【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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 最終回だよ!



#Final 後藤のブルース

「グルーミーグッドバイ」

 

 後々、結束バンドは数多の曲を世界に発信することになるが、ファンの間で「結束バンドの最高傑作は何か?」という問いに対して、必ずこの曲は最上位に上がってくる。

 

 そんな───結束バンドの代名詞とも言える曲を初めて人前で披露したライブ。

 

 それがこの文化祭。

 

「グルーミーグッドバイ」という名曲が世に出る───その瞬間に立ち会えたことを、この日を、俺は生涯忘れることはないだろう。

 

 

 

 

 

「レンくんだー! 抱っこしてー!」

 

 後藤さんにギターを渡してステージ袖から体育館内に戻ると、最前列に大槻先輩達が陣取っていたのでそちらへ向かう。

 

 すると、なぜか志麻さんに抱っこされていたふたりちゃんが俺に抱っこをせがんでくるので、そのまま彼女を抱き上げた。

 

「おっそいじゃない!」

「すみません。電車がちょっと遅延してて」

「その恰好で行ったんすか?」

「着替える時間も惜しかったから」

 

 大槻先輩がぷりぷり怒っているけど、俺はバッチリ見ましたよ。先輩が後藤さんにボトルカップを投げ渡す瞬間と、その時の笑顔を。いやー、いいもん見れましたわ。

 

 というか、後藤さんも平然とボトルネック奏法とかいうバカテクをあっさりやってのけるとは……歯ギターじゃなくてああいうスキルでパフォーマンスすればいいのに。

 

「山田しょうね~ん。私がお酒飲んでて良いこともあったでしょ?」

「その百倍悪いことが起ってますけどね」

「酷い!?」

 

 俺がそう言うと隣で志麻さんがうんうんと頷く。まあ、ボトルネック奏法っていう珍しいものが見れたから勘弁してあげましょう。ギターソロも、喜多さんがなんとか上手く繋いでくれたし。

 

 喜多さんもほんとに上手くなったよな。姉貴や星歌さんとコソ練してる成果が出たよ。

 

「や、山田っ!!」

 

 名前を呼ばれたと思ったら、ふいに背中を引っ張られる感覚に陥る。振り返ると、焦ったような表情で後ろから俺の服を掴んでいるやみさんがいた。

 

「やみさんもいたんですね。ちゃんと見えます? 抱っこしてあげましょうか?」

「せんでいいわこのアホ!! 今までどこほっつき歩いてたのよ!? ギターヒーローさんの調子がずっと悪いと思ってたらギターがぶっ壊れるし、かと思ったらあんたがいきなりギターを持ってくるし……」

 

 色々あったんですよ。色々。

 

「レンくん、このおねーちゃんだぁれ?」

「この人はね。やみちゃんって言うんだよ」

「やみちゃんかー。後藤ふたりです。よろしくねやみちゃん!」

「ご、後藤ふたり!? つ、つまりギターヒーローさんの妹さん!? ず、随分あんたと仲が良いのね」

 

 やみさんはふたりちゃんと俺の顔を交互に見ながら驚いている。と思ったら急に意地の悪い表情になって俺を肘で小突いてきた。

 

「ふーん? そーゆーこと? そーゆーことなのね?」

 

 俺をロリコンかなんかだと思ってます? 言っておきますけど、俺の好みは巨乳な年上お姉さんですからね。……あれ? そう考えるとやみさんってもしかして結構当てはまってる? でもやみさんだしなぁ……

 

「この笑顔……ふたり知ってる。めすがきだ!」

 

 ふたりちゃんの発言に俺は思わず吹き出した。ほんとにどこで覚えてくるんだそういう言葉。確かにやみさんは「わからせ適性」の高いメスガキっぽい雰囲気ありまくりだけど。

 

「だ、誰がメスガキよ!? 私はこれでも二十三さ───」

「あ、そろそろ三曲目が始まりますね。やみさん、そろそろ静かにしましょうね~」

「子供扱いすんな!」

 

 やみさんはぷんすかしながらもおとなしくなる。ステージ上では後藤さんの機材トラブルがあったものの、レスポールをしっかりと繋ぎ直して準備は整ったらしい。

 

 さて、一曲目も二曲目もまともに観れなかったから、この三曲目はしっかり楽しませてもらいましょうか。

 

 

 

 

 

 「グルーミーグッドバイ」は系統的には「忘れてやらない」に近い。爽やかでアップテンポ、後藤さんらしく陰気な部分の歌詞もあるけど、それ以上に爽やかに前向きにがんばれるような曲。

 

