【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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#80 醜い本音を紡いだ場所にキスをするよ

「ヨヨコ先輩と二人でプールなんて初めてですね~」

「そ、そうね……」

 

 七月に入り、私がバンドのみんなに恋愛相談をしてから約二週間、私はレンと二人でよみ瓜ランドのプールにやって来ていた。レンは呑気にワクワクした表情をしているけど……私は心臓バクバクでそれどころじゃないのよ!!

 

 くっ……やっぱりSIDEROS全員で来るべきだったわ!

 

「残念ですね。あくびちゃん達、夜通しお泊りゲーム大会をやってたせいで風邪を引いちゃったんでしょ?」

「え、ええ……本当に残念ね」

 

 それもこれも全部楓子の作戦なんだけどね! レンを騙してるみたいで罪悪感がないわけじゃないけど……罪悪感よりも緊張の方が強いのよ。

 

 ふー……落ち着きなさい私。ここで変な態度をとったら怪しまれるわ。ここは冷静に楓子主導で立てた作戦を振り返りましょう。

 

「ヨヨコ先輩! プールで遊ぶと言ってもいきなり『二人で行きましょう』と誘うのはハードルが高いです。というかそもそもヨヨコ先輩はヘタレチワワなので遊ぶどころか誘うことすらできないですよね?」

「うぐっ……へ、ヘタレで悪かったわね!」

「だからここは、SIDEROSのみんなでプールに行くという名目でレンくんを誘いましょう!」

 

 レンはあれで鋭い男だから「二人で遊びましょう」と誘ったら私の気持ちに気付かれてしまうかもしれないわ。いや気付いてほしいのよ? 本当はすぐにでも気付いてほしいしこの気持ちを打ち明けたいのよ? で、でも物事には色々と順序というものがあってね……

 

 こ、今回の作戦は「いかに私の気持ちを気付かれることなくレンに私のことを意識させるか」ということに注力するんだから!

 

 ……振り返ってみると、私ってものすごく面倒臭い女ね。

 

「ただ、ウチらみんなと遊ぶって名目にすると……レンさんの性格的に結束バンドのみなさんも誘っちゃいません?」

「ふっふっふ~。そこはぼっちちゃんに事前にロインで結束バンドの練習スケジュールを確認すれば問題ないのだ~! あの子はお友達からのロインを怪しんだりしないからね」

「……騙してるみたいで罪悪感があるっすね」

「確かに、私もそう思うけど……でもねはーちゃん! 恋は戦争なんだよっ! 躊躇したら───負けるっ!」

 

 なんだか楓子は私以上に気合が入っていたのよね。

 

 そして、楓子は思惑通り後藤ひとりから結束バンドの練習スケジュールをさりげなく聞き出し、結束バンドの練習日かつ山田がバイトじゃない日をピンポイントで割り出したのよ。

 

 ……楓子ったら策士過ぎないかしら?

 

「あとは私からレンくんにお誘いのロインをしておきます! で、当日は私達三人が体調不良になったってことにしてヨヨコ先輩とレンくんの二人っきりでプールデート!」

「ふーちゃん、完璧っす!」

「ヨヨコせんぱ~い、幽々はプールなら『よみ瓜ランド』をおすすめします~。ナイトプールもあって雰囲気も抜群ですよ~」

「ナイトプール……えっちなヤツだ! 幽々ちゃんの案採用!」

「あれ? でも確かレンさんって最近、結束バンドのみなさんとよみ瓜ランドに行ってたっすよね?」

「ふふん。そこは()()()なのだよはーちゃん。結束バンドさん達とのよみ瓜ランドでの思い出を───ヨヨコ先輩との甘々でえちえちな思い出で上書きするのだ~!」

「……なんかだんだんふーちゃんが怖く見えてきたっす」

「え~? 幽々はそういう考え好きですよ~」

 

 とまあ、こんな感じで私の意思がほとんど介在しない内にあれよあれよという間に作戦が決まっちゃったのよね。

 

