【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#50 魂がここだよって叫ぶ

「ヨヨコ先輩、こっちっす」

「レンくんとの文化祭デート楽しかったですか~?」

「は、はぁ!? 別にデートなんかじゃないんですけどぉ!?」

 

 後藤ひとりから連絡があった後、私は結束バンドがライブを行う体育館前であくび達と合流する。もう他のバンドはライブをやっているみたいね。体育館の中から演奏する音や歌声が聴こえてくるわ。

 

「あれ~? 山田さんはどうしたんですか~?」

「……ちょっと野暮用で別行動になったのよ」

「野暮用っすか? ……あっ」

「……お労しや~。幽々がヨシヨシしてあげます~」

「レンくんにフラれちゃったんですね。今日はこの後残念会をしましょうか」

 

 楓子がとんでもないことを言い出す。この子……人畜無害なゆるふわおっとりお嬢様な見た目しているくせに、時々自覚なしでとんでもない毒を吐くのよね。ナチュラル畜生ってヤツかしら?

 

 もしや、喜多郁代と同類?

 

「ちっがうわよっ!! なんで話がそんな方向にいってるわけ!?」

「だって、これまでずっと一緒に行動してたのにいきなりいなくなるなんて……そうとしか思えないっす」

「ヨヨコ先輩が空気を読まずに思いの丈をぶちまけてしまったのかと……」

「文化祭マジックなんてなかったんですね~」

「だーかーらーっ!!」

 

 なんで私が山田にフラれたことになってるのよ!! 大体、私はあいつのことはただの友達としか思ってないんだから!! そりゃあ、確かに「もしもあいつとそういう関係になったら」っていう妄想はしたことあるわよ? でも脳内だけだから!! 脳内だけだからセーフよね!? そ、それに!! 誰だって仲の良い異性ができたらそういうことを一度くらいは考えちゃうでしょ!!

 

「で、レンさんはなんでいなくなったんすか?」

「……ちょっとした面倒事よ。大したことじゃないわ」

「大したことのない面倒事の方を優先されるって……ヨヨコ先輩」

「ヨヨコ先輩、絶対何かやらかしましたよね~?」

「なんで私が失敗したみたいな言い方するの!?」

 

 本当は大したことある用事なのよ!! でも、後藤ひとりの名誉……名誉? に関わることだからあんまり口外したくないだけだから。

 

 はぁ……それにしても、なんであの子はこのタイミングであんなことになっちゃうのよ。山田も山田で後藤ひとりを慰めた後にすぐ行動しちゃうし。……山田の性格を考えれば仕方ないのでしょうけど、そんなにあの子が大事なの?

 

「話は変わりますけど~。ヨヨコ先輩の鞄から禍々しい気配がします~。何か変なものが入ってるんですか~?」

「変な物? ああ、そういえばくじ引きでこんなものを当ててたわね」

 

 すっかり忘れていたわ。私は鞄をごそごそと漁り、超リアルな蜘蛛とゴキブリの人形を取り出す。見れば見るほど不気味ね。しかも二つとも十五センチくらいの大きさがあるし。

 

「幽々……いる?」

「ほしいです~! 」

 

 幽々がそう言ったので二つとも渡すと、ものすごく嬉しそうな笑顔になった。喜んでくれたのは嬉しいけど……いえ、人の趣味に口を出すべきじゃないわね。

 

「うおっ、めっちゃリアル。不気味っすね。ヨヨコ先輩、こんなもん当てたんすか? 相変わらず持ってますね」

「山田が蜘蛛で私がゴキブリよ」

「レンくんとの記念で取っておけばよかったんじゃないですか~?」

「こんな気味の悪い記念品いらないわよ!!」

 

 記念にするならもっとこう……なんか良い感じのものじゃないと! 具体的には何も思いつかないけど……

 

「あ、大槻ちゃん達がいる~! お~い!」

 

 幽々と楓子が蜘蛛とゴキブリの人形できゃっきゃと遊んでいると、姐さん、志麻さん、イライザさんの三人がやってきた。その後ろには……金髪の女性。確か、伊地知虹夏の姉でSTARRYの店長よね?

