【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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 最終回です。



#Final Ending /

「失礼しまーす! 二年の山田ですけど、教室の鍵を借りに来ましたー!」

 

 八月中旬、猛暑の中俺はわざわざ学校へと足を運び、職員室の扉を開いた。クーラー全開の職員室の涼しい風が汗ばんだ俺の体の火照りを冷ましてくれる。あ゙ー……くっそ暑い外からクーラーで冷え冷えの空間に入る瞬間がたまらんのじゃ~。

 

 俺は文明に利器に感謝しながら担任の先生のデスクまで歩いていく。

 

「珍しいな、山田。夏休み中に学校に来るなんて。勉強するなら教室じゃなくても図書館が開いてるよ」

「いや、ちょっと教室に用事がありまして」

「ふーん? 鍵ならちょうど私が持ってるから……はい」

 

 そう言って担任の先生が俺に教室の鍵を渡してくる。職員室を見回すと、いつもより先生の数が少なかった。部活の合宿だったりまだお盆休みだったりするのかな。

 

「夏休み中もお仕事お疲れ様です」

「ありがとう。世間には『教師って夏休みと冬休みが長いんだろ? 楽だな~』とかほざく輩がいるけど、私はそんな連中を一人残らず殴って回りたいと思ってるんだ」

「授業がないから負担は少ないですけど、部活だったり二学期の行事の準備だったり研究会だったり研修だったり教材作りだったり色々仕事はありますもんね」

「わかるか山田!? そうなんだよ! 長期休みも色々仕事があるんだよ! 三年生の担任になれば毎日進路のことで頭がいっぱいで……ちくしょう公務員だからって目の敵にしやがってそもそもバブル時代に好き放題稼いでいたリーマン共はバブル時代から給料が低い私達を馬鹿にしていたのにバブルが崩壊した途端に安定した公務員を『税金泥棒!』とか『公務員は給料が無駄に高い!』とか罵りやがってこの野郎バブル時代にちゃんと貯蓄してないからそうなってるんだろうが自分の無能を他人や時代のせいにするんじゃない」

「苦労してるんですね。飴ちゃんあげます」

「その優しさで涙出そう」

 

 先生は目頭を押さえながら俺から飴ちゃんを受け取った。先生も大変なんですね。俺も色々教職について調べてるから、ほんの少しは共感できますよ。

 

「あと先生、俺が借りたい鍵は二年のじゃなくて、一年二組の鍵なんです」

「一年二組? なんでまた一年の教室なんだ?」

「俺、今から好きな子に告白するんです」

「ぶーっ!!」

「先生汚いですよ」

 

 俺があっさりそう言うと、先生は飲んでいたお茶を思い切り噴き出してデスクの上の書類がダメになってしまった。俺のせいじゃないからね。そして、俺の発言に職員室がざわついている。うん、当然の反応だと思います。

 

「何言ってんだ山田!? 告白と一年の教室と何の関係があるんだよ!?」

「俺がその子と初めて出会ったのが一年二組の教室なんですよ。だから告白するならそこしかないなって思って……」

「あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! やめろやめろ!! その甘酸っぱい感じの青春やめろ!! 私の……私の心が!! 擦り切れてしまう……!!」

 

 先生がデスクに頭をガンガン打ち付け始めた。ひとりも青春コンプレックスを爆発させたらこんな反応になるよね。流行ってるのかな。

 

「先生、彼氏いないんですか?」

「……いいか山田、お前も教職志望なら覚えておけ! 教員はなぁ……びっくりするくらい出会いがないんだ!!」

「お、おう……なんという鬼気迫る表情」

「学校現場というただでさえ狭い世界に加えて平日も土日も部活で潰れて普通の会社に勤めている相手とは生活リズムのすれ違いから破局しやすく……仮に教員同士で付き合うと狭い世界だからすぐに情報が広がって結婚しようものなら二人の勤務する学校は最低でも学区外……物理的にかなり距離を離されることになるし離婚すればどこの学校に行っても腫れ物扱い……」

 

 先生がブツブツと教員の闇を語り始める。他人事とは思えないけど、でもこういう教員の後ろ暗い裏話って結構面白いな。というか、先生彼氏いないのか。普通に美人さんなのに。

 

「だから山田!! 学生時代の恋人は!! 大事にしろ!! 本当に!!」

「まだ付き合えると決まったわけじゃないですよ」

「お前みたいな男を振る女がいるのか?」

「それは俺を高く評価し過ぎでしょ」

「告白のシチュエーションをちゃんと考えてしかもロインとかじゃなくて面と向かって直接思いを伝えようとする顔と性格の良い男を振る女を私は逆に見てみたいよ」

「顔と性格はともかく……ロインじゃ思いは伝わらないと俺個人では思ってるので。そりゃあ、面と向かって思いを伝えるのには相当な勇気が必要ですけど、でもやっぱり……本気で好きになった相手には自分の本気の思いを伝えたいじゃないですか」

