「みんな乗ってるー? 今日は珍しくSICKHACKがトップバッターを飾るぜ~! でもここの店長は私の先輩だからいつもより飲酒量控えめでいくからその分みんなで盛り上げてよ~? それと、バレンタインにわざわざ私達のライブを観に来るようなモテない男達のためにチョコを用意したぞ~! さあ受け取るがよい彼女のいない哀れな独り身男共~!」
「いいぞー! 廣井ー!」
「痛っ! 痛っ! 固形物投げるのは痛いって!?」
「志麻様ー! 私の愛を受け取ってくださーい!」
「廣井はいいからイライザさんのチョコが欲しい!」
「私のチョコは物販で三千円以上買ってくれた人限定だヨ?」
開幕早々廣井さん達が好き放題にやり始める。ステージの上からウイスキーボンボンを観客に向かって投げつけたり、女性客がステージに……正確には志麻さんにチョコを投げようとしたり。
SIDEROSや結束バンドのファン達は……よく考えたらこの三組で何度もライブをやってるから慣れたもんだな。
「おきゃわわわわ~~~~~~~!!!!! 顔が良い~~~~~っ!!!! あの人達顔が良過ぎます~~~~~っ!!!! 特にドラムのお方!! ドラムのお方!! あのちょっとクールで中性的で端正な顔立ち!! はぁ~~~~~~~!!! しゅきしゅきしゅきしゅきしゅきしゅぎるうぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!! えれこの人達のこと好きになりました!! きゃーーーっ!! きゃーーーっ!!」
「えれちゃんちょっと!! そんな騒がないで!? 他のお客さんに迷惑───って、力強いなえれちゃん!?」
一方俺はえれちゃんの見張りというかお守り役になっていた。この子も暴走すると手が付けられないタイプだな!? しかも無駄にパワーがあるからある意味姉貴より厄介!!
「なんか後ろの方も盛り上がってるね~? よっしゃー! いっちょダイブでもいってみっかー!?」
さらに廣井さんが調子に乗って「うおおおおおおっ!!」と叫びながら観客席にダイブする。そのまま胴上げのように観客に運ばれてる廣井さんを見ていたら、だんだんこっちに近づいてきたんだ。
いやちょっと待て。廣井さんから被害を受けないように俺はあらかじめ後ろの方を陣取ってたのになんでこっちに来るんだよ!?
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ♡ こっちに……こっちに来てくれますぅぅぅぅぅぅぅぅ!! えれはここですよーーーーーっ!!」
「えれちゃんストップ!! マジでストップ!!
「山田少年乗ってるか~~~!?」
えれちゃんを庇った俺は廣井さんに顔面を踏まれた上に頭をどつかれるのだった。
あんたが年上のお姉さんじゃなかったらシバキ倒してたからな?
ただ、トップバッターとして会場を十分すぎるほどに盛り上げて温めてくれたから許して……いや許さなくていいな別に。
「な? 妖怪だろ?」
「『な?』じゃないでしょ!? あんた店長なんだからフォローしなさいよ!」
「大丈夫だ。ああいう面倒な女はレンの大好物だから。あいつに任せておけば何の問題もない」
「山田への負担が大きすぎるでしょ!?」
「あいつはこの程度で潰れたりしないと信じてる」
「……あたし、今度から山田にもっと優しく接するわ」
「ご、ごめんなさい……えれ、ライブになったら周りが見えなくなっちゃって……」
「うん、気持ちはわかるよ。俺も初めてライブハウスでバンドを観た時の緊張感と興奮はよく覚えてるから。でもね、他のお客さんもたくさんいるわけだから最低限のマナーは守ろうか」
「はい! 『ルールを守って楽しく推し活!』 えれ……初心を忘れるところでした」
「大丈夫、誰にだって間違いはある。大事なのは間違った後の行動だからね」
「えれ、反省しました!」
「うん、いい子いい子」
「はい! 推しからの『いい子いい子』いただきましたぁ~~~~っ!!! そのままえれの頭をなでなでするという夢小説で百万回は見た展開!!」
「ほんとに反省してる!?」
喜多さんでもこんなになることはなかったのに……えれちゃんってもしかして、ライブ限定で俺史上最も手がかかる女かもしれない。ふー……あらためて気を引き締めねば。
