いましょうか?」
「ひき肉と玉ねぎ、あとバターに大葉かな。大根は家にあったはず」
ギターを修理に出した後、そのまま解散になると思ったんだけど……なんと私達は二人でスーパーでお買い物をしています。す、スーパーで……二人並んで夕飯の材料を買うって、わ、私にはちょっと刺激が強すぎる!!
さっきまでの気持ち悪い妄想をしていたつよつよな私はどこにいった!?
そ、そもそも……どうしてこんなことになったかというと……
「姉貴からロインだ。……夜は和風ハンバーグがいい? しゃーねーなぁ。あ、後藤さん。よかったら夕飯はウチで食べていってよ。父さんも母さんも帰りが遅いから姉貴と二人だし」
山田くんに誘われて私の脳みそが理解する前に、あれよあれよという間にスーパーに来ていました。
や、山田くんのお家に行くのはこれが三回目で……最初はリョウさんに歌詞を見せるために、二回目はつい最近、スランプになったリョウさんをみんなで励ますために……
き、喜多ちゃんのお家にも行ったことがないのに男の子のお家にばかり遊びに行って……わ、私ってもしかしてすごくはしたない女の子だった!?
いやいやそんなはずはない! 私は硬派で清楚なギタリスト! 山田くんは善意で誘ってくれているんだ。このくらいで変なことを考えたらダメ!
「あとはサラダと……クラムチャウダーでいいな。あさりも買っておくか。後藤さん、あさりは食べられる?」
「あ、はい。平気です」
山田くんは慣れた手つきでカートを押しながら目当てのものを次々とカゴに入れていく。は、傍から見たら私達って……仲良しカップルに見えちゃうよね?
こ、困りますぅ~! 嫌じゃないけど困りますぅ~!
か、カップルで思い出した。二学期になってから……私は時々他のクラスの男の子や違う学年の男の人に声をかけられるようになったんだ。
こ、これが人生初のモテ期か!? って浮かれてたんだけど……私が初対面の男の人と話せるはずもなく、全部逃げ出しちゃったんだよね。悪いことをしたとは思ってるけど……し、死ななかっただけ成長してるから!
そのことを山田くんに相談したら、すごく真剣に考えてくれて……放課後はいつも山田くんが一緒にいてくれることになったんだ。
そのおかげで最近は声をかけられることもなくなったんだけど……代わりにクラスの女の子達から「山田くんと付き合ってるの?」って聞かれるようになっちゃって……
つ、つつつつつつ付き合ってなんかないです!! お、恐れ多いです!! 山田くんが私なんぞと付き合うなんて……そんな、そんな罰ゲームみたいなこと……
山田くんにもっとふさわしい女の子がいるはずです! そう、虹夏ちゃんとか! はーちゃんとか!
お、大槻さんはちょっとえっちすぎるから成人するまでダメです! 私が許しませんっ!
でも、なんだろう……
山田くんが他の誰かと付き合うことを想像したら、なんだかちょっとだけもにゃっとする。今まで感じたことがない、不思議なもにゃもにゃ。
「後藤さん、どうしたの? 嫌いなものがあった?」
「あいいえええ!? ち、違います……ちょっと、ちょっとぼーっとしてただけで……」
「もしかして体調悪い? 季節の変わり目だから、無理してるんじゃ……しんどかったらお家に帰って早く休んでも───」
「だ、大丈夫です! 身体はすごく元気です! お、おおおおお誘いいただけて迷惑だなんて思ってなくてむしろ私がお邪魔して迷惑をかけてしまわないか心配で心配で」
私が慌ててそう言うと、山田くんはクスリと笑った。彼のそんな笑顔を見ると、さっきまでの変なもにゃもにゃはどこかにいってしまったみたい。うん、あの不思議な感情はきっと気のせいだ。
と、このときの私はそう思っていたんだ。
「や、やっぱりこのギター……すごく格好良いです」
「ありがとう。今日からしばらくは後藤さんの相棒になるからね」
「あ、あの……弾いてみても、いいですか?」
「もちろん」
買い物を終えて山田くんのお家にお邪魔し、彼の部屋でギターを渡される。この青色……すごくいい。わ、私は何色にしようかな? そういえば、さっきのお店にYAMAHAのパシフィカの黒が置いてあったはず。
今度ギターを引き取りに行くときにしっかり見せてもらおう。
そう考えながら私はストラップを肩にかけ、ネックを握る。結構細くて握りやすいな。これなら、手の小さい私でも弾きやすい。それに、塗装もしっかりされてて手が滑らかに動く。
フォルムも良いし、音域も広い。……これ、すごく良いギターだ。
「気に入ってくれた?」
「は、はい! すごく! 手によく馴染みます!」
「よかった。俺も少しはギターを弾けるけど……やっぱり、上手い人に使ってもらう方が楽器も嬉しいだろうしね」
山田くんは笑顔だったけど、ちょっぴり寂しそうだった。
「そ、そんなことないです。ぎ、ギターって始めたばかりの頃は上手く弾けなくて投げ出したくなりがちで……せっかく買ったギターをすぐに売っちゃう人もいます。で、でも山田くんは……売ったりしないでちゃんと大切に使っていました。確かに、使う人の技量に差はありますが……山田くんがこの子を大切にしているってことは、ちょっと弾いただけでわかったので……こ、この子も山田くんに買ってもらえて喜んでいると思いますっ」
あ、ああああああああああああああああああああああああああ!!!!!
