【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#08 週末の大通りを大槻が歌う

「じゃあ、打ち合わせとリハーサルの通りにやりましょうか。緊張するかもしれませんが、こればっかりは慣れるしかありません」

「え、ええ……。ライブ前の緊張に比べたら全然だけど、その……」

「その?」

「なんで姐さん達もいるんですか!?」

 

 SICKHACKの人達と知り合いになってから、そのままライブハウス内のテーブルを借りて、俺が昨日作ってきた簡単な台本を渡して打ち合わせをした後、撮影のためにスタジオへとお邪魔していた。

 

「えー、だってなんか面白そうだし」

「私もオーチューバーに興味ある!」

「ヨヨコがバンドメンバー以外の同年代の子と仲良くしている姿に目頭が熱くなって……」

 

 廣井さん、イライザさん、志麻さんの反応である。……志麻さんの反応が完全に保護者のそれで草生えますよ。

 

 そこでふと、俺は気付いた。ああ、俺も傍から見ればあんな風に思われているんだな、と。……俺、志麻さんと美味い酒が飲めそう。あ、成人したら虹夏ちゃんも誘って三人で飲み会するのもいいね。

 

 あ、そうそう。イライザさんと志麻さんは呼び方はフランクでいいとのことだったのでお言葉に甘えています。廣井さん? なんとなく廣井さんは名前で呼ぶよりも名字の方がしっくりくるんだよね。

 

「ひ、人に見られると余計に緊張するわ……」

 

 人前でライブするのと、カメラを向けられるのとでは勝手が違うんだろうな。しかも今回はある程度トーク力も必要になってくるし。……まあ、大槻先輩が一人で無理だった時のプランは考えてある。さっき思いついただけの付け焼刃ともいうけど。

 

「このカメラってレンの私物?」

「そうです。一応俺も動画投稿しているので」

「え、そうなの? どんな動画?」

「筋トレ動画とキャンプ飯動画とゲーム実況、あとはお絵描き動画ですね。まあ、大したことないですよ。自分の趣味を垂れ流しているだけですから」

 

 このカメラもお年玉やお小遣い、バイト代を貯めて買ったんだ。十五年の中で一番高額な買い物だから大事にしようと思います。

 

 動画の収益? ギターヒーローさんには及びませんよ。

 

「大槻先輩、ライブと違って動画は何度でも撮り直せるし編集でいくらでも誤魔化せますから。撮影者の俺にギターを教える感覚でやりましょう」

「わ、わかったわ……。とにかくやってみましょう!」

 

 うん。それでこそ大槻先輩。ビビりながらも一度決めたら真っ直ぐ突き進むその姿勢。今後も忘れないでくださいね。

 

「じゃあ、カウントしますね。3、2、1、スタート!」

「み、みなさんこんにちは。し、SIDEROSの大槻ヨヨコです。きょ、今日はギターを買ったけど何から始めていいかわからない人達のために、初心者講座をやろうと思います」

 

 こうして第一回目の撮影が始まりました。緊張して引き攣った表情で、ところどころ噛みながらも大槻先輩なりに精一杯視聴者に説明しようという気持ちが伝わってくる。

 

 撮影が始まると、さすがに廣井さんやイライザさんもおとなしくしており、志麻さんにいたっては小学生の娘の発表会を見る母親のような表情になっていた。……ドラマーはママ属性がないとダメっていう法則でもあるのかな?

 

 そんなことを考えながら、撮影自体は台本通り問題なく進んでいく。大槻先輩ってギターや歌だけじゃなくて勉強もできるから、台本の内容もあっという間に覚えちゃったんだよな。

 

「こ、今回は以上です。次回はタブ譜の読み方と二つ目のコードAadd9をやっていくわ。よかったらまた観てちょうだい。……ご視聴ありがとうございました」

 

 大槻先輩がぺこりと頭を下げて撮影を終了する。動画の長さは十分程度。あまり長いと最後まで観られない上に大槻先輩の負担が大きい。逆に短すぎると大槻先輩がどういう人か伝わらない。

 

 色々考えた結果、このくらいの時間がちょうどいいと思いました。

 

