【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#62 君が沈めた君を見つけるまで

「今日は全体的に良かったと思うわ。ただ、四曲目と五曲目あたりで演奏がもたつき気味になってダレちゃったのは問題ね。中盤から後半にかけては体力的にもきつくなってくるところだけれど、お客さんにはそんなの関係ない。しんどくなってきた時こそしっかりパフォーマンスができるようにしておくこと。でも、ラストの六曲目でしっかり盛り返したのは評価できるわ」

「おお、ヨヨコ先輩がダメ出しだけじゃなくて褒めることを覚えたっす。……成長したっすね」

「最初の頃はダメ出しばっかりだったから打ち上げハブってたりしたもんね~」

「ヨヨコ先輩もずいぶん丸くなりました~」

「恥ずかしいこと思い出させないでくれる!?」

 

 ライブが終わってメンバーとの反省会もそこそこに楽屋を出ると、まだライブハウス内の片付けは終っていないようだった。やま……レンはどこにいるのかしら? ライブ中は後ろの方で姐さんに顔面を踏まれてて、変な女と一緒にいたと思ったのだけど。

 

 レンの周りには変な女が多いわね。……私くらいは優しくしてあげましょう。

 

「大槻さんお疲れ様! 西野〇ナすっごく可愛かったわ~! 大槻さんにお願いしてよかった~」

「ぐっ……今回は時期が時期だったから歌ったけど、もう二度とライブであんなの歌わないからね!」

 

 喜多郁代がキラキラした表情で私を褒めてくれるけど……死ぬほど恥ずかしかったのよ!! そもそも私達はメタルバンドなのにあんなゴリゴリのラブソングを歌わせて……あんなのレンとカラオケに行った時でさえ歌ったことがなかったのに!!

 

「そうだ! 今年の文化祭はSIDEROSも秀華高校でライブをやりましょうよ! 盛り上がりますよ~」

「部外者がライブやっていいんすか?」

「大丈夫じゃないかしら。ウチの学校ってそういうところ緩いから」

「出た~い! 学校の体育館でライブをやるのって、いつものライブハウスとは雰囲気が違っていいよね~」

 

 文化祭ライブ……リア充達の祭典……も、もともと私はぼっちだからそういう陽キャ全開なイベントは苦手なのよ!! きょ、去年はなぜかメイドまでやらされるし……!! ま、まあ、レンと一緒に文化祭を回れたのは良い思い出だけどね。

 

「そういや、レンさんはどこ行ったんすか? 廣井さんに顔面踏まれて頭をどつかれてましたけど……」

「レンくんなら『外の空気を吸ってくる』って言って出て行ったまままだ帰って来てないわね」

「そっすか……ヨヨコ先輩」

「な、何よ?」

「ヨヨコせんぱ~い」

「……だから何よ?」

「山田さんは今外にいるみたいですよ~」

「……それで?」

「レンくん用のヨヨコ先輩お手製のお菓子を手渡───」

 

 楓子が喜多郁代の前でとんでもないことを口走りそうだったので、私は慌てて楓子の口を押える。こ、こんなことを喜多郁代に知られたらどうなると思ってるのよ!?

 

 明日どころか今日中に結束バンドやSICKHACKのメンバーに知れ渡ってしばらく弄られるに決まってるじゃない!!

 

 き、喜多郁代には聞こえてないわよね!? そうよね!?

 

「大槻さんの手作りお菓子!」

 

 思いっきり聞こえてたーっ!? いつもの五倍くらいキラキラした瞳でニチアサ魔法少女みたいなエフェクトが出てるし!? 後藤ひとりといい結束バンドは相変わらず人外じみてるわね!! これが「若者の人間離れ」なの!?

 

「何か変な勘違いをしているかもしれないけどあくまで日頃の感謝を伝えるためだからねそもそもバレンタインなんてお菓子メーカーの戦略に踊らされた日本人の愚かな習性の象徴たるイベントであって本来はローマの聖人バレンチヌスが愛の尊さを説いた結果皇帝に反抗することになって処刑されたっていう───」

「くだらない妄想をしているのがみんなにバレバレなのに必死に言い訳する時のひとりちゃんみたいね!」

「さすがヨヨコ先輩。語るに落ちるって言葉がぴったりというか口ほどにもないですね!」

「うっさいわよ可愛い顔したナチュラル畜生コンビ!!」

「大槻さんに可愛いって褒められたわ!」

「都合の良い部分だけ聞き取るな!!」

 

