【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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前回のあらすじ

レン「職業は、佐藤先輩のエロ奴隷だ!!」



#75 即オチ・ぽいずん王国の伝説のテーマ

「これは誠に由々しき事態である!! その理由がわかるなぼっち、郁代!!」

「あっはい(わかりません)」

「わかりませんけどわかりましたと言っておきます!」

「よろしい! 二人とも素晴らしい答えだ! 今日は五月五日のこどもの日。ゴールデンウィーク真っ只中で新宿FOLTでのライブ! だかしかし! 我が弟山田レンは我々のライブを放って別の女と一緒に他のガールズバンドのライブを観に行くという愚行に走った! 紛れもない裏切り行為に遺憾の意を表明せざるをえない! こんなことは許されんよなぁ!?」

 

 私はぼっちと郁代の前で声高に演説を行う。もはや新宿FOLTは私達の第二のホームと化しており、楽屋には私達の他にSIDEROSのメンバーもいた。

 

「どうだ郁代! こんな蛮行が許されていいのか!?」

「よくないです! レンくんには可及的速やかにお仕置きが必要です! 結束バンドの名に恥じない拘束力と束縛力を見せてやりましょう!」

「うむ。その通り。ぼっち、君の意見を聞こう!」

「え、ええ……? た、確かにレンくんがいないのは寂しいですけど……お、お仕事だから仕方ないんじゃないですか?」

「ダメよひとりちゃん! そんな『理解ある女ムーブ』をしちゃうと男は調子に乗ってすぐ浮気しちゃうの! ここは定番の『仕事と私どっちが大事なの!?』って台詞で地獄の底まで問い詰めるべきだわ!」

 

 私も郁代の意見に全面的に同意する。まったく、私達がいながら他の女に現を抜かすなんて……これはもう今日のことをネチネチと根に持ってレンが帰ってきたら家で存分に甘えるしかない。普段ならレンはうっとうしがるだろうけど、今日のライブを観に来なかったという罪悪感をちょっと刺激してやればちょろいもんよ。ふっふっふ、どうよ私の天才的頭脳が生み出した完璧な計画は?

 

「ぼっち、よく考えるんだ。相手はケモノリア……しかもボーカルは東京藝術大学の生徒……つまり、JDだ!! さらに藝大の男女比は3:7。身体と性欲を持て余したJDの前にレンのような男を放り込んだらどうなると思う!?」

「JD……男女比……打ち上げ……お持ち帰り……ホテル直行……逆レ……既成事実……レンくんの寿退社……結婚式での誓いのキス……毎年送られてくる年賀状にはレンくんと奥さんと子供の幸せそうな写真……あぴひごcdさいふおyぎtfrづいyfとygぴふおp:kjひyぐfちydrfつおぎh;ぎゅfちおyぐいh;お!!!!??」

「そうだぼっち! ケモノリアはその名の通り夜は獣になってレンに襲い掛かるに違いない!! 我が弟の貞操をあんなビッチJD共に奪われていいのか!? 今こそ、我々が剣を取って立ち上がるべきではないのか!?」

「そ、その通りです!! い、今すぐレンくんを取り返しに銀座に乗り込みましょう!!」

「うむ、その意気だ! ぼっちがレンに抱き着いてそのおっぱいを押し付けてやればイチコロよ。JD共に乳の大きさでマウントを取ってやれ!」

「は、はい! わ、私の胸にはそんな使い方があったんですね……よーし……!!」

「『よーし』じゃない! さっきから何言ってんの!?」

 

 ぼっちが鼻息を荒くしながら拳を握って覚悟を決めていたところだったのに、虹夏が間に割って入る。むむむ? いくら虹夏といえど我が弟を守るためならば戦う覚悟ができているぞ! 覚悟ができてるだけで実際に戦ったら絶対勝てないけど!

