色んなことがあったバレンタインライブから一週間。あれからひとりとヨヨコ先輩に対する認識……というか意識が少し変わった気がする。具体的にどう変わったのかと説明しろと言われても難しいけど……
ただ、一つ言えるのは彼女達に対してこれまで通りの接し方をすると、ほんの少しの気恥ずかしさを感じるようになったということ。
この気恥ずかしさが何に起因するものなのかはまだわからなくて、もしも俺が散々勉強してきた
でも、バレンタインの時のヨヨコ先輩可愛かったよなぁ……俺とひとりが付き合ってるって勘違いして暴走して挙句俺にあんな風に抱き着いてくるなんて。先輩のお菓子、すごく美味しかったし。
その後、先輩に会ったりはしなかったけどあくびちゃんに聞く限り別に変なことにはなってないらしい。むしろこれまで以上に練習に熱が入っているとかなんとか。
結束バンドも負けてられないね。来月にはTokyo Music Riseの決勝戦と、それに勝てばファイナルステージでSIDEROSと戦うことになるんだから。
で、ひとりについてはこの一週間……不自然なほど俺に対して挙動不審になっていたんだ。なんか微妙に避けられているというか……でもその割には休み時間にこっちをじーっと見つめてきたり。で、見返したら慌てて顔を逸らしたり唐突に頭を机に打ち付け始めたり。
これってやっぱり、バレンタインの一件で俺のことを意識し始めているのかな?
自惚れと思われるかもしれないけど、他人から向けられるそういう感情には割と敏感だって自負がある。ただ、その……ひとりから向けられる感情が完全な好意なのか? って聞かれると微妙なところなんだよね。
ひとりは結構わかりやすい部分があったり思考が駄々漏れだったりするところがあるんだけど、
きっとひとりも俺と同じで、初めての経験だから色々と戸惑っちゃってどうしていいのかわからなくなっているんだと思う。
とはいえ、ここで俺も変に意識して接し方を変えたりするとバンド活動に支障が出かねないから俺は極力これまで通りでいよう。
ただもしも、もしもひとりが本当に俺に対してそういう感情を抱いてくれているんだとしたら……俺はどう思うかな?
……やばい───すごく嬉しい。
そして俺は即座に頭を振って思考を投げ捨てた。
うん、これ以上深く考えるのはやめておこう。まだそうだって決まったわけじゃないんだから。俺の痛すぎる男子高校生特有の妄想だっていう可能性の方がはるかに高いんだから。むしろそうとしか考えられない。絶対そうに違いない!!
あー……どうしよう。授業中なのに変なこと考えてたせいで顔がちょっと熱くなってきた。
……ひとりに気付かれてないよね?
こっそりと視線を隣の席に移すと、ひとりもこっちを見ていたらしくバッチリと目が合ってしまった。
ただ、それはほんの一瞬の出来事で俺もひとりも咄嗟に視線を黒板に戻しちゃったんだけど……
またさっきみたいに顔が熱くなってきた。あーもーっ! なんだよほんとにさっきから! こんなの……こんなの初めてだから俺もどうしていいかわかんないって!
結局俺は、六限の授業を集中して受けることができなかった。
やっぱり、少なからずひとりのことを意識してるってことなんだろうな……
「れ、レンくん……今日からは私のことを『お姉ちゃん』と呼んでくれてもいいんですよ? ふへっ……」
放課後になるなり、ひとりがニチャニチャ笑いながらそんなことを言ってきたので、俺の心が名前で呼ばれた喜多さん並みにスンとなる。
さっきまでのドキドキ返して?
「きょ、今日は私の十六歳の誕生日で……レンくんは三月三日だからまだ十五歳。つ、つまりこれから二週間は私の方が年上です。りょ、リョウさんに甘えられない分、私のことをお姉ちゃんだと思ってくれていいんですよ? ふ、ふへ……ふへへ……」
なんでこう……なんでこうひとりって色々と残念なのかな? おっぱいが大きくてすごく可愛くて優しい女の子が「お姉ちゃんだと思って甘えていいですよ」って言ってくれるって……状況だけなら誰もが羨むよね。状況だけなら。
そんなニチャニチャした不気味な笑い方さえしてなければ。それにひとりってお姉ちゃんっていうより手のかかる妹だからなぁ。でも、そんな妹が背伸びしてお姉ちゃん振るっていうのは……正直ちょっとグッとくる。
ただ、正月にウチで甘酒飲んで酔っ払った時もそんな感じになってなかった?
