「PAさーん! 今日の結束バンドのセトリと演出についてなんですけどー」
「は~い、ちょっと待ってくださいね~レンくん」
「虹夏ちゃん、セトリは変更なしでいいんだよね?」
「うん。全部で六曲だよ。ライブでこんなに演奏するのは初めてだな~」
二月十四日、バレンタインライブ当日になり俺と虹夏ちゃんはPAさん達とライブの流れについて打ち合わせをしていた。結束バンド初の企画ライブということで、もっと忙しくなるかなと思ったんだけど、出演バンドが結束バンド、SIDEROS、SICKHACKの三組だけということもあり、目が回るほどの忙しさというわけではない。
それに、今日はキャパの関係で当日チケットの販売はしないからその分楽だ。というか、当日チケットを販売すると確実にキャパオーバーになるし。事前チケットだけの販売……ある意味今回はプレミアライブだな。
「虹夏ちゃん、先にリハやってきなよ。あとは俺が話聞いておくからさ。リハが終わったらもう一回流れを確認しよう」
「……お願いしていい?」
「大丈夫だよ。俺のことよりも
俺の言う「あっち」とは虹夏ちゃんを除く結束バンドメンバー三人のことだった。
「りょ、リョウさん……それ、お客さんに配る用のクッキーじゃ……」
「小腹が空いた」
「リョウ先輩! 私、マカロン作ってきたんですよ! う、受け取ってくださいっ!」
「ありがとう郁代。私はアップルパイを作ってきた」
「つ、作ったのはレンくんなのでは……?」
「卵を割る手伝いをした。だから私も製作者」
「リョウ先輩からのバレンタイン……家宝にしてお墓までもっていかなきゃ!」
「く、腐っちゃいますよ……!?」
初めての企画ライブなのにいつも通りの三人を見て、俺は変な安心感を覚えてしまった。でも、あの三人を放置するのはマズいな。虹夏ちゃんというストッパーがいないからひとりがツッコミ役に回るという世紀末状態になってる。
「ちょっと目を離すとこれだよ……こらっ、リョウ! それは食べちゃダメなヤツ!」
「郁代のマカロン美味しい。虹夏も食べる?」
「あ、すっごく可愛い! あたしはガトーショコラを……って違うでしょ! リハやるよリハ! 今日はあたし達がトリなんだからいつもより気合い入れてやるからね!」
「トリですもんね! 最高に盛り上げましょう!」
(……きょ、今日こそは温めに温めてきたお父さんお墨付きの織田信長の一発ギャグで会場を最高に沸かせてやるっ!!)
「お願いだからぼっちちゃんは何も喋らないでね。フリじゃないよ……フリじゃないからね?」
ニヤニヤしながらろくでもないことを考えているひとりに虹夏ちゃんが思いっきり釘を刺している。ひとりは縋るような視線を俺に向けてくるけどごめんね。俺も虹夏ちゃんと同じ意見なんだ。人前で話す経験も積ませたいけど、ひとりにアドリブで何かをやらせるとろくなことにならないって十分すぎるほど学んだんだ。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
「おっ? 山田少年はっけ~ん! 今日もきくりお姉さんは遅刻しなかったぞ~偉いでしょ~?」
「レン、見て見て! さっきローソンでゆるキャン△の一番くじ引いたらA賞が当たったんだヨ!」
結束バンドがリハに入るのとほぼ同時にSICKHACKの三人がやってくる。珍しく廣井さんもちゃんと来ており、イライザさんは嬉しそうに俺に駆け寄ってA賞のフィギュアを見せてきた。
「イライザさん、よかったですね。壊れるといけないのでこっちで預かっておきますよ。帰りにお渡ししますね」
「ありがと~! ……そういえば、レンとリンちゃんって髪色が似てるネ。『しまリン』ならぬ『やまレン』だ~」
「リンちゃんみたいな妹が欲しかったです」
「じゃあ、今日は私が妹になってあげるヨ~。レンお兄ちゃん」
「……頭撫でていいですか?」
イライザさんは今日も可愛いですね。ほんとにこの人、俺より五歳も年上なのかな?