 姉貴がスランプに陥りながら、そんな姉貴をみんなで支えながら作った……結束バンドの結束力が存分に発揮された一曲。現時点での、彼女達の集大成と言ってもいいだろう。

 

「格好良いな……」

 

 ほとんど無意識の内にそう呟いていた。

 

「だれが?」

 

 ふたりちゃんが尋ねてくる。

 

「みんなだよ。姉貴も、虹夏ちゃんも、喜多さんも───後藤さんも……みんなみんな格好良い」

 

 ステージに立つ彼女達を見て、思う。

 

 全く物怖じしないで、決して笑顔を忘れずに歌詞に熱い思いを乗せて歌っている喜多さん。

 

 無表情だけど、内に秘めたバンドへの思いを全てベースに乗せている姉貴。

 

 みんなを支えながら、みんなの道標になりながらも自由に振舞うことが楽しくてしょうがない虹夏ちゃん。

 

 そして───この場で誰よりも高い技量を持ちながらも、ずっとずっと小さな世界に閉じこもっていた一人の少女。

 

 そんな少女が、小さな世界を打ち破り、自分の存在を───自分がここにいることを広い広い世界に知らしめる。

 

 俯いて、部屋の押入れで一人寂しくギターを弾いていた少女はもういない。

 

 顔を上げ、背筋を伸ばし、彼女は真っ直ぐに、前だけを見据えていた。

 

 ああ、やっぱり……

 

 やっぱり───君が一番格好良い。

 

 伝わってくるんだ。彼女の熱が。心を震わせるような思いが。感情が。

 

「山田……」

 

 不意に、大槻先輩が俺の名前を呼ぶ。

 

「先輩?」

 

 視線を向けると、先輩の瞳にはなぜか寂しそうな……不安そうな色が浮かんでいた。なんでそんな表情をするんだろう。こんなに……こんなにすごい演奏なのに。

 

「いえ、なんでもないわ」

 

 そして先輩は再び視線をステージに、正確には後藤さんへと向ける。同じギタリストとして、先輩にも思うところが色々あるのかもしれない。でも俺は、そうやって刺激を受けて、切磋琢磨し合って成長する……結束バンドとSIDEROSにはそんな関係になってほしい、と。

 

 心の底から願うのだった。

 

 

 

 

 

「三曲目『グルーミーグッドバイ』でしたー! ……すっごく、ものすっごく名残惜しいですが、これで結束バンドの演奏は終わりでーす!」

 

 三曲全て終わり、喜多さんがマイクで観客に向かってそう言うと、あちこちから歓声と惜しむ声が聞こえてくる。文化祭の雰囲気やノリではない、本気で彼女達の演奏をもっと聴きたいと願う声だ。

 

「最初に言った通り、路上ライブやライブハウスで精力的に活動しているので、興味が沸いた方はぜひぜひ足を運んでくださいねー! そして、今日……この場でライブを聞いてくれた人みんなが……将来、このライブを自慢できるくらいビッグな存在になります! 応援よろしくお願いします!」

 

 喜多さんがそう言って四人が頭を下げると、観客から惜しみない盛大な拍手が送られる。先輩達も、星歌さん達も、みんな同じように彼女達の演奏に敬意を、称賛を送っていた。

 

「いいぞー!」

「武道館行けー!」

「後藤さーん! 格好良よかったよー!」

「弦が切れたのによくがんばったねー!」

 

 拍手に紛れて、周囲から後藤さん個人に対する声援が聞こえてきた。確かに、二曲目のボトルネック奏法はインパクトあっただろうし、三曲目の豹変っぷりはもっと衝撃的だったからね。彼女のことを少しでも知っている人だったら猶更だ。

 

「すごい。お姉ちゃんが褒められてる」

「格好良かったからね~」

「でも、お家の方が上手。ふたりはまだまだ認めない」

「認めないか~」

 

 腕の中にいるふたりちゃんの言葉を聞いて、俺は思わず苦笑する。厳しいですね、ふたり先生は。

 

「ほら、ひとりちゃんも声援に応えて! 何か一言くらい言わないと!」

「え? え?」

 

 ステージの上で喜多さんに無茶振りされて狼狽している後藤さん。演奏が終わったら本当に別人だよね。さっきまでの凛々しさなんてどこにもない。いつものように、猫背で俯き気味になっている。

 

 そんな普段通りの彼女を見ていると、なぜか安心してしまった。

 

 だけどそんな安心感が、次の彼女の行動であっさりと粉砕されてしまう。

 

「あ? え……えっと……」

 

 マイクを向けられた後藤さんは、何を言っていいのかわからず焦っていた。アドリブにはまだまだ弱いよね。これから色んなステージに立つことになるだろうけど、こういう場面に備えて今後は練習していく必要もあるな。

 

 なんせ、後藤さんは追い詰められたら何をしでかすかわからないし。とち狂った行動に出てたびたび周囲をドン引きさせて───

 

 その瞬間、血の気が引いた。

 

 さっきまでの興奮や、身体と心を支配していた火照りが一気に冷める。

 

 彼女の格好良さと、ライブの出来に気を取られて失念していた。

 

 この状況は───めちゃくちゃやばい!!

