【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#72 イクヨクライ

「ひとりちゃん聞いて! レンくんったら酷いのよ! 私から大事な物(SNS)を奪って私の行動を全部管理して朝(の学校での勉強)も昼(休みの空き時間での勉強)も夜(家に帰ってからもオンライン勉強会)もずっとレンくんに拘束されてて……」

「やまだー、いつからそんな束縛の激しい男になったんだ?」

「喜多さんわざと語弊のある言い方してるよね?」

「でも全部事実じゃない!」

「ど、どういうことです、か……?」

 

 ここ数日、レンくんと喜多ちゃんの距離がものすごく近くなった気がする。も、元々二人ともパーソナルスペースブレイカー(レンくんは穏健派、喜多ちゃんは過激派)で仲は良かったんだけど……レーベルに話を聞きに行った翌日から二人の様子がどうもおかしい。

 

「あんまり駄々こねるから『SNSは一日三十分まで』って妥協したじゃん」

「三十分じゃ何もできないのよ~! いいねが~! いいねが足りない~!」

「……俺が姉貴の声真似で『いいね』ってずっと囁いてやるから我慢しなさい」

「あっあっあっ……お、お耳の恋人……リョウせんぱぁい……♡」

「喜多、ひっでー顔してる」

 

 しかも二人の距離が近くなっただけじゃなくて喜多ちゃんの奇行が目立つようになっちゃったんだ。朝も昼休みも放課後もずっと一緒に勉強してて……喜多ちゃんが時々暴走してレンくんがそれを諫めて……

 

 き、喜多ちゃん。学校では正体がバレてなかったのに。が、学校でそんな変なことをするのはやめましょう! 品位を疑われちゃいますよ! ちゃんと私を見習ってください!

 

 でも、急にどうしたんだろう? レンくんに聞いても「喜多郁代ちゃん強化プランを実行中なんだ」としか教えてくれなかったんだよね。

 

 私も一緒にレンくん達とお勉強してるけど……ここ数日はレンくんとお話しする時間が少なくなってちょっと寂しい。

 

 喜多ちゃんが羨ましいなぁ……あんなにレンくんにお世話してもらえて。私ももっとレンくんに甘え───

 

 いやいやいや! もう十分甘えてきただろ! わ、私だって二年生になったんだからいい加減自立すべき! 自分のことは自分でちゃんとやる! いつまでもレンくんに甘えていられないんだから!

 

 そ、そうやって自分の力でがんばっていればレンくんは褒めてくれるかな? えへへ……

 

「喜多さん、時間になったからそろそろ行くよ」

「名前で呼ばないで!」

「その『郁代』じゃない! ああもう面倒臭いな! とにかく行こう。途中で手土産のお菓子買っていくからお店に寄らないと……」

「『彩果の宝石』のいちごゼリーがいいわ」

「喜多さんの好みは聞いてないよ!? ひとり、佐々木さん。また明日ね! あ、ひとりはこの後バイトがんばって!」

「あっはい。え、えっと……お二人はどこへ?」

「そ、それは秘密よ! ねえレンくん?」

「いや、別に秘密にするほどのことじゃ……」

「秘密の特訓だから秘密なの! 二人とも、じゃあね!」

「さ、さようなら……」

「ばいび~」

 

 喜多ちゃんがレンくんの手を引っ張って行っちゃった。秘密の特訓って言ってたけど、どこに行くんだろう?

 

 ……教えてくれてもいいのに。二人だけの秘密って……ずるい。

 

「ごとー」

「な、何ですか?」

「そんな心配そうな顔するなって。あの二人に何かあるわけないじゃん」

「べ、別に心配なんかしてないですっ……!」

 

 ただちょっと、胸がチクチクしてもにゃもにゃしてるだけです。

 

 ……はぁ……私もバイト行こう。

 

 

 

 

 

 

「喜多ちゃん! レン! よく来たネ、我が新宿FOLTに!」

「いつからあんたの物になったのよ。喜多ちゃん、山田ちゃんいらっしゃ~い。スタジオは使えるようにしてあるから思う存分練習していってね~」

 