 

「廣井さん、さすがに校内で飲酒しちゃだめっすよ」

「大丈夫~。ここに来る前に全部飲み干してきたから。今持ってるのは空のカップだけ~」

「こいつ、普通にそこらのゴミ箱に捨てようとしてたからな」

 

 STARRYの店長が呆れたようにそう言った。ね、姐さん……さすがに学校のゴミ箱にカップ酒の残骸を捨てるのはダメですよ。

 

「星歌さんのプロレス技は参考になります。今度から廣井をシバくときは私も使わせてもらいますね」

「おう、やれやれ。口で言ってもきかんヤツには体でわからせるしかないからな」

「えー? 体罰はんたーい! そんなことしてると、すぐにヤフーニュースに載ってコメント欄が無法地帯になりますよ~?」

「昨今の情勢に逆らってこそのロックだろうが」

 

 STARRYの店長と志麻さんに挟まれているせいか、姐さんがいつもよりおとなしく見える。まさか、志麻さんや吉田店長の他にも姐さんに言うことを聞かせられる人がいたなんてね。

 

「そういや、何度かライブハウスで顔は合わせてたけどちゃんと話すのは初めてだよな? STARRYで店長やってる伊地知星歌だ。よろしく」

「あ、大槻ヨヨコです。よろしくお願いします」

 

 STARRYの店長……伊地知さんがそう言ってきたので思わず頭を下げる。……美人さんね。山田姉弟といい、伊地知姉妹といい、STARRYには顔の良い兄弟が多いわね。

 

「幽々ちゃん、ふーちゃん。この気持ち悪いの何~?」

「ヨヨコ先輩が私にくれたお土産です~」

「イライザさん、このゴキブリ凄いんですよ。目が光るんです!」

「わぁ~! 何これ何これ! 楽しそう!」

 

 お、思ったより蜘蛛とゴキブリの人形が好評みたいね。というか、目が光るのあれ!? よくそんな無駄な機能をつけようと思ったわね!

 

「ども、長谷川あくびっす。最近廣井さんがSTARRYに入り浸ってるおかげでFOLTが平和で助かってます」

「おう。その代わり虹夏とレンの心労が増えてるけどな。あとついでにウチの食費と光熱費も」

「すみません。ちゃんとこいつの給料から支払わせるんで……」

 

 あくびって姐さんのことをそんな風に思ってたの!? た、確かに姐さんは結束バンドにばかりかまってて……というか、伊地知さんのお家にも入り浸って───最近ちゃんとお風呂に入るようになったと思ったら、そういうことだったのね。

 

「あら~。ライブハウスの店長さんじゃありませんか? お久しぶりです~」

「あ、ぼっちちゃんの……どうも、お久しぶりです。今日は結束バンドのライブを観に来られたんですか?」

「そうなんですよ~。ひとりちゃんが文化祭で何かをやるなんて初めてなので……パパも気合を入れてビデオカメラを新しく買ったんですよ~」

 

 またもや見覚えのある人達が現れた。確か、一度だけ会ったことがある。後藤ひとりの家族よね? なかなかキャラの濃い一家だったから印象に残っているわ。

 

 娘のライブのために手作りの団扇まで……良いご両親ね。

 

「ぼっちちゃんの妹ちゃんかな~? 可愛いネ~!」

「後藤ふたり、五歳です!」

「ちゃんとあいさつできて偉いネ。私は清水イライザだよ~」

「いらいざ? がいじんさんですか?」

「そうだヨ~。イギリスからきたの!」

「すごい! ふたりは今、がいじんさんとお話してる!」

 

 後藤ひとりの妹、後藤ふたり。名前が強烈だったからよく覚えているわ。このご両親は一体どういうつもりで娘達にこんな名前を付けたのかしら? いや、もしかしたら私が浅学なだけでものすごく深く意味のある由緒正しい由来があるのかもしれない。そう思いたい。

 

「あ! ふたり、お姉ちゃんのこと知ってる~!」

「え? ふたりちゃん、ヨヨコ先輩のこと知ってるの?」

「うん!」

 

 ふたりちゃんはそう言いながらトコトコと私のところまで歩いて来た。ま、まさか……こんな五歳の女の子にまで存在を認知されているなんて……

 

 ふっ。どうやら私のカリスマはとどまることを知らない───

 

「メントスコーラのお姉ちゃんだー!」

 

 おんぎゃああああああああああああああああああああああああ!!!! 

