前回のあらすじ
内気でコミュ障な根暗少女が実は動画サイトで大人気の凄腕ギタリストだった!? 私の人気に気付いた過去のクラスメイト達が友達面しようとしてくるけど後悔してももう遅い!
ギターヒーロー
虹夏ちゃんは確かにそう言った。とうとう戦隊モノのヒーローがギターで敵をぶん殴って戦う時代が来たのかと、ほんの一瞬だけ思ったけどそんなわけないよね。
いやでも音楽の力で戦う戦隊モノって探せばあるんじゃないの? シンフォギアみたいに。俺は知らんけど。
「姉貴、ギターヒーローって何?」
「これ」
姉貴がスマホを操作して、オーチューブアプリを開いてとある動画を再生した。ギターヒーローとやらの意味が分からなかった喜多さんと一緒に姉貴のスマホをのぞき込む。
「『演奏してみた動画』ですね」
「この野暮ったいピンクジャージに桃色の髪、使ってるギター……」
「……顔は出してないけど完全にひとりちゃんね」
再生されている動画を観て、俺と喜多さんは動画の人物と虹夏ちゃんの前で顔面を崩壊させながら痙攣している後藤さんが同一人物だと確信した。
「山田くんこれ! 再生数百万回以上の動画もあるわよ!」
「はえー……後藤さんってこんなにすごい子だったんだね」
「あ、す……すご……。えへ、えへへっ。ひ、人違いでしゅよぉ~」
「全く隠す気ないだらしない笑顔!!」
後藤さんの反応に虹夏ちゃんが即座にツッコむ。三年くらい前から投稿してるな。確か、後藤さんがギターを始めたのが中一だったから時系列も一致する。
なるほど。後藤さんがクラスメイト達の要望にあっさり応えて即興で演奏できた理由が分かった。彼女は流行りの曲を片っ端から演奏して、その動画をオーチューブに投稿していたんだ。
「こんなすごい人に虹夏ちゃんは『ド下手だ』って言っちゃったのかぁ……」
「あうぅ……は、反省してるからそれは言わないでぇ……」
俺が虹夏ちゃんの耳元で意地悪く囁くと、虹夏ちゃんはちょっとだけ涙目になって恨めしそうな視線を俺に向けてきた。
「私だけは最初からぼっちの実力を見抜いていた」
「リョ、リョウさん……」
「後藤さん。信じちゃダメだ。姉貴は後藤さんの広告収入に目が眩んで媚びを売ってるだけだから」
「……お前のような勘の良いガキは嫌いだよ」
「じゃあ二度と身の回りの世話しなくていいんだな?」
「嘘嘘レン様大好き愛してる嫌わないで」
「縋りついてくんな! うっとうしい!」
「や、山田くん!? ダメよそんな! 近親なんて……姉弟の恋愛なんて微塵も生産性がないのよ!?」
百合も生産性がないのでは? ということは思うだけで口には出しませんでした。昨今は色々厳しいですからね。何がきっかけで炎上するかわからないから。
「話脱線し過ぎでしょ! 今はぼっちちゃんがギターヒーローだっていう話してるとこ!」
「そうだった。全部レンが悪い」
「喜多さんが悪い」
「い、伊地知先輩が悪いわ」
「仲良いなお前らっ!」
これ以上ぐだぐだしていると虹夏ちゃんの鉄拳制裁が始まりそうなので話を戻そうと思います。
「それで……ぼっちちゃん。さっきの合わせではどうしてあんな感じの演奏になっちゃったの?」
「あ、えっと……や、山田くんには話したんですけど、私……誰かと一緒に演奏したのって今日が初めてで、周りに全然合わせられなくって……」
「なるほどね~。突っ走っちゃったのはそういう理由か~。まあ、確かにソロとバンドって全然勝手が違うもんね。あたし達もそこまで気が回らなかったな~」
「ご、ごめんなさい……日常でもバンドでもコミュ障で……」
後藤さんが申し訳なさそうに縮こまって下を向く。
「ぼっちが謝ることじゃない」
そろそろフォローに入ろうかと思ったところで、意外にも姉貴が口を開いた。……大丈夫か? 余計なこと言わないよな?