 楓子って普段はあんなにぽやぽやしてゆるふわな癒し系お嬢様なのに、実はものすごくしたたかで……いいえ、でも私はそのしたたかさをとても心強く思うわ! ……あの子が味方でよかった。

 

「ヨヨコ先輩、受付あっちですよ! ほら、行きましょう!」

「ちょ……! わかったからそんなに引っ張らないの」

 

 レンが自然に私の手を取ってぐいぐい引っ張っていく。普段はしっかりしてるのにこういうところは年下の男の子ね。ま、まあ……頼りになるあなたがこうやって甘えてくれるのも、す、好きだけど……? な、なんてね……ふへへっ……

 

「そういえばヨヨコ先輩」

「どうしたの?」

「今日の髪型……結構高めの位置でルーズなお団子にしてるんですね」

「ええ、濡れても崩れないようにね」

「先輩のそういう髪型初めて見ました。めっちゃ似合ってますよ。可愛いです!」

「あ、ありがと……」

 

 くっ……レンがこうやって嫌味なく自然に褒めてくれる男だっていうのはずっと前からわかってたけど……! きょ、今日は私があなたを意識させてあげるんだからねっ! 負けないわよっ!

 

 それはそれとして可愛いって言ってくれたのよね……えへへっ……か、可愛いって……

 

 み、水着も褒めて……くれるかな?

 

 

 

 

 

 ───って思ってたのに!!

 

 更衣室で着替えを済ませてドキドキしながらプールサイドにやってきたらレンは見知らぬ女どもとにこやかに話していた。しかも相手は金髪巨乳の外人二人……くっ! ダメだ! あの胸には勝てない! レンはおっぱい好きだからあのデカ乳女達に鼻を伸ばして───はないわね。なんかレンが身振り手振りで色々説明してるみたいだけど……

 

「Enjoy yourself!」

「Thanks!」

 

 あ、会話が終わってデカ乳女どもがどっか行って私に気付いたレンがこっちに近づいてくる。べ、別に嫉妬なんてしてないわよ。ただ私を差し置いて別の女と楽しそうに話しているのにちょっとイラっとしただけだから本当にちょっとだけよ勘違いしないでよ。

 

「あの人達、総合案内の場所を探してたみたいなんですよ」

「……ふーん」

「もしかして、俺が逆ナンされてるとでも思ってました?」

「は、はぁ~!? お、思うわけないでしょ私は初めから全部わかってたわよ案内ね案内当然でしょこの令和の時代にプールで声をかけてくるなんてそんなテンプレ展開あるわけないじゃない!」

 

 私が捲し立てるようにそう言うと、レンはおかしそうに笑っていた。ええそうですよ! 認めますよ! あなたが他の女に声をかけられて逆ナンされてるんじゃないかと思って嫉妬してました!

 

「どっちかというと今の先輩の方が声をかけられそうですけどね」

「別にそんなことないでしょ」

「ありますよ~。だって今の先輩めっちゃ可愛いですもん。水着もオフショルダーのビキニで色使いが大人っぽくて髪型も相まって可愛さと両立してて……」

「あ゙ーっ! あ゙ーっ! やめっ……それ以上はやめてっ……! はずっ、恥ずかしいから……!」

 

 レンに水着を褒められて、自分でも驚くくらい顔に熱が集まってくるのがわかる。

 

 だ、だめっ……嬉し過ぎて顔のニヤケが抑えられないわ。

 

 あんなに褒めてほしかったのに、いざ真正面からストレートにそう言われると……ああ、もう。今日はあなたを意識させようと思っていたのに……私ばっかり意識しちゃってるわ。

 

 でも、やっぱり嬉しい。SIDEROSのみんなと一緒に色々考えながら水着を選んだ甲斐があったわ。本当はビキニなんてすごく……ものすごく恥ずかしかったけど……

 

