【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#71 ストレイビートと悩みの種

「ウチでバイトする気、ありません?」

 

 確かに司馬さんはそう言った。ウチってストレイビートって意味だよな。なんでバイト? 単純に人手不足? でも小さな事務所でやみさんもいるし……それに、バイトが欲しいなら俺みたいな高校生じゃなくて将来レーベルで働こうとしてる大学生とかの方がいい気がするけど。

 

「いきなりの申し出で戸惑っておられますね」

「あ、はい。それはもう……」

「申し訳ありません。順を追ってお話しさせていただきます。まず、この事務所はまだ稼働を初めて半年足らずで人員も私とアルバイトの佐藤さんのみなのです」

「二人だけで管理してるんですか!?」

 

 他にも事務員さんとかいるのかと思ったらそうじゃないらしい。でも、司馬さんがマネジメントしてるアーティストって結束バンドだけじゃなさそうだし……やっぱこういう業界って結構ブラックなんだな。

 

「単純に人手不足ということが一点。幸い、バイトの人員管理や採用に関しては私に一任されているので、山田さんさえよろしければすぐにでも働いていただけます」

「待ってください。なんでそこで俺なんですか? 言っちゃなんですけど、俺なんかよりこの業界に詳しくて、将来こういう業界で仕事をしたいと考えてる大学生を雇った方がいいと思いますよ」

「……山田さんは、将来この業界で仕事をする気はないと?」

「いや、別にそういうわけじゃ……今のところは大学に行って教員免許を取ろうかなって考えてるくらいで」

「なるほど、学校の先生に……」

 

 なんか最近、こういうことをよく聞かれるようになった気がする。志麻さんにも同じようなことを聞かれたし……いや、別に音楽業界に興味がないわけじゃない、というかむしろ面白そうな世界だとは思ってる。ただ、まだまだ表層の一部分しか知らない状態で将来の進路を決めるのはどうかと思ってるだけなんだよね。

 

 この道に進むかどうかは、もっとこの業界を勉強してからでも遅くはないと思ってる。

 

「山田さんの言うように、時間の制約が少ない大学生を雇った方が、私達にとっても利が大きいと言えます」

「だったら……」

「ただ、私自身が山田さんを高く評価しているということです」

「……俺達、今日会ったばかりですよ?」

 

 何をそんなに評価するところがあったのか。お互いの人となりもよくわかっていない状態だし、というかむしろ生意気な態度取り続けてたから「面倒臭い高校生だなこいつ」とか思われててもおかしくないんだけどな。

 

「先ほどの話し合い、リーダーの伊地知さんにずいぶんと信頼をされているように思えました。本来、こういった契約の場にメンバー以外の部外者を呼ぶということはあまりありません。そして実際に話し合っている中でも、高校生らしからぬ、感情論ではなく理に適った意見を理路整然とした態度で、私達に委縮することなくぶつけてくださいました」

「それに関しては事前に『こういうことを言おう』って、メンバー達で話し合っていたからです。バンドのレーベルに対するスタンスもそうですし、俺は事前に用意しておいた答えを言っただけで……」

「その、()()()()()()()()ということが重要なのです。中にはレーベルに声をかけられたと浮かれるだけで、ろくにそのレーベルについて調べもせず、契約書もきちんと読まずにその場で契約するアーティストもいます。そして、そのようなアーティストの末路はろくなものではありません。それに比べて結束バンドの方達は、レーベルについても、ストレイビートについても事前に調べ、契約書をしっかりと読み込んだ上で持ち帰って検討するという結論を出した。大人になってもそういうことがちゃんとできない人っているんですよねぇ……」

 

 司馬さんはそう言ってため息を吐く。なんだろう……この人から苦労人アラサーの匂いがプンプンする。志麻さんの系譜か。いやでも志麻さんってまだ二十五歳くらいだったよな。

 

「なんだか、俺一人の手柄みたいにおっしゃってますが、俺自身はこういう業界やレーベルに詳しい人に話を聞いてそれをメンバー達と共有して虹夏ちゃんと一緒に意見をまとめただけで……」

「私が一番高く評価したいのは、まさに()()です」

 

 司馬さんが俺の言葉を遮るようにそう言った。

 