 

「悪いけど、虹夏じゃ力ぶそ……乳不足だからレンを取り戻せない」

「なんでわざわざ言い直したぁ!?」

「そうですよ虹夏先輩! 先輩はまな板なんですからここはひとりちゃんに任せましょう!」

「あたしがまな板なら喜多ちゃんは洗濯板だからな!!」

 

 郁代も最近はレンと良い雰囲気……いや、郁代が半泣きになりながら勉強させられているから全然良い雰囲気じゃない。ただ、レンに色々相談して吹っ切れたみたいで、近頃はギターの腕がメキメキ上達している。

 

 ううむ……ぼっちか大槻ヨヨコが本命だと思っていたが、案外郁代がダークホースになるかもしれない。いずれにしても、我が弟の情緒を成長させるためにがんばってくれたまえ。

 

「相変わらず緊張感がないわね。レ……山田がいようがいまいが私達は最高のパフォーマンスをする。ただそれだけでしょう?」

「でもヨヨコ先輩が一番ショック受けてたっすよね?」

「ヨヨコ先輩がものすごく格好つけて『最高のライブを見せてあげるわ』って言った直後に電話がかかってきたんですよね~」

「ヨヨコ先輩はいらないフラグばっかり乱立して肝心なフラグをへし折りますから~」

「う、うっさい!!」

 

 大槻ヨヨコが顔を真っ赤にして叫んでいる。ぼっちとはまた違った種類のフラグメイカーか。だがしかし、肝心な我が弟とのフラグはどうなっているのか? やはりここは姉として探りを入れておくべきだろう。どうだこの私の文句のつけようのない姉力は?

 

「ヨヨ槻」

「なんでそんな変な呼び方するの!?」

「名字で呼ぶほど他人じゃないし、かといって名前で呼ぶほど仲良くもないから」

「私達この一年で結構関わりあったわよね!?」

「……弟をみすみす別の女に引き渡した罪は重い」

「山田が来なかったのは私が悪いの!?」

「その場でレンに抱き着いて懇願していればレンはこっちを選んでいた。でもヨヨ槻はそうしなかった。まったく、何のためにいつもそんなに谷間全開の衣装を着ているのか? レンを誘惑するためだろう? かぁーっ、卑しか卑しか! 見んね虹夏、卑しいやらしか女ばい!」

「確かにあたしも気になってたけど触れないようにしてたのに……」

「腫れもの扱いされてたの!? わ、私はただメタルの雰囲気を出すためにこういう衣装を着てるだけで───って! なんで後藤ひとりや喜多郁代まで私の胸元をガン見してるのよ!?」

「ひとりちゃんもああいう服着てみる?」

「わ、私は清楚なのであんなのは着ませんっ……!」

「あんなのとは何よあんなのとは!?」

 

 しまった。レンのことで探りを入れるつもりだったのにいつの間にか大槻ヨヨコの谷間の話になってしまった。まあ、猿も木から落ちるということわざもあるくらいだし、天才かつ聡明な私も失敗することはある。仕方ないから今回はこのくらいで勘弁しておいてやろう。

 

 それに、大槻ヨヨコやぼっちがどれだけがんばったとしても……レンにとっての一番はこの私なのだから!! ふふん♪

 

 

 

 

 

 

「ごめ~ん♡ 待ったぁ?」

「三分二十四秒も待ちましたよ」

「そこは嘘でも『待ってない』って言うとこでしょうが!!」

「……俺がこんなこと言うのは、やみさんと廣井さんと姉貴くらいですよ」

「ろくでもないラインナップ!?」

 

 やみさんから強制招集をかけられた俺は銀座一丁目駅へとやってくる。今日は結束バンドのライブだったのに……絶対家に帰ったら姉貴にネチネチ言われてこれを口実にベタベタ甘えてくるに違いない。しょうがないから何かお土産を買って行ってやるか。

 

「今日はピンクパーカーじゃないんですね」

「さすがのあたしもあの恰好で銀座をうろうろしないわよ。それに、行きたいところもあったし」

 

 今日のやみさんはグレーのブラウスに黒のキャミソールジャンパースカートという、シックで落ち着いた雰囲気の服装だった。いっつもピンクピンクしてるからこういう服のやみさんって新鮮だな。

 

「どう? 可愛い?」

「はい。大人っぽくて素敵だと思います」

「でしょー? あたしだってちゃんとお洒落すれば結構イケてると思うのよね~」

 

 俺が素直に褒めるとやみさんは嬉しそうに鼻歌交じりで歩き出す。行きたいところって言ってたけど、どこだろ? 取材関係の場所とかだったら正直力になれる気がしない。まあでもこれも勉強か。やみさんが普段どんな感じで取材したり、外でレーベルの仕事をしているのかを知るいい機会だ。よーし、がんばるぞー!

