【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#74 ダイヤモンド

「ではこれよりっ! 『結束バンドワープ進化計画』に協力してくださるイカれたメンバーを紹介するぜっ! まずは人間性と肝臓を対価にロックの才能を手に入れたカリスマベーシスト、廣井きくり!!」

「うぇ~い」

 

 喜多さんメンタル回復イベントから数日後、俺は結束バンドのみんなと新宿FOLTを訪れていた。理由はもちろん、前に志麻さん達に相談したように結束バンドのメンバーを個別に指導してもらうためだ。

 

「よろしくね~お姉ちゃん。君はもう結構良いレベルにいるから私とどんどんセッションしていこうか。君のその独特の世界観は浸り過ぎるとただの自己満足で終わっちゃうけど、かといってなくしていいものじゃない。その辺のバランス感覚は……口で説明するより体感した方が早いね」

「はい。よろしくお願いします」

「……廣井さん、わかってると思いますけど絶対姉貴に酒なんか飲ませないでくださいね」

「レン、世界観を広げるためには一度幸せスパイラルを経験してみるのも……」

「酒飲んだら三日は口きいてやらないからな?」

「……じゃあ飲まない」

「飲ませたら廣井さんは(ウチ)に監禁して七十二時間ゆっくりじっくりアルコールを抜いて差し上げますので」

「君、束縛強くない?」

 

 特大問題児コンビ。正直、二人にするのは不安ではあるけど……これが姉貴にとってプラスになることは間違いない。ベースの腕や音楽観は大いに見習うところもあるし、そういう良い部分だけを吸収してほしいね。良い部分だけを!

 

「志麻さん! よろしくお願いします!」

「うん。事前に相談した通り、今日はチェンジアップをメインでやろうか」

「はい。あたしはまだまだ緻密さや正確性が足りないので徹底的にやりたいです!」

「あと、時間に余裕があれば変化……演奏中の感情表現にも触れていこう」

「志麻の感情的なドラムは私のダメダメムーブが作り上げたと言っても過言じゃないよ~」

「……つまり、私も廣井さんのようにクズムーブを心がければ虹夏のドラムが上達する?」

「虹夏ちゃん、ついでにベーシストのしつけ方も教えてあげよう」

「あたしも志麻さんに新しい関節技を教えてあげますね」

 

 志麻さんと虹夏ちゃんコンビは安心して見ていられる。ベーシスト共が絡んでさえこなければ、ね。だからこの二人に関してはほとんど心配はしていない。そして、虹夏ちゃんのリズムキープは、ひとりと普段やっているだけあってかなり安定している。あとはさらなる精密性の追求と、志麻さんが言ったように演奏に抑揚をつけて曲の中でもっと感情的な表現ができていけばいいかな。

 

「喜多ちゃーん、今日もがんばろうネ! 今日はリズムチェンジをたくさんやっていくヨ~! あとあと~、完コピしたい曲は選んできた~?」

「はい! たくさんあり過ぎて迷いましたけど、厳選してきました!」

「私もネ、喜多ちゃんと演奏したいアニソンがあるから後で一緒にやろうネ~」

 

 喜多さんとイライザさんが手を取り合ってきゃっきゃと嬉しそうに話している。この二人、めちゃくちゃ仲良くなったよなぁ……まあ、お互いコミュ強の陽キャだし、喜多さんにとっては恩人だし仲良くなるのも当然か。

 

 ……にしても、この前の喜多さんの衝撃の告白にはビビった。別に次の日から変に気まずくなったり意識したりってことはなくて普段通りだったけど、まさか喜多さんがあんなこと言うなんてなぁ。

 

 もし、俺が姉貴の弟じゃなかったら。

 

 もし、喜多さんがあの時たまたま姉貴の路上ライブを観ていなかったら。

 

 無意味な仮定、か。

 

 うん、これ以上考えるのはやめておこう。

 

「ぼっちさん、今日はよろしくお願いしますね」

「あっはい。ふ、不ちゅちゅか者ですが、よ、よろしくお願いしましゅ……」

「ぼっちちゃんとセッションするの楽しみにしてたんだ~」

「あ、ほ、ほんとですか? ふ、ふへへ……」

「ぼっちさん、今日もすごいのが憑いてますね~」

「あ、ありがとうございます……?」

 

 ひとりとSIDEROSのお子様組が仲良く……仲良く? 会話してる。約一名ものすごく恐ろしいことを言っているけど聞こえなかったことにしよう。

 

 でも、ひとりもSIDEROSのみんなとは普通に話せるようになったんだよなぁ……感慨深い。一年前は俺が話しかけただけで溶けてたのに。

 

