絶対に逃亡してはいけない結束バンド24時
「どの辺でお弁当食べようか?」
「あそこのベンチが空いているわ。天気が良いし、外で食べるのも気持ち良さそうね」
後藤さんがギターヒーローだという衝撃の事実から一夜明けて、俺はお昼休みに喜多さんを呼び出して中庭のベンチに仲良く二人並んでお弁当を食べることにした。
言うまでもないけど、ここ数日喜多さんの様子がおかしかった理由を聞くためだ。
あ、後藤さんは今日はちゃんと制服を着てましたよ。ほんとなんで昨日はあんなピンクジャージだったんだろ。俺、深夜のドンキでしかあんなジャージ着てる人見たことないよ。
「喜多さん、俺の自信作のだし巻き卵と何かおかず交換しよ?」
「そのお弁当って山田くんが作ったの!?」
「昨日から母さんの体調が悪かったから、今日の朝は俺が作った」
今日だけじゃなくて、俺の両親は忙しいから夕食を作れない時がたまにあるんだ。で、そういうときは出前にしたりもするんだけど、虹夏ちゃんに……
「料理ができる男の子はモテるよ」
って言われて、虹夏ちゃん先生ご指導の下料理を覚えたんだ。自分一人のためだけに作るのは面倒だけど、誰かに食べてもらうためなら俺は全力を出せる。
やってみると意外と楽しいしね。後片付けは面倒だけど。
だから、作るのは俺。片付けるのは姉貴って役割分担してるんだ。最初、姉貴は食べる専門だったけど「働かざる者食うべからず」で押し切った俺が見事勝利をおさめました!
「料理までできるなんて。……君の欠点って何?」
「納豆を食えない」
「人間的な意味の欠点よ!」
「……歴代彼女が俺のタイプじゃない面倒な女の子ばっかり」
「なるほど、ダメ女製造機ね」
俺の姉貴がダメ女筆頭だからね。そのお世話をしてたから……。待てよ? それなら俺が姉貴をもっと突き放せば自立するんじゃ───
ありえないね。俺の魂に庇護欲が刻まれているのと同じで、姉貴の魂にもダメ女十箇条が刻まれているんだ。もう手遅れです。あんな姉貴を受けて入れてくれるスパダリが登場することを俺は切に願います。
「じゃあ、ミニハンバーグと交換しましょ!」
「……こうしてみると、俺達って付き合ってるみたいだね」
「君を全力でリョウ先輩と思いながらお弁当を味わうわ」
「うーんこのフラグを立てる気が微塵もない反応」
「さっきのセリフ、感情がこもらない感じがリョウ先輩にそっくりだったわよ」
マジかよ!? めっちゃショックだわ。……こういう時、俺はちゃんと姉貴の弟なんだということをあらためて思い知らされるな。
「そういうこと、他の女の子に気軽に言っちゃダメよ?」
「虹夏ちゃんじゃないんだから言わないよ」
「伊地知先輩ってそんな頻繁に口説くようなセリフ言ってるの!?」
「下北沢の『思わせぶり女選手権(中学生の部)』で三連覇を果たした女だ……」
「一体どれだけの男の屍を築き上げてきたのかしら」
「一説によると、クラスの八割の男子が虹夏ちゃんに惚れていたらしい」
「学級崩壊レベル!!」
で、そんな虹夏ちゃんと俺が付き合っているという噂が流れたんだけど……あの時は大変だったなあ。と、俺は遠い目で過去を思い返す。
でも、虹夏ちゃんが本当にすごいのは、それだけモテるのに女の子から全然嫌われてなかったってところなんだ。普通、嫉妬やら何やらで男の十倍はドロドロしてそうな女子中学生なのに、全然そんなことはなかったんだよね。
人望が厚いとか、カリスマ性があるとかそういうレベルじゃない……というか、俺の語彙力じゃ虹夏ちゃんのすごさを表現できないな。
まあ、そんな虹夏ちゃんだからこそ、姉貴があんなに懐いているんだけど。
「伊地知先輩ってすごいのね……」
「うん。ほんとにすごい」
虹夏ちゃんがいなかったら、姉貴は二度とベースを弾くことはなかっただろうな。あの時の俺はどうしようもなく無力だった。
って、だめだめ。今はそんな暗い過去に思いを馳せてる場合じゃない。
喜多さんの話を聞くために呼び出したんだから。
本題を思い出した俺は、お弁当を急いで片付ける。うん、我ながら上出来。だし巻きも喜多さんに好評だったし、今度は後藤さんにも食べてもらうかな。……後藤さんの好物ってなんだろ?