「ヨヨコ先輩はくびれがあってスタイル抜群なんですからハイウエストでお腹を隠す必要なんてありません! それに、最近のビキニは露出控えめで大人っぽさを演出できるオフショルダータイプのものがあるのでそれにしましょう! あ、カラーは王道の白か黒……いや、こっちのモノトーンなアロハ柄がいいです!」

 

 楓子がやたらと気合いを入れていたのよね。まあ、そのおかげで助かったのだけど。

 

 ありがとうみんな。今度またJOJO苑に連れて行ってあげるわ。

 

 それにしても……レンって意外とがっしりしてるのね。背は高いし肩からお腹にかけては完全に逆三角形だし腹筋もいい感じに割れてるし。お、男の人の上半身なんてしっかり見たことがなかったからよくわからないけど……みんなこんな感じなのかしら。

 

「先輩、腹筋見過ぎですよ」

「は、はぁ!? 別に見てないわよ変なこと言わないでちょうだい!」

 

 嘘です。めっちゃ観察してました。やだ……もしかして私って腹筋フェチだった?

 

「触ってみます?」

 

 レンがニコニコ笑いながら自分のお腹をポンポンと叩く。しょ、正直すごく触りたい……で、でも男の人の腹筋なんて触ったことないし……さ、触り方のマナーとかあるのかしら? 変な触り方して気持ち悪がられたりしないかしら?

 

 うぅ……あくび達ならそんなこと気にしないで遠慮なくレンの腹筋をぺたぺた触るのでしょうね! あの子達のそういうところは羨ましいし尊敬するわ……

 

「ほらほら~遠慮なさらず~」

「あ、ちょ……」

 

 レンが私の手を取って腹筋を触らせてくる。

 

 あ……思ったより固い。

 

 ───じゃなくて!! 

 

 あ、あなたねっ! ほんとにそういうところよっ!? いや確かに遠慮なくガン見してた私も悪いけど! 

 

 でもね! そうやってね! 気軽に女の子に体を許しちゃいけないのっ! でも私に許すのはいいからね?

 

「ちなみにあくびちゃんは鎖骨のくぼみをめっちゃエロいって言ってました」

「……なんであくびがあなたの鎖骨のくぼみを知ってるのよ?」

 

 ことと次第によってはSIDEROS緊急会議よ。

 

「去年、俺が海に行った時の写真を喜多さんが俺の許可なくあくびちゃん達に見せてたんです」

 

 色々とツッコミどころはあるけど緊急会議を開くほどではないわね。

 

 ……それにしても、確かにレンの鎖骨のくぼみがえっちで───

 

 って違う違う!! 今日は!! レンを意識させる日なの!! 私ばっかり意識しちゃってどうするのよ!!

 

 ふー……落ち着け私。戦いはまだ始まったばかり。見てなさいよ、ここから大槻ヨヨコの華麗なる大逆転が始まるんだから!! 

 

「そういえば、ヨヨコ先輩って泳げるんです?」

「と、当然でしょ!」

「さすがですね〜」

「浮き輪アリなら!」

「……レンタルしに行きましょ」

「……うん」

 

 大逆転が!! 始まるんだから!!

 

 

 

 

 

「だ、大丈夫よね!? いきなり深くなったりしないわよね!?」

「大丈夫ですよ。ほら、深さは一メートルくらいですから十分足が届きます」

 

 浮き輪をレンタルして流れるプールにやってきたけど、私はなかなかプールに入れずにいた。そんな私をレンはプールの中からニコニコと……それこそ妹を見るような笑顔で私を見ている。私の大逆転はどこ行った!?

 

「こ、こけたりしたらちゃんと受け止めてよね!」

「わかってますよ。ほら、足からゆっくり入りましょうね~」

 

 そして私は意を決して足からそろそろとプールに入っていく。あ、思ったより水が冷たくて気持ちいい。深さも胸くらいだから全然余裕ね! 何よ、プールって楽勝じゃない! よーし、ここから猛アピールしていくわよ!