「姉貴」
「そ、その呼び方はリョウさんみたいで嫌ですっ」
「姐さん」
「ひ、廣井お姉さんと同じもいやっ」
「ねーねー」
「そ、それも……いや、あ、ありかも……でもちょっと幼稚すぎる気が……」
マジか。ネタで言ったのにその反応は予想外だったわ。
「……お姉ちゃん」
「は、はいっ。わ、私がお姉ちゃんでしゅよ~」
今度はニチャニチャというよりだらしなく笑い始める。なんだよこれ。そういうプレイにしか思えなくなってきたわ。
「堂々と教室で何してんのあんたら?」
「あ、ささささんっ! み、見てください! 二週間だけ私がレンくんのお姉ちゃんになりましたっ!」
二組の前を通りかかった佐々木さんが廊下の窓から顔を出して俺達に話しかけてくる。あのさひとり。その説明だとさ。きっと佐々木さんがわざと面白おかしく解釈するでしょ?
「山田がパパ活ならぬ姉活でも始めたの?」
「とんでもねえ風評被害」
「山田って結束バンドと仲良くなってからおかしくなったよね」
姉活って何だよ姉活って。そんなことしなくてもお金には困ってないから。
そして佐々木さんが教室に入ってきたので、なんでひとりが突然こんなことを言い始めたのかを説明する。
「ほーん。山田はまだ十五歳なのかー? じゃあウチのこともお姉ちゃんって呼ばなくちゃね」
「あ、だ、ダメです。私が先にレンくんのお姉ちゃんになったんですからっ」
「ウチの誕生日は四月二日……ごとー、意味がわかるね?」
「こ、この学年で誰よりも誕生日が早い……!? つまり一番のお姉さん……こ、困った。これは勝てない……」
ひとりがあっさりと敗北を認めた。というか、佐々木さんって四月二日が誕生日だったのか。つまりこの学年で誰よりも早く歳を取ることに……これ以上考えるのはやめておこう。
「今、変なこと考えてたでしょ?」
「ほっぺた引っ張るのやめて」
「ふふん。ウチがこの中で一番お姉さん。弟は姉に逆らえない運命なのだ~」
佐々木さんはそう言いながら俺の両頬をぐにぐに好き放題引っ張る。君も大概スキンシップが激しいよね。他の男子に勘違いされないようにしてね。
「もちもちのスベスベ。何だこのシミやニキビ一つない羨ましい美肌は? どこの化粧水を使ってるんだ?」
「IPSA」
「ガチなブランドのヤツじゃん」
「ずぼらな姉貴のために母さんが買ってくるんだ」
特に冬の時期は乾燥が辛いからね。化粧水や乳液は正しく使えば肌を清潔に保てるし。
佐々木さんは俺のほっぺたを散々弄んでいたかと思うと、今度は両手で俺の顔をぎゅーっと挟み始めた。やめれ。
「ウチのマロンはこうすると喜ぶんだよ」
「犬扱いやめんか」
「山田は人懐っこい大型犬だからね。うりうり、これがええんやろ?」
「弟じゃなかったんか?」
佐々木さんにほっぺたやら髪の毛やらを好き放題弄ばれてようやく解放される。こんなことばっかりしてて他の男子に「佐々木って俺のこと好きなんじゃ……」って思われても知らないからね?