俺でも作れる物だったらいいんだけど。
「じゃあ、お話しましょ」
「そうだね」
喜多さんもお弁当を食べ終わり、俺は思考を切り替える。さーて、どういう風に話を切り出したもんか。
「山田くんは、私の様子がおかしかった理由はわかってる?」
「なんとなーく、ね。ただ、昨日姉貴にも相談したから、ほぼ正解だっていう自信はあるよ」
「リョウ先輩も気づいてたのね……そうよね。ひとりちゃんのこともすぐに見抜いちゃったんだもの」
喜多さんにはいつもの元気がなく、俯いて大きなため息を吐いていた。
「もうわかっているみたいだけど……それでも言わせてもらうわね」
喜多さんの言葉に、俺は頷く。こういうことは、内容よりも
「私、ギターを全く弾けないのよ」
喜多さんは、申し訳なさそうに……でも、どこかすっきりとした穏やかな表情を浮かべる。
ずっと、打ち明けたかったんだろうなと、俺は彼女の表情から察することができた。
「でも、リョウ先輩とバンドを組みたかったら……弾けるって嘘ついちゃって……」
概ね、俺と姉貴が予想した通りだった。喜多さんが頑なに合わせの練習をしようとしなかったこと、後藤さんがギタリストであるということを見抜いた姉貴に対する反応。その後の態度の変化。色々と推察できる要素はあったんだ。
「正直に言えばよかったのに」
「そうしないとバンドに入れてもらえないと思ったのよ……それに」
「それに?」
「憧れの人に、すこしでも良い格好しておきたいじゃない」
「あー……それは確かに」
俺だって理想の年上巨乳なお姉さんが現れたら全力で格好つけると思う。まあ、こういう感情は俺や喜多さんに限らず、人間誰しもが持っていることだから、ある程度は仕方ないんだけどね。
「いつかはバレるって思ってたのよ……でも、言うタイミングを逃しちゃって。それで……後藤さんが加入して、本格的に活動が始まりそうになって……ライブの日程も決まって……」
「不安要素が色々重なったんだね」
「うん……でもね、山田くんが昨日、私に『二人でお話ししよう』って言ってくれた時、怖いよりも安心したって言う気持ちの方が強かったのよ?」
「誰かに話したかったんだね」
俺が優しい声色で言うと、喜多さんは涙目になりながら頷いた。こういう時、すぐに具体的にアドバイスを言う必要はない。特に女の子が相手なら。
自分の言いたいことを最大限受け入れて同意してくれる相手。女の子がこういう状況で求めているのはそういう相手だから。
男相手だったら、もう少し理論的に話したり具体的な内容にまで踏み込んでいいんだけど。
女の子って本当に難しい生き物だよね。まあ、俺の姉貴はその中でも上位に位置しているから、こういう状況には慣れっこだよ。
「それで、喜多さんはどうしたい?」
ここでもまだ、俺の主張は必要ない。大事なのは彼女の意思なのだから。
「私は……先輩達に、ひとりちゃんに、みんなに謝りたいわ……」
「うんうん。それはすごく大事だね。他には?」
「……他?」
「うん。謝って、それで……
「その……あと……」
ここで少し、踏み込んだことを聞いてみる。喜多さんがみんなに本当に申し訳なく思っていて、謝りたいって言うのは紛れもない本音だ。
でも、彼女の本音には、もう一段階深さがある。俺が聞きたいのは、その深みにある何かだ。
「喜多さんの気持ちは絶対に届くよ。嘘をついたこと、
喜多さんよりもずっと、虹夏ちゃんと姉貴と付き合いが長い俺だからこそ、断言できる。
そして、断言できる理由はそれだけじゃない。
「喜多さん。手、出して」
「え……?」
喜多さんは戸惑いながらも俺に手を差し出し、俺は差し出された彼女の手、正確には手首を掴んだ。
「へっ!?」
俺の突然の行動に、喜多さんは間抜けな声を上げる。何だ、喜多さんもそういう顔できるじゃん。
