「激戦区、東京予選を勝ち抜いたのは……名前の通り素晴らしい結束力を見せてくれた───下北が生んだ四人組ガールバンド『結束バンド』だーーっ!!」
三月十九日、Tokyo Music Riseの東京地区決勝戦。結束バンドは見事に優勝を果たし、三月二十九日に東京ビジュアルアーツで行われるファイナルステージへの進出を決めた。
司会者の結果発表を聞いて、俺の中で喜びと安堵が混ざり合い、小さくガッツポーズする。
「やったわね」
「はい。でも……あの子達にとってはようやくスタート地点に立ったってところだと思いますよ」
隣で一緒に観戦していたやみさんがぽつりと呟く。星歌さんも応援に来たがっていたけど、頻繁にライブハウスを空けるわけにもいかないので今日は泣く泣く仕事をしていた。星歌さんで思い出したけど、ひとりの誕生日会で披露した黒歴……素晴らしい歌についてはあの日以来誰も触れていない。
STARRYの禁忌として未来永劫語り継いでいこうと思います。
「それでは……ファイナルステージへの意気込みをお聞かせください!」
結束バンドの四人がステージ中央に呼ばれ、虹夏ちゃんが司会者にマイクを向けられる。
あ、ヤバい。なんかこの光景を見るだけで目頭が熱くなってきた。
「はい! 昨年の夏は決勝戦どころか音源審査を突破することもできずすごく悔しい思いをしました。だからファイナルステージに進めるなんて夢みたいで……少しでも爪痕を残せるようにがんばります───なんて謙虚なことは言いません。あたし達が狙っているものは最初から一つ……優勝です。予選で戦ってきた全ての人達の思いを背負って、必ず優勝してきます!」
虹夏ちゃんが力強く宣言する。ごめん、こんなん泣くわ。一年前は姉貴と二人っきりだったのに……初めての路上ライブでは力不足を痛感して一人でライブハウスに引きこもってたのに……前回大会は音源審査すら突破できなかったのに……
虹夏ちゃんだけじゃない。みんな成長したよ……
「ちょっと!? なんであんたが泣いてんのよ! まだファイナルステージが残ってるのに今から泣いてどうすんの!?」
「すみません。我慢しようと思ってたんですけど……この一年間のあの子達のがんばりを間近で見てきた身としては……こみ上げてくるものがありまして……」
「まあ、気持ちはわからないでもないわよ。あたしにもそういう経験あるもの。ほら、ハンカチ貸してあげるから涙拭きなさい。そんな泣き腫らした目じゃ格好つかないでしょ?」
「ありがとうございます」
やみさんの声はいつもよりも優しげだった。なんだかんだこの人って面倒見が良いよね。……やっぱりぶりっ子キャラは間違ってたんじゃないですか?