 喜多郁代と楓子が笑顔で私の痛いところを突いてくる。この二人を一緒にしたらだめね。二人とも笑顔で人の柔らかい部分をグサグサ突き刺してくるタイプだからこっちのメンタルがもたないわ。

 

「でもヨヨコ先輩。行くなら早めの方がいいのでは~? この後打ち上げもありますし、廣井さんに見つかると打ち上げ中にみんなの前で山田さんに渡すという公開処刑になる気がします~」

「ぐっ……あ、ありえないとは言い切れないわね……」

 

 姐さんは打ち上げや飲みの席になるといつもよりちょっとだけ……ちょっとだけ面倒になるのよね。本当にちょっとだけよ!? それ以外に尊敬できる部分だってたくさんあるんだから!! ただ、見つかったら普段よりちょっとだけしつこく聞かれるかもしれないわね。

 

 幽々の言う通り打ち上げの席で……みんなの前でレンにお菓子を渡す……? そんなことになったら私は二週間くらい引きこもるわよ!!

 

「い、行ってくるわ! ただ、さっきも言ったように勘違いしないでよ!? こ、これはあくまで普段のお礼で深い意味なんてないんだから!!」

「お手本みたいなツンデレ台詞だ~」

「リアルでそんなこと言う人初めて見たっす」

「ツンツンしてる大槻さんも可愛いわね~」

「デレるともっと可愛くなるんですよ~」

「うっさい!!」

 

 あーもーっ!! 調子狂うわね本当に!! 何か知らないけど顔も熱いし……別にそんなに意識する必要なんてないでしょう!! 仲の良いお友達に日頃の感謝を伝えるだけなんだから!! それだけなんだから!!

 

 そして私は逃げるようにライブハウスから出ていくのだった。

 

 

 

 

 

「大槻さんってレンくんのことが好きなのかしら?」

「どうっすかねぇ。ヨヨコ先輩って恋愛に関してはクソ雑魚ナメクジもいいところなんで」

「ヨヨコ先輩にとってレンくんは初めてのお友達だからね~特別に思ってるのは確かなんだけど……」

「それが恋愛感情かどうかは……周りが決めることじゃないと思います~」

「ぼっちさんはどうなんすか? レンさんとよく一緒に行動してますよね?」

「……ひとりちゃんは情緒が小学一年生だから」

「ぼっちちゃんもヨヨコ先輩も長年ぼっちを拗らせてたから()()()()()ではにぶにぶちゃんだよね」

「……そのぼっちさんはどこにいるんでしょう? さっきから姿が見えないですよ~」

「本当ね。どこに行ったのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 外に出るとレンはすぐに見つかった。だけどそこにいるのは彼一人だけじゃなくて後藤ひとりも一緒にいる。な、なんであなたもそこにいるのよ!? てっきりまた段ボールにでも引きこもってると思ってたのに!

 

 階段の上に座っている二人に見つからないように、私は壁際で息を殺してじっとする。……なんで私がこんな忍者みたいなことしないといけないのよ。

 

「それにしても、時が経つのは早いなぁ~。俺達ももうすぐ二年生か……」

「二年生……クラス替え……築いてきた人間関係の崩壊……復活のぼっち……」

「わーっ!? ごめんごめん!! 禁止ワードだったね!! 二年生でも同じクラスになれるよ!! ……多分」

 

 ふん、甘いわね後藤ひとり。私は学校に友達なんて一人もいないから進級しようが状況は変わらないから全然辛くないのよ。まだまだ()()わね。そんなんじゃ私のいる()()には到底届かないわ。

 

 ……ふう、なぜか心が痛むわね。二人の会話を盗み聞きしている罪悪感でしょう。きっとそうに違いないわ。

 

 後藤ひとりもレンにチョコを渡しているみたいだし、タイミングが悪かったわ。仕方ないから姐さん達に見つからないように打ち上げの後にでもこっそりレンにお菓子を渡せばいいもの。

 

 ごめんなさいね、後藤ひとり。盗み聞きするつもりはなかったのよ。見なかったことにしてあげるから───

 

 

 

 

「可愛い。クランチチョコだね───俺が一番好きなチョコだ」

 

 

 

 

 レンのその言葉を聞いた瞬間、私は頭の内側を鈍器で殴られたような感覚に陥った。ガツン、と。脳が揺さぶられるような鈍い鈍い痛み。

 

 ……え? わた、し……なんで……こんな……

 