 

「メントスコーラの動画……知ってるんすか?」

「あのヨヨコ先輩の黒歴史を!?」

 

 め、メントスコーラ……後藤ひとりの「ギターヒーロー」動画に対抗するために作った動画。チャンネル自体は半年くらい前に山田が作ってくれて、今はFOLTメンバーが日替わりで動画を投稿しているのよね。

 

 登録者数も十万人を越えてて、再生数も軒並み五万を超えている。

 

 私の動画以外は!!

 

「レンくんがね~。教えてくれたの。一日一回観ると幸せな気分になれるって。だからね、幼稚園のお友達にも教えてあげたんだよ~」

「そうだったんだ~。ふたりちゃんは優しいね~」

 

 楓子がふたりちゃんの頭を撫でている。や、山田……あなた、わざわざ私の動画を宣伝してくれていたのね。幼稚園児相手っていうのが意味わからないけど。

 

「再生数五十回くらいだったのが、五百回くらいまで伸びたのはふたりちゃん達のおかげだったんすね」

 

 そうよ。動画っていうのは再生数だけが正義じゃない。その人の心にどれだけ深く刺さるか……たとえ再生数が少なくても、私には……この子みたいに私の動画を心から楽しみにしてくれているファンが───

 

「でも、つまんなかった!」

 

 おげえええええええええええええええ!!!!

 

 やめて……やめて……純粋で無垢で飾り気のない五歳児の言葉は……同世代や大人達に「つまらない」と言われるよりも───心にくる!!!!

 

「ヨヨコちゃんがなんにもリアクションしなくて不気味! だから幼稚園のみんなはこの動画を観たら一週間以内に十人に広めないと死ぬって言ってた!」

「呪いの動画扱い!?」

 

 そんな理由で再生数が伸びてたの!? ちょっと待って!! ちょっと待って!! そんな真実知りたくなかった!! あ、ある意味ライブで失敗した時よりもダメージが大きいわよ!!

 

 さ、さすが後藤ひとりの妹ね……な、なかなかやるじゃない……

 

「レンくんは『この顔が味わい深くて好き』って言ってたけど、ふたりにはよくわかんなかった」

「そうっすね~。レンさんはちょっと『アレ』なところがあるっすから」

 

 アレって何よアレって!! くっそー!! 次は絶対大バズりするような動画を撮ってやるんだから!!

 

 もっとインパクトのある企画を……!! もしかして、コーラの量が足りなかった? ふっ、そこに気付くとは……やはり私は天才ね。

 

「ね~、ヨヨコちゃん。レンくんどこ? 一緒じゃないの?」

「山田はね。今ちょっとお出かけしてるのよ」

「もうすぐお姉ちゃんのライブなのに? も~。しょうがないなぁレンくんは~」

 

 ふたりちゃんは腕を組んでお姉ちゃんぶってそう言う。微笑ましいわね。絶対この子、山田が全力で甘やかすタイプだわ。

 

「遅くなった罰で怒ってあげなきゃいけないわね」

「うん! こーゆーのは()()()()が大事ってお母さんが言ってた!」

「そ、そう……」

 

 後藤ひとりの母親……大丈夫?

 

「あと、レンくんを逃すとおねえちゃんの『こんき』がなくなるって言ってた! ヨヨコちゃん『こんき』ってなぁに?」

 

 後藤ひとりの母親……大丈夫!!??

 

「根気……ながーくがんばれる力のことよ」

 

 私はふたりちゃんの質問をどうにか誤魔化し、なぜか心がもやもやしながらもみんなと一緒に体育館に入るのだった。

 

 根気……今期……婚期……まさか、ね?