 学校を出発して途中の洋菓子店で焼き菓子を買って新宿FOLTへやってくると、吉田店長とイライザさんが快く迎えてくれた。

 

「イライザさん、吉田店長。今日はありがとうございます! あ、これよかったらみなさんで召し上がってください」

「あらあらご丁寧に。そんなに気を遣わなくてもよかったのに……」

「これから何度もお世話になりますし、それに……これまでも色々とお力を貸していただいたお礼です」

「イライザさん、銀ちゃんさん! よろしくお願いします!」

 

 手土産を渡して二人で頭を下げる。

 

「喜多郁代ちゃん強化プラン」の詳細その一。イライザさんに()()()教えてもらう。

 

 ギターに限らず、楽器は一人でも練習できるんだけど、普段と違う人や上手な人と一緒に練習することで新しい刺激を貰えて上達が早くなることがある。そしてこれは、初心者に限らず上級者の人達にも当てはまる。

 

 周囲から「上手い」と言われている人達も新しい刺激を受けるため、音楽観を広げるためにセッションバーに行ったり、他のバンドとセッションしたりということをよくやっているんだ。

 

 まあ、今回はイライザさんから刺激を貰う以外にも()()()があるんだけど……

 

「じゃあ喜多ちゃん。早速始めようか?」

「はい。よろしくお願いします! 今日の私は気合十分なキタキタですからね! キタキタ踊りでもなんでもやっちゃいますよ!」

 

 踊らんでいい踊らんでいい。いや、個人的には喜多さんがキタキタ踊りやってるところは見たいけど。

 

「レンはどうする? 私達と一緒に来る?」

「……そうですね。せっかくなんで練習風景を見せてもらっていいですか? 俺の勉強にもなると思うので」

「おっけー! ドンと来いだヨ~! へっへ~、志麻が来る前にレンをギターに染め上げてやるゼ!」

 

 イライザさんが怪しく笑いながら俺達を先導していく。志麻さん達も来てくれるのか。相談したいこともあったし、ちょうどいいな。……でも、なんで今ここにいないんだろう?

 

「廣井を交番まで迎えに行ってるのよ」

「ああ、いつものデイリークエストですね」

 

 吉田店長の言葉に俺はもう驚かない。廣井さんってほぼ毎日交番で保護されてるからな。理由は言わずもがな。で、毎度毎度志麻さんが迎えに行ってるというね。

 

 ……志麻さんに相談したいこともあるけど、まずは思いっきり労ってあげよう。

 

 そんなことを考えながら俺は喜多さんと一緒にスタジオに入るのだった。

 

 

 

 

 

「じゃあ、早速練習していくんだけど……最初に言っておくヨ。上手い人は、例外もあるけど別に特別な練習ばかりをやったりしないんだ。むしろ、上手い人ほど基礎的な練習をすごく重視するんだヨ~」

「基礎を重視、ですか?」

「うん! 私が特に重視してるのはネ、『運指練習』『リズムトレーニング』『完コピ』の三つなんだ〜」

 

 スタジオに入り、喜多さんとイライザさんの二人がギターを構えて向かい合っている。俺は二人から少し離れた入り口近くの壁にもたれかかってイライザさんの話を聞いていた。

 

「まず、『運指練習』なんだけど、これは指の動きのスムーズさや柔軟性、一本一本の指の独立性を鍛える練習だヨ」

 

 イライザさんはそう言って指を四本使って1フレットずつ弾いていく。今イライザさんがやっているのは運指練習の代表ともいえる「クロマチックトレーニング」だ。俺も姉貴にギターを教わりたての頃によくやっていたな。

 

「でもネ、ただ弾いてるだけじゃ意味がないヨ。どこに注意を向けなきゃいけないかをしっかり意識すること。例えば、指がバタついてないかとか、指や腕に無駄な力が入ってないかとか、一音一音がちゃんとつながっているかとか、ネ?」

