【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#76 一度だけでもキスさせて

「あれ? やまだー、何やってんの?」

「結束バンドのスケジュールとひとりと喜多さん用の勉強計画を作ってる」

 

 とある日の放課後、俺が教室でスマホをぽちぽちしながらスケジュール管理アプリと時間割アプリを操作していると、佐々木さんに声をかけられた。今は週に一回くらいのペースでSICKHACKの人達に技術指導をしてもらったり、SIDEROSのみんなと一緒にセッションをしている。

 

 俺がやみさんとケモノリアのライブを観に行って、みんなにその時の動画を見せると良い刺激を受けたらしく練習にはますます力が入ってるみたいだ。

 

「そんなことまでやってんだ。大変だねぇ」

「なるべくみんなには練習に集中してほしいからね。それ以外の雑務はなるべく引き受けるようにしてるよ。未確認ライオットが終わったら少しは落ち着くだろうけど」

「そーそー。後藤達ががんばってるのを見てウチらも何かできないかと思ってさ。応援のTシャツとか作ってスローガンも考えようと思ってるんだよね」

「Tシャツはともかく、スローガンって何?」

「クラスで一致団結して結束バンドを応援したいじゃん? だから良い感じのフレーズを組み合わせてスローガンを作ろうって話になってて」

「『勝利を掴め』とか『伝説作れ』とか?」

「そーゆー感じの」

 

 なんか体育祭みたいな熱血イベントになってるけど……気持ちはありがたいしこうやってクラスのみんなが応援してくれるのはすごく嬉しいから佐々木さん達に任せよう。ただ、熱血過ぎるとひとりが死ぬ可能性があるから、ひとりに関しては適度にちやほやする感じにしてもらうか。

 

「今日は喜多と後藤はバイト行っちゃったけど、山田は何も予定ないの?」

「いや、この後STARRYとレーベルにちょっと顔出しして新宿FOLTでバイトの助っ人で呼ばれてる。で、終わったらひとりと喜多さんと夜のお勉強会」

「朝も早く来て喜多と一緒に勉強してるし……最近のあんた、ちょっとハードスケジュール過ぎない?」

「今が一番忙しい時期だからね。あと三か月の辛抱だよ。あ、佐々木さんも勉強会参加する? 宿題の消化をメインでやってるから参加して損はないよ」

「んー……考えとく。テスト期間になったらお世話になるかも」

 

 我々はいつでも歓迎します。実際、この一年でひとりの悲惨すぎる成績も平均くらいにはなったからね。これ以上ない確かな実績だよ。

 

 えーっと、今日出てた宿題の中で明日までにやらなくちゃいけないのは……数学と古文。で、数学は昼休みの間にほとんど終わらせてるからそんなに時間はかからないな。

 

「やまだー」

 

 俺がノートをパラパラとめくりながらそんなことを考えていると、ふいに佐々木さんが俺のほっぺたに手を当ててきた。

 

「どしたね?」

「……やっぱほっぺた熱いって。熱あるんじゃない?」

「えー? 別に体調は悪くないけどなぁ……」

「体が怠くなくっても熱が出ることはあるでしょ? 今日はもう早く帰った方がいいんじゃない?」

 

 佐々木さんは両手で俺の顔を挟みながら、心配そうな表情でじーっと見つめてくる。別に強がりじゃなくて本当に熱っぽさとかないんだけどな。

 

「勉強会は早めに切り上げてちゃんと寝るようにするよ」

「ん、よろしい」

「手……離してくんないの?」

「ほっぺたモチモチしてて気持ちいい。癖になりそう」

「佐々木さんの手も冷たくて気持ちいいね」

「ウチは心が温かい人間だから手が冷たくなるんだ」

「じゃあ、手も心も温かい俺は完璧人間だな」

 

 その後しばらく佐々木さんが俺のほっぺたを弄んだり、俺の手をにぎにぎしていた。相変わらずボディタッチが激しいなこの子。

 

 それと、あんまり自覚症状はなかったけど佐々木さんがこうやって心配してくれたんだから今日は早めに寝るとするか。もしかしたら本当に体調が悪いのかもしれないし。

 

