【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#56 こう呼ばせてくれないか

 打ち上げ兼生誕祭はつつがなく進み、各々写真を撮り合ったりおしゃべりしたりと思い思いに過ごしていた。俺もみんなと写真を撮ったり、イライザさんと秋アニメについて語り合っていたんだけど、廣井さんをシバいている時にまーた星歌さんが俺に何かを訴えかけるような視線を向けてきたんだよね。

 

 今度は何ですか?

 

(わ、私もぼっちちゃんとツーショット撮りたいっ!!)

 

 星歌さんはひとりと俺を交互にチラチラ見ながらそわそわしている。俺はそんな星歌さんの様子を見て、彼女が何を考えているのか理解できてしまった。

 

 あのさぁ……

 

 はぁ。今回だけですよ?

 

 できないこともないので、俺は星歌さんの望みを再び叶えてあげることにする。

 

「喜多さん喜多さん」

「どうしたのレンくん?」

「あのね。星歌さんへのプレゼント授与式の時になんだけど───」

 

 俺は喜多さんに声をかけて、星歌さんの欲ぼ……願望を叶えるために喜多さんにある提案をする。すると、喜多さんは目をキタキタさせて提案を快諾してくれた。

 

 この方法ならみんなに不自然に思われないでしょう。多分。

 

 

 

 

 

「ではでは~! 遅くなりましたがこれから伊地知星歌さんへの誕生日プレゼント授与式を始めまーす!」

 

 喜多さんはそう言うと、星歌さんに「お誕生日おめでとう」と書かれたタスキをかけて彼女をみんなの前に立たせる。

 

 星歌さん、クールを装ってるのかもしれないですけどアホ毛がブンブン動き回っててわくわくしてるのがバレバレですからね?

 

 ほんとにあざといなこのアラサー。

 

「すみません……急だったから大したものが用意できず、菓子折りです」

「いやいやこいつらが勝手に言い出したことだからな!? むしろ気を遣わせてすまん!」

「せんぱ~い! 私は肉と現金が当たるポイントシートをあげまーす! ……あ、期限切れてた」

「ゴミ」

「私からはおすすめのコスメグッズよ。星歌ちゃんは美人なんだからもっとお洒落に気を遣わないとダ~メっ!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 志麻さんは菓子折り……廣井さんの迷惑料も入ってそうだな。で、その廣井さんのプレゼントは二秒で破り捨てられて吉田店長はコスメグッズを渡していた。そういえば吉田店長って新宿FOLTのオーチューブチャンネルでメイク動画を上げてたよな。

 

「私からはこれ~! 私()が作った冬コミ同人誌第一号! 私のサイン入りですヨ~!」

 

 同人誌……ペン入れ、ベタ塗り、手首の痛み、発狂……うっ……頭が……

 

「……可愛い絵柄だ。ありがとう」

「えへへ。どういたしまして~!」

 

 あ、思ったより喜んでくれてる。可愛い女の子達が登場するゆるふわ日常系きらら百合アニメ原作だったからよかったんですね。

 

「星歌さん、それには俺達の血と汗と涙と怨念が詰まっているので大事にしてくださいね」

「最後の怨念はいらねーだろ!?」

「ううん。間違いなくあたし達の怨念がこもってるんだよ、お姉ちゃん。あの空間は……あの空間は狂気に満ちていた」

「お前らどんな環境で同人誌を作ったんだよ!?」

 

 そらもう……ね?

 

「その、口で説明するのは難しいんです」

「星歌ちゃん、世の中には知らない方がいいこともあるのよ」

「岩下に吉田店長まで!? なんか急にこの可愛い漫画が呪いのアイテムに思えてきたんだけど!?」

 

 星歌さんはぎゃーぎゃー言ってたけど、せっかくなので俺と虹夏ちゃんも同人誌にサインを書くことにする。よかったですね星歌さん。正真正銘の一点物ですよ。

 

「えー、ウチらからは歌をプレゼントしたいと思います」

「ほ、ほんとに歌うの!?」

「ヨヨコ先ぱ~い、いっぱい練習したじゃないですか~」

「ほらほら、行きますよ~」

 

 恥ずかしそうにしている大槻先輩の背中を押して、SIDEROSの四人が前に出る。そして、あくびちゃんがスマホをスピーカーにセットして音楽を流し始めた。

 

 彼女達が歌ったのはYUIの「Happy Birthday to you you」

 

 定番のお誕生日ソングだけど、オリジナルの振り付けがあったりして四人ともすごく可愛かった。お子様組の三人は割とノリノリなんだけど、先輩は終始恥ずかしそうに顔を赤くしていてそれが余計に可愛く見えたんだよね。

 

 星歌さんはちょっと泣きそうになってるし。あの……まだ結束バンドからのプレゼントが残ってますからね?