 

 狼狽している後藤さんの視線が動いて、廣井さんの姿を捉える。な、なんでそこで廣井さんを見るのかな?

 

 この時点で、俺は嫌な予感しかしなかった。

 

 次に、最前列にいる俺達……正確には、俺と視線が交錯した、かと思いきや───例の()()()()()()()()()()()()の不気味な笑顔になる。

 

 これ、あかんやつや。

 

 後藤さんがギターを降ろし、ステージに置く。

 

 マイクを向けている喜多さんは彼女の行動の意味がわからないようで、首をかしげていた。

 

 そんな喜多さんには目もくれず、後藤さんはゆらゆらと頼りない足取りで前に進む。

 

 相変わらず、不気味な笑顔を浮かべて俺をバッチリ見つめたまま。

 

「先輩、パス」

「え? ちょ……山田っ!?」

 

 即座に危険を察知した俺は、ふたりちゃんを隣にいた大槻先輩へとパスする。この後、後藤さんがどんな行動に出るのか理解していたのは、この中で俺一人だっただろう。

 

 そして、ステージの端まで歩いてきた後藤さんはそのまま───飛んだ。

 

 両手を広げ、俺に向かって。

 

 その瞬間、俺は思い出していた。

 

 姉貴と初めてSICKHACKのライブを観に行った時のことを。

 

 廣井さんに顔面を踏まれ、酒をぶっかけられ、一升瓶で頭を殴られ、ダイブで頭突きされた忌々しい記憶。

 

 そっかー、これが走馬灯ってヤツなのかー。

 

 人間は命の危機に晒された時、脳が今までの経験を検索してその状況をどうにか回避しようとする。これが走馬灯の正体という説があるらしい。

 

 事実、この時の俺は、落下してきている後藤さんがものすごくスローに見えていた。

 

 つまり、脳が命の危機と判断したということですね。

 

 だけど俺は、すでに廣井さんで同じことを経験している。だからこそ、ほぼ無意識の内に体が動いていた。

 

 両手を広げ、彼女を受け止める。

 

 痛えっ!!

 

 ドスッという鈍い音とともに全身に走る衝撃。体育館のステージの上からとはいえ、落下してきた人間を華麗に受け止めるなんて所業は漫画かアニメの世界でしか実現不可能だ。

 

 俺は彼女が落下してきた勢いを殺せず、そのまま後ろに倒れ込んでしまう。

 

 せ、せめて後藤さんが怪我しなければ……

 

 反射的に、彼女を強く抱きしめた。

 

 ゴツンという音とともに、俺の後頭部が体育館の床と衝突して視界がチカチカと明滅する。

 

 あ、ヤバい。意識が飛びそう……

 

 体育館の床に倒れ込んだ俺が最後に見たのは───

 

 驚愕と心配の表情を浮かべて俺を見ている大槻先輩、ふたりちゃん、やみさん、志麻さん。

 

 そして

 

「ぼっちちゃんさいこーっ!!」

「お前は伝説のロックスターだ……!!」

 

 爆笑している姉貴と廣井さん。

 

 この……クソベーシスト共が……

 

 文句を言う前に、俺の意識は完全にブラックアウトしてしまった。

 

 

 

 

 

「よかったんすか? レンさんに声かけていかなくて」

「いいのよ。()()()()()になったんだし。いつ起きるかわからないでしょう?」

 

 秀華高校からの帰り道、あくびが尋ねてくる。

 

 後藤ひとりを受け止めて意識を失った山田はそのまま先生達に保健室へと運ばれ、後藤ひとりは目立った外傷もなく普通に立ち上がれてはいたけれど念のため一緒に保健室へ行ったらしい。

 

「ぼっちちゃんが間違いなく()()だったね~」

「そうですね~。良い意味でも悪い意味でも~。毎年語り継がれるんじゃないですか~?」

「学校辞めたくなるっすね」

 

 そもそもなんであのタイミングで山田に向かってダイブしたのよ!? 山田も山田で何が起こるか察知してたみたいだし!! マイクを向けられてテンパってたにしても……ああ、そういえば以前ライブで武田信玄の物真似や歯ギターをして会場をお通夜にしたこともあったわね。

 

 あ、あの子の思考回路が謎過ぎる!!

