「じゃあ、ぼっちちゃん。チョコレートを作ろうか!」
「は、はい。よ、よろしくお願いします……」
二月十三日、バレンタインライブを翌日に控えたこの日、私は虹夏ちゃんのお家で一緒にバレンタインチョコを作ることになっていた。
ば、バレンタインなんて私に一生縁がないイベントだと思っていたのに……こ、こんなことになるなんて……
なんで虹夏ちゃんと一緒に作ることになったのかというと、一週間ほど前の喜多ちゃんの一言がきっかけだった。
「バレンタインライブに来てくれたお客さんに手作りのお菓子をプレゼントしましょう!」
スタ練後、唐突に喜多ちゃんがそんなことを言い出したんだ。て、手作りお菓子!? お、お菓子どころかまともに料理もできない私にはちょっと難易度が高過ぎる!!
そ、それにこの一ヶ月はバレンタインライブに向けてラブソングの練習もしていたから精神力が大幅に削られててそんな余裕がありません。
そうだ! 言い出しっぺの法則ということで、お菓子作りは全部喜多ちゃんに任せて私は何もしないという方向にどうにか話を持って───
「いいねー! せっかくだからみんなで一緒に作る?」
「そうしましょう! あ、でもたくさん作るとなると場所が……」
「ウチ使えば? キッチン広いし、オーブンも大きいよ」
「リョウ先輩も乗り気ですね! ぜひ使わせてください!」
「姉貴はただ摘まみ食いしたいだけだから。お菓子作りの戦力にはならないよ」
「リョウ先輩がそこにいてくれるだけでお菓子が美味しくなるのよ」
「喜多ちゃんは味覚障害みたいだね」
「喜多さん、いい耳鼻科紹介するよ」
な、なんだかみんなでお菓子を作る雰囲気になっている!? い、今さら「私はいいです」なんて言い出せない空気に……こ、これはまずい!! 夏休みにリョウさんの別荘でバーベキューをやったときの記憶が蘇る……
ろくに準備もお手伝いもできず、バーベキューポイントを稼げないままレンくんのお情けでお肉を食べさせてもらった忌々しい記憶が……!!
わかりました! 失敗したお菓子の処理は任せてください。私、イカ墨好きなのでどんなに焦げても見事に平らげてみせますから! こ、これで少しは貢献できるかな……?
「ひとりはお菓子とか作ったことある?」
「はええ!? あ、はい。あり、ます……」
レンくんにいきなり話しかけられてびっくりして思わず嘘ついちゃった!! お、お菓子作りなんてやったことないよ!! あ、でも「ねるねるねるね」は作ったことあるから一応嘘じゃないかもしれない。
「……あんまり心配しなくていいよ。お客さんに配る用だからとにかく量を作らないといけないからね。クッキーとか簡単なものになるはずだから」
「あ、はい」
レンくんが優しく笑いながらそう言ってくれた。私の嘘があっさりバレてるみたいですね。うぅ……は、恥ずかしい。
「でも、お客さんに配るだけって寂しいですね……そうだっ!」
あ、き、喜多ちゃんがまた何か余計なことを思いついた顔してるっ!? こ、これ以上はやめてください!! 根暗陰キャな私のキャパはもういっぱいいっぱいなんですぅ!!
「それとは別にみんなが個別にお菓子を作って交換会しましょうよ!」
こ、こべっ!? こべつっ!? つ、つつつつまり誰に助けてもらうわけでもなくて……じ、じじじじ自分の力だけでお菓子を作れと申しますか!?
……ねるねるねるねで許してもらえないかな? あ、あれって結構おいしいんですよ? 化学調味料の味を堪能できるし理科の実験みたいで勉強にもなるし一石二鳥!!