「私はそもそも、初めから何もかも上手くいくなんて思ってなかった。最初はぎこちなくても、息が合わなくても、何度も何度も繰り返すうちに少しずつ私達の音が形になっていく。バンドってそういうものだよ」
「リョウさん……」
「リョウ先輩……」
「リョウ……」
誰やこいつ!? ほんとに俺の姉貴か!? ……と、思うのは冗談で。まあ、姉貴も姉貴で
「後藤さん」
俺が声をかけると、彼女の俯き気味だった顔が上がって真っ直ぐに俺を見てきた。
「俺は楽器をやってないから偉そうなことは言えないけど……後藤さんだって最初からギターを上手く弾けたわけじゃないでしょ?」
「そ、そうですね……初めたばかりの頃は、何度も投げ出しそうになりました……」
「でも、諦めずに毎日継続して努力を重ねた結果が今の後藤さんなんだ。だから、今度は一人でがんばるんじゃなくて、みんなでがんばればいい」
「そうだよ! ぼっちちゃんがギターヒーローとしての実力が出せるように、あたし達も精一杯努力するからさ!」
「私も……うん……覚悟を決めるわ」
「虹夏ちゃん……喜多さん……」
虹夏ちゃんの言葉はともかく、喜多さんの言葉は後藤さんに伝えている……というより自分自身に言い聞かせているような印象を受けた。……昨日と今日、様子がおかしかったことと関係しているのかな。
まあ、それに関してはまた個別で話を聞くとして……どうなることかと思ったけど、結果的には結束バンドの結束力が高まったからヨシ!
具体的にバンドとしてどうすればいいのかは全然わかんないけど。
「でも、ぼっちがバンドになると下手っぴなのは何にも解決していない」
「お前自分から良いこと言っておいてなんで自分で台無しにしてんの!?」
良い雰囲気で終わりそうだったのに、なぜか姉貴がちゃぶ台をひっくり返すような発言をして虹夏ちゃんに盛大にツッコまれていた。……姉貴株乱高下しすぎだろ。
ただ、姉貴の言っていることは事実だし正しいから何も言い返せないけど。
「レン、なんか意見ない?」
「なぜそこで俺に振る?」
「こういうのは、当事者じゃなくて第三者の方が案外良い意見を出せたりする」
「姉貴の癖にまともなことを……」
「私、レンのこと信じてるから」
「……建設的な意見を出せなかったら?」
「失望させた罰として全員に焼肉奢る」
「じゃあ、意見を出せたら?」
「私が全力でハグしてよしよししてあげる」
「リスクと報酬が全然釣り合わないっ!!」
「そうよね。明らかに報酬が高過ぎるわ」
「逆逆! リスクが高過ぎるって意味!」
「山田くん! リョウ先輩のハグとよしよしが焼肉以下だとでも言うの!?」
「言うよ!!」
狂信者の喜多さんと一緒にすんな。
クソ姉貴め。こういう時だけ無茶振りしやがって。……他の三人は気付いてないけど、目が笑ってんだよ姉貴! こんにゃろ~。意地でも良い意見出してやるからな。覚悟しとけよこら。
とはいえ、俺は姉貴の影響で色んな音楽を聴かされていたとはいえ、演奏なんてほとんどやったことがない。そんな素人に凄腕ギタリストをどうにかするための意見を聞かせろって言われても……
待てよ……凄腕ギタリスト?
あ、この勝負、俺の勝ちだわ姉貴。
「ちょっと電話してくる」
「男? 女?」
「女」
「お姉ちゃんはレンをそんな女たらしに育てた覚えはありません!」
「そりゃ俺が姉貴の介護ばっかりしてたからな!」
俺は姉貴にそうツッコミを入れて、スマホを操作してロインを開く。ここで話すのはなんか気恥ずかしいので、スタジオを出てから通話のアイコンをタップした。
『もしもし?』
「すみません大槻先輩。聞きたいことがあるんですけど───」
わからないときは、専門家に聞けばいい。凄腕ツンデレギタリスト……大槻ヨヨコ大先輩にっ!