「よく言った! そうだよな! 男だったらそのくらいの勇気と気概を見せろって話だよな!」

 

 先生がそう言って俺の背中をバンバン叩く。今のご時世で「男らしく」とか「女らしく」とか軽々しく言っちゃうと色々問題になるから気を付けてくださいね。

 

「持ってけ山田! 一年二組の教室の鍵だ! 私はお前の思いが届くことを祈ってる。ただ、その思いが届かなくても……本気で誰かを好きになった経験は必ずお前の人生の糧になるからな」

「ありがとうございます。先生も素敵な彼氏ができるといいですね」

「……誰か良い人いない?」

「ピアスゴリゴリで乙女心を持つ三十七歳のおっさんでよければ紹介しますよ」

「良い人要素どこ!?」

 

 言っておきますけど、その人は俺が両親の次に頼りにしている大人ですからね。

 

 それから俺は先生から鍵を受け取って職員室を出て行ったんだけど、しばらく先生達の間では俺の話題で持ちきりだったらしい。

 

 

 

 

 

 

「あっつ……」

 

 教室の扉を開いて思わずそう呟いてしまった。締め切った教室はサウナを思わせるような熱気がこもっていて、俺はすぐにエアコンのスイッチを入れて「強」に設定する。汗だくのサウナ状態な教室で告白なんてやってられるか。

 

 そして俺は、改めて教室を見回してみる。

 

 つい半年くらい前まではこの教室で授業を受けていたのに……なんだかものすごく遠い昔のようで懐かしい気持ちになった。

 

 そのまま感慨深さに浸りながら教室を歩き回ったり窓から外の景色を眺め、しばらくしてから俺はある席につく。

 

 ここは、入学した時の、一番最初の俺の席。

 

 彼女と出会って、彼女と初めて会話をした時の席。

 

 そうだよな。あれからもう、一年以上経つんだよな。

 

 最初に会った時は、死にそうな顔で今にも倒れそうでフラフラしていて「大丈夫かこの子?」っていう印象だった。クラスの自己紹介でも名前しか言えないくらい緊張してて、でも俺が「ロックバンドが好きです」って言ったらクラスの誰よりも反応してくれて……

 

 思えば、あれが全ての始まりだったんだ。

 

 たまたま同じクラスになった女の子。たまたま自己紹介で「ロックバンドが好き」と言った俺。たまたま凄腕のギタリストだった女の子。たまたまバンドに所属している姉がいた俺。

 

 バンドを結成したいと願い続けていた女の子。

 

 リードギターを探し続けていた結成したてのバンド。

 

 本当に、本当に色々な偶然が重なっての出会い。

 

 いつか、彼女のお父さんが言っていたことを思い出す。「音楽は人と人とを繋ぐ」と。

 

 その通りだ。俺と彼女を繋いでくれたのは、間違いなく音楽だ。

 

 もしも彼女がギターを弾いていなければ、もしも俺がバンド好きでなければ。

 

 俺と彼女は今のような関係を築けなかっただろう。俺が彼女にこんな感情を抱くこともなかっただろう。

 

 俺は椅子に座りながら目を閉じて思いを馳せる。

 

 でも、それだけじゃない。

 

 俺と彼女を繋いでくれたのは、音楽だけじゃない。あの時、俺達二人を繋いでくれた()()()()()は───他にある。

 

 俺にはそれが何かわかっていて、わかっているからこそ、俺はここからどういう行動を取るべきなのか。

 

 そんなものは決まってる。

 

()()()()

 

 俺が廊下に向かって声をかけると、小さな悲鳴が聞こえてきた。……うん。なんとなくそういう反応をするだろうなと思ってた。

 

 視線を向けると、廊下の窓から顔の上半分だけを出して俺に熱い視線を向けている桃色の少女がいる。あの時と、俺達が出会った時と全く同じ行動をしている少女が。

 

 彼女からの返事はなかったけど、壁の向こうでもぞもぞ動いてる気配はあるね。

 

 そう思っていたら、教室のドアが開いて彼女が顔を半分だけ出して俺を……俺の足下をじーっと観察してきた。警戒心の強い猫さんかな?