 無意識の内に、私は自分の手作りお菓子が入った袋を強く握りしめていた。動悸が激しい。心臓がうるさいくらいにバクバクと脈打っている。さっきまでの緊張や恥ずかしさが……顔に帯びていた熱が一瞬で消え去った。

 

「すごく美味しい! ありがとう───ひとり」

 

 顔を見なくても、わかる。レンが……彼が今、どんな表情をしているのか。

 

 どんな表情を、後藤ひとりに向けているのか。

 

「レンくん」

 

 ああ……あなたもそんな声を出せるのね。いつもの怯えているような、自信のないおどおどとした声じゃなくて……ちゃんと、一人の女の子としての声を。

 

「これからもよろしくね」

 

 心が、痛む。

 

 会話を盗み聞きしたことによる罪悪感なんかじゃない。そんな……そんな綺麗なものじゃない。もっともっとドロドロとしてて、目を背けてしまいたくなるような、蓋をしてしまいたくなるような醜い感情。

 

 そう……そういうこと。

 

 あなた達二人は、とっくに()()()()()()だったのね。

 

 これじゃあ、さっきまで変に意識して……浮かれていた私が───

 

「───バカみたい」

 

 

 

 

 

 

 それからのことはあまり覚えていない。気が付けば、私は家の近くの公園のブランコで一人揺られていた。

 

 確か、ライブハウス内に戻った後「山田には会えなかった」と誤魔化して、私の心情を悟られないように片付けなんかを手伝っていたはず。

 

 しばらくしてレンと後藤ひとりが戻ってきて打ち上げに行く雰囲気になったのだけど、私は「体調が悪い」と言って参加しなかった。

 

 でも、まっすぐ家に帰ることもできずにふらふらと家の近所を彷徨ってこの公園にやってきた。

 

 確か、そうだったはず。レンがしきりに心配してくれたけれど……

 

「大丈夫ですか大槻先輩。送っていきま───」

「大丈夫だから」

 

 彼の申し出をバッサリと切り捨てた。ものすごく冷たい態度になってしまってごめんなさい。そんなに悲しい顔をさせてごめんなさい。全部私が悪いんです。

 

 最低ね、私。

 

 ただ純粋に心配してくれただけの彼にあんな顔をさせるなんて。

 

 はぁ……自己嫌悪が酷いわ。それに、すごく寒い。ああ、なるほど。やたらと首元が寒いと思ったらマフラーを忘れてきちゃったわ。後であくびにロインしておきましょう。

 

 それにしても、どうして私はこんなに落ち込んでいるのよ。

 

 別にレンが誰と付き合おうが、私には関係ないじゃない。

 

 彼は私みたいなぼっちを拗らせて素直になれない面倒臭い女とも友達になれるような男よ。誰に好意を向けられていたっておかしくはないわ。大体、今までレンみたいな男に彼女がいなかったのが不思議ないくらい。

 

 そうよ。だから別に、私が落ち込む理由なんてない。

 

 彼には仲の良い女の子がたくさんいて、その中の一人が彼と付き合うことになった。ただ、それだけのこと。

 

 喜ばしいことじゃない。大事なお友達に……私の初めてのお友達に恋人ができたのだから。

 

 次に会った時はちゃんとお祝いしてあげないといけないわね!

 

 あ、それとお祝いするだけじゃなくて盛大にからかってあげなくちゃ。どんな言葉で告白したかしら~? どっちから告白したのかしら~?  そもそもいつから付き合ってたのよ~?

 

 恥ずかしそうにわたわたとしている後藤ひとりと、照れながらも律儀に答えてくれるレンが目に浮かぶわ。ふふっ、お似合いカップルじゃない。だけど後藤ひとり、恋愛にかまけてバンド活動がおろそかになるようじゃダメよ?

 

 あなたは私が認めた数少ないギタリストなんだから。惚けていたら、私はあなたを置いて先に行く。

 

 ───なんてことを二人に言ってあげればいい。

 

 

 

 

 

 無理だ。

 

 

 

 

 

 私にはできない。

 

 笑顔で二人をお祝いなんてできない。想像しただけで、心が締め付けられたようにきゅーっと苦しくなる。

 

 痛い。

 

 今まで感じたことがない……初めての痛み。

 

 なんで、なんでこんな気持ちになるのよ!! レンはただの友達で……後藤ひとりは私が認めたギタリストで……

 

 私がこんな苦しい痛みを感じる理由なんてないじゃない!!

