復活しました!
番外編じゃなくて普通に本編を進めていきます。
#51 Opening
今宵の後藤ひとりは一味違うぞ!!
ああ、なんて清々しい朝なのだろうか。太陽光を目いっぱい浴びて、全身に活力が行き渡るのを実感する。
生きているって素晴らしい!!
顔を洗い、髪型を整え、虹夏ちゃんから貰った香水をつけ(レンくんの好きな香り)、喜多ちゃんに教えてもらった通りの簡単なメイクを行い、颯爽と制服に着替える。
あとは優雅なモーニングタイムですよ~! 母さん、コーヒーはエスプレッソで頼むよ?
くわああああっこいいいいいいいいいいいいいいいい!!!
今の私!! 完璧だ!! 完璧すぎる女子高生!!
パーフェクト女子高生後藤ひとり!! P・JK・GOTO-HITORI!!
洗面所の鏡の前で私は全力でリザードンポーズを決めた。
後藤ひとり伝説はここから再び始ま───
「おかーさーん! おねえちゃんがまたおばけに取り憑かれちゃったーっ!」
「お札とお塩を増やさないといけないわね~」
「ち、ちがっ……!! 待って!! 違う!! 違うから!!」
ふう。電車に乗ったら落ち着いた。そうだよ。私は完全で瀟洒で清楚で硬派なP・JK・GOTO-HITORIなんだ。いつまでも浮かれていると思ったら大間違いだよ?
でもねでもね。こんなの浮かれずにはいられないんだ。
だって……だって……
今日でバイト辞められるんだから!!!!!
あ^~幸せ過ぎる~。こんな軽い足取りで学校に向かうのなんて人生で初めて! もう何も怖くない! 今の私には、世界が輝いて見える!! リア充カップルがいちゃいちゃしながら登校していようが、今の私なら純粋に応援できるのだ!!
そう!! まさに聖母の領域!! 完全で瀟洒で清楚で硬派でパーフェクトで聖母なJKかぁ~。
くぅ~!! これには私の人気も鰻の滝登り!! 人間国宝になる日も近い!!
あ、そうそう。そもそもなんでバイトを辞められることになったのかというとね。
なんと!! 私のギターヒーローの広告収入が三十万円もあったんだ!! はい拍手~!!
今日は私の予備ギターを買いに行くことになってて、仮に十万円のギターを買ったとしても残りは二十万円。毎月一万円をバンドの活動費用として積み立てても高校を卒業するくらいまではバイトをしなくてもいい計算!!
さすが私!! 天才過ぎる!!
これでようやく……ようやくバイトから解放されるよ~。長かった……入学してから半年以上。慣れない接客のバイトをよくがんばった!!
これからはSTARRYで学んだことを活かして心機一転がんばります!! 短い間でしたが大変お世話になりました!!
あっ……でも、バイトを辞めちゃったらSTARRYでレンくんに会える機会が減っちゃうかも……
レンくん、私がいなくて寂しくならないかな? だ、大丈夫だよ? スタ練はこれからもSTARRYでやるからね? も、もぉ~しょうがないにゃぁ~。スタ練がない日もSTARRYに遊びに行ってあげますからぁ~。
レンくんは本当に寂しがり屋さんなんですね~。うへへ……
まさに!! 今こそ私のお姉ちゃん力と包容力を発揮する時!!
きょ、今日はレンくんをたくさん甘やかしてあげますよ~。
私は電車に揺られながら、レンくんとのパーフェクトなコミュニケーションを妄想するのだった。
あれ? いつもはもっと混雑しているはずなのに、今日は私の周りに人があんまりいない気がする。……快適だからヨシ!
「お、おはようございますっ……!」
「おはよう、後藤さん」
「ひとりちゃん、おはよー!」
教室の扉を勢いよく開けて中に入ると、いつも私と仲良くお話してくれる女の子達があいさつを返してくれた。ああ、友達とこうやって朝のあいさつを交わせることのなんて素晴らしいことか。
今の私には、視界に入るもの全てが輝いて見える!!