 

「でも、状況だけ見ると感極まったぼっちちゃんが大好きな男の子に愛のダイブをしたように見えるよね~」

「そうっすね。()()()()なら」

()()()()ならですね~」

 

 あの子の奇行を知らない人間の目にはそう映るでしょうね。……そう考えるとなんか腹立ってきたわ。私も今度、ライブを観に来た山田にダイブしてやろうかしら?

 

「ヨヨコ先輩……真似しちゃダメっすよ?」

「は、はぁ!? す、するわけないでしょ!! 誰が山田にダイブなんか───」

「いや、そうじゃなくて、ぼっちさんに対抗して変なパフォーマンスしないでくださいって意味だったんすけど」

 

 あくびの言葉に、私は自分の顔に熱が集まってくるのがわかった。

 

「ほうほう。やっぱりヨヨコ先輩、レンくんのことを意識してたんですね~」

「ぼっちさんの演奏に見惚れてる山田さんをすごく気にしてましたもんね~」

「ぼっちさんの演奏()()は見惚れてもしゃーないっす。めちゃくちゃ格好良かったっすから」

「し、してないわよっ!」

 

 嘘。本当は意識していた。ものすごく。

 

 後藤ひとりの本来の実力がすごいことなんてわかっていた。だから彼女の実力に対しての嫉妬心はあまりない。対抗心はものすごくあるけれど。

 

 だけど、山田はいつも……後藤ひとりの演奏している姿を見ると、子供のように純粋で期待に満ちた笑顔を浮かべる。それが本当に……たまらなく悔しい。

 

 山田と出会ったのは私の方が先だったのに。

 

 彼を取られてしまうような焦燥感、嫉妬、悔しさ。色んな感情がこみ上げてくる。山田以外の……他の誰にどう思われようと気にならないけど、彼にだけは私をもっと見てほしい。

 

 そんな幼稚な独占欲がわいてしまう。

 

 はぁ……我ながらものすごく面倒臭い性格をしているわね。

 

「確かにぼっちさんもすごかったっすけど、ウチらの一番はヨヨコ先輩っすからね」

「あくび……」

「そうですよ~。このSIDEROSはヨヨコ先輩があってこそですから!」

「そういう面倒臭いところもヨヨコ先輩の可愛いところですよ~」

「楓子、幽々……」

 

 後藤ひとりは確かにすごかった。それは認めるわ。単純なギタリストとしての力量だけなら、私よりも上かもしれない。だけどね、私達は……SIDEROSはあなた達に絶対に負けない!

 

 この四人ならどこまでだって行ける。

 

 そうでしょ?

 

「ヨヨコ先輩も元気になったことですし、ご飯食べて帰りますか?」

「いいね~。もちろんヨヨコ先輩の奢りで!」

「幽々、焼き肉がいいです~」

 

 この子達は本当に……調子がいいんだから。

 

「しょうがないわね。私が奢ってあげるわよ」

 

 今日くらいは……いいかな。

 

「焼肉だったら……JOJO苑っすね」

「さんせー!」

「久々の屍肉です~」

 

 ちょ……こら!!

 

 どこまでだって行けるって……そういう意味じゃないんだからね!!

 

 

 

 

 

 や、ややややややややややややややややってしまったああああああああああ!!!!

 

 なんてことを……なんてことをしてしまったんだ私は!!

 

 演奏が終わって喜多ちゃんに突然マイクを向けられてパニックになって、どうしていいかわからなかったからってなんで山田くんに向かってダイブしちゃったんだあああああああ!!!!

 

 うぅ……だって、山田くんと目が合って安心しちゃったから……

 

 いやいやいや!! だからってダイブはないだろっっ!! こ、これも全部お姉さんが悪い!! そうだよ!! お姉さんのライブを観た時にダイブしてたから!! お姉さんがダイブしてたから!!

 

 私は悪くねえ!! 私は悪くねえ!!

 

 そんな風に、お姉さんに責任転嫁しつつ私は保健室で途方に暮れています。

 

 ベッドでは山田くんが眠っており、意識はまだ戻っていません。頭を軽くぶつけただけだからしばらく安静にしておけば大丈夫だって保険の先生は言っていたけど……

 

 や、山田くんを傷物にしてしまった……

 

 ど、どどどどうしよう!? や、山田くんのことを好きな女の子達に闇討ちをされてしまうかもしれない!!

 

 そ、それに……もしも頭を打ったことで山田くんが記憶喪失とかになっちゃったら……

 

 それなら、私が一から何でも教えてあげて私色に染め上げて……ぶひゃっ、ぶへへへへへへっ!!