「山田少年、ちょっとこれ見てよ~」
「なんすかこれ?」
相変わらず酒臭い廣井さんが俺にスマホの画面を見せてくる。画面に映っていたのは、何かしらの券を握っている廣井さんの手だった。
「なんですかこの券?」
「ふっふっふ~。聞いて驚け山田少年! なんとこれは! 江戸川競艇場で私が当てた万舟券だっ!!」
「……金欠が過ぎてとうとうそんなありもしない妄想まで。お労しやきく上。アップルパイ食べます?」
「微塵も信じられてない!?」
そらそーよ。ほんとに万舟券だったら伊地知家に迷惑かけたり未だにあんなボロアパートに住んでるわけないじゃないですか。
「あ、いや……山田くん、実は本当なんだよ」
「私と志麻もその場にいたからネ~」
「マジすか?」
話を聞くと、廣井さんによって江戸川競艇場に呼び出された志麻さんとイライザさんはそのまま廣井さんのレースに一日付き合ったらしい。で、廣井さんがレースを的中させまくって一気に数十万円を稼いだらしいんだけど……
「最後の最後で全部スルっていうのが廣井さんらしいですね」
「それほどでも~。ロックの醍醐味を味わえて楽しかったよ~」
「それに、お金のある廣井さんって正直解釈違いなんで安心しました」
「君、綺麗な顔して結構酷いこと言うよね」
喜多さんの毒はこんなもんじゃありませんよ。あの子は笑顔で無自覚に人の心を抉るタイプなので。
「志麻さん、事前にお伝えした通りSICKHACKはトップバッターなのでよろしくお願いします。思いっきり会場を盛り上げてください!」
「ああ、任せてくれ」
「セトリは前に送ってもらったものから変更はありますか?」
「いや、ないよ。演奏時間についても
「あれ、おかしいな。私がリーダーのはずなのに山田少年とライブの打ち合わせをした記憶がないんだけど」
「廣井さんと打ち合わせしてもそうやって記憶なくすでしょ」
「はっはっは。違いないね~」
「否定しろバカ」
志麻さんが廣井さんの額を小突く。こういう大事な連絡をするならどう考えても志麻さん一択でしょ。というか、今更だけどSICKHACKはリーダーにする人物を間違ったのでは?
「廣井さん、注意事項なのでこれに目を通しておいてください。ダイブは許す。顔面踏みつけも目を瞑ろう。だだし飲酒、てめーはダメだ」
「しょ、しょんな~!? 横暴だ横暴!! いいのか山田少年!? 私から酒を取ったら何も残らんぞ!!」
「自分でそんな悲しいこと言わないでくださいよ」
あと、機材をぶっ壊したら出禁になるんでそこはほんとに注意してください。星歌さんも虹夏ちゃんもマジギレすると思いますよ。
「ぐうぅ……出禁は困る……お風呂に、お風呂に入れなくなる……」
「心配するとこそこですか?」
普通にお風呂の付いてるアパートなりマンションなりに引っ越してくださいよ。いい年して恥ずかしくないんですか。
「レン、私は~? 私は何かない~?」
廣井さんに細かく色々な注意をしていると、イライザさんが「かまってかまって」と言わんばかりにはいはいと手を挙げて俺を見る。
「イライザさんはいつも通りで結構です。可愛いルックスからの超絶テクのギャップで観客を虜にしてください」
「うん! がんばるヨ~!」
イライザさんは両手の拳をグッと握り締める。ほんとにこの人はSICKHACKの清涼剤だね。
「志麻さん、物販はあの辺りで行います。今日はバレンタインということでお伝えした通り、ライブ後にお客さんにお菓子を配る予定になってますので」
「ああ、わかった……山田くんには先に渡しておこうか。ライブの後は忙しくなるかもしれないし」
「ありがとうございます! ……って、これ『ヴィタメール』じゃないですか!? こんな高いの貰っていいんです?」
「廣井の迷惑料込みだよ」
「つまり山田少年がこんな良いチョコを貰えたのは私のおかげということ。もっと私に感謝してもいいんだよ?」
「ベーシストってみんなそういうこと言いますよね」
姉貴に見つからないようにこっそり食べるか。いやでも姉貴はこういうのを嗅ぎつける力が人間離れしてるから……しょうがない。全部貪られる前にちょっと分け与えてやろう。
「私はこれね。ウイスキーボンボン」
「俺が酒に弱いこと知っててこれですか?」
「さすがにこんな少量じゃ酔わないでしょ?」
多分。でも不安だからこれも一人の時に食べよう。間違っても外で食べちゃダメなヤツだな。絶対に!
