「……とんでもない目に遭った」
「最終的に廣井さんがめちゃくちゃにしてくれてよかったじゃない」
「なんで喜多さんは助けてくれなかったの?」
「私の信じたレンくんならあのくらいの試練を乗り越えてくれると思ったからよ!」
「本音は?」
「わたわたしてるレンくんが可愛くて面白かったから」
「ふぁっく」
謎の修羅場に巻き込まれてしまった俺はほろ酔い状態の廣井さんの登場により、その場がしっちゃかめっちゃかになったおかげで助かったんだ。志麻さんが他のスタッフさん達への誤解も解いてくれたみたいで……いやほんとにSICKHACKの方々には頭が上がりませんわ。
「すみませーん! これから出演順を決めますので各バンドの代表者の方はステージ前に集まってくださーい!」
修羅場から解放されて喜多さんと話していると、未確認ライオットのスタッフさんがマイクでハウス内全体に呼び掛ける声が聞こえてきた。
「出演順……これだけですべてが決まるわけじゃないけど、得票数にかなり大きい影響があるから虹夏ちゃんはプレッシャーだね」
「あたし、くじ運あんまり良くないんだけどな……」
「虹夏先輩! 絶対
「中途半端な四番目とか五番目を引いたら私達の夏は終わると思え」
「あ、あと……SIDEROSやケモノリアの人達の直前直後も避けた方がいいです」
「注文が多すぎる!」
結局、代表者だけじゃなくてバンドメンバー全員でステージ前に向かうすることにする。他のバンドも同じ感じで出演者のほとんど全員が集まっていた。
最初にくじを引きに行ったのはケモノリアのリーダーさん。やたらと自信満々だったけど、俺にはあの人のくじ運が良いとは全く思えない。四番目とか引いてドラムさんにめっちゃ文句を言われる未来が見える。
だけど……
「ケモノリア───一番」
リーダーさんの引いた番号は一番だった。
ぐあーっ!! マジかよ!? 二番目に良い番号を引かれるとは……しかもケモノリアに。これでますます出演順の重要度が上がったな。リーダーさんはめっちゃドヤ顔を浮かべてアホ毛を左右にぶんぶん揺らしていた。ああ、あなたのアホ毛も感情で可動するタイプなんですね。
次にくじを引くのはヨヨコ先輩だ。先輩も基本的にくじ運が悪くて、何なら今年のおみくじは大凶だったからね。でもTokyo Music Riseだとトリを飾って優勝して……
もしケモノリアがトップバッターでSIDEROSがトリになったりしたら洒落にならないよ。ぶっちゃけ、勝ち目が相当薄くなる。トリの次に引いてほしくないのは二番目。序盤で一気に空気を作られると後のバンドがかなりキツくなって───
「SIDEROS───二番」
ここで二番を引くかーっ!? くっ……さすがですヨヨコ先輩。肝心なところで決めてきますね。二番目というかなり良い順番にあくびちゃん達は喜びながらヨヨコ先輩を褒めてて、先輩は先輩で満更でもない表情をしていた。
「虹夏ちゃん……これはいよいよトリを引くしかないよ」
「その通り。虹夏、三番を引いたら───終わるっ!! これは決して弱気な発言ではなく客観的事実!!」
「ケモノリアとSIDEROSが最高に盛り上げた直後の演奏とか考えたくないですよ~!」
「……ぼっちちゃん、代わりにくじ引いてくれない?」
「えぇっ!?」
虹夏ちゃんが急にそんなことを言い出した。いやでも……悪くないかもしれない。ひとりは奇行ばかりが目立って忘れられがちだけど、実際はこういう大舞台に強くてなんだかんだ結果を出してきてるから……
「ひとりなら、もしかしたら……」
「レンくん正気!? ひとりちゃんはおみくじで大凶を引いちゃうような子なのよ!?」
「郁代、
「運勢通り三番目を引いちゃったりしませんか?」
「かもしれない。だけど、ケモノリアとSIDEROSがワンツーを引いた以上、正直トリと三番以外はどの順番でも大差なくなってしまった。だったら、私はぼっちに懸ける!」
「そうかしら……そうかも……」
「わ、わわわわわわわわわわわわわわわわたしにそそそそそそそそそそそそそそんな大役なんて……!!」
ひとりが痙攣し始めた。わかるよその気持ち。俺だってこの状況でくじなんて引きたくねーもん。絶対に。
「大丈夫だよ、ぼっちちゃん」
「に、虹夏ちゃん……?」
そして痙攣しているひとりの手を虹夏ちゃんが両手で優しく包み込む。
お? 何か良い感じのことを言ってくれるのかな?