「姐さん達の演奏で盛り上がっているところ悪いけど、ここから先は私達の出番よ! 会場の空気も何もかも……全部全部ぜーんぶ私達が持っていくからしっかりついてきなさい!!」
「こんな風に格好つけてますけど、初めてのハコだからさっきまでものすごくグロッキーだったんですよ~」
「楓子! そんなこと言わなくていいでしょ!?」
「ちなみに今日はバレンタインなので~ラブソングのカバーも一曲やりま~す!」
「ヨヨコ先輩がカラオケで恥ずかしそうにしながら一生懸命練習したのでしっかり聴いてあげてくださいね~」
「なんで小学校の発表会みたいな言い方するの!?」
「ヨヨコ先輩、さっさとスタンバイしてくださいっす。カウント取るんで」
「この流れで始めるつもり!?」
今日のSIDEROSのMCはいつもと違うな。普段はもうちょっとヨヨコ先輩が真面目で熱いことを語るのに。……多分、ヨヨコ先輩が変に緊張しないように三人が気を遣ってあげたんだろうね。
ただ単に廣井さんの悪乗りに合わせてヨヨコ先輩を弄りたかっただけじゃないと信じたい。
「あ、あ、あ……だ、だめだめだめだめっ♡ あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っ♡ 顔が良い~~~~~っ!! ちょっと無理!! きたーーっ!! きたーーっ!! 無理無理無理っ無理っ!! 我慢できない!! みなさん顔が良過ぎてむりぃ~~~っ!! えれ……尊過ぎて耐えられませんっ!! しゅきしゅきしゅきぴぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!!!」
「また始まった!? でも俺は学んだんだ!! 暴れ出す前に後ろから羽交い絞めにしてしまえば抵抗できなく───」
「特にギターボーカルの人!! 顔だけじゃなくて全てが良過ぎて尊死しちゃいますぅ~!! ギターのテクもそうですけど、何と言ってもあの歌唱力がたまりません!! ギターとボーカルをあんなにハイレベルで両立させられるなんて……えれ感動しました!!」
えれちゃんを羽交い絞めにしながらも、俺はその言葉に感動していた。この子、ただ顔が良いから騒いでるんじゃなくて、演奏をよく聴いてくれてるんだ。
「……わかる!? あのね、
「レンさんはあのギターボーカルさんがしゅきぴなんですね~! とっても素敵な愛が伝わってきました~! えれと一緒にしゅきぴを推していきましょう! しゅきしゅきしゅきぴしゅきめろり~!!」
「しゅきめろり~!」
「山田が感染したわよ!? あんたが放っておくからこんなことになったんでしょ!?」
「あいつは結束バンドよりも先に大槻の苦悩をたくさん見てきたからな。それこそ、SIDEROSが今のメンバーになるまで色々手助けしていたみたいだし……大槻に対する感情とあの妖怪の性質が混ざり合っておかしな化学反応を起こしてる」
「冷静に分析してる場合か!! ちょっと山田を助けてくるわ!!」
「即落ち二コマに賭けておくよ」
「あたしが簡単に屈するわけないでしょ!!」
「女騎士はみんなそう言うんだ」
あ、危ない危ない。大槻先輩を褒められてちょっとテンションが上がってしまった。えれちゃんってただのミーハーオタクかと思ってたけど、演奏の良し悪しがちゃんとわかるんだね。そういや、地下アイドルやってるらしいから楽器はともかく歌に関しては俺なんかよりもずっと詳しいんだろうな。
「みなさんこんばんはー! 盛り上がってますかー? 今日は私達結束バンドが企画したバレンタインライブということで……珍しく私達がトリを務めまーす! いつものライブだと三曲くらいしか演奏しないけど、今日はなんと六曲もやります! もちろん、バレンタインの甘々な空気に合わせたラブソングのカバーも演奏しますよ~! といっても結束バンドは誰も色気づいた話なんてないんですけどね……はぁ」
SIDEROSの演奏で会場がさらに盛り上がり、トリである結束バンドが登場する。喜多さんはもうすっかり慣れた演奏前のMCで軽快に喋るけど、なぜか最後の方はテンションが下がり気味になっている。ちなみにひとりは「ラブソング」というフレーズを喜多さんが口にしたあたりで痙攣をおこしていた。……クリスマスライブも何とか乗り越えたから大丈夫でしょう。