 

「私からはハーバリウムとお花のリップです! 映えますよ~!」

「綺麗だな。ありがとう」

 

 喜多さんのプレゼントは彼女らしいお洒落な物だった。リップはともかくハーバリウムって発想は男の俺からは出てこなかったな。

 

「て、てててててててててて店長しゃん……! わ、わわわ私からはこ、ここ、これでしゅっ……」

「ぼっちちゃん……」

 

 そして問題の……いや問題じゃなくてある意味メインディッシュであるひとりのプレゼントだ。俺、あくびちゃん、佐々木さんの三人と一緒に原宿に買いに行ったマイメロちゃんの可愛いぬいぐるみ。

 

 星歌さんは受け取るなり、例によって恋する女子中学生みたいな表情になってアホ毛が最高潮にブンブン動いていた。露骨にひとりの時だけ反応が違う。何なら涙流してない? 

 

 この後に俺と姉貴がプレゼントを渡すんだけど。

 

「ありがとう……ありがとうなぼっちちゃん。大事にするよ……」

「あ、はい……(お、怒ってない? 喜んでくれてる? で、でも震えてちょっと泣いてるような……も、もし機嫌を損ねてたらバイト辞めるどころじゃない!?)」

 

 ひとりは勘違いしてそうだけど、星歌さんめっちゃ喜んでるからね? 今までのプレゼントの中で一番喜んでるからね? あんなにぬいぐるみをぎゅっと抱き締めちゃってまあ……

 

 ひとりに抱き着かなかっただけよしとしよう。

 

「山田姉弟からはこれです。まずは『猿でもわかる料理本』」

「初手からとんでもねえな」

「次にエプロンとキッチンミトン」

「あ、可愛い……」

「最後にこれ。私が選んだスチームケース。材料を入れてレンジでチンするだけでカレーもスープもパスタも作れる」

「リョウにしてはまともなものを選んだな。……ありがとう」

「ふふんっ」

 

 姉貴は全力でドヤ顔してるけど、姉貴の負担額は百円で残り全部俺が出したからね? まあ、一緒に買いに行って選んでくれたからそれはそれで助かったけどさ。 

 

 最初は消え物にしようと思ったけど、やっぱり女子力アップアイテムの方がいいという結論になったのでこのラインナップになりました。

 

「スチームケースは結局あたしが使うことになりそう……」

「虹夏ちゃんは来年受験生だから家事の負担を少しでも減らす意味も込めて選んだんだよね」

「そうなんだ? ……えへへ。ありがとっ!」

 

 虹夏ちゃんは嬉しそうにアホ毛を振りながらそう言った。今はまだいいけど、一年後は受験の修羅場を迎えているだろうから、それまでに星歌さんがちょっとでも家事ができるようになればという俺の願いがこもっていたりもする。

 

「じゃあ最後に、レンくんの提案で店長とプレゼントをあげた人で一緒に写真を撮っていきまーす!」

(きたああああああああああああああああああああ!! レン、有能!! 有能!! いつでも虹夏を嫁にしていいぞ!!)

 

 星歌さんの「ひとりとツーショットを撮りたい」という願望を叶えるための策。星歌さんが貰ったプレゼントを持って、あげた人と一緒にツーショットを撮るっていう流れにすれば自然だからね。……当のひとりは顔を青くしてるけど。

 

「ほらひとりちゃん! もっと店長さんの方に寄って!」

「あ、ひゃ、ひゃい……し、失礼しましゅ……」

「お、おう……(幸せ過ぎて死ぬかもしれん)」

 

 だからその恋する女子中学生みたいな反応……いや、今の星歌さんは修学旅行で女子と写真を撮ることになった男子中学生だな。見てるこっちが恥ずかしいわ! 虹夏ちゃんは完全に冷めた表情してるし。こんな提案しちゃってごめんね? でも今日だけは星歌さんのわがままを許してあげて。

 

 あ、虹夏ちゃんはあとで個別に星歌さんにプレゼントをあげるらしいけど大丈夫? ちゃんとあげられる? 