 

 

 

 

 

「───って意気込んでたのになんでスイーツサロンなんすか!?」

「え? だってここに来たかったから」

「仕事は!? 俺、てっきり取材とかバンドマンを発掘するために路上ライブとかを見て回るのかと思ってましたよ!」

「誰もそんなこと言ってないでしょ。ここのナポレオンパイがすっごく評判良いから一度来たかったのよね~」

 

 やみさんに連れられてやってきたのは駅から徒歩数分ほどのところにある「GINZA Maison HENRI CHARPENTIER」というスイーツサロンだった。ヨーロッパのレトロな建築を味わえる独特な外観に落ち着いた雰囲気のお洒落な店内。

 

 見事に女性客しかいない。

 

「いやー、一人だとなかなかこういうところって入りにくくてね。あんたがいて丁度良かったわ~」

「司馬さんと来ればよかったのに」

「あんただったら他のお客さんに『え? あたしはイケメン連れて来てますけど?』ってマウント取れるでしょ」

「やみさんがネットでボロカスに言われてる理由がわかりましたよ」

「モテない女の嫉妬と怨嗟が気持ち良いわ~」

「……俺、やみさんのそういうところ好きですよ」

「ふふ~ん♪ ありがとっ!」

 

 皮肉気味に言ったのにやみさんはご機嫌でメニューを眺めている。どういう経緯であれ来てしまったものはしょうがないので俺も注文しよう。こんなところ滅多に来れないし。

 

「あ、そういえばあんたって甘い物平気だった? ここ、ドリンクだけの注文ってできないのよね」

「もし俺がダメだったらどうするつもりだったんですか?」

「あんたの分も頼んであたしが食べるつもりだったわよ」

「そうですか。ただ、生憎と甘い物は大好きなので」

「そう? ならよかったわ。あたしはナポレオンパイとアッサムティーにしようっと」

「俺もナポレオンパイと……コーヒーでいいかな」

「コーヒーと甘い物の組み合わせって神よね~。今日は紅茶の気分だったけど」

「行儀悪い食べ方ですけど、ミスドのチョコファッションをコーヒーに浸しながら食べるのめっちゃ好きなんですよ」

「わかる~! あのしっとりした生地にコーヒーが染み込むのがいいのよね!」

 

 注文した物が来るまではやみさんと他愛のない雑談をする。この人とは去年の夏からちょくちょく関わりがあっていつの間にか仲良くなってたけど……これも不思議な縁だよな。出会ったときは中学生だと思ってたし。

 

「で、そろそろ俺をケモノリアのライブに連れて行く理由を教えてくださいよ。まさか本当にただ先輩の強権を発動したわけじゃないですよね?」

「あれ? 言ってなかったかしら?」

「聞いてないですね。ストレイビートの鉄の掟を破ったら俺がやみさんの奴隷になるところまでしか」

「あたしみたいな可愛い女の子の奴隷になれるなんてご褒美でしょ?」

「自分で自分のことを可愛いって言う女にはろくなのがいない」

 

 俺がそう言うとやみさんが身を乗り出して俺のほっぺたを引っ張ってくる。こら、お行儀悪いからちゃんと座りなさい。

 

「理由だったわよね? そんなの単純よ───ケモノリアが未確認ライオットにエントリーしている。これに尽きるわ」

「……なるほど。結束バンドの障害になりそうなバンドをこの目で確かめておけ、と」

「そういうこと。本当はあの子達自身にも見せたかったんだけどね。でも、新宿FOLTでライブをするならそっちを優先させた方がいい。だったらせめてあんただけでも連れて行こうと思ったのよ」

「動画撮影はオッケーでしたっけ?」

「大丈夫よ。ただ、動画だけじゃ伝わらないこともたくさんある。それを少しでもあの子達に伝えてあげて。あんたの今日の一番の役目はそれよ」

「わかりました」

 