普段サバサバしてる可愛い女の子がこういう過激なスキンシップをするって男には大ダメージなんだから。
「後藤も触ってみなよ。もちもちしてて気持ちいいよ」
佐々木さんが意地悪く笑いながらそう言うと、ひとりは顔を赤くして首を高速で左右にぶんぶん振っていた。
「それにしても、今日は後藤の誕生日だったのか。ほれ、飴ちゃんをあげよう」
「あ、ありがとうございます……」
「でも、それならなんで喜多は授業が終わるなりすぐに出て行ったの? 喜多なら真っ先にあんたのところに突撃しそうなのに」
「あ、喜多ちゃん達はSTARRYで私のお誕生会の準備をしてくれてて……」
「準備が終わるまでのひとりの足止め役が俺というわけ」
「にゃるほどね~。山田は他に何もしないの?」
「誕生日ケーキを作ったのは俺なんだよなぁ」
「やるじゃん。よかったね後藤。山田の愛情たっぷり手作りケーキが食べられるって」
「あ、愛情たっぷり……ふへっ、ふへへっ……」
佐々木さんの言葉にひとりがだらしなくニヘニヘと笑っている。いや確かに心を込めて作ったけどそういう言い方だと……うん。下手に口を出すのはやめておこう。佐々木さんは俺がどんな反応をするか楽しんでるに違いないんだから。
「じゃあ山田。ウチの誕生日も期待してるから」
「春休み中なんですけど」
「新学期にお祝いしてちょーだい」
「……同じクラスになったらなんかプレゼントしてあげるよ」
「それ確率めっちゃ低いじゃん」
「好感度が足りないからね」
そんな風にしばらく佐々木さんも交えて雑談していると、喜多さんから「準備ができた」というロインが来たのでSTARRYに向かうことにする。そういえば、星歌さんもひとりにプレゼントを用意するって言ってたけど、何にしたんだろう?
変なものじゃなかったらいいんだけどな。
「ぼっちちゃん(ひとりちゃん)(ぼっち)誕生日おめでとー!!」
「呼び方バラバラ!!」
俺がひとりをつれてSTARRYへやって来ると、扉を開けるなり姉貴達がクラッカーで盛大に歓迎してくれた。紙飾りが出るタイプのクラッカーだったので、ひとりの頭に飾りがまとわりついちゃったけど、ひとりは喜んでるみたいだからよしとしよう。
「結構本格的に飾りつけしたんだね」
「お姉ちゃんが気合入れてたくさん買ってきてたから……」
「ばっ……べ、別にそんなことねえよ!!」
ライブハウス内はバルーンやガーランド、ペーパーファンでかなり可愛らしく装飾されていてライブハウスっぽいダークな雰囲気がなくなって……いやそもそも最近のSTARRYはダークさがなくなってる気がするから別にいいか。
「ほらぼっちちゃん、主役なんだからそんな隅っこじゃなくてこっちに来て」
「ここに座ってどーんとしていればいいのよ。今日はひとりちゃんが王様なんだから」
テーブルにはピザやらポテトやらオードブルやらの料理やジュースが並んでいて、ひとりが手を付ける前に姉貴がすでに食べ始めていた。おい。
「ひとり、飲み物どうする? コーラでいい?」
「あ、はい。お、お願いします」
「ぼっち。今日はぼっちが主役だからレンが何でも言うこと聞いてくれる。だから普段はできないようなお願いをするといい」
「あ、レンくんは二週間限定で私の弟になってもらったので……」
「知らない間に弟が寝取られていた。これは山田家で緊急会議を開かねば」
「レンくんがひとりちゃんの弟……? つまりひとりちゃんとリョウさんが夫婦に……? 結婚したんですか!? 私以外の女と……!!」
「なんでいきなり意味の分かんない修羅場になってんの?」
というか、まだその弟設定諦めてなかったのか。虹夏ちゃんはツッコむことを最初から諦めているらしく料理を取り分けてみんなに渡している。
「あれ……でもちょっと待って。推しのリョウ先輩と推しのひとりちゃんの間に娘として挟まる私……もしかして勝ち組なのでは?」
「星歌さん、何食べますか?」
「お前……
「あの状態になった喜多さんをまともに相手にするのは体力の無駄遣いですからね。俺はそれをこの一年で嫌というほど学んだんだ……」
「お前も言うようになったよなぁ……」
星歌さんは呆れたように言うけど、喜多さんの俺に対する数々の仕打ちと暴走を考えれば当然の対応だと思う。ちなみになんだけど、今日は星歌さんの店長権限でライブハウスを休業にしているらしい。どんだけひとりのこと好きなんだよ。経営大丈夫?
