新学期早々、まさかこんなことになるなんて……彼女のことは、一年の付き合いでそれなりに理解していたつもりだったけど、それはとんだ自惚れだったようで、俺はどうやら後藤ひとりという少女をまだまだ侮っていたらしい。
よもやよもやだ。一年前に封印したはずのピンクジャージを再び学校に着てくることになるとは……
なんとか制服に着替えさせて事なきを得たけど、いや得てないな。結構な生徒に目撃されたよあの恰好。しかもピンクジャージだけじゃなくてサングラスにヘアバンドまでつけてて去年よりパワーアップしてたし!!
三学期あたりからひとりを介護することが減ってきて「成長したなぁ」ってしみじみしてたのに全然ダメじゃん!!
まだまだお世話してあげなきゃ……まあ、嫌じゃないからね。ひとりとこうやってわちゃわちゃ過ごすのは……うん。
で、えっと……クラスは喜多さんと佐々木さんも一緒か。それに、去年クラスでひとりと仲の良かった女の子が何人か……勝ったな。この一年でひとりの交友関係をもっと広げられ───
そこで俺は気付いた。気付いてしまった。
喜多さんの友達って基本的に量産型喜多さんみたいな感じの陽キャ女子だよね? サバサバ系世話焼きガールの佐々木さんはともかく、陽キャグループとひとりが絡むのは無理なのでは?
喜多さんの友達が気を遣ってひとりに話題を振るも全然話を広げられなくて気まずくなる未来しか見えない!! しかも喜多さんってその辺は鈍感だから、友達とひとりが話しているのを見ただけで「仲良くなって嬉しい」って思うに違いない!!
あれ? 下手したら去年よりひとりの心労が増えるんじゃない?
……俺も去年以上に気遣ってあげよう。佐々木さんもいるし、なんとかなるか。
とにかく今は、無事に新学期初日を終え───
「そういえば、最初のホームルームで自己紹介とかするのかしら?」
───られねえ!!
そうだよ!! 自己紹介があった!! ヤバいヤバいヤバい!! 去年のひとりはガチガチに緊張してて変な一発ギャグとかやる余裕もなかったけど、一年経った今、絶対にクラスを盛り上げようとか笑いを取ろうとか考えてとち狂った自己紹介をやるに違いない!!
阻止しなければ!! それだけは絶対阻止しなければ!!
「ひとり、どんな自己紹介するか考えてる?」
「あ、はい。じ、実は台本を作ってきてまして……」
もうこの時点で嫌な予感しかしない!!
「それ、見せてもらっていい?」
「あ、はい。どうぞ……け、結構自信作なんですよ……ふへへ」
ひとりは例のとち狂った行動に出る寸前の不気味な笑顔で俺にメモ用紙を渡してくる。喜多さんと佐々木さんも興味があるのか、俺が持っているメモ用紙をのぞき込んできた。距離近いな君ら!! 二人ともめっちゃ良い匂いするけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。
さてさて、どんな怪文書が飛び出すのやら……
『あだなはぼっちで~す! 名前の通りリアルぼっちなのだ~! なははっ☆(※ここで笑いが起きる予定) 地元は神奈川でありまあす! 中学の人がいないところがよかったのでなんと通学に二時間もかけてるのだ! 毎朝寝不足でこの学校にするんじゃなかったって思ってまーす! ってこりゃ失敬!(※ここで再び笑いが起きる予定) 欠点は人の目を見れないこと。「あっ」て必ずつけちゃうこと。ってそこ笑うな~! しばくぞっ☆(※ここで空前絶後の大爆笑)』
「あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっっっっ!!!!!」
「レンくんが発狂したひとりちゃんみたいに机に頭を打ち付け始めたわ!!」
「う~んこの似たもの夫婦」
君はいつもいつもそうやって俺の想像なんて軽く飛び越えてくるよね。それがいい場面でだけ発揮できれば感動するだけなんだけど……どうしてマイナス方向でそんなに全力出すの!?
いやわかってる……わかってるよ。ひとりがふざけてるわけじゃないってことを。本気でこれが面白いと思っていることを。過去の自分を変えたくて、自己紹介を盛り上げたくて一生懸命考えてきたってことを!!
だけど、だけどさ……限度ってものがあるでしょ!?
これをそのまま読んだらたとえ(学校では)人気者の喜多さんでもド滑りするわ!! それを……それをひとりがやったりしたら……
死ぬ!! 間違いなく!! でも安心してひとり、そうなったら俺も一緒に死んであげるから!!