「リョウ先輩が作るお菓子、楽しみにしてますね」
「レン、今年はアップルパイ食べたい」
「また時間がかかりそうなものを……」
「レンくんに丸投げ!?」
「リョウは毎年バレンタインでみんなに配る用のお菓子をレンくんに作らせてるんだよ」
「だから俺は中学生になるまでバレンタインを第二のハロウィンと思ってたんだ」
「虹夏先輩の教育は!?」
「───てへっ♪」
「うっ……か、可愛い笑顔のはずなのにこの湿度と重力……虹夏先輩の罪がまた一つ増えてしまったわ」
わ、私でさえバレンタインの意味を知っていたのにレンくんは知らなかったんだ!? しかも毎年リョウさんの代わりにお菓子を作ってリョウさんはそれを学校でみんなと交換して……あれ? それだとレンくんが何も得をしてないんじゃ……
「れ、レンくんに本命のチョコをあげようとしていた女子が不憫すぎるわ……」
「そもそも、バレンタインで本命チョコをあげるっていう風習自体が廃れてると思うよ。俺は毎年女子とバレンタインの日にお菓子を交換してたから、中三になると『今年のバレンタインは何を作ってくれるの~?』って聞かれたくらいだし」
「放課後に呼び出されて二人っきりでチョコを渡される展開は!?」
「そんなの昔の少女漫画の中だけだって。喜多さんこそ中学時代はどうだったの?」
「私も恋をしたことがないから……」
「俺と一緒じゃん」
「……そうね」
わ、私が思っていたバレンタインとなんか違う!?
でも、レンくんは女の子からそういう本気のチョコを貰ったことはなかったんだ。……えへへ。な、なんかちょっと安心。
あ、あれ? なんで私……今ちょっと安心しちゃったんだろう? レンくんは本当のことを教えてもらってなくて可哀想な感じだったのに……
はっ!? に、虹夏ちゃんがレンくんにバレンタインのことを教えてなかった理由って───ほ、他の女子達をレンくんに近づけさせない独占欲……そ、そんなことないよね? 虹夏ちゃんだもんね?
う、うん! あるわけない! あの虹夏ちゃんに限ってあるわけないよ! そうに違いない! きっとバレンタインを理由にレンくんに近づこうとするえちえち女からレンくんを守るためだったんだ! わ、私とおんなじですね……ふへへっ。
よーし、バレンタインライブでレンくんに近づこうとする不埒な女どもは成敗してくれよう! 虹夏ちゃんとタッグを組めば怖い物なんて何もない!
「ひとりちゃんも気合十分ね! 美味しいお菓子たくさん作りましょう!」
もちろん、気合十分ですよ! レンくんを守らないといけませんからね! あ、でもこの前の日向さんは勘弁してください……あ、あれには勝てないので……
「私の担当は卵割りと生地の型抜きだけだ!」
「幼稚園児のお手伝いかよ」
バレンタインライブでお菓子を配ることが決定してから数日後の二月十二日。みんなでクッキーの材料を買った後、レンくんのお家にやって来る。さ、最近レンくんのお家に来ることが多い気がする。年末は虹夏ちゃんのお家にお泊りしたし……えへへ、私もお友達のお家で遊ぶのに慣れてきたかな。
「見て、ぼっち。私は片手で卵を割れるんだよ」
「か、かっこいい……!」
リョウさんの華麗な卵割りテクを見て、私は思わず感動してしまった。こ、これができれば私もレンくんに「料理上手な女」って思われるかも……よーし!
「あっ……」
私もリョウさんの真似をして片手で卵を割ろうとしたら、ぐしゃってなって卵の殻がボールに入り、手がべっとべとになってしまった。
「ひとり、こっちで手を洗おうか」
「す、すすすすみません! わ、私が調子に乗ったばっかりに……」
「いいよいいよ。多分こうなるだろうなって思ってたし」
「わ、私のことよくわかってくれてるんですね……へへ」
「なんでそこポジティブ?」
レンくんに連れられて洗面所で手を洗う。レンくんに良いところは見せられなかったけど、彼の優しさに触れられて嬉しいな。えへへ……
「ふっ、まだまだ修行が足らんなぼっち。私レベルになれば両手で一つずつ持ってダブル卵割りだってできるんだ」
「す、すごい……」
リョウさんが両腕をクロスさせて卵を持ってドヤ顔で私を見てくる。その傍らで虹夏ちゃんと喜多ちゃんは私が卵を割るのを失敗したボールから殻を取り出す作業に勤しんでいた。ごめんなさい!!