「この業界はとてつもなく広い……ようでジャンルを絞れば思ったよりも狭いのです『この人とこの人にこんなつながりが!?』というのもザラにあります。そんな世界で生き抜くために最も重要なものは何か……私個人は『横のつながり』だと考えています」

「横の、つながり……」

「はい。まさに先ほど山田さんがおっしゃった『業界やレーベルに詳しい人に話を聞いた』というところです。バンドマンに限らず、アーティストというのは独自の感性や世界観を持つ方が多い傾向にあります。そんな中で『横のつながり』をしっかり確保できるコミュニケーション能力を有した人材というのは貴重なんです」

「いやでも本当に、たまたま知り合っただけで俺から積極的に営業をかけたとか、コネを作ろうとしたわけじゃ……」

「人の縁に恵まれる。それも才能の一つです」

 

 何か……何かやたらと高く評価してくれてるけど、謙遜とか卑下じゃなくて本当にたまたま知り合っただけなんだよな。というか、実際にすごいのは俺じゃなくて俺が頼り切ってるヨヨコ先輩とか吉田店長とか志麻さんとかだし。

 

「あのね。あんたは自分で『そこまで大袈裟に評価されるようなことはしてない』って思ってるかもしんないけど、あんたの()()()()()()()()()()っていうのは、あんたが思ってる以上に貴重なのよ?」

「……さすが、ネットでボロカスに言われてたやみさんが言うと説得力ありますね」

「褒めたんだから素直に受け取りなさいよ!」

 

 やみさんがぎゃーぎゃー言いながら俺のほっぺたを引っ張ってくる。この人、俺に対しては結構バイオレンスになるよな。

 

「あと、佐藤さんと仲良くできる人材も貴重ですね」

「やみさん、遠回しに『性格に難あり』って言われてますよ?」

「うっさい!」

 

 そう言って今度はべーっと舌を出してきた。ほんとに仕草が子供っぽくて可愛いなこの人。なんか見ててほっこりする。

 

「まだ大事なことを聞いていなかったんですけど、仮にバイトをするとして……仕事の内容はどんな感じです?」

「基本的には私のお手伝いです。簡単なデータ入力や書類整理などの雑務、電話対応や今回のような来客の案内。あとは、佐藤さんと一緒にまだ見ぬ原石の発掘といったところでしょうか」

「……つまり、経費でライブを観に行けると?」

「全てが経費で落ちるわけではありませんがね」

 

 どうしよう。ものすごく魅力的だ。東京には、日の目を浴びることなく燻ぶっているバンドマンが無数に存在する。その中にはひとりのような特殊な事情で表舞台に出ることができない人だっているかもしれない。そういう人達を発掘して、ふさわしい舞台で活躍させる……めちゃくちゃやりがいがありそうだな。

 

 あと、無料でライブを観に行けるのもグッドですね。

 

「山田さんの能力を考えればもっと実務的なことをやっていただいてもよさそうですが……」

「いやいや、まだバイトするって決めた訳じゃないですよ?」

「『色々なバンドのライブを観に行ける』とわかってかなり心が揺れ動いているように見えますが」

 

 はい。その通りです。めっちゃ揺れ動いてます。というか、普通なら二つ返事で受けてよかったんだけど……

 

「あの、俺すでにSTARRYっていうライブハウスでバイトしてまして……あと、新宿FOLTにも時々助っ人として呼ばれるんです。なので、仮にここでバイトをさせていただくとしても、先約であるライブハウスを優先するのでこちらにはそれほど高頻度で入ることができなくなるのですが、それはいいんですか?」

「はい。大丈夫です。学生ですので、本分である学業をまずは最優先としてください。テスト期間等に無理に入っていただく必要もありませんし、他のバイトと兼任となることはこちらも承知なのでその辺りは柔軟に対応します」

 

 そこまで聞いて、俺の頭に一つの疑問が浮かんだ。

 

 俺をバイトとして迎えるには、あまりにも待遇が良過ぎる。確かに司馬さんの言った通り、コミュ力には自信があるし、SIDEROSやSICKHACK、新宿FOLTとも縁がある。だけど、それだけか?