 

 って!! ダメだダメだダメだダメだ!! 私の……私の内なる大槻さんが暴走してしまう!!

 

 ええい!! 大槻退散大槻退散!!

 

 はぁ……はぁ……はぁ……ま、まったく……せ、清楚な私をここまで苦しめるとは……さ、さすが大槻さんのえちえちウイルス。その場にいなくても永続的に効果が続くんですね。

 

 私は内なる大槻さんとの激闘を終えて、改めて眠っている山田くんの寝顔を見る。

 

 ……本当に綺麗な顔だなぁ。

 

 リョウさんもだけど、羨ましくなるくらい綺麗な顔立ちをしている。肌も髪もすごく綺麗だし……ほ、本当に男の子なんだよね?

 

 そこで私はキョロキョロと周囲を見回して、誰もいないことを確認する。

 

 ……ちょ、ちょっとくらいなら触っても平気だよね? 

 

 し、下心なんかありませんよ!? ただ!! 純粋に!! 山田くんに触れてみたくなっただけですから!! そ、そうです!! 美を……美を追求するために!! あ、あと……も、もしかしたら体調が急変するかもしれないから実際に肌に触れてみて体温とか測った方がいいんじゃないかという医療行為的意味もあるので!!

 

 心の中で言い訳をしながら、私は山田くんの頬にそっと触れる。

 

 す、すべすべっ!? しかも、むにむにしてて柔らかい……ど、どんなお手入れしてるんだろう? ず、ずっと触っていられるかな。うへへ……

 

 こ、これは健康なお肌ですね~。体調には今の所問題はないみたいですぅ~。

 

 ほら!! 医療行為!! 医療行為ですから!!

 

 つ、次は髪質をチェックしましょうねぇ~。ぐへっ。

 

 あ、すごくサラサラだ。整髪料とかは使ってないんだね。て、手触りが良くてずっと撫でていたい。

 

「ん……うぅ……」

 

 ひえっ!?

 

 山田くんの寝言のようなものを聞いて、私は反射的に髪を撫でていた手を引っ込める。ち、ちちちちちち違いますよ山田くん!! 私は別にいやらしい気持ちで君に触れていたわけじゃありませんからね!?

 

 あ、ど、どうやら起きてないみたい。

 

 ふぅ……よかった。

 

 いや別に山田くんを撫で回していたことがバレなかったから安心してるわけじゃないですよ彼の体調が問題なさそうだったから安心してただけであってですね。

 

 よし、落ち着こう私。深呼吸だ。こういう時は、冷静に、今の状況を客観的に分析するんだ。

 

 放課後、保健室、私達以外誰もいない。

 

 これが今の状況。

 

 ───落ち着いていられないっっっ!!!???

 

 お、大槻さんやPAさんなら涎を流すような状況だよこれ!? き、喜多ちゃん達は片付けを手伝ってるからしばらく来ないし、保健の先生もどこかに行っちゃったし……か、完全にこの空間がえちえちウイルスに支配されているっっ!!

 

 そうか……さっきから私の行動がおかしかったり変な気分になっていたのはそのせいだったのか。

 

 大丈夫。私は清楚で硬派なギタリスト。無防備に眠っている男の子と二人きりだからと言っていやらしい気持ちになるような女じゃ……

 

「んぅ……」

 

 なんできみはそんないろっぽいこえをだすの?

 

 効いてないよ? 効いてないっすよ? だ、だだだだって、ただの寝言じゃないですかぁ~。

 

 でも……今の山田くんになら何をしても誰にも気付かれ───

 

 あ゙ーーーーーーーーーーーーーっ!!!! 忘れろ忘れろ忘れろ忘れろ!!!! 消えてしまいなさい!! 煩悩は消えてしまいなさい!! 大槻さんが……大槻さんが私をえっちな女に仕立て上げようと遠隔操作してくるぅぅぅぅぅ!!! 私は……私は絶対に屈しないんだからね!!

 

「……後藤さん、何してんの?」

「あべぇっ!?」

 

 や、やややややややややややままままままままだだだだだだだだだだくんっっっっ!!??

 

 め、目が覚めたんですね!!

 

「なんか揺れてるな~って思ったら、後藤さんがベッドに思いきり頭を打ち付けたから……」

 

 つ、つまり意識を取り戻したのは私のおかげ? いやぁ~、これは私の純粋な……純粋な!! 山田くんを心配する思いが伝わったってことですね!!