「れ、
「おはよう、
レンくんはいつものように優しく笑ってあいさつしてくれる。彼のそんな笑顔を見るだけで、心がぽかぽかと温かくなった。うへへへへ……いーっぱい甘やかしてあげるからね~。
私はそんなことを考えながら自分の席につくと、なぜか教室がざわついていた。ど、どうしたんだろう?
「今、名前で───」
「お互いに───」
「やっと付き合───」
なぜかクラスメイト達が私達の方を見ながらひそひそ話している。───ゔっ!! 中学時代のトラウマが蘇るっ!!!??
わ、私……何かやっちゃいましたぁ?
「ひとりちゃん……山田くんのこと、名前で呼ぶようになったんだね」
「あ、はい」
「(もしかして、付き合うようになったの?)」
前の席に座る女の子が周りに聞こえないようにそっと耳打ちしてきた。
つきあう? ツキアウ? 付き合う?
だ、だだだだだだだだだだだだだだだだだだだだれとだれがですかかかかかかかかっっっ!!!!????
「(山田くんとひとりちゃんが)」
お;あうしゃfdvblんじょp:@lk:;うおytpふいbdjp:lkm:;lkbjlgほ;jp:;こskhjんx;おjk!?
お、お、お、恐れ多いことをっっ!! なんと恐れ多いことをっっっ!!!
わ、わわわわわわわわわわわわ私とレンくんが付き合うなんてそんなことあるわけないじゃないですか!? そ、そんなのレンくんに申し訳ないです!! レンくんにはもっと……もっとふさわしい素敵な女の子が……
うぅ……自分でそう考えてすごく悲しくなってくるけど……
で、でもっ!
私とレンくんが付き合ってるように見えたって……それは嬉しいかな。ちょっとだけ。
嘘。すごく嬉しい。顔のニヤケが隠せないくらい嬉しい。
ぐへっ
ぐへへっ!
ぐへへへへへへへっっ!!
おっと危ない危ない。私は完全で瀟洒で清楚で硬派なP・JK・GOTO-HITORIなんだ。ここはクラスメイト達の噂を颯爽と華麗に受け流し、大人な私を見せるチャンス!!
「しょ、しょしょしょしょしょしょしょしょしょんにゃわけないでしゅよ~~~~!!」
「あ、うん。ごめん。私達の早とちりだった」
私の一言でクラスメイト達の変なざわめきはあっさりおさまった。す、すごい! もしかしてこれがカリスマ!? わ、私の内に秘めていた天才ギタリストたるカリスマがいかんなく発揮されてしまった!?
かぁ~っ! そんなつもりはなかったんだけどなぁ~! カリスマを発揮するのはステージの上でだけって決めてたんだけどなぁ~!
教室の片隅で物静かに佇む少女がステージに立つと豹変するウルトラギャップギタリスト路線を目指してたんだけどなぁ~! 仕方ねえ! 私のカリスマが溢れ出してしまった以上は仕方がねえ!
これからは教室でもカリスマ全開でいきますよ~!
はっ! 髪をふぁさーってやってみたらどうだろう!? カリスマ×髪ふぁさー=HITORI∞
私がローリングストーン誌に載る日も近いですね~。むほほほほほっ!
「あ、レンくん。飴ちゃんあげます」
「いきなりどうした!?」
カリスマ×髪ふぁさー×甘やかし=あーだめだめ!! えっちすぎます!! そういうのはまだレンくんには早いです!!