「お疲れ様です。お水どうぞ」

「あ、ありがとう……。どうだったかしら?」

「初めてにしては上出来ですよ。台本の内容が飛んだりすることもなかったですし」

「そ、そう? でも、初めてにしては……ってことは───」

「一回観てみましょうか。その方が早いです」

 

 ということで、大槻先輩の初体験動画をみんなで観ることにします。

 

「が、ガッチガチの棒読み全開じゃない……」

「いや、ヨヨコはよくがんばった! 感動した!」

「志麻は泣きそうになってたもんね~」

「志麻~。ママって呼んでいい?」

「だったら酒やめろ不良娘」

 

 大槻先輩は自分の失態にかなりショックを受けているみたいです。いや、最初は誰だってそんな感じですよ。トップオーチューバーだって最初から上手く話せたわけじゃないですし。何度も何度も収録し直して、使える部分を編集して面白い動画にしているんですから。

 

「大槻先輩。これは慰めでも気遣いでもない俺の本音ですからよく聞いてくださいね」

「え、ええ……」

 

 俺は落ち込んでいる大槻先輩に目線を合わせるようにしゃがみこんで話しかける。

 

「正直、俺はもっと悲惨なことになると思ってました。ぶっちゃけ、通しで最後まで撮影できないだろうと」

 

 絶対台本の内容とか忘れて、一回は撮影自体が中断するだろうと思ってました。というか、俺も自分の最初の動画撮影はそんな感じだったし。

 

「一回目の撮影でこれだけできれば上出来です。……よくがんばりましたね」

「山田……」

「でも、動画のレベル的には底辺も最底辺なので撮り直しです」

「上げてから崖下に突き落としていくスタイル!!」

 

 そらそうよ。こんなもん投稿したって人となりは伝わらないですからね。ただの「緊張した棒読みの人」って印象しか残らないですから。

 

「でも、このデータは使えそうなので残しておきます」

「……何に使えるのよ」

「SIDEROSのメンバーが集まった時に『大槻先輩って今はこなれたベテラン感を出してるけど最初の動画撮影はこんな感じだったんだよ~』って教えてあげたいので」

「メンバーに恥晒すだけじゃない! 今すぐ消せーっ!」

 

 大槻先輩がカメラを奪おうとしたので、俺は手を高く上げて大槻先輩の手が届かないようにする。俺の目の前でぴょんぴょん飛びながらカメラを取ろうとする先輩はとても可愛かったです。

 

 あと、緊張も良い具合にほぐれましたね。ふっ、全て計算ずくよ。

 

「じゃあ、二回目の撮影をしようと思うんですけど……ここで一つ俺に提案があります」

「提案?」

「はい。……志麻さん、ちょっといいですか?」

「私か?」

 

 俺が声をかけると、少し離れたところにいた志麻さんが俺の隣にやってくる。

 

「さっきは大槻先輩一人でカメラに向かって喋るだけだったので、今度は志麻さんに先輩の横に座ってもらって、志麻さんにギターを教える感じで撮影しようかと」

「つまり……私もヨヨコの動画に出演すると?」

「そういうことです。一人で喋るよりも、明確な相手がいた方が大槻先輩もやりやすいと思って」

「なるほどな」

 

 これが俺の考えていたもう一つのプラン。志麻さんに手取り足取り丁寧に教える感じにすれば、視聴者に良い印象を与えられるだろうし、何よりカメラを向けられるのが二人になるから大槻先輩の精神的負担がかなり減る。

 

「そういうことなら、協力を───」

「えー! 志麻だけずるーい! 私もオーチューバーになりたいー!」

 

 話がまとまりかけたところで、イライザさんが駄々っ子のようなことを言い始め、俺達の方へ近づいてきた。……あなた確か成人してましたよね?