 

 とまあ、色々あったけど……クリスマスライブの打ち上げ兼星歌さんの生誕三十周年記念パーティーは終了して、この後はみんなでレンタルルームの片付けと掃除をして帰りました。うん、楽しかったからヨシ!

 

 

 

 

 

 打ち上げが終わって解散した後、私は家の近くにある公園でブランコに揺られていた。ぱらぱらと弱弱しいながらも雪が降っている。ホワイトクリスマスだ、なんてロマンチックな雰囲気に浸るつもりはない……というか、そんなことを考える余裕がないわ!!

 

 私はここに、ある人物を呼び出している。目的はその人のために用意したクリスマスプレゼントを渡すため。

 

 本当ならさっきの打ち上げの時にこっそり渡せればよかったのだけど、そのタイミングがなくて結局打ち上げが終わるまで渡せないまま……どころか二人でゆっくり話をする暇もなかったのよ。

 

 打ち上げ自体はすごく楽しかったわ。私は三人以上の集まりが苦手でサンタのコスプレとかさせられたけど……ああやって仲の良い人達とわいわいしながらご飯を食べるのは好き。学校ではいつも一人だし。

 

 ええい!! 学校のことは忘れなさい!! 私にはSIDEROSが……新宿FOLTがあるでしょう!! 別に学校でぼっちだからって友達が一人もいないわけじゃないんだから!!

 

 そう、友達……友達よ。

 

 彼は、私にとって人生で初めての友達。私にとって、特別な人。

 

 そんな大事な人にクリスマスプレゼントをあげる。うん、別に何も不自然なところはないわね。他意はない!! 他意はないのよ!! 普段の感謝と、これからも仲良くしてねっていう私からのメッセージ!!

 

 この体の震えだって、緊張じゃなくて寒いからに決まってるわ!!

 

 嘘。ほんとはすっごく緊張してる。

 

 このプレゼントだって、一週間くらい前にSIDEROSのみんなに相談してかなり長考して決めたんだから。

 

『ヨヨコ先輩、相談ってなんすか?』

『あ、あのね。こ、これは私の()の話なんだけど……』

『はあ……(そういやヨヨコ先輩って妹さんがいたんすよね。会ったことはないっすけど)』

『わ、私の妹が……友達にクリスマスプレゼントを贈ろうとしてて、でも……その……あ、相手が男の子だから何をあげていいのかわからないみたいで。あ、あくまで妹の話よ!? 妹のことなんだからね!?』

『そっすか(絶対ヨヨコ先輩とレンさんのことっすね)』

 

 今思えばあくびは私の態度を怪しんでいたけど……ば、バレてないわよね? その後はすごく真剣に相談に乗ってくれたし。

 

『妹さんとその男の子は仲が良いんですか~?』

『と、友達だから当然よ。妹にとって初めての友達で、よくロインしたり相談し合ったりしてるみたいなのよね』

『ほうほう……(ヨヨコ先輩、隠す気あるのかなぁ)』

『それで~妹さんはやま……そのお友達のことをどう思ってるんですか~? ただのお友達? それとも男の子として好きなんですか~?』

『す、好きって!? た、ただの友達に決まってるでしょう!? あ、あくまで妹が言うにはだけどね!!』

『……そっすか(これでレンさんのことだと気付かれてないと思ってるんすかね)』

 

 山田は確かに良いヤツよ。優しいし色々と面倒見がよくて私のこともこの一年半で何度も助けてくれたもの。だからその……山田にはたくさん感謝してるけど、す、す、好きとかそういうのじゃないから!! いや嫌いじゃないのよ!? 一人の人間としては好きよ。ただその……恋愛的な好きじゃないの! 