な、何を言ってるんだ私は!? お、お、お、お説教じみたことを長々言っちゃったぁぁぁぁあぁぁあ!!
ほんとは……ほんとは山田くんを元気づけようと思っただけだったのに!! 普段は全然喋らないくせにこういう時だけ饒舌になって……山田くんに「後藤ってギターのことだと早口になるよな」って思われちゃったらどうしよう!?
おえっ!! 吐き気がしてきた。
「ありがとう、後藤さん」
山田くんはさっきの寂しそうな笑顔じゃなくて、いつもの優しい笑顔に戻っていた。よ、よかった……変に思われてなくて。
「あ、そうだ」
私がほっと安心していると、山田くんはそう言って部屋から出ていってしまう。どうしたんだろう?
不思議に思っていると、一分もしない内に山田くんが部屋に戻ってきた。
なぜかギターを携えて。
「これ、姉貴が衝動買いしたくせに全然使ってないギター。後藤さん、よかったら……セッションしない?」
「せ、セッションですか?」
「うん。……とはいっても、俺は下手くそだし、弾ける曲も限られてるけど」
山田くんはそう言って苦笑する。そういえば、山田くんがギターを弾くところって初めて見るかもしれない……上手じゃないって言っているけど、昔はリョウさんのセッションに付き合わされてたらしいから。
あれ? でもリョウさんってすごく上手だよね? その練習相手になってたってことは……
「あ、ほんとに期待しないでね? 姉貴の練習に付き合ってはいたけど……今の俺は多分、喜多さんと同じくらいだから」
喜多ちゃん……まだギターを始めて半年なのにあんなに成長してるよね。わ、私はどうだっただろう? 一日六時間夢中で練習してたから昔のことはあんまり覚えてないや。
「や、やりましょう!」
うん、やろう。山田くんと初めてのセッション……すごく楽しみ!
あ、あ、あ……せ、セッションって言ってもえっちなセッションじゃないですからね!! 大槻さんとは違うんです!! 大槻さんは夜のセッションとか言って山田くんをホテルに連れ込んで……
そ、そんなこと……絶対にさせるものか!!
「色々教えてくれると嬉しいな」
山田くんはストラップを肩にかけて、ベッドに座りながらそう言った。
ちょっと! ちょっと待って! 二人っきりで! ベッドに座りながらその台詞はまずい! なんかこう……色々まずい! わ、私のことを信頼してくれているのは嬉しいけど……ちょっと、ちょっと警戒心が薄すぎないかな?
「じゃあ、やろっか?」
ふー! ふー!ふー! ……そうだよ。ヤるしかないんだよ! ヤってしまえば他のことは気にならなくなる。演奏に集中すれば、余計な雑念や煩悩はなくなって───
「後藤さんも、隣……座りなよ?」
山田くんがポンポンとベッドを叩く。ちょい! ちょい待ち! え!? 私がおかしい!? 私がおかしいの!? 山田くん……普段はもっと色々と気を遣える子でしょ!? なんでこういう時だけ気遣いセンサーがおバカさんになってるの!?
「あ、さすがにベッドは気まずいか……後藤さん、そっちのソファ使っていいから、ね?」
「は、はい……」
き、気付いてくれた。そうだよ! 君はやればできる子なんだ! 偉い! あ、後でいい子いい子してあげますっ!