「何を雛鳥を見守る親鳥みたいな顔してるのよ」

「あ、ヨヨコせんぱ───」

 

 俺がつい名前を呼ぶと、先輩は顔を赤くして慌てて俺の口を塞ぎにかかる。

 

「(ちょっと! 名前で呼ぶのはふ、二人だけの時って言ったでしょ!?)」

「(すみません。先輩と直接会ってお話しするのって久しぶりだったので……つい)」

「(ま、まあ? わかればいいのよ、わかれば……)」

 

 そのまま先輩と顔を寄せ合ってこしょこしょとお話しする。Tokyo Music Riseの時はまともに話す時間もなかったからな。ロインはちょくちょくやってたけど、直接会うとこう……嬉しいというか安心するというか。

 

「大槻先輩、今日は無理なお願いを聞いてもらってありがとうございます」

「別にいいわよ。私も他のギタリストと……後藤ひとりと演奏するのは良い刺激になるし、それに……」

「それに?」

「……あなたからのお願いを断るわけないでしょう?」

 

 ヨヨコ先輩の言葉に、俺は一瞬呆気にとられる。そしてすぐに、自分の顔に熱が集まってくるのを自覚した。やばい……今の言い方は……やばい。めちゃくちゃ恥ずかしいけど、それ以上に嬉しい。

 

 やっぱ俺、どう考えても変だよな。今までの俺ならヨヨコ先輩にこんなこと言われても全然平気だったのに。

 

「ふふっ、あなたもそういう顔……するのね」

「言わないでくださいよ。先輩だって……なんか雰囲気変わりました?」

()()への向き合い方が変わっただけよ」

「そっすか」

 

 なんとなく今日のヨヨコ先輩は余裕がある……というかいつもより大人っぽい感じがする。こういう先輩もいいなぁ……

 

 だけど俺は油断しない。ヨヨコ先輩は何の前触れもなく唐突にカリスマを失って色々とやらかしかねないから。しかも今日はひとりという特大の核爆弾付き。……しっかり目を光らせておかねば。

 

「それで、今日はどこで練習するんです?」

「渋谷よ」

「し、渋谷ぁっ……!?」

「あ、ぼっちさんが死んだっす」

「場所を言っただけで!?」

「ほら、ひとり。立てる?」

「む、無理です……お、おんぶしてください……」

「しょうがないなぁ~」

「流れるような介助サービスね!?」

 

 ひとりが渋谷という地名を聞いただけで死んじゃったからおんぶしてあげることにする。駅に着くまでには復活するかな。というか、復活してもらわないと困るけど。

 

 じゃあSICKHACKのみなさん、俺は渋谷に行くのでウチのメンバーをよろしくお願いします。

 

 そして俺はひとりを背負い、SIDEROSの四人を伴って駅へと向かうのだった。

 

 ただ、俺は今後、気安くひとりを背負うのはやめておこうと思う。制服越しとはいえ、背中にね……こう、大きなふくらみの柔らかさが伝わってきちゃうから。

 

 喜多ちゃんや虹夏ちゃんだったらなんてことないんだろうけど。

 

 

 

 

 

「あ、あの……れ、レンくん。ご、ごごごごご相談したいことが……」

「相談? どーしたの一体?」

 

 駅に到着し、ひとりを降ろしてみんなで電車に乗り込むと隣に座ったひとりがそんなことを言い出した。珍しい、ひとりが俺に相談なんて。基本的に何か悩み事があるとひとりが相談してくる前に俺が色々察して声をかけることが多かったからな。

 

「し、新曲の歌詞についてなんですけど……」

「ああ、未確認ライオットに向けて一曲作るんだよね」

「は、はい。リョウさんともお話してまして、その……れ、レンくんのご意見も聞いておきたいなと思って……」

「あれ? 確か『新曲の歌詞なんて私にかかればちょちょいのちょいですよ~』って言ってなかった?」

「あぼぉあっ!? い、言いましたよもちろんですよもう『ちょちょいのちょ』くらいまで完成してるんですけど最後の『い』の部分がまだでして是非ともレンくんの意見を参考にして有終の美を飾ろうかなと思ってる次第でございまして……」

 

 あ、これ全然歌詞が思いついてない時の反応だ。

 

 早口で捲し立てるひとりを見てそう思う。と同時に、俺の中の悪戯心が刺激されてしまったので、ちょっとだけひとりをからかってみようかな。

 

「ふーん……?」

「あ、あうぅ……」

 

 俺がひとりに顔を近づけてじーっと見つめると、ひとりは恥ずかしそうに目を逸らして俯いた。……可愛い。

 

「じゃあ、ほとんど歌詞は完成してるってことだよね?」

「は、はいぃ……」

 

 今度は目を瞑ってぷるぷるし始めた。これ以上刺激したら爆発しちゃうかな?

