私は今、間違いなく人生で一番緊張している。
すっかり日が落ちて暗くなった夜の公園で一人、私はブランコに揺られていた。真夏を暑さを忘れてしまうような緊張。暑いどころか冬の様に体が震えているのがわかる。
なぜ私はこんなにも緊張しているのか。
理由は簡単だ。
私は今から───好きな男の子に告白をする。
改めて、そう考えるだけで私はこの場から逃げ出したくなってしまった。彼はまだこの場にいないのに、心臓が破裂しそうなくらい高鳴っている。震える唇から息が漏れる。胸がきゅうっと締め付けられているかのように苦しい。
苦しくて、辛くて、逃げ出したくて、でも逃げ出すわけにはいかなくて。
そうよ。逃げるわけにはいかないわ。私は今日、ここで全てを打ち明けるって決めていたはずでしょう。覚悟していたはずでしょう。
だから───
「ヨヨコ先輩、お待たせしました」
私を呼ぶ声が聞こえた。顔を上げると、私の好きな男の子が笑顔で手を振りながら近づいてくる。途端に私は、顔中に熱が集まるのを自覚して、赤くなった顔を見られないように再び俯いた。
私のそんな気持ちを知ってか知らずか、彼は隣のブランコに腰掛ける。
「ヨヨコ先輩、未確認ライオット───
「あ、ありがと……」
彼は───レンは私に笑顔でそう言った。相変わらず私は彼の顔を直視できず、素っ気ない返事しかできない。
私達SIDEROSは
「結束バンドの演奏も本当に素晴らしかったわよ。大舞台に臆することなくみんな心から楽しんでいて……あの子達の演奏は何度も、それこそ飽きるほど聴いてきたけど今日が今までで一番よかった」
「俺もそう思いますよ」
お世辞なんかじゃない。結束バンドは会う度に信じられないくらい成長している。ライブ審査からファイナルステージの間の短期間でも確実に成長していた。正直、演奏の出来だけなら今日の私達に次いでいたと言ってもいいかもしれないわね。
「演奏だけじゃない。まさかあの子が……後藤ひとりがあんなことを言うなんて思わなかったわ」
「正直、俺は泣きました」
「……気持ちはわかるわよ。なんだかんだ、私もあの子とは一年以上の付き合いだし」
演奏前の、後藤ひとりの口上。それなりに関わりのあった私でさえ胸を打たれたのに、私よりももっともっと親密だったレンならなおさらでしょうね。
まあ、親密さなら私だってあの子に負けてないけど。むしろ私の方がレンとはずっと長い付き合いなんだからね。
……そ、それはいいわ。とにかく、あの子があの大舞台で、人前であんなことを言えるようになるなんて思わなかった。彼女はバンドマンとしてだけでなく、結束バンドに入って人間としても大きく成長していたのね。
そういうところは、私も見習わなくちゃいけないわ。
でもね……好きな男の子が別の女の子のことを笑顔で話すのはとてももやもやするのよ?
「ねえ、レン。この公園のこと……覚えてる?」
「覚えてますよ。色々ありましたからねぇ……クリスマスとか、先輩が変な誤解をしたバレンタインとか」
「変な誤解のことは忘れなさい!」
「『覚えてる?』って聞いてきたのは先輩じゃないですか」
「それは……そうだけど……あ、そ、そうよっ! それより……その……私と初めて会った時のことは覚えてる?」
「もちろん、忘れもしませんよ。姉貴が『新宿にあるラデュレのケーキを食べたい!』って俺をパシらせた帰り道……テンションがだだ下がりの中ヨヨコ先輩の路上ライブに遭遇して、感動して……」
「私とあなたが出会えたのはお姉さんのおかげだったのよね」
「感謝したくないなぁ」
「そういえば、あの時のケーキ……結局お姉さんには持って帰らず近くの公園で私達二人で食べたんだったわね。美味しかったわ……」
「その代わりに姉貴にはプレミアムロールケーキを買って帰りました」
もう二年以上前の話。懐かしいわね……あの時の私はコミュ障だったから会話とか全部レンに任せちゃってて……お姉さんへのお土産だったはずのケーキを二人で一緒に食べて。
昔のことを思い出しながら、気付く。いつの間にか、先ほどまでの異常な緊張感がなくなっていたことに。今の私は、普段のように自然にレンと話ができていた。
心地良い、本当に心地良い距離感。
彼と話していてふと、「もうずっと、このままの距離でいいんじゃないか?」という考えが頭をよぎってしまった。本当に、この関係を壊すリスクを冒してまで……私の思いを伝える必要なんてあるの?