「独り身のあなたはそんな寂しさを私達の演奏で吹っ飛ばして……甘々なカップルさん達は私達の演奏でもっともっと幸せになってくださいね! それでは一曲目いきます! 『星座になれたら』」
一曲目はあえて落ち着いた曲をセレクト。会場の熱に少しブレーキをかける形にはなるけど、ここまで盛り上がりに盛り上がって飛ばしまくっていたから、小休止的な意味合いを込めているのかな。テンション上がりっぱなしだと疲れるもんね。セトリ通りならここから徐々に盛り上げていってラストは「グルーミーグッドバイ」につながる流れになっている。
「はぁ~(恍惚) しゅごい……推しがしゅごしゅご尊過ぎてえれの語彙力が宇宙猫状態になっちゃってます~。リョウさんのお顔が今日も今日とて人間国宝ルーブル美術館なのはもちろん……他の先輩方もみんなみーんなかっこいいでしゅ~♡ あっあっあっ♡ だ、だめ……えれ……感激して貧血で倒れそう……」
「えれちゃん大丈夫!? さっきまでのテンションとの落差が酷いな!!」
「レンさんのお顔がこんな近くにぃ……」
「大丈夫そうだね」
一昔前の少女漫画で超絶イケメンに遭遇したモブ少女みたいな反応をしながらふらついているえれちゃんをしっかり支えてあげる。ガチの体調不良ならこのまま楽屋まで連れて行こうと思ったけど、恍惚の表情で「しゅきしゅき♡」言ってるえれちゃんを見てこのままでいいなと判断した。
「前の路上ライブではリョウさんに夢中になってましたけど……後藤先輩ってしゅごいですね。えれ、楽器には全然詳しくないですけど、後藤先輩がものすっっっっっっっっっっっっっっっごく上手いっていうのはわかります~! ……俯いてて猫背だからわかりにくいですけど、もしかしてお顔もものすごくお綺麗なのでは? えれの『しゅきめろめーたー』がビンビンに反応してますよ~!」
「星座になれたら」のギターソロと「あのバンド」のギターイントロでえれちゃんの視線がひとりに釘付けになっていた。いやー……わかる? そうなんだよ! あの物静かでおとなしそうな女の子が実は超絶凄腕ギタリストでライブになると誰よりも格好良くなるんだよ!
ということを、えれちゃんに熱く語ろうと思ったんだけど……
「そうなのよ!! ギターヒー……おほん。後藤ひとりさんは本当はとんでもないギタリストなの! それこそ今すぐプロのメジャーバンドに放り込んでも十分通用するくらいにね! あの歌うようなビブラートに独特のストロークと癖……ああいう個性の強いギタリストって刺さる人には本当に刺さるのよ! 基礎を極めたお手本のような凄腕ギタリストの大槻ヨヨコとはまた違ったタイプ……バンドマンとしての総合的な能力は大槻ヨヨコに軍配が上がるけど、あたし個人としては……純粋なギタリストとしての技量だけならギターヒーローさんが上回っていると思うわ!」
なんかいきなりやみさんが現れて熱く語り始めた。最初は誤魔化そうとしてたのに最終的に「ギターヒーロー」って思いっきり口に出しちゃってるし。この人も大概厄介ファンだよなぁ……俺も人のこと言えないけど。
仕方ないよね。俺もやみさんも彼女の演奏に脳を焼かれちゃったんだもんね。
「お仲間がまた増えました! じゃあ、結束バンドしゅきしゅき仲間として一緒に応援しましょ~! しゅきしゅきしゅきぴしゅきめろり~!」
「しゅきめろり~!」
「しゅきめろり~!」
最終的にえれちゃん、やみさんと一緒に観ることになりました。
ちなみに結束バンドが選んだラブソングはflumpoolの「君に届け」だ。喜多さんは「西野〇ナをやりたい」って言ってたけど、ひとりが西野〇ナの歌詞に耐えられそうにないからあえなく断念。「君に届け」も結構ギリギリだったらしい。だから喜多さんはあくびちゃん達にお願いして大槻先輩に西野〇ナの「GO FOR IT !!」を歌わせたんだよね。……ものすごく可愛かった。
「やっぱ即落ちしてんじゃねえか」
星歌さんが一人でそんなことを呟いていたらしいけど、バレンタインライブはこれにて無事に終了。俺の精神力と体力が(えれちゃんによって)大幅に削られ以外は何も問題なかったな! ヨシ!