「レンくんも大凶を引いてたから、ぼっちちゃんの大凶パワーとレンくんの大凶パワーを混ぜ混ぜしてなんかこう……すごいことを起こそう!」
「ざ、ざっくりしすぎですよぉ……」
「ほら! マイナスとマイナスを掛け合わせるとプラスになる! みたいな~……えへっ♪」
「か、可愛く笑って誤魔化しても、だ、だめです……」
「虹夏の言うことは一理ある。レン、ぼっちに大凶パワーを注入するんだ」
「そうよ! レンくんが! ひとりちゃんに! 元気と勇気とその他諸々の何かを注入してあげればいいのよ! レンくん、君の全てを捧げなさい! ひとりちゃんが全部受け止めてくれるから!」
「なんか喜多さん急にキタキタし始めたね」
発言自体は意味わかんないけど……まあ、ここまで来たらゲン担ぎでも大凶パワー注入でも何でもやってやるよ。
でもさ、大凶パワー注入なんてどうやればいいの?
「もちろん……ひとりちゃんをどこまでも情熱的にそれでいてクレバーに抱き締めて耳元で甘く囁い───」
「ひとり、手……出してくれる? よくわかんないけど握って念を込めておくから」
「あっはい」
喜多さんの言葉を無視して俺はひとりの手を握る。俺よりも一回り以上小さな手を。だけどのその手は……その小さな手には……世界を変える力がある。大げさな表現に思うかもしない。でも、少なくとも俺は彼女と出会ってから、彼女の演奏を聴いてから自分の世界が変わったんだ。
「ひとり」
「あっはい」
「ここまで散々色々言っておいてなんだけど……どの順番だろうと最高のパフォーマンスをすればいいだけなんだからさ。あんまり気負わずサクッと引いてきなよ」
「あ、私が引くのは確定なんですね」
「なんかそういう空気になっちゃったから」
でも正直、俺は結構期待している。こういう土壇場で俺達の予想を超えることをやってのけるのが後藤ひとりという少女だからだ。
「大丈夫。何番だって誰も文句言わないよ」
「あ、ごめん。私は多分ネチネチ言うと思う」
「……虹夏ちゃん」
「リョウ、お口チャック」
「それ、チャックじゃなくてロック……ゔっ!?」
姉貴はどこまでも平常運転だった。なんかもう逆に安心するわ。そのまま本番もブレずに姉貴は姉貴のままでいてくれ。
「ほら、行っておいで。俺のパワーもたくさん込めておいたから」
「あ、えへへ……そ、そうですね。レンくんにパワーと勇気を貰ったから大丈夫です……! い、行ってきますっ!」
そしてひとりは顔を上げて、近年稀に見るイケメンフェイスで覚悟を決めた。やっぱり……ひとりってほんとに綺麗な顔してるよな。俺はそんなことを考えながら、スタッフさんの方へ向かっていくひとりの背中を見守る。
「では結束バンドさん、くじを引いてください」
「は、はひっ……」
スタッフさんに促され、ひとりは恐る恐る抽選箱へと手を入れた。
大丈夫かな? いや順番じゃなくてひとりがあの場で爆発四散したりしないかなってこと。ひとりは今くじを引くことにだけ集中しているから意識していないかもしれないけど、出演バンドのほとんどの人達の注目を浴びてるからね。
「あ、あの……早く取り出していただけますか?」
「あ、ああっ……! す、すみっ、すみませんっ……こ、これにしますっ!」
箱に手を突っ込んでどの紙を引こうか長考していたひとりがスタッフさんにそう言われて、慌てた様子で箱から勢いよくに手を引き抜いた。
書かれていた番号は……
「七番───結束バンド」
七番目……七番目? 出演バンドは全部で七組だからその七番目……ってことはつまり───
「と、ととととととととトリだーーーっ!? ぼ、ぼぼぼーぼぼっちちゃんが引きやがったーーーっ!!!!」
「やったわねひとりちゃん! これがひとりちゃんとレンくんの愛のパワーなのね! 愛のっ! パワーなのねっ!」
「ぼっちはやる女だと私は最初からわかってた」
は、はははははは……マジか、マジかよ……マジで引きやがったよこの子。トリを……トリをぶち当てやがった……!