「ひとりちゃん……どうしてあんなに気持ち悪くニヤニヤしてるの?」
「わからぬ」
放課後になり、喜多さんを迎えに五組に行くと開口一番そんなことを言ってきた。言いたいことはわかるけどもうちょっとオブラートに包みなさい。
でも確かに今日のひとりは変だった。いや変なのはいつものことなんだけど、今日は朝からずっとニヤニヤしてて、俺に飴ちゃんをくれたり消しゴムやシャーペンを貸してくれたり唐突に頭を撫でてきたりと、妙なスキンシップをしてきたんだよね。
変なテレビか動画でも観たかな? この子ってすぐに影響されるから……
ただ、俺への謎スキンシップはともかく妙にテンションが高い理由は想像できる。今日はひとりのギターを買いに行くから、わくわくしているんだろう……と思いたいんだよね。でも多分、俺の想像とは全然違うことでテンションが上がってるんだろうな。
「ごとー。今日はいつもより元気だね。何かあったの?」
「あ、ささささん! わ、わかりますか? ふへへっ。こ、今宵の私は一味も二味も違うのですっ!」
「……そっか。ほれ、チョコをあげよう」
「あ、ありがとうございます」
佐々木さんが考えることを放棄した。うん、それが正しい反応だと思う。
「さあ、レンくん、喜多ちゃん! STARRYに行きましょう! 今日は大事な日なんですから!」
「どうしよう。ひとりちゃんがものすごく前向きになったのは喜ばしいことなのに嫌な予感しかしないわ」
相変わらず辛辣な喜多さんだけど、俺も喜多さんの言葉を否定できなかった。これまでの経験上、ひとりが盛大に空回るパターンに終わる気がする。
「やまだー」
ひとりが喜多さんの手をぐいぐい引いて教室から出て行ったので、ついて行こうとすると佐々木さんに呼び止められる。……なんぞね?
「後藤と名前で呼び合うようになったんだってねー?」
佐々木さんがニマニマしながら聞いてくる。はぁ~……まったく、呼び方を変えただけでこの反応。ほんとに女の子って
「……佐々木さんのこともさっつーって呼ぼうか?」
「うーん、まだウチの好感度が足りないかな」
「結構仲良くしてると思ったんだけど!?」
「ウチをそう簡単にあだ名で呼べると思うな~。もっと男を磨きたまえよ。精進するのだ少年」
佐々木さんはそう言って俺の頭を撫でた後にチロルチョコをくれた。いちごゼリーのヤツを。
「俺、チロルチョコはきなこもちが一番好きなんだ」
「これは戦争するしかない」
佐々木さんとひとしきりじゃれ合った後、ひとりと喜多さんに置いていかれた俺は慌てて二人を追いかけるのだった。
「ぼっちちゃん、なんであんなに元気なの? 普通に怖いんだけど」
「俺にもわがんにゃい」
STARRYに到着してひとりが元気にあいさつをした直後の虹夏ちゃんの反応がこれである。喜多さんといい、ちょっと酷くない? いや気持ちはわからんでもないよ。きっとこの後にひとりがとんでもない空回りをすることが確定しているとしても……もうちょっとこう、手心のあるリアクションをしてあげてほしいというか。
「あ、に、虹夏ちゃん。リョウさん。ありがとうございます」
「何何何!? 何に対してのお礼!? 理由がわかんな過ぎて怖い!! すごく良い笑顔なのも余計に怖い!!」
虹夏ちゃんはそう言って俺の後ろにさっと隠れる。でもひとりはそんなことは全く気にせず、てきぱきとした動きでテーブルや機材を片付け、ライブハウス内を掃除していた。
「おお、ぼっちがいきなり超サイヤ人みたいになった」
「シュウィンシュウィンっていう効果音が聞こえてきますね」
「ナメック星……前回のあらすじ……進まない本編……うっ……頭が……」
「レンくんが変なところでダメージを受けてる」
もうひとりがどんな風に変態しようがどんな奇行に走ろうが俺達はあんまり驚かない。黄金のオーラを纏って髪の毛が逆立っていても「後藤ひとり」だからという理由で納得できる。俺達の間には、それはそれは素晴らしい信頼関係ができあがっているのだ!
「て、ててて店長さん……!」
「ん? ぼっちちゃん、どーしたの?」
珍しい。ひとりが星歌さんに話しかけるなんて。星歌さんはひとりのことが大好きだけど、ひとりは星歌さんのことを怖がってるから完全に一方通行だったのに。
「あ、あのあのあの……ふ、二人でおは、おはにゃし……お話ししたいことが……」
「!!??」
あ、星歌さんのアホ毛がブンブン左右に動いてる。虹夏ちゃんと同じく、機嫌が良かったり嬉しいことがあるとあんな反応になるんだよね。
星歌さん……美人さんで良かったね。アラサーのおっさんが女子高生に話しかけられて興奮してたら通報物だったよ。
「わ、わかった。じゃ、じゃあ……ちょっとあっちで話そうか?」
「は、はい」
星歌さんはそう言ってひとりをスタジオ内に連れ込もうとする。
……あれ? これ普通に事案じゃね? なんかもう、星歌さんの反応が恋する乙女って言うより、好きな子を目の前にした男子中学生にしか見えない。
大丈夫かなぁ?