 

 ……いや、もうちょっといけるはず。

 

「ひとり」

「あっひゃい……!?」

「俺……嘘つく子、嫌いだな」

「誠にごめんなさいこれっぽっちも完成していません何一つアイデアが浮かんでこなくてものすごく困っていますだから助けてくださいあと嫌いにならないでくださいっ……!!」

 

 俺がそう言うと腕に思いきりしがみついて首をぶんぶん左右に激しく振り始める。久々に見たな、この「イヤイヤぼっちちゃん」を。

 

「嘘だよ。このくらいでひとりのこと嫌いになるわけないじゃん」

「ほ、本当ですか……?」

「ほんとだよ」

「よ、よかった……えへへ……」

 

 俺の言葉にひとりは安心したようにふにゃふにゃと笑った。かと思ったら、例のろくでもないことを考えている表情になってニチャアとした笑顔で俺を見上げてくる。

 

「あ、で、でも……い、意地悪言う人は嫌いですっ……」

 

 ふーん、なるほどね。俺に対する意趣返しってわけですか。そうですか。

 

「そっかぁ……ひとりは俺のこと嫌いなんだね」

「あっあっあっ……ち、違います違いますっ……! き、嫌ってなんか……嫌ってなんかないでしゅっ!」

 

 俺がわざとらしく悲しい表情でそう言うと、ひとりは焦ったようにわたわたと手をばたつかせながら必死にフォローしていた。ほんとに反応が面白いなこの子。

 

「くっ……あははははっ、ごめんごめん。冗談だよ。ひとりの反応が面白かったからつい」

「きょ、今日のレンくんはなんだか意地悪です……さ、最近は喜多ちゃんばっかり甘やかしてますし……」

「喜多さんも色々悩んでたからね。でも、ちゃんと解消できたからこれからはビシバシいく予定だよ」

「そ、そうなんですか……?」

 

 ひとりのこの反応を見る限り、やっぱり喜多さんはバンドメンバーの誰にも相談できていなかったらしい。まあ、こういう時のために俺がいるんだけどね。

 

「悩みで思い出した。歌詞の話だったよね」

「そ、そうです……レンくんのせいですっかり忘れてました……」

「最初に嘘ついたのはひとりだったよね?」

「あっあっ……じゃ、じゃあ罪は平等に二人で半分こにしましょう。そ、それで許してあげます」

 

 なぜか俺が許される立場になってしまった。でも確かに、意地悪したのは俺だから甘んじて受け入れよう。それに、そろそろ真面目な話もしないとヨヨコ先輩の「何やってんだこいつら」的な視線が痛い。

 

「歌詞か……他のメンバーにも聞いてみた?」

「あっはい。喜多ちゃんが『結束バンド初のラブソングにしよう』って───おぼろろろろろろろろろろろろっ!!!」

 

 その瞬間、ひとりは酔っぱらったおっさんのような音を発しながら口から緑色の液体を垂れ流す。もはや見慣れた光景なので俺がひとりの口元をティッシュで拭いてあげていたらヨヨコ先輩がドン引きした表情でひとりを見ていた。STARRYだと日常茶飯事ですからね?

 

「よし、ラブソングのことは忘れよう。あと五年くらいかけて耐性をつけてからでも遅くないから」

「ご、五年経っても私には歌詞をかける気がしません……」

「その時は喜多さんにやらせればいいよ。結束バンドで一番恋愛に興味があるのは喜多さんなんだから」

「そ、そうですね……」

 

 でも、喜多さん自身も誰かと付き合ったことがないから夢女子的な歌詞になるかもしれないけど……いや、それはそれで面白いな。

 

「で、俺からのアドバイス……というより、要望を言ってもいいかな?」

「あっはい。どうぞ」

「ひとりのエグイ歌詞を見たい、かな」

「え、エグイ歌詞……ですか?」

 

 ひとりが俺の言葉に首をかしげる。うん、確かにそれだけじゃ意味が通じないよね。ごめんごめん。

 

「『星座になれたら』『忘れてやらない』『グルーミーグッドバイ』……この三曲って陰気なところはあるけれど、どこか爽やかで前向きになれる歌詞と曲調だよね」

「あっはい。そういう歌詞にしようと意識していたので……」

「じゃあさ、新曲はガラッと雰囲気を変えてみようよ」

「雰囲気を……?」

「うん。そもそもさ、ひとりがなんで作詞を任されてるかっていうと『NGワードが多くて青春コンプレックスを刺激される歌詞が苦手だから』だよね?」

「は、はい」

 