 

「はい、ヨヨコ先輩ばんざいしてくださーい。浮き輪をつけましょうね~」

「んっ……」

 

 レンの言う通りばんざいすると、スポッと浮き輪を頭から通される。素直に言うことを聞いちゃったけど幼稚園児か私は!? で、でも……こういうのも悪くないわね……ふへへっ。

 

「じゃあ、そのまま全身の力を抜いて足を浮かせましょうか。変なところに流されないように俺がちゃんと浮き輪を持っててあげるので」

「うん」

 

 レンが私と向かい合うように正面から浮き輪を持ってくれている。思ったよりも距離が近くてドキッとしたけど、そんな心情を悟られないように私は視線を逸らして彼の言う通り力を抜いて足を浮かせる。

 

 すると、流れるプールだけあって勝手に体がゆっくりと前に進み始めた。ちょ、ちょっと感動……学校の水泳の授業は地獄だったのに、泳げなくてもこうして流れに身を任せてるだけでいいなんて……

 

「ヨヨコ先輩、遅くなりましたけどSIDEROSの一位通過おめでとうございます」

「ありがと……結束バンドも十位だったし、大健闘じゃない?」

「上から目線ですね~」

「実際に上だもの」

 

 私が得意気にそう言うとレンが笑ってくれた。ウェブ審査の最終順位はSIDEROSが一位、ケモノリアが六位、結束バンドが十位で東京ブロックはトップ10が三組という異例の激戦区になっていた。

 

「ライブ審査の会場が新宿FOLTなのは予想外でしたね」

「私もウェブ審査が終わるまでは教えてもらえなかったわ。それに、オープニングアクトは姐さん達がやるらしいわよ」

「マジかよ。人選ミスってません?」

「な、なんだかんだ本番はちゃんとやってくれるから大丈夫よ!」

「ほんとにぃ?」

「ほんとよっ!」

「最悪、前日から俺の家に監禁すればいいか。で、酔い具合をコントロールしておいて……」

「なんかすごい不穏な言葉が聞こえてきたんだけど!?」

 

 姐さんを監禁するって何!? 確かに姐さんはライブの前日だろうがお構いなしに夜通し飲み続けて時間を守ることなんて滅多にないだけなのに……ああ、だからね……

 

「あ、そうそう。吉田店長が気を利かせてくれて、ライブ審査当日は俺もスタッフとして入るんでよろしくお願いします」

「そうなの? まあ、当日は忙しいし勝手がわかってる人間は一人でも多い方がいいものね」

 

 ということは、ライブの時だけじゃなくて一日ずっと一緒にいられるってことよね……あ、どうしよう。そう考えたらまた顔がニヤケてきちゃったわ。

 

 それからしばらく私達はゆらゆらとプールの流れに身を任せてのんびりと過ごすのだった。

 

 

 

 

 

「レン! あっちに波のプールがあるわ! 行ってみましょう!」

「ビーチみたいで良い雰囲気ですね」

 

 流れるプールから上がって少し歩くとビーチのような形状になっている波のプールがあったのでそちらへ向かう。泳げないからどうなるかちょっと不安だったけどプールって楽しいわね!

 

「すごーい! ねえねえ、波よ波! 海みたいに本当に波が立ってるわ!」

「ヨヨコ先輩、あんまり調子に乗ってると予想外の波で顔に水が……」

「今更顔に水がかかるくらいどうってこと───わぷっ!?」

 

 浮き輪で波に揺られながらぷかぷかしているとレンの言った通り思ったよりも高い波が来たせいで顔にまともに水を浴びてしまった。そんな私を見てレンはけらけら笑ってるし……こいつめー……

 

「あなたも私と同じ目に遭いなさい! ほらっ! ほらっ!」

「俺に喧嘩を売りましたね先輩。言っておきますけど、俺は半沢直樹の五倍やり返す男ですから」

「あ、こらっ! 私は浮き輪で手を自由に使えないんだからあなたは片手だけよ! 両手は卑怯だわ!」

「勝負の世界は常に非情だって先輩はよく知ってるはずですよね?」

「ちょっ……ずるっ……そうやって私の射程外からバシャバシャするのはずるいわよっ!」

 

 時々波にさらわれそうになりながらも、私達はぎゃーぎゃー騒ぎながらお互いに水をかけあっていた。勝負の結果は……まあ? レンの辛勝ってところかしら? 浮き輪っていうハンデがなかったら私の圧勝だったんだからね!