 思いの外真面目な理由だった。確かに、ケモノリアが未確認ライオットにエントリーしたのなら、結束バンドにとってはSIDEROSに並ぶ強敵だ。俺自身、ケモノリアの演奏は動画でしか見たことがなかったし、良い機会だな。

 

「はっきり言うとね、今の結束バンドはネット審査までは余裕で通過できるだけの実力があるわ」

「音源審査はともかく、ネット審査って上位三十位までですよね? 結構苦戦すると思ってたんですけど……」

「Tokyo Music Rise準優勝の肩書は伊達じゃない。SIDEROSほどじゃないけど、結束バンドの名前は東京でかなり広まってるわよ」

「そうなんですか?」

「……東京のバンド、かつ十代に限定すればSIDEROS、ケモノリア、結束バンドが三強って言われてるくらいにはね」

 

 マジかよ。確かに喜多さんが「フォロワーがたくさん増えたわ!」って喜んでたけど、そこまで評判が上がってたのか。やっぱ実績を出すと全然違うんだな。一年前は音源審査すら通過できない無名バンドだったのに。

 

「で、ここからはシビアなお話。未確認ライオットのファイナルステージに進出できるのは八組。その中で東京の代表枠は()()……これがどういう意味かわかるわよね?」

「SIDEROSかケモノリア……どちらか一組を蹴落とさなければならない」

「そういうこと。あたしの印象としては結束バンドも()()()()()()()十分ファイナルステージに残れるだけのポテンシャルはあると思うんだけどね。こればかりはルールだから仕方ないわ」

 

 だからこそ、ここでケモノリアのライブを観ておくことには大きな意味がある。彼女達の今の実力がどのくらいのレベルなのか。それがわかるだけでも大収穫だ。……うん、今日のライブのこととやみさんが話してくれたシビアな話を明日みんなにちゃんと伝えよう。

 

「お待たせいたしました。ナポレオンパイとアッサムティーでございます」

「は~い♡」

 

 やみさんが思いっきり猫撫で声で返事をする。この変わり身の早さよ。さっきまですごく真剣な表情で話してたのと同一人物とは思えないな。

 

 そして、俺にもナポレオンパイとコーヒーが運ばれてきたのでとりあえず写真を撮っておく。イソスタ映えしそうだし明日喜多さんにめっちゃ自慢してやろ。

 

「美味しい~♡ こうやって甘い物を食べてる時が一番幸せね!」

 

 やみさんが満面の笑みでナポレオンパイを食べているのを見て、俺はほっこりと心が温かくなった。やみさんって普段は()()()だけど、こういうところはちゃんと女の子なんだなぁ。

 

「なんでそんな孫を見るような視線を向けてるのよ」

「やみさんが女の子してるなーって思って」

「あんたの中であたしは一体どういう存在なのよ!?」

 

 やみさんのツッコミに対し、俺は笑うだけでちゃんと答えずにナポレオンパイを一口食べる。苺の程よい酸味とカスタードクリームの甘みが絶妙。生地もサクサクだし……今度姉貴も連れてきてやるか。

 

「このやろ~……生意気なことばっかり言いやがって。調子に乗ってるとあたしの女としての魅力をたっぷりわからせ……あ、というかあんたの周りって可愛い女の子が多いけど、どういう子がタイプなの?」

「また唐突な話題転換ですね」

「女の子はいくつになっても()()()()話が好きなのよ♪」

「でもやみさんには男っ気が全くありませんよね。取材でイケメンバンドマンと出会ったりしないんですか?」

「いくらイケメンでもバンドマンと付き合うのはないわよ。あんな不安定な生き物……将来不安でしょうがないわ」

「現実的過ぎる!?」

 

 いやでも確かに、結束バンドのみんなみたいに十代の若い子達が夢を追いかけているのならともかく、三十を過ぎても定職につかずバンド活動ばっかりやっててレーベルにも声をかけられてないのなら……これ以上想像するのはやめておこう! うん、この業界にはありふれた話なんだから!