「これをマスターするために姉貴は片っ端から卵を割りまくって一時期卵料理ばっかり食う羽目になったんだよ」
「そのおかげでレンがオムレツを焼くスキルも上がった」
「そういや最近チーズオムレツ作ってないな……」
「食べたい! 明日の朝ごはん!」
こうやって二人が会話をしているところを見ると、リョウさんが妹みたいに見える。いいなぁ……私もレンくんみたいなお兄ちゃんが欲しかった。そうしたら毎日甘えられるのに……あれ? でも毎日学校やSTARRYで色々お世話してくれてるから今とあんまり変わらないかも。
「レンくん、ホイッパーはどこかしら?」
「この棚の下に……あったあった。バターを練るんでしょ? 電動の方を使って。手動だと結構力がいるから」
「虹夏先輩なら手動でも大丈夫ですよね?」
「喜多ちゃん、どういう意味かな?」
虹夏ちゃんと喜多ちゃんはてきぱきと材料を用意していく。さ、さすが慣れている二人……!! 女子力が終わっている私やリョウさんとは大違い!!
しかもリョウさんは卵を割り終えてソファで寛いでる!? 本当に最後に型抜き以外はやる気がないんですね!?
「ひとり、こっちで材料を量るの手伝ってくれる?」
「あ、はいっ」
手持無沙汰にしていたらレンくんが私に声をかけてくれた。材料を量るくらいなら私にもできます! 任せてください! ふっふっふ。ここでお砂糖や薄力粉をぶちまけるような典型的なドジっ子ムーブはしない!
「勢いよく出しすぎると飛び散るから───」
「……げほっ」
「手遅れだったか」
薄力粉をボウルに入れようとしたら、私が思ったよりも勢いよく袋からドバっと出てきて粉塵が私の顔面に襲い掛かる。
「ほら、ひとり。じっとしてて」
「……ふぁい」
レンくんが笑いながら蒸しタオルで私の顔を拭いてくれる。は、恥ずかしい!! こんなことが許されるのはふたりくらいの年齢までだよ!! な、なんで高校生にもなって同級生の男の子に顔を拭かれて……
あ、意識したら爆発しそうに───
「爆発したらクッキーの生地に粉末化したひとりちゃんが混ざっちゃうわ!?」
「レンくん!! 隔離!! 隔離!!」
「ひとりこっち! 爆発するのはもうちょっと我慢して!!」
どうにか爆発四散することを回避した私はその後、喜多ちゃんや虹夏ちゃんと一緒に材料を混ぜ混ぜしたりできあがった生地をめん棒で伸ばしたりと、お菓子作りを楽しむのだった。
「ふっ、ようやく私の出番か……私のテクで生地共の心臓を抜き取ってやるぜ」
「ゾルディック家かよ」
「私はリョウ先輩に骨抜きにされたいです!」
「もうされてるじゃん」
生地を冷蔵庫で冷やし終わると途端にリョウさんがイキイキし始めて、レンくんと虹夏ちゃんの辛辣なツッコミが炸裂する。
そして生地を伸ばしてみんなで可愛い型を使ってペタペタ型抜きしていく。あ、この作業結構好きかもしれない。コツコツ地道な作業って私に向いてる気がする。バンドが大成しなかったらクッキーの型抜き職人になろうかな。
お客さん達に配る分ということで、かなりたくさんの生地を作ってひたすら型抜きしてオーブンで焼いていくという時間が続く。焼き時間は思ったよりも短くて十五分ほどでキッチンに甘い香りが漂ってきた。
「ココア、コーヒー、紅茶、ホットミルク、何がいい?」
「ホットミルクにクッキーを浸して食べるのが至高」
「私は紅茶がいいわ」
「あたしはココアかな~。レンくん、お手伝いするよ」
「ありがと虹夏ちゃん……ひとりはどうする?」
ど、どうしよう? みんなが同じだったらそれに合わせようと思ったけど見事にバラバラだから迷っちゃう……
はっ!? 待てよ? ここで「コーヒーをブラックで頼むよ(キリッ)」って言えば大人っぽく見えるんじゃ……ふっふっふ、アダルトな魅力にあふれた後藤ひとりをお見せしよう!