 

 本当にそれだけのことで……俺をここまで高評価してバイトとして迎え入れようとしているのか?

 

 何か他に()()()があるんじゃないのか?

 

「司馬さん」

「はい」

「……他にも俺に期待してること、ありますよね?」

 

 真正面から尋ねてみる。ここまで色々司馬さんと話してみて、少なくとも彼女はこちらが真摯に尋ねれば相応の態度で返してくれるとわかっている。だから変に裏を探ろうとかしないで、このくらい真っ直ぐにぶつかるくらいがちょうどいい。

 

「……はい。山田さんには()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を教えていただきたいのです」

 

 司馬さんの言葉を聞いてなんとなく話が読めてきた。

 

「私はまだ社会人二年目でして、現場に出てからは数ヶ月程度なのですが……」

「あ? え? ちょ、ちょっと待ってください! 社会人二年目!? ってことは───」

「そうよ。司馬さんって二十三歳であたしより年下なの。全然見えないわよねー」

「今日一の衝撃!!」

 

 やみさんが二十四歳っていうのも大概やべーけど司馬さん二十三歳かよ!? てっきり二十七、八くらいだと思ってたわ! あ、いや……老けてるとかって意味じゃないですよ。ただ、すごく落ち着いた雰囲気でしっかりしてたから……

 

「話を戻していいですか?」

「あっはい。すみません」

 

 衝撃的過ぎて思考が明後日の方向にぶっとびかけていた。えっと……確か、司馬さんが俺に「自分の目が届かないところでの結束バンドのことを教えてほしい」って言ったんだよな。

 

「実は、私が()()()()()()()アーティストは結束バンドのみなさんが初めてなのです」

「そうなんですか?」

「はい。これまでは先輩に付いて回って現場のことを色々と教えていただいていたので。マネジメント自体の経験はあるのですが、自らバンドを発掘し、声をかけ、今日このようなお話をさせていただいたのは彼女達が初めてなのです。……私が他のマネージャーと違い、経験が浅いことは百も承知です。ですが、そんなことは彼女達には関係ない。経験が浅かろうとなんだろうと、私の役目は彼女達が輝ける最高の舞台を用意すること。それに尽きます。そのためには私は何でもやるつもりです。それこそ、あなたのように()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に頭を下げるくらいのことは」

 

 なるほど。これまでの俺や結束バンドへの真摯な対応の裏には「自らの経験不足を自覚しているから」という理由があったのか。

 

 そして俺は、司馬さんのこの言葉を聞いて彼女のことをかなり好きになっていた。こんな風になりふりかまわず……とは少し違うかもしれないけど、自らの欠点を認め、俺のような高校生相手にも真摯に対応する姿勢……好感を持つなっていう方が難しい。

 

「もしも彼女達が弊社と契約をしてくださるのであれば、今後私と彼女達で話す機会は非常に多くなります。ただし、どこまでいっても私達の間にあるのは『契約』というビジネスでのつながり。幸い、私は彼女達と年齢が近いので比較的話しやすい立場にありますが……それでも、どうしても私には話せない悩みというものも出てくるでしょう。逆に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()メンバーには話せない悩みというものもあります」

「そういった『司馬さんやバンドメンバーには()()話せなくても俺には話せる悩み』をすくい上げてほしいと」

「はい。そういった悩みが積み重なってしまえば、マネージャーとアーティストの信頼関係が崩壊することにつながりかねません。実際に、マネージャーとの関係が拗れて弊社を去っていったアーティストもいますし」

「……生々しい話ですね」

「契約条件で揉めるより、こういった人間関係の悪化で辞めていくケースは意外と多いんです」

「なるほど……ここまでの話をまとめると司馬さんは俺に『結束バンドとの信頼をより強固にするための橋渡し役を担ってほしい』ということでいいですか?」

「はい。そこが一番、私が山田さんに期待していることです」

 

 なるほど納得だ。確かに、それなら俺が適任だろう。俺はバンドメンバーではない第三者的立場から彼女達のお手伝いをしてきた。そういう立場だからこそ、言い方は悪くなるけど……俺は司馬さんにとって都合の良い存在というわけだ。

 