 

「あたしよりもあんたの話でしょ~? ほらほら~お姉さんに言ってみなさいよ~? 誰が好きなんだよやまだー?」

「男子中学生の修学旅行ですね」

 

 やみさんが途端にメスガキ面になってニヤニヤ笑いながら俺に尋ねてくる。言っておくけど、俺はこの一年でたくさん恋愛感情を学んで今まさに自分の気持ちを整理している最中なんだ。だからあんまり下手なことは言えないんだけど……やみさんだし適当に誤魔化そう。

 

「知り合いの中で『誰が一番タイプか?』ってことでいいです?」

「そうそう。他のみんなには内緒にしてあげるから安心してちょーだい♡」

 

 全然安心できない。下手なこと言ったら絶対散々弄られるヤツじゃん。どうしようかな。適当に当たり障りない感じでお茶を濁すか……

 

 あ、良いこと思いついた。

 

「やみさんです」

「へー、そう。あたしなのね~……って、今なんて言った?」

「やみさんです」

 

 俺が真顔で答えると、やみさんは口をぽかんと開けて数秒の間間抜け面を晒していた。そして、俺の言葉の意味を理解した瞬間、顔を赤くして思い切り額をテーブルに打ち付ける。静かな店内だからおとなしくしてなきゃダメでしょ。

 

 そしてやみさんはテーブルにあごを置いて、顔を赤くしたまま上目遣いで俺を見てきた。

 

「ま、まままままマジ……?」

「いや嘘ですけど」

 

 途端にやみさんが「こいつー! こいつー!」とおめめをぐるぐるさせながらテーブルの下で俺をゲシゲシ蹴ってくる。でも正直、恋愛感情とかそういうのは置いといて、やみさんのことは結構好きですよ。こうやって毎度毎度面白い反応してくれるところとか。

 

「まさか、たかが男子高校生の俺ごときの言葉に惑わされたんですか……愛子ちゃんは純粋なんだね」

「……覚えておきなさいよ。あたしを弄んだことを後悔させてやるんだから」

「楽しみにしてます」

 

 その後は普通に雑談しながら甘い物を食べて、いい時間になったのでライブハウスに向かうことになったんだけど、あれだけ俺が無礼を働いたにもかかわらずやみさんが俺の分まで支払いをしてくれたんだ。優しいね。

 

「もう『ぽいずん♡やみ』じゃなくて『ぽいずん♡ひかり』じゃないですか」

「ネット回線かよ!?」

「そもそも、やみさんって言うほど病んでないですよね? 二号さんの方がよっぽど『病み』なんでこれを機会にライターネームを変えたらどうです?」

「変えるって……例えば?」

「ぶりっ子だから『ぽいずん♡ぶり』とか」

「語感が汚いから嫌よ!!」

(ぶり)の刺身美味しいじゃないですか」

「たとえ美味しくても『ぶりさん』って呼ばれるあたしの身になりなさい!」

「刺身だけに?」

 

 こんな感じでスイーツサロンを出てからもずっとやみさんとくだらない話をしていた。いやー、この人と会話するの楽だわー。

 

 

 

 

 

「収容人数は二五〇人……新宿FOLTより一回り小さいライブハウスですね」

「でも、今日はケモノリアのワンマン。このくらいの規模のライブハウスなら満員にできるレベルのバンドよ」

「早めに来てよかったですね。入口の方までがっつり立ち見してますよ」

 

 チケット販売の時間よりかなり早めに到着したにもかかわらず、俺達が着いた時にはすでに二十人くらいのお客さんが並んでいた。やっぱりめちゃくちゃ人気なんだな。結束バンドもかなり評判が上がってるってやみさんは言ってたけど、今の結束バンドがこの規模のライブハウスを満員にできるくらいの集客能力があるのかどうか……

 

「あんたってエレクトロニカは聴く?」

「あんまり聴かないので今日までにたくさん聴いて勉強してきました」

「あら、偉いじゃない」

「ただ、エレクトロニカって定義が広すぎてロックやらポップやらテクノやらの違いがわかんなくなることがあるんですよ。だから俺は考えることを辞めました。俺が感じたままでいようと」

「……それでいいと思うわ。あたしも『各ジャンルを詳しく説明しろ』って言われたら泣きそうになるもの。あたし達がロックだと思えばそれはロックなのよ!」

「ライターさんがそれでいいんですか?」

「われわれはふんいきでろっくをたのしんでいる」

「……まあ、言葉なんて無粋な物を使わなくても聴いて体感しろってことですよね」

「それ! まさにあたしが言いたかったこと!」

 