「あ、こここコーシーでお願いしましゅ……」
「俺もコーヒーにしようかな。甘い物とコーヒーの組み合わせを考えた人は天才だと思う」
れ、レンくんも私と同じなんですね。わ、私達……結構好みが合ってたりするのかも……へへ。
その後は焼き上がったクッキーをみんなで試食して(すごく美味しくできた)、可愛い袋に個包装する作業に取り掛かる。バレンタインは今までの私にとっては全く縁のない地獄のリア充イベントだったけど、こうして仲の良いお友達と一緒にお菓子を作るのはすごく楽しい。
来年もこうやってみんなでお菓子を作れたらいいな。
「お客さんに配るお菓子はこれでおっけーだね。じゃああとは、個別で交換するためのお菓子を明日がんばって作ろうか!」
「何にしようかしら。候補がいっぱいあって迷うわね~」
「レン、パイ生地からちゃんと作って。市販のは嫌」
「お前、パイ生地を作るのにどれだけ手間がかかると思って……」
「……ダメ?」
「……わかったよ」
あ、あ、あ……そ、そうだった。そうだったよ……みんなでお菓子を作って安心してたけど、まだ個別で交換する用のお菓子を作らなくちゃいけないんだった!! 個別ってことはみんなバラバラに作るわけで……だれにも頼れないということで……
お、終わった……私にはねるねるねるねしか作れません。
いや、いっそお母さんにお願いしてお母さんが作ったものを私が作ったと言い張ってしまえば───
「ぼっちちゃん」
「わっひゃい!?」
「……なんでそんなにびっくりしてるの?」
「ち、ちちちち違いますよ!? 私は別にお母さんが作った物をさも自分が作ったかのようにふるまうつもりなんて微塵もありませんから!!」
「『語るに落ちる』ってぼっちちゃんにピッタリな言葉だよね」
虹夏ちゃんがクスクスと笑っている。やだっ、私の内心駄々漏れ!?
「ぼっちちゃんは何を作るか決めた?」
虹夏ちゃんの問いかけに私は勢いよくブンブン首を横に振るう。そんな私を見て、虹夏ちゃんはますます笑顔になっていた。
「じゃあ、あたしと一緒に作ろうか?」
……え?
ということがあって、虹夏ちゃんといっしょにチョコレートを作ることになったんだ。虹夏ちゃん優しい。好き。お茶の水の楽器屋の店員さんが言ってたけど「大天使」って言葉は虹夏ちゃんのためにある言葉だと思う。
こんなに可愛くて優しくて天使な女の子……学校でもすごくモテてるんだろうな。お、男の子から告白なんてされちゃったりして!
こ、告白……私には一生縁がないイベントですね。はい……
「ぼっちちゃんはチョコクランチ。あたしはガトーショコラを作るからね。簡単だから安心して!」
「あ、はい。不束者ですがご指導よろしくお願いします」
「そんなに畏まらなくていいから。あ、ぼっちちゃんはこっちのエプロン使ってね。チョコが制服に付いちゃうとなかなか取れないから」
虹夏ちゃんはそう言って可愛い柄のエプロンを渡してくれる。よ、よく考えれば二日連続でお菓子を作るってもう半分パティシエみたいなものでは? カヌレでマドレーヌでフィナンシェな後藤ひとり…… 「ぼっち・ざ・ろっく~フランス講演編~」も近いですねぇ!
「いずれは『パリに後藤あり』と言われるように……」
「変な妄想しなくていいから」
あ、はい。すみません。に、虹夏ちゃんって普段は優しいけど時々ものすごく辛辣なツッコミをするんだよね。主に喜多ちゃんやリョウさんに。
「まずはチョコを溶かそうか。ぼっちちゃん、まさかとは思うけど直接火にかけたりしないよね?」
「………………し、ししししししましぇんよ~。そ、そんな料理下手っ子のテンプレみたいなことをやるわけにゃいじゃにゃいでしゅか~」
「噛み噛みだよ」
え!? チョコってお鍋に入れて溶かすんじゃないんですか!? あ、わかりましたよ虹夏ちゃん! 電子レンジで温めて溶かすんですね! ふっ……天才パティシエたるマドレーヌGOTOにかかればこれくらい───
「お鍋にお湯を沸かして、ボウルにチョコレートを入れて湯煎するんだよ」
「あ、はい」
全然違いました。ま、まあ? 最初から分かってたしぃ? 弘法にも筆の誤りって言うしぃ?