「お酒の美味しさを知らないなんて人生損するよ~。二十歳になったら一緒に飲もうね~」
「廣井さん以外のお二人と飲みに行きます」
「酷くない?」
「正しい判断だぞ」
「そうだネ」
だって廣井さんと飲みに行くとか絶対面倒なことにしかならないし。廣井さんはなぁ……顔は良いのにほんとに残念な生き物で……素面の時はあんなに可愛らしいのに。
「私はこれあげる~! ぺろぺろキャンディだヨ。可愛いでしょ?」
「すごく綺麗ですね。食べるのがもったいない……」
「でしょー? 可愛かったからたくさん買っちゃったんだー!」
イライザさんからハート形のカラフルなぺろぺろキャンディを貰う。ぺろぺろキャンディを食べるなんて何年ぶりだろう。もしかしたら十年くらい食べてないかもしれない。
ちなみにバレンタインにおけるキャンディの意味は「あなたが好き」らしいけど、俺もイライザさんもそんなことは全く意識してなかったんだ。
というか、お菓子の意味なんて普通知らないよ。俺は毎年姉貴のリクエスト通りの物を作ってただけだし。
でも、今思えば姉貴がバレンタインに「キャンディを作って」ってお願いしたことはなかったな……もしかして意味を知ってたのか?
まあいっか。イライザさんからのキャンディもあとで美味しくいただこう。
「みなさん、ありがとうございます。お返しにアップルパイをどうぞ」
「わー、ありがとー!」
「……これ、お姉さんの代わりに山田少年が作ったんでしょ?」
「そうなんですよ。よくわかりましたね」
「バレンタインに男の子からお菓子を貰うことにツッコむべきなのか弟にお菓子を作らせることにツッコむべきなのか……」
「志麻、気にしたら負けだって」
「そうそう! これすっごく美味しいヨ~!」
イライザさんは早速包装を解いてもぐもぐ食べ始める。うん、三人とも喜んでくれてよかった。
「おはようございます!」
SICKHACKの人達と打ち合わせがてら話していると、ヨヨコ先輩率いるSIDEROSの四人がやってきた。
そういや、ヨヨコ先輩とはこうやってちゃんと顔を合わせるのはクリスマス以来だ。……やべぇ、なんかちょっと照れ臭い。
「おはようございます。
「え、ええ……よ、よろしくね。や、
ヨヨコ先輩はちょっと顔を赤くして俺からさっと目を逸らす。
そんな変な感じであいさつしないでください。俺も意識しちゃうじゃないですか。ロインでは全然普通だったのに。
「えっと……ロインで伝えた通り、SIDEROSのみなさんは二番目になります。今は結束バンドがリハをやってるので次にリハに入ってください」
「わ、わかったわ」
「なんで二人ともそんなぎこちないんすか」
「怪しいね~」
「怪しいです~」
「あ、怪しくないっ! は、初めて演奏するハコだからちょっと緊張してるだけよ!」
「いや、それを胸張って言うのもどうかと思うすけどね」
あくびちゃんの的確なツッコミが炸裂する。ヨヨコ先輩がライブ前に緊張するなんていつものことだけど……さすがにちょっと露骨過ぎてメンバー達に色々と疑われているみたいだ。
ロインで聞いた限りだと、クリスマスイブに俺と二人っきりで会ったことはメンバーに知られてないらしい。……ほんとかなぁ? ヨヨコ先輩って素直で嘘をつくのが下手だから他の三人も薄々感づいてるんじゃない?