こうして、ずっと仲の良い友達のままで……それで時々、この前みたいに二人で遊びに行ったりして、良い雰囲気の曖昧な関係で……それで満足───
できるわけがない。
できるわけが、ない!!
「ねえ、レン」
できないから……レンの一番になりたいから……私の思いを伝えたいから彼をここに呼び出した。逃げちゃダメよ、大槻ヨヨコ。絶対に、今だけは、逃げちゃいけない場面なんだから。
「大事な、話があるの」
「……はい」
私は真っ直ぐに彼の顔を見る。私の言葉を聞いて、レンは真剣な表情を浮かべて……私は彼の琥珀色の瞳に吸い込まれそうな感覚に陥ってしまった。
ああ、こんなにも……こんなにも真剣な彼の表情を見たのは、初めてかもしれない。
「私、ね……」
再び、心臓が跳ねる。覚悟はしてきたつもりだった。彼への感情を自覚したあの日から。未確認ライオットが終わったら全てを打ち明けるって。あなたの一番になってみせるって。
だから行きなさい、大槻ヨヨコ! 今逃げ出したら、思いを伝えられなかったら……私は一生後悔する。
私のありのままの気持ちを、彼への思いを全部全部全部───
「あなたのことが、好きよ」
彼の琥珀色の瞳に飲み込まれないように、私は言った。
「友達として、じゃない。一人の男の子として、あなたのことが好き───大好きです」
面倒見が良いところも、包み込んでくれるような優しいところも、頼りになるところも、こんな私と友達になってくれるところも、困ったときに甘えてきてくれるところも、二人で遊びに行くと可愛くなるところも、あどけない寝顔も、よく笑ってよく泣いて感情表現が豊かなところも───全部好き。
「あなたが他の女の子に優しい笑顔を向けているだけで胸が苦しくなるくらい大好き。あなたを誰にも渡したくないくらい大好き。ずっとずっと、そばにいたいくらい大好き。私はあなたの───一番になりたい」
だから
「山田レンくん。私と付き合ってください」
伝えた。
全部伝えた。
私がずっとあなたに抱いていた感情を。
一つとして、余すことなくあなたに伝えました。
もう、後戻りはできない。
もう、以前のような関係には戻れない。
でも、これでいい。これでいいのよ。ちゃんと自分の思いを伝えたこと、それに後悔なんてないから。
私の心臓が少しずつ、少しずつ落ち着きを取り戻していく。レンは私の言葉を、私の嘘偽りのない思いを、さっきと変わらない真剣な表情で聞いてくれた。真っ直ぐに受け止めてくれた。
あとはあなたの───
私は目を逸らさず、レンの瞳を見つめ返す。
するとレンは、数秒目を閉じて深く深く、一度だけ深呼吸した。
「ありがとうございます。俺を好きだと言ってくれて」
彼は目を開き、先ほどと同じように真剣な表情で、真っ直ぐに私の目を見てそう言った。琥珀色の綺麗な瞳には、確かに私が映っている。
そして───
「ごめんなさい───俺は先輩の気持ちに応えることができません」
胸の内側を、鋭いナイフで刺されたような痛みが走った。
今までの人生で一度も感じたことのない、痛み。これまで、バンド活動を続けてきて辛いことや苦しいことなんていくらでもあった。何度もバンドメンバーが辞めていって、孤独感にさいなまれたのも一度や二度どころか、両手両足の指を使っても足りないくらいだ。
だけど、だけど……
彼のその一言は───今までの辛かったことや苦しかったことが笑い話に思えるくらい、重かった。
「俺には、好きな人がいます」
そして彼は、真剣な表情のまま、誤魔化すことなく、私の目を真っ直ぐに見て言う。
中途半端な優しい言葉や、私を気遣う言葉じゃない。
だけどそれは、私の気持ちに対する彼の精一杯の誠意。
それがしっかりと伝わってきた。
だから私も……ちゃんとこたえてくれた、彼、に……つた、伝えなくちゃ……いけ、ない……
「そう」
唇が、震えている。
ただしそれは、この公園に来たときのような緊張からじゃない。もっともっと、どす黒い感情のせい。
「あり、がとう……ちゃんと、こた、こたえてくれて……私の思いを……き、聞いて……くれて……」
俯くな。下を向くな。顔を上げろ。彼の顔を……レンの顔をちゃんと見ろ。
「きっと、あなたが好きに……なったのは、すごく……素敵な子、なんでしょう……ね。わた……私、は……あなたの、その思いが……とど、届くことを……届くことを、祈って……」
視界が、滲む。彼の顔が涙で朧気になる。
泣くな泣くな泣くな!! 泣くなっ!!