俺は悪戯っぽく笑って、昨日姉貴が後藤さんにやったみたいに、喜多さんの指先をそっと撫でる。
「指先が少し硬くなってる。……姉貴と出会ってから、いっぱい練習したんでしょ?」
そう。喜多さんは嘘をついただけじゃなかったのだ。その嘘を現実にするために、たった一人で努力を続けていたに違いない。
なんで一人だったとわかるのかというと、後藤さんにギターの練習方法についてアドバイスを貰っていたからだ。喜多さんのコミュ力なら、わざわざ後藤さんに聞かなくても、後藤さんに出会う前に他の誰かからアドバイスをもらっていてもおかしくない。
でも、そうじゃないってことは……誰にも打ち明けることなく一人でがんばり続けてたってこと。
そして、嘘をついたとはいえ……その後の努力まですべて否定するような人間じゃないんだ。姉貴も、虹夏ちゃんも、後藤さんも。もちろん俺も。
「本当は姉貴にこういうこと、やってもらいたかったんだろうけどね」
俺がわざとらしく落ち込んで見せると、喜多さんがクスッと笑ったのが分かった。その瞬間、目に見えて彼女が安堵し、空気が軽くなったのを感じる。
「山田くん……私ね……」
しばしの柔らかい沈黙の後、喜多さんが口を開いた。
「私……まずはみんなに誠心誠意謝るわ。何を言われても、きちんと受け入れる」
「うん」
「それで、それでね……」
彼女の手首を握る手から、緊張が伝わってくる。
「私……結束バンドのギターボーカルとしてがんばりたいっ!」
力強い声色で喜多さんが宣言する。
うん。喜多さんの奥底にある本当の気持ち……それを聞きたかったんだ。
大丈夫だよ。絶対に、その思いは届くから。
俺は言葉にすることなく、できるだけ彼女に優しく笑いかける。すると、つられて彼女も柔らかく笑い返してくれた。
俺達はしばらくの間、春の日差しが心地よい中庭で見つめ合っていた。
「……こうしてみると、やっぱり俺達って付き合ってるみたいだね」
「そうやって最後に梯子を外すところ、リョウ先輩にそっくりよ」
喜多さんのカウンターがクリティカルヒットした俺は、教室に戻った時に後藤さんに心配される羽目になるのだった。後藤さん優しいね。
「えー! 喜多ちゃんギター弾けなかったのー!? 言ってくれたらよかったのに……」
「知ってた」
「あ……だから山田くんとお昼休みに……」
放課後になり、三日連続でSTARRYにやってきた俺達は喜多さんの謝罪会見に出席していた。喜多さんの見事な頭の下げっぷりは大物政治家を彷彿とさせ、無数のフラッシュが焚かれる幻覚が見えたくらいだ。
「え……そ、それだけですか?」
そして、三人の反応があまりにも淡白だったので、喜多さんは恐る恐る顔を上げて怪訝そうな表情で三人を見る。うん……大体俺が予想した通りの反応でしたね。
「気付かなかったあたし達にも問題あるしね~。だから合わせの練習を避けてたのか~」
「あうぅ……れ、練習の邪魔をしちゃうような真似をしてごめんなさい……」
「だめだよ。許してあーげないっ」
「ひぃっ……! じゃ、じゃあどうすれば……」
虹夏ちゃんが小悪魔チックに笑いながら発した言葉に喜多さんはがくがくと震え、土下座でもしそうな勢いだった。
「これからも結束バンドのギターボーカルとしてバンドに貢献すること。それを約束できるなら許してあげる」
「伊地知せんぱぁい……」
虹夏ちゃんの優しい言葉に喜多さんは感極まって涙を流し、虹夏ちゃんに抱き着いた。そんな喜多さんに対して、虹夏ちゃんは一瞬だけ驚いた表情を浮かべたけど、すぐに聖母のような優しい笑顔を浮かべて抱きしめ返し、喜多さんの頭を優しく撫でる。……尊いね。
はっ! もしやこれがきっかけで喜多さんが姉貴の呪縛から解き放たれて虹夏ちゃん信者になるのでは……!?