「ふっ……女との電話を聞かれたくないから出て行ったか。愛いヤツめ」
「レンくんにまた彼女? でも、前の彼女は受験だから別れてたよね?」
「やっぱり山田くんってモテるんですか?」
「リョウと違って顔だけじゃなくて性格も良いからね~。コミュ力だって高いし」
山田くんがスタジオを出て行ってから、彼の話題になった。あ、や、やっぱり山田くんって中学生の頃から人気者だったんですね。
そうだよね。陰キャでコミュ障な私にも優しく話しかけてくれたんだから。そんな良い人がモテないはずないもんね。顔立ちもすごく綺麗だし……羨ましい。
「レンは私の背中を見て育った」
「反面教師としてだけどね」
「しかも私のお世話を十年以上し続けている」
「だから女の子の気持ちを察する力とか、下心なく優しく接する能力とかがずば抜けてるんだよ」
「つまり今の山田くんを作り上げたのは実質リョウ先輩?」
「その通り。あれはあらゆる女の夢が詰まった私の最高傑作」
「さすがですリョウ先輩!」
「いやいや、がんばったのはレンくんだからね!?」
リョウさんとも、山田くんとも出会ってからまだ二日目だけど……リョウさんがその、ものすごく特徴的な、癖のある性格をしているっていうのはよくわかった。
あんなお姉さんが常にそばにいて、献身的にお世話をしていたら……うん。確かにあんな風に育ってもおかしくない。それに、虹夏ちゃんが言っていた下心がないっていうのもよくわかる。
きょ、今日だって朝から少しお話したけどあんまり緊張しなくて普通におしゃべりできたんだもん。他の男の子だったら、こんなことできなかったかもしれない。
「それに、虹夏もレンの人格構成に一役買っている」
「そんなことないでしょ?」
「ある。虹夏はことあるごとに『女の子はちゃんと褒めてあげないといけないよ?』とか『ただ可愛いって言うんじゃなくて、どこがどういう風に可愛いのかを具体的に伝えなきゃいけないの』とか『感情的になった女の子を優しく受け止めてあげる度量が必要だよ』とか洗脳染みたことしてた」
「洗脳じゃなくてアドバイスだよ!? レンくんが『同級生の女の子のことがよくわからない』って相談してきたから教えてあげただけで……」
「伊地知先輩。それっていつの話です?」
「え? 小学校の頃だけど」
「ダウトです」
に、虹夏ちゃん……そんなことしてたんだ。リョウさんと虹夏ちゃんに囲まれて育った山田くん……。ああ、彼のルーツって二人にあったんだね。
それに、彼があんなに可愛い喜多さんに対してもすごく自然で気安く接していた理由が分かった。
リョウさんは山田くんのお姉さんだけあって顔立ちがすごく整っている。虹夏ちゃんも下北のお洒落な女子高生って感じですごく可愛らしくて良い匂いがする。
山田くんの中で、女の子の基準が
「それに虹夏は幼馴染っていう『負け確ヒロイン要素』を持っているから、どうせメインヒロインの当て馬で終わる」
「世界中の幼馴染ヒロインに謝れ!!」
「もし伊地知先輩と山田くんが付き合い始めたら……先輩は私の叔母さんになりますね!」
「にじーば」
「湯婆婆みたいに言うな! 二人ともそこに並べ! ドラマーの筋力を思い知らせてやんよ!」
「幼馴染……暴力属性……IS……うっ、頭が……」
「フランス女に寝取られそうですね」
「喧嘩売ってんだな!? 二人とも喧嘩売ってんだな!?」
お、幼馴染は負け確ヒロイン……そ、そんな恐ろしい法則があるだなんて……。に、虹夏ちゃん。強く生きてください。私は虹夏ちゃんがどんな結末を迎えても優しく慰めてあげます。
「幼馴染以前に、レンは巨乳好きだから虹夏は対象外」
「あ~。そういえばレンくんって『年上の巨乳お姉さんに甘やかされたい』って言ってたもんね」
