【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#73 SOUVENIR

「もうよかったのかい?」

「志麻さん、来てたんですね」

 

 喜多さんのメンタル回復イベントをこなし、俺が一人でこっそりとスタジオから出てくると見計らったように志麻さんに声をかけられた。喜多さんはまだ泣いてるみたいだったけど、後はイライザさんに任せておけば大丈夫。これで喜多さんは過剰な責任感に潰されることなくギターの練習に取り組めるだろうね。

 

「イライザに頼ったのは良い判断だ。あの子も日本に来て色々と苦労していたから、喜多ちゃんの気持ちにも寄り添えるだろうからね」

「それに、イライザは志麻と違っておっぱい大きくて包容力あるもんね~」

 

 廣井さんが酔っ払い特有の酒臭さをまき散らしながら千鳥足で歩いてきた。志麻さんは確かにイライザさんと比べたらスレンダーだけど包容力はあるでしょ。胸も包容力もない廣井さんが言っていいことじゃないですよ。

 

「志麻さん、廣井さんの回収(デイリークエスト)お疲れ様です。こちら報酬のお菓子です」

「ああ、ありがとう」

「私の生き様ってソシャゲ扱いなの?」

「廣井さんの人生をソシャゲにしてもリリースして一ヶ月でサービス終了するでしょ」

「あっはっは。言えてる~」

 

 廣井さんは俺の暴言に笑っている。この人もなぁ……別に悪い人じゃないし演奏中はカリスマあって嫌いじゃないんだけど普段が酷すぎてね。素面のときはあんなに可愛らしいのに。やっぱほろ酔い状態くらいが丁度いいな。

 

「志麻さん、今お時間あります?」

「ああ、大丈夫だよ」

「ちょっと相談したいことがありまして……廣井さんもいいですか?」

「私も~? そうかそうか~。山田少年もついに私を頼ってくれるようになったか~。ふへへへへ~もっときくりお姉さんに甘えてもいいんだよ?」

 

 廣井さんが肩を組んできて甘ったるい舌足らずな口調で囁いてきた。酒臭えよ。

 

「……やっぱ志麻さんだけお願いします」

「そうだな」

「待って待って! おとなしくしてるから仲間外れにしないで~!」

「腰にしがみつかないでくださいよ!」

 

 廣井さんを見捨てようとしたら思い切り縋りついてきた。ええい! みっともないからやめてください! 今回はちゃんと廣井さんにも頼ろうとしたのに、そういうところですよほんとに。

 

 そして、腰にしがみついたままの廣井さんを引きずるようにして志麻さんと一緒に楽屋へと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「そういえばさ、なんで大槻ちゃんやぼっちちゃんじゃダメだったの? 君ならまずあの二人に相談すると思ったんだけどな~」

「最初はそれも考えたんですけど……でも、喜多さんにとってひとりは『支えたい人』であり『追いつきたい憧れの人』なんですよ。そんな人に『喜多ちゃん、人と比べないでください。自分のペースでがんばればいいんですよ』って言われるのは()()()ないですか?」

「あ~……確かにそうだねぇ。ぼっちちゃんの優しさと気遣いが逆効果になるパターンか……」

「大槻先輩は逆にこういうことに関しては一切妥協しないじゃないですか? 仮にお願いしちゃうとスパルタスパルタスパルタになっちゃって……喜多さんがどんどん追い詰められてメンタルがもたないと思ったんです」

「にゃるほどねぇ……山田少年も色々考えてるんだ~。確かに、言われてみれば今の喜多ちゃんにはイライザが適任だったね」

 

 ここ数日間の喜多さんは「経験の浅い自分がバンドメンバーの枷になっている」という()()()()()()()でギターの技術を向上させようとしていた。でも、そんな状態で練習したところで精神的に辛いだけだから、「ギターを楽しむ」っていう()()()()()()に気付かせる必要があったんだ。

 

「よく見てるんだね、あの子達のこと」

 

 志麻さんが優しく笑ってそう言った。

 

「……なんだかんだ、一緒にいる時間が多いですから」 

 

 あの子達が努力している姿をずっと見続けてきた。レーベルと契約して、夢に一歩近づいた。結束バンドにとって追い風が吹いているこの状況で、今回の問題が大きくなってしまっていたら……最悪、喜多さんがバンドを辞めるということになっていたかもしれない。

 