 

 俺はそんな彼女を見て、いつものようにほっこりとした気持ちになった。

 

「ちょっと、お話しませんか?」

 

 あの時と同じように声をかける。でも、同じなのは、俺の行動だけじゃない。

 

 彼女があの時と同じように持っていたもの。そして、あの時、俺達を繋いでくれた最大の要因。

 

 それは───

 

「は、はい……」

 

 彼女の───勇気。

 

 彼女は顔を上げて、真っ直ぐに俺を見つめたまま教室に入ってきた。意を決した表情で、緊張した表情で、真剣な表情で、色々な感情が混ざり合った表情で。

 

 そして彼女は、俺の()()()までやってきた。

 

 あの時と同じ行動、でも、あの時と違う距離感。

 

 その距離感が心地良くて、嬉しくて、俺は笑顔を隠し切れないまま立ち上がり、彼女を見つめ返す。サファイアブルーの綺麗な瞳が俺を真っ直ぐに捉えた。

 

 ああ、君は……そうやって、ちゃんと人の目を見られるようになったんだね。

 

 小さな感動を覚えながら、俺は自分の鼓動がどんどん早くなっていることにも気付いた。うん、わかってる。わかってるよ。俺は今、すごく緊張している。

 

 だけどね、俺はもう迷わないって、悩まないって決めたんだ。この緊張も、鼓動の高鳴りも、全部全部俺は認めて受け入れるから。

 

「来てくれてありがとう。俺は今日、あなたに、とても大切なことを話そうと思っています」

「わ、私も……レンくんに、お、お話……したいことがあります……」

 

 彼女は、ひとりはスカートを力強くぎゅっと握り締めながらそう言った。そっか、君も俺と同じように色んな決意や覚悟をしてここに来たんだね。

 

「先に、俺から話してもいいかな?」

「は、はい……」

 

 でも、ごめんね。今だけは我儘を言わせてもらう。

 

 これは、これだけは絶対に俺から言いたいことだから。

 

 俺は目を閉じ、深く深く深呼吸すると自分の鼓動だけが頭の中に響いてきた。大丈夫、大丈夫だ。ちゃんと、言える。

 

「後藤ひとりさん」

 

 目を開け、彼女を真っ直ぐに見つめ、名前を呼んだ。

 

 彼女の表情からは戸惑い、緊張、恥ずかしさ、不安、疑問……たくさんの感情が読み取れた。でも俺は、彼女のそんな表情さえも───

 

 

 

 

 

 

「俺は───あなたのことが好きです」

 

 

 

 

 

 俺はそう言葉を紡いだ瞬間、心臓の奥が燃えているんじゃないかと錯覚するほど熱くなっていることを自覚した。

 

 爆発しそうなほどの鼓動の高鳴り。今までにない、高揚感。だけどそれとは裏腹に、今すぐここから逃げ出したくて、彼女から目を背けてしまいたくなって……相反する感情、ぐちゃぐちゃな感情が俺の心を支配している。

 

 ただ、頭だけはやけに冷静で、彼女に対する感情の変化を思い返していた。。

 

 最初は多分、ただの庇護欲だったんだと思う。

 

 人間関係、バイト、バンド活動、勉強、学校生活……本当にたくさんの場面で、彼女を一人っきりにするのは不安だった。だから少しでも彼女の助けになればいいなと思って、半分は……いや半分以上無意識で色々とお手伝いをしてきた。

 

 そんな彼女を初めて意識したのは、一年生の夏休み。

 

 結束バンドのみんなと一緒に花火大会に行った日。

 

 彼女を迎えに家まで行った時、彼女の浴衣姿を見た時。

 

 俺はその時、自分の中に初めて知らない感情が芽生えたことを自覚した。

 

 その日は結局、彼女と二人で出店を回って花火を見て。

 

 彼女と一緒にいるのがすごく楽しくて。彼女がすごく可愛くて。

 

 だけど、その時はまだ今みたいに焦がれるような感情じゃなくて。

 

 だって、すぐに彼女とはいつも通りに戻ったから。

 

 それから、海で遊んだり別荘でお泊りしたり、フェスを観に行ったり江の島に行ったり、彼女のギターを修理に出しに行って俺のギターを貸してあげたり。

 

 ああ、そういえば……あの日に初めて君とセッションしたんだったね。

 

 文化祭では一緒にメイドになって、俺が貸してあげたギターが壊れて慌てて彼女のギターを楽器店まで取りに行って。

 

 ライブが終わってダイブされて頭をぶつけて意識を失って。一生笑い話として弄り続けられるようなとんでもない文化祭だった。

 

 でも、そんな文化祭から俺達はお互い名前で呼び合うようになって。距離がすごく縮まって。

 

 あの日から、お互いもっと砕けた雰囲気で話せるようになって。冗談を言い合ったり、からかい合ったり。

 