 

 

 

 

 

「こういうところのラーメンとかカレーってメニューだとすごく豪華で綺麗ですけど、実物はめっちゃしょぼいですよね」

「こらっ! なんてこと言うの!?」

「いやでもよく考えたら女子高生も加工アプリで色々盛ったりするから……加工対象が食品から人へと拡大したと考えれば自然ですね。これも時代の変化か~」

「ラーメンと女子高生を同一視しちゃダメでしょ」

 

 波のプールでひとしきりはしゃいだ後、いい時間になったのでレストランへとやってくる。泳ぐのってかなりいい運動になるのね。お腹がペコペコだわ。

 

「カレーとラーメン、どっちにしようかな……牛カルビ丼も捨てがたい……」

「私がカレーを頼んで分けてあげるわよ」

「ほんとですか? やったー! じゃあからあげラーメンを味噌汁代わりに牛カルビ丼を食べよっと」

「たくさん食べるのね」

「成長期ですから!」

 

 私がそう言うとレンは嬉しそうに笑って近くにいた店員さんを呼び止める。こういうところはナチュラルに「弟」って感じね。普段は人を甘やかしてばかりだけど……レンって実は自然に甘えるのもかなり上手いんじゃない? 

 

 そして、レストランでお昼を食べた後、すぐに泳ぐのはちょっときつかったから園内を二人でぶらぶらと歩くことにする。

 

「あ、先輩! あっちにディッピンドッツのつぶつぶアイスがありますよ! あれ食べましょう!」

「あんなアイスもあるのね……初めて見たわ」

「食感がすごく面白いんです。俺もこういうところでしか食べたことないですけど」

 

 デザートに丁度良かったので、二人でディッピンドッツの屋台に並ぶ。気温が高くなる時間帯だからそれなりに並んでいる人が多かったけど回転自体が早くてそれほど待たされることはなかった。

 

「俺は『おいしそーだ』にしますけど、先輩はどうします?」

「……『ストロベリーチーズケーキ』で」

「俺もそれと迷ったんですよ~。ねえ先輩、あとで一口ください」

「いいわよ」

 

 それから二人でお互いのフレーバーを交換し合って食べながら再び園内をぶらぶら歩く。

 

 やっぱり、結構日差しがきついわね。それに、昨日は緊張して眠れなかったからお腹がいっぱいになってちょっと眠くなってきたわ。で、でもここであくびなんかしちゃったらレンに「楽しんでないのかな?」って思われちゃうかもしれないし……

 

「ヨヨコ先輩」

「ど、どうしたの?」

 

 私が思考に耽っていると、ふいに声をかけられたのでちょっとだけ動揺した声で返事をしてしまった。

 

「わがまま言っていいですか?」

「珍しいわね。あなたがそんなことを言うなんて……いいわよ、別に」

「お腹いっぱいで眠たくなってきたんであっちのシートでお昼寝したいです」

 

 レンが指差したのはよしずで日陰を作り、その下にデッキチェアが二つ横並びになっていて二人掛けの椅子やテーブルも備え付けてある有料のシート席だった。

 

 もしかして、私の心情を察してくれたのかしら? だとしたら申し訳ない気持ちにもなるけど……それ以上に嬉しかった。好きな人が、自分のことを理解してくれている。そのことが、何よりも。

 

「そうしましょう。私もちょっと休憩したかったから」

「じゃあ、一旦更衣室に戻って羽織るもの持ってきましょう。先輩はパーカーとか持ってますか? なかったら俺が余分に持ってきてるんで貸してあげますよ?」

「……持ってきてないから貸してもらえる?」

 