「ひとりちゃんお疲れ様! 今日も格好良かったわよ!」
「あ、ありがとう……ございましゅ……き、喜多ちゃんも歌声に熱が入ってて……おっふ」
「ぼっちちゃんの足が融解して八本になった!?」
「……たこ焼き食べたい」
よ、ようやくライブが終わった。人前で六曲も演奏するのは初めてだからいつも以上に体力がががががが……そ、それに途中でラブソングを挟んだせいで精神力も……ヴォエッ、また吐き気がしてきた。
flumpoolだから我慢できたけど西野〇ナだったら我慢できなかった。
でも、大槻さんが西野〇ナを歌ってるのは可愛かったなぁ……じ、実は大槻さんもあの歌詞みたいに重たい女の子だったりするのかな? レンくんのレンくんに「GO FOR IT !!」しちゃうぞとか言ったりして───
そういえば、レンくんはどこにいるんだろう? 観に来てくれたお客さん達にチョコを渡している時に、隅っこの方で日向さんを羽交い絞めにしているのは見えたんだけど。
ま、まだレンくんにチョコを渡せてないのに……
「ぼっちちゃん、レンくんを探してるの?」
「あ、えっと……」
私がライブハウス内で挙動不審になりながらキョロキョロしていると、虹夏ちゃんが声をかけてきた。だけど私はなんとなく恥ずかしくなってしまって顔に熱が集まってくるのを自覚しながらこくりと頷く。
そんな私の様子を見て、虹夏ちゃんは優しい笑顔を浮かべていた。
「おねーちゃーん! レンくんがどこにいるか知ってるー?」
「あれ? あいつならさっきまで妖怪とぶりっ子ツインテールの相手をしてたんだけどな……」
「レンくんなら『疲れたから外の空気を吸ってきます』って言って出ていきましたよ~」
「PAさん、ありがとうございます。……だってさ、ぼっちちゃん」
「あ、はい……あの、その……」
虹夏ちゃんはレンくんのところに行かなくていいんですか?
「あたしは後で渡すから大丈夫だよ。それより、今なら誰にも見られないでレンくんにチョコを渡せるでしょ? ほら、行っておいで」
私が尋ねる前に、虹夏ちゃんはまるで私の心を見透かしたかのようにそう言った。た、確かにみんなに見られているところで渡すのは恥ずかしいですね。ちょっと行ってきます!
「がんばってねぼっちちゃん!」
虹夏ちゃんの笑顔と言葉に背中を押されて、私はSTARRYのドアを開くのだった。
外に出ると、レンくんはすぐに見つかった。階段を上がったところにある花壇の端っこに腰掛けている。いつもより小さく見える背中は、なぜか哀愁漂うサラリーマンのようだった。
ひ、日向さんの相手がよっぽど疲れたんですね。お労しや……
「あれ? ひとり?」
「あ、あ、あ……ひゃいっ」
私が階段を上がる足音が聞こえたのか、レンくんが振り返って私の名前を呼ぶ。いきなり名前を呼ばれて驚いた私は思わず変な声で返事をしてしまった。は、恥ずかしい……
「どうしたの? もう打ち上げに行く時間?」
「あ、いえ……ま、まだ片付けが終わってないみたいで……」
「そっか。……座る?」
レンくんがニコニコと笑顔でそう尋ねてきてどうしていいかわからず戸惑っていたけど、結局私は恐る恐るレンくんの隣に腰掛けた。彼との距離が近くなって、ふんわりと甘い香水の香りが彼から漂ってくる。
「今日も最高だったよ。演奏がどんどん安定して、みんなのレベルも上がってきてるからひとりがしっかり実力を発揮できるようになるまでそんなに時間がかからないかもね」
「あ、いえ。ま、まだまだ……です。みんなが私の演奏を支えてくれていますけど……みんなに甘えすぎないように、私がしっかりしないといけないので」
