【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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ヨヨコ回!



#07 ヨヨコのナイフは鋭くなるもんさ

「ごめんなさい。待たせたわね」

「いえいえ。三十分しか待ってませんよ」

「かなり待ってるじゃない!?」

 

 四月第二週の週末、俺は大槻先輩の招集命令に従い、待ち合わせ場所であるスタバで新作のドリンクを飲みつつ大槻先輩を待っていた。大槻先輩はライブの時とは違ってラフな姿、髪型もツインテールじゃなくてストレートに下ろしている。

 

 いつもと違う髪型が見れてラッキーと思いつつ、胸元ががっつり空いてる服装だったので目のやり場に困ってしまった。……男子高校生には目の毒ですよ。しかも先輩は無自覚でこれをやってるからなぁ。

 

「で、お姉さんのバンドはどうなのよ?」

「大槻先輩からのアドバイスを参考にした練習を取り入れてますね。……だいぶ苦戦してるみたいですけど」

「当たり前でしょ。そんな一朝一夕でバンドが完成するはずがないわ。こういうのは結局積み重ねがモノを言うのよ」

 

 大槻先輩もドリンクを購入してテーブル席に向かい合って座る。

 

「先輩、今日は髪を下ろしてるんですね」

「え? ああ、そうね。ライブするわけじゃないし。学校だとこんな感じよ」

「その髪型だと大人っぽさがぐっと増しますね。十ポイントです」

「もっと素直に褒められないのかしら?」

「俺、こう見えてシャイボーイなんですよ」

「どの口が言ってんのよ」

 

 俺の軽口に対して大槻先輩は俺のほっぺたをぐにぐに引っ張ってくる。でもね。俺がここで先輩をストレートにべた褒めすると絶対赤面して大声でツッコミ入れて周りのお客さんの迷惑になるじゃないですか。

 

 まあ、照れてる先輩も可愛いから見たかったけど。

 

「じゃあ早速、本題に入りますか」

「そうしましょう。時間が惜しいもの」

 

 ではこれより、第何回目かの「どうにかして大槻ヨヨコの魅力をたっぷりお届けしてSIDEROSを復活させよう会議」を開催します。

 

「では、まず前回の反省から……『なぜ大槻先輩はメンバー達にダメ出しばかりしてその後のフォローができないのか』」

「うぐっ……! で、でも……あなたに言われた通り、ライブの反省会でちゃんと褒めるところは褒めたわよ!」

「ほんとですか?」

「ほ、ほんとだもんっ!」

 

 「だもん」とか使うんだこの人。可愛い。

 

「でも、大槻先輩ってバンドメンバーに対するツンとデレの割合が九対一くらいなんで、上手く伝わらなかったのかもしれませんね」

「そ、そこまで酷くないでしょ!? 私的には五分五分だったと思ってるくらいよ!」

「じゃあ、あと五倍がんばってください。それでようやくバランスが取れます」

「あ、甘やかしすぎるとダメになるでしょ?」

「昨今の若者は厳し過ぎるとすぐにそっぽを向いてしまうんです。……それは大槻先輩が一番よくわかってるじゃないですか」

「確かに、そうだけど。……でも、前のメンバーが()()()()()()()()()()()()んだから、やり方自体は間違ってなかったはずよ」

 

 俺が大槻先輩と出会ったのは約一年前で、その時のメンバーが二ヶ月ほど前に全員辞めてしまったのだ。理由は、大槻先輩のやり方についてこられなくなったから。

 

 大槻先輩は非常にストイックでひたむきに努力を続ける人だ。人に厳しく、そして誰よりも自分に厳しい。俺の姉貴とは大違いだ。だからこそ、俺は大槻先輩を尊敬しているし、信頼している。

 

 ただ、彼女のそういったスタンスがバンドを崩壊させている大きな要因でもあるんだけどね。

 

「あなたと知り合ってから……あなたのアドバイス通り、ダメ出しだけじゃなくて褒めるところはしっかり褒めるよう心掛けたつもりだったけど」

「俺と知り合う()()と比べたら長続きしたかもしんないですけど、そもそも結成して三年でメンバーがコロコロ変わり過ぎです。このままだと『大槻ヨヨコ』っていう超絶凄腕ギタリストが世に出ることなく埋もれちゃいますよ」

「むぅ……」

 