「山田くんもなんだかんだ男の子ですね。じゃあもし、伊地知先輩が巨乳ならどうなってました?」
「伊地知レンになってた」
「レンくんが婿入りするの!?」
きょ、巨乳好き……。そ、そうだよね。お、男の子だもんね。男の子って、みんなおっぱいが好きだもんね。ふへへっ。
私は無意識のうちに自分の胸を触っていた。べ、別に深い意味はないよ? だって山田くんと出会ってまだ二日だし。山田くんは私の初めてのお友達だから。
「あれ? でも確かレンくんの歴代彼女ってみんな同級生か年下の、ちょっと癖のある手がかかる感じの色々小さい子ばっかりじゃなかった?」
「山田くんの庇護欲と包容力が弊害になってる……」
「自分の好みと付き合う人が全然違うってあるあるだもんね~」
「伊地知先輩も彼氏がいたんですか?」
「……えへへ。内緒だよ~」
「あー、ずるーい! 可愛い顔して誤魔化そうとしないでくださいよ~」
「きゃ~っ! 喜多ちゃんに襲われちゃう~」
虹夏ちゃんと喜多ちゃんがじゃれ合ってる。あ、あれが本場の女子高生同士の絡みっ! わ、私もいつかあの領域に辿り着けるだろうか……。
「虹夏に告白していた男は悉く玉砕していた」
「おい! 人の過去を簡単にバラすな!」
「そして一時期、レンと虹夏が付き合ってるって噂が流れていた」
「ちょっ!? あれはリョウが噂を否定しなかったから被害が拡大したんでしょ!?」
「でも伊地知先輩。山田くんと結婚したらリョウ先輩の家族になれますよ?」
「そんな結婚の動機聞いたことないよ!!」
き、喜多さんがリョウさんの娘になって、山田くんと虹夏ちゃんが結婚してリョウさんの家族になって……あれ? も、もしかして私だけバンドメンバーで家族じゃない?
そ、そそそそそそそんな仲間外れ嫌ですっ!
「わ、わんわんっ……!」
「ぼっちちゃんが急にお腹見せて吠え出した!?」
「わ、私をペットにどうですか? そ、その辺の野良犬より物覚えは良いですよ」
「野良犬相手にマウント!?」
「ぼっち、お手」
「あ、あぉんっ!」
「よしよし、いい子だ。頭なでなでしてやろう」
「そ、そうですか。こ、これで私も家族ですね……ふへっ」
「あたしのギターヒーロー像が粉々に砕け散っていく!!」
や、山田くんも私が犬の真似したら頭撫でてくれるかな? ふ、ふへへ。
『それで、聞きたいことって何?』
「姉貴のバンドに新メンバーが増えたんですけどね……」
『開口一番自慢かしら?』
「昨日、メンバー集めは絶好調って言ってませんでした?」
『そういうこと言う人……嫌い』
「ごめんなさい大槻先輩! マジでごめんなさい! 何でもしますから許してください!」
『……言質取ったわよ?』
あ、やべ。大槻先輩が悲しそうな声だったから思わず「何でもします」って言っちゃったけど……まあ、大槻先輩だし大丈夫か。あの人もなんやかんやで常識人だし。
ちなみに姉貴は一日一回は俺に「何でもしますから許してください」と言っている。姉貴の「信用ならない言葉ランキング」四天王の一角ですね。
「えーっと……話戻していいですか?」
『ええ♪』
大槻先輩がご機嫌な声でそう言った。わかりやすいなこの人。
「今回加入したメンバーがリードギターなんですけど……その子の実力が飛び抜け過ぎててですね……」
『プラスの意味で?』
「はい」
『ふーん。それで、他のメンバーを見下しちゃったり?』
「それならまだ扱いやすかったですよ。全くの逆です。その子、これまではずっとソロでしか活動していなくて、バンドを組んだのが人生で初めてなんです。で、今日メンバー全員で演奏したんですけど……」
『全く息が合わなかったと?』
「おっしゃる通り」
さすが大槻先輩。話が早くて助かります。多分、大槻先輩も同じような苦労をしてきたと思うから、もしよかったら何かアドバイスを頂けないでしょうか?