「ハンカチめっちゃ良い匂いしますね」
「恥ずかしいから嗅ぐな!」
そう言うとやみさんは顔を赤くして俺の手からハンカチをひったくった。洗って返そうと思ったのに。
「今大会に懸ける熱い思いが伝わってきますね! ではもう一つ。他の予選を勝ち抜いてファイナルステージへ進出したバンドの中で最も注目しているバンドは?」
「もちろん───SIDEROSです」
「なるほど。前回大会の優勝バンドですね。彼女達のどういったところに注目を?」
「演奏技術。歌唱力。リーダーのカリスマ。バンドとしての完成度の高さが若手バンドの中では頭一つ……どころか頭二つ三つ抜けているところです。彼女達とはこの一年間で何度か対バンさせていただいて、何度も何度もその実力を目の当たりにしてきました。でも、あたし達だって負けてない! 『胸を借りるつもりで』なんてことを言うつもりもありません! あたし達は───彼女達に、SIDEROSに勝ちます!!」
虹夏ちゃんの力強い宣言を称えるように会場から大きな拍手が巻き起こった。あかんせっかく収まってた涙がまたこみ上げてきた。
「山田」
「はい」
「結束バンドは結果を出した。未確認ライオットより規模は小さいとはいえ、Tokyo Music Riseのファイナルステージに残ったというのは彼女達にとって大きな実績になる。だから、ファイナルステージが終わった後にあたしからあなたに連絡を取るかもしれないわ───
「つまり、
「まだわかんないけどね。ただ、ファイナルステージには業界の人間も来る。あたしもそれなりに
「ありがとうございます。でも……いいんですか? ライターさんなのに特定のバンドに肩入れしちゃって」
「過剰な贔屓はよくはないわよ。でも、ギターヒーローさんの……あの子達の未来に関わることだから」
やみさんの申し出はものすごく心強い。志麻さんからも「予選の決勝が終わったら、話したいことがあるから時間を取ってほしい」って言われてたし。浮かれてる場合じゃないな。次への戦いはもう始まってるし、彼女達の活動はまだまだ続いていくんだ。改めて気を引き締めよう。
とはいえ、ものすっっっっっっっっごく嬉しいのは事実だからたくさん喜んでたくさん褒めてあげよう。姉貴も今日くらいは甘やかしてやるか。
そんなことを考えながらやみさんと一緒に優勝の余韻に浸っていたんだけど、直後にそんな余韻をぶち壊す出来事が起こったんだ……起こってしまったんだ。
「では最後に、素晴らしいギターソロで会場を沸かせたリードギターのあなた。何か一言お願いします!」
「あっ、あっ、あっ、え……?」
司会者さんがそう言ってひとりにマイクを向ける。
その瞬間、背筋が凍るような思いをしたのは俺だけじゃないだろう。虹夏ちゃんも、喜多さんも、下手したらやみさんも俺と同じ気持ちだったかもしれない。
姉貴? 姉貴はこういう状況を全力で楽しむ女だから。案の定笑いを必死でこらえてる顔してやがる。
いやでも!! ひとりだって成長しているんだ!! 文化祭のダイブから何も学んでいないわけがないんだ!!
だからきっと大丈夫!! 信じろ!! 俺達の信じた後藤ひとりを信じろ!!
「あっ、あっ、あっ……も、物真似やりますっっっ!!! 本能寺の変で討ち取られる寸前の織田信長!!」
再び───後藤ひとりは伝説となった。
「虹夏ちゃん、山田くん。こっちだ」
東京予選の決勝が終わって数日後、俺と虹夏ちゃんはカフェで志麻さんと待ち合わせをしていた。理由は、レーベルについて志麻さんに色々と教えてもらうため。一週間後にはファイナルステージが控えているけど、志麻さん曰くタイミングは今の方がいいとのことだ。
「まずはファイナルステージ出場おめでとう。君達なら絶対に勝ち抜けると思っていたよ」
「ありがとうございます。これも志麻さんやたくさんの人のお力を借りたおかげです!」
志麻さんの言葉に虹夏ちゃんが深く頭を下げる。実際、志麻さんを始め色んな人にたくさん刺激を受けて力を貸してもらってここまで来たからね。自分達だけの力じゃ絶対に無理だった。