「死が二人を別つまで……」
「レンくん戻ってきて!! ひとりちゃんがこんな自己紹介をしたら大惨事間違いなしだわ!! この状況を変えられるのは君だけなのよ!!」
「後藤、いけるいける。これでやってみ?」
「で、ですよね……大ウケ間違いなしですよね……」
「さっつーは黙ってて!!」
発狂した俺を喜多さんが正気に戻すという年に一度見られるかどうかという非常に珍しい光景が二年三組の教室で繰り広げられるのだった。
「わたしはしょうきにもどった」
「おかえり山田」
「まさか喜多さんにこんな醜態を晒してしまうとは……一生の不覚」
「レンくんって綺麗な顔して普通に毒吐くわよね」
「ブーメランかな?」
喜多さんがそんなこと言ってきたので条件反射気味にツッコむと耳を引っ張られた。そういうことするから俺が喜多さんに毒を吐くことになるんだよ?
って! そんなことは今はどうでもいいんだ! それよりもひとりの自己紹介をどうにかしないと……
「れ、レンくん……! わ、私の台本どうでした? か、完璧ですよね? え、えへへ……」
ひとりがわんこのような純粋な瞳で俺を上目遣いに見てくる。う、うぎぎぎぎぎ……ひ、久しぶりに庇護欲が爆発しそう。そういえば入学当初はずっとひとりに対してこんな感じだったなぁと、俺は遠い昔を懐かしんで現実逃避する。
でも、ダメだ!! ここで甘やかしちゃダメだ!!
本当に彼女のことを思っているのなら、ここは厳しく指摘する場面……気合を入れろ! ヨシ!
そう考えて俺は自分の両頬を叩く。その一方で佐々木さんはずっとニヤニヤしながら俺を観察していた。こんにゃろう、顔が可愛いからって調子に乗りおって。
「ひとり」
「あっはい」
「台本、直したいところがあるんだ」
「え? ど、どこかおかしなところがありましたか?」
「うん」
「そ、そんなはずは……ど、どこが変なんですか……!?」
どこがっていうか……
「全部」
「ぜ、全部ぅ!?」
ひとりのこんな大きい声、久しぶりに聞いたな。というかやっぱりその反応、自分のセンスを微塵も疑っていなくて、俺に全否定されるなんて思ってもみなかったんだね。
ごめんねひとり、俺は君のために心を鬼にしようと思う。
「喜多さん、メモ用紙一枚ちょうだい」
「はい、どうぞ」
喜多さんからとても可愛らしいちいかわのメモ用紙をもらった。なんか可愛すぎて字を書くのを躊躇しちゃうけど仕方ない。
俺はサラサラとシャーペンを走らせ、メモ用紙に書き込んでいく。
「はい、ひとり。自己紹介はこれを
「一字一句、そのまま……」
ひとりは俺に渡されたメモ用紙に書かれている文章に目を走らせていく。
『後藤ひとりです。喜多ちゃんと一緒に結束バンドというバンドに所属していてリードギターをやっています。人見知りで人とお話しすることが苦手ですが、この一年間でみんなと少しでも仲良くなれたらと思います。よろしくお願いします』
「こういうの! こういうのでいいのよ! ひとりちゃん、これをそのまま読むのよ!」
「えぇ? じ、地味じゃないですか?」
「ウチもそう思う。やっぱりさっきの後藤案でいくべき」
「で、ですよね……?」
「佐々木さんはちょっと黙ろうか」
佐々木さんがひとりを煽るので、彼女を物理的に黙らせるためにヘッドロックする。
「ちょ……山田山田! 女の子にすることじゃないからこれ」
「光栄に思いなよ佐々木さん。俺がヘッドロックをした女の子は姉貴に次いで二人目だ。まだ喜多さんにすらやってないんだからね」
「私にすらってどういう意味!?」
(レンくんとささささん……あんなにくっついてる。……いいなぁ)
ひとりが微妙に納得のいってない表情をしている。ほんとにこの子って変なところで自信家になるよね。あれだけ失敗したのにまたこういうネタで勝負をしようっていうメンタルの強さはどこからくるのかな。