今泣いても……泣いても彼を困らせるだけ……彼はしっかりと、レンはしっかりと私の言葉を受け止めてくれて、その上でちゃんとこたえてくれたのよ。誤魔化さずに、ちゃんと私の目を見てこたえてくれたのよ。
だから……だから今の私にできることは、彼の言葉を受け入れて……彼の思いが、彼があの子のことを好きだという思いが成就することを祈る───
「無理……よっ……!!」
無意識の内に、私は彼に縋るように抱き着いていた。
「わた、し……私は、あなた、の一番に……なり、なりたかった……! 他の、誰でもなくて……あなたの……あなたの一番に……」
もう、抑えられない。零れる涙を、止められない。
「私は……あなたを……応援なんて、でき……ない。あなたの……思い、が……
私は強く、強く彼を抱き締めて、彼の胸に顔を埋めて思いの丈をぶちまける。ただただ、感情のままに。取り繕う余裕なんて、微塵もなかった。
嫌な女ね、本当に。自分でも呆れてしまうくらいに。大好きな彼を困らせて、きちんとこたえてくれた彼を困らせて。でもね、彼を困らせてしまうほど、彼を気遣う余裕なんてないほどに、私はあなたを……レンのことを好きになっていた。
レンは何も言わず、ただ黙って私の言葉を受け止めてくれた。だけど、彼は決して───私を
それが、彼のこたえ。私に対する、こたえ。
彼の思いを理解して、私は彼を離し、もう一度顔を上げる。
レンは変わらず真剣な表情で私から目を逸らすことなく、じっと私を見つめていた。私の思いをちゃんと受け止めてくれたあなただから、その目にちゃんと私を映してくれたあなただから。
そんなあなただから、私は好きになったのよ。
「最後に、一つだけ聞かせてちょうだい」
でも、私は……そんな大好きなあなたを、もう一度だけ苦しめてしまう。
「もしも……もしも、あの子と出会う前にあなたに思いを伝えていたら───あなたは私を選んでくれたかしら?」
とてもとても残酷で、あなたを苦しめてしまう質問。
嫌われたっておかしくない。みっともないと、未練がましいと思われるだろう。
だけど、だけど私は……そんなことを聞いてしまうほどに、あなたを好きになってしまったから。
「それ、は……」
私の言葉に、レンの瞳が初めて揺れ動く。言葉から動揺が、戸惑いが伝わってくる。
本当に、酷い女ね、私って。好きな人を、大好きな彼をこんなにも追い詰めて、苦しめて、困らせてしまうなんて。
レンは目を閉じ、天を仰ぐように顔を上に向けた。
あなたは今、私はどう思ってる? 怒ってる? 軽蔑している? 面倒な女だって思ってる?