 今思うと、割ととんでもない理由で作詞を任されてるな。語彙力があるとか、ワードチョイスにセンスがあるとかじゃなくてものすごく後ろ向きな理由だし。でも、結果的にはひとりが作詞でよかったと思う。ひとりって感性や世界観が独特で、それが歌詞にも如実に表れてるから他のバンドにはない強みになってるからね。

 

「さっきも言ったように直近の曲は、比較的前向きな歌詞になっている。だから、次はあえて……ひとりの、世の中や学校、全てに対する不満や鬱憤を思い切りぶちまけたような……それこそ()()()()()()()()()()()()()の歌詞にしたらどうかな?」

「青春コンプレックス……むき出し……」

「うん。『これぞ後藤ひとりにしか書けない!』って思わせるような歌詞で、さ」

「わ、私にしか書けない……ふ、ふへへっ……そ、そうですよね。将来情熱大陸に出演する時にこう語るんだ『私は代弁者。世の中の誰もが思っていても口にはできないことを歌という形で世界に伝える。そう……これは私から世界への()()()なのだ』天才ギタリストでありながら作詞においても非凡な才能を発揮する後藤の目には静かで猛々しい炎が灯っていた。どうやら私達も彼女の熱にあてられたらしく、彼女の言葉を聞き無意識の内に目頭に熱いものがこみ上げるのだった」

「おーい? ひとりちゃーん? 後藤ひとりちゃーん?」

 

 妄想を爆発させたひとりが涎を垂らしながらだらしなく笑っている。いやほんと女子高生がしていい顔じゃないからね。俺が再びひとりの口元をティッシュで拭いてあげていると、ヨヨコ先輩だけじゃなくてあくびちゃんまでドン引きした表情をしていた。

 

 君もこれから俺と一緒の胃痛役になるんやで?

 

「あとさ、ひとり。もう一つ提案があるんだけど」

「んはっ!? は、はいっ! わ、私が孤高の天才カリスマギタリストのごとおぅでぇっす!」

 

 ひとりが妄想の世界から帰ってくる。歌詞とは別にもう一つ提案……いや、これも俺の要望になるのかな。いずれにしても、ひとりに言っておきたいことがあった。

 

「あ、そ、それで……提案というのは……?」

「うん。ひとりさ───バックコーラス、やってみない?」

 

 俺の提案にひとりは間抜けな表情で口をぽかんと開けていた。かと思うと数秒後に激しく痙攣し始める。こうやって振動するダイエットマシーンってあるよね。

 

「ば、ばばばばばばばばばばばばばばっばばばっばバック……バクバクバクバク……バックコーラシュ!? あ、し、新商品のコーラのことですよね~。私、コーラ大好きなんですよ~」

「新曲のバックコーラス、姉貴の代わりにひとりがやってみない?」

「あっあっあっあっあっ……!!」

 

 本格的にひとりがバグり始めた。でも、爆発四散したりしないあたり一年間の成長を感じるね。

 

 話がそれたけど、俺は別にただの思い付きで提案しているわけじゃない。バンドとしてのレベルを高めるのならば、()()()()()()がコーラスができる状態にしておく方が望ましいからだ。ただ、あくまで全員ができる状態にしておくべきであって、実際に全員がコーラスをやるなんてことはないんだけど。だってそうするとボーカルの声をかき消しちゃうし。

 

「バックコーラスって基本的にボーカルのメロディに音圧とか迫力が欲しいときやアクセントが欲しい時……要はバンドの()()()を広げるために必要なんだ。今まではずっと姉貴が担当していたけど、声質や歌い方が全く違う人が担当することで新しい発見があるかもしれない。その新しい発見をバンドとしてプラスの方向に持っていけることができれば、また一つレベルが上がる」

「そ、それはそうかもしれませんけど……わ、私じゃなくて虹夏ちゃんにやってもらえば……」

「虹夏ちゃんはリズムキープが最優先だからね。コーラスのせいでリズムが狂ったら元も子もないから。もちろん、できるに越したことはないけど……ただ、もしも虹夏ちゃんがやるとしたら他のみんながコーラスに手が回らない時限定になるかな」

「あ、うぅ……た、確かにそうです、ね……」

「とまあ、色々ごちゃごちゃ言ったけど、俺がこれを提案した一番の理由……言っていい?」

「い、一番の理由?」

 

 ひとりが尋ねてきたので、俺は少し気恥ずかしさを感じながら答える。

 

 

 