「実際、あんたみたいな存在ってレアなのよ。岡目八目っていう言葉があるように、一歩引いた立場の方が本質を見抜けることがある。あたし達じゃ遠すぎるし、かといってバンドメンバーだと近すぎるのよね。あんたみたいな都合の良い男がいるのなら利用しない手はないわ」

「俺、やみさんのそういう歯に衣着せぬ言い方好きですよ」

「ありがとっ♪」

 

 司馬さんがせっかく丁寧に言葉を選びながら話を進めてくれたのに。俺じゃなかったら反感買ってますからね? まあ、やみさんも俺がこういう人間だってわかってるからそんな発言をしたんだろうけど。

 

 さて、ここまで色々と話を聞いてどうするかなんだけど……俺の正直な気持ちとしては「話を受けたい」だ。

 

 司馬さん達は誤魔化さずにきちんと全ての事情を俺に話してくれた。会ったばかりの高校生にもかかわらず、だ。そこまで期待されているのなら、それに応えたいと思うのも何ら不思議じゃない。

 

 だけど……

 

「大前提として、結束バンドがストレイビートと契約する必要がありますよね」

「はい」

 

 そう。結束バンドがストレイビートと契約をしなければこの話は完全になかったことになってしまうんだ。

 

「実際どうなの? あんたから見て、あの子達は契約すると思う?」

「それをこの場で言うのはちょっと……司馬さんを期待させるのも落胆させるのもよくないですし」

「私はかまいませんよ。山田さんの印象を聞かせていただければと思います」

「うーん……司馬さんがそこまで言うなら……あくまで俺の印象ですからね? 確定の情報じゃないことだけは頭に入れておいてください」

「もちろんです」

「じゃあ、言わせてもらいますけど……多分、契約するという結論を出すと思いますよ」

 

 契約書自体や内容そのものに特に大きな問題はなかったし「未確認ライオット」や「ギターヒーローを公表しない」という要望も通った。そしておそらく、司馬さんは結束バンドを一バンドとして扱う一方で、学生の本分である学業を優先させてくれるだろう。

 

 曲に関しても、基本的には結束バンドの自由にやらせてくれるみたいだし、姉貴やひとりもやりやすいはずだ。それに、あの場で司馬さんは俺達に本音をきちんと話してくれたから、虹夏ちゃん達も「司馬さんを信頼してもいいんじゃないかな」程度には思っているはず。

 

 というようなことを司馬さんとやみさんに話した。

 

「なるほど、率直なご意見ありがとうございます」

「いえいえ。こちらも貴重なお話を聞かせていただいて勉強になりました」

 

 どういう理由があるにせよ、俺を高く評価してくれている人がいる。そこは素直に喜んでおこう。

 

「それと、山田さん」

「はい」

「先ほど、あなたがこちらでバイトするには『結束バンドが弊社と契約をすることが前提』とおっしゃいましたね」

「そうですけど……何かおかしなことが?」

「私としては、たとえ彼女達が弊社と契約をしなくともあなたにはこちらで働いてほしいと考えています。山田さんは今後の進路について『大学で教員免許を取る』とおっしゃっていました。ですが、今後あなたが様々な経験をして、この業界に足を踏み入れることになる可能性だってあります。もしもそうなったとき、弊社で働いた経験は必ず生きてくると思いますよ」

「なるほど、確かにそうですね」

 

 まだ俺は将来の進路を確定しているわけじゃないし、大学に行って他にやりたいことが見つかる可能性だってある。もちろん、音楽業界とは全く関係のない仕事に就くかもしれないし、その逆だってありえる。今のうちにいろんな経験をして見聞を広めておくのもありだな。

 

「あとは……そうですね。申し上げにくいのですが、とにかく新たな人材を確保しておきたいのっぴきならない事情がありまして」

「……どうしよう。これまでのものすごく真剣な話と違ってしょーもないオチが待っている予感がする」

 

 司馬さんの表情はこれまで通り真剣そのものだったけど、彼女を纏う雰囲気がなんとなく変わったような気がした。

 

「佐藤さん」

「はい! 山田、ちょっとこっちに来なさい」

「俺を別の部屋に連れて行ってどうする気ですか!? やみさんはやっぱり俺の体が目的だったのね! えっち!」

「あたしの右ストレートが火を噴くわよ?」

「へなちょこそうですね」

 