 まあ、それは本当に最悪中の最悪の想定だけど。でも、そうはならずにちゃんと解決できたから本当によかった。

 

「ただ、喜多さんの気持ちもわかるんですよ。『このままじゃ未確認ライオットでSIDEROSに勝てない』っていうのは」

 

 ファイナルステージで演奏を聴いていただけの俺でさえあれだけ悔しかったんだ。実際にステージに立っていた四人の悔しさは俺なんかの比じゃないだろう。

 

 だから、もう二度と、あの子達にあんな思いをさせたくない。

 

「それで、志麻さんと廣井さんに相談……というよりお願いをしに来たんです」

「……聞こうか」

 

 志麻さんと、珍しく廣井さんも真剣な表情で俺を見ている。そんな二人を見て俺は一度深呼吸をしてから頭を下げた。

 

「お願いします。結束バンドのみんなを鍛えてあげてください」

 

 俺の知り合いの中で、バンドとして最も完成度が高く、最も高い実力を持っているのは間違いなくSICKHACKの人達だ。正直、メジャーデビューしていてもおかしくはないレベルの。そんなすごい人達に対して、なんて贅沢で我儘なお願いをするのかと自分で呆れてしまうくらいだけど……なりふりかまってなんて、いられない。

 

「自分勝手なお願いだというのは重々承知しています。できる限り、SICKHACKのみなさんのご負担にならないようにしますので……空いた時間にほんの少しだけでも、あの子達に何か教えていただければ……」

「え? そんなこと? なんかめちゃくちゃ真剣な表情してたからもっとすごいお願いされるかと思ったのに~。いいよいいよそのくらい。いつやろうか~?」

 

 頭の上から廣井さんのいつもの甘ったるくて舌足らずな声が聞こえてきた。いや軽っ!?

 

「おい廣井。せっかく山田くんがきちんとけじめをつけて真剣にお願いしてるのに……でも、廣井の気持ちもわかるよ。私達ってそんなに頭を下げなくちゃいけないほどの仲だったかな? だとしたら、少しショックだね」

 

 頭を上げると志麻さんが少し落ち込んだ表情で俺を見ている。……うぐっ!? そ、そんな顔で俺を見ないでください!

 

「し、親しき中にも礼儀ありって言うじゃないですかっ!」

「あはは、冗談だよ。君がそうやって年相応に慌てる可愛い姿を見たかったから少しからかっただけさ」

「今のセリフ……俺が女だったら確実に志麻さんに惚れてましたからね」

「それは嬉しいことを言ってくれるね。……ちょっと待って? 女だったら?」

「別におかしなことは言ってないよね~」

「そうですね。言ってないです」

「そうかな……そうかも……?」

 

 あーあ、志麻さんが誤魔化されちゃった。こういう時だけ俺と廣井さんって息ぴったりになるよね。まあいいや、おふざけばっかりしてないで真面目に話を進めないと。

 

「お二人には、今イライザさんにやってもらっているみたいに個別指導をしてほしいんです。バンド全体に、ではなくて」

「個別に。となると、前と同じように私が虹夏ちゃんで……」

「私が山田少年のお姉さんだね~」

「指導の内容に関してはお二人にお任せします。俺がどうこう言うよりもどうすれば姉貴や虹夏ちゃんが伸びるのかというのは、お二人の方がよくわかるでしょうし」

 

 喜多さんに関してはまずメンタルをどうにかする必要があったから口を出しただけで、それ以外の技術的なことはイライザさんに一任してある。だからここから先に関しては、俺は特に口を出すつもりも必要もない。

 

「でもいいのかな~山田少年。私がお姉さんを指導しちゃうと……とんでもない化学反応が起こるかもよ?」

「俺が期待しているのはまさに()()です」

 

 姉貴に関してはすでに技術が一定のレベルに達している。ひとりがいるから霞んで見えるところがあるけど、姉貴は姉貴で高校生離れしたスキルを持っているんだ。だから姉貴については爆発的に技術を向上させるというよりも、廣井さんという劇薬で姉貴のインスピレーションを刺激してほしい。

 

 姉貴は自分の音楽論はしっかり持ってて、あれで意外と理論派だけど作曲に関してはインスピレーション待ちの感覚派でもあるからな。

 