とはいえ、俺もだてに一年この子と付き合ってない。扱い方はそれなりに理解している。
「ひとり。確かに俺が書いた文章はありきたりで地味かもしれない。でも、これは
「あえて?」
「そう。ひとりが生粋のロックンローラーであることを俺は十分理解している。だからこそ思ったんだ。ひとりはわざわざこんなロックな自己紹介をする必要はないって」
「!!」
ひとりの顔が期待に満ちたものに変わる。もうちょいだな。
「常日頃からロックな言動をしていて、それが
「た、ただの……常識……」
「ひとりはそんな、世間一般の常識の枠に収まるような女の子じゃないよね?」
色んな意味で。
「は、はい! も、もちろんです!」
ひとりの目がキラキラと輝き始める。本当はもっと世間の常識を知ってもらいたいんだけどね。これからも少しずつ一緒に勉強していこうね。
「だからこそ、あえて普通の自己紹介! 普段は物静かな可愛い女の子だけど時折見せる浮世離れした雰囲気やギターを持つと別人のようになるギャップ! これこそが真のロックじゃないのか!」
「し、真のロック……(れ、レンくんが可愛い女の子って言ってくれた。えへへ……)」
浮世離れというか人間離れしてるけどね。
「れ、レンくん……私が間違ってました。ロックの意味をはき違えて、あ、危うく私は凡庸なロックンローラーもどきになってしまうところに……そ、そうですよ。ここで奇をてらう必要なんてありません。普通の女子高生がステージに立つと豹変してそのギャップで観客を魅了して『お前が人間国宝ルート』開通。そして情熱大陸で私はこう語る『普段は教室の片隅で静かに本を読んでいるような陰キャでした。過去のクラスメイト達も私の本当の姿は知らない。ステージに立っている時だけ……私が私でいられるのです』そう語る後藤の目には確かな熱が灯っていた……」
なんか途中からブツブツ呟きだしたけど、とりあえず普通の自己紹介をやってくれそうだな! ヨシ!
あ、ついでに佐々木さんも解放してあげよう。
「はー……こんな気軽に女子にボディタッチするなんて。山田はいつからそんなにはしたない子になっちゃったのかな?」
「よく人のこと言えるね」
佐々木さんも俺に結構なボディタッチしてくるじゃん。
「知らないの山田? 女の子はね、自分のことを棚に上げる生き物なんだよ」
「よーく知ってる」
主に姉貴とか喜多さんとか。
とにかく、これで問題は片付いた。俺も自分の席について男子達と交流を深め───
「あ、そういえばひとりちゃん。さっきたまたま校長先生とお話したんだけどね。Tokyo Music Riseで準優勝だったから始業式に私達表彰されるみたいよ」
「ひょ、表彰……!! (き、金一封とか貰えるのかな? そ、それで学校中からチヤホヤされたりして……ふへへっ)
「それでね。『せっかくだから一曲演奏してもらえないか?』って……」
───男の相手してる場合じゃねえ!!
全校生徒の前で演奏!? しかもよりによって喜多さんとひとりの二人だけで!?
ダメだ。もうこの時点で嫌な予感しかしない……
始業式だから文化祭と違って体育館はかなり静まり返っている。この前のTokyo Music Riseの決勝戦みたいな会場の熱をそのまま利用するのとは訳が違うんだ! しかも今回はメンバー全員だけじゃなく喜多さんとひとりの二人だけ……リズム隊なしの二人だけ……
それだけでもものすごく不安なのに、というか演奏のクオリティ以前に喜多さんとひとりが盛り上げようとして空回る未来しか見えない!!
具体的には「ひとりちゃん、ギターソロで会場を盛り上げてね!」「え? 一発ギャグで空気を温めろ? し、仕方ないですねえ」こんな感じで二人の間で認識の齟齬が生じて体育館が地獄のような空気に包まれる予感しかしない!!
新学期早々それはまずい!! ひとりに新しい友達ができなくなる!!
そ、阻止しなければ!! なんとしても阻止しなければ!!