「ひとりが歌ってるとこ───見たいから」 

 

 

 

 理由、というより……本当に俺個人のわがままだ。ひとりは本来、承認欲求は別として、そういった誰よりも注目されるようなポジションに積極的に立ちたがる子ではない。でも……それでも俺は見てみたかった。彼女がたくさんの人の前で歌っている姿を。ギタリストとして以外の彼女の姿を。

 

「もちろん無理強いはしないよ。ただの……俺のわがままだからさ」

「あ、いえ……う、嬉しかったです……そう言って、もらえて……だから、その……か、考えてみます」

「うん」

 

 ひとりは顔を赤くして俯いちゃったけど……俺の言葉を嫌がっているわけじゃなさそうだ。ちょっとでも前向きに考えてくれたらいいな。

 

 それから駅に到着するまで、俺達二人の間に会話はなかったけれど、とても穏やかな温かい沈黙だった。

 

 

 

 

 

「そういや、なんでわざわざ渋谷のスタジオなの?」

「ここ、五人以上だと大部屋が借りられるんすよ」

「なるほどね~」

 

 駅を降りて数分歩くと目的のスタジオに到着する。そして、ヨヨコ先輩が受付をしている間にあくびちゃんに尋ねるとそう答えてくれた。部屋が広いとちょっとテンション上がるよね。狭いと色々不便だからな。あの不便さが良いっていう人もいるかもしれないけど、普通に圧迫感あってやりにくいんだよ。

 

「あくびちゃん」

「なんすか?」

「ひとりとヨヨコ先輩がおかしな化学反応を起こして暴走したらよろしくね」

「……レンさんも道連れっすよ?」

「わかってる。死なば諸共だから」

「なら大丈夫っすね。ウチら二人で慰め合いながら慎ましく生きていきましょう」

「せやな」

 

 あくびちゃんもあの二人の組み合わせに俺と似たような危機感を感じていたらしく、話が早くまとまった。いやほんとにね、ひとりとヨヨコ先輩って二人きりにするとどうなるかわかんないんだよ。二人ともタイプの違うコミュ障ぼっちだから。

 

 相性自体は悪くないと思うんだけどね。

 

「二人でこっそりなんのお話してるの~?」

「いざとなったらウチとレンさんの二人で慰め合いながら生きていきましょうって話っすよ、ふーちゃん」

「お~! えちえちなやつだ~!」

「SIDEROSと結束バンドが崩壊しちゃいます~」

 

 別にえっちなやつじゃないから。幽々ちゃんもさらっととんでもないこと言ってるし。いやいや、仮に……仮にだよ? 俺とあくびちゃんが付き合ったとしてもバンドが崩壊することにはならんでしょ。

 

「手続き終わったわよ。……何を盛り上がってるの?」

「いえ、何もないっす。行きましょうか」

「そうだね~」

「ヨヨコ先輩。がんばってくださいね~」

「え? なんで私が応援されてるの? 意味がわからないんだけど?」

 

 ヨヨコ先輩が首をかしげながら俺を見てくるので、俺はわざとらしく首を横に振って「わかりませんよアピール」をしておくことにする。ちなみにひとりは初めての場所だったので、俺の知らない間に自販機と壁の間に挟まってしゃがみ込んでいた。

 

 

 

 

 

 

「これ、使いたかったアンプなのよね」

「TRIAMP MARK3 HUK-TRI / M3……いいですよね。見た目も派手で格好良いし、ハイパワーで腹にズンってくる感じが好きです」

「そうなのよ! Hughes&Kettnerのアンプってクリーンサウンドの評価がすごく高いからこれがあるとテンション上がるのよね」

「わかります! こういう機材って聴くだけじゃなくて弄るのも楽しいんですよね~。あと、このアンプ……俺の大好きなBUMPのギターさんが使ってたから星歌さんに『買って』っておねだりしたんですけどだめでした」

「あなたそんなことしてたの!? それに、相変わらずBUMPが好きなのね」

「今度弾いてくださいっ!」

「……気が向いたらね」

 

 大部屋はかなり広かった。パート同士で十分に距離が取れるし、なんなら休憩用のテーブルやソファまである。ヨヨコ先輩は部屋に入るなり子供みたいに目を輝かせてアンプを見ていたので、俺も一緒に機材談義をしていた。

 

「とりあえず全員機材のセッティングと音量の調整をしましょう。その後は適当に音出しして合わせていく感じで」

「りょーかいっす」

「ぼっちちゃん、そんな隅っこにいないでこっちおいでよ~。一緒にセッティングしよ?」

「あ、は、はい……(ふーちゃん、優しい……)」

「……ふん、後藤ひとりには私達の曲は難しいんじゃないかしら?」

「あ、一度聴けば多分大丈夫です」

「……そう」

 