 

「イライザさんはギター弾けるじゃないですか。動画のコンセプト的に、ギターをできない人に教える方が自然なんですよ」

「えー……でもぉ……」

 

 うぎぎ……そ、そんな悲しい目で見ないでください。俺の庇護欲が、庇護欲が爆発して全力で甘やかしてしまう。これはあくまで大槻先輩のための動画。イライザさんを喜ばせるためのものじゃ───

 

「……ダメ?」

「───わかりました。こうしましょう。初心者講座には志麻さんに出演していただいて、イライザさんと大槻先輩の二人で演奏する動画も後で撮影します。……これで納得してもらえますか?」

 

 俺はさっき大槻先輩にやったみたいに、イライザさんの目線に合わせて体勢を低くしてそう言った。なんか、子供をあやしてるみたいだな……。

 

「えへへっ。アリガト! レンって優しいネ♪」

 

 いや、甘いだけだと思います。でも仕方ないでしょ。年上の金髪巨乳美人に可愛くおねだりされて断るのは男として終わってるんだから。

 

「よーし。それならきくりお姉さんも大槻ちゃんのために一肌脱いで~」

「あ、酔っ払いが出ると動画のコメント欄が荒れる元になるのでお気持ちだけで」

「山田少年が私にだけ冷たい!」

「いや、常識的な対応だろ」

 

 志麻さんのツッコミが炸裂する。意地悪とかじゃなくてマジですからね。せっかく面白い動画なのにコメント欄が荒れたせいで投稿者が病んで動画の続きが観られなくなった例が無数にあるんですから。

 

「あ、先輩すみません。勝手に話を進めちゃって……」

「いいわよ。私も一人より、実際に誰かに話す方が気が楽だもの。……志麻さん、よろしくお願いします」

「こちらこそ。私は本当に初心者だから、変に演技しなくていいから楽だな」

「ギターは私の貸してあげる~」

 

 という感じで、志麻さんがイライザさんからギターを借りて第二回目の撮影を始めます。

 

 

 

 

 「───今回は以上よ。また次回もよろしくね」

 

 約十分後、二回目の撮影が終了する。……うん。さっきとどっちが良いのかというと、比べるまでもないですわ。

 

「二人とも~。すっごく良かったヨ~!」

「大槻ちゃんもかなり自然に喋れてたね~。ここまで変わるなんて……私ちょっと感動しちゃった」

「そ、そうですか。ありがとう、ございます」

「私もすごく勉強になった。ヨヨコは教えるのが上手いんだね」

「い、いえ……そんなことは。志麻さんが隣にいてくれてすごく安心したからです」

 

 なんだ。大槻先輩ってちゃんと他のバンドの人達ともコミュニケーション取れるじゃん。やっぱり、普段のこういう感じをバンドメンバーが知ってくれれば問題はなさそうだね。

 

「二人ともお疲れ様です。ギター講座動画はこの方向でいこうと思いますが、いいですか?」

「ええ。私もその方がいいわ。志麻さんのご迷惑でなければ」

「迷惑なんかじゃないさ。SICKHACKの宣伝にもなるし、後輩のがんばりを支えるのが先輩だろ?」

 

 志麻さんはそう言って大槻先輩の頭を優しく撫で、先輩は恥ずかしそうに頬を赤く染めていた。

 

 何やこの人イケメン過ぎひんか!? 虹夏ちゃん並みの母性とイケメン属性を兼ね備えてるって……こんなんもう反則だろ。女性ファンが「志麻様」って呼んでる理由に納得しかない。

 

「じゃあ、細かいところを修正したいんで、十分ほど休憩したらもう一度打ち合わせして撮影を再開しましょう」

「わかったわ」

「ねえねえレン。私、ヨヨコと何を弾けばいいかな~?」

「それは先輩と相談してください。流行りの曲でもSIDEROSの曲でもSICKHACKの曲でもなんでもいいですよ」

「アニソンは?」

「あ、アニソン? 大槻先輩がよければ、別に俺は……」

「ねえねえヨヨコー。私、やりたいアニソンがあるんだけど~」

「どんな曲ですか?」

「えっとネ~」

 

 イライザさんは嬉しそうに大槻先輩にアニソン動画を見せている。あとで聞いた話だけど、イライザさんはアニソンコピーバンドをやりたいがためにイギリスからはるばる海を渡ってきたらしい。行動力の化身だな。

 