「な、なるほど……」

「これまで喜多ちゃんも運指練習を繰り返してきたと思うけど、もう一回基本的なところと改めて向き合ってみようか!」

「は、はい! 正直、ギターを始めたての頃はともかく……最近はそこまで細かく意識できていなかった気がします」

「『急がば回れ』だヨ~! レン、使い方合ってるよネ?」

「大丈夫です。合ってますよ」

 

 俺が答えるとイライザさんは「よかった~」とほにゃほにゃ笑いながらそう言った。俺が思ったより基本的なところからちゃんとやってくれるんだな。でも、イライザさんの言うことには強く共感できる。基礎的な練習に限らず、どういう意識で練習にその臨むかということが大事なんだ。

 

 たとえ同じ内容の練習をしたとしても、イライザさんが言ったようなことを意識できている人と、ただ漠然と指を動かしている人とでは上達の速度に雲泥の差が出る。周囲との経験の差、技術の差を感じている喜多さんだからこそ、もう一度基本に立ち返って意識し直すというのは効果的だろうな。

 

「じゃあここで~イライザお姉さんがクイズを出します!」

「クイズですか?」

「うん!」

 

 イライザさんが子供のような天真爛漫な笑顔を浮かべてそう言った。この人、二十二歳には見えないよなぁ……

 

 なんか俺の周り、年齢詐欺している女の人が多くない?

 

「プロとアマの一番の違いはなんでしょ~か?」

「い、一番の違いですか? え、えっと……やっぱり技術なんじゃ」

「ん~……不正解! 罰として喜多ちゃんは(くすぐ)りの刑だ~!」

「えっ……きゃっ! あ、あはははっ……! イライザさんっ、い、イライザさんっ! や、やめっ……あはっ、あははははっ!」

 

 なんか突然美少女同士がイチャつき始めたよ。尊いね。

 

 俺はこの空間に必要のない完全な異物になってしまったので、壁の染みにでもなっていようかな。百合に挟まる男は大罪だから。

 

「次はレンの番だヨ!」

「俺も答えるんですか?」

「もちろん! 正解したらご褒美もあるからネ~!」

 

 イライザさんが一通り喜多さんを弄んだ後、今度は俺に飛び火してきた。喜多さんはなんか頬を赤らめて呼吸が荒くなってるし、男子に見せちゃいけない顔だなこれ。ここにいる男が俺だけでよかったよ。

 

「プロとアマの一番の違い、ですよね? ───リズムじゃないですか?」

「おー! 素晴らしい! 大正解だヨ! ご褒美あげるからこっちおいで~」

 

 イライザさんが笑顔で拍手している。正解やったぜ。まあ、姉貴が昔似たようなことを言ってたのを覚えてただけだけど。

 

 そして、イライザさんが「おいでおいで」と手招きしているので素直に彼女の方へと近づいた。ご褒美って何をくれるんですかね。

 

 するとイライザさんはギターをスタンドに立てて、笑顔で両手を広げて俺の方へと向き直ったかと思うと……

 

「ハグしてあげるヨ~。よくできました~。偉い偉い!」

 

 イライザさんはそう言って真正面から俺を抱き締めて頭を撫でてくれた。頭一つ分小さい彼女が上目遣いの笑顔で俺を見てくる。……いやいや、こんなことされたら普通に好きになりますよ。おっぱいも押し付けられちゃってるし。

 

「レン、良い匂いがするー! 私、この匂い好きー!」

 

 イライザさんがそう言って俺の首元に顔を埋めて鼻をスンスンと鳴らしている。擽ったいからやめてください。でも俺は別に抵抗しない。だってイライザさん可愛くて温かくてやわっこくて良い匂いするから。

 

 そんなことを考えていると、隣からシャッター音が聞こえてきた。

 

「イライザさんに抱き着かれてデレデレしているレンくん。デレンくんの良い写真が撮れたわ~。これで弱みを一つ握ったわね」

「俺が『年上のおっぱいが大きいお姉さん好き』って言うのは周知の事実だから弱みにならないんだよなぁ……」

 

 喜多さんがドヤ顔で言ってきたのでそう返すと、次はローファーでゲシゲシ蹴ってきた。地味に痛いからやめて?