 

 

 

 

 

 体育館に入ると、生徒が数百人は集まっているわね。今演奏しているバンドはいかにもなリア充オーラ全開。しかも生徒達がペンライトを振り回していて、体が思わず拒絶反応を起こしかけているけどなんとか耐える……

 

 くっ……!! 山田と一緒に文化祭を一緒に回って耐性ができたと思ったけど、まだまだ甘かったようね。

 

 思った以上に観客の数が多かったから、後ろの方で観ることになるかと思ったけど……なぜかすんなりと最前列までやってこれたのよね。

 

「うぉ~! 盛り上がってるね~! 結束バンドの出番まだ~?」

「おい、なんかやべえ人いるって!」

「酔っ払いかな?」

「先生呼ぶ?」

「あの人、ライブハウスで見たことあるよ。山田くんにお説教されてた人だ」

「山田くんって変な知り合いが多いよね」

 

 さ、さすが姐さん! 姐さんのカリスマで人だかりが、モーセが海を割ったみたいになりましたよ!

 

 あ、あこがれちゃうなー! そんけーしちゃうなー!

 

「すごい。生徒さん達がウチらから露骨に距離を取ってるっす」

「私達っていうより廣井さんからです~」

「先生が来たら廣井さんを生贄として差し出しましょう!」

 

 こら楓子! なんてこと言うの! た、確かに今の姐さんは不審者丸出しでこうなった責任の九割……いえ、七割くらいはあるけど!

 

 そ、それより! 後藤一家は大丈夫かしら? こんな奇異の目で見られる中だとさすがに居心地が悪い───

 

「よーし! ここからならひとりの勇姿をばっちりカメラに収められるぞー!」

「ひとりちゃんの顔がよく見えそうね~」

 

 あ、完全に後藤ひとりのご両親ですね。はい。

 

「志麻ちゃ~ん、抱っこして~」

「だ、抱っこ!?」

「ふたりちゃんからのお願いだヨ~? してあげなよ志麻パパ~」

「ぱ、パパとか言うな!!」

「ふたりちゃ~ん。お姉さんが抱っこしてあげーよーか?」

「変な臭いするからやだっ」

「へ、へんっ!? せんぱぁい! 私、別に臭くないですよね~?」

「いや、めっちゃ酒臭いぞ」

「ちくしょー! 世間が私に冷たすぎるー!」

 

 ふたりちゃんも大丈夫そうね。それにしても、あの子……人に甘えるのが上手だわ。成長したら、後藤ひとりよりもコミュ力がある分、とんでもない怪物になりそうね。

 

 それから私達は次の結束バンドの出番が始まるまで各々雑談していた。わ、私は三人以上の会話に混ざるのが苦手だからずっと沈黙してたけど。

 

 そして、ステージの幕が上がり……結束バンドの四人のシルエットがステージにぼんやりと浮かび上がったかと思うと、一気にライトアップされて四人の姿が現れる。

 

「みなさんこんにちはー! 結束バンドでーす! 私達は普段は学外の……STARRYっていうライブハウスで活動してまーす! 路上ライブも週一回同じ場所でやってるので気軽に観に来てくださいね~! あと、トゥイッターとインスタもやってるのでフォローよろしく~! これまでのライブ動画もオーチューブにアップしてるから一日一回再生して高評価すること!」

「みなさんの再生数(応援)収益()になります。よろしく」

「はじめましての人達も、そうじゃない人達もあたし達のライブが最高だったって思ってもらえるようにがんばりまーす!」

 

 数百人の観客を前にしても、全く物怖じせず堂々としている。そうよね。新宿FOLTでもあれだけのパフォーマンスができたんだから、今さら学校の体育館程度で怖気づく必要なんてないわ。

 

「せーのっ!」

「喜多ちゃーん!」

「喜多ちゃん可愛いー!」

 

 あちこちから喜多郁代を呼ぶ声が聞こえてきた。ずいぶん人気者なのね。まあ、あの容姿であの性格だから、さぞ友達も多いのでしょうね。

 

 べ、別に羨ましくなんてないわよ!! 友達は数じゃなくて質!! 私は広く浅くじゃなくて、狭く深く付き合うタイプだから!!