俺の心配なんて露知らず、星歌さんは嬉しさと恥ずかしさを隠せない表情でひとりと一緒にスタジオへ入っていった。
「何の話だろうね?」
「……お姉ちゃんと話すってことは、バンド関係じゃなさそう。かといって日常生活のことを相談するならもっと頼りになる人がいるよね?」
「星歌さんがまるで頼りにならないみたいな言い方だ」
「だって一人だとダメダメだもん」
「俺の姉貴と同じだね!」
「そう! リョウとお揃い!」
「郁代。幼馴染と弟がナチュラルにディスってくる」
「リョウ先輩はそのままが一番です! 何があっても私が全肯定してあげますからね!」
バンドメンバーの一人が自分達を差し置いて身近な大人と秘密の話をしているというのに、他の三人は全く心配するそぶりを見せなかった。まあ、かくいう俺も全然心配してないんだけどね。
ほんとにヤバいことだったらご両親か……自惚れかもしれないけど俺に相談してくれるだろうし。
「何の話をしてるか賭けよう」
「賭け金ないくせに何言ってんだ」
「私はレンの財布を担保に郁代銀行から融資を引き出す!!」
「リョウ先輩、いくらでも貸します! どうぞお納めください!」
「……姉貴?」
「あ、まずい。レンがマジ切れする二歩手前。郁代、財布しまって」
ひとりと星歌さんが何やら話している間に俺達は俺達でぐだぐだ雑談していた。ちなみに二人が話しているであろう内容は満場一致で「バイトのこと」だったので、賭けは成立しませんでした。
数分後、ご機嫌な様子でスタジオから出てきた星歌さんとは対照的に、ひとりはいつもの猫背で俯き気味な暗い表情に戻っていた。あ、やっぱり盛大に空回ったみたいだね。
「お姉ちゃん。何の話だったの?」
「ああ、『これからも誠心誠意バイトをがんばります』ってさ。お前らもぼっちちゃんを見習えよ」
「ひとりちゃんがわざわざそんなことを……妙ね」
「あのぼっちちゃんがバイトに対してそんな前向きな……妙だ」
喜多さんと虹夏ちゃんがものすごく失礼なことを言っているけど、残念ながら俺も二人に同意見。ひとりもこの半年でかなり成長したけど、いきなり星歌さんにそんな前向き宣言をするほど成長したとも思えない。
それにひとりの暗い表情。……本当に言いたかったことを言えなかったパターンか。むしろ本音とは真逆のことを言ってしまった可能性が高い。
バイトに対する前向き宣言と真逆……あっ。
「ひとり」
「な、ななななななんでしょう!?」
「今日、この後ギターを買いに行くけど、お金はちゃんと持ってきてる?」
「あ、はい。ギターヒーロー動画の広告収入が入ったので……」
「広告収入!? ぼっち、いくら!? いくら入ったの!?」
姉貴がここぞとばかりに会話に割り込んできた。こういう時だけ反応が早いなこの女。
「あ、えっと……三十万円くらい」
「ぼっち様、犬とお呼びください」
「あ、ええっ!?」
「見損なったわひとりちゃん! リョウ先輩をペットにするなんて……」
「なっ!? ち、ちがっ……」
「くっ……リョウ先輩がひとりちゃんのペットになった以上、先輩の娘である私もひとりちゃんの犬になるしかないようね」
何言ってんだこの女?