 

 そもそも恋愛ってどんなものかわからないし……山田と出会うまで友達すらいなかったし……

 

『普通のお友達なら、そんなに高い物をあげる必要はないっすね』

『そうだね。高過ぎると()()()だって思われちゃうだろうし~』

『幽々は実用的な物とかがいいと思います~。学校でよく使う物とか~』

『あとはお菓子! 手作りのお菓子とかいいですよ~!』

『学校で使う実用的な物、手作りのお菓子……参考になるわね。あっ……い、妹にそう伝えておくわね!』

『……お菓子は私がヨヨコ先輩に作り方を教えてあげますよ。そうすればヨヨコ先輩も妹さんに教えられますよね~?』

『あ、ありがとう楓子。妹に! ちゃんと教えるわ!』

 

 そういうわけで、楓子にお菓子のレシピを教えてもらって雑貨屋でお洒落なペンケースを買ったのよ。ペンケースなら毎日学校で使うでしょうから実用的でそこまで高価じゃない。うん、我ながら良いチョイスね! それに、みんなのアドバイスもすごく参考になったわ。

 

 みんな私のことじゃなくて妹のことだって信じ込んでるみたいだし。ふー……これで変にあの子達に問い詰められることもないわね。

 

 あとは山田が来るのを待ってプレゼントを渡すだけ。

 

 うん……それだけよ。それだけ。感謝の気持ちを伝えるだけ。それ以外に……余計な感情なんてあるわけないわ。

 

 そもそも、山田だって私のことはそういう目で見ていないでしょうし。もしも、山田が私のことをそんな風に思っていたとしたら、今のような関係は築けなかったと思うわ。

 

 だから、だから……こんなに心臓がバクバクしているのは初めて友達にプレゼントをあげるから緊張しているだけで───

 

「先輩、お待たせしました!」

「わひゃい!?」

 

 いきなり声をかけられて私は思わず変な声をあげてしまう。な、何てタイミングで現れるのよ!? あなたっていつもそうよね!? 

 

「寒い中お待たせしてすみません。温かい飲み物買ってきたのでどうぞ」

「あ、ありがとう」

 

 山田からホットココアの缶を受け取る。思った以上に手がかじかんでいたらしく、缶から掌に温かさがじんわりと広がっていく感覚が心地良かった。

 

「あ、先輩。ちょっと失礼しますね」

「は、あ……え……?」

 

 山田はそう言って、私の返答も待たずに私のコートや髪の毛についていた雪を手で払っていく。

 

「───っと、すみません。頭にも結構雪がついてたんで」

「べ、別に気にしてないわ。……ありがと」

 

 私はそう言って表情を見られないようにマフラーで顔の下半分を隠す。や、山田に他意はない!! 他意はないのよ!! 今のは山田のお姉さんにやる時と一緒で、山田の条件反射みたいなものなんだから!!

 

「それで、先輩。用事っていうのは……」

「そ、そうだったわね。えっと……その……あれよあれ!! あ、あなたに渡したいものがあるの!!」

「渡したい物、ですか……?」

 

 山田は不思議そうに首をかしげる。くっ……私はこんなに緊張しているのに憎たらしいくらいいつも通りの態度ね。彼のそんな様子に安心するけど、なぜかほんの少しだけ不満に思ってしまう。

 

 ───もうちょっと、意識してくれてもいいじゃない。

 

 って!! なんでだ!! 意識しなくていい!! 意識しなくていいのよ!! 山田の態度は正解正解大正解!! ヨヨコちゃんポイント十ポイント進呈!! 百ポイント集めれば……集めればどうなるのかしら?

 

 いやいや、そんなことはどうでもいい。と、とにかくプレゼントを渡さないと……

 

「んっ! んっ!」

「えっと、これは……?」

 

 私は山田にペンケースと手作りお菓子の入った紙袋を渡す。山田は不思議そうな表情で受け取ると、紙袋と私の顔を交互に見てきた。わ、私の口から言わせる気? いつもの察しの良さはどうしたのよ!?

 

「あの……もしかして、クリスマスプレゼントですか?」

「んっ!」

「『んっ!』だけじゃわかんないっすよ」

 

 山田はそう言って朗らかに笑う。そんな彼の笑顔を見て、私も肩の力が抜けて心と体が軽くなるのがわかった。

 

「開けてもいいですか?」

「は、恥ずかしいから家に帰ってから開けて!」

「じゃあ開けますね」

「聞いた意味!!」

 

 山田は私の言葉を無視して笑いながら紙袋から包装された包みを取り出して、丁寧に開いた。

 

 ゔっ!? なんだか急に気分が悪く……に、逃げ出したくなってきたわ……

 