 

「虹夏ちゃーん!」

 

 伊地知虹夏まで!? た、他校なのに……ま、まあ? あの子はコミュ力高いし? 昨日のメイド喫茶ですぐに他の子達と仲良くなってたから。

 

 私は仕事に集中していてあまり他の子達と話せなかったけど……

 

 私は!! 私の責務を全うしたのよ!! 悪い!?

 

「リョウ様~!」

「こっち向いてくださーい!」

「貢がせて~!」

 

 なんか山田姉に対する声援だけおかしくない!?

 

 ……もういいわ。あの姉弟について深く考えるとこっちがドツボにハマるし。

 

 あと、後藤ひとりに対する声援は……あっ。

 

 お、落ち込む必要なんてないわよ!? 私だって別に学校のみんなにきゃーきゃー言われたことなんてないし!! というか誰も私がバンド組んでるなんて知らないでしょうし!!

 

 そう、私とあなたは似た者同士。俗世間からの声なんて気にしない孤高に生きるギタリスト。

 

 私、ここにきてようやくあなたのことを理解でき───

 

「ひとりちゃーん!」

「後藤さん、がんばれー!」

「格好良いところ見せてよー!」

 

 この裏切り者!!

 

 やっぱり私達はわかり合えないわね!! う、羨ましくなんてない!! 心にダメージなんて負ってないから!!

 

「ヨヨコちゃん大丈夫~? ふたりがよしよししてあげるね~」

 

 志麻さんに抱っこされたふたりちゃんが私の頭を撫でてくる。

 

 ふ、ふたりさん……

 

「それでは一曲目いきます! 『忘れてやらない』」

 

 私がふたりちゃんに癒されていると、一曲目が始まった。九月に新宿FOLTでもやってた曲ね。後藤ひとりが作詞した割には爽やかな印象を与える歌詞。曲調も明るくて……結束バンドの四曲の中で最も明るい曲だと言える。

 

「あれ? ぼっちさんのギターってYAMAHAでした? レスポールじゃなかったすか?」

「……あのレスポール、故障して修理中だから山田のギターを借りているのよ」

「ああ、なるほど。レンさんのギターを代わりに……」

「なんかそういうのエモいよね~。私も今度貸してもらおうかな」

「インディゴブルー。山田さんの髪色にもよく合います~」

「そのレンさんは……どこっすか?」

「私達とは別の場所で観てるんじゃないかな」

「山田さんがこのライブに来ないわけがないですもんね~」

 

 言われて思い出したけど、結局あいつ……()()()()()()()()じゃない!

 

 後藤ひとりが山田のギターを持って出てきた時点でそうだろうとは思っていたけど……

 

「う~ん……やっぱりお姉ちゃん下手! お家の方が上手!」

 

 ふたりちゃんがそう言うと、志麻さんが苦笑していた。きょ、今日お姉ちゃんの調子が悪いのには理由があるのよ、理由が!

 

「でも、確かに変っすね。音程が安定してない気が……」

「緊張? いつも使ってるギターじゃないから? いや、違うネ~」

「ぼっちちゃんはレンのギターで何回もライブやってるからな。多分、ギター自体に問題がある」

 

 う、うう……そうよね。わかる人にはわかるわよね。楽器を演奏したことがない、ここにいる生徒の大多数はこの()()に気付いていないでしょうけど。

 

「一曲目『忘れてやらない』でした~! じゃあ、ここで改めてメンバー紹介しますね! まずは結束バンドのリーダーであり、精神的支柱の包容力MAXダメ男製造機ドラマー伊地知虹夏先輩!」

「途中のダメ男製造機はいらないでしょ!?」

 

 一曲目が終わり、合間にメンバー紹介を兼ねたMCが入る。会場は意外と盛り上がっているけど、私は後藤ひとりの様子から目を離せなかった。

 