 

「後藤さん、怪我はなかった?」

「あ、はい。山田くんがかばってくれたので……や、山田くんこそ大丈夫ですか!? い、痛いところとか気分が悪いとかありませんか!?」

「後頭部がちょっと痛いくらいで、他は何ともないから安心して」

「そ、そうですか。よ、よかったです」

 

 山田くんの言葉に私はほっと胸をなでおろす。

 

「あ、あの……本当にごめんなさい。わ、私があんなことをしちゃったせいで山田くんに怪我をさせてしまって……」

「不幸な偶然が重なった結果ってことにしておこう。喜多さんに急に話を振られて混乱して、でもなんとか会場を盛り上げようとして気持ちが空回りして、廣井さんが視界に入ってダイブを思い出しちゃったんでしょ?」

「は、はい。その通りです……」

「危ないから、ダイブはもうやめようね? そんなことしなくても、後藤さんの魅力は十分伝わるから」

「あ、はい。もう二度とやりません」

「じゃあ、この話はこれでおしまい」

 

 山田くんに怒られちゃった。ちょっとしょぼーん。ど、どうしよう……こ、これで山田くんに嫌われちゃったりしたら……避けられるようになっちゃったら……

 

 そ、それはすごく……辛い。

 

「そんな顔しなくても、このくらいで嫌いになったりしないよ」

「あ……え……?」

「廣井さんにはもっと酷いことされたし、何より……俺の姉貴は山田リョウだよ?」

 

 山田くんは優しく笑ってそう言った。な、なんで私の考えてることがわかるんですか!?

 

「顔に出てる。後藤さんってわかりやすい子だよね」

 

 その言葉に、私は俯いてしまう。顔に熱が集まってきた。は、恥ずかしいっ!! た、たまたまだから!! 今日はたまたま!! ふ、普段はもっとクールなんだよ?

 

 でも……えへへ。嬉しいな。山田くんが私の気持ちを理解してくれて。私のこと、嫌いにならないでいてくれて。心がすごくぽわぽわする。

 

「三曲目の『グルーミーグッドバイ』……今までで一番の演奏だったよ」

「……え?」

「お世辞でも、なんでもない。本当に……最高に格好良かった。ありがとね、後藤さん。俺との()()、守ってくれて」

 

 ───最高に格好良いところを見せてよ。

 

 今日、私にギターを持ってきてくれた時に、そして……一緒にギターを楽器屋さんに持って行ったときに山田くんと交わした言葉。

 

「お、お礼なら……私が言わなくちゃいけないんです。あの時、山田くんが来てくれて……山田くんの言葉で、私は……私は……あんなに、がんばることができたんです」

 

 きっと、あの時の感覚は一生忘れないだろう。心が───魂が燃え上がるような、熱い熱い感覚を。

 

「だから───ありがとう」

 

 今日だけじゃない。君はずっと……出会ってからずっと……私のことを助けてくれて、支えてくれた。

 

 入学式の日、君が私に声をかけてくれたから、君が私の手を引いてくれたから、ひとりぼっちだった私に手を差し伸べてくれたから。

 

 君がいなかったら、今の私はここにいない。

 

「どういたしまして」

 

 山田くんは、優しい笑顔でそう言った。

 

 伝わったかな? 私の思い。私が君にどれだけ……どれだけ感謝しているか。

 

 うん。大丈夫。きっと……いや、必ず伝わってる。

 

「私、もう迷いません。何があっても挫けたり、諦めたりしない。私は音楽で自分を───自分達の存在を主張し続けます」

「うん。応援してるよ───ずっと」

 

 君がそばにいてくれたら、きっとどこまでもがんばれる。そんな気がする。

 

 なんてことは、恥ずかし過ぎて言えないけど。でも……これは私の紛れもない本音。

 

 いつかこの思いを伝えられたらいいな。

 

「後藤さんはちゃんと約束を果たしてくれた。じゃあ今度は、俺の番だね」

 

 お、俺の番? ほ、他に何か約束してましたっけ?

 

「覚えてる? 花火大会の時に、罰ゲームで『お願いごとを聞いてあげる』って言ってたこと」

「あ……」

 

 お、思い出しました。た、たしかあの時はみんなとの絆パワーが何一つ役に立たなくて、保留にしてたんですよね。

 

「そろそろ、お願いごとは決まったかな?」

「そ、そうですね……」

 

 きゅ、急に言われても困ります!! だ、だって……今の今まで忘れてたんですよ?

 

 山田くんにお願いしたいことって言われても……こ、これからも仲良くしてください、とか?