『で? どういう風に息が合わなかったの? 大方、その子が一人で突っ走っちゃったのでしょうけど』
「すごい……まるで見てたみたいに言いますね。その通りです」
『……私も大昔はそうだったもの』
大昔って言うほど老け込んでないでしょ。
「それで、どうしようか色々考えた結果、俺がこういうバンド関係で一番頼りにしているのが大槻先輩だったので……」
『ふーん。良い判断ね、あなたにしては』
大槻先輩が嬉しそうな声色で言う。お世辞もあるけど、八割以上は本音だった。俺は彼女の演奏技術もそうだけど、それ以上に何事にも妥協しないストイックなところを尊敬している。
『確かに、バンドは全員で一つの音楽で作り上げるものだから、各々のメンバーが
「ある程度?」
『そうよ。周りに合わせることだけに集中して自分の個性を出せないなんてバンドマンとして死んだようなものだから』
俺はその言葉を聞いて、昔姉貴が似たようなことを言っていたことを思い出した。
『その子、リードギターなんでしょ? だったら「私の演奏についてきなさい! 遅れたヤツは置いていくわよ!」くらいの精神で……全員を引っ張るくらいの覚悟で演奏する必要があるわね』
「……少なくとも、大槻先輩はそうですもんね」
『当たり前でしょ。妥協して本来の実力を発揮できないなんて私が最も嫌うことだもの。本末転倒もいいところだわ』
ここだけ聞くと、大槻先輩がものすごく我儘で唯我独尊の王様って思うかもしれないけど……いやまあ確かにそういう一面があることも事実だけどね。でも、彼女はそれに見合った実力と……相応の努力を重ねている。
だからこそ俺は、彼女のことを本当に信頼していた。
『だから、その子が周りに合わせる練習だけじゃなくて、逆にその子の
「レベルの高い演奏で周りのメンバーの実力も引っ張り上げる、と?」
『漫画みたいにそう上手くはいかないけどね。それに、この練習はかなりキツイわ。バンドとして安定した演奏ができないストレスに、実力がかけ離れていればいるほど痛感する他のメンバーの劣等感。ぶっちゃけ、解散の理由になりえるもの』
「確かに、それはきっついですね……」
『ただ、本気で上を目指すならそういう覚悟が必要だってこと。学生バンドのお遊びで終わらせるつもりならそこまでやらなくていいんじゃない?』
大槻先輩の言葉に、俺はちくりと心が痛んだ。虹夏ちゃんが姉貴を誘ってバンドを結成して、喜多さんが姉貴に憧れて加入して、内気で人見知りな後藤さんという凄腕ギタリストと出会って……
『そもそもだけど、あなたのお姉さんのバンドは何を目標としているの?』
大槻先輩の質問に、俺は答えることができなかった。今はとにかくメンバーを集めることばかりを意識していたから、そういうところまで考えが及んでいなかったかもしれない。
いや、虹夏ちゃんには虹夏ちゃんなりの目標があるだろうし、姉貴は……聞かなくてもわかる。
『バンドとしての演奏技術を磨くことも当然だけど……そのバンドの方向性や、どこを目指しているのかっていうことを、全員で共通の認識として持っておく方がもっと大事よ』
「なる、ほど……」
俺は、大槻先輩の言葉に歯切れの悪い返事しかできなかった。
『説教染みたこと言っちゃったわね。気に障ったなら謝るわ』
「あ、いえ……そんなことないです。俺の方こそ、こういうことあんまり考えてなかったから上手く答えられなくて……」
『というか、あなたそもそもバンドメンバーじゃないでしょ? それともこれを機に加入するつもり?』
「いや、それはないです」
だって楽器できないし。俺は聴き専で推しのバンドの活動を見守る後方支援者面してる古参ファンくらいの立場がちょうどいい。
『……そう。私で良かったらギター教えてあげるけど?』
「俺、やるならドラムがいいんです」
『知り合いに良いドラマーがいるわよ? 紹介してあげるからこれを機に始めてみたらどうかしら? 大丈夫、最初はみんな怖がるけどだんだん(演奏が)気持ち良くなってくるから』
「俺と大槻先輩の性別が逆だったら普通に事案な発言ですからね」
『あとSIDEROSっていうバンドが絶賛メンバー募集中よ?』