 やみさんは嬉しそうな表情で俺の背中をバシバシ叩く。実際、この辺の定義ってすごく曖昧で人によって解釈が違ったりするからやみさんくらいのスタンスで聴くのがいいのかもしれない。結束バンドだってロックバンドといえばロックバンドだけど、ポップっていう印象を受けることもあるし。実際、ポップ・ロックってジャンルもあるくらいだもんな。

 

「みなさんこんにちはー! ケモノリアでーす!」

 

 しばらくやみさんと一緒に「エレクトロニカとは何ぞや」ということについて語り合っていると、ライブ開始の時間になりケモノリアの四人がステージに登場する。バンドの構成はシンセ、ギター、ベース、ドラムでボーカルはシンセが兼任している。リーダー兼MCもシンセボーカルの人だな。

 

「動画を観て思ったんですけど、シンセボーカルの人のアホ毛すごいですよね」

「あんたのところの店長とリーダーも負けてないでしょ」

「あと、あの肩出しのアウター……演奏の邪魔にならないのかな」

「さっきから変なところに注目してるわね!?」

 

 だって気になるものはしょうがないんだから。それにしても、ケモノリアの四人もみんな美人さんと言うか可愛い女の子と言うか……ガールズバンドは顔面偏差値が高くないといけないって法則でもあるのかな。

 

「ではさっそく一曲目いきます! まずは───」

 

 一曲目が始まる。ケモノリアがどういうセトリを組んでいるのかはライブによってまちまちで、今回はロックほどの激しさはなく、EDM(エレクトロニック・ダンス・ミュージック)ほどのイケイケでもなく、ラップほどのハイテンポさがない曲からのスタートだった。

 

 いきなりガンガン飛ばしてくるかと思ったけど、どうもそうじゃないらしい。ただ、演奏に対して歌詞は割と攻撃的な感じで、全体的な雰囲気としてはクラブでチャラチャラするようなものでも、ライブハウスで激しく乗る感じでもない……聴いていると自然と体がリズムに合わせて動いているような曲。

 

 なるほど、こういう入り方もあるのか。勉強になるな。

 

「じゃあここでみなさんに質問しま~す! 今日初めて私達のライブを観に来てくれた人~!」

 

 一曲目が終わり、シンセボーカルの人がMC中にそう言っていたので、俺が躊躇うことなく勢い良く手を挙げると、やみさんは「恥ずかしいからやめなさい」と隣で苦言を呈していた。

 

「お~! 先頭のイケメンなお兄さん、元気良いね~! よーし、じゃあ初めて来てくれたお兄さん達のためにメンバー紹介やっちゃおう!」

 

 シンセボーカルの人が笑顔でメンバー紹介していく。この人、藝大生だけあって歌も演奏のレベルも別格でしかも美人さんなんだな。……でもなぜだろう。この人から司馬さん達のような残念ポンコツ臭が漂っているのは。

 

 気のせいじゃないんだろうなぁ……

 

「続いて二曲目! どんどんアゲていくからしっかりついて来てよ!」

 

 二曲目は一曲目とは打って変わって鮮烈な重低音からのハイエナジーで観客を一気に惹きつける曲だった。エレクトロニカの様々な表現が凝縮された、音楽の爆発的なパワーに圧倒され、俺は音楽を聴くというよりも壮大な映画を観ているような気分になっていた。

 

 三曲目は躍動感あふれるビートと爽快さを感じる心地良いメロディーラインが特徴的な一曲。エレクトロニカ……その中でもEDMの特徴がふんだんに詰め込まれていて、俺だけじゃなくやみさんも……ライブハウス内にいる誰もがメロディーに合わせて自然と体を動かしていた。

 

 なるほど、こうやって会場の空気と観客のノリを掴んでいくのか。……ちょっとやばいな、普通にファンになっちゃいそうだから困る。

 

 四曲目はこれまでとは雰囲気がガラッと変わって、穏やかで温かみのあるゆったりとしたサウンドが特徴の曲。シンセボーカルの歌い方も曲に合わせたしっとりとしたものになっていて、会場自体が柔らかくリラックスした雰囲気に包まれた。