 

 それでもいいと思うけど……でも、本当は……

 

 山田くんともっと仲良くなりたい。

 

 これが私の本音。

 

 どうやって、もっと仲良くなればいいのかわからないけど。そ、そもそも仲の良いお友達が少ない私にとって、もっと仲良くなる方法なんて思いつくはずがない!!

 

 ぐぬぬぬぬぬぬぬぬっ!! 少ない脳みそをフル回転させろ私!! 山田くんともっと仲良くなる方法!! 山田くんともっと仲良くなる方法!! どうやって虹夏ちゃん達と仲良くなったか───

 

 あ……!

 

 お、思いついた。思いついてしまった……

 

 で、でも……本当にこれでいいの!? 変な子って思われたりしない!? 急に距離感縮めて気持ち悪いって思われたりしないかな!?

 

 う、うぅ……

 

 ふ、振り絞れ!! 勇気を振り絞れ私!! 山田くんはそんなことを思うような人じゃない!! そんなのわかってるはずだろ!!

 

「特に思いつかなかったら無理しなくていいからね?」

「あ……」

 

 山田くんが気遣ってくれている。ぐぅぅ!! こ、ここを逃せば次にいつこんなチャンスが巡ってくるかわからない!! 勇気を出せ!! 言うんだ私!!

 

 いけ!! 後藤ひとり!!

 

「な、名前……」

 

 もう一息!! もう一息だ!!

 

「名前で……呼んでも、いい……ですか……?」

 

 言えた言えた言えた!! 言えた!! よくやった!! よくやったよ私!!

 

 恥ずかしくて……ものすごく恥ずかしくて目を瞑っちゃったけど……ちゃんと言えたよ……

 

 でも怖い……山田くんの反応が……返事が怖い。どうしよう……嫌だって思われちゃったら……そんなこと言われちゃったら……私……私……

 

「じゃあ、俺も名前で呼ぶね」

 

 その言葉に、恐る恐る目を開ける。すると山田くんは、いつもの優しい笑顔の中にちょっとだけ恥じらいを含んだ表情を浮かべていた。

 

 

 

「───ひとり」

 

 

 

 トクン、と。心臓が跳ねる。名前を呼ばれただけなのに。たったそれだけのことなのに。

 

 でも、それだけのことで、私の心が温かくなって満たされていく。

 

 うん。今の私なら大丈夫。ちゃんと言える。

 

 

 

「───レンくん」

 

 

 

 ああ、顔が熱い。どうしようもないくらい、顔が熱い。恥ずかしさと喜びと満足感と……他にも色んな感情がぐちゃぐちゃに混ざり合っている。

 

 でも、不思議と嫌な感じはしない。さっきみたいに、心がぽわぽわと温かくなっている。これまでに何度か経験してきた感情。私が知らない、不思議な感情。

 

 この感情の名前を……君は……レンくんは知ってるの?

 

 たとえ知らなくても、君も私と同じ気持ちであってほしいな。

 

 

 

 

 

 この空気はまずい。

 

 女の子のことを名前で呼ぶなんて、別になんてことないはずなのに。なんでこんなにも彼女のことを名前で呼ぶと心がドキドキするんだろう。

 

 それだけ、俺にとって彼女が───ひとりが特別な存在なのかな?

 

 特別……特別……特別って言うより、()()って表現がしっくりくる気がするけど……いやいや、今はそれよりもこの空気だ!!

 

 放課後、夕暮れ時、保健室、二人きり。

 

 何か間違いが起こってもおかしくない状況。雰囲気に流されて、そういうことになりかねない状況。

 

 それだけはダメだ。絶対にダメだ。俺のこの感情に、何一つ整理がついていない曖昧な状況でそんな無責任なことはできない。

 

 落ち着いて、冷静に……何か、何かこの空気を変えるようなものは───

 

 ……見つけた。

 

「盗み聞きは趣味が悪いよ」

 

 俺がそう言うと、保健室の扉の向こうから人が動く気配を感じた。……()()()()そこにいるな?

 

「あ、あはは~バレちゃった?」

 

 扉の向こうから姉貴と虹夏ちゃんと喜多さんの三人がひょっこり顔を出す。虹夏ちゃんは気まずそうに、姉貴は意地悪い笑顔で、喜多さんがキタキタオーラ全開で……

 

 この雰囲気。かなり前から話を聞いてやがったな?