「やっぱあのギター、壊れてるんじゃないすか?」

「だよね~。さっきからずっとペグを気にしてるし」

「どこかにぶつけちゃったんでしょうか~?」

 

 そう。あくび達の言う通り、後藤ひとりが使っているギターは───故障している。

 

 そして、彼女がそれに気づいて最初に助けを求めたのが山田で、あの時の電話がそれ。

 

 彼女は結束バンドのメンバーと一緒に文化祭を回っていて、その間はギターを持ち歩いておらず、空き教室に保管しておいたらしい。もちろん、倒れたりしないようにちゃんと寝かせて置いていた。

 

 だけど、時間になって空き教室にギターを取りに戻ると、ギターが元の場所から移動していた。不思議に思った彼女がギターを取り出すと、ペグが故障していることに気付く。

 

 おそらく、彼女と同じように空き教室に荷物を取りに来た誰かが、彼女のギターを移動させる際にどこかにぶつけたり、落としたりしてしまったか。

 

 何が原因かははっきりわからないけれど、一弦のペグが完全に使い物にならなくなってしまったのでパニックになった後藤ひとりが山田に電話をしたというのが事の顛末。

 

「大丈夫。俺が絶対何とかするから安心して」

 

 山田はその電話の後、すぐに私と一緒に彼女の元へ駆けつけて、彼女に優しくそう言った。今にも泣き出しそうだった後藤ひとりは、山田の言葉で落ち着きを取り戻す。

 

 山田。本当に……そういうところよ? 

 

 そして山田は結束バンドのメンバーに事情を説明し、いつも通り平常心でライブをやってほしいと伝えた後、どこかに行ってしまい、今に至る。

 

「なるほど。そうだったんすね」

「だからぼっちちゃんの調子が悪かったんだ~」

「他のみなさんが落ち着いて演奏できていた理由にも納得です~」

 

 演奏中に弦が切れたり、ライブ中の機材トラブルは起こりうることよ。姐さんなんて自分からぶっ壊しに行ってるし。大事なのは、そういうことが起こったときに、いかに冷静に対応できるか。

 

 良い経験ができたわね、結束バンド。

 

「で、結局レンはどこに行ったんだ? 代わりのギターを探すだけなら、他のバンドの誰かに借りれば済む話だったろ?」

「そういえば……そうですね」

 

 そう。あいつのコミュ力を考えれば、他のバンドや軽音部の誰かにギターを借りるなんて簡単なはず。なのに、ライブが始まっても戻ってこないなんて……何をやっているのよ。

 

「続いて二曲目です! 『星座になれたら』」

 

 そう考えている間に二曲目が始まった。この曲も、前回のライブでやった曲ね。切なさと温かさを感じるような歌詞でバラード調の優しい曲。

 

「私、結束バンドの曲でこれが一番好きだな」

 

 そしてなぜか、店長の伊地知さんが雌顔……失礼。乙女な表情をするほどに気に入っている曲。

 

「この曲、ギターソロがあったよネ?」

「一弦が使えなくても、ぼっちさんの技量なら誤魔化しは……リードの見せ場だから無理っすね」

「じゃあ、一体どうするんだろう?」

 

 そう。この曲には二番とCメロの間にギターソロが入っている。リードギターである後藤ひとりの一番の見せ場と言っていい。ソロパート以外なら、今までのように周りのメンバーが支えながら演奏すれば曲として成立したでしょうけど。

 

「って……そんなこと言ってる場合じゃないっすよ。二弦が切れちゃったっす!」

「しかもあれ、ロック式トレモロだよネ? ペグだけならともかく、弦が切れたらさすがに私も泣きたくなっちゃうヨ……」

 

 二番の途中でギターの二弦が切れる。さすがにそんな事態になってしまうと、いつも顔色の悪い後藤ひとりの表情がさらに強張り、顔面蒼白になってしまった。

 

 さすがに同情するわ。これじゃあギターソロどころかまともに演奏を成立させることすら難しい。正直、心が折れても仕方がないでしょうね。

 

 ここまでよくがんばった。

 

 やれることは全部やった。

 

 もう、十分でしょう?