 

 なんで……なんで……なんで……

 

 このときの私は、どうしても自覚したくなかった。認めたくなかったのだ。

 

 彼に親愛以上の感情を抱いてしまったかもしれないことに。

 

 この感情を認めてしまえば、彼は必ず気付くだろう。そうなればもう……彼とはこれまで通りの関係ではいられない。

 

 彼との心地良い関係が、これまで築いてきたものが全て……全て失われてしまう。

 

 それが───どうしようもなく怖かった。

 

 嫌だ。そんなの……絶対にやだっ!!

 

 そうなるくらいなら、私はこの感情を一生心の奥底に閉じ込めてやる!! 二度と……二度と出てこないように……彼に絶対に気付かれないように……

 

 随分後になって自覚したのだけれど……このときの私はただ自分が傷つきたくないから心に予防線を貼っていただけだったのだ。どこまでいっても私は自分のことしか考えていない……わがままで、どうしようもなく面倒な女ね。本当に……自分で自分が嫌になるくらい。

 

 誰もいない、独りぼっちの公園で私は静かに自嘲する。

 

 一人でよかったわ。今のこんな自分、誰にも見られたくないもの。

 

 半分嘘で半分本当。

 

 今の自分を誰にも見られたくないのは本当。

 

 でも一人きりなのは嫌。

 

 矛盾しているわね。一人になりたくて自分でこんなところまでやってきたのに。全部自分が招いたことなのに。

 

 もう、誰かに───彼に会いたくなってしまっている。

 

 私は、孤独の辛さを知っている。

 

 私は、一人残される辛さを知っている。

 

 でもそれ以上に、誰かと───彼と一緒にいることの温かさを()()()()()()()

 

 この温もりを知ってしまったから。

 

 もう、戻れない。独りぼっちだったあの頃にはもう、戻りたくない。

 

 嫌なのよ……これ以上、誰かが私から離れていくのは。あの痛みを、あの苦しみを、繰り返したくない。

 

 だから……だから……

 

「───会いたい」

 

 無意識の内に、そう呟いていた。

 

 そしてすぐに、もう一度自嘲した。自分から突き放すような態度を取っておいて……ちょっと寂しくなったら会いたいなんて。どこまで自分勝手に生きれば気が済むのかしら。

 

 もう───いいわ。

 

 これ以上、ここにいても風邪を引くだけ。家に帰って眠れば……明日になればまたいつもの私に戻っているはず。

 

 なのに───

 

 

 

 

 

「あ、いたいた。ヨヨコせんぱーい!」

 

 

 

 

 

───なのに、どうしてあなたはいつもいつも……こういう時に現れるの?

 

 そんな私の心情なんておかまいなしに、レンは少し息を弾ませながら心の底から安心したような表情で私に近づいてくる。

 

「……なんでここにいるのよ」

 

 そんな彼を見て自分でもびっくりするくらい、素っ気ない声が出てしまった。

 

 嬉しいのに。本当は私に会いに来てくれてすごく……すごく嬉しいのに。素直になれない自分が嫌になって、私はレンの顔を見ることができず俯いてしまう。

 

 違うの。本当に言いたいのはこんなことじゃないの。でも、今の私はきっとあなたに酷いことを言ってしまう気がする。だから───

 

「なんでって、そりゃあ───」

 

 そんなことを考えていると、ふと首元が温かくなった。

 

「これ、届けに来たんですよ」

 

 顔を上げると、レンが私に目線を合わせるようにしゃがみ込んで、いつもの優しい笑顔で私にマフラーを巻いてくれていた。

 

 ああ、だめよ……今、そんな笑顔を向けられると……どうしようもなく泣きたくなって……自分の感情を抑えられなくなるわ。そうなると、私達の関係はここで終わってしまう。どうか、どうか私にそんなことをさせないで……

 

 彼の笑顔から逃げるように、私は再び俯いた。

 

「……ごめんなさい。今は一人になりたいの」

 

 また一つ、私は嘘をついた。ここまで来てくれたことのお礼も言わず、あなたを突き放すようなことを言ってしまった。

 

「そう、ですか……」

 

 レンの少し落ち込んだ声が聞こえる。俯いていた私には彼がどんな表情をしていたかはわからない。

 

 ごめんなさい。私は結局、自分を守るための嘘をつくことしかできなかった。

 

 ザリッという砂音とともに、彼が立ち上がるのがわかる。それでいいのよ。これ以上、今の私をあなたに見せたくない。あなたを傷つけたくない。私が傷つきたくない。

 

 彼の足音が聞こえる。私から離れていくのがわかる。

 

 それでいいの。そのまま何も言わずに立ち去って───

 

 嘘よ……嫌だ……行かないで───

 

 私を、一人にしないで───

 

「今の先輩を放っておけるわけないじゃないですか」

 

 隣から、声が聞こえた。

 

 レンは隣のブランコに腰掛けてさっきと同じように優しく笑って私を見ていた。本当に、どうしてあなたはいつも……私のことをわかってくれるの?