「そっちが本音でしょ?」
俺がそう言うと電話の向こうで大槻先輩がクスッと笑うのが分かった。珍しいな、こんな風に笑うなんて。先輩っていつも仏頂面してるのに。
「大槻先輩、色々アドバイスありがとうございました。このお礼は近いうちに……」
『何でもするって言ったものね?』
「……ちっ、覚えてたか」
『忘れるわけないでしょ。さーて何してもらおうかしら』
大槻先輩のことだから常識的な範囲のお願いで済むとは思うけど。……これが姉貴ならこうはいかない。姉貴は「一生のお願い」を週一ペースで使う女なのだから。
『ま、それはゆっくり考えておくわ。……それとは別で、私も聞きたいことがあるのだけど』
「何ですか?」
珍しい。こういう電話をするときって俺が先輩に質問があるときがほとんどなんだけどな。
『その新しいギタリストと私───どっちが
なるほど納得。プライドの高い大槻先輩らしい質問だ。下手にはぐらかすとしばらく口をきいてもらえなくなるヤツですね。
「正直……大槻先輩と同レベルかそれ以上だと思います」
だからこそ、俺は大槻先輩を失望させないために本音をぶちまける。
『……そう』
数秒の沈黙の後、大槻先輩は短く答えた。
『そのギタリスト───興味があるわね』
「あれ? 俺の言葉をあっさり信じるんですか?」
『あなたの
「それに?」
大槻先輩が言い淀む。珍しい。
『私これでも───あなたのこと、結構信用してるのよ……?』
あ、やばい。すっげー嬉しいけど、めっちゃ恥ずかしい。電話越しで良かったわ。今の俺、絶対口元ニヤケてるもん。
『ちょ……何か言いなさいよ!』
俺が黙っていると大槻先輩が痺れを切らしたようにそう言った。うん、先輩も恥ずかしかったのか。可愛いですね。
「いや、大槻先輩にそう思われてたことが嬉しくて……ちょっと言葉が出なくてですね」
『恥ずかしいこと言わないでくれる!?』
「何とか言えって言ったり、言わないでって言ったり我儘ですね」
『~~~~~~~っ!!』
大槻先輩が日本語ではない謎の言語……というか奇声を上げている。うん、さすがに翻訳はできませんよ。ちゃんと人類にわかる言語を使ってください。
「あ、そうだ。来月ライブやるんでよかったら観に来ますか? チケット取っときますよ?」
『はぁ、はぁ……ライブ? ああ、そうね。……気が向いたら行くわ』
つまり絶対来てくれるってことですね。息を切らしながらハアハア言っている大槻先輩の言葉を聞きながら俺はそう結論付ける。
先輩とはまだそんなに長い付き合いじゃないけど、それでも彼女は結構わかりやすい部分があるからな。
「先輩、本当にありがとうございました。ものすごく勉強になりました」
『いいわよ、これくらい。私も今日話ができて、早くメンバー集めて本格的に活動を再開したいって強く思えるようになったから』
「また今度一緒に作戦会議しましょ」
『そうね』
「じゃあ俺、メンバー達に伝えてくるんでこれで───」
『あ、ちょっと待って!』
俺が通話を切ろうとすると、大槻先輩に呼び止められる。はて? まだ何か俺に用があったのかな?
『最後に一ついいかしら?』
「? ……どうぞ?」
何だろ一体?
『そのギタリストって───男? 女?』
何その質問? 全然予想外だったわ。
「女の子ですけど……それがどうかしました?」
『………………別に』
いや絶対なんかあるでしょ今の間! まさかそのギタリストに心当たりがあるとか? もしやもしや大槻先輩もギターヒーローについて調べててその正体を突き止めていたとか?
……それはないか。
あと、考えられることとしては……
「もしかして、嫉妬してます?」
『あーあーあー! 聞こえなーい! 電波が急に悪くなったわー! また連絡するわ! じゃあね!』
大槻先輩はわざとらしい棒読みで一方的に捲し立てて通話を切った。……なんやあの可愛い生き物。まさか本当に嫉妬していたとは。
でも気持ちはわからんでもない。俺も突然大槻先輩に仲の良い男ができて、その男について相談されたらちょっともにゃっとなるし。
……まあいっか。とりあえず有益な情報は得たし、これをみんなに伝えよう!