「私……リョウ先輩と伊地知先輩の娘になります……」
何にも変わってませんでした。むしろ悪化しました。……まあ、虹夏ちゃんには高二とは思えない包容力があるからね。仕方ないね。
「私は気付いてた」
「リョウ先輩……」
虹夏ちゃんに抱き着いたまま涙を浮かべている喜多さんに姉貴が近づく。
「会った時から指の感じがぼっちと違って初心者だったから、そうだろうとは思ったけど……」
「な、なら……どうしてその時に……」
姉貴がなぜ会ってすぐ指摘しなかったのか。その理由が俺にはわかる。その時の姉貴は精神的にかなり不安定な時期で、喜多さんには悪いけど……そういうことにかまっていられなかったんだ。
で、結局言うタイミングを逃して今に至る、ということ。
「嘘をついたのは悪いこと」
姉貴の言葉に喜多さんはビクッと震えて虹夏ちゃんを抱きしめる力を強くする。
姉貴はそんな風に怯えている喜多さんの手を取り、その指をそっと撫でた。
「でも、この指は私と出会ってから努力した証拠。まだまだ柔らかい指だけど、ひたむきに努力をしてきた。私はそういうの、嫌いじゃないよ」
そして姉貴は喜多さんの頭を優しく撫でる。
「嘘を本当にしよう、郁代」
「リョウせんぷぁいっ!」
これ、姉貴が男だったら完全に喜多さんルート入ってたな。……姉貴が兄貴じゃなくて本当に良かった。虹夏ちゃんとかいう可愛い幼馴染がいながらギター初心者陽キャJKに惚れられる。修羅場バンドまっしぐらやんけ。
「ぼっちは?」
「……ふぇ?」
「ぼっちは郁代に何か言うことある?」
「な、なななななななな何かですか!?」
これまでずっと会話に入ってこないで空気だった後藤さんが、姉貴に突然話を振られて痙攣する。やめるんだ姉貴。後藤さんはそういう無茶振りに慣れてないんだ。ちゃんと事前に台本を用意しておかないと大変なことになるんだ!
この時の俺は、後々のある大きな行事で本当に大変なことになるなんて思いもしなかったんだけどね。
「あ、えっと……」
後藤さんは手をもじもじさせながら何を言おうか悩んでいる。うん……後藤さんも結束バンドに入ったの一昨日だからね? ついでに喜多さんに出会ったのも一昨日だから。
コミュ障とか関係なしに「なんか言え」って言われても困ると思う。
「き、喜多さん……! わ、私もバンドのリードギターとしてはまだまだ初心者です。……だ、だから一緒に、がんばりましょうっ……!」
「ひとりちゃん……」
後藤さん……そんな良いことを言えるようになるなんて……。俺も出会って三日だけど彼女の確かな成長に目頭を熱くせざるをえなかった。
「よーし、じゃあ今日が結束バンドの本当の門出ということで……」
「お祝いに焼肉?」
「どんだけ焼肉食いたいんだお前っ! 全然違わい! 今後の活動に向けてのミーティングだよ!」
今日は俺も含めて誰もシフトに入っていなかったのでそのままミーティングをするようです。俺は特に用事もないので、一度帰ってから温水プールに泳ぎに行こうかなと思ったけど、虹夏ちゃんに引き留められたので残ることにしました。
残ってもいいけど、俺にできることなんてないと思うよ?
「えー。来月のゴールデンウイーク明けにSTARRYでの初ライブが決まりましたので、それに向けての一か月間をどう過ごすかについて話し合おうと思います!」
虹夏ちゃん主導で話し合いが進められる。そういや、結束バンドのリーダーって虹夏ちゃんでいいんだよな? というか、他に選択肢ないし。
「これからも放課後や土日に集まってスタ練をするのは確定として……それとは別に、喜多ちゃんとぼっちちゃんにはやってもらいたいことがあります」
「や、やってもらいたいこと……ですか?」
「うん」
嫌な予感がしたのか、後藤さんが恐る恐ると言った様子で首をかしげる。うん、その予感は当たってるよ後藤さん。
「二人には───あたし達と同じようにSTARRYでバイトしてもらいますっ!」
「は、はぁ……」
あれ? 意外と後藤さんの反応が薄いな。平気なのかな?