 実は、二か月前に大槻先輩から「SIDEROSが活動停止状態になった」という連絡を受けた時、俺は一度だけ大槻先輩を結束バンドに勧誘していたのだ。

 

 でも、大槻先輩は「私がリーダーのSIDEROSじゃないと嫌だ!」って頑なに勧誘を拒んだんだよね。もしも大槻先輩が喜多さんや後藤さんの代わりにメンバーになっていたらどうなっていたかな……ちょっと想像ができない。

 

「でも、思ってもないことを口にしてメンバーのご機嫌を取るのは嫌よ」

「そこまでしなくていいです。というか、それをやっちゃったら大槻先輩の魅力がなくなっちゃうので」

 

 あくまで先輩のスタンスやストイックさは崩さなくていい。ただ問題は伝え方とメンバーのモチベーションの上げ方だ。大槻先輩は後藤さんとは違うタイプのコミュ障だから、ある程度仲良くなるまでは誤解されがちなんだよね。

 

「とにかく、今後新メンバーが加入した場合は厳しさと優しさのバランスをこれまで以上に心掛けてください。あと伝え方。同じ厳しい指摘でも言葉遣いや語彙で受け取り手の印象が全然違いますから」

「……努力するわ」

「その上で、常にナンバーワンを目指すことを忘れないこと。その姿勢こそが先輩の最大の武器であり魅力ですからね」

「……ありがと」

 

 俺がそう言うと、大槻先輩は恥ずかしさを誤魔化すようにドリンクを飲む。こういうところだけ見ると普通の女の子だよな。……もっと自然体の先輩をメンバーのみんなが知ってくれればいいのに。

 

「ここまではメンバーが集まってからのお話です」

「ここからはメンバーを集めるための話ね」

 

 そういうこと。まだ集まってもいないのに先のことを話すなんて捕らぬ狸の皮算用過ぎる。まあ、事前に心構えをしておくのは大事っちゃ大事だけども。

 

「メンバーを集めるために俺は二つの作戦を考えました」

「奇遇ね。私も二つ思いついたのよ」

 

 ほう。仲良しですね。

 

「一つ目は?」

「せーので言いましょ」

 

 大槻先輩は不敵に笑って言う。あ、これ二人とも全然違うこと言って大槻先輩が盛大にツッコミを入れるヤツだ。俺のサイドエフェクトがそう言ってる。

 

 せーの

 

「路上ライブ」

「路上ライブ」

 

 あらま。意外や意外、息ぴったりですね。思わず二人でハイタッチしちゃいました。大槻先輩めっちゃ嬉しそう。

 

「この二か月は新宿FOLTに張り紙したり、()()()……知り合いに色々あたってみたり、自己研鑽に励んだりしたけど、いい加減外で活動した方が良いと思ったのよね」

「俺も賛成です。大槻先輩はソロだろうがバンドだろうが存在感と実力は圧倒的なので、興味を持ってくれる人は多いと思いますよ」

 

 新宿にも下北にもメンバーが集まらなくて燻ぶっているバンドマンは多い。そういう人達が大槻先輩に声をかけてくれる可能性は十分にある。

 

「で、俺はこんなものを作ってきました~」

 

 そして俺はリュックから一枚のフライヤーを取り出す。

 

「メタルバンド……SIDEROS……メンバー募集中……。これ、あなたが描いたの?」

「がんばりましたっ!」

「絵、上手なのね」

「姉貴の友達兼俺の幼馴染に教えてもらいました。ちなみにその幼馴染は俺に女心のいろはと料理も仕込んでくれました」

「あなたその幼馴染色に染め上げられてない!?」

 

 うん。否定はできない。でも実際、虹夏ちゃんのおかげで助かっていることの方が遥かに多いので俺は気にしません。

 

 フライヤーのデザインは、大槻先輩のシルエットに、ちょっとダークな雰囲気を出すために暗めの色遣いで仕上げている。あとはこれをコピーして路上ライブをやった時に配ればいい。

 

「このQRコードは?」

「ああ、そっちは作戦の二つ目と関係があるんですよ」

 

 最近はQRコードもアプリで簡単に作れるようになったからね。本当に便利な時代になりました。

 

「なら、作戦の二つ目とやらを聞かせてもらおうかしら」

「またせーので言います?」

「そうね。これでまた私とあなたの意見が一致したら……」

「結婚するしかないですね」

「なんでそうなるのよ!?」

 

 俺は冗談でそう言ったけど、さすがに二つ目が被ることはないでしょう。一つ目の路上ライブは割と思いつきやすいことだっただけだからね。

 

「じゃあ、いくわよ。せーの……」

「動画投稿」

「動画撮影」

 

 あ、ほぼ被った。結婚まではいかないけど、その一歩手前……両親の顔合わせでもします?