 嘘。本当は薄手のパーカーを持ってきている。でも、レンが自分のものを貸してくれるって言ったからつい嘘をついてしまった。そして途端に恥ずかしくなる。私には、好きな人の物に包まれたいっていう独占欲にも似た欲望があるのだと自覚してしまったから。

 

「わかりました~。ちょっと待っててくださいね! すぐに持ってきますから」

 

 レンはそんな私の心情に気付いているのかいないのか……嬉しそうに笑いながら更衣室へと入っていく。

 

 残された私は周りの人達に赤くなった顔を見られないように俯いていることしかできなかった。 

 

 

 

 

 

「なーんだ、ヨヨコ先輩がチャラ男に絡まれてるのをちょっと期待してたのに」

「戻って来て早々何を言ってるのよ……」

「一回やってみたかったんですよ。『お姉ちゃん一人? 俺と遊ばない?』って絡んでる輩に『俺の連れに何か用ですか?』って感じのヤツを」

「今の時代にそんな絡み方をする化石みたいな男がいるわけないでしょ」

「もしいたら天然記念物か重要文化財ですね~。国で保護しなくちゃ……!」

 

 更衣室から出て来るなり、レンはなぜかがっかりした表情でそんなことを言ってくる。彼の言葉にちょっと呆れてしまったけど、よく考えたらそういうのも()()ね。古き良き軟派なチャラ男に絡まれている私を颯爽と助け出すレン……「おい、俺の女に手ぇ出すな!」とかなんとか言っちゃって! きゃーっ!

 

「はい、どうぞ先輩。男物で申し訳ないですけど」

「しょ、そんなことないわ。……ありがと」

 

 あ、危ない危ない……変な妄想をしていたことに気付かれるところだったわ。き、気付かれてないわよね?

 

 私は動揺を隠しながらレンからファスナータイプのラッシュガードを受け取って羽織ると、甘い香りに包まれてちょっとだけドキドキしてしまった。でも、それ以上に安心する香り。いつもの彼の香り。私の大好きな香り。

 

「じゃあ、お昼寝タイムにしましょー!」

 

 それから私達は受付でお金を払い、指定されたシートへとやってきてデッキチェアに寝転がる。チェア同士がぴったりとくっついているので彼との距離が思ったよりも近くなり、私の心臓がドクンと跳ねた。

 

「あ、思ったより寝心地良いな。日差しも良い感じに遮られてるし」

「そ、そうね……」

 

 レンは寝転がって私に顔を向けながらニコニコと笑っている。わ、私はこんなにドキドキしているのに……この男は本当に……

 

 私って、あなたとこんなに距離が近くても少しもドキドキしてもらえないくらい魅力がないのかしら……

 

 自信、なくしちゃうわね。

 

「先輩」

 

 少しだけナイーブな気持ちになって溜息をつきそうになるのをこらえていると、レンが声をかけてくる。

 

「恥ずかしいから、あえて言っておきますけど……俺、ちょっとだけ緊張してます」

 

 照れ臭そうにそう言った彼の顔を見て、私は反射的に彼を抱き締めてしまいたくなった。ああ、本当に……あなたはいつもそうよね。私の心を見透かしたかのように、欲しいときに欲しい言葉をくれるのよね。

 

「奇遇ね」

 

 だから私も、今だけは少しだけ……少しだけ素直になってみようと思う。

 

「私もよ」

 

 私のこの素直な気持ちが、あなたに少しでも届くといいな……

 

 

 

 

 ───って感じでちょっと良い雰囲気になってたけど数分もしない内に爆睡し始めたわね!?