 やみさんがシャドーボクシングを始めたのでおとなしく彼女についていく。俺に別の部屋を見せてどうする気ですか? なんかもう、嫌な予感しかしないんですけど。

 

「これを───見なさいっ!!」

 

 そしてやみさんがとある一室のドアを勢いよく開ける。その先に広がっていた光景は……

 

「ひ、ひでえ……」

 

 整理されていない書類の山、山、山。無造作に散らばったファイル、ファイル、ファイル。ストレイビートに所属しているであろうアーティストの資料、グッズ、CDなどなどが散乱していた。

 

 ……ゴミ屋敷かな?

 

「やみさん……他にもいくつか部屋がありますけど、もしかして……」

「全部こんな感じよ」

「掃除してないんですか!?」

「してこれなのよ! あたしがバイトし始めてからだいぶ片付いたんだからね!」

「これで!?」

 

 この事務所は普通のファミリー向けマンションを改装しているらしく、他にもいくつかの部屋がある。そして、そのどれもが整理整頓されていないブラックボックスらしい。

 

「え、えっと……事務所が稼働し始めて半年足らずって司馬さんが言ってましたし、い、色々お忙しかったんでしょうね」

「いえ、単に私が整理整頓が苦手なだけです」

「この人真面目な顔して結構ポンコツなのかよ!?」

「苦手どころか全くダメですよね?」

「はい」

「キリっとした顔で言わないでください!!」

 

 司馬さんの全く悪びれる様子のない、むしろ堂々とした態度に思わずツッコミを入れてしまった。

 

 そうか……そうか……そういうことか。俺が初めて司馬さんに会った時に抱いていた残念美人っぽい印象は……こういうことだったのか。ふっ、どうやら俺の勘は正しかったらしい。

 

 当たっても全然嬉しくないけどね!

 

「山田、わかった? どうしてもあたし達が新たな人材を確保したい理由」

「……はい」

「佐藤さんお一人では……じきにこの事務所も腐海に飲み込まれるでしょう」

「司馬さんが普段からちゃんとしていれば済む話ですよね!?」

「無理です」

 

 俺の頭の中で「風の谷のナウシカ」の「ランランララランランラン」っていうメロディーが流れ始める。

 

 ああ……廣井さん、星歌さんに次いで司馬さんが残念美人の仲間入りを果たすことになってしまうなんて。PAさん? あの人はおっぱいが大きいからいいんだよ。

 

「では山田さん、答えを聞かせてくださいますか?」

「……働かせていただきます」

「いえーい♪ こき使える労働力げっとー!」

 

 俺の手を取って嬉しそうにぶんぶん上下に振っているやみさん。

 

 腕を組んで満足そうに頷いている司馬さん。

 

 司馬グリーン!

 ぽいずん♡ピンク!

 山田ブルー!

 

───「ストレイビート下北三銃士」が誕生した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

「お待たせ、喜多さん」

「ごめんねレンくん。急に呼び出したりして」

 

 司馬さん達との会合が終わった後、俺は喜多さんに近くのスタバまで呼び出されていた。結束バンドは今日のところは一旦解散して、また明日ストレイビートに話をしに行くらしい。

 

「で、話し合いの結果はどうだった?」

「契約する方向でまとまったわ。店長にも契約書を見てもらったら『これなら問題ないだろう』って」

 

 やっぱりそうなったか。……よかった。ストレイビートでバイトすることは決定だから司馬さん達と気まずくならなくて済む。

 

「じゃあ、後は契約書に未確認ライオットとギターヒーローのことを加えてもらえればオッケーだね」

「ええ。レンくんは残ってどんなお話をしていたのかしら?」

「『ストレイビートでバイトしませんか?』って誘われた」

「そうだったのね。……それで、バイトするの?」

「うん。その方が俺自身の良い経験になるし、結束バンドのためにもなるし」

 

 あと、ストレイビートが腐海に飲み込まれるのを防ぐために。

 

「話し合いは虹夏先輩とレンくんに任せっぱなしだったものね。二人ともすごく堂々としてたし、誘われるのも不思議じゃないわ」

 