 

「虹夏ちゃんのアホ毛がはみ出てたよ」

「ほら、やっぱり虹夏のせい。もうそのアホ毛を切り落とすしかない」

「やめろーっ!! あたしの数少ないチャームポイントなんだーっ!!」

「ちなみにどの辺から聞いてた?」

「ぼっちがベッドに頭を打ち付けてるところから」

「あshぎるあhんvmf;おいhsjp:k@あ:sjhdb;おあPLpk:jぽ@*」

 

 最初からじゃんそれ!? あーあ、案の定ひとりがバグって機能停止してるし。

 

 本当に……この人達は……

 

 でも正直、助かった。あの雰囲気のままだったら、あの後どうなってたかわかんないし。

 

「ひとりちゃん! とうとう……とうとうレンくんのことを名前で呼べるようになったのね! 入学から苦節七か月……長かったわ!! 本当に長かった!!」

「fbヴぉ;ぴぽ:@ぽいぽうyひうg」

「うんうん。ひとりちゃんも名前で呼んでもらえて嬉しいのね!」

「pdcぎうひj:ぽkl@pl;:じふgyf」

「うんうん。これでもっとレンくんと仲良くなれるわね!」

 

 腹話術の人形みたいになったひとりの言葉を喜多さんが翻訳している。それ、本当に翻訳できてる? 喜多さんの願望が入り混じってない?

 

「いやー、それにしても……ぼっちちゃんの熱い思いがひしひしと伝わってきたよ。『音楽で自分達の存在を主張し続けます』って……すごく感動した!」

「あ、はい……あ、ありがとうございます」

 

 お、ひとりが復活した。今日は早い復活だったね。

 

「だからぼっちちゃん! これからもあたし達に───ううん、あたし達だけじゃない。もっともっとたくさんに人に見せてほしい」

 

 虹夏ちゃんはそう言って、ひとりに歩み寄って彼女の両手を握る。

 

 

 

 

「ぼっちちゃんのロック───ぼっち・ざ・ろっくを!」

 

 

 

 

「ぼっち・ざ・ろっく」かぁ……語感はいい。語感はいいけど……

 

「虹夏、ネーミングセンスない」

「お前には言われたくねえよ山田ァ!!」

「あの……私もちょっと……」

「喜多ちゃんまで!?」

「わ、私は良いと思いますっ……!! 『ぼっち・ざ・ろっく』えへへ……」

「賛同者がぼっちちゃんだけってすごく複雑なんだけど!?」

 

 そんな感じで、結束バンドはいつもの雰囲気でぎゃーぎゃー騒ぎ始める。この光景を見ると安心するな。この四人はこのまま……この先もずっと───こういう関係であってほしい。

 

 彼女達の笑顔を見ながら、俺はそう願うのだった。

 

 

 

 

 

「起きろ!! クソ姉貴!!」

 

 十一月四日、祝日明けの平日。冬の到来を感じ始めるような季節の今日この頃、俺は姉貴の部屋で朝っぱらから怒号を飛ばしていた。

 

「今日は学校だろうが!! 布団引っぺがすぞごらぁ!!」

「秀華高校は休みなのに私だけ学校に行くのは不公平。ここは平等に私も休むべき」

「俺は文化祭の振り替え休日なんだよ!! ベッドから引きずり下ろすぞクソ姉貴!!」

「良いこと思いついた。レン、私の制服着て代わりに学校行ってきて。秀華高校は休みだから何の問題もない」

「問題しかねえよバカタレ!!」

 

 俺は姉貴の布団を引っぺがして無理矢理ベッドから引きずり下ろそうとするも、姉貴はみっともなく布団にしがみついたままなので、そのまま床をゴロゴロ転がして簀巻き状態にする。

 

「楽しい。もっとやって」

「階段から転がり落とすぞ」

 

 俺と姉貴がぎゃーぎゃー言い合っていると、ドアがノックされた後に開かれる。そこに立っていたのは呆れた表情の虹夏ちゃん。

 

 毎朝ご迷惑おかけします。本当に。

 

「おはよう、虹夏ちゃん」

「おはよう、レンくん」

「いつも通り、お願いしていい?」

「うん。リョウのご飯持ってきてあげて」

「野菜生活はアップルがいい」

「は? マンゴーこそ至高なんだが?」

「うーん。これはわかり合えない宿命。戦争するしかない」

「リョウ! いいから早く着替えるよっ!」

 

 虹夏ちゃんと姉貴の会話を聞きながら、俺はドアを閉めて姉貴の朝食を取りに行くためにキッチンへと向かう。

 

 階段を降りていると、虹夏ちゃんが叱責するような声が聞こえてきたので思わず苦笑した。

 

 はぁ……

 

 本当に

 

 どうしようもないくらい

 

 俺の姉貴はやべーヤツだ。




 今回の投稿を持ちまして、本作は一旦完結とさせていただきます。

 今後の予定や詳細に関しては後日「あとがき」にてお知らせしたいと思います。

 ここまでお付き合いいただきありがとうございました!

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