「逆に虹夏ちゃんはそういう刺激を与えるよりも、志麻さんの真っ当かつ安定した指導で純粋に技術を伸ばす方が合ってると思います」

「だろうね。以前虹夏ちゃんに指導した時は頭が固くなっている部分があって、遊びがなかったから()()()()()()を教えたけど……今の虹夏ちゃんなら専門的なスキルを教えていった方がよさそうだ」

 

 二人に関してはこれでいいんだ。

 

 ()()()関しては……

 

「ぼっちちゃんはどーするの?」

「それを……ちょっと悩んでいるんです」

 

 廣井さんの問いに、俺は言葉を濁す。

 

 そう、ひとりに関しては正直……考えはあるけれど、それが正しいのかどうかわからないというのが本音だった。

 

 というのも、ひとりはすでにプロレベルの技術を持っているから専門的な技術指導をしたところで効果は薄い。あとはその本来の実力をバンドとしての演奏で出し切るだけなんだけど……それが一番難しいんだよね

 

「スタ練で毎日合わせの練習はやっています。ひとりの問題を解決するにはすごく時間がかかるのもわかってます。でも、だからといってこれまでと同じことだけをやっていていいのか……何か別のやり方がないのかなって思いまして」

 

 そのやり方について、志麻さんと廣井さんに相談したかったんだ。

 

「確かに、ひとりちゃんについては技術というより『音でのコミュニケーションの問題』だからね。曲全体ではなくて合わないところを重点的にやったり、実際に録音してみんなで聴き返して意見交換したり、ボーカルなしの楽器だけで合わせたりという工夫は君達もやってるだろうから……」

「そうなんですよ。色々みんなで考えながらやってはいるんですが、他にどうすればいいのか意見をお聞きしたくてですね」

 

 志麻さんが言ったような練習はすでに実施している。もちろん、ひとりだけじゃなくて全員がメンバーの音を聴いてしっかり合わせようとする意識も持っている。ただ、それでもまだまだ足りない。何かが足りないんだ。

 

「え? そんなの、ぼっちちゃんに『音が合うってこういう感覚なんだよ』って体感してもらえればいいじゃん」

「その体感してもらうのが難しいって話なんだよ」

「どうして? 大槻ちゃん達───SIDEROSとセッションすれば体感できると思うよ」

 

 廣井さんがあっさりとそう言った。やっぱり、そういう話になるよね。俺も、ひとりを結束バンド以外の誰とセッションさせるかって考えた時に真っ先に頭に思い浮かんだのがヨヨコ先輩だったんだから。

 

「それは俺も考えました。ただ……」

「ただ?」

 

 志麻さんが首をかしげて尋ねてくる。

 

 俺がすぐにその考えを口にしなかったのには理由があるんだよね。

 

「ひとりと大槻先輩がどういう化学反応を起こすのかが全く読めないんです」

「あれ? でも私とお姉さんには『そういう化学反応を期待してる』って言ってたよね?」

「姉貴に関しては……廣井さんから受ける刺激が()()()()()()()()()っていう確信があるんです。廣井さんって、人間的には落第点もいいところですけどバンドマンとして……ベーシストとしては飛び抜けていて、姉貴の憧れでもあるんですから」

「えへへ~やっぱりぃ? あれ? でも途中でとんでもない暴言を吐かれたような……」

「続けます」

 

 人間的にはどうしようもない人なのは事実でしょう。でも、今回はそこが論点ではないのでスルーしますね。

 

「それに対して、ひとりと大槻先輩……噛み合った時の爆発力はすさまじくいと思うんですけど、二人の化学反応がとんでもなくマイナス方向に振り切れる可能性も十分考えられるんです」

「そうかな? 二人の技術を考えればそこまで心配するようなことじゃ……」

「志麻さん、思い出してください。再生数二桁のメントスコーラ動画……ライブでのド滑り一発芸……文化祭でステージからダイブ……はぁはぁ……あれ? おかしいな……動悸が激しく……変な汗も出てきましたね」

「山田少年の顔色がどんどん悪くなっていく!? 二人の黒歴史を思い出してダメージを受けてるんだ!!」

「大丈夫か山田くん!? 気をしっかり持って!!」

「おにころ! おにころ飲む!?」

「追い打ちかけてどうするんだバカ!!」

 

 そう。ひとりもヨヨコ先輩もとんでもなく思い込みが激しい時があるから、二人のマイナス部分が化学反応を起こした時、歯止めが効かなくなる可能性があるんだ。マイナスとマイナスをかければプラスになる? そんなもん数学の世界だけだ。あの二人は決して……数字で測れる存在じゃない!!