 今さらっととんでもないこと言わなかった!? 一回聴けば完コピできる!? いやいやいや……どんな耳してるんだよ……でも、ひとりの話し方や表情からすると、嘘ついてる感じはしないし……やっぱりとんでもないなこの子。ヨヨコ先輩も地味にショックを受けてるな。

 

 その後、全員がセッティングや音量の調整、音出しを済ませていよいよ五人で通しの練習をやっていくんだけど……

 

「なんでこの難しいフレーズを簡単にこなすのにそんなに下手なのよ!?」

「あ、き、緊張しちゃって……」

 

 まあ、いきなりやって上手くいくはずがない。ただ、それでもやっぱりひとりのスキルはずば抜けているみたいでヨヨコ先輩が「難しい」って言うほどのフレーズを難なく弾いていた。

 

「……しょうがないわね。あくび、一旦ストップ。ちょっと私と後藤ひとりだけでやるわ」

「了解っす」

「後藤ひとり、私があなたに合わせてあげるから好きに弾きなさい。音が合うっていう感覚をまずは知ってもらうから」

「あ、きょ、今日の大槻さんはなんだか優しいですね……へへっ」

「あなたがずっとそんなだと練習にならないからよ!」

 

 ヨヨコ先輩の提案にひとりはニヤニヤと怪しく笑っている。この雰囲気だと大丈夫そうだな。確かにひとりの言う通り、今日の先輩は優しい気がするけど……多分それは先輩が今のひとりと昔の自分を重ねているからなんだと思う。

 

 先輩もSIDEROSを結成した当初は、ああいう性格だからうまくいかないこともたくさんあっただろうし、実際たくさん苦労してきた。だから、確かな技術を持ちながら……それを十分に発揮できていない今のひとりをもどかしく思っているんだろう。

 

「……正直、この組み合わせはアガる」

「わかるっす」

「どうなるんだろうね~」

「楽しみです~」

 

 俺はあくびちゃん達と一緒に二人から少し離れて演奏を聴くことにする。二人ともプロレベルの技術を持つギタリストだ。十代に限定すれば、全国でも五本の指に入ると言っても過言ではない。

 

 そんな二人がこうして、自分の目の前で、演奏する。

 

 興奮しないわけがない。

 

「じゃ、じゃあいきます……」

「いつでもいいわよ」

 

 そして、始まる。

 

 たった二人のギタリストによる限定ライブ。

 

 ひとりが選んだ曲はSIDEROSの曲だ。さっき、全体の合わせでは周囲とリズムが合わなくてヨヨコ先輩に怒られていた曲……なのに……なのに。

 

 これは本当にさっきと同じ曲なのか。

 

 ひとりはヨヨコ先輩が言ったように、自分の一番やりやすいリズムで弾いている。ベースやドラムというリズム隊がいないから、完全に自分のペースで、ヨヨコ先輩に合わせるつもりなんて全くなかった。

 

 でも、ヨヨコ先輩はしっかりとひとりに合わせていた。そして、ひとりがリードギターの役割を担っているからヨヨコ先輩は自然とリズムギター……伴奏になる。

 

 伴奏でも、ヨヨコ先輩の存在感は圧倒的だった。アルペジオ、パワーコード、カッティング……確かな努力に裏打ちされた先輩のスキルがしっかりとひとりのメロディーを支えていた。ベースやドラムがいないとはいえ……二人だけとはいえ……合わせるのは今日が初めてなのにもかかわらず、だ。

 

「うおっ……やっぱぼっちさん、本気になると半端ないっすね」

「すご~い! かっこいい~!」

「ヨヨコ先輩も楽しそうです~」

 

 三人も絶賛していた。かくいう俺も、二人の演奏に鳥肌が立っている。ひとりの本気に合わせられるのは……これで二人目。一人目はベースの廣井さん。そして二人目はギターのヨヨコ先輩。

 

 ヨヨコ先輩がしっかり合わせられるってことはつまり……普段から彼女と演奏しているSIDEROSならひとりは本来の実力を発揮できるということ。

 

 やっぱ……SIDEROSってすごいな。

 

「あ、ありがとうございました……あ、あの、私の突っ走ったメロディーにちゃんと合わせていただいて……」

「このくらいどうってことないわよ(本当はかなり必死だったけど)」

「そ、それで……えっと…私、こ、これからどういうことを意識すればいいでしょうか? その、リョウさんや虹夏ちゃんにがんばって合わせようとはしてて、この一年間でかなり合うようにはなってきたんですけど……」