正解よ、全部正解。あなたが思っていることは全部、正しいわ。
私は、そういう……女、だから。
しばらくの沈黙の後、レンはもう一度私に顔を向け、目を開き、さっきと何ら変わらない真剣な表情で、琥珀色の綺麗な瞳で私を見てきた。
「───
その言葉を聞いてようやく、私は自分の思いが届かなかったことを
そう、それがあなたの本心なのね。
「イエス」でも「ノー」でもない。
「わからない」でも「こたえられない」でもない。
あなたは「こたえたくない」と言った。
つまりは、そういうことなのね。
あなたの中に「こたえ」はある。
だけど、それを
十分、よ。それだけで十分。あなたの中に「こたえ」があるとわかっただけで、十分。
それに「こたえたくない」とあなたは言ったけれど、それって
そして私には、あなたのこたえがわかる。わかってしまう。
それと同時に、気付いた。
───私は、遅すぎたんだ。
自分の感情に気付くのも、行動を起こすのも、思いを伝えるのも……全てが遅かったんだ。
悲しみがあった。苦しさがあった。痛みがあった。
私の思いは、届かなかった。
「ありがとう、話を聞いてくれて」
私は言う。
「ありがとう、私の思いを受け止めてくれて」
私は言う。
「ありがとう───私に恋を教えてくれて」
私は言う。
「あなたを好きになれて、よかった」
私は言って、彼に背を向けた。
嘘じゃない。これは彼を気遣うための嘘なんかじゃない。私の……私の本音だ。私の彼に対する思い───愛だ。
その思いを、愛を抱えたまま私はゆっくりと歩きだす。
少しずつ、少しずつ彼との距離が遠くなる。嫌だ、離れたくない。ずっと彼のそばにいたい。でも、だめなのよ……離れなくちゃいけないのよ。
一度は止まったはずの涙が、頬を伝っていく。だけど私は、その涙を拭わない。拭うつもりもない。だって、私は忘れるわけにはいかないから。この思いを。この痛みを。この苦しみを。この悲しみを。この涙の意味を。
そして、彼への感謝を。
絶対に、忘れてやらない。
「さようなら───私の初恋」
#87 ロストマン / 伝えたかった思いは時間をかけて言葉になったけど
ヨヨコ先輩の姿が見えなくなったところで、俺は力なくブランコに座り込んだ。
は、はは……よく、耐えた。よく耐えたよ、俺。
よく……泣かなかった。絶対に、泣くわけには、いかなかったから。
だって、俺なんかよりヨヨコ先輩の方がずっとずっと辛くて、悲しくて、苦しいんだから。泣くわけには、いかないだろ。
深呼吸して、思い返す。
俺が先輩の気持ちに気付いたのは、結構最近のことだった。
最初に変だなと思ったのは、バレンタインの後。あんなことがあったから、ヨヨコ先輩の俺に対する態度が変わって……でもしばらくしたら普段通りに戻ってて。
次は、俺が過労で倒れた日。
あの日の記憶はすごく曖昧だけど、先輩に看病されたってことだけは覚えてる。ただ、あの日からまた先輩の俺に対する態度が変わって……明らかに、俺を「男」として意識しているみたいで。
そして、一緒にプールに行った日。
二人であんな雰囲気になって気付かないほど俺は鈍感でも馬鹿でもない。正直、あの日のナイトプールで何か間違いが起こっても不思議じゃなかった。
それくらい、俺も先輩のことを意識してて───
ヨヨコ先輩のことは好きだ。
大好きだ。
虹夏ちゃん以外だと一番仲の良い年上の女の子で、俺が一番甘えていて頼っていた相手。
だから、嬉しかったんだ。
先輩が俺のことを「好きだ」と言ってくれて、本当に……嬉しかった。
でも、俺がヨヨコ先輩に向ける「好き」とヨヨコ先輩が俺に向ける「好き」は同じじゃない。
俺の先輩に対する「好き」は先輩が俺に求める「好き」じゃなかったんだ。
先輩が、俺に求めていた感情……その感情を、俺は───先輩以外の人に抱いている。
だから俺は、先輩の気持ちに応えることができなかった。
ただ俺にできたことは、先輩の言葉を聞いて、先輩の思いをきちんと受け止めて。
その上で、俺の本心を伝える。嘘、偽りなく。
「俺には、好きな人がいます」と。
中途半端な優しさも、誤魔化しも、耳障りの良い言葉も、必要ない。そんなものは先輩の思いを侮辱するだけ、先輩を傷つけるだけだから。
先輩は逃げずに、俺に真正面から自分の思いを、気持ちを、感情を、何一つ隠すことなく打ち明けてくれた。
だから俺も、絶対に逃げない。逃げちゃいけないんだ。それが、勇気を振り絞って俺に全てを打ち明けてくれた先輩に対する礼儀で、誠意。
その、はずだったのに。
俺は、最後の最後で……先輩に酷いことを言ってしまった。
「もしも……もしも、あの子と出会う前にあなたに思いを伝えていたら───あなたは私を選んでくれたかしら?」
心の一番弱い部分に鋭利な刃物を突き立てられたような痛みが走った。
もしかしたら、人生で一番……一番動揺した瞬間かもしれない。
そして、そんな俺の動揺を先輩は見抜いていた。俺も見抜かれているのがわかった上で───
「───こたえたく、ありません」
そう言った。
酷い、本当に酷いことを言ったよな、俺。自分で自分が嫌になるくらい。
あの子と会う前に、先輩に「好きだ」と言われていたら……俺は先輩を選んでいたか?