「オロビアンコのペンケース……すごくお洒落で俺好みの色です! ありがとうございます大槻先輩! 実家の神棚に飾って毎日拝ませてもらいますね!」

「使いなさいよ!?」

 

 なんで家宝みたいな扱いにしようとしてるの!? も、もしかして……き、気に入らなかったとか……だとしたらすごく───

 

「冗談です。新しいペンケース、ちょうど欲しかったところなんですよ。大事に使わせてもらいますね」

 

 山田はそう言って、すごく優しい表情でペンケースを紙袋に戻す。よ、よかった。気に入ってもらえたみたいで……でも、そんな意地悪な冗談言わなくてもいいじゃない。ちょっとだけ本気にしちゃったでしょ? ……ちょっとだけ。

 

「それとこっちは……マフィンですか?」

「そうよ。りんごと紅茶のマフィン」

「もしかして、先輩の手作りです?」

 

 その言葉に、私は恥ずかしくなって返事ができずに顔を逸らしてしまう。そんな私を見て、山田はクスッと笑ってマフィンの包みを開いて一口食べた。

 

 ちょ!? 待ちなさいよ!! 普通いきなりその場で食べる!? わ、私にも心の準備が───

 

「美味しいです。ものすごく! ありがとうございます、先輩!」

 

 あ、待って……やばいやばいやばい!! 顔のニヤケが……顔のニヤケが抑えられない。美味しいって……美味しいって言ってくれた。えへへ……う、嬉しい。がんばって作った甲斐があったわ。

 

「ほら、先輩も一緒に食べましょうよ。あっちにベンチもありますしね」

「……へ?」

「さ、行きましょ!」

「あ、ちょ……ちょっと!」

 

 山田は私の返事も待たずに私の手を取って歩いていく。

 

 温かい。

 

 彼と手を繋ぐ。これまでにも何度かあったけれど、その度に私は少しだけ、ほんの少しだけ緊張していた。……本当にほんの少しだけよ?

 

 でも今は、彼の手から伝わってくる温かさがすごく心地良い。

 

 そして私達はベンチに並んで座ってマフィンを食べる。いつもより近い距離で。二人の肩が触れ合うくらいの距離で。

 

「先輩ってこういうお菓子作りも得意だったんですね。知りませんでした」

「……楓子に教えてもらったのよ」

「あー、そういえばふーちゃんってFOLTのチャンネルでお菓子作りの動画をアップしてましたね。先輩もメントスコーラじゃなくてああいう動画にすればいいのに」

「わ、私があんなのやったって人気でないでしょ!?」

「メントスコーラよりは人気出ますって」

 

 あの動画……結構自信あったのに。そこまで言うなら次はあなたの言う通りのネタで動画を作ってあげるわよ。でもそれで人気が出なかったら今度は二人でコーラの特大ボトルでメントスコーラ動画を作るからね。

 

「あの、先輩……」

「どうしたの?」

 

 それからしばらく二人で話をして、ふいに話題が途切れた時に山田が気まずそうに口を開く。

 

「その、ごめんなさい。俺……先輩にプレゼントを貰えるなんて思ってなくて、何も用意してないんです……」

「別にいいわよ。これはあなたに対する感謝の気持ちなんだから」

「感謝って……俺の方が先輩のお世話になって甘えちゃって……」

 

 山田はちょっぴり落ち込んだような、申し訳ないような表情で私を見てくるので私は思わず笑ってしまった。こういうところは本当に年下の男の子って感じね。

 

「あ、じゃあ……何かしてほしいことってありますか? 何でもは無理ですけど……姉貴以上の無茶振りでさえなければ大抵のことはできますから」

「してほしいことって。突然言われてもね……」

 

 山田にしてほしいこと。そう言われて真っ先に頭をよぎったことがある。それは「後藤ひとりとの関係について教えてほしい」だった。ただ、二人が付き合っているということはないでしょうね。もしもそうだとしたら、山田が私の呼び出しに応じるはずがないもの。

 

 彼女がいるのに、他の女性とクリスマスに二人きりになるような状況を山田がよしとするはずがない。

 

 ただ、気になるものは気になる。

 

 だって……いつからそうなのかは知らないけど、二人は私が知らない間に名前で呼び合うようになっていたんだから。

 