「ヨヨコ達もかなり気合を入れて練習している。当日は私達も観に行くからがんばって」
「志麻師匠はあたし達とSIDEROSどっちを応援するんですかぁ?」
「……意地悪い質問だね。両方だよ」
虹夏ちゃんが悪戯っぽく笑いながら尋ねる。
付き合いだけならSIDEROS……というよりヨヨコ先輩の方が圧倒的に長いのに結束バンドのことも応援してくれるんですね。
「さて、忙しいところわざわざ呼び出したんだ。本題に入ろうか」
「はい。あたし達にレーベルについて色々と教えていただけるんですよね?」
「ああ。ファイナルステージで結果を出してからじゃ遅いと思ってね。もしかすると、今の段階で結束バンドに目をつけているレーベルだってあるかもしれない」
「そ、そこまですか? 未確認ライオットと比べたらかなり規模の小さいコンテストですよ……」
「俺も色々調べたんですけど、Tokyo Music Riseって2016年が第一回だからまだ十年も経ってないんですよね。でも、実際にメジャーデビューした出場者もいる」
「その通り。ソニーやケンウッド、ベルウッドといった大手が協賛しているんだ。ファイナルステージにはその関係者が観に来る可能性だって高い」
「そ、ソニーやケンウッドがですか?」
たとえ音楽業界に詳しくなくても誰もが一度は聞いたことのある社名。Tokyo Music Riseでこれなんだから、未確認ライオットで優勝なんてしようものならメジャーデビューが約束されたようなものだろう。
「ただ、何の知識もないままレーベルと契約をしてしまうとバンド側に大きな不利益が発生する可能性がある。レーベルは決してボランティアや慈善事業じゃない。
「中にはバンドを食い物にしようとするレーベルだって存在するってことですよね?」
「まあ、オブラートに包まずに言うとそうなるね」
俺がどストレートに尋ねると志麻さんは苦笑しながら答えてくれた。
「そういうお話を聞かせていただけるのはものすごくありがたいんですけど、なんで俺と虹夏ちゃんだけなんです? メンバー全員で聞いた方がいいと思ったんですけど……」
「それは……ほら、その……他の三人はキャラ的にこういう話をちゃんと聞いてくれるか不安になってね」
「ああ……」
歯切れが悪そうに答える志麻さんに俺と虹夏ちゃんは納得してしまった。
レーベルに声をかけられたらあの三人は舞い上がってとち狂った行動に出る可能性が非常に高い。特に姉貴とひとり! 姉貴は勝手に契約金や給料が支払われるだろうと思って高価な楽器を買い漁ったり、ひとりもひとりでバイトを辞めてギターヒーローの広告収入で散財しかねない。
喜多さんは散財とかはしないだろうけど二人の浮かれ気分に当てられる可能性が高かった。
だからといって、虹夏ちゃん一人に任せると負担が大きくなる。そこで、第三者的立場かつ虹夏ちゃんが相談しやすい相手でこれまでのバンド活動を見守ってきた俺にも白羽の矢が立ったということか。
「あの三人はいい子達なんだけどね。良くも悪くも純粋というか、あっさり騙されそうというか……それに『虹夏ちゃんが一緒に話を聞いてくれている』という安心感で舞い上がって話を理解できない可能性もあったんだ。だから、こういうことはメンバーではない私じゃなくてリーダーである虹夏ちゃんの口から三人に直接説明した方がいいと思ってね」
「なるほど、わかりました……あの三人がおバカですみません」
志麻さんの言葉に虹夏ちゃんが再び頭を下げる。
そこで俺は気付いた。今日は俺と虹夏ちゃんがシフトに入っていない。つまり、STARRYにいるのはおバカな三人だけだということに……
前にもこんな状況があったよな。確か、虹夏ちゃんと喜多さんを新宿FOLTで秘密特訓させたとき……星歌さんごめんなさい。
その頃のSTARRY
「ぼっち、郁代。今日は虹夏とレンがいない。つまり、これがどういうことかわかるか?」
「あっはい(わかりません)」
「はいっ! わからないけどわかります!」
「ふっふっふ───山田