 クリスマスライブの打ち上げでサンタのコスプレをして。一緒に初詣に行った後、君は甘酒で酔っ払って姉貴と一緒にへなちょこキャットファイトをしてて。

 

 バレンタインには、俺が一番好きなチョコを作ってくれた。

 

 二年生でも同じクラスになって、俺がレーベルでバイトをするようになってから、未確認ライオットに向けて色々と動き回るようになってから、俺達が一緒にいる時間が少し短くなったよね。

 

 忙し過ぎて、その時はあんまり自覚はなかったんだけど、今にして思えば……無意識の内に俺は寂しさを感じていたんだと思う。

 

 ただそれでも、残された時間を有効に使うためにお互い一生懸命で、新曲の歌詞のことやバックコーラスのことを話したりして。

 

 みんなでよみ瓜ランドに行った時、二人で観覧車に乗って音源審査を通過したことが嬉し過ぎて君に抱き着いちゃったこともあったね。……あれは、自分でやっておいてすごく恥ずかしかった。

 

 それからもずっと怒涛の日々で、でもすごく充実した毎日で。

 

 そんな毎日を過ごしている内に、内気で臆病だった君が、人と目を見て話すこともできなかった君が、一歩一歩前に進んで成長してく姿が自分のことのように嬉しくて、そんな君に少しずつ惹かれていって。

 

 俺が本当にその感情を自覚したのは、二度目の花火大会。

 

 ずっと二人きりだった花火大会。

 

 何か劇的な出来事や、ドラマチックな展開があったわけじゃない。

 

 ただ、俺は気付いたんだ。

 

 俺は───俺達は二人でいることが多かった。二人でいることが当たり前になっていた。

 

 でも、そんな当たり前は一体()()()()続くのか?

 

 答えは簡単。

 

 いつまでも、続くわけがない。

 

 いつか必ず、俺も、君も、お互いに良きパートナーを見つけてそれぞれの人生を歩んでいく。

 

 必ず、だ。

 

 それに気付いて、俺は途端に怖くなった。許せなかった。

 

 何が?

 

「俺は、俺以外の誰かが───君の隣にいることに耐えられないくらい君が好き」

 

 言葉にして、君に告げて、俺は自分で驚いた。自分の中に、こんな感情があったんだ。独占欲に近い感情が。

 

 恋愛感情って、もっとキラキラしていて綺麗で、純粋なものだと思ってた。

 

 でも、違った。俺が抱いた感情は、お世辞にも綺麗なんて、純粋なんて言えない、蓋をしたくなるような、目を背けたくなるようなものだった。

 

 だからどうした。

 

 俺はこの感情を否定しない。蓋をしない。目を背けない。

 

 決して、逃げない。

 

 だってこれが、俺の本心。俺が初めて抱いた恋愛感情。

 

 それに、()()()俺は誓ったから。

 

 迷わないって。悩まないって。後悔しないって。

 

「俺はずっと、君と一緒にいたい」

 

 これが俺の、君への思い。他の誰にも抱いたことのない、君への、君だけに抱いた特別な思い。

 

 俺の言葉に、それまでずっと俺の目を見ていたひとりが顔を赤くして俯く。彼女のその行動を、俺はどうしようもなく愛おしく思うと同時に、どうしようもなく不安になってしまった。

 

 だけど、これでいい。これでいいんだ。

 

 俺は全部伝えた。決して言葉は多くなかったけど、俺は俺の気持ちを、ひとりへの思いを何一つ隠すことなく伝えた。

 

 そのことに、後悔はない。絶対に。

 

 改めて決意すると、俺は自分の心が落ち着いてきていることを自覚した。さっきまであんなに爆発しそうなくらい鼓動がうるさかったのに。今の俺の心臓は、自分でも驚くくらいに静かに脈打っている。

 

「わ、たし……私は……」

 

 ひとりが自分のスカートを握る手の力をぎゅっと強める。

 

「私、だって……レンくんに、ずっとずっと……言いたいことが、あった……のに……」

 

 俯いている彼女の表情は見えない。ただ、彼女の肩が、身体が震えているのがわかった。

 

「ずるい、です……レンくんは……いつもいつも、そうやって……私が一番欲しい言葉をくれるんだもん……」

 

 ひとりが、顔を上げる。

 

「ずっと、そう思われていたらいいなって……思ってた」

 

 サファイアブルーの瞳が、真っ直ぐに俺の目を見つめ返してきた。

 

「私も───レンくんのことが好きです」 

 

 恥ずかしそうに頬を染めて、目尻に涙を浮かべながらそう言った彼女を見て。

 

 俺は彼女を、ひとりを強く抱き締めた。

 

 俺の行動に驚いたひとりは、腕の中でびくりと体を震わせたけど、おずおずと俺の背中に腕を回して俺を抱き締め返してくれる。

 