 そう結論付けて俺は佐々木さんに別れを告げてSTARRYへと向かうのだった。

 

 

 

 

 

「レンさん、おはようございます~!! あぁ~~~~!! 今日もお顔がお美しくて尊い尊い!! ルーブル美術館決定~~~~!!」

「おはようえれちゃん、初バイトがんばってね。俺は今日シフトに入ってないから教えられないけど……困ったことがあったらいつでも相談してくれていいから」

「はいっ! 誠心誠意がんばります~!」

 

 STARRYにやってくると、今日からバイトのえれちゃんと結束バンドの四人がいた。虹夏ちゃんが今後受験のためにバイトにあんまり入れなくなるからえれちゃんを新しく雇ったんだよね。暴走するのが玉に瑕だけど、コミュ力はあるからちゃんと自制心が働けば戦力になってくれるとは思う。

 

 姉貴とひとりは露骨に距離を取ってるけど。

 

 いや、確かに常時このテンションだと疲れるけど、えれちゃんって本当はすごく良い子だからね?

 

「今日のところはとりあえず……虹夏ちゃんに教えてもらえばいいから」

「日向さん、よろしくね」

「はい! えれ、コンカフェでもバイトしてるので接客は得意ですよ~」

 

 後で聞いた話なんだけど、えれちゃんはコンカフェでバニーコスやメイドコスをしているらしい。で、イライザさんがえれちゃんにかなり貢いでいるらしく、えれちゃんはバイト代でSICKHACKのグッズをたくさん買うから実質廣井さんの借金を支払っているという歪な経済の循環ができあがってしまったんだ。

 

「レンくん、私もいるんだけど?」

「あと、喜多さんの接客力()()()参考にしていいよ。それ以外は何一つ見習わないでね」

()()って何よ!? リョウ先輩の魅力を分かち合える同士なのに!」

「そこを一番見習ってほしくないんだよなぁ」

 

 喜多さんとえれちゃんという劇薬同士の化学変化はちょっと手に負えないからね。今日は虹夏ちゃんがいるからいいとして、他の日は俺がなるべくフォローに入るようにしよう。

 

「あ、虹夏ちゃん。とりあえず来月の練習やライブのスケジュールだけどこんな感じでいい? 問題なかったらこの後ストレイビートに行って司馬さんと軽く話をしてくるから」

「色々任せちゃってごめんね~。スケジュールはこれで大丈夫だよ」

「今が一番大事な時期だから。虹夏ちゃん達はバンドのことだけに集中してね」

「ありがとう。すごく助かるよ!」

 

 虹夏ちゃんが満面の笑みを浮かべてそう言った。うん、その笑顔だけで俺はまだまだがんばれる。

 

 さて、スケジュールも問題なかったから星歌さんに頼んで印刷してもらってストレイビートに行きますか。

 

「レン」

「どーした?」

 

 えれちゃんから物理的に距離を取っていた姉貴が俺に近づいてくる。そしていきなり俺の顔を掴んで背伸びをしたかと思うと、俺の額に自分の額を当ててきた。

 

「……ちょっと熱っぽい。今日は早く寝た方がいい」

「わかってる。今日は宿題も多くないから勉強会も早めに切り上げる予定だよ」

「……ん」

 

 姉貴は心配そうな表情で俺から顔を離す。姉貴が言うってことはよっぽどだな。今日はマジでさっさと寝よう。体調崩して倒れるとか洒落にならないし。

 

 うし、じゃあ次はストレイビートだな。

 

 

 

 

 

「司馬さんお疲れ様です。結束バンドのスケジュールができたんで、紙媒体と……データも送っておきますね」

「わざわざありがとうございます。どうですか? 彼女達の調子は」

「良い感じですよ。やっぱり普段と違う人達とセッションするって良い刺激になるんですね。みんなのモチベーションがかなり上がってます」

「それはよかった。喜多さんのメンタルも問題はなさそうですか?」

「はい。一時期思い悩んでいましたけど、今はすっかり元気になって楽しそうにギターを弾いてます」

「音楽に限らず、メンタルがパフォーマンスに与える影響は大きいです。今後も何かあったら小さなことでもかまわないので報告してください」

「わかりました~」

 