「うん。まだまだ伸びしろはたくさんあるよね。でも、それ以上に手ごたえも感じてるでしょ?」
「は、はい」
レンくんの言う通り、私は……私達は文化祭のライブから大きな手ごたえを感じていた。たくさんの人の前で演奏することに慣れてきたのもそうだけど、文化祭からの数ヶ月でバンドとしての演奏の安定感がぐっと増したように感じている。
いつかリョウさんが言っていたメンバー達の「バラバラな個性」が一つになりつつあるんだ。
「来月にはTokyo Music Riseの決勝戦とファイナルステージか。まだまだ忙しいけど、がんばろうね。俺もできる限りお手伝いするからさ」
「あ、はい。お願いします。と、特にもうすぐ学年末テストがあるので……何卒、何卒お力添えを……」
「喜多さんも交えて勉強会しようね」
「は、はいっ……!」
今でもバイトがない日には学校でレンくんとお勉強したり、お家に帰ってからはテレビ電話でレンくんに家庭教師をしてもらったりしている。喜多ちゃんも二学期の成績が落ちちゃってお母さんに注意されたらしいから、私達と一緒に勉強することが増えたんだ。
「テスト期間中は喜多さんのスマホ取りあげていい?」
「レンくんは私に死ねというのかしら?」
最近、レンくんと喜多ちゃんがこんなやりとりをしていたことを思い出す。こ、これがスマホに毒された現代っ子!! わ、私は別にスマホを一ヶ月くらい没収されてもなんともないのに……
「それにしても、時が経つのは早いなぁ~。俺達ももうすぐ二年生か……」
「二年生……クラス替え……築いてきた人間関係の崩壊……復活のぼっち……」
「わーっ!? ごめんごめん!! 禁止ワードだったね!! 二年生でも同じクラスになれるよ!! ……多分」
あ、あ、あ……い、今のクラスで仲の良い人達と離れ離れになってしまう。でも一番辛いのはレンくんと違うクラスになってしまうこと!! レンくんのいない教室……だめだ。想像しただけで学校に行きたくなってしまう!!
神様どうかレンくんだけは私と同じクラスにしてください何でもしますからお願いしますもう二度と調子に乗ったりギターヒーローアカウントで虚言を吐いたりしないので許してください次のテストで平均六十点以上取るのでどうかお願いします!!!!!!
このときの私は喜多ちゃんの存在をすっかり忘れていたんだ。ご、ごめんね喜多ちゃん……わ、悪気はなかったんだよ?
「そ、そろそろ中に戻ろうか。ずっと外にいると風邪引くかもしれないし」
「あっ……」
そう言って立ち上がったレンくんの手を、私は無意識の内に掴んでいた。
「ひとり……?」
レンくんは不思議そうな顔を浮かべて首をかしげる。お、思わず手を掴んじゃったけど……ど、どうやって話を切り出せばいいの!?
ど、どうやってもこうやってもないよね!? 普通に「いつもありがとうございます。バレンタインチョコです」って言って渡せばいいだけだよ!!
うん。そうだよ! チョコレートの本場のベルギーだとバレンタインはお世話になった人に感謝を伝えるためのイベントって定着してるんだから日本みたいに誰もかれもが好きな男の子に好意を伝えるためにチョコをあげるわけじゃなくてむしろ今の時代はそんな女の子はツチノコ並みに希少種なわけであれでも私って下北沢のツチノコだからそんな希少種と同類ナンジャモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモモ!!!!!?????
ええい!! バグるなバグるな!! こんな肝心なときにバグってどうする!! レンくんにはこの一年間たくさん……誇張表現抜きで本当にたくさんお世話になったんだから感謝の気持ちを伝えるのは当然のこと!!