変な笑いしか出てこない。やっぱりこの子……
ひとりは戻ってくるなり三人に揉みくちゃにされていた。そんな風に浮かれまくっている三人を見て、俺は大きく深呼吸する。
ふー……落ち着こう。なんかもう優勝した気分でいるけど、よく考えたらケモノリアとSIDEROSが一方的に有利になる展開を回避できただけなんだ。あとはこのトリっていうアドバンテージを最大限生かせるかどうか……
俺はそう考えて虹夏ちゃんに目配せすると、俺の言いたいことを察してくれたらしく、虹夏ちゃんがパンと手を叩いた。
「浮かれるのはここまでにしよう。これからあたし達がやるべきことは……」
「腹ごしらえ」
「それもあるけどちょっと待って! あたし達がやるべきことは本番まで集中をしっかり高めておくこと! ステージに立つ最高の自分を思い浮かべて気持ちを上げておくこと! リハは本番のつもりで臨むこと! いい?」
「はい!」
「は、はいっ!」
「おけ」
虹夏ちゃんがしっかりと締める。浮かれ気分の仲良しゆるゆるな雰囲気のままでいるわけにはいかないからね。未確認ライオットには参加しに来たんじゃない───勝ちに来た……グランプリを獲りに来たんだから。
「じゃあ、リョウが言った通りまずはお昼ご飯を食べようか。お姉ちゃんが作ってくれたんだよ」
「え? 店長って料理できましたっけ?」
「レンくんとリョウがクリスマスに『猿でもわかる料理本』と可愛いエプロンやキッチンミトンをプレゼントしてくれたから時々練習してたよ」
「そうなんですね~」
山田姉弟のクリスマスプレゼントが役に立ったようで何より。
「レンくんはどうする? あたし達と一緒に食べる?」
「いや、俺は───」
「山田くーん! 今のうちにお昼ご飯食べに行こうよー」
新宿FOLTで仲の良いバイト仲間達が俺に向かってそう声をかけてくれた。
「他のバイトさん達と一緒に食べに行ってくるよ。リハまでには戻ってくるからね」
「わかった~! いってらっしゃい……気を付けてね?」
「うん」
そして俺は虹夏ちゃん達に軽く手を振ってバイト仲間達の方へ向かう。
「あれ? 虹夏先輩……なんかレンくんと距離感変わりました?」
「えへへ~……そう見える? あのね、自分の重たい感情をちゃんと清算できた……それだけだよ」
「くっ……なんて儚げながらも清々しい笑顔なのかしら……!!」
「喜多ちゃん。今のあたしは───
バイト仲間達とのお昼休憩から戻ってくると、ちょうどリハが始まるところだった。リハは基本的に出演順の逆から始めるので最初は結束バンドからだ。
ステージに立っている四人は……変に気負ってる感じはしないな。リラックスして普段通りって感じ。ひとりがちょっと心配だったけど、あの子はどういう状況でもガチガチに緊張するし、でもその割にはきっちり結果を出すから大丈夫だろう。
その後もリハーサルは順調に進み、SIDEROSとケモノリアもリハを行う。
やっぱレベル高いな。リハでこの迫力かよ。結束バンドも負けてないけど……ほんとにトリを取れてよかった。これで三番目とかを引いてたらちょっと……色々諦めかけてたかもしれない。
「良いバンド揃ってんじゃん。楽しみだね~」
「ね~っ!」
いつの間にか廣井さんと吉田店長が隣に来ていた。リハに夢中になってて気づかなかったな。