「先輩が王様ということは、私は王女様ですね!」
「あ、じゃ、じゃあ私は……」
「ぼっちは山田王国統合幕僚長の任を与えよう!」
「と、統合幕僚長……(意味は全然分からないけど響きが格好いい!)」
「何が山田王国だ。さっさと仕事しろ」
「むむむっ? これは革命の気配! さあ、行くのだぼっち統合幕僚長! 二度と革命の火が灯らぬよう不穏因子は根絶やしにしてしまえ!」
「て、店長さんを根絶やしにしますっ……」
「おい! ぼっちちゃんを使うのは卑怯だろ!?」
「まず確認しておきたいんだけど、結束バンドはメジャーデビューを目指している。これは間違いないね?」
「はい。その通りです」
志麻さんの問いに虹夏ちゃんが力強く頷く。
「じゃあ、メジャーデビューの定義については知ってるかな?」
「日本レコード協会に登録しているメジャーレーベルから曲を出すこと、ですよね?」
「うん。ただ、もっと厳密に言うと日本レコード協会が割り振っている国際標準レコーディングコード───通称ISRC。これが割り振られた音源を流通させることをメジャー流通、すなわちメジャーデビューと言うんだ。それに対して、日本レコード協会に登録せず、独立して音楽活動を行っているレーベルやバンドのことをインディーズレーベルやインディーズバンドと呼ぶ」
この辺りは細かい定義を理解していなくてもなんとなく知っている人は多いだろう。ただ、志麻さんみたいに言葉でわかりやすく説明しろと言われてもちょっと難しいところがある。正直、誰でも知ってる大手がメジャーっていう大雑把な考え方が一番わかりやすいんだよね。
車で言うトヨタとかホンダとか日産とか。ああいうイメージだ。
「ただ、意外と知られていないのが世界標準に当てはまるメジャーレーベルはソニー、ユニバーサル、ワーナーの三つしかないということ。あの有名なエイベックスでさえ海外でメジャーと言っても通じないんだ」
「そうなんですね。エイベックスって結構海外で活動しているイメージがあったんですけど」
「うん。エイベックスは日本独自のレーベルだからね。世界標準で考えるとインディーズレーベル扱いなんだよ」
俺の疑問に志麻さんが答えてくれる。なんというか……改めてすごい世界だよな。エイベックスには日本人の誰もが知ってるアーティストがたくさん所属しているのに、世界で見るとインディーズ扱いって。
そんな……常人には想像もできない厳しい世界なのに、ヨヨコ先輩はメジャーデビューはあくまで通過点に過ぎず、海外フェスの大トリを本気で目指している。何というか、改めて先輩のすごさを理解した気がした。
「ちょっと話はそれちゃったけど、メジャーとインディーズの違いは理解してもらえたと思う。それでここからは、レーベルに所属することによって生じるメリットとデメリットを教えていくよ」
「お願いします」
メモを取った方が良さそうだなと思い、俺はリュックからシャーペンと真っ新なノートを取り出す。
「虹夏ちゃんは話を聞くことに集中してね。俺がノートにまとめておくからさ」
「うん。ありがとうレンくん」
殴り書きになってもいいから志麻さんの言葉を聞き逃さないようにしよう。で、家に帰って清書してコピーして他のメンバーに渡してそれを元に虹夏ちゃんが説明すればわかりやすいかな。
「まず、メジャーやインディーズに関わらず勘違いしないでほしいのは、レーベルに所属したからといって『毎月安定した給料が支払われるわけじゃない』ということだ。特にインディーズレーベルからの固定給はないと言っていい。もちろん、メジャーといえど新人の内は月に十万円貰えればいい方ではあるね」
「レンくん、絶対リョウとぼっちちゃんにこの話を最初にしようね!」
「ノートに見開き一ページ使って赤文字ででかでかと書いておくよ」
「そ、そこまでする必要があるのかい?」
あるんですよ! だって相手は俺の姉貴とひとりですよ? 今後レーベルに声をかけられることがあったら絶対「お給料がもらえてウハウハだ~!」って勘違いするに決まってる!!