「そ、それよりも結束バンドよ! リハを聴いてる限り、かなり仕上げてるみたいじゃない?」
「うん、クリスマスライブの時よりもずっと良くなってるよね~」
「ぼっちさんの演奏も安定してますし、ギターヒーローさんが本領を発揮できる日も遠くないのでは~」
「さすがTokyo Music Riseの
あくびちゃんの言う通り、すでにTokyo Music Riseの東京予選は終わっていて、結束バンドは見事予選を一位通過して三月十七日の決勝戦へと駒を進めていた。この決勝戦で代表に選ばれれば、三月二十九日に実施されるファイナルステージへと進出できる。
「SIDEROSだって全国ウェブ予選で一位じゃん。大槻先輩が予選のエントリーをミスった時はどうなるかと思ったけど……」
「わ、忘れなさい! 勝ち上がったんだからいいでしょ!」
「クリスマスイブにあれだけ格好つけておいて『エントリーミスで出場できませんでした』ってめちゃくちゃダサいっすもんね」
「あ~あ、私達も予選会場でちゃんと演奏したかったな~」
「したかったです~」
「う、ううううるさーい! ウェブ審査だからその分練習にしっかり時間を充てられたでしょ! 結束バンドより一足早くファイナルステージに進出したんだから結果オーライよ!」
SIDEROSはみんなが言う通り、ヨヨコ先輩が間違えて全国ウェブ予選の方でエントリーしちゃったんだよね。だから予選で結束バンドとSIDEROSがぶつかることはなく、戦いの舞台はファイナルステージになったのだ!
って言えば聞こえはいいけどヨヨコ先輩のドジです。はい。
「東京ビジュアルアーツで待ってるわよ、結束バンド!」
「俺に言ってもしょうがないでしょ」
「今リハ中っす」
俺達が至極真っ当に指摘するとヨヨコ先輩は顔を真っ赤にして俺をポコポコ叩いてきた。そういうところも可愛いですね。
「そろそろ結束バンドのリハが終わりますね。SIDEROSのみなさん、準備をお願いします」
その後、ヨヨコ先輩とライブの流れについて最終確認をしていると結束バンドが最後の一曲を演奏し始めたのでヨヨコ先輩達にリハの準備に入るように告げる。
リハを聴く限り、結束バンドのみんなは大丈夫そうだな。ひとりもSTARRYだと緊張することもなくなったし。これまで路上ライブや色んな会場でライブをさせた甲斐があったよ。バンドを結成してまだ一年も経ってないけど、彼女達の成長を間近で見続けた身としては心にくるものがあるね。
「あ、レンくん。リハに行く前にこれ渡しておくね。ハッピーバレンタイン!」
「幽々達みんなで作ったんですよ~」
「ふーちゃん先生ご指導の下がんばったっす」
ふーちゃんから可愛く包装された包みを受け取り、中を見るとクッキーやマドレーヌ、トリュフチョコがたくさん入っていた。
「みんなありがとう! これ、俺からのお返しね」
「アップルパイだ!」
「あとで美味しくいただきますね~」
「紅茶が欲しくなるっすね」
「待て待て待て!! 何普通に受け取ってるのよ!? 山田もなんでアップルパイなんか用意してるの!? 誰かツッコみなさい!!」
「……え? どうせリョウさんに作らされたんすよね?」
「自分で用意するのが面倒臭いから『レンが代わりに作って~』って感じでしょ?」
「リョウさんは山田さんに好きなお菓子を作ってもらえて他の女の子達からもたくさんお菓子を貰うっていう戦法です~」
「みんなの俺達姉弟に対する理解が深くて涙が出そうだよ」
「山田はそれでいいの!?」
「毎年こんなことやってますからね。だから俺にとってバレンタインは仮装しないハロウィンみたいなものなんです」
「伊地知虹夏の教育はどうしたの!?」
うーん、喜多さんと全く同じリアクション。世間の常識を考えてみれば、俺のやってることってかなりおかしなことだけど、俺の中ではこれが常識になっちゃってるんだよな。……そうか、これがロックか。
「俺も随分ロックな生き方をしていたみたいですね」
「バレンタインで悟ることそれ!?」
「ヨヨコ先輩、結束バンドのリハ終わったみたいっすよ」
「こ、こんな釈然としない気持ちでリハに入るなんて……」
「緊張がいい感じに解けたじゃないですか~」
「じゃあ山田さん、行ってきますね~」
「がんばえー」