「喜多さん、二人だけで演奏はやめた方がいいと思う」
「え? どうして? 結束バンドのいいアピールになると思うわよ」
「確かに一理あるけどさ……四人じゃないから演奏のクオリティがどうしても下がっちゃうんだよね。せっかくなら結束バンドのフルパフォーマンスをみんなに見てもらいたいんだ。だから『未確認ライオットに出場するから応援よろしくお願いします』くらいでいいと思う」
「う~ん……それもそうね。ひとりちゃんの格好良いところを学校のみんなに知ってもらういい機会だと思ったけど……」
「か、かっこいい……ふへへっ。れ、レンくん。そんなに心配しないでください。虹夏ちゃんとリョウさんがいなくても私がしっかり盛り上げますよ~」
ひとりがふへふへと不気味に笑い始める。これ、あかんときの笑顔だ。さて、次はどう言いくるめてやろうか。
「ひとり」
「あっはい」
「俺はひとりのすごさも格好良さもよーく知ってる」
「あ、へへっ……そ、そうですよね。あ、ありがとうごじゃいます」
「喜多さんの言う通り、みんなに知ってもらいたいっていう気持ちはあるけど……それ以上にひとりのそのすごさは決して安売りしちゃいけないとも思ってるんだ」
「安売り?」
「うん。さっきも言ったけどさ、ひとりのすごさがみんなにとって当たり前になっちゃうことを俺は危惧してる。やっぱり、人に感動を与えるためにはそれ相応のふさわしい舞台、輝ける場所があると思うんだ」
「ふさわしい舞台……輝ける場所」
「決して自分の腕を安売りしない超絶凄腕ギタリスト……人々は、そんな彼女の本気の演奏を今か今かと待ちわびて、渇望する……」
「か、渇望……!!」
「その渇望こそが、最高のステージを作り出す!」
「さ、最高のステージ……!!」
「飢えと渇きに満ちた最高に輝ける舞台……そんな場所に! 満を持して登場する!」
「ま、満を持して……!!」
「これこそが、ロックの醍醐味なんじゃないのか!」
「そ、そうです……私は私はなんて愚かなことを……学校中からチヤホヤされて何なら校長先生から金一封貰ってそのまま中退できるかもと考えていたなんて……」
そんなことまで考えてたんだね。さすがに予想外だったよ。
「き、喜多ちゃん……私達は決して安くない女です。え、演奏はやめておきましょう」
「ひとりちゃん言い方!!」
こ、これでなんとか阻止できそうだな……ヨシ!
「よくそこまで口が回るね。後藤は騙せてもウチは騙されないよ」
佐々木さんが余計なことを言い出しそうだったので両頬を引っ張ると、佐々木さんも対抗して俺のほっぺたを引っ張ってくる。よくもひとりを変な方向に煽ってくれたな。可愛いからって何しても許されると思うなよ!
「やまだー、こんなことしてていいのかー? 校長が喜多に直々に話をしたってことは……
「そうだよ!! 佐々木さんなんかの相手をしてる場合じゃねえ!!」
もうすぐホームルーム……が始めるけどそんなこと気にしてられるか!! 始業式は朝一だから時間がない。……こうなったら校長室に直接乗り込んでやる!!
「みんなおはよう───っとと……どうした山田? もうホームルーム始めるよ?」
「すみません先生! 急用です!」
教室を飛び出そうとしたところで担任の先生とぶつかりそうになってしまった。でもごめんなさい先生、今は緊急事態なので気を配る余裕がないんです!
「え? あ、おいちょっと待て! どこ行くんだ山田!?」
「校長室です!」
「なんで!? カチコミにでも行く気か!!」
「似たようなもんです!!」
「嘘だろ!? お前そんなやんちゃな生徒だったか!?」
後から先生が声をかけてくるけど……結束バンドの名誉のために、ひとりの学校生活を守るために俺は行かなくちゃならないんです!! 他の先生達ともすれ違ったけど、俺は目もくれず校長室へと走って行くのだった。
「喜多ちゃん、山田と仲良かったよね? あいつ、不良にでもなったの?」
「先生……レンくんはロックの魂に目覚めたんです」
「あいつ一年の頃めっちゃ優等生だったでしょ!?」
「山田はウチにヘッドロックするような男だからな~」
「あの顔でバイオレンスなの!?」
「しかもウチみたいな女なんかの相手してる場合じゃないって言ってました~」
「清々しいまでのクズ男発言!?」
「れ、レンくんはクズじゃないです……! わ、私に気を遣って『(ピンクジャージを)脱げ』って言ってくれましたし……」
「酷い三角関係ができあがってる!? いや、一方的に決めつけるのはよくないな……よし、あいつは今日の放課後に個人面談しよう。きっと何か大きな悩みを抱えているに違いない」
二年生開始早々、俺のクラスでの評判がとんでもないことになってしまったのは言うまでもない。
まあ、一ヶ月もすれば誤解だとみんなわかってくれたけどね。他の先生達の気遣いがやたらと心苦しかった。みんな「何かあったら相談しろよ」って言ってくれたし。違うんです!! 大体佐々木次子って女が悪いんです!!
ちなみに校長は昔バンドをやっていたらしく、校長室でBUMPの話でめっちゃ盛り上がって仲良くなりました。
話の分かる校長でよかった。表彰式も演奏なしにしてくれたし。
とまあこんな感じで、ひとりと喜多さん、結束バンドの名誉は無事に守られたのだった。
俺の名誉と引き換えに。