 

「エレクトロニカとかダンスミュージックって聞くと、激しいビートを思い浮かべがちだけど……周囲の喧騒を忘れさせてくれるような癒される曲もあるのよね」

「さっきまでの曲との緩急がすごい……表現の幅が、広すぎる……」

 

 決して一辺倒ではない曲調、結束バンドもセトリを組む際に緩急を意識してはいたけど、普段のライブだと精々三曲くらいしか演奏ができないから難しいんだよね。ワンマンだと曲が増えて体力的な課題が出てくるけど……その分バンドの広さと深さを表現できる。

 

 その後も俺は仕事兼偵察ということを半分忘れてケモノリアの演奏に聴き入るのだった。

 

 

 

 

 

「ね? 来てよかったでしょ?」

「はい。すごく……すごく勉強になりました。というか、結束バンドはこのケモノリアも相手にしなくちゃいけないのか……」

「他のバンドも結束バンドに対して同じことを思ってるわよ」

 

 決して侮っていたわけじゃない。でも、結束バンドがファイナルステージに立つにはSIDEROS、ケモノリアのいずれかをライブ審査で蹴落とさなければならない。

 

 元々結束バンドはグランプリを目指していたんだし、遅いか早いかの違いだな。とにかく俺は今日の動画を明日みんなに見せて情報を共有しよう。相手がどうであれ、俺は俺のやれることをしっかりやる! これに尽きる。

 

「大変名残惜しいですが、今日のライブはここまでになります! 今日も最後まで付き合ってくれてありがとう───って言いたいところだけど、ここで私からみんなに見せたいものがありまぁす!」

 

 おっと、なんか雰囲気が変わりましたね。お客さんがざわついているのもそうだけど、シンセボーカル()()()()()のメンバーが引き攣った表情を浮かべていた。

 

 当のシンセボーカルの人は……やたらと得意げな笑顔で胸を張っている。どうしてだろう、あの笑顔になんだかすごく見覚えがあるというか嫌な予感しかしないのは。

 

 そして彼女は得意げな笑顔のままマイクスタンドを両手で掲げ……

 

「ハァッ!! 甲斐の武田信玄!!」

 

 空気が、死んだ。

 

 さっきまで凄まじい盛り上がりを見せていた会場の空気がひえっひえになってしまった。

 

 俺は静かに目を閉じ、全てを理解する。

 

 ああ、そうか。シンセボーカルさん……あなたは()()()と同類なんだね。

 

 ごとうひとりちゃんとどうるいなんだね。

 

「す、滑った!? おい! 思いっきり滑ったぞ!?」

「だから言ったじゃないか! ほんとにやるヤツがいるかこのバカ!!」

「う、ウチはいいと思うけんね~」

「そうやって甘やかすからダメなんですよ!」

 

 ステージ上でメンバーが言い争いを始める。完全に放送事故だろおい。過去のライブ動画でもこんなの見たことなかったよ。

 

「い、いいやまだだっ! ここから私はもう一度巻き返してみせる!!」

「もういいからさっさと戻るぞ! ───っておい! どこ行くんだコラ!」

 

 シンセボーカルの人は他のメンバーの制止の声を無視してステージ上を歩き、端までやってくる。そして、この日、()()()()先頭でライブを観ていた俺と目が合うと……彼女は俺にとってはひっじょーに()()()()()()()()()()()を浮かべていた。

 

 そして

 

 彼女は───飛んだ

 

 両手を広げて

 

 なぜか俺に向かって

 

 わーい、美人さんが降ってきた───って、またこのパターンかよ!?