 

 

 

 

 

「レンが言った通り、プロとアマの一番の違いは『リズム』だって言われてるんだヨ。人間のテンポ感、リズム感ってすごくいい加減で、同じ速度で弾いてるつもりでも早くなったり遅くなったりしちゃうんだ~」

「あ、それすごくわかります。だから私もメトロノームを使って練習してるんですけど……」

「うん! それは絶対続けようネ! メトロノームなしで練習しちゃうとテンポのブレが当たり前になって下手な演奏になっちゃうから」

 

 実際のところ、同じ曲を演奏していても上手に聞こえたり下手に聞こえたりするのはこの「リズム」に左右されることが多い。上手い人ほど安定したリズム、テンポで演奏できているんだ。当たり前すぎるかもしれないけど、このリズムってのはなかなかの曲者で、ある程度の経験を積まないと違いや重要性を認識できないんだよね。

 

「じゃあ、どんなリズムトレーニングをすればいいのか……実際にメトロノームを使ってみましょ~!」

 

 そう言ってイライザさんはメトロノームを準備して4分音符で鳴らし始める。

 

「これも基本中の基本なんだけど、しっかり『裏拍』を聴き取れるようになる……これに尽きるネ」

「あー……私、裏拍を感じるのって結構苦手なんですよね。途中でわからなくなってテンポが狂ってくるというか……」

「日本人は元々裏拍を聴き取るのが苦手な民族らしいから、そういうところも関係してるのかもしれないヨ」

「そうなんですか?」

「一説によるとだけどネ~」

 

「裏拍」とは……例えばメトロノームに合わせて「ワン、トゥー、スリー、フォー」とカウントした場合の()()()()()()()()()()()()()()のことだ。逆に、メトロノームがカウントしている「ワン、トゥー、スリー、フォー」の位置を「表拍」と言う。

 

 裏拍は実際に音が鳴っているわけじゃないし、いきなり感じ取れるようにはならないから「ワン(エンド)、トゥー(エンド)、スリー(エンド)、フォー(エンド)」というように発声して((エンド)の部分が裏拍)リズムを細かく感じるところから始める。

 

 で、慣れてきたら表拍の位置で手拍子を入れて、もっと慣れてきたらギターを弾いてみるというように徐々に段階を踏んで裏拍を感じ取れるようになっていけばいいんだけど、意外とここをおろそかにしちゃうことが多いんだよね。だって地味で退屈な練習で身につくまで時間がかかるから。

 

 当然、おろそかにするとテンポやリズムが安定しない下手くそな演奏になる。上手い人ほどこの裏拍を感じ取る力をしっかり時間をかけて磨いてるんだ。

 

「基本的で地味だけど、す~っごく大事なことだから改めて意識して練習しようネ!」

「はいっ!」

「あとは『リズムチェンジ』や『完コピ』について……それは次回にしよう。一気に色々言っちゃうと大変だから」

 

 喜多さんはギターを初めてまだ一年程度。ちょっとずつ慣れてきたころだからこそ基礎を見直す。実は「慣れ」ってスキルを伸ばす上での天敵だったりするんだよね。だから今の喜多さんには、この天敵を潰すということが必要なんだけど……

 

 正直に言おう。俺が()()()イライザさんにお願いしたことは、そういう基礎的な技術を振り返るということじゃない。

 

 まあ、()()については事前にイライザさんに伝えてあるし、やり方はイライザさんに一任している。だから、俺の予想が正しければ、それそろ今日の()()に入るはずだ。

 

「じゃあ、まずは運指練習から……」

「あ、喜多ちゃん」

「何ですか?」

「今日の内は───今まで私が言ったことは()()()()()()!」

「……え?」

 

 イライザさんの言葉が意外だったのか、喜多さんは目を丸くしてイライザさんの顔を凝視する。うん、やっぱり俺が思った通り「本命」に取りかかるっぽいね。

 