「お湯を沸かしている間にコーンフレークとバナナチップを砕こうか。ジップロックに入れてめん棒でこうやってゴリゴリ砕くんだよ」
「あ、や、やってみます」
虹夏ちゃんからめん棒を受け取ってゴリゴリゴリゴリ……あ、これ結構楽しいかも。ザクザク砕けていく感覚がちょっと癖になりそう。
「砕けたら溶けたチョコと混ぜ混ぜして……」
「混ぜ混ぜ……」
「こっちのハートの型に入れて冷蔵庫で十分くらい冷やそう。そして最後にトッピングだね」
「あ、す、すごく簡単です」
「でしょ? トッピングするともっと可愛くなるよ。じゃあ、今度はホワイトチョコで同じようにやってみよう!」
「は、はいっ!」
なんだかお菓子作りが楽しくなってきたな。えへへ……こ、これで私の女子力も鰻の滝登りかも……
そして、チョコクランチを冷やしている間に虹夏ちゃんのガトーショコラづくりをお手伝いする。
「ガトーショコラも基本的には混ぜて焼くだけだからね~」
「き、昨日も思ったんですけど……お菓子ってものすごく大量のお砂糖とバターが使われてるんですね」
「自分で作るとびっくりするよね? これじゃあ太っちゃうのも当然かな~」
あ、甘い物は好きだけど食べ過ぎないように気をつけよう……
レンくんに「ひとり、太った?」とか言われちゃったら絶対立ち直れない!!
そんなことを考えながら虹夏ちゃんのお手伝いをしていると、チョコクランチが良い感じに固まったみたいだ。冷蔵庫から取り出して、虹夏ちゃんがピンク色のチョコペンで可愛らしくデザインしていく。
「最後にアラザンを乗せてチョコペンが固まれば完成!」
「か、可愛い……!」
「でしょ? 可愛いし簡単で美味しいんだよ。ほら、ぼっちちゃんもやってみて」
この銀色の丸い粒粒……「アラザン」って言うんですね。勉強になったから明日レンくんに教えてあげよう。「この銀色の粒粒はアラザンって言うんですよ~」「さすがひとり! ギターだけじゃなくてお菓子作りもプロ級なんて……!! ギターヒーローのフランスデビューも近い!!」って感じになるかも~!! うへへ……
「ぼっちちゃんやりすぎ!! チョコペンを盛り過ぎてう〇こみたいになってるから!!」
妄想しながらチョコペンをうねうねさせていたら一つ台無しになったのでこれは私が責任持って食べようと思います。
「そ、そういえば虹夏ちゃん……」
「ん? どうしたのぼっちちゃん」
「あの、なんでチョコクランチにしたんですか? あ、いえ別に文句があるわけじゃないですよただたくさんあるお菓子の中でどうしてこれを選んだのか気になっただけで深い意味があるわけじゃやっぱり何でもないです忘れてください……」
「なんで尻すぼみになっていくの!?」
ただ純粋に疑問に思っただけなんです。はい。きっと虹夏ちゃんが気を遣って簡単で可愛い物を選んでくれたんだと思うけど……
「なんでチョコクランチにしたかというとね。さっきも言ったように簡単で可愛くて美味しいっていうのもあるけど……一番の理由はそれじゃないんだ」
「え? じゃ、じゃあ一番の理由って……」
私が尋ねると、虹夏ちゃんはクスッと笑って私の目を真っ直ぐに見てくる。
「レンくんが一番好きなチョコだから」
私はその言葉の意味を、すぐには理解できなかった。
レンくんが一番好きなチョコ? あれ? でも虹夏ちゃんはガトーショコラを作ってて……あれ?