 

「ただ、それだけのリスクを背負ってでもひとりとSIDEROSのみんなをセッションさせることには価値があると思います。ひとりにとっても……SIDEROSにとっても」

 

 ひとりは「バンドとして音が噛み合う感覚」を体感できるだろうし、SIDEROSはひとりの技術の高さに大きな刺激を受けるだろう。特に、ヨヨコ先輩は。

 

「最悪、俺とあくびちゃんの胃が犠牲になるだけなんで……」

「あくびも犠牲者枠なんだな」

「ドラマーですから」

 

 もしもそうなったら俺はあくびちゃんと傷を舐め合いながらお互い依存して生きていこう。やったぁ! あくびちゃんとの爛れたドロドロ生活だぁ!

 

「山田少年の心配もわかるよ。でもさ、実際……君の中でもう()()()()()()()()んでしょ?」

 

 廣井さんがいつものへらへらした態度と舌足らずな声ではなく、酔っているにもかかわらず真剣な表情と声色で俺に尋ねた。

 

「君はただ、私達に後押ししてほしいだけなんだよね?……大丈夫だよ、山田少年。子供を守り、導くのが大人の仕事だからね」

「廣井さん……」

「廣井の言う通り、何かあったら私達がしっかりフォローするから安心しなよ。何事も挑戦だ。それに、そういう試行錯誤はどういう結果になったとしても絶対に良い経験になる。ひとりちゃんやSIDEROSにとってだけじゃなく、君にとっても……ね」

「志麻さん……」

 

 志麻さんはともかく、廣井さんもそんな風にカリスマ全開で良いこと言えるじゃないですか。ヨヨコ先輩が憧れているのは、きっとこういう部分なんだろうな。なんだかんだ、廣井さんって頼りにな───

 

「うげーっ!? 水道料金滞納してたのすっかり忘れてたーっ!! 今日の五時までに電話しないと水道止められちゃうのにもう六時だよぉ~!!」

「……廣井さんって()()()()()()()役に立たないですね」

「そうだな」

 

 スマホを見ながら半泣きでびーびー言っている廣井さんを見て、俺と志麻さんは揃って大きなため息を吐くのだった。

 

 

 

 

 

「レンくん、今日はありがとう」

「……俺は場をセッティングしただけ。後は全部イライザさんのおかげだよ」

「そんなこと言っちゃって~。イライザさんから聞いたのよ。レンくんからすごく真剣な相談を受けて、今日私にこういうことを伝えてほしいってイライザさんに色々と細かくお願いしてたんでしょ?」

 

 新宿FOLTからの帰り道、すっきりと憑き物の落ちたような晴れやかな笑顔で喜多さんが尋ねてくる。イライザさん……そういうのは恥ずかしいから内緒にしててほしかったのに。

 

「……お礼は受け取っておくよ」

「あら~? 照れてるのかしら~? テレンくんなのかしら~?」

「喜多さんって時々おっさんみたいな寒いこと言うよね」

「誰がシワシワネームの郁代おばあちゃんよ!!」

「おっさんって言ったでしょ!?」

 

 すっかり元気を取り戻した喜多さんとぎゃーぎゃー言い合いながら歩いていく。うん、キタキタオーラ全開過ぎるのはそれで問題があるけど……やっぱり喜多さんはこれくらいのテンションで笑っている方がずっといい。

 

 言葉には出してやらねーけどな。絶対調子に乗るのがわかってるし。

 

「私……重く考えすぎていたわ。みんなと比べて経験が浅くて技術も拙いから、誰よりもたくさん……たくさん努力しないといけないって。でも、そんなことばかり考えてて一番大事なことを忘れてた。楽器は、歌は、音楽は……人を楽しませる物。自分が楽しんでいないのに、他の誰かを楽しませることなんてできないものね」

「それに気付けたことが今日一番の収穫だよ。そのことに気付けずに……最初は持っていたはずの『楽しむ心』を忘れてしまって、それを思い出せずに全部を諦めちゃう人だってたくさんいるんだから」

「うん。本当に、今日……来てよかった。イライザさんとたくさんお話できてよかった。あの後ね、イライザさんが私の好きな曲をいっぱい弾いてくれたのよ。私も一緒に演奏してね。それでね───」

 