「喜多ちゃん、今まで私は色々練習のことについて話してきたけど……もっと根本的なことを聞くヨ? ギターが上達するために一番大事なものってなんだと思う?」

「え? それはもちろん……『常に高い意識を持って練習すること』じゃないですか?」

「うん。それもすっごく大事なこと。でもね……それは()()()()()()()()()()()()()んだヨ」

「一番じゃ……ない?」

 

 喜多さんの問いにイライザさんは頷いた。そして、ギターを外してスタンドに立てる。すると喜多さんもイライザさんに倣ってギターをスタンドに立てた。

 

「喜多ちゃん」

「……はい」

「喜多ちゃんは今───ギターを楽しんでる?」

 

 いつもの天真爛漫な笑顔とは違い、少しだけ悲しみを帯びた笑顔でイライザさんは尋ねた。

 

 普段の喜多さんなら、イライザさんのこの質問に対してすぐに答えられていたはずだ。()()という形で。

 

 だけど彼女は即答できなかった。目が泳ぎ、スカートの裾をぎゅっと掴んでいる。

 

「喜多ちゃんは今、たくさんたくさん悩みながらギターを弾いてるよネ? 自分がバンドメンバーの中で一番経験が浅くて……隣にはぼっちちゃんっていう凄腕のギタリストがいて……勝とうとしている相手はヨヨコ。二人と自分の実力差を誰よりも痛感してるからすごく焦ってる」

 

 喜多さんにとって()()()()()()()()()()は「ひとりとヨヨコ先輩が身近にいたこと」これに尽きる。

 

 片やプロでも通用する技術を持つギタリスト。片や十代に限定すれば全国トップクラスのギターボーカル。喜多さんが()()()()()()()()()()()()()()()()()()背中のなんと遠いことか。

 

 二人の存在は周りの人間が思っているよりも遥かに、喜多さんにとっては大きい。同じギタリストとして憧れを抱き、尊敬している。だからこそ……二人の存在の大きさに比例して、とてつもないプレッシャーをも感じている。

 

 自分は彼女達と肩を並べなければいけないのか、と。

 

「『人と比べちゃいけない』とか『喜多ちゃんは喜多ちゃんのペースでがんばればいいよ』とか……そういうありきたりな励ましは、今の喜多ちゃんの心に届かないかもしれない。だけどネ……私は、私はそれでも言わせてもらうヨ」

 

 イライザさんはそう言って、優しい笑顔で喜多さんの頬に手を当てる。

 

「喜多ちゃん───誰かと比べる必要なんてないんだヨ」

 

 イライザさんのその言葉を聞いて、喜多さんは肩を震わせていた。

 

「自分を誰かと比べちゃうとネ……途端に何もかも()()()()()()()()()()んだ。私も経験したことがあるからすごくわかるヨ。『もっともっと上手にならなくちゃいけない』っていう義務感ばっかり先走って……プレッシャーを感じちゃって……それでギターを辞めちゃった人、何人も見てきた」

 

 これはギターに限らず、勉強やスポーツ、あらゆる分野に通じるところがある。そして、そのプレッシャーに耐えきれなくなった時……元々()()()()()()はずのものが嫌いになってしまう。もう二度と、元に戻らないくらいに。

 

「Tokyo Music Riseでヨヨコ達に負けて……三か月後には未確認ライオットのライブ審査がある。喜多ちゃんがプレッシャーや責任を感じちゃうのは仕方ないと思う。他のメンバー達にこれ以上迷惑を……負担をかけたくなくて、相談できない気持ちもわかるヨ。でもネ、このままだと……先に喜多ちゃんの心が潰れちゃう。そうなったら……二度とギターを弾けなくなっちゃうヨ」

「イライザさん……わたっ、私っ……」

「大丈夫。ちゃんとわかってる。わかってるから」

 

 イライザさんは喜多さんの頬を流れる一筋の涙を優しく、優しく指先で拭っていた。

 