 

 俺は心の中でそう叫び、強烈なデジャヴに襲われながら彼女に押し潰されるのだった。

 

 

 

 

 

「山田も()()()()わねー! ここ最近で一番笑わせてもらったわ~」

「当の本人からすると笑い事じゃないですよ。廣井さんとひとりの文化祭ダイブの経験が生きましたけど」

 

 そしてケモノリアのライブが終わり、俺はやみさんに居酒屋に連れ込まれていた。あの後、ケモノリアの人達にめちゃくちゃ謝られてシンセボーカルの人はシバかれてたけど……どのバンドもああいう濃い人がいるんだなぁ。

 

「俺としてはケモノリアの人達とつながり……つながり? ができたからトータルでプラスだと前向きに考えておきます」

「ダイブでつながる知り合いの輪。こうやってコネを作っていくのね。勉強になるわ~」

「おかげで受け身が上手くなりましたよ」

 

 今度から履歴書の特技欄に「ダイブしてきた人を受け止めること」って書こう。これが何の役に立つのかは全然わからないけど。

 

「今日は良いライブも山田の醜態も見れたし充実した一日だったわ。ほら、あたしが奢ってあげるから好きな物頼みなさい」

「ライブと俺の醜態を同列に扱わないでください」

「やーよっ! しばらくはこのネタで弄ってあげるから」

「とんでもないパワハラ上司だ」

「こんな可愛い上司のパワハラなんてご褒美でじゃない。さーて、あたしはとりあえず生と……」

「あれ? お酒飲むんですか?」

「飲むわよ。じゃないと居酒屋なんて来ないでしょ」

 

 えー……でも前にやみさんとSICKHACKの人達と居酒屋に行ったときに思いっきり醜態を晒していたような……あの日の二の舞になりますよ?

 

「甘いわね。あたしは成長する女なのよ。あの日に握られたあたしの弱味……今日ここで清算してやるわ!」

「即落ち二コマフラグにしか見えないです」

「うっさい。あ、お兄さんすみませ~ん! 注文いいですかぁ~?」

 

 やみさんは店員のお兄さんを見つけると、途端にぶりっ子猫撫で声モードに切り替わる。その切り替えの早さだけは見習いたいですね。

 

 

 

 

 

「ほらやみさん、もう帰りますよ」

「やぁ~っ! まだ飲むのぉ~っ!」

「もうベロベロに酔っぱらってるじゃないですか。明日もお仕事なんですから早く帰りましょう」

「酔ってない~! あたしはじぇんじぇん酔ってないのぉ~! 酔ってるって言うヤツが酔ってるのよ~っ!」

 

 約二時間後、見事なフラグ回収をしたやみさんとそれを宥める俺。ほらね、絶対こうなると思ってたよ。

 

「タクシーも来ましたし、支払いも終わりましたから行きますよ。さあ、立ってください」

「むりぃ~だっこぉ~」

 

 やみさんが顔を赤くして寝ころんだまま俺に向かって両手を広げてくる。……あのね、普通の男にそんなことしたら持ち帰りされますからね? それに、俺だって男なんだから今のやみさんを見てなんとも思わないわけないんですよ?

 

 やみさんの無防備な姿を見て、俺は大きなため息を吐いた。

 

「しょうがないですね。はい、どうぞ」

「うへへ~やまだぁ……良い匂いするわね~合格よぉ~」

「はいはい、ありがとうございます」

 

 俺が両手を広げると、やみさんが嬉しそうに抱き着いてきたのでそのまま抱えた。柔らかい感触にお酒の匂いと甘い匂いが混ざりあってて……もしも俺も成人してて一緒にお酒を飲んでたら確実にアウトだったな。理性を保てる気がしない。

 

 大人になってもやみさんとは二人で飲みに来ないようにしよう。

 

 俺はやみさんを抱えてそのまま店を出て呼んでおいたタクシーに彼女を放り込む。でも、そのままやみさんが無事に帰れる保証もなかったので、俺も一緒に乗り込んでやみさんを実家まで送り届けるのだった。

 

「レン、別の女と酒の匂いがする……結束バンド緊急会議ー!!」

「うるせえ!!」

 

 家に帰ったら帰ったで、姉貴が今日のライブを観に来なかったことを根に持って案の定ベタベタ甘えてきやがった。

 

 ……とんでもない一日だったよ。




 ぽいずん回!

 ケモノリアは情報がなさすぎるので完全に妄想です。いくつか参考にしたバンドはありますが……エレクトロニカって定義が広すぎるんですよね。

 アニメ二期で描写があると嬉しいな。

 次回はヨヨコが大攻勢に出ます!

 ではでは、評価、感想、誤字報告、ここすき等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!
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