 別に、山田が誰のことを名前で呼ぼうが気にならなかったのに。何ならあくび達のことは初対面で名前で呼んでいたのに。

 

 だけど、後藤ひとりだけは違った。理由はよくわからないけど、山田と彼女がすごく親密になっている……それを考えるとなぜかモヤモヤと心に霧がかかったような不思議な気持ちになってしまうのだ。

 

 私の方が山田と早く出会ったのに。

 

 私の方が山田と早く仲良くなったのに。

 

 なぜか後藤ひとりには、彼女に対してだけは嫉妬心に似た感情を抱いてしまう。きっと、同じギタリストとして強く意識しているのでしょうね。うん……そうに違いないわ。絶対。

 

 だってこんなにも、()()()()()()と思ってしまう相手なんてあの子が初めてなんだもの。

 

 だから……だから……

 

「私も───」

 

 名前で呼んでほしい。

 

 そう、言いたかった。

 

 でも、言えなかった。

 

 別になんてことはない……傍から見れば、大したことのない小さなお願いのはずなのに。小学生や、幼稚園児だって仲の良いお友達に気軽に言えるようなお願いなのに。

 

 言えなかった。普段は言いたいことをすぐに口出す私なのに、言えなかった。

 

 実は、彼は一度だけ……私のことを名前で呼んでくれたことがある。

 

 江の島からの帰り道、電車の中で……眠った()()をしている私の耳元で、彼は私の名前を囁いた。

 

「な、なんでもないわ……よ、用事も終わったし、そろそろ帰るわね。寒いから風邪とか引かないようにするのよ? そ、それじゃあ───」

「あ、待ってください。()()()先輩!」

 

 立ち上がって逃げるように帰ろうとする私を、山田が呼び止める。

 

 って、ちょっと待って……あなた、今───

 

「す、すみません。急に名前で呼んじゃって……えっと、なんだかんだ俺達って出会って一年半くらいじゃないですか? こう、色々とタイミングを逃してたというかなんというか……あの、嫌だったら全然……今まで通りでいいので」

 

 珍しく、山田が焦って取り繕うようにそう言った。

 

 嫌じゃない……全然嫌じゃないわ。だけど、その……急すぎて言葉が出てこなかったというか……

 

 驚きはした。すごくびっくりしたわ。でも、それ以上に───嬉しかった。

 

 名前で呼ばれたこと以上に……私がそうしてほしいと言葉にしなくても、私の思いが彼に通じたような気がしたから。

 

 でも、それだけじゃだめ。一方的に思いが通じていると思い込んでちゃだめなのよ。ちゃんと……ちゃんと言葉にしないと伝わらないこともある。

 

「い、嫌じゃないわよ───レン」

 

 だから私も、彼の名前を呼ぶ。恥ずかしさも、緊張もある。だけど、温かい感情で心が満たされていくのがわかった。

 

 名前を呼び合う。友達同士ならなんてことのない当たり前の行為なのに、今の私には、たったそれだけのことがすごく特別だった。

 

「な、なんか改めて名前で呼ぶってなると、恥ずかしいですね……」

「そ、そうね」

 

 どうやら彼も同じ気持ちらしい。いつもはもっとしっかりしてて余裕があるように見えるのに、今の彼は本当に……年相応の男の子に見える。

 

「あ、あのね……レン。その……」

「はい」

 

 うん。恥ずかしい。やっぱりすごく恥ずかしい。今は二人だけだからいいけど……もしも、みんなの前で名前を呼ばなければいけなくなったとき、ちゃんと呼べる自信がないわ。

 

「さっきあなたが言ってた『してほしいこと』だけど……その……な、名前で呼ぶのは()()()()のときだけにしましょう? ふ、深い意味はないのよ? ただ、ね……えっと……みんなの前だとちょっとだけ、ほんのちょっとだけ恥ずかしいから」

 

 私がそう言うと、レンは一瞬目を丸くした後、頬を赤く染めて俯いてしまう。ど、どうしたの!? わ、私変なこと言っちゃったかしら!? だ、だって仕方ないでしょ! 恥ずかしいものは恥ずかしいんだから!