「大槻先輩はやりたい曲ってありますか?」

「私は自分達の曲をやりたいわね」

「なるほど……じゃあ、アニソンはイライザさんと二人。SIDEROSの曲は先輩のソロということでいいですか?」

「ええ。問題ないわ」

「やっとアニソンを演奏できるよ~」

 

 イライザさんってほんと子供っぽいな。良い意味で。……虹夏ちゃんと同じでたくさんの(男達の)悲劇を生み出してきたんだろうなぁ。

 

 そんな感じで、SICKHACKの人達と談笑しながら交流を深め、その日の内に「初心者講座」と「弾いてみた動画」の撮影を終えることができた。

 

「じゃあ、今日中に編集して投稿しておくんで、明日は路上ライブがんばりましょう!」

「ええ。今日はありがとう。……明日もよろしくね、山田」

「山田くん。いつでも遊びにおいで。あと、ドラムをやりたくなったら絶対に私に連絡ちょうだい」

「またね~レン。今年の冬にはお絵描きのお仕事お願いするから!」

「今度STARRYに遊びに行くから先輩によろしく~」

 

 大槻先輩とSICKHACKの人達に見送られながら俺は新宿FOLTをあとにする。

 

 やっべ。廣井さんが星歌さんと知り合いなことすっかり忘れてた。……こんなん絶対姉貴と遭遇するやん! 虹夏ちゃん助けて……。

 

 俺はSTARRYにおける「対廣井きくり作戦」について考えながら帰路につくのだった。

 

 

 

 

「姉貴姉貴。これなーんだ?」

「そ、それはまさか……SICKHACK全員のサイン!!」

「欲しいか? これが欲しいんか?」

「欲しいですくださいお願いしますレン様何でもしますから一生のお願い!!」

「……一生のお願い、今週だけで何回目?」

「三っ!!」

「頻度が蝉の寿命以下!!」

 

 結局額縁に入れて姉貴の部屋に飾ってあげました。……なんだかんだ、俺も姉貴に甘いよな。

 

 

 

 

「あれ? 大槻先輩早いですね」

「……早めの行動でライブに向けてのモチベーションを高める時間を多く確保しているだけよ」

「早めに目が覚めて家でじっとしていられなかったんすね」

「……そんなことないもん」

 

 翌日、路上ライブをする予定の場所にやってくると、すでに大槻先輩がいて機材の準備を始めていた。俺も途中のコンビニで差し入れとか買ってたから、時間に余裕をもって早めに来たつもりだったのに。

 

「フライヤーも、とりあえず三十枚くらい刷っておいたわ」

「うっす。あと、これ差し入れです。どーぞ」

「……ありがと」

 

 俺がお菓子やら飲み物が入ったコンビニの袋を渡すと、大槻先輩はペットボトルのジュースを取り出して一口飲んだ。緊張すると喉乾くよね。それに、ボーカルは喉が命だから大事にしないと。

 

「お~。二人ともやってるね~」

 

 俺も準備を手伝おうとしたところで、舌っ足らずな甘い声が聞こえてきた。聞き覚えのあるその声に、俺はちょっとだけ表情を引きつらせながら振り返ると、そこには思った通りの人物───廣井さんがいた。

 

「姐さん!? なんでここに!?」

「え~? だってこの場所を教えてあげたのは私だよ~? だから応援に来てあげたんだ~」

 

 ああ、なるほど。だからピンポイントでここにやってこれたのね。応援に来てくれるっていう気持ちはすごくありがたいですけど……お酒が入ってなかったらなぁ。

 

「志麻さんやイライザさんは?」

「え? いないよ?」

「もしかしなくても……今日、スタ練だったりします?」

「練習よりも可愛い後輩を応援する方が大事だよ」

「練習サボる口実とかじゃないですよね?」

「……君のような勘の良いガキはうんぬんかんぬん」

「もしもし志麻さんですか? 今廣井さんがですね───」

「待ってお願い電話をしまって山田様一生のお願いです何でもしますから許してください!」

 

 俺が志麻さんに電話をかける()()をすると、廣井さんが涙目で縋りついてきた。この反応、姉貴と全く同じだな!! やっぱりベーシストってろくなのがいねえ! 