「わんわん!」
「わんわん!」
姉貴と喜多さんが後藤さんの前でしゃがみ込んで犬の鳴き真似をしている光景を、虹夏ちゃんはものすごく冷めた表情で見ていた。俺はこの事態をどうやって収拾をつけようか思案しつつ、ひとりの今日の奇行の原因に気付いてしまう。
広告収入が三十万円入りました。十万円程度のギターを購入しても手元に二十万円残ります。その二十万円をバンドのノルマに当てればバイトをしなくていい。だからバイトを辞めてやろう! 善は急げ! 星歌さんにバイトを辞めるって言うぞー! 言えませんでした。ちゃんちゃん。
多分、こんな感じだと思う。なんともまあ……ひとりらしいね。星歌さんはそんなひとりの本音に微塵も気付かずご機嫌になってるし。
うん、このことは俺の心の内にとどめておくとしよう。それが一番いい。
とりあえず、犬っころになってる姉貴を喜多さんをどうにかしてひとりを助けてあげるか。
「姉貴、喜多さん。お手」
「わんわん!」
「わんわん!」
俺が二人の前にしゃがんで手を差し出すと、二人が素直にお手をしてくれたのでひとりがご褒美に飴ちゃんを渡していた。自分の姉と学年の人気者を犬扱いしてクラスメイトの女の子に餌付けさせる。背徳的な光景だね。
その後、なぜかひとりは虹夏ちゃんに「星歌さんが欲しいものを聞いてほしい」とお願いするも……
「いらねーだって」
「お、終わった……」
虹夏ちゃんからの無情な返事にひとりは絶望することになる。そんな彼女を尻目に星歌さんの様子をうかがうと、星歌さんは星歌さんで恋する女子中学生みたいな表情になっていた。まーた変な勘違いが起こってるな。
……しゃーない。後でひとりにフォローを入れておこう。
結束バンドの四人がSTARRYから出ていくのを確認して、俺は修理に出す自分のギターが入ったギターケースを背負って四人を追いかけるのだった。
「はぁ~……ぼっちちゃんが私のことを好き過ぎて辛い」
「え……店長。普通に気持ち悪いです」
俺の知らないところでPAさんの星歌さんに対する評価がだだ下がりしたらしい。
「こんにちは~」
「あ、山田くん。この前は大変だったね。ライブに間に合った?」
「間に合ったと言えば間に合いました」
STARRYを出た俺達は御茶ノ水にあるイシバシ楽器へとやって来る。ここは前にひとりのレスポールを修理に出したお店で、俺と姉貴は割とお世話になっているところだ。店内に入ると、店長さんがにこやかに笑いながら話しかけてくれた。
「君も来てくれたんだね。ギターの調子はどうかな?」
「だ、だだだだだだ大丈夫です。こ、この度は大変丁重にご修理いただいて誠にありががががががっっっ!?」
「おお、ぼっちが店員さんとちゃんと会話してる」
「成長したなぁ~ぼっちちゃん。感慨深いよ」
「溶け具合も三割。耐久力もだいぶ上がったわね~」
店長さんがひとりに話しかけると、案の定ひとりがバグりかけるも、辛うじて生物としての原形をとどめつつなんとか会話を成立させていた。結束バンドの三人も腕を組んで後方支援者面して頷いてるし。
「でもこの前はびっくりしたよ~。執事服のコスプレした山田くんが突然ギターを取りに来たんだから」
「あの時はツッコまなかったけど、そういえばレンくんってあの恰好で電車に乗ったの!?」
「……一刻を争う事態だったから」
羞恥心は確かにあった。電車に乗ったら変な注目浴びちゃったし。しかも帰りはギターケースを背負っているというおまけつき。ギターケースを背負ったイケメン執事。ちょっと意味がわからないですね。
「それで、今日は何の御用かな?」
「今度は俺のギターが壊れちゃったので修理のお願いと……この子の新しいギターを買いに」
「そうなんだ~。最近の学生さんは何本もギターを持ってるものね。ゆっくり見ていってくださいね。あと、試奏したかったら気軽に声をかけてください」
「ひゃ、あひゃい……」
気軽に声をかけるのがひとりにとっては一番ハードルが高いんだよな。おどおどしているひとりを見守りつつ、俺は修理依頼用紙に必要事項を記入していく。
「ぼっち。三十万円あるならそれなりのハイエンドモデルが買える。三階に行こう。私がハイエンドの素晴らしさをレクチャーしてやるぜ」
「あ、あ、そ、そんなに高いのを買うつもりはありません……」