 

「それほぼ結婚と同意義でしょ!?」

「まあ、それは別に本題じゃないから置いておくとして……」

「あなたから言い始めたんじゃない……」

 

 いやだって本当に被るなんて思うわけないじゃないですか。嬉しいですけどそれ以上にビビりましたよ。

 

「んで、この作戦とQRコードに何の関係があるのかというとですね」

「ほんとに流して話を進めだしたわねこの男……」

「じゃあ、お互い三十歳になっても独身で売れ残ってたら結婚しましょ」

「恋愛ドラマでありがちな台詞ね。実現したケースを見たことがないけど」

 

 まあ、大槻先輩が売れ残るなんて絶対ありえませんから安心してください。むしろ俺は姉貴の方が百倍心配なので。自分が結婚してからも姉貴の面倒見るとか絶対に嫌だからな。

 

「話を戻しましょうか。大槻先輩、QRコードを読み込んでください」

「はいはい」

 

 そして大槻先輩は俺の指示に従い、スマホを操作してQRコードを読み込み、リンクを開く。

 

「なに、これ……オーチューブのチャンネル? しかも、SIDEROSの……?」

「はい。必要になるかと思って開設しておきました」

「なるほど。これに私の神テク動画を投稿して再生数をガッツリ稼いで知名度アッププラスメンバーの募集もかけるわけね」

「半分正解です」

 

 メンバーの募集を動画で直接かけるわけではない。むしろネットで呼びかけをすると余計なトラブルに巻き込まれかねないからやるつもりはありませんよ。

 

 どちらかというと、路上ライブを観て興味を持ったお客さん向けの動画にするつもりです。今のところは。

 

「今のところは?」

「今後活動が拡大すればSIDEROSのライブ映像や新曲MVをアップするのに使えるでしょ?」

「それもそうね。でも、それなら動画を投稿することとメンバーの募集に関連がみられないのだけど」

 

 俺の考えはこうだ。

 

 まず、路上ライブで大槻先輩の生演奏を観てもらって、彼女自身に興味を持ってもらう。演奏技術自体はずば抜けているから、興味を持ってもらうこと自体は難しくない。

 

 でも、演奏だけじゃ大槻先輩の人となりを理解することは難しい。直接色々会話ができればいいんだけど、会話をするきっかけすら掴めなかったら意味がない。

 

「話してみたいけど、怖い人かもしれない」って思われて、会話のきっかけを無駄にしてしまうかもしれない。

 

 だからこその動画投稿。

 

 投稿した動画で「大槻ヨヨコさんってこういう人なんだな。私もバンドメンバー募集中だし、少しお話してみたいかも……」って思ってもらう作戦だ。

 

 もちろん、大槻先輩の演奏を観ただけで話をしたいっていう人が見つかるのがベストだけどね。

 

「動画の内容については考えてあるの? もちろん私は考えているわ!」

「俺も一応考えてはいます。……ちなみに先輩の考えは?」

「ふふん。よくぞ聞いてくれたわね。私はこれよ!」

 

 そう言って大槻先輩はバッグからメントスとコーラを取り出した。……マジかよこの人。

 

「メントスにコーラを入れると面白いことになるんでしょ? やらない手はないわ!」

「えーっと、俺の考えはですね……」

「清々しいほどのガン無視!」

「真面目にやってください」

「失礼ね! 私はいたって大真面目よ!」

 

 でしょうね。

 

 でもさ、今さらそんな動画が流行るわけないでしょ。ものすごくワクワクキラキラした表情でメントスとコーラを両手に持っている大槻先輩は非常に可愛らしかったのですが、そんなクソ企画をやっても何の成果も得られそうにないので容赦なく却下します。

 

「じゃあ、あなたの企画を教えなさいよ」

「ギター講座です」

 

 俺の提案自体もありふれていて、すでに同じような動画が飽和しているけど、あくまで狙いは路上ライブを観に来てくれた人に大槻先輩の人となりをちょっとでも知ってもらうことだ。

 