「は、話を戻そうか。基本的にアーティストの収入は売り上げに左右される。これに関しては君達もよ~くわかっていると思うけどね」
虹夏ちゃんがうんうんと頷く。今だってノルマ代はチケットや物販の売り上げで賄ってるんだから。ただ、ここ数ヶ月はずっと売り上げだけで黒字になってて、バイト代を将来使うことになるであろう移動車代貯金に充てている。
「ただ、今は昔と違って単価の高いCDが何百万枚も売れるような時代じゃない。それこそ、月に千円も出せば音楽サイトでありとあらゆる曲をどこでも誰でも聴くことができる時代だ。だからこそ、レーベルにしてもレコード会社にしても時代に合わせた販売戦略が必要になってくる。昔のようにCDやレコードを出しておけばいいだけの時代は終わったんだ」
「便利な世の中になった弊害ですね」
「俺も消費者の立場から言わせてもらえば、よっぽど好きなアーティストでもない限りCDは買いませんし……」
「サブスクリプションという文化は音楽の世界だけじゃなく、ありとあらゆる業界に大きな影響を与えたんだ。良くも悪くも、ね」
実際、サブスクリプションの影響で収入が激減して活動ができなくなったアーティストや倒産したレコード会社だって目に見えないだけで多くあるはずだ。ただ、それでも近年は音楽業界の売り上げは回復しつつあるらしいけど。
「収入に関しては、後で少し触れるから今は一旦置いておこう。次に話しておきたいのはメジャーレーベルとインディーズレーベル、それぞれに所属することによって生じるメリットとデメリットだ」
そこで志麻さんは注文していたコーヒーを一口飲む。
「まずはメジャーレーベルについてのメリットだけど、これは君達もイメージしやすいと思う。圧倒的な宣伝力、マーケティング力、豊富な資金、各専門分野の有能な人材。まさに、私達バンドが音楽活動に専念できる環境が整っていると言っていい。MVの製作やライブ衣装にもお金をかけられるから、表現の幅も広がるだろう」
「そして、人気を勝ち取れば、メディアへの露出やアルバム製作の仕事がたくさん舞い込んでくる……生活の心配だってしなくていい」
「今、虹夏ちゃんがやっていたり俺がお手伝いしているような音楽活動以外の雑務を全て担ってくれるし、レコーディング費用を負担してくれるところもある。貧乏バンドマンにとって出費を抑えられるのはデカい」
俺達の言葉に志麻さんは頷く。昔と比べて「メジャーデビュー=安定した生活」という図式が必ずしも成り立つわけじゃないけど、メジャーレーベルに所属することは「ブレイクする」可能性を飛躍的に高めてくれる。
「そう。だけどメジャーにはメジャーで大きなデメリットがいくつかあるんだ。まず一つ目は『活動に制限が生じること』」
レーベルに所属してからは楽曲製作やレコーディング、ライブのスケジュール管理などの雑務をレーベル側が負担することによって「自分達が本当にやりたい音楽」ではなく「レーベル、レコード会社がやってほしい音楽」が優先されるようになる。
いわゆる両者の間で「音楽性の違いが生じる」ってやつだ。多分、これはどんな大物バンドも一度は通る道だろう。「自分達の音楽」ではなく、時代の流れに合った「売れる音楽」を優先する。レーベルもレコード会社も慈善事業ではなく、企業なのだ。「バンドのやりたいことだけをやらせた結果、全く売れませんでした」では済まされない。
「メジャーに所属すれば、今よりも自由度がなくなることは確実だ。だが、それらを跳ねのけるほどの人気を勝ち取ればバンドの意向を汲むための……言わば専属レーベルを持つことだってできる」
「専属レーベル。俺の大好きなBUMPもLONGFELLOWっていうアーティストレーベルがついていますしね」
「そう。そして今の時代、そういった専属レーベルがどんどん増えてきている。結局のところ、実力で所属レーベルやレコード会社を黙らせてやればいい。それに尽きる」
まあ、大半のバンドがそれを実現できることなく散っていくわけですが……