 喜多さんはそう言ってため息をついて机に突っ伏すような体勢になり、上目遣いで俺を見る。あんまりそういう体勢で男を見ない方がいいよ。普通に可愛いから。……俺は平気だけど。

 

 そういえば、喜多さんってストレイビートとの話し合いの時から思いつめたような表情してたよね。多分、俺が呼び出されたのもそれが理由なんだと思う。

 

「喜多さん」

「なぁに?」

「……何か悩んでるんでしょ?」

 

 俺が尋ねると喜多さんは目を逸らしてドリンクを一口飲む。この感じだと、結構メンタルにきてるみたいだな。少なくとも、姉貴関連の喜多さんのいつもの暴走で済まされる雰囲気じゃない。ガチの悩み相談だと見た。

 

「レンくん、私ね……」

「うん」

「どうやったら……ひとりちゃんに追いつけるのかしら?」

 

 なるほど、自分のスキルについての相談か。予想はしていたし、バンドメンバーじゃなく俺に相談してくるあたり、相当思い悩んでたんだね。

 

 さて、どんな風に話を持っていくか。普段の俺なら優しくメンタルケアに努めるところなんだけど……今回に限ってはおそらく効果が薄い。喜多さんのスキルが他の三人や他のバンドマンと比べて劣っていることは事実だし、下手な慰めは今の喜多さんの望むところじゃないだろう。 

 

「俺に相談をしてきたってことは、他の三人にはあまり話したくない……負担をかけたくないからって思っていい?」

「ええ。みんなにも自分の練習があるし、ひとりちゃんやリョウ先輩は新曲の製作、虹夏先輩は今後のスケジュール管理やバンドをまとめる役割があるもの……ギターも、歌の技術も未熟な私がこれ以上みんなの足を引っ張るわけにはいかないわ」

 

 喜多さんって、本来はすごく明るくて人当たりの良い女の子だけど……ギターを弾けないことをずっと黙っていた件といい、意外と一人で抱え込んじゃうところがあるんだよね。

 

 そしてこれが、司馬さんの言っていた「バンドメンバーには話せなくて俺には話せる悩みごと」というわけだ。

 

「もう一つ確認しておくと、今の喜多さんはただの慰めよりも現実的な話をしてほしいと思っていいね?」

「うん。今、慰められちゃうと……君に甘えて依存しちゃいそうだもの」

「甘えるのは全然かまわないよ。依存されるのは困るけど」

「リョウ先輩への愛が上書きされそうで怖いわ」

「そこはブレないんだね」

 

 現実的な話をするだけなら姉貴の方がむしろ適任だっただろう。だけど、さっき喜多さんが言っていたように「メンバーに負担をかけたくない」という理由とは別に、姉貴に真正面から厳しいことを言われるのは()()()()()()って理由もありそうだ。

 

「じゃあ、お望み通り現実的な話をすると……喜多さんがひとりに追いつくのは相当難しい。少なくとも、一年やそこらでどうにかなるとは思わない方がいい」

「ふぐっ!? そ、そうよね……」

 

 費やしてきた時間が違うのだから。ひとりは中学時代の三年間を全てギターに捧げ、毎日六時間以上練習してきた。今だって練習時間は下手したら喜多さんよりも多いかもしれない。

 

 それに比べて喜多さんはギターを始めて一年程度。普通では考えられないスピードで上達しているとはいえ、この差を埋めるのは容易ではない。

 

「ただ、本音を言わせてもらうとね。俺は正直、喜多さんがたった一年でここまで成長するとは思ってなかった。Tokyo Music Riseでのパフォーマンス。あれはまさに一年間の努力の集大成だと言っていい」

「でも、勝てなかった。大槻さん達に───SIDEROSに勝てなかったのよ。それに、あと三か月もすれば音源審査とウェブ投票が終わってライブ審査がある。今のままじゃ……今の私のままじゃSIDEROSには届かないわ」

 

 それは俺以上に喜多さん達の方が十分わかっているだろう。実際、あの時のSIDEROSは別格だった。結束バンドが成長したからこそ、改めてわかる彼女達との実力差。

 