だから!! チョコレートを渡すことに深い意味は……いや感謝が浅いって意味じゃないですものすごく譜感謝してます!! ただ……その……ね? れ、恋愛感情的なあれではなくてあくまで……その……あうぅ……か、顔が熱くなってきたよ……
「俺に何か話したいことがあるのかな?」
手を掴んだまま一向に何も話さない私を見て、レンくんはもう一度腰を下ろして私に優しく話しかけてくれる。
ま、また……また彼の優しさに甘えてしまう!! 私はいつもこうだ……肝心なときに……肝心なときにいつもいつも躊躇って……
でも!! 今日の私は今までの私とは違うんだ!!
さあ行け後藤ひとり!! 今こそ一年間の成長を……感謝の気持ちを彼に───
「レンくん……あの、こ、これ……」
私はコートの内ポケットから包みを取り出し、震える手でレンくんに渡す。
「ば、バレンタインチョコ……れす。い、いつも、あ、ありがとうございますっ……こ、こんなに、だめだめな……私をずっと助けてくれて……本当は、もっと……もっと早く伝えたかった……あの、私がどれだけ……どれだけ、レンくんに感謝してるか……」
言葉が上手く出てこない。自分のことなのに、自分の気持ちなのに、どうしてこんなに伝えることが難しいんだろう。もっともっとたくさん……たくさん伝えたいことがあるのに。こんなのじゃ、私の気持ちが全然───
「───大丈夫、ちゃんと伝わってるよ」
レンくんはそう言って優しく笑って両手で私の手を包み込んでくれる。手から伝わってくる彼の心地良い体温と笑顔に私はちょっぴり泣き出しそうになってしまって目を伏せた。
「これ、食べていい?」
「……へ? い、今ですか?」
「うん」
あ、あ、あ、い、い、今目の前で食べられるのはちょっと恥ずかしいというか何というか私の精神力が持たないのでどうかご勘弁……って、なんで笑ってるんですかぁ!?
レンくんは私が恥ずかしがっているのを知りながら、ちょっとだけ意地悪な笑顔で包みからチョコレートを取り出している。
「可愛い。クランチチョコだね───俺が一番好きなチョコだ」
レンくんはそう言って、ハート形のチョコレートを口の中に入れる。
あばばばばばばばばば!!!! ものすごく逃げ出したくなってきた。虹夏ちゃんと一緒に味見をしたから大丈夫だとは思うけどもしかしたら何かしらの奇跡が重なり合ってクソまずチョコができあがってしまった可能性もなきにもあらずというかむしろもうクソまずとしか考えられないというか本当にあれはチョコレートなのかそもそも私が作ったチョコレートは本当に存在しているのかチョコレートとは何なのかその概念から考え直した方がががががががががががががががががががががががががががががががががががが!!!!!!!!!
緊張や恥ずかしさや不安がごちゃ混ぜになったようなよくわからない感情がぐるぐると私の心を支配している。
だけど
そんなマイナスな感情は
「すごく美味しい! ありがとう───ひとり」
彼の笑顔とその一言で吹き飛んでしまう。
あ、どうしよう。信じられないくらい顔が熱くなってきた。
さっきまでの恥ずかしさからによる熱じゃない。
嬉しいんだ。彼に褒めてもらえたことが。喜んでもらえたことが。
でも、本当にそれだけ? 今の私の心の中にある感情はそれだけなの?
彼の笑顔を見ているだけで心がぽかぽかと温かくなって、安心して、ほんのちょっぴりドキドキして。
虹夏ちゃんや、リョウさんや、喜多ちゃん達に向けるものとは少し違う───
名前を知らない不思議な感情。
彼だけに抱いている特別な感情。
もしかして───
もしかして───
もしかして───
これ以上、考えるのはやめておこう。
いつもみたいに、きっとすぐにこの感情はどこかへいってしまうから。
この感情に名前を付けてしまったら私達の関係が壊れてしまうような気がしたから。
今の私は君の隣でこうしていられるだけで満足だから。
「レンくん」
私は、不思議な感情に蓋をして彼の名前を呼ぶ。
「これからもよろしくね」
私の言葉に彼はいつもの───私の大好きな優しい笑顔で頷いてくれた。
ああ、神様お願いします。
どうか、どうかあと少しだけ
二人だけの時間が長く続きますように───
そんな風に、願っていたから気付かなかったんだと思う。
「───バカみたい」
階段の下で誰かが小さく小さくそう呟いていたことに。