 事務所にやって来ると、中にいたのは司馬さん一人だった。今日はやみさんは休みなのかな? あ、やみさんといえば、この前酔っぱらった彼女を実家に送ってあげたら翌日にご両親からめっちゃ怒られたらしい。残当。よりによって未成年にお世話されるとかね。

 

「ちょっと見ない間にキッチンがゴミまみれになってる!?」

「後でやろう後でやろうと思いながら早数日……佐藤さんがいないといつもこうなるんです」

「せめてゴミの分別くらいはしましょうよ。洗い物も……あーあ、こんなに溜まっちゃって」

 

 空き部屋だけでなくキッチンも腐海に飲み込まれそうだったので、まずは片っ端から洗い物を片付けていく。その後は司馬さんにゴミの分別の仕方を教えて、ゴミの種類ごとにゴミ袋が違うので分別用の袋とゴミ箱等、必要なものをリストアップしてあげて後日購入するように伝えた。

 

「これはやみさんと一緒にどこかのタイミングで大掃除しないとな……まさかご自宅もこんな感じなんです?」

「これよりもっと酷いですね。なのでここ最近は自宅に戻らず事務所で生活しています」

「一日十五分でもいいから掃除する習慣をつけましょう! 効率の良いやり方を教えてあげますから!」

「結局続かないんですよねぇ……」

 

 司馬さんは諦めたように溜息を吐く。いや溜息を吐きたいのはこっちだから! 色々残念過ぎる! 家事ができる主夫力全開の彼氏でもいれば……いたら先に星歌さんに紹介してるよなぁ。

 

「わかりました。学校みたいに毎日十三時三十分になったら十五分間清掃する時間を作りましょう。司馬さんの場合、そうやってきっちりスケジュール管理した方がよさそうです。『食器類は使ったらすぐ洗う』『ゴミは分別してゴミ箱に捨てる』『オフィスに掃除機をかける』とりあえずこれだけやってください。他の部屋についてはやみさんと相談しながらやりますから」

「何から何まですみません。そういえば山田さんはこの後新宿FOLTでバイトなのですよね? よかったら一本持って行ってください」

「冷蔵庫が栄養ドリンクまみれ!?」

 

 レッドブルやらモンエナやら眠眠打破やらが冷蔵庫にぎっしり詰め込まれていた。冷蔵庫の中身だけでこの業界がいかにブラックかがわかる。こんなのばっかり飲んでたら糖尿病になりますよ!

 

「ご飯は普段どうしてるんですか?」

「コンビニかウーバーの二択です。料理は全くできないので!」

「胸張って言わないでください!! これもやみさんと相談するかぁ……一週間の献立を考えて、俺とやみさんで交代で料理当番をやって……」

 

 俺が思ってたレーベルのバイトと違う気がする。いやでもこんな私生活ダメダメな司馬さんを放っておけるわけないじゃん。今は若いからこんな生活でも大丈夫だろうけど、あと十年もすれば体の中がぼろぼろになっちゃうよ。

 

 とりあえずやみさんにロインしとこ。やみさんあれで結構女子力高いし。

 

 そして俺は冷蔵庫からモンエナを一本取り出し、それを飲みながら新宿FOLTへと向かうのだった。やっぱモンエナはピンクが最高だな。

 

 

 

 

 

 

「山田ちゃ~ん、今日もお疲れ~! これ、先月のお給料と明細ね。今月もよろしく~」

「お疲れ様です吉田店長……って、あれ? なんか給料多くないですか?」

「山田ちゃん、すごくがんばってくれてるから時給アップしておいたのよ。これ、新しい契約書だから必要事項を記入して次の出勤の時に持ってきてちょうだい」

「ありがとうございます!」

 

 新宿FOLTでのバイトを終えて、吉田店長から給料と書類を受け取る。時給アップやったぜ。さすが新宿FOLT! STARRYより金払いいいよなぁ~。もうちょっとこっちのシフト増やして……いや、やめておこう。今でさえ結構スケジュールがカツカツなんだし。というか、バイト代が貯まる一方で使う暇がないんだよ!