 だから、ただの演奏動画じゃなくて大槻先輩が自分の言葉で、誰かにギターを教える感覚で、なるべく等身大の大槻先輩の動画を作りたい。

 

「わ、私にそんなお喋りを期待するの?」

「この前『俺にギターを教えられる』って言ってましたよね?」

「あ、あなたに教える場合はカメラなんてないじゃない」

「まあ、カメラを意識するなって言うのは難しいでしょうけど……それこそ最初は初心者向けの動画にしようと思っているので、カメラというより俺に教える感じで話してくれたらいいんです」

「……できるかしら?」

「できるに決まってるでしょう。ギターに限らず、俺にあんなに献身的なアドバイスをしてくれたんですから」

 

 姉貴がバンドを辞めて精神的に参っていたときも、つい先日の結束バンドのことについて相談したときも、言葉遣いは厳しいながらも大槻先輩はいつも親身になって話を聞いてくれた。そういうところを俺は本当に信頼しているんです。

 

「それとも、大槻ヨヨコともあろう女が……自信がないと申すか?」

「安い挑発ね。でもいいわ、乗ってあげる。私の神テク伝授動画でスーパーギタリストを量産してやるわよ!」

 

 うん。チョロい。ちょっとプライドを刺激するとこれだ。チョロすぎて将来が心配過ぎる。変な男が寄り付かないよう注意しないと……

 

 そこでふと、俺は気付いた。

 

 姉貴といい虹夏ちゃんといい喜多さんといい後藤さんといい……俺の周り、将来が心配な子が多くない?

 

「じゃあ、早速行きましょ」

「……行くって、どこに?」

「新宿FOLTよ。まさかその辺の公園とかで撮影する訳にはいかないでしょ」

「いやいや、新宿FOLTって……俺、完全に部外者ですから」

「私の関係者ってことにすれば大丈夫。店長もそこまでうるさくない人だから」

「えー……じゃあ、せめて菓子折りか何か買ってから……」

「そういうのいいから。さっさと行くわよ!」

 

 そう言って大槻先輩は話をさくっと切り上げて、俺の手をぐいぐい引いて歩きだす。一度スイッチが入ると真っ直ぐ突っ込んで行くからなこの人も……。まあ、それが先輩の良いところでもあるんだけどね。

 

 というわけで、なし崩し的に新宿FOLTに向かいます。

 

 

 

 

 新宿FOLT、その名の通り新宿にあるかなり大きなライブハウス。収容キャパは五百人だとかなんとか。STARRYよりも遥かにデカいな。結束バンドもいずれはこういうところで……

 

 いやいや。まずは下北でちゃんと地に足を付けた活動をしないとね。

 

「おはようございます」

「あら~ヨヨコ? 今日は確かオフだったはずでしょ?」

「すみません店長。ちょっとスタジオを借りたいんですけど……」

「スタジオ? 今は誰も使っていないから別にかまわないわよ」

 

 大槻先輩に引っ張られるがままついて行き、ライブハウスの中に入って先輩が真っ先に声をかけたのはピアスゴリゴリのちょっと強面でオネエ言葉なお兄さんだった。

 

 この人、バトル漫画だと絶対強キャラとして登場してくる! と俺は全然関係ないことを考えていた。

 

「そ・れ・よ・り・も~。一緒に来た男の子は誰かしら? もしかして、ヨヨコの彼氏?」

「は? え? か、彼氏!? ち、違いますよ! こんなヤツが彼氏なわけないじゃないですか!」

「でも、しっかり手を握ってるじゃない」

「…………へ?」

 

 大槻先輩のこの反応。もしかして気付いてなかったんですか?

 

「ちょっ……離しなさい! て、店長! これは誤解、誤解ですから!」

「ヨヨコが男を連れてくるなんてね~」

「だから違いますってばぁ!」

 

 どうしよう。そろそろフォローに入った方がいいのかな。でもこうやって困って顔を赤くしながら必死に否定している大槻先輩が可愛いからもうちょっと眺めていたいっていうゲスな自分もいるんだよね。

 

「なになに~? 大槻ちゃんが彼氏連れてきたって~?」

「わー。すごいイケメンがいるヨ~」

「廣井、イライザ。今はまだミーティング中だろうが」

 

 なんか人がわらわら集まってきた。……というか、この三人。SICKHACKの人達だよな? 姉貴と一緒に何回かライブを観たことがあるからわかる。

 