「思い出して、喜多ちゃん。初めて好きな曲を演奏できるようになった時のこと。初めてFコードを弾けるようになった時のこと。初めて───ギターを鳴らした時のこと」

「あっ……うぅ……あぁ……っ……」

 

 イライザさんは喜多さんをそっと抱き締めて、小さな子供をあやすようにゆっくりと背中を撫でる。

 

「さっきの質問の答え、教えてあげる。『ギターが上達するために一番大事なもの』……それはね───」

 

 

 

 ギターを楽しむこと。

 

 

 

 当たり前で、だけど忘れがちで、一番……一番大事なこと。

 

 そして、俺が今日───喜多さんに伝えたかったこと。

 

 でも、俺の力だけでは決して伝えられなかったこと。

 

 これを伝えられるのは、ギタリストとしての実力が足りない俺ではない。

 

 これを伝えられるのは、彼女が追い付きたいと思っているひとりやヨヨコ先輩ではない。

 

 これを伝えられるのは、結束バンドと距離が近過ぎる星歌さんではない。

 

 だからこそ、俺は他の誰でもなくイライザさんにお願いしたんだ。彼女なら、喜多さんに「ギターを弾くことの楽しさ」をもう一度思い出させてくれると思ったから。

 

 海を越えて日本にやって来て、たくさんの苦労を経験したであろう彼女なら。そんな苦労がありながらも、確かな実力を身につけ、今も全力でギターを楽しんでいる彼女なら伝えられると思ったから。

 

「よかった」

 

 心の底から、そう思う。

 

 手遅れになる前で。強大なプレッシャーに押し潰される前で。

 

「辛かったネ。苦しかったネ。でも───もう大丈夫だヨ」

 

 喜多さんは、嗚咽を漏らし、縋るようにイライザさんを強く強く抱き締める。

 

「よくがんばったネ」

 

 一人で戦っていた少女の心の叫びが───確かに届いた瞬間だった。




 喜多ちゃんのメンタルケア回。

 以下解説。興味のある方だけお付き合いください。

 ない方はここまでお読みいただきありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

【解説】

 喜多ちゃんは原作でもアニメでも明るい元気な子ですが、ギターが弾けないことをずっと黙っていたり、家出するまで家庭事情を誰にも相談できなかったりと、意外と一人で抱え込みがちな子でもあると思います。

 これはあくまで私の解釈なので「こんなの喜多ちゃんじゃない!」と不快に思われた方はごめんなさい。

 でも、身近にぼっちちゃんとかヨヨコがいたら同じギタリストなら劣等感を感じまくって心が折れても不思議じゃないと思います。実際、喜多ちゃんは原作で劣等感を感じている描写が結構あったりしますしね。

 ただ、イライザのおかげでメンタルつよつよスーパーキターンになったので、もう大丈夫でしょう。

 レンくんにメンタルケア役をやらせようと思いましたが、ギタリストとして実力不足で言葉に説得力を持たせられないので断念。なのでイライザとのつなぎ役、喜多ちゃんをメンタルケアする場を用意してイライザに「喜多ちゃんにこういうことを伝えてあげてください」と依頼するだけにとどまりました。

 なぜイライザにしたかというと、「結束バンドと一定の距離がある」「ガチ」「確かな実力持ち」「たくさんの苦労を乗り越えてもなおギターを楽しんでいる」という喜多ちゃんのメンタルケアに必要な全ての要素を兼ね備えていたからです。

 ぼっちちゃんやヨヨコではダメな理由としては……ぼっちちゃんは喜多ちゃんの憧れであり「追いつきたい人」だから。ヨヨコは単純に「ストイック過ぎて喜多ちゃんが潰れてしまう」からです。この辺については次回もう少し詳しく触れていきます。

 ちなみにレンくんがイライザ役をやっていたら喜多ちゃんヒロインルート……だったかもしれない。

 では、ここまでお読みいただきありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

 ……今回のサブタイトルの元ネタになった「バトルクライ」は喜多ちゃんやヨヨコに刺さる曲だと勝手に思っています。興味がある人はぜひ聴いてみてください。

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