 

「山田しょうね~ん、お疲れ~。今日のライブどうだった~?」

「廣井さん……そうですね。演奏は最高でしたよ、演奏は」

「えへへ~でしょでしょ~?」

「日本酒シャワーとかとち狂ったことしなければね。志麻さんがブチ切れてましたよ」

「いやぁ~テンション上がっちゃってね~。お客さんにぶっかけたくなっちゃったんだよ。それと、志麻は私が毎度毎度キレさせてるおかげであの技術を身につけられたんだから。『志麻はワシが育てた』って後方支援者面していいくらいだよ~」

「廣井さんがぶっ壊した機材その他諸々……合計したらいくらになると思います?」

「山田少年、世の中には知らない方がいいことだってあるんだよ」

「目を背けたって廣井さんの借金は減らないですからね」

 

 というか、ライブ後の反省会というかミーティングがあるんじゃないんですか? ああ、逃げ出してきたんですね。そういうことばっかりするから「真のリーダーは志麻さんだ」なんて言われてるんですよ。実際、俺もSICKHACKに用事がある時は廣井さんじゃなくて志麻さんに連絡するし。

 

「レーン! お疲れさま~! この後打ち上げ行くけど来る? 串カツが美味しいお店を見つけたんだヨ~!」

 

 イライザさんがぱたぱたと小走りで駆け寄ってくる。ああ、廣井さんで荒んでしまった心が癒される。ほんとにイライザさんは可愛いね。好き。

 

「お誘いはありがたいんですけど、今日は早めに帰って寝ようと思ってますので次の機会に……」

「えー……残念だナ~。一緒に串カツ食べたかったのに~」

「また今度一緒に食べに行きましょうね」

「うん!」

 

 イライザさんがにぱーっと笑ってくれた。いやほんとにね、一緒に行きたいのは山々なんですよ。でも佐々木さんとか姉貴が心配してくれたから早めに帰らないとね。

 

 その後、楽屋からキレながら現れた志麻さんを宥めつつ、SICKHACKの三人が打ち上げに行くのを見送るのだった。

 

「レン、お疲れ」

「お疲れ様ですヨヨコ先輩……今日ライブを観に来たのって先輩だけですか?」

「そうよ。他の三人はあくびの家でゲーム大会をやってるらしいわ」

「ゲームといえば、オオツキンのバイオ実況観ましたよ。めっちゃ再生数よかったじゃないですか! さすがですね先輩。他人の企画でもこんなに大成功するなんて」

「そ、そう? あ、ありがとっ……」

 

 正確には()()()()()()()()才能が開花しないんだけどね。でも、それを素直に言うと先輩が拗ねちゃうから絶対に言わない。先輩は変に面白いことをやろうとしなくてもギターを弾いて歌ってるだけで再生数稼げるのにな。

 

「そういや、前に志麻さんから聞いたんですけど、SIDEROSってマネージャーを雇ってるんですってね」

「ええ。私達だけじゃ管理しきれない部分も出てきたから。結束バンドだってある程度はレーベルに任せているのでしょう?」

「ですね~。虹夏ちゃんは受験生だし、他の三人はそういうのできないから……」

 

 できるところは大体俺と虹夏ちゃんでやっちゃってるけどね。で、スケジュールが完成したら俺から司馬さんに結束バンドの近況報告も兼ねて連絡する感じになってる。

 

「あなた大丈夫? ちょっと働きすぎなんじゃない?」

「確かに忙しいですけど、充実してて楽しいですよ。俺自身、勉強になることがたくさんありますし」

「あなたのそういう姿勢は良いと思うけど……同時に社畜の素質があり過ぎて心配になるわね」

「……働き始めたらみんな社畜になるんです。四十年以上の刑期があるんです」

「そんな悲しいこと言わないの!」

 

 でも、バンドマンとして一山当てたら社畜になることもないんだよね。その「一山当てる」のハードルが死ぬほど高いことを除けば、だけど。そもそも、好きな事だけやって食っていけてる人が世の中にどれだけいるのかって話だ。

 

「本音を言うとね……」

「本音?」

 

 大槻先輩がぽつりと呟いた。

 