 

 くっ……大槻先輩のためにもどうにかしてまともなベーシストを発掘せねば。

 

「じゃあ、その辺の通行人さん達にフライヤー配るの手伝ってください。半分は俺がやりますから」

「そのくらいならお安い御用だよ」

 

 ほんとに大丈夫かなこの人。

 

「すみませーん! これからこの子が路上ライブやりまーす! お時間ある人は聴いていってくださーい!」

 

 廣井さんは物怖じしないでガンガン通行人に絡んでフライヤーを渡していく。あの様子なら心配なさそうだね。まあ、大槻先輩は廣井さんにとって可愛い後輩だし、その後輩の舞台を邪魔するようなことはしないか。

 

「今から路上ライブやりまーす! よろしくお願いしまーす!」

 

 俺も廣井さんがいる場所とは反対側の歩道で声をかける。……こういうとき、顔が良いってめちゃくちゃ武器になるんだよな。初々しいイケメン高校生が笑顔で手作りフライヤーを配ってる。

 

 そうすると、興味がなくてもとりあえず受け取ってくれるって人が結構いるから。特に女性。

 

「おにーさんすみません。ウチにも一枚もらえますか?」

「はい、どうぞ」

「ありがとうございます」

 

 フライヤーが残り五枚くらいになったところで、黒いマスクをした銀髪の少女に声をかけられた。……なんか、バンドマンっぽいパーカー着てるな。いや、俺の偏見かもしれないけど。

 

「あのー……もしかして、楽器やってたりします?」

「え? ああ、ドラムやってるっす。ただ、メンバーが集まらないんでバンドは組めてないんすけど」

 

 はい、いきなりバンドメンバーガチャで一番排出率の低いドラムを引き当てました!! さすが俺!! さすがの豪運!! 絶対に逃がさんぞ……!!

 

 とはいえ、出会い頭にがっついて勧誘すると引かれるので、あくまで自然な会話を装いつつ先輩の演奏を聴いてもらいましょう。

 

「そうなんですか? 実は、あの子も今バンドメンバー募集中なんですよ。よかったら、演奏聴いていってください」

「……そーっすね。ウチもあの人に興味ありますし」

 

 なんかその口ぶり……大槻先輩のことを知っているみたいだね。まあ、先輩はSIDEROSとして活動するのは三年目だから知ってる人が通りかかってもおかしくはないけど。

 

 俺が思考を巡らせていると、銀髪ドラマーちゃんは大槻先輩の方へ近づいて行った。

 

 あの子、メンバーに入ってくれないかなぁ……。

 

 そして俺は残りのフライヤーを全部捌いて大槻先輩の方へと戻ろうとしたけど、俺があんまり近くにいると先輩が緊張するかもしれないので、廣井さんと一緒に大槻先輩の視界からは外れないかつ、近すぎないポジション取りをする。

 

 廣井さんもフライヤーを全部捌ききったみたいだな。

 

「思ったより人が集まりましたね」

「新宿にもバンドマンは多いからね。通行人の中には意外と耳が肥えてる人がいるし、バンドを辞めちゃった人達もいる。そういう人達ってね、がんばっている若者を応援したくなるものなんだ」

「やけに実感こもってますね」

「私もその一人だからね」

「……廣井さんもまだ若いでしょ?」

「あれ? もしかして口説いてる?」

 

 廣井さんの軽口に俺が無言でスマホを取り出すと、思いきり手首を掴まれた。この人の扱い方がわかってきた気がする。……なんか俺の周り、操縦が必要な面倒臭い女の人が多過ぎない!?