「へあっ!?」
あ、崩壊した。時間差のパターンもあるんだね。
三日目ということもあり、後藤さんの奇行にだいぶ慣れてきた俺達は、何事もなかったかのように後藤さんが復活するのを待っていた。
約五分後、人の形を取り戻した後藤さん達に虹夏ちゃんが説明を始める。
なんで二人もバイトをする必要があるのかというと、めちゃくちゃざっくり言うとバンド活動にはかなりのお金がかかるから。
スタジオのレンタル代や弦などの消耗品費、楽器にかかる費用もそうだけど、一番でかいのはライブ代だ。
STARRYで一回ライブをするには三万円が必要になってくる。高校生のお財布事情を考えると、三万円っていうのはかなり大きい。お小遣いだけでは賄うことが不可能なので、バイトが必要なんだよね。
「こ、こここここここれはお母さんが私の結婚式の費用として貯めていた金です……。け、献上するのでなにとぞ……なにとぞバイトだけはご勘弁を……っ!!」
「わかった。ぼっちが言うなら仕方ない。ありがたく受け取───」
「受け取んなクソ姉貴!!」
「……痛い」
後藤さんがおもむろに鞄から可愛らしい豚さん貯金箱を取り出したかと思うと……いやそもそもなんでそんなの持ち歩いてんの? 後藤さんだからか。
とにかく、後藤ママが娘のために貯めていた大事なお金なんて使えるわけないでしょ!?
姉貴は躊躇いなく受け取ろうとしたからその手をはたいておきました。
「大丈夫だよ、ぼっちちゃん。あたしもリョウもレンくんもいるんだから怖くないよ」
「アットホームで風通しが良く従業員同士が和気藹々としている職場です」
「地雷求人の欲張りセットやめろや」
「これで休日にバーベキューしてる写真を乗せれば完璧」
「ブラック企業として完璧だな!」
「ウチそんなブラックじゃないでしょ!?」
姉貴が余計な茶々を入れたせいで後藤さんが余計にビビっちゃったじゃん。
「大丈夫だって。ちゃんと俺達でサポートするから。最初は緊張するかもしれないけど、焦らずにちょっとずつ慣れていけばいいよ」
「や、ややややらかしても見捨てたりしませんか?」
「しないしない。わざとならともかく、一生懸命やった上での失敗なら怒らないよ」
「ほ、本当に?」
「本当に」
俺はできるだけ優しく言うけど……なんかあれだな。幼稚園児とか小学校低学年の子を相手にしているような感覚だな。
コミュ障な後藤さんにいきなり接客バイトはハードルが高いと思うけど……でも、彼女の将来を考えたらここで少しでも社会とのつながりを意識させておいた方が絶対いいんだよな。
「ぼっちちゃんとレンくんがなるべく同じシフトになるようにしてあげるからさ」
「あ……え……?」
別に俺に限らなくても、姉貴か喜多さんと二人きりにさえならなかったら大丈夫でしょ。後藤さんが入る日には常に俺か虹夏ちゃんのどっちかがいればいいんだから。
「え、えっと……」
後藤さんは俺と虹夏ちゃんを交互にチラチラと見ながら悩んでいる。無理強いはできないけど、金銭面を考えたら、後藤さんだけバイトしないっていうのは不和の原因になりかねないし、後藤さんもずっと負い目を感じるだろうからな。
「が、がむばらしぇていただきましゅ……」
後藤さんは観念したように俯きながらそう言った。
うん。偉い! 噛みまくったけど偉い! 場の空気に押し切られた感は否めないけど……後藤さんが一人前になれるよう俺もちゃんとサポートするからね。
「じゃあ、来週の月曜日からお願いね! 今週いっぱいはスタ練しつつ、STARRYの雰囲気に慣れてくれたらいいから」
「わ、わかりました……」
いきなり明日から、とかはさすがにキツイよな。ライブに向けて練習もしないといけないし。
その後は、五月のライブについて話すことになった。
結束バンドにはまだオリジナル曲がないので、カバーだけになるけど、ゆくゆくは結束バンドの曲だけでライブを成立させたいとのことだ。それなら最低二曲は必要だな。欲を言えば三曲ほしいけど。
「作曲はリョウができるからいいとして……作詞については、ライブが終わってから考えよう! 先のことを考えすぎて目の前のことがおろそかになったらいけないもんね」