「マネージャーを雇おうとした時、まず最初にあなたに声をかけようと考えていたのよ」

「え? そうだったんですか?」

「ええ。あなたの人となりはよく知っているし、安心して仕事を任せられそうだったから。でも……」

「でも?」

「結束バンドに熱を上げてるみたいだから言い出せなかったのよ」

「あー……それについては、はい。否定のしようがございません」

 

 ヨヨコ先輩がそんな風に考えてるなんて知らなかったな。俺もSIDEROSのメンバーが集まるまでは色々お手伝いしてたけど、メンバーが集まってからは安定した活動ができてたから安心してたんだよね。それに比べて結束バンドは色々不安定な部分があったからそっちのお手伝いばっかりやってて……

 

「あ~あ、私の方が結束バンドより先にあなたと出会ったのになぁ~」

「そ、そんな拗ねたような言い方しないでくださいよ。そもそも俺は下北でバイトしてましたし、SIDEROSは俺がお手伝いしなくても何も問題なかったじゃないですか。あと、最初は姉貴と虹夏ちゃんだけだったから不安で……いや喜多さんとひとりもすごく手がかかる子だから……」

 

 ヨヨコ先輩がわざとらしく頬を膨らませて拗ねたような表情で見上げてくる。可愛いけどそういう言い方をされると罪悪感を刺激されますって。

 

「ふふっ、冗談よ。……半分はね」

「もう半分は何なんすか?」

「もう半分は本気だったわよ? 私はね───あなたが欲しかったの」

 

 ヨヨコ先輩は顎に手を当てて小悪魔気味に笑いながらそう言った。こらっ! どこでそんなあざとい仕草覚えてきたんですか!? 

 

 絶対イライザさんかふーちゃんの影響だな!

 

「そういう台詞……耳が真っ赤じゃなければもっと効果的でしたね」

 

 俺がそう言うとヨヨコ先輩は顔を赤くして俺をぽこぽこ叩いてくる。先輩はそんなあざといことしなくても十分可愛いんですから。あ、でもこうやって空回って恥ずかしそうにしてる先輩も実に趣深いね。

 

「でも、あなたにマネージャーをやってほしかったのは本当よ。今後、私達も結束バンドもどうなるかわからないけれど……いざとなったら養ってあげるから考えてみてちょうだい」

「将来はヨヨコ先輩のヒモか~。そういう人生も悪くないですね」

「仕事はちゃんとしてもらうからね!」

 

 でもヨヨコ先輩はなんだかんだ面倒見が良いからヒモの素質があるクズ男にひっかかりそうで怖いんだよね。……あくびちゃんがいるから大丈夫か。それに、最悪の場合は志麻さんや星歌さんと一緒に『ヨヨコ包囲網』を作ってクズ男を抹消すればいい。

 

「そ、それで……レン。こ、この後はどうする? よ、よかったらご飯でも一緒に食べに行ってあげてもいいけど?」

 

 ヨヨコ先輩は腕を組んでチラチラ横目で俺の様子をうかがいながらそんな提案をしてきた。うぐっ……ふ、普段なら二つ返事で了承するんだけど今日は早く帰るって決めてるし、イライザさんの誘いも断っちゃってるし……

 

「ヨヨコ先輩……お誘いはすごく、ものすごーく嬉しいんですけど……今日は色んな人に体調を心配されたので早く帰って寝ようと思ってるんです。本当にごめんなさい!」

「そ、そう……残念ね」

「また一緒にご飯行きましょうね! 絶対誘いますから!」

「ええ」

 

 ヨヨコ先輩がちょっとショックを受けたような表情になる。罪悪感が……罪悪感が酷いよぉ……

 

「でも、言われてみれば確かに……少し顔が赤いわね」

 

 俺が内心土下座していると、ヨヨコ先輩はすぐに不安そうな表情になって俺の額に手を当てた。

 

「って、熱っ! あなた、これ絶対熱あるわよ! こんな状態で仕事してたの!? もういいからさっさと帰ってお風呂入って温かくして寝なさい!」

 

 ヨヨコ先輩にそう言われると、途端に体が異常に火照っていることを自覚した。

 

 あれ? さっきまで全然平気だったのに全身が気怠くて頭もフラフラしてきたような……

 

「ヨヨコ先輩の手、ひんやりしてて気持ちいい……」

 