 

「それよりも、聞きたいんだけどさ。君は本当に大槻ちゃんのお友達なわけ?」

「友達じゃないって言ったら大槻先輩が泣きますよ」

「いやいや、そういう意味じゃなくて。ほら、その……あれだよ。ほんとに付き合ってないの?」

「付き合ってませんよ」

 

 またその話か。昨日の内にちゃんと誤解は解いたはずなのにな。

 

「その割にはさ。ずいぶん献身的にお手伝いしてるなって思って」

「友達だったらこれくらいやるのが普通では?」

「……あー。君はそういうタイプの人間か。あのさ、ものすごく失礼な質問しちゃってもいい?」

「嫌な前置きですね。答えるかどうかは別として……どうぞ」

 

 何を聞いてくる気だこの人。

 

「君のお姉さんって結構なダメ人間だったりする?」

「『ダメ人間』ってグーグルで検索すると一番上に姉の名前が出てきてもおかしくないレベルですね」

「なるほど。君の献身のルーツがわかったよ」

 

 廣井さんはカラカラと笑い、パック酒にストローをさして飲み始める。大丈夫かなこの人。昨日もずっと酒飲んでたし。

 

「君よりもちょびっとだけ長く生きてきた人生の先輩として言わせてもらうと、君のその献身は……長所でもあり短所でもある」

「ですよねー」

「あ、あれ? なんか思ったのと違うリアクション……。もっとこう、葛藤して難しい表情を浮かべてシリアスになるんじゃ……」

「いや、自分の性格は自分が一番よくわかってますから」

 

 でもね、もうどうしようもないの。俺の魂というか脊髄というか人格の根本に深く刻み込まれちゃってるんですから。今さらねー。変えようと思ってもねー。

 

「あと俺は、無自覚鈍感難聴系女たらしじゃないので大丈夫です」

「大槻ちゃんが信頼しているくらいだからね。……あの子はちょっと、気難しい子だから」

 

 この人、酒飲んでめちゃくちゃするイメージしかなかったけど、面倒見良いよな。わざわざ後輩のためにここまで足を運んでくれてるんだし。

 

「そろそろ始まりますね」

「だね。さーって……度肝抜いてやれ大槻ちゃん!」

 

 俺と廣井さんが見守る中、大槻先輩の路上ライブが始まった。

 

 俺が大槻先輩と出会ったのも、路上ライブ。

 

 ちょうど一年くらい前の出来事。あの時も確か、大槻先輩は一人で演奏していたんだったな。懐かしい。下北や新宿で路上ライブをするバンドマンは別に珍しくないから、俺はよっぽどのことがなければ足を止めてその演奏を聴こうとは思わない。そんな人間だった。

 

 でも、大槻先輩は、その()()()()を体現する存在だ。

 

 無意識の内に、俺は足を止めて先輩の演奏に聴き入っていた。ライブの後に声をかけたのも……今にして思えば我ながらかなり気持ち悪い行動に出てたなと反省している。案の定先輩にめっちゃ警戒されたし。

 

 あれから一年、よくここまで仲良くなったもんだ。

 

 そして、一年前とは比べ物にならない技術と歌声で、あの時と同じように、いや……あの時以上に多くの通行人が足を止めて大槻先輩の演奏と歌声に聴き入っていた。

 

 やっぱり、埋もれさせちゃダメだよな。この人を。

 

 演奏が終わり、拍手喝采を浴びる中、充実した笑顔を浮かべている大槻先輩を見て、俺は改めてそう思うのだった。

 

 

 

 

「大槻ちゃんお疲れ~」

「先輩、お疲れ様です」

 

 ライブが終わり、人が捌けたところで俺達は大槻先輩のところまで戻ってくる。先輩は額に汗を浮かべながらも、安堵した表情で片付けをしている。

 

「姐さん、山田も……協力してくれてありがとうございました」

「私は最後にちょろっとお手伝いしただけだから~。山田少年のおかげだよ」

「いやいや。一番がんばったのは大槻先輩ですから」

「あなたの協力がなかったら、ここまで成功しなかったわよ。……ありがとね、本当に」

 

 そう言った時の大槻先輩の笑顔は、俺が今まで見た中で一番優しい笑顔だった。……先輩ってそういう表情もできるんですね。ちょっとドキッとしましたよ。

 

「みんながんばってめでたしめでたし! ということにしておこう!」

「……そうですね」

 

 廣井さんが雑にまとめたけど、実際そうだからまあいいや。

 

 よし、じゃあ俺達も片付けを手伝ってそのまま打ち上げにでも───

 

「あのー……ちょっといいすか?」

 

 後ろから声をかけられたので振り返ると、そこに立っていたのは俺がフライヤーを渡した銀髪黒マスクちゃんだった。

 