虹夏ちゃんの言葉は一理ある。ただ、バンドとしての目標は早めに掲げておくに越したことはない。まあ、それについてはまた近いうちに虹夏ちゃんに聞いてみるか。
「他には何か話し合いたいことある?」
虹夏ちゃんはメンバー三人をぐるっと見回した。特にないもないみたいだね。
「レンくんは? 第三者目線で何か気付いたこととかあったかな?」
「一つだけ」
「ほう……言ってみたまえ」
「なんかリョウが急に偉そうに割り込んできた!」
姉貴はこういう時だけ反応するよな。こういう時だけ。あのさ、言っておくけど真面目な話だからね。姉貴が期待するような内容じゃないから。
「五月のライブまでに、一回路上ライブやっておかない?」
俺の言葉に真っ先に反応したのは後藤さん。「絶対無理!」って表情だけで訴えてきている。
喜多さんはいまいち実感がわかない感じで、虹夏ちゃんは顎に手を当てて考え、姉貴は腕を組んでうんうん頷いていた。なんやねんその理解者面。
「俺の予想だと、いきなりステージでライブやると大失敗する気がする。お客さんは二千円も払って観にきてるわけだから、お金のかからない路上ライブで、人前で演奏するっていう経験をしておいた方がいいんじゃないかな?」
「あー……確かに、それはそうだねぇ」
「それプラス、結束バンドの宣伝にもなる。上手くいけば路上ライブでチケットも何枚か捌けるだろうし……虹夏、私は割とありな提案だと思うよ」
「リョウまで真面目なことを……わかった。お姉ちゃんに路上ライブやっても大丈夫な場所とか聞いておくね。やるかどうかは、練習の進捗具合で判断するってことで」
まあ、無難なところでしょう。最低限の演奏のクオリティがないと路上ライブが散々な出来に終わって心が折れる可能性だってあるし。……でも、バンドをやっていくならこういう経験は無数にあるだろうけどね。
そんなことを考えていたら、スマホにロインの通知が入る。
大槻先輩からのメッセージだった。
───今週の土日、メンバー集め会議をやるから付き合いなさい
相変わらずシンプルな文面ですね。
俺は迷わず了承の返事をする。大槻先輩のためにいくつかメンバー集めのためのプランを練っておくか。
「あの……私も一つ言いたいこと、というか……お願いがあるんですけど」
「喜多ちゃん。そんなに遠慮しなくていいから、ね?」
俺がスマホをポチポチしていると、喜多さんが小さく手を挙げた。何を言うつもりなんだろ。
「みんなに……いえ、ひとりちゃんにお願いがあるの」
「わ、私にですか?」
「ええ。あのね……ひとりちゃん」
「は、はい……」
「私に───ギターを教えてくれないかしら?」
喜多さんは後藤さんの目を真っ直ぐに見てそう言った。いつもの後藤さんなら、話し相手に真っ直ぐに目を見られると、絶対に目を背けるんだけど、今回は後藤さんもしっかりと喜多さんの目を見ている。
「一か月後のライブで演奏……っていうのは無理かもしれないけど、今後のバンドのためにちょっとでもみんなに追いつきたいの! 後藤さんに迷惑をかけるって言うのは重々承知しているわ! だから、練習前とか、バイトがない日の放課後とか、ちょっとした時間だけでいいから、どうかお願いします!」
「き、きききききき喜多さん! あ、頭を上げてください!」
土下座しそうな勢いで喜多さんが頭を下げる。喜多さん……嘘をついていたことがよっぽどこたえたみたいだな。
「い、いいんですか……私で? わ、私……根暗でコミュ障で人見知りで……人に教えられる自信なんて全くないです……リョ、リョウさんの方が……」
「───私は、ひとりちゃんがいいの」
喜多さんははっきりとそう言った。姉貴もギターを教えられるけど、実力的には後藤さんの方が遥かに上だ。まあ、優れたギタリストが優れた指導者とは限らないけど……でも、誰かに教えるっていうのは後藤さんにとってもすごく良い経験になると思う。
姉貴もそれがわかっているから口を挟まないんだろうし。
「あ、じゃ、じゃあ……お、お願いします……」
「お願いするのは私の方よ? ひとりちゃんったらおかしいのね」
喜多さんは笑顔でそう言った。うんうん。喜多さんの様子がおかしかったことがバンドにどんな影響を与えるかと思ったけど……結果的には良い感じに収まったからヨシ!