そして俺は楽屋へと向かう四人を手を振って見送るのだった。
「山田くん」
「はい、どうしました?」
リハが終わった結束バンドと最終確認をするために、彼女達のところへ向かおうとしたところで志麻さんに声をかけられる。
「Tokyo Music Riseの決勝戦が終わった後でいいんだが……少し時間を貰えるかな? できれば虹夏ちゃんと一緒に」
「ええ、大丈夫ですけど……他のメンバーはいいんです?」
「こういう話は君と虹夏ちゃんが一番理解できると思ってね」
「こういう話?」
俺が聞き返すと、志麻さんの口から出てきたのは俺が全く予想していない言葉だった。
「
「あ、山田じゃーん。ほれ、バレンタインチョコをめぐんでやろう」
「チロルチョコのきなこ餅……佐々木さんったら俺の好きな物を覚えててくれたのね」
SICKHACKのリハも終わり、開場の時間になるとすぐにたくさんのお客さんがライブハウス内に入ってきた。今回は多分、STARRY史上最高の売り上げになるんじゃないかな。
そんな中、佐々木さんがやってきて俺にチロルチョコを一つだけくれたので俺は即座に包みを解いて口に放り込む。美味しい。
「俺からのお返し、どうぞ」
「喜多が言ってた通りマジで作ってきてる。お姉さんの我儘でしょ?」
「なんでみんなそんなに山田家に対する理解力が高いの?」
多分、喜多さんが山田家の情報を過剰に漏洩させているんだと思う。
「しょうがないから山田にもウチの手作りお菓子をあげるか~」
「わーい」
「欲しいんか? ウチの作ったお菓子が欲しいんか?」
「すごく欲しい」
「『
「
「躊躇いとかないの?」
佐々木さんからツッコまれつつも手作りお菓子を貰いました。中身はワッフルか。そういえば、喜多さんと一緒に可愛いワッフルメーカーを買ったとかって言ってたよね。
「や、山田くんっ。私もお菓子あげるっ……!」
「私とも交換しよ~よ」
「お菓子がどんどん増える。やったぜ」
そして佐々木さんと一緒に来ていた五組の女の子達ともお菓子を交換した。たくさん貰えるのはすごく嬉しいけど、消費するのが大変だな。姉貴も毎年アホみたいに貰ってくるし。
その後はいつもの一号さん二号さんコンビからチョコを貰ったり(一号さんは市販、二号さんは手作りだった)、星歌さんと段取りの最終確認をしていると、ライブの開始時刻が迫ってきていた。
「うっわ、すごい人。SICKHACKとSIDEROS効果ヤバいわね」
「出たな『十四歳に見える自称十七歳の実年齢二十三歳メルヘンぶりっ子ライター』」
「出会い頭に暴言吐かないでくれる!?」
「じゃあ佐藤愛子」
「本名で呼ぶなっ!」
今日も今日とて萌え袖だぼだぼピンクパーカーに身を包んだやみさんがやって来る。この人もなんだかんだで結束バンドのライブは毎回観に来てくれてるからね。星歌さんの暴言もあいさつみたいなものですよ。
「こんにちはやみさんっ! ぎぶみーちょこれーと!」
「そっちはそっちで出会い頭に催促してくんな!!」
「知らなかったのか? 今日は手作りお菓子がライブチケットの代わりなんだぞ?」
「そんなライブハウス聞いたことないわよ!!」
「お菓子くれないと悪戯しちゃいますよ?」
「三か月遅いわ!!」
やみさんは「きしゃー!!」と水をぶっかけられて毛を逆立たせた猫みたいなリアクションをする。やっぱり面白いなこの人。
そんなやみさんが俺をぺしぺし叩いていたかと思うと、急にメスガキ面になって俺を上目遣いで見てきた。
「あたしに悪戯って……一体何をする気なのかしら? きゃー。山田のえっちー」
これってあれだよね? 完全にあれだよね? 「あたしをわからせて♡」っていうやみさんのフリだよね?
そう考えて、俺はポケットからスマホを取り出す。
「文化祭でぶりっ子メイドになったやみさんの画像をポスターサイズに引き伸ばしてご実家に郵送……」
「あたしの尊厳を破壊する気かーっ!?」
「もう破壊されてんだろ」
星歌さんが告げた残酷な真実を無視してやみさんはスマホを持っている俺の腕にしがみついてくる。
こらっ! 厚手のパーカーを着てるからってそんなにくっつかないの! おっぱい当たってるでしょ! やみさんはそんなロリロリした見た目のくせに隠れ巨乳っていう反則生物なんですからね!