 あ、やばい。身体に……というより足に力が入らなくて、立って……いられない……

 

「いやいや! 私の手は別に冷たくないからね!? 平熱よ平熱! これを冷たく感じるってかなり重症よ!? あなたの家は下北だったわよね? 送って行ってあげるから早く支度しな───」

 

 ヨヨコ先輩はそう言っていたけど先輩の言葉が最後まで俺に届くことはなく、俺が意識を失う瞬間に感じたのは、先輩の甘い香りと柔らかさだった。

 

 

 

 

 

「あ……れ……?」

「起きた?」

「ヨヨコ、先輩……?」

「じっとしてなさい。急に倒れるんだからびっくりしたわよ」

「ここ、どこ……です、か?」

「奥の仮眠室。店長が時々泊まり込みで仕事をするときに使っているの」

 

 レンが倒れてから約三十分後、彼は仮眠室のベッドの上で目を覚ました。私に向かって急に倒れてきた時は何事かと思ったけど……抱き止めた時にレンの体がものすごく熱かったのよね。あやうく私も倒れるところだったわ。

 

「熱を測ったら三十八度を超えてたのよ? よくもまあそんな状態で仕事ができたわね」

「そんなにあったんですか? 全然気付かなかった……」

「ご両親には連絡してあるから。もうすぐ迎えに来てくれるわよ」

「あ……ひとり達にも連絡しないと……今日は勉強会できないって……」

「お姉さん経由で伝えてもらっているから大丈夫よ。とにかくあなたは水分取っておとなしくしてなさい。ほら、ポカリ飲める?」

「ありがとうございます……」

 

 レンが眠っている間に近くのコンビニでスポーツドリンクやゼリーなどを買っておいた。ご両親がお医者さんだから薬は買わなかったけど……多分、ただの過労よね? 風邪を引いてるって感じじゃないもの。

 

 私はポカリのペットボトルのふたを開けて、上半身だけを起こして呼吸を荒げているレンに渡してあげる。彼は顔を赤くしたまま小さな声で私にお礼を言ってポカリを飲み始めた。

 

「ゼリーはどう? 食べられそう?」

「あんまり食欲ない……」

「でも、少しでもお腹に何か入れておいた方がいいでしょ? ほら、食べさせてあげるから口開けなさい」

「……恥ずかしい、です」

「病人が生意気言ってんじゃないわよ。それに、今は私と二人きりなんだから恥ずかしいも何もないでしょう」

 

 レンは珍しく狼狽している、というより少しあわあわとしている様子だった。別にこのくらいのこと、普段のあなたなら恥ずかしがったりしないでしょうに、何を今日はそんなに照れてるのよ。

 

 ……私も変に意識しちゃうじゃない。

 

 一瞬だけそんなことを考えてしまったので、思考を切り替えるためにスプーンでゼリーを一口分すくってレンの口元に運んだ。レンは少しだけ躊躇していたけど、観念したのか目を瞑って口を開けた。

 

「美味しい?」

「……うん」

 

 いつもとは違う反応。随分しおらしいというか従順というか……

 

 ああ、そうか。レンは普段すごくしっかりしているから失念していたけど、彼は()なのよね。姉があんな感じだから姉弟が逆転しているように見えるけど……今のレンはどこからどう見ても年下の男の子で、姉の言うことに素直に従う弟だった。

 

 私にも妹がいるからよく分かる。

 

 レンがこんな状態にもかかわらず……いや、こんな状態だからこそ、ね。私は今の彼に対してとても強い庇護欲を感じてしまっていた。

 

「……ごちそうさま」

「はい、お粗末様。あとはご両親が迎えに来るまで横になってなさい」

「うん」

「熱さまシートは交換する?」

「まだ大丈夫」

 

 彼は頬を紅潮させて、とろんとした甘い目つきで私を見ながら答えた。……ちょっとその表情はやめなさい。思いっきり抱きしめて頭撫でてあげたくなっちゃうから。

 

「少し、寝る」

「そうしなさい。お迎えが来るまでそばにいてあげるから」

「……ありがと」

 

 レンは弱弱しくふにゃりと笑ってそう言った。そんな彼の表情に少しだけドキッとするも、彼は私の内心になんて微塵も気付かず、ほどなくして穏やかな寝息が聞こえてきた。

 