「大槻先輩。演奏、聴かせてもらったっす。素晴らしかったっす。感動しました」

「あ、ありがとう……」

「実はウチ、結構前からSIDEROS……大槻先輩のことは知ってたんすよ」

「え? そ、そうなの?」

「はい。ライブも観に行ったことあるっす」

 

 マジか。ライブ前にフライヤーを渡したときの口ぶりからそうじゃないかとは思ってたけど。この子はSIDEROSのファンだったのか。

 

「そのおにーさんに、メンバー募集中って聞いて……先輩の演奏を改めて聴いて……決めました」

 

 も、もしや……もしやこの流れは……

 

 

 

 

「ウチを───SIDEROSのメンバーに入れてください。お願いします」

 

 

 

 

 銀髪黒マスクちゃんはそう言って、大槻先輩に深々と頭を下げる。……マジか。マジか。いや、正直……興味を持ってもらえたら御の字だなって思ってたくらいだから。

 

 ちょっと、その……驚きすぎて言葉が出てこない。

 

 俺と先輩は同じように口をぽかんと開けた間抜け面でお互い顔を見合わせていた。

 

「ほら、大槻ちゃん。ボケっとしてないで返事してあげなよ!」

 

 そんな大槻先輩の背中を廣井さんがポンと叩く。ありがとうございます廣井さん! 俺も姐さんって呼んでいいですか?

 

「あ、あ、あ……え、えっと……」

 

 ヤバい。こんなところで大槻先輩のコミュ障が発動してしまった。うぎぎ……口を出したいけど……ここは大槻先輩が自分で、自分の言葉で伝える場面なんだ。落ち着け俺の庇護欲!!

 

「あ、あなたの名前を教えてもらえるかしら……?」

「長谷川あくび。ドラムをやってるっす」

「そ、そう。改めて、私は大槻ヨヨコ。ギターボーカルよ。……それで、えっと」

 

 がんばれ! がんばれ大槻先輩!

 

「私は、口下手で……色々厳しいことも言うし、誤解されやすいけど……でも、やるからにはトップを目指すわ。お遊びでバンドをやるつもりなんてない。───そんな私だけど、ついて来てくれる?」

「もちろんっす。ウチは、大槻先輩のそういう演奏に惚れたんで」

「あ、じゃ……じゃあ……」

「あくび。そう呼んでください」

 

 長谷川さんの言葉に、大槻先輩は目を丸くし、数秒の沈黙の後、しっかりと彼女の目を見て答える。

 

「これからよろしくね───あくび」

「はい。よろしくお願いします。大槻先輩」

「わ、私のことも……な、名ま。あ、いや……なんでもないわ」

「よろしくっす。()()()先輩」

「あ、う、うん……。よろしくね」

 

 あかん涙出てきた。いやね。こんなん泣くなって言う方が無理でしょ。まだ一年程度の付き合いとはいえ、大槻先輩がずっと苦労して努力してきたのは知ってるんだから。もうね。涙腺ガバガバですよ。

 

「山田少年……感受性豊か過ぎでしょ」

「俺、こういうのにめっちゃ弱いんですって」

「お姉さんの胸でお泣き」

「すみません。俺、巨乳派なんです」

「そんな断られ方初めてだよ!?」

 

 そんなこんなで、色々ありましたが路上ライブは大成功かつ、ドラマーの長谷川あくびさんが仲間になりましたとさ。

 

「よーし! じゃあ、新メンバー加入のお祝いに行くかー! ここはお姉さんが奢っ───」

 

 廣井さんが高らかに宣言しかけたところで、彼女のスマホから着信音が響き渡る。

 

『廣井てめえいつまで油売ってやがんだ!! さっさと戻ってきやがれぶっ〇すぞクソ野郎!!』

「あばばばばばばばば!? し、志麻様……志麻様……なにとぞご容赦を……」

 

 電話口から聞こえてきたのは志麻さんの怒鳴り声だった。……志麻さん、怒ったらあんな口調になるんだ。絶対に怒らせないようにしよう……。

 

 俺は心に固く固く誓うのだった。

 