「ね、姐さん達まで! 違いますからね! こいつはただの友達で……あなたも黙ってないでなんとか言いなさい!」

「なんとか」

「小学生みたいなこと言ってんじゃないわよ!」

 

 大槻先輩が思いっきり耳を引っ張ってきました。いい加減話が進まないのでちゃんと説明しようと思います。

 

 

 

 

「なるほど。SIDEROSのメンバー集めのために大槻ちゃんに協力を……」

「はい。先輩には色々お世話になっているので、ちょっとでもお手伝いできたらなと思いまして」

 

 店長さんだけでなく、SICKHACKの三人にもこれまでの経緯を説明する。とりあえず彼氏っていう誤解は解けたな。

 

「こ、これが本場のジャパニーズ落とし前?」

「恩返しだよイライザ。落とし前つけてどうするんだ」

「殊勝な心掛けだね~少年。それにしても、大槻ちゃんにこんなイケメンな友達がいたとは……教えてくれてもよかったのに」

「うぐっ……」

 

 教えたら教えたでこうやって面倒なことになるから教えたくなかったんでしょ? とはさすがに俺も言えなかった。

 

「自己紹介が遅れました。山田レンと申します。普段は下北のライブハウス『STARRY』でバイトしてます」

「STARRY? STARRYって最近できたライブハウス?」

「はい、そうですけど。……廣井さん、ご存知なんです?」

「うん。私の先輩がやってるとこ……って、あれ? 私名乗ったっけ?」

「みなさんのことは知ってますよ。何度かライブを拝見させていただいたので。廣井きくりさん、清水イライザさん、岩下志麻さん……ですよね?」

「おぉ~! こんなところにも私達のファンが……嬉しいねえ~」

 

 ワインレッドの髪色をした廣井さんが甘ったるい声を出しながら俺の肩をバンバン叩いて来る。美人なのにめっちゃ酒臭いなこの人。……星歌さんこんな人と知り合いだったのか。

 

「いや、正確には岩下さんのファンなので」

「は、え? わ、私ですか?」

「はい。あのパワフルさと精密さをハイレベルで両立しているテクニックに心を奪われました」

「あ、ありがとうございます。えっと、君もドラムをやってたり?」

「いや、俺は聴き専ですね。でも、もしバンドをやるとしたらドラム一択なので」

「ヨヨコ、この子を逃がすなよ?」

「どういう意味ですか!?」

「この子にはドラマーの素質がある」

 

 バンドマン百人に聞きました。バンドを結成する上で最も集めにくいポジションはどこですか?

 

 百人が百人こう答えます。ドラムだと。

 

 理由はいくつかある。楽器がでかすぎて気軽に持ち運びできないことと、ギターやベースと違って練習場所がものすごく限られるということ。練習方法は人によるけど、雑誌を叩いたりする人もいるらしい。

 

 それを考えたら、家がライブハウスでいつでも自由に練習できる虹夏ちゃんはSSRドラマーなんだ。

 

 そんな悲しい事情があって、ドラマー人口自体が非常に少ない。ギタリスト百人に対して一人いるかいないかという統計データがあるとかないとか。

 

「姉貴は廣井さんのファンです」

「お姉さん見る目あるね~。でも君は私のファンじゃないんだ~」

「初めてライブ観に行ったときに酒ぶっかけられて顔面踏まれて廣井さんがダイブしたときに酒瓶で頭殴られたので」

 

 あれ以来、俺はSICKHACKのライブは最後尾で観ると決めている。姉貴は「踏んでもらって良い思い出」とか言ってたけど。

 

「あれ、良い思い出にならなかった?」

「なるわけないだろ! ごめんね山田くん。今さらだけど……怪我とかしなかった?」

「それは大丈夫です。姉貴は羨ましがってましたけど」

「私、君のお姉さんと話が合いそうだね」

 

 絶対会わせたくない。やべえ化学反応が起こるに決まってる。

 

 なんだよ。ベーシストってどいつもこいつもこんなのばっかりなのかよ。大槻先輩の新メンバーはまともな子を入れねば……

 

「ねーねー」

 

 清水さんが俺の袖をくいくい引っ張ってくる。……何だろうこの人。虹夏ちゃんと同じ「あざと卑しか女臭」がする。

 

「私はー?」

 

 清水さんは上目遣い気味に俺を見てきた。あなたも露出が激しい人ですね。それに胸も大きいから目のやり場に困りますよ。……大槻先輩といい、新宿FOLTは風紀が乱れまくってんな!