「あと、メジャーに所属することで生じる主なデメリットとしては『楽曲の権利をバンドが所有できない可能性が高い』だったり『バンド自身のマーケティング能力が身につかない』といったものがある」
メジャーレーベルと所属バンドは決して対等な関係ではない。むしろ、レーベル側が常にイニシアチブを握っていると言っていいだろう。だからこそ、作った曲を自分達の自由に使えなかったり、曲が大ヒットしても契約内容によってはバンド側に収入がほとんど入ってこなかったりする可能性だってあるんだ。
「その辺りは、契約する際に『隅々まで契約書を読むこと』を徹底すればいい。メジャーだからと言って安易に飛びついた結果、潰れていった才能がこの世界には無数にあるからね」
そしてもう一つ。自身のマーケティング能力が身につかないってことについてだけど、その理由は簡単だ。全ての雑務をレーベルやレコード会社に任せて自分達が音楽活動に専念してしまうから。
その結果どうなるか。いざ、そのレーベルに契約を打ち切られたらまた一から自分達で活動していかなければならない。その時、自分達に何ができるのかわからず途方に暮れてしまったらどうなるか。……言うまでもないね。
「それに関しては、自分達の力だけでしっかりと活動できるようマーケティングのノウハウを身につけるしかない。バンドマンだからと言って、演奏さえやっていればいいという時代ではないからね。もしくは、フリーランスのマネージャーを雇うか」
「フリーランスのマネージャーなんているんですか?」
虹夏ちゃんが尋ねると志麻さんは顎に手を当てて考え込むような仕草をしながら答える。
「数は少ないけどね。基本的にバンドのマネージャーはどこかの事務所やレーベルに所属しているから。ただ、ヨヨコは自分達の音楽活動に集中したいと言って自力でフリーランスのマネージャーを見つけてきたみたいだけど」
「え? SIDEROSってマネージャーがいるんですか!?」
「あれ? 山田くんはヨヨコから聞いてなかったのか?」
「き、聞いてないっす……」
志麻さんの話を聞くと、未確認ライオットに向けて音楽活動に本腰を入れるために最近マネージャーを雇ったらしい。マジかよ。今のSIDEROSってフリーランスのマネージャーを雇えるほど稼いでるの?
「といっても、そのマネージャーはSIDEROSだけじゃなくて他のバンドも兼任しているみたいだけどね」
それでもすごいわ。さすが新宿FOLTでワンマンできるだけのことはあるな。
「次にインディーズレーベルのメリットについてだけど……これはメジャーレーベルのそれを反転させたものと思ってくれていい」
「あたし達……自分達のやりたい音楽を自由にやらせてもらいやすいってことですか?」
「うん。一番のメリットはそこに尽きる。メジャーと違ってプロデューサーやマネージャーとの距離が近いから融通も利くしね」
「収入に関しても、インディーズの方がメジャーと比較して配分比率が多いって聞いたことがあるんですけど」
「山田くんの言う通り、もちろん契約内容にもよるがメジャーに所属した場合バンドに支払われるのは売り上げの数パーセントだと言われている。だけど、インディーズであれば楽曲製作などに関わる人数が少ないからその分バンドの取り分も多くなる。だから、インディーズで大ブレイクしてしまえば収入だけならメジャーバンドを超えるケースだってあるんだ。有名な例だとMONGOL800だね。彼らはインディーズバンドとして二八〇万枚のCDを売り上げて二十億円の利益を得たこともあったらしい」
「に、二十億……」
「なんというか、夢が広がりますね……」
あまりに現実感のない数字に俺と虹夏ちゃんは言葉を失ってしまった。ここだけ聞くと、メジャーよりもインディーズの方がいいように思えるけど、あくまでこれは極々稀な、例外にもほどがあるケースだからあまり参考にしない方がいいんじゃないかな。