「好きだよ、ひとり」

「好きです、レンくん」

 

 俺の思いが届いたことが、彼女が抱き締め返してくれたことが、彼女も俺を好きでいてくれたことが、どうしようもなく……本当にどうしようもなく嬉しくて。

 

 そして、「好きだ」と言ってくれた時の彼女の笑顔がどうしようもなく綺麗で、どうしようもなく愛おしくて。

 

 俺は彼女に───キスをした。

 

 

 

 

 

 

「な、なんだか夢みたいです」

「俺も……気持ちがすっげーふわふわしてる」

 

 学校を後にして俺達は手を繋ぎながらSTARRYへ向かって歩いている。職員室に鍵を返しに行ったら担任の先生がまた青春コンプレックスを発動させてデスクに頭をガンガン打ち付けていた。他の先生達はめっちゃ温かい視線を向けてきて恥ずかしかったけどしょうがない。俺の行動の結果なんだから甘んじて受け入れよう。

 

「れ、レンくんは本当にずるいです。私から……私から告白しようと思ってたのに……」

「知らなかったの? 俺はね、結構卑怯な男だから」

「むー……でも、そういうところも、好き……です」

 

 ひとりが顔を赤くしながら顔を逸らしてそう言った。うん、やばいね。ちょっと可愛すぎる。ここが公共の場じゃなかったらもう一回抱き締めてキスしてた。絶対。

 

「あ、あの、レンくん……」

「んー?」

「そ、その……本当に、私なんかでよかったんですか? こんなにコミュ障で人見知りで自分で言ってて悲しくなるくらい一緒にいてもつまらない女で……」

 

 不安そうな表情でひとりが尋ねてくる。この子は調子に乗って自惚れることもあるけど、基本的には自己肯定感がものすごく低い子だからな。高校生になるまで一人も友達がいなくて、まさかそんな自分に彼氏ができるだなんて思ってもいなかったんだろうね。

 

 ギターヒーローアカウントの虚言は例外として。

 

 ま、まあとにかく……俺は彼女を安心させてあげる必要があるわけで。

 

「俺は、ひとり()いいんだ」

 

 多くを語る必要はない。彼女が安心できる、俺の本心をありのまま伝えてあげればいい。それだけで十分だから。

 

「あ、え……えへへ……わ、私も、レンくんじゃないと、だめです……」

 

 ひとりはそう言ってふにゃふにゃ笑いながら俺にぴったりと体を寄せてきた。どうしよう。幸せ過ぎて怖い。俺、もしかして今日死ぬんじゃないだろうか。このまま魂が浄化されて成仏しそうなんだけど。

 

「あ、あのさ……俺達のこと、みんなにはどう話そうか?」

「そ、そうですね。け、結束バンドのみんなに……(私がレンくんのことを好きなのみんな知ってるし色々相談に乗ってもらった上に『明日レンくんに告白してきます!』ってみんなに宣言したからバレバレなんだけど……)」

「……しばらく内緒にしておく? その方が背徳感あるというか、二人の秘密にしておく方が特別感があるというか」

「は、背徳感……そうですね(でも、レンくんが楽しそうで可愛いから乗ってあげよう……ふへへ)」

 

 正直、今後のバンド活動に与える影響を考えたらすぐに報告する一択なんだけど……ちょっとくらい二人だけの秘密を楽しんでもいいよね?

 

 って、思ってたんだけど……

 

「よく考えたらひとりの態度ですぐにバレるから意味ないか……」

「そ、そんなことないもんっ……! む、むしろレンくんの方がリョウさんにすぐ気付かれちゃうと思いますっ!」

「ほーん? じゃあ、どっちのせいでバレるか勝負する?」

「い、いいですよ? 私の勝ちは揺るがないですからね……ふへへ」

「ごめん、俺も負ける気がしない」

(ふへへへっ……レンくんは知らないだろうけど、今から結束バンドのみんなにロインで根回ししておけば絶対私が勝てる! そして負けちゃったレンくんに罰ゲームで……ふへへへへへへへへへっ!! い、いけないいけない涎垂れるところだった)

 

 やたらとひとりが自信満々だったけど、この子は変なところで自信家になるから何の問題もないな。バレるまで何日もつかな? 三日持てばいい方かな? いや、下手したら今日バレるかもしれない。かもじゃないな、絶対バレるわ。

 

「あ、あれ……?」

「どうしたのひとり───って、あれ?」

 

 二人で不毛な争いという名のいちゃつき全開で歩いていると、STARRYへ続く地下への階段横の花壇の前に一人の女の子が立っていることに気付く。

 

 え? な、なんでここにいるんですか……?