「ふっ、わかっていないなぼっち。ハイエンドモデルを買ってトゥイッターに投稿すればこんなにたくさんの『いいね』がもらえるんだ。ハイエンドは基本的に作りがしっかりしていて音がいい。レスポンスに差はあるけど、ぼっちの技量なら十分使いこなせる。眺めているだけでも楽しいし、ライブでお客さんから『こいつ、ティーズ使ってるとかわかってるじゃん』って思われるよ。まさに良いことずくめ。さあぼっち、こっちにおいで。私と一緒にハイエンドの沼にはまろう」
「あ、あ、あ……たくさんの『いいね』……称賛の声……お客さんからの『わかってるなこいつ』視線……」
「そうだよぉ。気持ちいいよぉ~」
「そこまでにしとけやクソ姉貴」
姉貴がひとりの耳元で囁きながら洗脳していたので、姉貴の制服の襟元を掴んでひとりから引きはがす。ほんとに油断も隙もねーなこいつ。
「でも、レンだってぼっちが『ティーズ』や『サー』を使いこなしているところ見たいでしょ?」
「ぐっ……そ、それは見たいけど。でも、強制するもんじゃないだろ。本当に自分が欲しいものを買わないと愛着がなくなって姉貴みたいにすぐに売り飛ばすことになるからな」
「売ったお金でまた新しいものを買う。これぞ『マイニューギア・ループ』」
「まい、にゅー……ぎあ?」
「興味を持ったなぼっち。マイニューギアというのは───」
「おいバカやめろ。これ以上ひとりに変なこと教えるな」
楽器屋に来てテンションが上がった姉貴はいつもの十倍くらい饒舌になっている。ほんとに……ほんとにこいつは自分の好きな物のことになると早口になるよな!
それに、絶対にひとりにマイニューギアなんてさせないからな! この子は承認欲求が人の十倍くらいあるんだから一度マイニューギアを覚えたら絶対にろくなことにならない!
「……楽しそーだねー。これがバンドでよくある『ドラマー孤独問題』かぁ……」
「虹夏先輩! 私がいるじゃないですか!」
「喜多ちゃんは混ざらなくていいの?」
「私はギターと多弦ベースを間違えて買った女ですよ? あの三人についていけるわけないじゃないですか」
「そんなこともあったね~」
「ほら先輩。こっちに可愛いストラップとかピックがたくさんありますよ」
「あ、これとか喜多ちゃんのギターに合いそうだね」
俺が姉貴と格闘している間に虹夏ちゃんと喜多さんは小物コーナーできゃっきゃと戯れていたみたいです。俺もあっちに混ざりたかった。
その後は三階のハイエンドコーナーを覗いてみたり、姉貴が全力で試奏してドヤ顔を晒したりと各々好き勝手に楽しんでいたんだけど……ひとりのギターを買いに来たんだからね?
「あ、じ、実は……買うギターはもう決めてあるんです」
「え? そうなの?」
三階から降りてくるなり、ひとりはそう言った。い、意外だ。ひとりってこういうのは結構時間をかけるタイプだと思ってたのに。どんなギターにするんだろう?
ファッションセンスがぶっ飛んでいたからちょっと怖いけど……さ、さすがに変形ギターとかは買わないよね?
「こ、これです……」
俺が内心戦々恐々としていると、ひとりが一本のギターの前で立ち止まった。
あ……これって……
「YAMAHAのパシフィカ。レンと同じモデル」
「は、はい。レンくんに借りたギターがすごく使いやすくて……み、見た目も格好良かったので……」
ひとりが頬を染めながら、照れ臭そうにそう言った。あ、やべ。なんか俺もちょっと恥ずかしくなってきたよ。
「レンくんとお揃い! レンくんとお揃いなのねひとりちゃん! うん、いいわ! すっごくいいわ! それにしましょう! すぐに買いましょう!」
「黒か~。レンくんは青だったし、二人で並ぶと絵になるかもね~」
「虹夏先輩ナイスです! さあレンくん! ギターを出してひとりちゃんの隣に立ちなさい! 写真撮ってあげるわ!」
「もうお店の人に預けたから」
「奪い返してきて!」
無茶苦茶言うなこの女。
喜多さんのテンションが無駄に高かったけど、ひとりは無事にギターを買えたみたいだ。
俺とお揃い……お揃いかぁ。確かに恥ずかしい。恥ずかしいけど……何だろう。すごく、嬉しい。
「実はこのギター、私がメンテナンスしてたんですよ。すごく作りが良くて気に入っていたんです。お客様に選ばれて、この子も喜んでるでしょうから、大切にしてあげてくださいね」
「は、はい。ありがとう、ございましゅ……」
ひとりは引き攣った笑顔で会計を済ませ、店長さんからギターを受け取る。
(新しい、ギター……私の、ギター。し、しかもお揃い。レンくんと……お揃い……うへっ。うへへへへへへっ!!)