「そうね。あなたの場合、細かいテクニックは十分すぎるほど身についているからもっと根本的な問題だと思うわ」

「根本的な、ですか?」

「ええ。ちょうど一年くらい前にレ───や、山田に似たようなことを相談されて言ったかもしれないけど……ドラムやベースに()()()()()()()演奏になっちゃダメよ。グルーヴや勢いが感じられない死んだ演奏になってしまうもの。……もちろん、合わせることは大事だけど、私達が何のために演奏するのか、そこを履き違えてはいけないわ」

「合せるための演奏に、なっちゃいけない……」

「そう。私達は音楽を通して……誰かに何かを伝えようとしている。そういう思いが根底にあるのに、ただただバンドメンバーに合わせるだけの演奏になったら元も子もない。自分の芯をしっかりともう一度見つめ直しなさい。その上で、改めてバンドメンバーと相談すること。あなたが自分の実力を最大限生かせるためのグルーヴを提示すること。でも、()()()()()()の結束バンドになっちゃいけない……()()()()()()()()()()()()にならなくちゃダメよ」

「わ、わかりました……!」

「それと、当たり前だけど他のパートの音をしっかり聴くことを常に徹底すること。私達の曲を一度聴いただけであれだけの演奏ができたのだから、あなたの『音を聴く能力』はずば抜けている。それを自覚してちゃんと活かしなさい」

「は、はいっ! ありがとうございます!」

 

 ヨヨコ先輩の言葉を、ひとりはしっかりと顔を上げて彼女の顔を見ながら聞いていた。うん……やっぱり連れて来てよかった。俺だけでも、バンドメンバーで練習するだけでもダメだった。ヨヨコ先輩のような、こういうことを真正面から言ってくれる人が必要だったんだ。

 

「じゃあ、もう一回全体で合わせの練習を───って、三人ともなんでハンカチで目を拭いてるのよ!?」

「ヨヨコ先輩の成長に感動したっす……」

「自分の気持ちをちゃんと言葉で伝えられるようになったんですね……」

「ヨヨコ先輩は立派になりました~」

「なんでそんな保護者目線なの!? って! 山田もそんな温かい目線を向けるな!! あーもう!! さっさと合わせるわよ!! 準備しなさい!!」

 

 ヨヨコ先輩が顔を赤くしてそう叫ぶとあくびちゃん達も準備を始める。ひとりもヨヨコ先輩と二人でセッションして、先輩の言葉を聞いて緊張が取れたらしく、吹っ切れた良い表情をしていた。

 

「じゃあ、ハチロクでいくんでカウント六から───」

 

 そして、SIDEROSとのセッションを通して、ひとりはバンドとして音が合う感覚を体感することができ、この時の経験が結果的に彼女達を飛躍的に成長させることにつながるのだった。

 

 

 

 

 

「ヨヨコ先輩も休憩しててよかったんですよ」

「別にいいでしょう。少し歩きたい気分だったのよ」

 

 何曲か合わせの練習をした後、休憩の時間を取ったので私はレンと一緒にみんなの飲み物を買いに近くのコンビニに向かっていた。

 

「そういえば、ファイナルステージが終わってから何かありました?」

「いくつかのメジャーから声がかかったわ」

「え!? マジですか!?」

「でも、どのメジャーも私達の方針と合わなかったから断ったけど」

「ロックすぎる!? ヨヨコ先輩めっちゃかっけえ……」

「そ、そう……?」

 

 レンがキラキラした尊敬の眼差しを向けてくる。くっ……久々にチヤホヤされるこの感じ……悪くないわね。あの三人もすごく良い子達だけど、レンみたいに手放しで褒めてくれたりはしないし……

 

「結束バンドもレーベルから声をかけられたんでしょう?」

「はい。『ストレイビート』っていうインディーズレーベルから。つい先日契約も済ませたところです」

「そうだったの。あなたと伊地知虹夏がそう判断したのならきっと真っ当なレーベルなのでしょうけど……」

「吉田店長にも色々事前に教えてもらいましたしね。それに、結束バンドのやりたいことと学業を何よりも優先してくれる良いマネージャーさんでした」

「インディーズの強みはそこなのよね……私達も自分達のやりたいようにやるなら考えてみようかしら」

「何なら、ストレイビートを紹介しましょうか? ものすごく歓迎してくれると思いますよ」

「……考えておくわ」

 

 結束バンドと同じレーベル……彼女達と切磋琢磨することで私達ももっともっと成長することができる。でも、それよりも何よりも───

 

 少しでも彼の近くにいられるのなら、その方がいい。

 