 

 

 

 ───なんて、諦めるつもりじゃないでしょうね?

 

 

 

「喜多……」

「喜多さん……」

「喜多ちゃん……」

 

 本来ならば、後藤ひとりのソロパート。だけど、壊れてしまったギターでは演奏できないソロパート。ここからCメロ、大サビへ。

 

 曲が最高潮に盛り上がる一番の場面で起こった機材トラブル。

 

 だけど、()()は───

 

 喜多郁代は、そんな絶望を吹き飛ばす。

 

 喜多郁代の───おそらくはアドリブのギターソロ。ベースの山田姉も、伊地知虹夏も聞かされていなかったのでしょうね。でも、即座にお互い頷き合って彼女に合わせたのはさすがね。バンドとしての良い信頼関係を築けているじゃない。

 

「先輩、喜多ちゃん上手になりましたね~」

「自分の力量が一番低いことを自覚してるからな。スタ練の後も、遅くまで残ってリョウや私と練習してたんだよ」

 

 後藤ひとりに遠く及ばないとはいえ、喜多郁代の成長速度には目を見張るものがある。私にもよくギターのことでロインや電話してくるし。

 

「後藤ひとりに聞けばいいじゃない」

「これ以上ひとりちゃんに負担をかけたくなくて……それに、早くひとりちゃんに追いついて───もっともっと、ひとりちゃんを支える演奏ができるようになりたいの!」

 

 電話口で、そんなことを言われたことがある。

 

 その前向きな向上心、嫌いじゃないわ。

 

 あなたにしては上出来よ、喜多郁代。このギターソロ……「星座になれたら」という曲を成立させたMVPは間違いなくあなたね。

 

 だけど、それで後藤ひとりのギターが直るというわけではない。状況は何も変わっていないのだから。

 

 こんな時、私が後藤ひとりの立場ならどうする?

 

 メンバー達が、自分の失敗を必死でカバーしてくれて、支えてくれて……

 

 燃えないわけがないわよね?

 

「姐さん、()()ください!」

「あえ? 大槻ちゃん?」

 

 失礼を承知で、私は姐さんの手から()()をひったくった。

 

 そして───

 

「後藤ひとり!!」

 

 彼女の名を呼んで()()を───空のボトルカップを投げ渡す。

 

 あなたならわかるでしょう、この意図が。

 

 あなたならできるでしょう、この技術が。

 

 あなたなら見えるでしょう、この世界が。

 

 いつまで俯いているの? いつまでそんな表情をしているの?

 

 そんなの私が許さない。

 

 さあ、前を向きなさい後藤ひとり。

 

 あなたは───私が認めたギタリストなのよ!!

 

 

 

 

 

 正直、ほとんど諦めかけていた。

 

 基本的に、ロック式トレモロギターというものは弦が一本切れてしまえば他の弦の全てのチューニングが狂ってしまうからだ。これまでは六本の弦が全部無事だったから、自分の音感を頼りにここまでなんとか誤魔化しつつ演奏をしていた。

 

 だけど、切れてしまった。弦が切れてしまったんだ。

 

 もう、このギターのチューニングは完全に狂った。

 

 どうしようもない、絶望的な状況。

 

 それでも、こんな絶望的な状況でも喜多ちゃんが、虹夏ちゃんが、リョウさんが……みんなが必死に演奏を繋いでくれている。必死で私を支えてくれている。

 

 心が震えないはずがない!!

 

 燃えないはずがない!!