「ふっ、甘いなぼっち。偉大なる姉である私というハードルを越えられるおつもりか?」
「そのハードル地面に埋まってるでしょ?」
姉貴の渾身のドヤ顔を虹夏ちゃんがバッサリ切り捨てた。でも事実だからね。しょうがないね。
「よく考えたら私以外はみんな兄弟がいるのよね。私だけが一人っ子……でもレンくんはこの中で一番誕生日が遅いということはつまり……」
喜多さんが何やらブツブツ呟きながら俺を見てくる。かと思ったら目をしいたけみたいにキラキラさせていた。あ、ろくなこと考えてない時の顔だ。
「レンくん!」
「断る」
「まだ何も言ってないでしょ!?」
「どうせ『私のこともお姉ちゃんって呼んでみて!』とか言い出すつもりだったんでしょ?」
「どうしてわかったのよ?」
「あの流れでわかんない方がおかしい」
「だったら話が早いわね。レンくんはまだ十五歳、私とひとりちゃんは十六歳。つまり私もレンくんのお姉ちゃんになる権利があるということよ」
「権利の意味知ってる?」
「誕生日順に考えると……虹夏先輩が長女、リョウ先輩が二女、私が三女、ひとりちゃんが四女、レンくんが末っ子の幸せ家族計画のできあがりね!」
「ガバガバ家族計画がなんだって?」
虹夏ちゃん助けてー。俺はそう思って虹夏ちゃんの方を見ると、ひとりを思い切り甘やかしていた。……あの平和な光景を守るために俺が喜多さんの相手をしなければいけないのか。
「確かに喜多さんの言う通りこの四人で一番『お姉ちゃん
「虹夏先輩って店長と違って包容力あるものね~」
「おい。私に流れ弾飛んできてんぞ」
「ふっ、甘いな郁代。確かに虹夏の姉力は私の三倍はあるが……」
「ゼロには何をかけてもゼロなんだよなぁ」
正直姉貴の姉らしいところって下手したらオリンピックくらいの間隔でしかみられないかもしれない。少なくともこの一年で姉っぽいことをした記憶が……打ち上げで俺が間違えて酒飲んだ時くらいか? じゃああと数年は姉っぽいことはしないな。
「れ、レンくん! 虹夏ちゃんのお姉ちゃん力を十とすると私はどれくらいですか?」
「……二くらい?」
「五分の一ですかっ!?」
実際ちょっと盛ってそれだからね? ごくたまにお姉ちゃんモードに入ることを考慮してそれだから。
「大丈夫よひとりちゃん。これからお姉ちゃんが何たるかを私が教えてあげるわ」
「ちなみに喜多さんは一だから」
「ひとりちゃんの半分なの!?」
「き、喜多ちゃんの倍……なら納得です。えへへ……」
「ぼっち、いいことを教えてやろう。五十歩百歩だ」
「りょ、リョウさんは皆無じゃないですか……」
「ふふん。
「き、詭弁ですよ」
「照れ隠し? まさかレンくんは大槻さんからツンデレの極意を教わっていたというの!?」
三人が何やら姉談義で盛り上がっているみたいだけど、絶対まともな結論は出ないと思うよ。
「レンくん、からあげ食べる?」
「食べるー」
一方俺はお姉ちゃん力選手権優勝者の虹夏ちゃんに甘やかされていた。やっぱり虹夏ちゃんがナンバーワン。
「じゃーん! これがレンくんが丹精込めて作ったぼっちちゃんのバースデーケーキだよ!」
「か、可愛い……! チョコプレートに名前まで書いてくれるなんて……れ、レンくん。ありがとうございますっ!」
「どういたしまして。……いまさらだけど、生クリームは大丈夫だよね?」
「はいっ。大好きです!」
俺が作ったのはいちごと生クリームを使った王道のバースデーケーキ。ケーキって色々種類があるけど、なんだかんだ誕生日ケーキの定番ってこれだよね。ひとりも幼稚園児みたいに目を輝かせてるし、喜んでくれてよかった。
「レンだけじゃない。私も手伝った」
「そ、そうなんですか? ありがとうございます。ど、どんなお手伝いをしたんですか?」
「いちごを乗せるという重大な使命を果たした」
「……リョウさんは偉いですね」
「でしょ? あと、このチョコプレートを……」
「も、もしかしてリョウさんがこんなに可愛く名前を書いてくれて……」
「乗せた」
「あ、はい」
「書いたのは俺」
「……ですよね」
実際姉貴はスポンジを作る時に卵を割るのといちごとチョコプレートを乗せるという作業しかやっていない。あとは俺の横でじーっと作る工程を見ながら余った生クリームを舐めたりしてたくらいかな。
ケーキのスポンジって意外と難しいんだよね。混ぜすぎると固くなるし混ぜが足りないと膨らまないし。今回は上手くできたと思うけど。
「ひとりちゃん、ろうそくの火を思いっきり吹き消しちゃって! 動画撮るから!」
「あ、は、はい。わ、私の肺活量が火を噴きますよ~」
「消さなくちゃだめなのに噴いてどうするの!?」
喜多さんがツッコむけど、ひとりなら本当に口から火を噴きかねないから困る。がんばって作ったケーキを丸焼きにされたら流石に俺もへこむよ?