 

 俺はそこにいる人物に、戸惑いを隠せなかった。

 

「ヨヨコ、先輩……?」

 

 立っていたのはヨヨコ先輩だった。いつものツインテールじゃなくて、髪を下ろして眼鏡をかけている。完全にオフモードのヨヨコ先輩だった。

 

「あ、やっと来たわね。待ちくたびれたわよ二人とも」

 

 俺達二人に気付くと、先輩は躊躇いなく俺達の方へ近づいてくる。なぜか自信たっぷりの表情で。

 

「今日はね、二人に言いたいことがあって来たのよ」

「い、言いたいこと……ですか……?」

 

 ひとりが首をかしげて尋ねる。先輩の声色は……びっくりするぐらい普段通りだった。あまりにも普段通り過ぎて、しかも唐突に現れて……すみません。正直、めちゃくちゃ動揺してます。

 

 そして先輩は俺のそんな心境なんて知ってか知らずか、いや、確実に気付いてるな。気付いた上で先輩は腕を組んで得意げな表情で俺達を見てくる。

 

 

 

 

 

 

「私───諦めないから」

 

 

 

 

 

 ただ一言、そう言った。

 

 俺に向かって。ひとりに向かって。

 

「何を?」なんてことは、聞かなくても、わかる。

 

()()()()色々考えたわ。忘れようって、時が解決してくれるだろうって、また良い人が見つかるだろうって───でもね、私……思ったのよ」

 

 先輩はそこで一度言葉を切った。そして一度深呼吸して、再び言葉を紡ぐ。

 

「好きな人に恋人がいる()()、そんなの、私が諦める理由にならないって」

「え? じゅ、十分諦める理由になると思います、よ……?」

「しゃらっぷ!!」

「ひぃん!?」

「あ、こらっ! そうやってレンに甘えるな!」

「だ、だって私の彼氏ですし……ふへへ……」

「くっ……! 何も反論できないのが辛い! それにその顔……後藤ひとり。あなた、私のことを『未練がましいみっともない女』だって思ってるわね?」

「あっはい」

「少しは返事を躊躇いなさいよ!?」

 

 なんか俺そっちのけで二人がキャットファイトし始めた。状況的には俺が振った女の子が俺のことを諦めきれなくて俺の彼女に宣戦布告をしてるっていう修羅場なんだけど……なんでこんなにギスギスしてないの? むしろなんでちょっと微笑ましい雰囲気になってるの?

 

 とはいえ、当事者であり原因である俺が何もしないわけにはいかない。俺は先輩じゃなくてひとりを選んだんだから。

 

「あの、ヨヨコ先輩」

「何?」

「なんと言われようと……俺の気持ちは変わりません。俺は、ひとりのことが好きです」

「……ここで恥ずかしげもなくそう言えるところがあなたらしいわね。まあ、そういうあなただから私は好きになったのだけど」

 

 俺はヨヨコ先輩に向かってはっきりそう言った。ここで動揺したり曖昧な態度を取ったり変な気遣いを見せるのはヨヨコ先輩にもひとりにも失礼だ。

 

「それに、NTR? BSS? WSS? っていうのが最近流行ってるんでしょ? だったら私もその流れに乗ってやるだけよ!」

「……先輩。それらの意味、知ってます?」

「いいえ。わからないけど、恋愛必勝用語みたいなものなんでしょ? 楓子とイライザさんから教えてもらったわ」

 

 ヨヨコ先輩に何教えてんだあの二人!?

 

「お、大槻さん……ちゃんと、意味を調べた方が……いいです」

「え? なんで私がそんなに心配されてるの? でも、確かに意味を知らないままの言葉を使うのもおかしいわね。帰ったら調べておくわ」

 

 多分家で一人悶絶するんだろうなぁ。頭抱えてバタバタしてるヨヨコ先輩が容易に想像できる。

 

「あと、よく考えたら私って海外フェスの大トリを目指しているじゃない? 好きになった男一人振り向かせられないで……そんな夢を実現できるわけないでしょう!」

「あ、あの……音楽と恋愛を同一に扱うのは間違っているのでは?」

「後藤ひとり! よく覚えておきなさい……正論は往々にして人の心を追い詰めるのよ」

「あっはい」

 

 なんだこの空気。別にギスギス修羅場を期待していたわけじゃないけど……なんだこの、なんだこの釈然としない気持ち。多分ヨヨコとひとりっていう組み合わせだからこんなおかしな化学反応が起こっただけであって、他の人だったらこうはならなかったんだろうな。

 