 

 レンって意外と本能の赴くままに生きているのかしら……こういうところはあの姉に似ているのかもしれないわ。

 

 ただ……うん……

 

 レンの寝顔が見れただけでもよしとしましょう。

 

 

 

 

 

「ほんとにこれを滑るの!? 途中の屋根がなくなってるところで吹っ飛んだりしない!?」

「吹っ飛ぶんだったら営業停止になってますよ。ほら、あんな小学生の女の子だって楽しそうに滑ってるんですから」

 

 お昼寝タイムを終えて私達はスライダーへとやってきた。円形のボートに乗るタイプ、急勾配の直線タイプ、カーブが多いタイプの三種類があり、私達は三つ目のスライダーの列に並んでいる。

 

「最後プールに放り出されてばっしゃーんってなってるじゃない! 大丈夫!? 溺れたりしないわよね!?」

「浅いプールですから大丈夫ですって。それに、俺が先に滑って下で待っててあげますから」

「責任持ってちゃんと受け止めてよね! 私、浮き輪がなかったら泳げないんだから!」

「任せてください。あ、じゃあ俺の順番が来たんで行ってきますね。下で会いましょう、先輩」

 

 レンはそう言って笑いながら私に軽く手を振ってスライダーを滑っていく。け、結構スピードが出てるんじゃないかしら? こういうのって実際に滑ってみると傍から見るよりも遥かに速いのよね……私、絶叫系って得意じゃないし、ほんとに大丈夫?

 

「おねーちゃん、大丈夫だよ~。楽しいよ~」

「がんばれ~おねえちゃーん!」

 

 私が乗り口でビクビクしていたら後に並んでいた小学生らしきちびっ子達に応援されてしまった。

 

 そうよ! 私には応援してくれている人達がいる!

 

 私には(下で溺れるかもしれない私を助けるために)待っててくれる人がいる!

 

 こんなところで足踏みしているようでは、海外フェスのトリはおろか未確認ライオットの優勝すら届かないわ!

 

 さあ行け大槻ヨヨコ! 今こそ人生十八年の集大成を見せる時よ!

 

 いざ!!

 

 

 

 

 

 は、速い速い速い速い!! カーブが思った以上にぐねぐねしててひっくり返りそうになっちゃう!!  あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! 屋根がない屋根がない屋根がない外に投げ出されちゃって明日の朝刊に乗っちゃう!! よみ瓜ランドの株価が大暴落ねごめんなさい!!

 

 ぎゃーっ!! ぎゃーっ!! あっ!? 終わりが見えてきたわでも全然減速できなくてこのままだと思いっきりプールに突っ込んじゃうんじゃちょっと待ってちょっと待ってブレーキどこよブレーキ!!

 

 あ゙ーーーーーーーーーっ!!

 

 そのまま私は盛大にプールへと投げ出されてしまった。

 

「お疲れ様でした。大丈夫ですか先輩?」

「げほっごほっ! こ、このくらい私にかかれば余裕よ……」

 

 私が水中でもがいているとレンに優しく抱き起こされる。少しだけ水を飲んでしまった私は無意識の内に彼に思い切り抱き着いていた。

 

 はーっ! はーっ! と、とりあえず……とりあえず息を整えない、と───

 

 そこで私は気付いた。抱き着いたことで彼の顔が至近距離にあることに。

 

 それだけじゃない。お互い水着っていう薄着で抱き合ってるから、私も彼に自分の……む、胸とか色々彼に押し付けちゃってて……

 

 あ、レンってやっぱり意外とがっしりしてるのね。裸で抱き締められるとこんな感じなのかしら……

 

 彼に抱き着いたままぼーっとそんなことを考えていると、途端に顔から火が出るくらい恥ずかしくなってしまった。な、なんてことを考えてるのよ私は!! 私はそんな!! はしたない!! えっちな女じゃないんだから!!

 

「あの……せ、先輩?」

 

 レンが戸惑い気味に声をかけてくる。顔を上げると、彼もさすがに水着の私に密着されて恥ずかしかったのか、頬を赤く染めていた。

 

 す、少しは意識してくれたかな?