「ただ、インディーズは資金力もマーケティング力も人材もメジャーには遥かに劣る。そんな状況下で知名度を上げて『売れる』というのは、並大抵のことじゃない。いずれにしても、メジャー、インディーズともに大きなメリットとデメリットがあることは事実だ。これらを踏まえた上で、君達には後悔のない選択をしてほしい」
「わかりました。レーベルに対するあたし達のスタンスをメンバー達でしっかり話し合います!」
「志麻さん、メリットとデメリットについてはわかったんですけど、いざ契約をする段階になったときに気を付けておくことってありますか?」
「さっきも言ったように『契約書を隅々まで読むこと』だ。レーベル側に有利すぎる契約を平気で持ち掛けてくるところだってあるからね。具体的に言うと『契約期間』『収入』『商標』この三つについてしっかり内容を吟味すること」
契約期間は長過ぎても短すぎてもいけないらしい。特にインディーズに関しては、だ。理由は単純で、相性の悪いレーベルと長期契約を結んでしまうと時間を無駄にしてしまうから。最悪の場合、バンドの解散にだって繋がりうる。
収入と商標についてはすでにメジャーとインディーズのメリットデメリットで説明された通りだ。バンド側の取り分が極端に少ない、自分達の楽曲を自由に使えない、などだ。
「レーベルに声をかけられて浮かれ気分のまま事務所に行って勢いで契約しないこと。少しでも引っかかる部分があればその場で指摘、あるいは一旦話を持ち帰って誰かに相談すること。私や吉田店長、ヨヨコだって力になるから絶対に一人で抱え込まないでね」
「すっごく心強いです! 何かあったら相談させてもらいますね。もちろんレンくんにも!」
「そうだね。第三者目線でツッコミどころがありそうなところは遠慮なく言わせてもらうよ」
「頼りにしてるよ~」
虹夏ちゃんはそう言って俺の頭を撫でてくれる。志麻さんの話はこれで一段落したらしく、追加で三人ともケーキを頼むことにした。
「話は全く変わるんだが、山田くんは将来どうするつもりなんだい?」
「とりあえず、大学には行こうと思ってます」
「ご実家は病院だったよね? とすると、医学部に?」
「いや、本気で医者になるならライブハウスでバイトなんてしてないですよ」
「……だろうね」
実際、父さんと母さんに病院を継げって言われたことは一度もない。あの二人はとにかく俺達のやりたいことを一番優先してくれるからな。たとえ俺が病院を継がなくても、悲しむってことはないと思う。というか、俺達が継がなくてもいいように後任を育成してるみたいだしね。
それに普通に考えて医者とか絶対無理だわ。医学部で六年間も勉強とか耐えらない。それに俺、グロ耐性ないし。
「大学に行って、教員免許でも取ろうかなって考えてたりします」
「へえ、学校の先生になるつもりなんだね」
「まだそうとは決まってないです。ただ、虹夏ちゃんや大槻先輩達が一生懸命がんばってる姿をずっと見てきたから……後悔をしないために努力することの大切さをちょっとでも伝えられたらなと思って」
「レンくん……」
高校時代の三年間というものは、その後の人生の何十年分もの価値があるとてつもなく貴重な時間。
それを子供達に伝えられる人間になりたい。
あと、ひとりや喜多さんに勉強を教えるのが思いの外楽しかったって言うのも理由だったりするんだよね。恥ずかしくてこの場では言えなかったけど。
「君ならいい先生になれるよ。でも、そうか……学校の先生か。てっきり、レーベルやレコード会社でマネジメントを学ぶものだとばかり思ってたよ」
「マネジメント、ですか? まあ、興味がないわけではないです。こうやって、色んなバンドの人ややみさんみたいな業界の人と知り合ったり、自分の知らない世界へ足を踏み入れるのって楽しいですしね」
「人当たりの良さやコミュニケーション能力、何よりこうやって大切な人達に尽くそうとする献身性はマネジメントする側に向いているよ。強制するつもりはないけど、少し考えてみてもいいんじゃないかな?」