そして俺は意気揚々とスタジオへ戻るのだった。
「あ、レンくん帰ってきた」
「おかえり」
「結構長かったのね」
「わんわんっ」
「なんで後藤さんがみんなに撫でられてんの!?」
俺がスタジオに戻って飛び込んできたのは、後藤さんを三人で囲んで彼女の頭やら顎を撫で回している光景だった。
さ、最近の女子高生の間ではわんこプレイが流行ってるんですね。……結束バンドって俺が思ってるより遥かにやべーバンドかもしれない。
「レン、成果は?」
「……ふっ」
「ものすごいドヤ顔! こ、これはかなり期待できるんじゃない?」
「何の成果も得られませんでしたに一票」
「私もリョウ先輩に一票」
「わ、わんわんっ」
後藤さんはいつまでわんこになってるのかな? いや、可愛くて目の保養になって癒されるからいいけどさ。……うっ、やばい。庇護欲が爆発する。お、抑えろ俺!
ここで出会って二日目の女の子の頭を犬みたいに撫でてみろ。勘違いイタイタ男のレッテルを貼られてドン引きされて黒歴史として永久に記憶の底に刻まれるに違いない!!
ニコポ? ナデポ? リアルと二次元を混同した哀れな男達の末路が見える。
虹夏ちゃんをよしよししてたって? 幼馴染で今さらそんなこと気にしない間柄だからいいんだよ。
「えー……おほん。善意の情報提供者O氏の協力の下、本日の結束バンドの練習メニューが決まりました」
俺は一つ咳払いをして、四人を見回す。四人とも興味深そうな表情を浮かべて俺を見ていた。
「チキチキ『ギターヒーロースプリングC』~ついてこれるまで帰れません!~」
というわけで、大槻先輩の提案通り今日はお試しで後藤さんの突っ走った演奏に、他のメンバーががんばって合わせるっていう練習をやります。
最初は四人とも「何言ってんだこいつ」みたいな顔をしていたけど、俺が丁寧に説明したら納得してくれました。
「へー……あたし達がぼっちちゃんに合わせる。逆の発想か。面白そうだね!」
「レベルの高い演奏を間近で観られるだけでも勉強になる。……ぼっち。私達のことは気にしなくていいからさっきみたいに思いっきりやってみて」
「あ、はい」
虹夏ちゃんも姉貴も後藤さんも結構ノリ気だった。
喜多さんだけは、三人から少し離れたところで浮かない表情をしている。……そろそろ声のかけ時かな。
「喜多さん」
俺は彼女にそっと近づいて、他の三人には聞こえない小さな声で話す。
「明日、二人でちょっとお話ししようか?」
俺がそう言うと、喜多さんは一瞬緊張した表情を浮かべるも、観念したように小さく笑って頷いた。まだ何にも話してないけど、ちょっと憑き物が落ちたような表情になってるね。
「先輩達ー! 私も混ぜてくださーい!」
そして喜多さんはいつもの笑顔で三人の輪の中に入っていった。
うん。とりあえず今日の練習は大丈夫そうだね。……あとで喜多さんのことについて姉貴にも話を聞いておかないと。それと、近いうちにバンドの方向性と目標について虹夏ちゃんとも相談して……
そこでふと、俺はあることに気付いた。
あれ? なんで俺がこんなことまでやってるんだ?
ちなみに練習は全然上手くいかなかったけど、大槻先輩が懸念していたような、実力差に絶望することも、劣等感に苛まれることもなく、みんな───特に後藤さんが楽しそうでした。
めでたしめでたし。
あ、建設的な意見を出せたので姉貴がハグとよしよししてこようとしたけど、喜多さんを身代わりにしておきました。
レンくんとかいう山田の背中を見て育ち、虹夏の英才教育を受けた二人の愛の結晶
つまりリョウ虹の子共