「わかるぞぼっち。新しい楽器を手に入れたらそんな顔にもなる」
「いいなぁ~。ドラムは一式新しく揃えたところで持ち運べないから絵にならないし。かといってキックペダルだけ買い替えても……」
「……俺も自分のドラムスティック買おうかな」
「ほんと!? じゃあね、じゃあね! 今度一緒に秋葉に行こうね! あたしがぴったりの選んであげるから! そのままレンくんをドラムの沼に沈めてあげる!」
最近はドラムを叩いて遊ぶことも多くなったから、軽い気持ちでそう言うと虹夏ちゃんが思い切り食いついてきた。ドラマーってこういうところがあるよね。人口が少ないから同族意識がすごく強いんだ。
「ひとりちゃん大変よ! 虹夏先輩が寝取りクソ女ムーブをしているわ! くっ……幼馴染はその距離感に胡坐をかいた結果ぽっと出のヒロインに男の子を寝取られて曇る側じゃなかったの!?」
「喜多ちゃん今ものすごい暴言吐いてるからね!?」
「ふっ……虹夏やぼっちがどうしようが、レンが最初に触れた楽器はベース。これは決して覆しようのない事実。原初に刻まれたベーシスト魂はおっぱいギタリストや幼馴染ドラマーで上書きなんぞできんよ」
なんか勝手に盛り上がり始めた。楽器の話じゃなければとんでもない修羅場になってたね。と、俺は他人事のように考える。
「山田くん……この子達、大丈夫?」
「大丈夫です。いつものことなんで」
「さ、最近の高校生はすごいんだね……」
店長さんが軽く引いていた。俺はもうこの雰囲気に慣れちゃったから何も思わないけど、世間一般の常識で考えてみると……そういう反応にもなるよね。
とはいえ、これ以上騒がれるとお店の迷惑になるからそろそろ止めに入るか。
そう考えたところで、スマホに着信が入る。ポケットから取り出して画面を見ると、吉田店長からだった。なんだろう? バイトの助っ人依頼かな?
「もしもし」
『あ、山田ちゃん? いきなりごめんね~。今、電話大丈夫かしら?』
「はい、大丈夫ですよ」
『ちょっとね~。結束バンドちゃん達にお願いしたいことがあるんだけど……』
あ、バイトの依頼じゃないんですね。というか、結束バンドへの依頼だったら直接虹夏ちゃんに連絡すればいいのに。なんか俺が仲介役みたいになってるな。
「ちょっと待ってください。今ちょうどみんなといるのでスピーカーに切り替えますね。おーい、虹夏ちゃん達、ちょっとちゅうもーく! 新宿FOLTの吉田店長から電話ー!」
俺は四人に呼び掛けて、スピーカーモードに切り替えながら思う。そういえば、夏休みにもこんなことがあったような……
あの時の吉田店長の用事は確か───
『結束バンドちゃん達、聞こえてる~? いきなりで悪いんだけど、十二月二十四日のクリスマスイブにウチでライブしてくれないかしら~?』
吉田店長がそう言った数秒後、虹夏ちゃんと喜多さんの驚きの声が店内に響き渡った。
完全に営業妨害ですね。店長さんごめんなさい。
とまあこんな感じで、文化祭ライブを無事に終えた結束バンドの次のステージは新宿FOLTでの二回目のライブに決まったんだ。
来年の三月には「Tokyo Music Rise」の春大会が実施される。今年の夏は予選落ちしたからそのリベンジに向けて……来年の夏の「未確認ライオット」に向けて……
結束バンドの快進撃がここから始まる!!
と、いいなぁ……
あ、ちなみにイシバシ楽器の店長さんから星歌さんの悪行を聞かされたから今度思いっきり弄ってあげよう。