「今までは毎年あたしがクランチチョコをあげてたんだけどね。今年
「あ、え……あの……」
「がんばって直接レンくんに渡すんだよ? 大丈夫、すっごく喜んでくれるから!」
「そ、そうじゃなくて……その……」
い、いいんですか? レンくんのことをよく知ってるのは虹夏ちゃんの方なのに……レンくんとの付き合いがずっと長いのは虹夏ちゃんの方なのに……レンくんが一番好きなチョコを私があげちゃって……
「ぼっちちゃんはさ───」
そんな私の心の内を見透かしたかのような目で、虹夏ちゃんが私を見てきた。
「レンくんのこと───好き?」
私は再び、虹夏ちゃんの言葉をすぐには理解できなかった。
すき、隙、犂、スキ、SUKI───好きィ!!!!!?????
あ、あ、あ、あばばばばばばっばb;hぃfjくあいvkjmkl;おいうい7trふぁいkgvhjskbんm:;l、:lkmんjblkbvltrdcfgvbl;いおjp:ういゆrdsxcfvgbhんj;m:
「あちゃ~ぼっちちゃんにはまだ早かったか~。おーい、ぼっちちゃ~ん。戻っておいで~。あたしが悪かったからさ~」
s、すきすうううきいううきすすきすすきのすすきしゅきしゅきしゅきめろり~
あ、量が多いのでもう少し梳いてもらっていいですか?
そこで私の意識は途切れてしまった。
「───んはっ!?」
「おはようぼっちちゃん。気絶時間は三分。復活するのが早くなったね。偉いぞ~」
「あ、はい。あ、ありがとうございます……?」
ど、どうやら私はソファで寝かされていたらしい……キッチンを見ると虹夏ちゃんがお菓子作りに使った道具を片付けている。わ、私もお手伝いしなきゃ……!
「さっきはごめんね。急に変なこと聞いちゃって」
「あ、いえ……」
ものすごくびっくりしました。レンくんのことをす、す、す、好きって……
あ、あ、あ……お、思い出したら顔が熱くなってきた。
「ほんとに可愛いなぁ、ぼっちちゃん」
や、やめてください。そんなこと……言わないで……
れ、レンくんのことは……その……私の初めてのお友達で……入学式の日に、声をかけてくれて……独りぼっちだった私に手を差し伸べてくれて……私の世界を変えてくれた人で……
で、でも……虹夏ちゃんが言っていた「好き」はそういう「好き」じゃなくて……もっと、違う意味の……その……れ、恋愛的な意味の「好き」なんだと思う。
わ、私は今まで恋愛どころかお友達も全くいなくて、そもそも仲の良い男の子がレンくんしかいないから……「恋」とか「男の子を好きになる」って正直、よく……わからないんだ。
「あたしね」
私が頭の中でぐちゃぐちゃ色んなことを考えていると、虹夏ちゃんが静かに口を開いた。
「レンくんには、幸せになってほしいって……ずっと、ずーっと思ってるんだ」
お友達の幸せを願う……それってすごく自然な考え方のはずなのに……なぜか私には、虹夏ちゃんの言葉がすごく歪に聞こえてしまった。
「だから───期待してるよ、ぼっちちゃん!」
いつか、リョウさんが言っていた言葉を思い出す。「だから虹夏は、恋愛感情とはまた違う……重い感情をレンに持っていたりする」という言葉を……あれは、こういう意味だったのかな。
虹夏ちゃんはすごく良い子だ。
優しくて可愛くて良い匂いがして頼りになって面倒見が良くて、バラバラな個性のバンドメンバーをまとめあげて……
それが、私の知っている虹夏ちゃん。
だけど……だけど、今の虹夏ちゃんは───
「あの、虹夏ちゃん……」
「何かな?」
なんで私はこの時、虹夏ちゃんにこんなことを聞いてしまったのだろう。
「虹夏ちゃんは───レンくんのこと……好き、ですか?」
私の問いかけに、虹夏ちゃんは一瞬目を丸くしてびっくりしたような表情になった。
だけど、すぐに笑顔になって虹夏ちゃんは答える。
「───大好きだよ」
そう言った虹夏ちゃんは───私の知らない虹夏ちゃんだった。