「廣井さん、酔い具合はどうですか?」
「ちょっと物足りない感じかな~」
「なら丁度いいですね。本番まで飲まないでくださいよ」
「え~? あと一本くらい……」
「ダメです」
絶対あと一本じゃ済まないでしょ。せっかく志麻さんが良い感じにコントロールしてくれたんだからこれ以上飲んだら絶対シバき倒されますよ。
「吉田店長、開場の時間は予定通りにしますか? 熱中症が怖いですし、お客さんの並び次第では早めに開場するのもありだと思いますけど」
「そうね~。設営もドリンクの準備もできてるから……あとで責任者と相談してみるわね」
「それと、トイレットペーパーの在庫が少なくなってたんで発注かけた方がいいですね。ドリンクは炭酸水が減ってました。今日の消費次第でこっちも発注かけた方がいいと思います」
「そうなの? 色々確認してくれてありがとね!」
「いえいえ。受付を免除してもらってますし、在庫の確認はSTARRYでもやってることですから」
「山田少年もウチに馴染んだね~。なんだかんだウチでバイト始めて一年くらい? 最初は夏休み限定の助っ人だったのに成長したもんだ」
廣井さんが俺の頭をよしよしと撫でてくる。
そう言われればそうだった。去年の夏休みに吉田店長から「助っ人で何日か入ってほしい」って頼まれたのが最初だったな。
そうか……もうあれから一年くらい経つのか。ものすごくありきたりな感想になるけど、時間の流れってこんなに早いんだね。
「二十歳を過ぎるともっと早く感じるわよ~。あたしなんて気付けばもう三十七なんだから」
「正直、全然見えないっす」
俺の父さんや母さん、後藤パパママにも言えることだけど、俺の周りってやたらと若く見える大人が多いよな。やみさんは若く見える……というか年齢の割に幼いって感じだけど。
「こんにちは~! 『ばんらぼ』のぽいずん♡やみと申しま~す! 今日は取材よろしくお願いしま~す♪」
やみさんのことを考えていたら本当に本人がやってきた。それと司馬さんも一緒に。
やみさん達はすれ違うスタッフさん達にあいさつしながら俺達……正確には吉田店長の元へやってくる。
「ご無沙汰してますっ♡ 今日は取材を受けていただきありがとうございます!」
「いいのよ~。前にSIDEROSやSICKHACKの良い記事を書いてもらったものね。今回も期待してるわよ!」
「はいっ!」
うわぁ……やみさんが完全に営業媚び媚びモードになってる……でも吉田店長は乙女心を持つおっさんだからやみさんのぶりっ子攻撃は効かないんだよね。残念でした。
「ストレイビートの司馬都と申します。弊社所属の結束バンドがいつもお世話になっております」
「ご丁寧にどうも♪ お世話になってるのはこっちも同じよ。あなた達みたいな良いレーベルに結束バンドちゃん達を見つけてもらえてよかったわ~!」
「恐縮です」
やみさんと違って司馬さんは丁寧に頭を下げて吉田店長に名刺を渡していた。
司馬さんとやみさん……二人とも性格は真反対だけどこの凸凹具合が何気に良いコンビ感を作ってるんだよね。
「リハには間に合わなかったか……で、どうなのよ山田。結束バンドの調子は?」
「トリを引きました」
「マジで!? やったじゃん! あの虹夏ちゃんって子もなかなかやるじゃない!」