 

「───いなぁ、先輩は……」

「……え?」

「ずるいですよ、ヨヨコ先輩。そんな言い方されたら……」

「あ……そ、そんなおかしな言い方だったかしら?」

「そうやって自覚がないところが───もっとずるいっす」

 

 レンはマフラーで顔の下半分を隠しながらそう言った。

 

 えぇ!? そ、そんなに気持ち悪い言い方だった!? だ、だとしたらものすごくショック……よかった。レン以外の誰にも見られてなくてよかった。

 

「とにかく、わかりました。名前で呼ぶのはこうやって二人だけの時にしましょう」

「そ、そうよ。も、もちろん他の人には内緒だからね? 二人だけの秘密よ?」

「……ほんとにそーゆーとこですよ、先輩」

 

 な、何が!? 何がそういうところなの!? ちょ、こらっ! 笑ってないではっきり言いなさい!

 

「ヨヨコ先輩。そろそろいい時間ですし、送っていきますよ」

 

 スマホを確認すると、確かに終電がなくなりそうな時間だった。

 

「大丈夫よ。私の家、すぐそこだもの」

「あ、そうだったんですね」

「あなたこそ急いだほうがいいわよ。終電逃しちゃったら帰れないでしょ?」

 

 ま、まあ? もしも電車がなくなったら(うち)に泊まって……いやいやいや! それはないでしょ! 普通にレンの親御さんに連絡して迎えに来てもらえばいいでしょ! だ、大体……SIDEROSの子達だってまだ家に呼んだことないのに、いきなり深夜に男の子を連れ帰ったら家族が何て言うか……そ、想像したくない!

 

「じゃあ、帰ります。ヨヨコ先輩、本当にありがとうございました! 大事に使わせてもらいますね!」

「私も……喜んでもらえて嬉しかったわ」

 

 あくび達にも感謝しないといけないわね。……そうだ。メンバー達を初詣に誘ってみようかしら? と、友達と初めての初詣……どの神社がいいか色々調べてみましょう。

 

「ヨヨコ先輩、最後に写真撮りましょうよ」

「え? しゃ、写真……?」

「ほらほら、時間がないからもっとこっちに寄ってください」

「ちょ、ちょっと……!」

 

 レンが私の肩に腕を回してぎゅっと抱き寄せてくる。気付けば彼の顔が間近にあったので一瞬だけ心臓が跳ねるけど、彼の甘い香りと体温に触れて心が落ち着くのがわかった。

 

「じゃあ、撮りますねー」

 

 レンは腕を伸ばしてスマホを構える。そして、合図と同時に無機質なシャッター音とフラッシュ。

 

「珍しく先輩がちゃんとカメラ目線だ」

「べ、別に珍しくはないでしょ!?」

 

 彼からロインに写真が送られてくる。写真で見ると思ったよりも二人の距離が近いわね。……これは絶対あくび達に見つからないようにしましょう。何を言われるかわかったものじゃないわ。

 

「じゃあ、今度こそ帰ります。ほんとに終電が危なくなってきた」

「ええ、気を付けてね」

 

 彼はそう言って立ち上がった。

 

 次に会えるのはいつかしら。きっと、年が明けてからでしょうけど……来年もこうしてレンと、彼と仲良くできればいいな。

 

「そうだ先輩。最後に本音を言っておきますけどね……」

 

 背を向けて歩き出そうとしたレンが振り返る。な、何を言うつもりかしら……

 

「俺、姉貴以外の女の子からクリスマスプレゼントをもらったのって初めてなんです。だからめちゃくちゃ恥ずかしくて……そういうのを先輩に気付かれないように誤魔化そうとして、途中で変なこと言っちゃいました」

 

 彼は恥ずかしそうに頬を染めながらそう言った。

 

 待って。ちょっと待って。つ、つまりあの時の……私のプレゼントを家宝扱いするような発言はただの照れ隠───

 

 それに気づいて、私は自分の頬が熱くなるのを感じた。

 

「でも本当に───本当に嬉しかったです! メリークリスマス、ヨヨコ先輩!」

 

 そして彼は、それだけ言って私の言葉を待たずに背を向けて走り去っていく。

 

 そんな彼の背中を、私はただ黙って見ていることしかできなかった。

 

 ああ、どうしよう……

 

 私はベンチに座り込んだまま、熱を持ったままの頬に両手を当てる。

 

 「次に会う時───どんな顔すればいいのよ……」

 

 私の小さな小さな呟きは雪の降る夜の闇に溶けていくのだった。

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