「私はあの時、三曲目だけをボーカルに専念したけれど……次も同じじゃダメなのよ。次は、ギターボーカルとして結束バンドに貢献できないと絶対に上には行けないわ」

 

 喜多さんは俺の目を真っ直ぐ見て力強くそう言った。

 

「喜多さん。俺は前に聞いたよね? 『結束バンドを勝利に導くためにプライドを捨てられる?』って」

「……ええ」

「今度は違う質問をさせてもらうよ。『プライド()()も捨てられる?』」

「もちろんよ」

 

 喜多さんは即答する。うん、君ならそう言うだろうと思ったよ。だったら俺も……残り数ヶ月で喜多さんの実力をできる限り向上させるために本気を出させてもらう。

 

「じゃあまず、喜多さんにはSNSを捨ててもらう」

「え゙っ!?」

「これまで喜多さんはスタ練が終わって家に帰ってから二時間くらいSNSをやってるって言ってたよね? まずはその時間を練習と勉強にあててもらう。あ、でも結束バンドのSNSはこれまで通り担当してもらうからね」

「ちょ、ちょっと待って!」

「……捨てられるんでしょ?」

「……はい」

「よろしい」

 

 一度「捨てられる」と言ったんだから前言撤回なんてさせないよ。俺は本気で「喜多郁代ちゃん強化プラン」を実行するつもりなんだから。

 

「次に、練習時間を多く確保するとはいえ、学生の本分は勉強。成績が落ちたら元も子もない。特に、喜多さんのご両親はその辺厳しいんだよね?」

「う、うん。三学期はレンくんやひとりちゃんと一緒に勉強して盛り返したから何も言われなかったけど……」

「今後も平均以上をキープできるように、予習復習はしっかりやる。具体的には、朝の七時半に学校に来て俺と一緒にその日の授業の予習をしよう。で、全部の練習が終わってからは家に帰って毎日俺とZOOMでオンライン勉強会。主に宿題を消化する。クラスが同じでよかったね。もちろん昼休みの空いた時間も勉強のために有効活用するよ」

「一日中レンくん尽くし!?」

「ひとりは一年生の時からこんな感じだよ。電車に乗ってる時は俺が作った各教科の単語帳でコツコツ勉強してるし」

「ひとりちゃん! 私改めてひとり()()のことを尊敬するわ!」

「俺と同じクラスの間は絶対に赤点なんて取らせないからね」

 

 とまあ、ここまでは喜多さんのスキル向上以外の部分。何度も言うように、バンドの練習にかまけて成績が落ちたら意味がない。というか、ヨヨコ先輩はあれだけの実力を持ちながら学校でも好成績をキープしてるんだから、これくらいやってもらわなきゃ勝てるわけがない。

 

「スケジュールについては週単位で作成して喜多さんに渡していくよ。ただ、体調不良とかはちゃんと報告してね。そんな状態で練習しても何も身につかないから」

「れ、レンくんに私の全部を管理されちゃうのね……」

 

 言い方があれだけど事実だからしょうがない。

 

「で、ここからは喜多さんのバンドマンとしての……主にギターの技術を向上させる方法なんだけど」

「ここまで来たら何も恐れることはないわ! ひとりちゃんが一日六時間練習していたのなら私は一日八時間だってやってやるわよ!」

「さすがにそれは無理」

 

 睡眠時間はちゃんと確保しないといけないからね。睡眠不足だと授業中に寝ちゃうかもしれないし。それだと勉強にも力を入れる意味がない。

 

「それで、スキルアップのために私は何をすればいいのかしら?」

「結論から言うと、結束バンド以外の人の力を借りようと思う」

「結束バンド、以外の人……?」

 

 そして俺は喜多さんの疑問に答える代わりにスマホを取り出してロインを開く。そして、友達リストからおめあての人物を探し出して通話アイコンをタップした。

 

『どうしたのー? レンが電話してくれるなんて珍しいネー。あ、もしかしてデートのお誘いかな~?』

「すみません()()()()()()。お誘いしたいのは山々なんですけど、今回はお願いしたいことがありまして」

『お願いしたいこと~?』

「はい。イライザさん……俺に───俺達に力を貸してください」 




 評価、感想、ここすき、誤字報告等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

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