やみさんが嬉しそうに俺の背中をバンバン叩いてくる。引いたのは虹夏ちゃんじゃないんだよなぁ。
「くじを引いたのはひとりですよ」
「さっすがギターヒーローさん! あたしが見込んだ天才ギタリスト! あたしはね……あの子がこうやってバンドを組む前からやればできる子だってわかってたんだから! 本当に持ってる子はね……運すらも味方につけるのよ。あたしはそれをよーく知って───」
「ちなみにひとりがくじを引く役目に抜擢された理由は『今年のおみくじで大凶を引いたから』です」
「それ任せちゃいけなかったヤツ!!」
「掌のモーターが忙しい人ですね」
俺がそう言うとやみさんが思い切り俺のほっぺたを引っ張ってきた。この人も大概スキンシップが激しいな。
「もっと言うと、俺も今年のおみくじで大凶を引いてたんで……ひとりと俺の大凶パワーが掛け合わさった結果とも言えますね」
「足し算にならなくて良かったわね!!」
ほんとそう。足し算だったら絶対三番を引いてたと思う。
そんな風に俺がやみさんとじゃれ合っていると、吉田店長が俺とやみさんを交互に見て「もしかしてこの子が好きなの?」って視線で訴えてきた。いや違いますよ、やみさんは確かに面白い生き物だから好きですけど……そういうのじゃないんで。
「山田さん、リハを見た印象はどうでしたか?」
「身内贔屓で? それとも客観的に?」
「客観的に、です」
「だったら───
正直、純粋な技術やバンドとしての完成度だけなら、
もちろん、他にとんでもないダークホースがいるかもしれないけど……それらを加味した上で、だ。
ただ、リハを見る限りやっぱり東京三強が頭一つ抜けているから通過するのはこの三組の内の二組だろう。SIDEROSとケモノリアの出演順も考慮すると、おそらく票がかなり割れるだろうことが予想できる。
だから、勝ちあがるにしても敗退するにしても……相当な
そういう意味での「勝負になる」だ。
ということを俺は司馬さん達に詳しく話す。
「なるほど。確かにそうなると……全く読めませんね」
「山田ってこういうところシビアよね~。『素直に結束バンドが一番です』って言えばいいのに。可愛くないわ~」
「あくまで客観的に分析した結果ですから。心の中ではずっと結束バンドが一番だと思ってますよ」
本当にどうなるかわからない。あとはもう……彼女達の演奏次第だ。まあ、なんやかんや理屈をこねくり回したけど……結局のところ、突き詰めれば「いかに自分達の演奏で観客を虜にできるか」ってところに行きつくんだよね。
そして、本番までの時間は残り僅か。そのわずかな時間で俺にできることといえば……
「吉田店長」
「何かしら?」
「……ちょっと控え室に行って結束バンドのみんなと話してきてもいいですか?」
「いいわよ~。しっかり激励してきてあげなさいっ!」
俺が尋ねると吉田店長は笑顔で背中をポンと叩いてくれた。Tokyo Music Riseのファイナルステージでは直前に声をかけるなんてできなかったからな。俺の言葉でみんなを鼓舞……なんて高望みはしないけど、少しでも……ほんの少しでも力になってくれれば。
これほど嬉しいことはない。
「では、少しの間失礼します」
「は~い、いってらっしゃ~い!」
そして俺は吉田店長達に頭を下げて控え室へと向かった。