「はぁ……はぁ……い、いつかあんたの弱みを握ってやるんだから……」
「そういう台詞……やみさんって即落ち二コマがよく似合いますよね」
「それな」
「ほんと失礼だな!!」
「ペンネームを『くっころ♡やみ』に変えましょうよ」
「頭の悪いエロ同人のタイトルみたいだな」
「ほんとに失礼だなお前ら!!」
やみさんは駄々っ子のように俺のコートをぐいぐい引っ張る。ほんとに面白い反応してくれるよねこの人。二十三歳っていうのが信じられないな。もうちょっと志麻さんみたいに落ち着いた大人の女性になってほしいですね。
「で、お菓子はないんですか?」
「さっきコンビニで買ったピュレグミしかないわよ」
「俺が作ったアップルパイと交換しましょ」
「なんでそんなもの作って来てんのよ!?」
「そのツッコミ、人生で百回以上言われたんで聞き飽きました。ゼロ点です」
「ツッコミの採点までする必要ある!?」
というわけで、やみさんとお菓子を交換しました。ピュレグミうまうま。砂糖のじょりじょりした食感がいいよね。大好き。
「おいレン、バレンタインにグミをあげる意味って『あなたが嫌いです』らしいぞ」
「……え?」
星歌さんの言葉に、俺は思わずグミを食べる手を止めてしまった。し、知らなかった……
「ちょ!? そんなショック受けた顔しないでよ!! あ、あたしも知らなかったんだから!!」
「そっかぁ……やみさん。いえ、佐藤さんごめんなさい。俺の絡み、ウザかったですもんね。嫌われても当然ですよね……」
「ち、ちがっ!? 急にそこまで距離を取られるとあたしもショック!! 嫌ってない!! 嫌ってないからね!?」
「あーあ。二十三歳の女が十五歳の男子高校生を泣かしたー」
「うっさいわよ三十路!!」
「年齢のことを言ったら戦争だろうが!!」
「どの口が言ってんのよ!?」
星歌さんとやみさんが漫才を始めてしまったので、俺はピュレグミをもぐもぐしながらそれを観察するのだった。
「レンってこいつに対する好感度結構高いよな? ……女の趣味悪いぞ」
「それ本人の前で堂々と言う!?」
「こういうところが面白いからです」
「あたしは『おもしれー女』枠だったの!?」
「なるほどな」
「あんたもそれで納得すんな!」
でも実際、やみさんは俺が出会った女性の中でも「おもしれー女十選」には確実に入りますよ。……冷静に考えたら「おもしれー女」が周りに十人以上いるって相当おかしな状況だよね。
「おもしれー女で思い出したけど、こいつ最近また変な女と知り合ったんだよ」
「またぁ? あんたどんなフェロモン出してんのよ。いつか刺されるわよ」
「でもこいつの場合、粉かけてるとかじゃないからそういう修羅場にはならない気がするんだよな」
そりゃあね。自分の容姿と発言の影響力くらいは理解しているつもりですから。無自覚に出会う女性をみんな口説くような痛いラノベ主人公ムーブなんてできませんよ。
「で、今度はどんなのと出会ったわけ?」
「『妖怪しゅきめろり』らしい」
「しゅき、めろ……? マイメロの仲間? ファンシー系の頭お花畑電波ちゃん?」
「うーん……ちょっとニュアンスが違いますね」
お花畑や電波って感じじゃないんだよね。というか、あの子の生態を現存する言語で表現するのは難しい……
「なんかそう言われるとすごく気になるわね。どんな女よ一体?」
どんな女って言われてもねえ……
俺が頭を悩ませながらうんうんと唸っていると、ライブハウスの扉が勢いよく開いた。
「はぁ~~~~~~っ!! ここがリョウさんとレンさんのおわしますライブハウスですね!! ルーブル美術館決定!! 今すぐここを国の重要文化財に指定しましょう!! 文化庁に申請しなければ!! ……あ、レンさ~~ん!! 今日も変わらずお顔がお美しい!! 尊過ぎて淀んだ空気がマイナスイオンに早変わり!! えれも結束バンドの応援に来ましたよ~~っ!!」
こんな女です。