で、でも……ベッドで二人並んで一緒にギターを弾くっていうのもエモくてよかったかも……
ちょっと残念。
はっ!? な、何を考えてるんだ!! そ、そーゆーのはもっと……もっと段階を踏んでからじゃないとダメでしょう!
「後藤さん、よろしくね」
「こ、こちらこそ……お手柔らかに……」
そして、山田くんとのセッションが始まる。
確かに、彼の言った通り……今の喜多ちゃんと遜色ない、どころか喜多ちゃんより上手くない? 派手さはないけどすごく繊細で安定してて、他の人の演奏をしっかりと支えられるような……
演奏って、性格が出るんだなぁ。
あと、山田くんの演奏の癖は絶対にリョウさんのせいだ。うん。
そこでふと、私は思う。
山田くんは……彼はいつも音楽に対しては受け身だった。演奏を
そんな貴重な機会を私が一緒に過ごすなんて、恐れ多くもあるけれど……何よりも、嬉しかった。
彼と同じ世界に立てて、彼と同じ景色を見れているような気がしたから。
他の人と演奏する時とは、ちょっと違う……不思議な感覚。
「珍しい。レンが誰かと一緒にギターを弾くなんて」
しばらく二人で夢中になってギターを弾いていると、いつの間にかリョウさんがドアを開けて驚いた様子で私達を見ていた。の、ノックくらいしてください!
「おかえり、姉貴」
「お、おかえりなさい。あ、あと……お、おじゃ、おじゃましてます……!」
「ただいま。そしてようこそぼっち。……泊まってく?」
「か、かかかかか帰ります!」
「そう、残念」
じょ、冗談でもそんなこと言わないでください! し、心臓に悪いです!
「姉貴も帰ってきたし、そろそろ夕飯の準備するか。後藤さん、俺の我儘に付き合ってくれてありがとね。すごく楽しかった」
「あ、いえ……私もすごく楽しかったので。そ、それに……私こそ、楽器の修理のこととか、代わりのギターのこととか色々お任せしちゃって」
そ、そうだ! 山田くんへのお礼……思いついた!
「ゆ、夕飯、作るのお手伝いします!」
「ほんと? じゃあ、お言葉に甘えちゃおうかな」
そ、そうです。もっと甘えてくれてもいいんですよ? な、なんて……ね?
「私も手伝う」
リョウさんの言葉は私にとってかなりの衝撃だった。あ、あのリョウさんが……別荘でバーベキューした時も何一つ手伝いをしなかったリョウさんが夕飯の準備を手伝うなんて!!
「ハンバーグのタネをこねこねしたいだけだろ?」
「そう。私のこねテクの虜にならないひき肉はいない」
「それ以外の手伝いは?」
「契約範囲外」
あ、そういうこと……うん。やっぱりリョウさんはリョウさんだ。わ、私はちゃんと他のこともお手伝いしますからね!
それから私達三人はキッチンへ向かったんだけど……
「ぼっち。タネはこうやってこねるんだよ? そう……おっぱいを揉むように」
「わ、私の胸を見ながら言わないでくださいっ!」
「叩き出すぞクソ姉貴!」
「……ひき肉とぼっちのおっぱい、どっちが柔らかいか比べてやろう」
「ひ、ひき肉の付いた手を近づけてこないで……!」
「お前の晩飯、大根おろしと大葉だけにするぞ?」
「ごめんなさい」
リョウさんは相変わらずリョウさんだったけど……こうやって三人で騒ぎながらご飯を作るのはすごく楽しかった。
ハンバーグもとっても美味しかったし、これからはお家でもお母さんのお手伝いをやってみようかな。料理を覚えて、自分でお弁当を作れるようになって……それから……それから……
こ、これ以上は妄想しませんっ! はい! 以上おしまい!
実はこの後、山田くんのお父さんとお母さんが帰宅して、もうちょっとでお泊りさせられそうになったのは秘密。
そ、そーゆーのは……ま、まだ早いもんね! まだ!
ぼっちちゃん回でした。
原作より結束ハンドが本気になるのが早く、たくさん練習したため、ギターがこの時点で壊れています。
次から文化祭編に入ります。
あと四話くらいで最終回かな?
詳しいことはまた後日記載させていただきますが、最後までお付き合いください。
では、感想、評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!
次回もよろしくお願いします!