 

 ああ、どうしよう。私もすごく恥ずかしいけど……彼がこうやって恥ずかしがっている姿を見て、たまらなく嬉しくなってしまい、彼を抱き締める腕の力を無意識の内に強めてしまっていた。

 

「レン」

「はい……」

 

 レンの声から動揺が伝わってくる。

 

「も、もう一回、やりましょ? 今度()ちゃんと受け止めてよね」

 

 私がそう言うと、レンは恥ずかしそうに頷いてくれた。

 

 

 

 

 

 その後は三種類のスライダーを全部制覇したり、飛び込み台があったのでレンが五回ぐらい飛び込んだり(私はやらなかった)、もう一度波のプールに戻ってショーを観たりとプールを満喫していた。

 

「ナイトプールってこんな感じなんだ……雰囲気がガラッと変わりますね」

「……そうね」

 

 そして、日が落ちてあたりが暗くなった時間帯にプールのイルミネーションが点灯する。今日は雲一つない快晴だったので、星空の下で私達は流れるプールの水の流れに身を任せながらイルミネーションの光の中を二人でゆったりと漂っていた。

 

 この雰囲気は……かなり()()ね……

 

 日が落ちたナイトプールは家族連れがほとんどいなくなり、周りにいるのは若いカップルばかり。わ、私達も傍から見ればそう思われてるのでしょうけどね……えへへ……

 

 そんなカップル達がこの幻想的な雰囲気の中、プールの中でいちゃいちゃしながらイルミネーションを楽しんでいる。レンだって、周りの様子には気付いているはずだ。その証拠に、昼間と違って彼も少しだけそわそわしていたから。もちろん私も、ね。

 

 当然、彼はこういう雰囲気にあてられて私に手を出してくるような男じゃない。そんな男だったら私が彼をこんなに信用することはなかったし、こんなに仲良くなんてなれなかった。

 

 まあ、私としてはそんなあなたにちょっと強引に迫られてみたい気持ちもあるけど……今は、ちょっとそわそわしているあなたに意地悪したい気分。

 

「どうしたの、レン? 落ち着かないの?」

 

 自分でもびっくりするくらい色っぽい声が出てしまった。そんな私の言葉にレンは珍しく目を丸くした後、恥ずかしそうに私から視線を逸らす。

 

 私達の距離はかなり近い。浮き輪をつけた私が流されないようにレンがしっかり支えてくれている。だから必然的に、私達の距離は近くなっていた。それこそ、私がちょっと顔を前に動かせばキスできそうなくらいに。

 

 キス……

 

 そこで私は思い出した。前に、彼が眠っている間にこっそりキスをしたことを。

 

 無意識の内に、私の視線が彼の唇に注がれる。

 

「せ、先輩だって……耳、赤いですよ」

 

 言われなくてもわかってる。耳だけじゃなくて、頬にも熱が集まってることくらいは。でもね、それはあなたも同じよ。普段はあんなに頼りになってしっかりしているのに……こういうところは可愛いのね。

 

 この二年間であなたのことはたくさん知ったつもりだったけど……こんなに可愛いあなたを見たのは初めてよ。

 

 私は少し身を乗り出して、彼の額に自分の額をそっと当てる。

 

 私って、こんなに大胆なことができる女だったのね。寝ている男の子にキスをしちゃうくらいだし……今さら、か。

 

「ねえ、レン」

 

 最初は、あなたに「私の気持ちを気付かれないようにしないと」って、思っていた。

 

 だけど、今はもう、そんなことはどうでもいい。

 

 あなたに気付かれていようが気付かれていまいが、私のやることは変わらない。

 

 あなたが私を意識していようが意識していまいが、関係ない。

 

 未確認ライオットが終わったら、私はあなたに伝えるわ。

 

 あなたのことが大好きだってことを。

 

 私の本当の気持ちを、全部全部全部全部───

 

「私───一番になるからね」

 

 そしてもう一度

 

 私の思いが届いた時にもう一度

 

 私の本音を紡いだ時にもう一度

 

 あなたにキスをしてあげる。




 ヨヨコ本気回!

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