 で、さすがに廣井さんが可哀そうだと思ったので、志麻さんにフォローの連絡を入れておきます。あんまり怒らないであげてくださいね。

 

「行っちゃったすね」

「ね、姐さんはあれで頼りになるところもある人だから」

 

 残された俺達の間に微妙な空気が漂う。ライブに使った機材に関しては廣井さんが回収のための車を手配していてもうすぐ来てくれるらしい。

 

「あ、そういえば自己紹介がまだでしたね。山田レンです。大槻先輩の友達です」

「長谷川あくびっす。友達……友達すか?」

 

 長谷川さんはそう言いながら俺と大槻先輩を交互に見る。その目……君も女子高生特有の()()な目で俺達を見てくるわけね。

 

「大槻先輩って呼び方……山田さんって高一すか?」

「そう。入学したばっかりです」

「じゃあ、ウチと同い年すね。敬語はいらないすよ」

「あ、そうなんだ」

 

 長谷川さんもヨヨコ先輩って呼んでたから俺と同い年かなーとは思ってたけど。敬語を使わないならそっちの方が楽でいいや。

 

「大槻先輩。とりあえず、俺達だけでご飯行きますか?」

「え? そ、そうね! 行きましょ行きましょ!」

 

 俺が声をかけると大槻先輩のテンションが急に高くなる。うん。舞い上がっても仕方ない。いきなり新メンバーを確保できた上、しかもドラムという希少種。実に幸先の良いスタートを切れましたね。

 

 本当は二人でご飯に行かせてあげたいけど、大槻先輩が初対面の人と二人きりでご飯とか地獄絵図になる未来しか見えないので、俺が潤滑油になります。

 

「あくび! な、何食べたいっ? わ、私が奢ってあげるわよ!」

「ん~。じゃあ、焼き肉がいいっす」

「焼肉ね。わかったわ!」

「なら、俺が店を予約しておきますね」

「任せるわ!」

 

 その後、俺達三人は食べログで評判の良いリーズナブルな焼肉屋へ行き、交流を深めました。俺と長谷川さんは同い年ということもあり……あと、ゲーム好きという共通の趣味もあって会話が弾んだ結果。

 

「レンさん」

「あくびちゃん」

 

 と、お互い名前で呼び合うようになりロインも交換しました。あくびちゃんいい子だな。色々気遣いできる優しい子だし。大槻先輩を慕ってるみたいだし。

 

 これはまだかなり先の話になるんだけど、このあくびちゃんは大槻先輩だけじゃなく、もう一人のネガティブぼっちである後藤さんにもなぜか気に入られるようになるんだよね。

 

 この子、ぼっちを惹きつける才能でもあるのかな?

 

 そして、あくびちゃんが加入してからもトントン拍子でメンバーが集まり、ゴールデンウイークが終わる頃にはギターの本城楓子ちゃん(俺の庇護欲センサーが爆裂に反応)とベースの内田幽々ちゃん(霊感少女)が加入し、新生SIDEROSがついに始動することになるのだった。

 

 めでたしめでたし。

 

 

 

 

「え? レンさんもバンドやるならドラム志望? そのときは絶対ウチに連絡ください」

「待て長谷川。山田くんは私が先に目を付けたんだ。横槍は許さん」

「山田……あなたの幼馴染って確かドラムだったわよね?」

 

 いや、あの……あくまで仮定の話ですからね?

 

 なんか虹夏ちゃんが知らん間に三国志に巻き込まれてました。俺は悪くない。

 




ヨヨコ介護編一旦完!
SICKHACKとの顔合わせもできて満足です。

そして次回、ぼっちちゃんの初バイト介護編になります。
ほんとに介護しかしてないなこの男。

入学初日→ぼっちちゃんコミュ&介護&結束バンド合流
二日目→ぼっちちゃんコミュ(クラスメイトとお友達編)&介護(イカれた服装編)&ギターヒローバレ&結束バンドにアドバイス
三日目→喜多ちゃんコミュ&介護
週末→ヨヨココミュ&介護&SICKHACKコミュ&動画撮影&路上ライブ&あくびちゃん捕獲

充実してますね(白目)

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