「あと、ひとりちゃんにもう一つお願いしたいことがあって……」
「な、なんですか?」
もう一つ……何だろ。バンド関係じゃなさそうな感じだけど。
「私のこと『喜多ちゃん』って呼んでほしいの」
「あ、あ……あぶぇ!?」
「伊地知先輩は虹夏ちゃん、リョウ先輩はリョウさんって呼んでるでしょ? 同級生の私だけなんだか呼び方に距離感がある気がして……」
「あ、え……あ……」
「あ、伊地知せんぱーい! これから『虹夏先輩』って呼んでいいですか?」
「しょうがないなぁ~。特別に許してやろう」
「山田くんのことは『レンくん』って呼ぶわね!」
お好きにどーぞ。
「だから、ひとりちゃん。仲良くなった証に、そう呼んでほしいの」
「は、はぁ……」
「だめ、かしら……」
「おふぅ!」
喜多さんのあざと可愛い上目遣いで後藤さんが謎のダメージを受けている。……でもまだまだ虹夏ちゃんに敵うあざとさじゃないな。
「き、喜多ちゃん……こ、これでいいですか?」
「もちろん! ふふっ、なんだかすっごく嬉しいわ!」
後藤さん……ほんとに結束バンドに入って良かったね。この出会いは奇跡だよマジで。俺は彼女と出会ってからの三日間を思い返し……まだ三日しか経っていないのかと、あまりにも濃密な三日間に戦慄していた。
「あ、そうだ。レンくんのことも名前で呼んでみたらどう?」
「む、むむむむむむむむむむむむむ無理でしゅっ!」
いやいや、さすがに今の後藤さんが異性を名前で呼ぶのはハードル高いでしょ。
「ひとりちゃん、何事も挑戦よ! ほら、一度経験したらどうってことないんだから。試しに、ね? 一回だけ、一回だけだから……」
「薬中の怪しい勧誘にしか見えない」
俺がぽつりとつぶやくも、喜多さんに完全に無視されてしまった。
後藤さんは狼狽しながら俺と他の三人のメンバーを見回している。俺はともかく、虹夏ちゃん達もフォローに入る気ないんかい。
しょうがない、ここは俺が上手く場を収め───
「あ、れ……れん……レン……」
も、もしや後藤さん……呼べるのか!? 俺のことを! 名前で!
「レン……コン……」
後藤さんはそう言って、人の形が崩壊してピンク色のれんこんになってしまいました。……なんでそうなる!?
あ、後藤さんだからですね。はい。
「すごい。れんこんぼっちだ」
「ピンク色だと全然食欲をそそられませんね」
「あたしはもうツッコまないからな! ぼっちちゃんがどう七変化しようと絶対にツッコまないからな!」
以上が結束バンド三人の反応である。さっきまで真面目な話とメンバーの絆が深まる良い話をしていたのにどうしてこうなった……。
こ、これが結束バンドの結束力ということにしておきましょう。
ちなみに、喜多さんがギターを全く弾けなかった真の理由は、ギターと間違えて弦が六本ある多弦ベースを買っていたかららしい。
郁代ちゃん……。
喜多ちゃん回でした。
ぼっちちゃんの出番を奪っちゃったけどごめんね。
その分呼び方を早めに変えて好感度を上げておいたから。
次回はヨヨコ回です。
がんばってメンバーを集めます!
ヒロイン候補にれんこんと言われる主人公がいるらしい。