 

「清水さんの優雅で甘美、かつ情熱的なギターには心を惹かれました。容姿にそぐわない大人な色気のある演奏。すごく好きです」

「ほんと? えへへー。嬉しいナ。ありがとネ!」

 

 にぱーっと天真爛漫に笑う清水さんを見て思う。

 

 あ、やばい。この人、俺の庇護欲を刺激するタイプの人間だ。あ、甘やかしたい~。褒めちぎって褒めちぎって美味しい物たくさん食べさせてあげたい~。

 

「あれ? なんだかリーダーの私だけ存在が軽んじられている気がする」

「残念ながら当然よ廣井。あ、自己紹介が遅れたけど、私は吉田銀次郎三十七歳。ここの店長をやってるわ。よろしくね山田ちゃん」

「よろしくお願いします」

 

 オネエ言葉なのにすっげー名前。銀次郎って桃鉄でスリやってそうな名前ですね。

 

「このフライヤー。レンが作ったの?」

「はい。もうちょっと手描きっぽくしたかったんですけど、そうするとメタルの雰囲気が薄くなっちゃったんでデジタルな感じに……」

「ふーん? レンって絵が得意なんだ」

「得意……というか趣味の一つですね」

「それは良いことを聞いたヨ!」

 

 清水さんは満面の笑みを浮かべたかと思うと、背伸びして俺の耳元でそっと囁いた。

 

「いつかお仕事お願いするかも……」

 

 はい。お願いされます。……あ、だめだ。この人の前だと完全に甘やかしモードが発動する。俺、この人のお願い断れないかも……。決して清水さんが俺に囁いた時に胸が当たって篭絡されたとかじゃないからね。

 

 でも、男はおっぱいに勝てない生き物なんだ。悲しいことに。

 

「お仕事って何ですか?」

「内緒♡ また今度教えてあげるネ」

 

 やっぱこの人虹夏ちゃんの同類やんけ。いや、おっぱいがある分虹夏ちゃんより性質が悪いな。SICKHACKの清水イライザ……恐るべし。

 

「むむむ……イケメン少年がイライザにばかりかまっている。ここはきくりお姉さんが懐の深さを見せつける場面」

「お前の懐、常時氷河期だろ」

 

 廣井さんに対して岩下さんの辛辣なツッコミが炸裂する。懐が常時氷河期って……インディーズでは人気バンドなのにお金ないのかな。

 

「山田少年! お姉さんがこの色紙にサインを書いてあげよう。ありがたく受け取りたまえ~」

「待て廣井。山田くんは私のファンで将来有望なドラマー候補なんだ。ここは私が書くべきだろう」

「え~! 二人ばっかりずるいヨ~。私も書く~!」

 

 結局一枚の色紙に三人がサインを書いてくれました。額縁に入れて部屋に飾ろうと思います。あと三人とロインを交換しました。

 

 SICKHACK……すごく良い人達だ。廣井さんにはちょっと苦手意識あるけど……。姉貴とは絶対に会わせないようにしないとな!

 

 まあでも、新宿と下北沢だし……活動拠点も違うし出会うことなんてないでしょう!

 

 このときの俺は廣井さんが星歌さんの知り合いであるということをすっかり忘れていたのだった。

 

 

 

 

「私の動画撮影は……?」

 

 忘れ去られていた大槻先輩がしょんぼりしながら呟いた。

 

 ごめんなさい大槻先輩! でも、ちょっと拗ねた感じの表情の先輩も可愛いですね。

 

 口に出したらややこしいことになるから黙っておくけど。

 

 というわけで、色々横道にそれちゃったけど新宿FOLTで「大槻ヨヨコのギター講座」収録が始まります!





 一話で終わらなかった。

 今回と次回はぼっちはぼっちでもアクティブぼっちヨヨコちゃんの介護話になります。

 原作だとこの時期にSIDEROSが結成されていますが、レンくんの助言により前のバンドメンバーが原作以上に長続きした結果、まだ原作メンバーが集まっていない状態になっています。

 結束バンドRTAしている一方でSIDEROSの始動が遅れるという……

 善意と的確なアドバイスが裏目に出ちゃった形ですね。

 次回でSIDEROS結成編は終わらせるつもりです。

 早くネガティブぼっちひとりちゃんを甘やかす介護話を書きたい……

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