 喜多さんは子供のように目を輝かせて嬉しそうに語っていた。うん、もう大丈夫。彼女は大丈夫だ。

 

 彼女の純粋な笑顔を見て、俺は思う。今日のこの体験を絶対に忘れることはないだろう、と。

 

「ねえ、喜多さん」

「なぁに?」

 

 隣を歩く彼女が可愛らしく首をかしげて尋ねてくる。

 

「俺さ、喜多さんの()()()()()()()……ほんとにすごいと思う」

「そういうところ?」

「自分の弱みをちゃんと自覚して、曝け出して、受け入れて、向き合おうとするところ。普通さ、人間って自分のそういう部分には蓋をしてしまいがちなんだよね。だって、目を背けて、言い訳して逃げる方が楽だから」

 

 でも俺は、楽な方に流されてしまうのは仕方がないと思ってる。自分の弱みと向き合うのってすごくすごく辛くてしんどいことだから。だから俺は、逃げなかった喜多さんのことを、心の底からすごいと思うよ。

 

「それと……前にも一度言ったかもしれないけど、喜多さんの経験不足っていうのは裏を返せば他の人達よりも伸びしろが大きいってことなんだ。だから、何も卑下する必要なんてないよ」

「レンくん……」

 

 お世辞でも何でもない。喜多さんを励ますための言葉なんかじゃない。俺は本当に、そう思っている。

 

「それにさ、喜多さんがこの一年間で……それこそ信じられないくらいのスピードで成長できたのって、喜多さんがちゃんと自分の弱さと向き合い続けてきたからなんだと思う」

「……私、最初はリョウ先輩に一目惚れしてギターを弾けるって嘘をついていたのよ?」

「でも、嘘を本当にするために一人でずっと練習していたよね?」

「……買ったのは多弦ベースだったってオチだったけどね」

「この流れでそれ言う!?」

 

 俺がそうツッコむと喜多さんは笑ってくれた。珍しく喜多さんのことをちゃんと褒めたつもりだったのに……でも、俺も彼女の笑顔を見てつられて笑ってしまった。

 

「あとさ……()()()()()()()()けど、未確認ライオットのライブ審査までの数ヶ月で、一番成長できるのは喜多さんだと思ってるから」

 

 他の三人は、良くも悪くもスキルが一定のレベルに達している。その壁を超えるために……ひとりに関しては壁を超えるというより、自身にかかってるデバフを解除するためって表現の方が近いな。

 

 いずれにしても、結束バンドの四人の中で、短期間で劇的に成長できる可能性が一番高いのは喜多さんだ。他の三人ももちろん成長はできるだろうけど、でも……単純な成長速度だけなら喜多さんには及ばないだろうな。

 

「そういう期待がプレッシャーになる人もいると思う。でも、喜多さんはもう体感したよね。そういうプレッシャーを跳ねのけて……プレッシャーを力に変えられた時の、自分の世界が広がるような感覚を」

「うん。()()は───一生忘れない」

 

 Tokyo Music Riseのファイナルステージ。トップバッターという押し潰されそうな強大なプレッシャーの中、最も注目を浴びるフロントマンの喜多さんはそれに打ち勝ち、力に変えた。

 

「だから、実は……喜多さんの成長が一番楽しみだったりするんだよね。あ、他の三人には内緒だよ? 特に姉貴。拗ねるとほんとに面倒だから」

「ふふっ、そうね。()()()()()()()にしておきましょ」

 

 喜多さんが自分の唇に人差し指をそっと当てながら妙に妖艶な笑顔でそう言った。

 

「……何か妙に色っぽく言うよね。俺だからいいけどさ、他の男子に対して気軽にそんな表情見せない方がいいよ。喜多さんって顔()良いんだから」

「こんなことするのはレンくんだけ───って!! 『顔は』ってなによ!? 『顔は』って!?」

 

 喜多さんが俺のほっぺたを思い切りつねってくる。痛い痛い! ごめんて! 顔()ね! 顔()良いよね郁代ちゃん!