「やっほ。みんな、リハやってみてどうだった?」
「あ、レンくんっ! うん、大丈夫だよ。
俺が控え室へ入って声をかけると虹夏ちゃんが笑顔を浮かべながらぱたぱたと駆け寄ってきた。他の三人も……ひとり以外は別にガチガチに緊張してる感じじゃないな。
「姉貴、調子はどう?」
「ここ十年で一番の出来」
「山田ボジョレーだな、ヨシ!」
「むふー」
「発酵したぶどう扱いでいいの!?」
虹夏ちゃんが律儀にツッコんでくれるけど、姉貴の表情を見る限り強がってる感じはなく、本当に大丈夫そうだった。もっと緊張していたら俺に対して「かまってかまって甘やかしてオーラ」を全力で発してたはずだからね。
「喜多さんは?」
「平気よ。リハをやったら逆に落ち着いたもの。今はもう……一刻も早く歌いたい、ギターを弾きたいって思ってる。
喜多さんが力強く答える。
Tokyo Music Riseで一番己の非力さを痛感したのは喜多さんだ。あれから約四か月、ボーカルとしての技量向上だけじゃなくイライザさんに色々と指導してもらいながらギターの腕を上げてきた。
ギタリストとしてのプライドを捨てたあの時とは違う。今度は、ギタリストとしてのプライドを懸けた舞台なんだ。
「迷ったり、悩んだり、間違ったりした。だけど、それらも全部……全部全部全部───ここで清算するわ」
よかった。
本当によかった。あの時、彼女を正しい方向へ導くことができて。
喜多さんの笑顔を見て、心の底からそう思う。
「虹夏ちゃんは?」
「あたしは変わらないよ。路上だろうとSTARRYだろうと新宿FOLTだろうと武道館だろうと、あたしがやることは変わらない。いつでもどこでも───あたしはみんなの道標。だから、大丈夫」
強くなった……強くなったね虹夏ちゃん。
すべての始まりは……結束バンドの始まりは虹夏ちゃんなんだ。虹夏ちゃんが姉貴に声をかけたあの日から、二人きりだったあの日から、全てが始まったんだ。
虹夏ちゃんがいなければ───
姉貴はきっと、二度とバンドを組まなかっただろう。
喜多さんはごく普通の高校生活を送る女の子になっていただろう。
ひとりというギタリストが日の目を浴びることはなかっただろう。
虹夏ちゃんがいなければ、今の四人はここにいない。
「ひとりはどう?」
「あ、ああああああああああっはい! えっと……その……」
俺が声をかけるとひとりはわたわたと狼狽し始める。
「しょ、正直……緊張してます……すごく」
うん。だろうね。でも、ちゃんと自分の気持ちを正直に言えました。偉い。
「で、でも……えっと……」
ひとりはまだ何かを言いたいらしく、俯きながら言葉を探しているようだった。俺達四人がそんなひとりを静かに見守っていると、ひとりが顔を上げて俺達四人の顔をしっかりと見回した。
「そ、それ以上に
彼女の言葉に、俺は目の奥から熱いものがこみ上げてくるのを感じた。これ以上ない、心強い言葉。
あのひとりが……ライブの後はいつも真っ白に燃え尽きて歩くこともままならないひとりが……学校でクラスメイトに声をかけられただけで挙動不審になって死にかけていたひとりが……こんなことを言えるようになるなんて。
君は、本当に───
「じゃあ最後にレンくんからも一言何かもらおうかな~」
……え?