「とにかく……レン!」

「はい」

「覚悟しておきなさいよ。絶対に、私のことを好きにさせてみせるから」

「……俺の一番は、ひとりです」

()()、ね? そもそも、簡単に靡いたり揺らいだりするだなんて思ってないわ。もしもあなたがそんな風に気の多い男だったら好きになっていなかっただろうし」

 

 俺の返答がわかっていたのか、先輩は優しい笑顔でそう言った。なんか、今日の先輩はいつもよりずいぶん大人っぽいというか精神的に余裕があるな。無理に強がってる感じもしないし。

 

「レンにとっては迷惑な話だろうけど……私はね、簡単に諦められるほど物わかりがいい女でも賢い女でも潔い女でもないの。でも、恋愛って結局はそういう()()の押し付け合いだって学んだから」

 

 それについては、俺も同感だ。俺だって「ひとりの隣にいるのが自分じゃなきゃ嫌だ」っていうエゴを抱えているんだから。

 

「そういうわけで……後藤ひとり。油断してたら私が貰っちゃうからね?」

「あ、あげませんっ! レンくんは私のですっ!」

「そうこなくっちゃ♪」

 

 ひとりが俺の腕にぎゅっと抱き着いてくる。先輩はなぜか嬉しそうだし。俺、人の気持ちを察したりするのは得意な方だと思ってたけど……女の子の心って、本当にわかんないな。

 

「それと、もう一つ大事なことを伝えておくわ」

「ま、まだあるんですかぁ……?」

 

 ひとりが眉を八の字にしながら不安そうに尋ねる。

 

「嫌そうね?」

「だ、だって……目の前に『自分の彼氏を奪う宣言』をした人がいるんですよ……け、警戒するに決まってるじゃないですか」

「……それについても何も反論できないわね」

 

 今日は珍しくひとりが正論をぶちかます日だな。ただ、俺はヨヨコ先輩の雰囲気から、次は()()()()類の話ではないってことを察することができた。

 

「私は───」

 

 そして先輩が、真剣な表情で俺達二人を真っ直ぐに見つめてくる。

 

 

 

 

 

 

「私達SIDEROSは───ストレイビートに所属します」

 

 

 

 

 

 

 は……あ……え……? い、今……今なんて言いました?

 

「驚いてるみたいね。あなたのそういう顔が見れただけで満足だわ」

 

 ヨヨコ先輩は悪戯が成功した子供のようにクスリと笑う。待って、ちょっと待ってください! あ、頭が……頭の理解が追い付かないです!

 

「言っておくけど、これは私だけじゃなくてSIDEROSのみんなで決めたことよ。それに、この結論には───あなたへの感情は()()()()

 

 さっきまでの子供ような笑顔とは違い、真剣な表情と声色で先輩ははっきりとそう言った。

 

「未確認ライオットが終わってから、マネージャーを通していくつかのメジャーレーベルから声がかかったわ。だけど、どこも私達の方針とは合わなかったから断ったのよ」

 

 それを聞いて俺は、Tokyo Music Riseの後にもヨヨコ先輩から同じような話をされたことを思い出した。メジャーの誘いを全部断るとか……相変わらずロックなことしてますね。

 

「最初は自分達の力だけでやろうと思ったのだけど……でも、私はあなた達と、結束バンドと出会ってからの一年で痛感した。自分達の力だけは限界があるということを。私達には共に切磋琢磨し合う相手が必要だということを」

 

 俺は先輩の言葉を聞いて、目の奥がツンと痛くなり、そして熱くなっていることを自覚した。先輩が……あのヨヨコ先輩がこんなことを言うなんて……結束バンドのことをこんなに高く評価してくれていたなんて……

 

 何度も何度もメンバーがいなくなって、一人きりで活動していた時期もあって、ようやく理想のメンバーが集まって、それでも自分達の力だけを信じていた先輩が……認めたんだ。彼女達の、ことを。

 

「もちろん、ストレイビートがバンドの意向を汲んでくれる良いレーベルだっていうことは、レンやあなた達を見ていればわかる。だけど、何よりも……何よりも、私はあなた達と、結束バンドと一緒に高め合っていきたい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう思ったからよ」

 

 ヨヨコ先輩はそう言って、ひとりに手を差し出す。

 

「これからは……いいえ、これから()私達は競い合い高め合う仲間でありライバル。よろしくね───()()()

「あっ……は、はいっ!」

 

 そしてひとりはヨヨコ先輩の手を握った。

 

「レンもよ。これからストレイビートはもっと忙しくしてあげるんだからがんばりなさい」

 

 次に先輩はひとりの時と同じように俺に手を差し出す。俺は一度その手を見て、そして先輩の目を真っ直ぐに見た後、手を取った。

 

「こちらこそ、よろしくお願いします」

「ん……よろしい」

 