「じゃあ、いきます。すぅーーーっ……げほっ!? ごほっ!? ごべぇっ!?」
「息を吸い込み過ぎてひとりちゃんが加齢臭漂うおっさんみたいなむせ方を!?」
「ぼっちちゃん、女の子が出しちゃいけない声だよそれ!!」
ひとりがおっさんみたいにむせたり肺活量がへなちょこだから火を消すのに苦戦してぐだぐだしちゃったけど、そんなところもこの子らしい。
「ではここでケーキの製作者であるレンくんがひとりちゃんに食べさせてあげるというイベントを……」
「ヴァヴァッ!?」
「何それ聞いてない」
「だって今思いついたもの」
「喜多さんって基本ノリと勢いで生きてるよね」
「ふふっ、そんなに褒めないで頂戴」
姉貴の見習わなくていい部分ばっかり見習ってるな~。でもそれを言うと喜多さんがまた過剰に喜んで面倒臭いことになりかねないので心の内にとどめておこう。というか、ひとりが痙攣して今にも爆発四散しそうなんだけど。
「ぼ、ぼっちちゃんも男にそういうことされるのは嫌だろ? だ、だからここは私が……」
「お姉ちゃんは座ってて」
なんかちょっと照れ気味に星歌さんが立ち上がろうとしてる。その反応、美人さんだから許されてるだけですからね。仮に星歌さんが男だったら通報案件ですからね。
「ひとりちゃん、嫌なの?」
「い、嫌じゃないですけど……その、は、恥ずかし過ぎて……」
「レンくん、嫌じゃないって!」
「都合の悪いことは聞こえない耳!!」
喜多さんがキタキタオーラを纏いながら俺を見てくるし、ひとりは恥ずかしそうに頬を染めて……でもなんかちょっと期待するような眼差しを俺に向けてくる。そ、そんな目で見ないでよ。俺もちょっと緊張するじゃん。
で、でもなんかそういう空気になっちゃったしここでヘタレるのは男としてどうかと思うし。
そうだよ、女の子に食べさせるなんて毎朝姉貴に飯を食わせてるんだからそれと同じじゃん。だから変に意識する必要なんてないんだ!
「ぼっちの口に白くてべとべとした物をつっこむ。我が弟も成長したもんだ」
「外に放り出すぞ」
俺がケーキを切り分けていると姉貴が横から茶々を入れてくる。ひとりは意味がよく分からなかったみたいで首をかしげてるけど……よかった。これで意味が通じてたら気まずいってもんじゃない。
そして俺は一口分のケーキをフォークに載せてひとりを見る。
「あ、あーん……」
するとひとりも覚悟を決めたのか顔を赤くしたまま目を閉じて口を開けていた。
やっぱり、こうして見るとひとりって本当に綺麗な顔してるよな。……なんかちょっとドキドキしてきた。
この心臓の高鳴りを俺は否定しない。この一年間で彼女と仲良くなって、彼女のことをたくさん知って……多少なりとも意識をし始めたってことなんだ。認めよう。この不思議な感情から逃げ続けるのはあまりにも不義理だ。
「は、む……」
「どう……かな?」
「お、おいひい……れす」
ひとりにケーキを食べさせてあげると、彼女は優しく笑ってそう言ってくれた。その笑顔を見てもう一度、心臓が跳ねたのはきっと気のせいじゃないだろう。
「……私もあんな青春を送りたかった」
「ファーストバイトみたい」
「やめろリョウ!! これ以上私の心にダメージを与えるな!!」
「そう思うならお姉ちゃんも早く彼氏作って結婚すればいいのに」
「私は結婚できないんじゃなくてしないだけなんだ」
「行き遅れ女の典型的な言い訳ですね!」
「……喜多、お前の来月の給料はなしだ」
俺とひとりがほんのり甘い空気になっている中、女達の争いが繰り広げられていたみたいです。
「ぼっちちゃん、みんなからの誕生日プレゼントだよ! 開けてみて!」
「あ、ありがとうございます……!」