 

 ねえ、どうして?

 

 聞いてみたかった。声に出して、聞いてみたかった。今の私の気持ちを全部……全部全部全部言葉にしたかった。

 

 だけど私は、彼が私のことを理解してくれている。何も言わずに隣にいてくれる。たったそれだけのことが嬉しくて。どうしようもなく嬉しくて……

 

 彼の優しさに甘えることしかできなかった。

 

 しばらく、二人の間にはブランコから発せられるキィキィという錆びた鉄の音が響くだけだった。

 

「よく、私がここにいるってわかったわね……」

 

 彼が隣にいてくれることで、少し落ち着きを取り戻した私の口からこぼれたのはそんな言葉だった。

 

「先輩がSTARRYを出てすぐに忘れものに気付いて追いかけたんですけどね。駅まで行っても見つからないし、電話しても先輩が出なかったからあくびちゃんに先輩の住所を聞いて家まで行ったんですよ。そうしたら『まだ帰ってない』って先輩のお母さんに言われて、心配だったから近所を探し回ってて……で、クリスマスイブにここに呼び出されたことを思い出してやってきたら見つけたって感じです」

「そう……手間、かけさせたわね……」

 

 そういえば、スマホの電源を切ってたのよね。誰とも連絡したくなかったから。すっかり忘れてたわ。

 

 あと……聞き流しちゃったけど、さらっととんでもないこと言わなかったかしら?

 

「私の家に……行った?」

「それについてはほんとにごめんなさい。あくびちゃん達に預けようかなと思ったんですけど、あまりにも先輩の様子が普通じゃなかったんで心配になって……」

 

 し、しかもお母さんと話したって……こ、この後家に帰って家族になんて説明すればいいのよ!? 家にはバンドメンバー達しか呼んだことがないのに……い、いきなり男の子がやってきたら変な誤解をされちゃうじゃない!!

 

 ああ、なんだかそんなことを考えていたら……少し頭が冷えてきたわね。ちょっとだけ、いつもの私に戻ったみたい。

 

 今なら……今の私なら……

 

「私のところに来てよかったの? 打ち上げもそうだけど……後藤ひとりのそばにいなくても大丈夫なのかしら?」

「ひとりもバレンタインとラブソングのコンボで死にかけてましたけど大丈夫ですよ。唐揚げとかフライドポテトを与えたら復活しますし」

「そういう意味じゃなくて……」

 

 今の私なら、自然に尋ねることができるはず。

 

 彼の答えを聞いて、自分の感情を整理することができるはず。

 

 

 

「後藤ひとりと───付き合っているのでしょう?」

 

 

 

 本来、レンは自分の彼女を放っておいてまで別の女のところにやって来るような人間じゃない。それはこの二年の付き合いでわかってる。今回は、私が心配だったとはいえ後藤ひとりにとっては面白くない行動のはず。

 

 私が原因で……あなた達二人の仲が悪くなって、挙句別れるような事態になるなんて───

 

 どうしよう。心の片隅に「別れてしまえ」と思っている自分がいる。他人の不幸を願うなんて、本当に……本当に嫌な人間ね私は。

 

 お願いよ私……どうかこれ以上、私を嫌いにさせないで───

 

 

 

「え? 付き合ってませんけど?」

 

 

 

 ───ぱーどぅん?

 

 待ってくれ。ちょっと待ってくれないか。

 

 ん? ん? ん? い、今……「付き合ってませんけど?」って言った?

 

 そ、そんなわけないわよね? わ、私の聞き間違いよね? あ、あああああああなた達は付き合ってるのよね? 私に気を遣わなくたっていいのよ?