 

 だけど……それでも……気持ちだけじゃ……気持ちだけじゃどうにもならな───

 

「後藤ひとり!!」

 

 その時、誰かが私の名前を叫んだ。

 

 顔を上げると、大槻さんと目が合う。と、思った瞬間、彼女は私に向かって何かを投げた。

 

 慌ててそれをキャッチすると、私に手に握られていたものは───空のボトルカップ。

 

 ぶわっ、と。

 

 全身に鳥肌が立つのを感じた。

 

 大槻さんの顔を見る。今までずっと、私には厳しい表情しか向けてくれない人だったけど、あなたの笑顔を見て……伝わった。

 

 伝わったよ大槻さん。

 

 気持ちだけじゃどうにもならない───だからあなたは、気持ち()()()()()を支えてくれるんだね。

 

 ありがとう。

 

 私は───まだやれる。

 

 

 

 

「二曲目『星座になれたら』でしたー!」

 

 そこから先は夢中で、よく覚えていない。ただ、大槻さんが渡してくれたボトルカップで……ボトルネック奏法という特殊な奏法で二曲目を演奏しきった。

 

 よくやった。よくやったよ。

 

 壊れたギターで……チューニングの狂ったギターで二曲やり切ったこと事態が奇跡だよ。

 

 でも……ここまでかな?

 

 本当は三曲目もやりたかった。だけど、この奏法で三曲目を最後までやり切るのはさすがに現実的じゃない。 

 

 虹夏ちゃん、喜多ちゃん、リョウさん、ごめんなさい。せっかくの文化祭ライブ。せっかくの……みんなの晴れ舞台。たくさん練習したのに……たくさん話し合ったのに……

 

 最後の最後で、肝心なところで私の機材トラブルのせいで……全部台無しに───

 

 

 

「後藤さん」

 

 

 

 ふと、優しい声が聞こえた。

 

 心が温かくなるような、聞き慣れた男の子の声が。

 

 

 

「おまたせ」

 

 

 

 声が聞こえた方向へ視線を向けると、彼が───山田くんがステージ袖に立っていた。

 

 ギターを───私がこれまでずっと愛用していたレスポールカスタムを携えて。

 

 ああ、君は……持ってきてくれたんだね。私が修理に出していたギターを。私が一番実力を発揮できる、使い慣れたギターを。

 

 私がここで、この舞台で最高のパフォーマンスができるように。

 

 ふらり、と。私はほとんど無意識の内に彼に歩み寄っていた。

 

「ごめん、遅くなって。もう三曲目だよね? 時間もないし、早く交換しよう」

 

 山田くんが私を安心させるような優しい口調でそう言う。彼のそんな声を聞いて、私は彼に思い切り抱き着いて泣き出したくなってしまった。

 

「チューニングは済ませてあるから、このまますぐに使えるよ」

 

 そんな気持ちをぐっとこらえ、私は山田くんとギターを交換する。

 

 彼に、何か言わなきゃいけないことが……伝えなきゃいけないことがあるのに。

 

 言葉が……言葉が上手く出てこないよ。

 

「約束、守ってね」

「……え?」

 

 そんな私に、山田くんは優しく笑いかける。

 

 

 

「最高に格好良いところ───見せてよ」

 

 

 

 最後に彼は、私の肩をポンと叩いてそう言った。

 

 熱が、灯る。

 

 私の心に───魂に。

 

 そうだ。

 

 言葉にしなくても私の思いを、存在を伝える方法があるじゃないか。ずっとずっと、私はこれまでそうやってきたじゃないか。

 

 だけどここは、ネットの世界じゃない。

 

 ここは、現実。

 

 すぐそこに、顔が見えるくらい近い場所で私達の音楽を待ってくれている人達がいる。

 

 もう迷わない。

 

 もう挫けない。

 

 もう諦めない。

 

 この先何があっても、私は、この世界で、私の存在を主張し続ける。

 

 そう。今の私は()()()()()()()()()()()

 

 私は……

 

 私は───()()()()()()()()()()()だ!!

 

 

 

 

 

「三曲目───『グルーミーグッドバイ』」




 ぽいずんを出し忘れましたが、体育館のどこかでライブを観ていると脳内補完お願いします。

 それと、ツッコミどころ満載の無理矢理な展開でごめんなさい。

 私の頭では、ぼっちちゃんにボトルネックさせつつ三曲目も演奏する展開がこれしか思いつかなかったのです。

 ギターの故障内容もガチで詳しい人は「それはねーよ」って思うかもしれませんがご容赦を。

 では、感想評価、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回、最終回!

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