みんなでケーキを食べた後はひとりに誕生日プレゼントを渡す。最初は個別にあげようと考えたんだけど、せっかくだからみんなでお金を出し合ってちょっとお高い物を用意しようって話になったんだ。姉貴も今回はちゃんとお金を出して……というより俺が立て替えておいて給料から差し引くことになってるんだけどね。
「あ、ヘッドホンですね……か、かっこいい!」
ひとりが箱から取り出したものはモニターヘッドホン。ギターヒーロー用の動画収録に使える楽器屋さんおすすめの一品。
「最近はずっとバンド活動が忙しくて、ギターヒーロー動画をアップできていないと思うけど……これを使って少しでもぼっちちゃんが収録しやすくなればと思って」
「す、すごく嬉しいです! じ、実は最近ヘッドホンの左側の調子が悪くなってきてて買い替えようかなと思ってたところで……」
ひとりは本当にうれしそうな笑顔でヘッドホンが入った箱をぎゅっと胸に抱く。そんなに喜んでもらえるなんて、がんばって色々考えながら選んだ甲斐があったな。
「うっ……うぅ……」
「どうしたのぼっちちゃん!?」
そんなことを考えていたら、ひとりが突然ぽろぽろと涙を流し始めて虹夏ちゃんが慌ててひとりの涙を拭ってあげていた。
「ご、ごめん……なさい。わ、私……お、お友達に、誕生日を祝って……もらったの、はじ、初めてで……こんなに、こんなに色々よくしていただいて……嬉しくて……」
「ぼっちちゃん……」
「ひとりちゃん! これから毎年盛大にお祝いしましょうね!」
「わ、私も……みんなのお誕生日に喜んで、貰えるようにがんばって……みんなにちょっとでも恩返しできるように……もっともっとたくさん練習します……」
「恩返しだなんて……あたし達はこれまでぼっちちゃんにたくさんたーくさん助けられたんだからね」
「そうよ。私もひとりちゃんをもっと支えられるようにがんばるからね!」
「虹夏ちゃん……喜多ちゃん……」
そういうのやめてよ。こっちまで涙腺緩んでくるじゃん。
俺が目頭を熱くしている横で姉貴は料理をもぐもぐ食べており、星歌さんは号泣していた。
本当によかったねひとり。結束バンドに入って……みんなと出会えてよかったね。
とまあ、こんな感じで涙あり笑いありのとてもいいお誕生日会でしたね! で、終わればよかったんだけど……
「じ、実は私もぼっちちゃんに誕生日プレゼントがあるんだ」
星歌さんがそう言ってバックヤードに戻っていったことで───流れが変わった。変わってしまったんだ……
不審に思った俺は虹夏ちゃんに視線を向けるも、何も知らされていなかったらしく、首をフルフルと横に振っている。
「な、なんでしょうね……一体……(バイトを辞めさせてくれる権利だったりしてっっっ!!??)」
ひとりはなぜか期待したような表情をしているけど、俺はめちゃくちゃ嫌な予感しかしないんだ。
そして、その嫌な予感は……
ギターを携えて戻ってきた星歌さんを見て確信に変わった。
「ぼっちちゃんのために歌います。聴いてください『O-M-B』」
私はいつも君(※ぼっちちゃんという意味)を待っている
この暗い場所(※ライブハウスという意味)で君を待っている
もう時計の針は午後五時(※「星座になれたら」リスペクト)
来てくれるかな
もうすぐ君は来てくれるかな
君がこの部屋のドアを開けた時
きっと私はそこにいるだろう
いつでも私はそこにいるだろう
君の笑顔を見るだけで
それだけで私はがんばれる
さあこっちにおいで
怖がらないでおいで(※BUMPの「embrace」リスペクト)
私はずっと見ているから
君をずっと見ているから
これからもずっとよろしくね
オーイエーアハーン(※BUMPリスペクト)
イエーイエー(※BUMPリスペクト)
作詞:伊地知星歌
作曲:伊地知星歌
編曲:伊地知星歌
歌:伊地知星歌
星歌さんは歌い終わってものすごく……ものすごーく満足した表情だったけど
STARRYの空気がどうなったかは言うまでもないだろう。