「……そうですね。色々考えてみます」
マネジメントする側……全く考えたことがなかったわけじゃないけど、これまで俺がやってきたことなんて学生のお手伝いレベルだからな。それをもっと本格的に勉強して、結束バンドやSIDEROS、SICKHACKといったバンドのマネージャー……いや、バンドに限った話じゃないけど、誰かを、何かをマネジメントする。
うん。俺に合ってるとは思うし、楽しめるとも思う。
「虹夏ちゃんはさ、俺が将来結束バンドが所属するレーベルで働いて、マネージャーになったら嬉しい?」
「うん。すっごく嬉しいよ!」
俺が尋ねると虹夏ちゃんは花が咲いたような明るい笑顔で即答した。そう言うだろうなとは思ってたけど……一つ大きい問題があるんだよね。
「志麻さん、ガールズバンドのマネージャーが同年代の
星歌さんから聞いたことがある。バンドが解散する一番の理由は恋愛絡みだと。
もしも……もしもだよ? 俺が結束バンドの誰かと付き合った状態でマネージャーになるって、それって本当に大丈夫なの? でもマネージャーと結婚する芸能人もいたしなぁ。いや、仮に付き合わなくても可愛い四人組のガールズバンドの傍に常に同年代の男が控えてるって、余計なトラブルの火種になりかねないんじゃ……
俺の気にし過ぎならいいんだけどさ。
「……山田くん、実は女の子だったりしない?」
「やっぱ問題あるんじゃないですかー!」
「あはは。冗談だよ。まあ、全く問題がないわけじゃないけど……有能であれば男だろうが女だろうが関係ない。ただ、痴情のもつれだけは注意してね? バンドだけじゃなくてレーベルやレコード会社にも迷惑がかかるから。いや、山田くんに限ってそんな不義理なことはしないだろうけど」
まあ、これについては今すぐどうこうってわけじゃないしな。大学生になってから考えても遅くない。今はとにかく、変に距離を取ったり意識せずにこれまで通り俺ができる範囲でお手伝いをすればいいんだから。
「虹夏ちゃんが羨ましいよ。身近にこんなにも献身的で頼れる男の子がいるんだから」
「はい。あたしの自慢の───
「ほんとに羨ましい。はぁ……」
なんか志麻さんがへこんじゃった。やっぱり志麻さんみたいなタイプはこの人を甘やかして骨抜きにするくらいの男が丁度いいのかもしれないね。
……星歌さんと一緒に婚活パーティー行きます?
「志麻さん、今日は貴重なお話を聞かせていただいて本当にありがとうございました。改めて、あたし達のバンド活動を見直す良い機会になりました!」
「さっきも言ったけど、困ったことがあったら何でも相談してくれていいからね。できる限り力になるよ」
「じゃあ、廣井さんがウチに入り浸るのをどうにかしてください」
「その願いは私の力を超えている」
志麻さんの言葉に俺達は笑った。
本当に、志麻さんと話せてよかった。何の準備も覚悟もなくレーベルと接触することになっていたら、もしかしたら一方的に不利な契約を結ばされて不幸な結末になっていたかもしれない。
よーし、帰ったらさっそく今日聞いたことをわかりやすくまとめて、明日虹夏ちゃんと一緒に他の三人にしっかり説明しよう。これでますます結束バンドの結束力が───
そこで俺は思い出した。
思い出してしまった。
そういえば、あの三人をSTARRYに置いてきたんだった。
その頃のSTARRY
「ぼっちは返事をするときによく『あっはい』って言うよね」
「あっはい」
「『あっはい』の『あ』を『お』に変えて『は』を『ぱ』にすると『おっぱい』になる。つまりぼっちのおっぱいが大きいのはその返事のせい」
「ど、どういう理論ですかっ!?」
「……つまり私も『あっはい』って返事をし続ければいつかひとりちゃんみたいに胸が大きくなる?」
「間違いない」
「虹夏先輩にも明日教えてあげなくちゃ!」
「……はぁ。虹夏とレンのうちどっちか一人は常にシフトに入れるようにしよう」
「店長、溜息を吐くと幸せと婚期が逃げていくよ」
「婚期は余計だろうが!!」