 なーんて、ね。リーダーが聞いて呆れるわね。バンドの大事な選択をこんな一個人の感情だけにゆだねようとするなんて。私はいつからこんなに夢見がちな女になったのかしら。

 

「で、俺もそのレーベルでバイトすることになって……」

「何がどうしてそうなった!?」

「俺自身良い経験になるっていう理由と……事務所が腐海に飲み込まれるのを防ぐために」

「前半はともかく後半の理由は何!?」

「あと、やみさん……あの年齢詐称ぶりっ子ライターさんも一緒にバイトしてます」

「ほんとにどういう組み合わせなの!?」

 

 ぶりっ子ライターって……結束バンドのライブに毎回来てるあのピンクパーカーのロリ顔おっぱい女よね? 大丈夫? 騙されてない? レンのことだから変な色仕掛けにかかったりっていうことはないでしょうけど……ただ、ちょっとモヤモヤするわね。

 

 いえ、あのライターのことは置いておきましょう。私が一番警戒すべき相手はもっと近くにいるんだから。

 

「レン」

「何ですか?」

「その……あの……最近どうなのよ?」

「食卓で思春期の娘にがんばって話しかけるお父さんですか?」

「ちっがうわよ!! 最近、その……学校はどうなのよ……?」

「やっぱ話題に困ってるお父さんじゃないですか」

 

 レンはそう言ってカラカラと笑った。あーもうっ! 私が聞きたいのはそういうことじゃなくて!! その……後藤ひとりとはどうなのかってことよ!! でも変に意識するとあなたに勘付かれるから……なんかこう良い感じに察してちょうだい!!

 

「ひとりと喜多さんと同じクラスになって一年生の時以上にカオスですよ。最近は二人の成績を維持するために朝早く登校して一緒に勉強して夜もオンライン勉強会を開いてその後は二人に教えるための予習をやって……」

「バイトも三つ掛け持ちしてるしあなた大丈夫!? 過労で倒れたりしないでしょうね!?」

「体調管理には気を配ってますから」

 

 レンはこの時、軽く笑いながら答えていたけれど……まさか、彼と私が後々()()()()()になるなんて今の私は知る由もなかったのよね。

 

「ヨヨコ先輩はどうです? 学校で友達できました?」

「……私にはSIDEROSがあるから」

 

 私が答えるとレンは苦笑いを浮かべていた。そうよ! 学校での友達なんて必要ないわ! 私にはSIDEROSがあって……姐さん達がいて……結束バンドもいて……そ、それに、それに……

 

 あなたがいるから

 

 なんてことを……()()絶対に言えないけれど。

 

 でも、いつか。

 

 全部が終わったら、その時は───

 

「レン」

「はい」

「私───一番になるから」

 

 そう言うと、彼は目を丸くして何度か瞬きした後、得意気に笑ってこう言った。

 

「負けませんよ。結束バンドは」

 

 それはこっちのセリフよ。絶対に、私達は……SIDEROSは負けないから。

 

 でも、本当に言いたかったのは、そういうことじゃない。

 

 私()負けたくないのよ。

 

 ───後藤ひとりに。

 

 私()なりたいのよ。

 

 ───あなたにとっての一番に。

 

 気付いてほしくて、でも気付いてほしくない私の気持ち。矛盾していて心が搔き乱されている。でも決して、嫌じゃない。

 

「五月五日……最高のライブを見せてあげるわ」

「楽しみにしてます」

 

 彼の笑顔を見て私は願う。

 

 どうか……どうかこの心臓の高鳴りが、隣を歩く彼に聞こえていませんように───と。

 

 

 

 

 

『あ、もしもし山田? いきなりだけど五月五日にケモノリアのライブに行くわよ! もちろん経費でね! 心配しなくても結束バンドのライブには司馬さんが行くから大丈夫よ。……あ? 拒否権? そんなもんあるわけないでしょ。後輩は先輩に絶対服従なんだから! これ、ストレイビートの鉄の掟だからね? 破ったらあんたは一生あたしの奴隷よ! じゃあね~!』 




 未確認ライオットに向けての露骨な伏線ばらまき回!

 ぼっちちゃんを強化していちゃいちゃしつつヨヨコと戯れてからのぽいずんオチ!

 なので次回はぽいずんとケモノリアのライブを観に行きます。結束バントとSIDEROSを放って別の女とお出かけします。紛れもなく山田の弟。作品のタイトルに恥じないですね。

 ただ、ここでケモノリアに触れておくのもちゃんとした理由があるので次回触れていきます。

 ではでは、評価、感想、ここすき、誤字報告等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

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