 

 俺が平謝りすると喜多さんはわざとらしくぷんすかしながら手を離してくれる。でも、すぐになんだかおかしくなってお互いに笑い合った。

 

「レンくん」

 

 ひとしきり笑い合った後、喜多さんが俺の名前を呼ぶ。

 

「いつも君に助けてもらってばかりだから、今度は私が助けてあげるわね。困ったことがあったら何でも相談してちょうだい! 絶対力になってあげるから! 特に恋愛とか!! 恋愛とか!!! 恋・愛・と・か!!!!」

 

 喜多さんがいつも以上に目をキタキタさせてスーパーキターンオーラを発しながら俺に顔を寄せてくる。その眩しいオーラがあれば電球いらないよね。

 

「喜多さんに恋愛相談とか……正気の沙汰じゃない……」

「なんてこと言うの!?」

「喜多さんが俺に『僕の初恋をキミに捧ぐ』を見せた結果、俺は恋愛学習マシーンとかいう面倒臭い生き物になってしまったんだが?」

「……星がきれーねー」

「今日曇りなんだけど」

 

 たとえ俺が誰かに恋をしたとしても、喜多さんには絶対相談しないと思う。多分、一番最初に吉田店長に相談するかな。で、虹夏ちゃんにもちゃんと報告して……姉貴は、まあ……高度な政治的判断をしつつ臨機応変に対応する感じで。

 

「そういう喜多さんはどうなの? そんなに『恋愛! 恋愛!』って言うんだったら、そろそろ気になる子でもできた?」

「できてないわね」

「うっわ。なんてつまんねー女なんだ」

 

 俺がそう言うと喜多さんが耳を引っ張ってきた。

 

「そういうレンくんはどうなのよ! そこまで言うなら気になる子の一人や二人くらいいるんでしょうね!?」

「いるけど?」

「あっさり認めたー!! 誰!? 誰なの!? 言っておくけど、私のお眼鏡に適う女じゃなかったら付き合うのなんて承知しないわ!」

「喜多さんは俺の何?」

「友達で姪でお姉ちゃんよ!」

「後半の二ついる?」

 

 俺だってこの一年で色々あったからね。気になる女の子くらいできたよ。まあ、気になるって言っても……()()()()()でだけど。ただ、この感情に名前を付けるには、もう少し……もう少しだけ時間が欲しい。

 

 その後、喜多さんの過激な追及をのらりくらりとかわし、彼女が住んでいるマンションまでやってきた。

 

「レンくん、送ってくれてありがとう。今度、レンくんとバンドのみんなに私の家族を紹介するわね」

「……なんかとんでもない誤解をされそうで怖いんだけど」

「大丈夫よ。私はお父さん似だし、お母さんはちょっと思い込みが激しいだけだから」

「その情報のどこに安心できる要素があるの?」

 

 喜多一家、まだ会ったことないけどとんでもなくやべー家族かもしれない。

 

 ……ウチも後藤家も違うベクトルでやべーし今さらか。

 

「じゃあ喜多さん、今日はゆっくり休んでまた明日から一緒にがんばろうね」

「うん。今日は本当にありがとう!」

 

 マンションの前で喜多さんに手を振った後、俺は背を向けた。

 

「……ちょっと待ってレンくん!」 

 

 そして、歩き始めて十歩もしない内に喜多さんに呼び止められたので振り返る。どうしたんだろ?

 

「れ、レンくん……あのね……」

 

 喜多さんがパタパタと小走りで駆け寄ってきたかと思うと、なぜか頬を赤らめて目を泳がせている。……本当にどうした?

 

 俺が不思議に思って首をかしげると、喜多さんは意を決したような表情で背伸びをして、俺の耳元に唇を寄せてこう囁いた。

 

 

 

「もしも、リョウ先輩の前にレンくんと出会っていたら……私はきっと───君のことを好きになって()()

 

 

 

───え? 

 

 い、今なんて……

 

 俺が呆気に取られていると、喜多さんは俺から顔を離してスマホでパシャリ。

 

「良い写真が撮れたわ~。ふふっ、レンくんもこういう顔をするのね」

「ちょ……喜多さん!?」

「大丈夫よ。この写真は誰にも見せない。()()()()()()()にしておくから───じゃあねっ!」

 

 喜多さんはそれだけ言って、俺の言葉を無視してマンションへと入っていった。

 

「……不意打ちだろ」

 

 途方に暮れる俺の虚しい叫びは誰にも届くことはなく、夜の闇にかき消されるのだった。




 前回に引き続き喜多ちゃん回!

 次回は久々にヨヨコ回になる予定。ぼっちちゃんがSIDEROSにおぢ絡みします!

 ではでは、評価、感想、ここすき、誤字報告等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

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