 

「いや、だから……俺とひとりは別に付き合ってないですよ。というか、なんでいきなりそんなことを……」

 

 レンはきょとんとした表情で首をかしげながら答える。

 

 あ、これ本当のことを言ってる顔だわ。

 

 いやいやいや!! ちょっと、ちょっと待ちなさい!! 一回冷静になりましょう……深呼吸して……ひっひっふー……ひっひっふー……

 

 現状を整理しましょう。山田は後藤ひとりと付き合ってなかった。つまり、それが何を意味するのか……

 

 さっきまでの私の痛々しい心情やぐっちゃぐちゃの感情が全部、全部……

 

 盛大な勘違いだったっていうことっっっっっ!!!!!!!!!!

 

 あ、あ、あ、あ、あ……は、恥ずかしいなんてもんじゃないわよ!! 勝手に勘違いして悲劇のヒロインぶって夜の公園で一人でブランコに揺られるって……痛すぎる黒歴史ができあがった瞬間!!!!

 

「あ、もしかして先輩……」

 

 待って、待ってください。それ以上何も言わないでください。

 

「俺がひとりにチョコを貰ってるところを見てたんですか? それであんな勘違いを……あははははっ!」

「わ、笑うなぁっ!!」

 

 顔が熱い。信じられないくらいに熱い。恥ずかしさやら何やら色んな感情がごちゃ混ぜになってる。そんな風に狼狽する私を見て、レンは軽快に笑っていた。

 

 こ、この男……元はと言えばあなたのせい───

 

 いや、別にレンは悪くないわね。私が早とちりして勝手に勘違いしただけなんだから。

 

 で、でもっ!! あんな場面見たら普通付き合ってるって思うじゃない!! だから悪くない!! 私は悪くないわ!!

 

「もしかして、打ち上げに参加しなかったのも体調が悪くなったわけじゃなくて俺とひとりの仲を勘違いして勝手に気まずくなってたからなんじゃ……」

「あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! 聞こえない!! 何も聞こえないわ!! これ以上ここにいると風邪を引きそうだから帰るわね!! 明日も学校なんだからあなたも早く帰りなさい!!」 

 

 私は一方的に捲し立てて立ち上がり、足早に公園の入口へと向かう。

 

 恥ずかしかった。勝手に勘違いして暴走して顔から火が出るくらい恥ずかしかった。でもそれ以上に、レンと後藤ひとりが付き合ってないことがわかって───安心してしまった。

 

 ああ、やっぱり私はあなたのことを───

 

 そこまで考えて、私は()()()()を思い出したので公園の入り口で足を止める。

 

 少しだけ悩んだけれど、振り返ってもう一度レンのところまで戻ることにする。彼はまだ、ブランコに座っていた。

 

「ヨヨコ先輩どうし───」

「んっ!」

 

 彼の顔を直視できず、俯いたまま私は彼の言葉を遮って小さな紙袋を彼に押し付ける。

 

「んっ! んっ!」

「甘い匂い……バレンタインのお菓子ですか? ありがとうございます……でも、渡し方がクリスマスの時と同じですよ」

 

 レンはクスクスと笑いながら紙袋を受け取ってくれた。

 

 顔を上げると、やっぱり彼はいつものように優しく笑っている。

 

 変わらない、私を安心させてくれる笑顔。私の心を温かくしてくれる笑顔。私に知らない感情を教えてくれた笑顔。

 

 だけど、だけど、だけど……

 

 私はこんなにも恥ずかしいのに。

 

 私はこんなにも緊張しているのに。

 

 いつも通りの、変わらない彼で悔しかったから。

 

 最後にどうしても、彼に言っておきたいことがあったから。

 

「……先輩?」

 

 私はレンの首に腕を回して彼をぎゅっと抱き締める。ふわりと甘い香水の香りが鼻腔をくすぐり、彼の驚いた声が耳元に届いた。

 

「マフラー……届けてくれてありがとう。心配してくれてありがとう。会いに来てくれてありがとう───嬉しかった」

 

 それだけ言って私は彼を離し、真っ赤になった顔を見られないために逃げるように駆け出した。

 

 彼がどんな表情を浮かべていたのかはわからないけど……これで少しでも、ほんの少しでも私のことを意識してくれたら───

 

 なんてことを、望むのはやめておきましょう。

 

 今は私にとってもバンドにとっても大事な時期。

 

 ()()()()()にかまけている余裕なんてないのよ。

 

 だから()はこの感情を心の奥底の誰にも見つけられない場所に隠しておくことにするわ。

 

 でも───

 

 ()()に決着がついたその時は───あらためて、この感情と向き合おうと思う。

 

 私は、逃げない。

 

 だから、レン───あなたも覚悟しておきなさいよ。

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