「いいですね! 元はと言えば未確認ライオットやTokyo Music Riseの話を持ってきてくれたのはレンくんでしたし!」
「レンのコネとコミュ力で新宿FOLTでライブできるようになったし、廣井さん達に技術指導してもらえた」
「わ、私もレンくんのおかげで学校でお友達ができましたっ……! え、えへへ……」
「あたしが『企画ライブしたい!』って言ったらバレンタインライブを提案してくれたのもレンくんだったよね? それ以外にも……君はこれまで結束バンドのためにたくさんたくさん尽くしてくれました。そんな君の、言葉が欲しい───きっとその言葉は、何よりもあたし達の背中を押してくれるから」
みんなが優しい笑顔で俺を見てくる。確かに元々みんなを激励するつもりで来たけど……まさかこんな空気になるとは。
でも、俺もみんなの言葉を聞いて自分の心に熱い熱い灯が灯っている。だから、この熱を……彼女達への思いを、飾らない言葉で、俺の言葉でちゃんと伝えよう。
「俺は……虹夏ちゃんが姉貴をバンドに誘ったあの日から、結束バンドの本当の始まりからずっとみんなのことを見てきました。たった二人で始まった結束バンド……姉貴に一目惚れした喜多さんが押しかけてきて、ギターを弾けないのに弾けるって嘘をついた挙句に買ってた楽器が多弦ベースで」
俺がそう言うと喜多さんが恥ずかしそうに俯く。
「入学式、たまたま同じクラスになった女の子が……たまたま放課後で一緒に話をしていた女の子が実は凄腕のギタリストだった。内気で、人見知りで、俺が初めて声をかけた時……ひとりは溶けちゃったよね?」
今度はひとりが恥ずかしそうに俯いた。
「そんなひとりが加入して、四人になった結束バンド。本格的に活動を始めてから今日まで一年と約四か月。本当に……本当に色んなことがありました」
俺は目を閉じて今日までの出来事……思い出と呼ぶにはあまりにも色濃く、俺の心に焼き付いている。
「初めての路上ライブ。自分の不甲斐なさを実感して夜のライブハウスで一人ドラムを叩き続けていたリーダー」
虹夏ちゃんは「えへへ」と笑いながら頬を掻く。
「初めての作詞。自分の本当の思いを押し殺した結果、ありきたりな歌詞しか書けなくて苦悩して……でも、自分にしか書けない歌詞が、個性があることに気付いて、それが結束バンドのとても強い武器になって」
ひとりが姉貴を見ながら照れている。
「最高の一曲を作りたいっていうプレッシャーに押し潰されそうになって、誰にも相談しないで一人で悩んで学校やバイトをサボってひたすら俺に甘えっぱなしだった姉貴」
「私に対してだけ私怨が混ざってない?」
全部事実だろうが。
「Tokyo Music Rise……超えるべき相手、肩を並べる相手、支えたい相手の大きさに圧倒されて……本当に大事な……一番大事な初心を失いかけたこともあった」
喜多さんが真っ直ぐに俺を見て頷く。
「これまでの道のりは、決して順風満帆だったとは言えない。たくさん悩んで、たくさん壁にぶち当たって、それでもたくさん努力して……今、みんなはここにいる」
そう。努力したのは……がんばったのは彼女達だ。俺じゃない。
俺にできたことなんて、全てにおける「きっかけ作り」に過ぎないんだ。
そして、そのきっかけをちゃんとその手で掴み続けたのが、彼女達。
「やれることは全てやってきた。誰が何と言おうとも、俺のとっての一番は結束バンド……だから───」
俺は改めて四人の顔を見回した。虹夏ちゃんが、姉貴が、喜多さんが、ひとりが……みんなが俺を見ていた。
今まで長々と話してきたけど俺がみんなに一番言いたいこと、それは───
「この最高のステージを楽しもう」
暑い暑い夏が───彼女達の本当の夏が、始まる。
ライブ審査が終わりませんでした!(半ギレ)
前回のあとがきで綴っていた伏線の答え合わせは次回に持ち越しです。ごめんなさい。何でもするので許してください。
次で絶対ライブ審査を終わらせます。
原作と違い、ぼっちちゃんにくじを引かせてトリになりました。もしも他の二次創作作品で先に同じ展開をされていたらごめんなさい。パクる意図はなかったんです。私の無知だったんです。何でもするので許してください。
主人公達がこれまでの思い出を振り返っているあたり、最終回が近いなと私もひしひしと感じております。
こんなオリジナルまみれの「原作どこいった!?」なクソ長いお話ですが、どうぞ最後までお付き合いください。
ではでは、評価、感想、ここすき、誤字報告等ありがとうございました!