 安心しきった表情で、いつもとは違うあどけない表情で、年齢よりも幼く見える表情で眠るレンの髪にそっと触れ、優しく撫でる。

 

 彼と出会って二年以上……まさか最初に会った時は、こんな風に彼の無防備な寝顔を見るような関係になるなんて微塵も思わなかった。

 

 彼と出会ったのは、路上ライブ。何度目かわからないSIDEROSのメンバー脱退で、私一人で活動していた時のこと。

 

 そんな独りぼっちだった私に、レンが声をかけてくれた。子供の様に純粋なキラキラした瞳で私の演奏を観てくれた。

 

 そんな、本当に偶然の、出会い。

 

 あれから二年。本当に色々なことがあった。メンバーと上手くやっていくためにはどうすればいいのかたくさん相談したし、今のメンバーを集めるためにもたくさん協力してもらった。

 

 結束バンドと出会って、すごいギタリストと出会って、たくさん切磋琢磨して。

 

 たくさん遊んだ。みんなで江の島にも行った。彼の学校の文化祭を二人きりで回った。クリスマスライブの後にこっそりプレゼントをあげた。バレンタインでは、私が一方的な勘違いをして冷たい態度を取って逃げ出しちゃった……だけど、それでも彼は私を見つけてマフラーを巻いてくれた。

 

 そして、そして、そして……

 

 

 

「好きよ、レン」

 

 

 

 私に知らない感情を教えてくれた。

 

 初めての感情を教えてくれた。

 

 

 

「大好き」

 

 

 

 私は、眠っている彼の頬に手を添えて、誰にも聞こえない声量で小さく呟く。

 

 認めよう。

 

 私は恋をした。

 

 あなたに───山田レンに恋をしました。

 

 いつからこんな感情を抱いていたのかはわからない。いつの間にか抱いていて、それでも目を背けて心の奥底に隠し続けてきた感情。

 

 あなたの笑顔を見ていると、心が温かくなって、そばにいると安心して、でもちょっとだけドキドキして。

 

 ずっとずっと、私だけを見てほしくて。

 

 あなたの隣にいるのが私だけでありたくて。

 

 だけど、あなたの隣にはいつもいつも()()()がいた。

 

 ねえ、気付いてる?

 

 あなたがあの子を見ている時、あなたは他の誰にも向けないような優しい笑顔をしているのよ。

 

 ねえ、気付いてる?

 

 あの子があなたを見ている時、あの子は他の誰にも向けないような安心した笑顔をしているのよ。

 

 そんな笑顔、私以外の誰にも向けないで。

 

 あらためて、気づいた。

 

 私はこんなにも独占欲が強い女なんだな、と。

 

 それがなんだかおかしくて、私は一人で小さく笑った。

 

「ねえ、レン」

 

 私は彼の名を呼んだ。

 

「未確認ライオットが終わったら───」

 

 私はあなたに打ち明けるわ。

 

 私の本当の気持ちを、全部全部全部───

 

 そんなことをすると壊してしまうかもしれない。

 

 彼との関係を。

 

 そんなことをすると失ってしまうかもしれない。

 

 彼との思い出を。

 

 だけど、だけど、だけど……

 

 本当に、どうしようもないくらい

 

 私はあなたのことを好きになってしまった。

 

 あなたが私のことをどう思っているのかはわからない。

 

 だけどそんなの関係ない。

 

 私は必ず───あなたにとっての一番になってみせる。

 

 そう、これは宣戦布告。

 

 あなたに対しての。

 

 ()()()に対しての。

 

「だから───」

 

 私は眠っている彼の顔に自分の顔を近づける。

 

 女の私が羨ましく思えるくらい綺麗な顔立ち。今までに一度も経験したことがないほどの至近距離にある彼の顔を見て、私の心臓がドクンと跳ねる。

 

 そして───

 

 私は彼にキスをした。




 アクセル全開超絶本気のヨヨコ回!

 次回はぼっちちゃんのターンになります。原作イベントの遊園地回です!

 ではでは、評価、感想、ここすき、誤字報告等ありがとうございました!

 次回もよろしくお願いします!

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