こたえは「イエス」だ。
それくらい、俺は先輩のことを、
だけど俺は、先輩に「イエス」と言えなかった。
言えるわけ、ないだろ。
じゃあ、「ノー」と言えばよかったのか? 嘘をつくことが……それが正解だったのか?
いや、多分……この質問に、正解なんてなかったんだと思う。
それがわかっていたから、ヨヨコ先輩も俺の「こたえたくない」という言葉を聞いて、納得したような、満足したような穏やかな表情をしていたんだ。
俺の中に、先輩の質問に対するこたえはあった。だけど、
それが俺の、先輩に対する不義理で残酷な我儘。
でも先輩は、そんな俺に……我儘な俺に「ありがとう」と言ってくれた。「好きになれてよかった」と言ってくれた。
お礼を言うのは、俺の方ですよ……先輩。
本当に、ありがとうございました。ヨヨコ先輩。
俺を好きだと言ってくれて。
俺はもう、絶対に悩んだり迷ったりしません。
この選択を、先輩の思いにこたえられなかったことを後悔したり、罪悪感を抱いたりしません。
あなたが俺を好きになったことを後悔しないような「好きになるんじゃなかった」と思われないような、立派な人間になります。
それが、これからの俺にできること。
だから今は、少しだけ、少しだけ休むことを許してください。
今だけ、は……
「こんなところにいた」
声が聞こえた。
俺が世界で一番聞き慣れた声が。
顔を上げると、いつもと変わらず無表情の姉貴が立っていた。
「心配した。全然帰ってこないから」
「……ごめん」
素直に謝ると、姉貴はしばらく俺をじっと見つめた後、隣のブランコに腰掛ける。
「よく俺がここにいるってわかったね」
「あくびに聞いた。結束バンドのみんなも店長も行方を知らなかったから、他の誰かと一緒にいると思って」
そう言われて俺は、バレンタインの日に同じようにヨヨコ先輩を探していたことを思い出していた。
今までは、野良猫の様に気ままにふらふらどこかへ行ってしまった姉貴を探すのが俺の役割だったのに、まさか姉貴に俺を探させるような日が来るなんて。
そう考えて、なんだか俺はおかしくなってしまった。
「帰る?」
「……もうちょっとここにいる」
「そ」
姉貴の問いに俺が答えると、姉貴は黙ってブランコを漕ぎ始めた。真っ暗な公園で、俺と姉貴しかいない夜の公園で、ブランコの錆びた金属音だけがキィキィと悲しく響き渡る。
いつもと変わらない姉貴……いや、変わらないように見えて不器用な優しさを俺に向けてくれている。それが伝わってきたから、俺は少しずつ自分の心が落ち着いてきていることを自覚できた。
「何も、聞かないの?」
「聞いてほしいの?」
ブランコを漕ぎながら、姉貴に尋ね返されてしまった。
「確かに、レンにとって私は超絶完璧スーパーハイパーべりーきゅーとならぶりーお姉様だけど……」
いつものように、ふざけた口調。だけど、いつもと違って……その声色には不安と心配が混ざっていた。
「今のレンの心に負担をかけずに踏み込めるほど……器用じゃないから」
知ってるよ。姉貴がそういう人間だってことは、俺が世界で一番よく知ってるよ。
「でもね、これだけは言える」
姉貴はブランコを降りて、俺の目の前までやってくる。そして、両手でそっと俺の顔を優しく包み込んだ。
「何があっても───私はレンの味方だよ」
俺と同じ、琥珀色の瞳が真っ直ぐに俺を見つめてそう言った。今までに見たことがないような、優しい笑顔を浮かべて。
なんで、なんで姉貴は……こういう時だけ
そう言いたかった。言ってやりたかった。だけど姉貴は、俺が言葉にしなくても、俺が何も言わなくても俺の心を理解していた。
「だって私は、レンのお姉さんだから」
ああ、全くもって───その通りだよ。
次回、最終回。