 先輩は満足そうに笑っていて、俺もつられて笑ってしまった。

 

「他の人達にも……()()にもそう伝えてちょうだい。来年あたりに『一緒にツアーをやりましょう』って」

「必ず」

 

 SIDEROSと結束バンドの合同ツアー……まだ具体的なことは何も決まっていないのに、どうしようもなく高揚している自分がいた。うん、まずは司馬さんに相談しよう。日程とか規模とか予算とか他にも色々話し合わなくちゃいけないことがあるから。

 

 この高揚感を自覚しながら、俺は思う。

 

 将来、本格的にこの業界で働くことを考えてもいいな、って。

 

「私が伝えたかったことはそれだけよ」

 

 一仕事やり切ったみたいな顔でヨヨコ先輩はそう言った。いや、「だけ」じゃないでしょ「だけ」じゃ。とんでもないビッグニュースをいきなりぶち込まれて危うく宇宙猫になるところでしたからね。

 

 ひとりなんかまだ目を白黒させてるし。

 

「じゃあ、私の用事は終わったから帰るわね」

 

 ヨヨコ先輩はそう言って俺達に背を向けて歩き出す。だけど、数歩進んだところでもう一度俺達の方へ振り返った。

 

「レン、ひとり───()()()

 

 ヨヨコ先輩は晴れやかな自然な笑顔で手を振り、颯爽と俺達の前から去っていく。

 

 俺達の動揺や気持ちの整理なんてお構いなしで。

 

 そして俺は、先輩が去っていく後姿を見て……どうしようもなく、どうしようもなく安心してしまったんだ。

 

 どこまでいっても、何があってもヨヨコ先輩はヨヨコ先輩なんだなって。

 

「俺は一生、あの人に勝てない気がする」

 

 ほとんど無意識の内に、俺はそう呟いていた。

 

 呟いた後、俺は気付く。ひとりが両手で包み込むように俺の右手を握りながら不安そうな表情で見上げてきていることに。

 

 なぜ彼女がそんな表情をしているのか、俺にはちゃんと理由がわかった。

 

「何回でも、何十回でも言ってあげる───俺が一番好きなのは、ひとりだよ」

 

 俺がそう言うと、ひとりは顔を赤くして……なんなら耳まで真っ赤にして俯いてしまう。本当に可愛いな、この子。

 

 そんなひとりを見て、少しだけ悪戯心が芽生えた俺は彼女の耳元にそっと唇を寄せた。

 

「そんなに不安なら……もう一回、キスしてあげようか?」

 

 途端にひとりは勢いよく顔を上げ、りんごのように顔を真っ赤にしたまま口をパクパクさせている。そんな彼女の様子がおかしくて、俺は思わず笑ってしまった。

 

「冗談だよ。さすがにこんな公共の場でキスなんて───」

 

 俺は最後まで言葉を紡ぐことができなかった。

 

 理由は簡単

 

 ひとりに───キスをされたから。

 

 彼女は顔を真っ赤にしたまま目を閉じて、背伸びをしながら緊張や不安や恥ずかしさでプルプル震えていて。

 

 それでも勇気を振り絞って、俺にキスをしてくれた。

 

「お、お返し……です。告白、も……初めてのキス、も……レンくんから、だったから……」

 

 多分、今の俺の顔もひとりみたいに真っ赤になっていると思う。忘れてたよ。ひとりって時々信じられないくらい大胆な行動に出るってことを。やられたやられた……俺の負けだ。

 

 あー……どうしよう。もうさ、STARRYに顔出さなくていいかな? このままひとりを家に連れて行ってずっと二人でいちゃいちゃしてていいかな? いいよね? ひとりもなんか目がとろんと甘くなっててそういうことを期待してるみたいだし───

 

 そこまで考えたところで、俺のスマホに着信が入る。

 

 誰だよ空気読まずに電話してきた輩は。

 

 俺はポケットからスマホを取り出して相手を見ると……ある意味納得できる相手からだった。

 

「もしもし」

『あ、山田!? ニュースニュース!! 大ニュースよ!! ストレイビート下北三銃士結成以来の大ニュースよ!!』

「結成してまだ数ヶ月じゃないすか」

 

 電話の相手はやみさんだった。やたらと電話口で興奮してるけど、俺にはやみさんが興奮している理由がすぐに分かった。

 

『そんなことはどうでもいいの! とにかく聞きなさい! これを聞いたらさすがのあんたも腰を抜かしてあたしのことを「やみ様」と呼ぶようになるに違いな───』

「SIDEROSがストレイビートに所属するんでしょ?」

『何でもう知ってんのよ!?』

「……はーつっかえ。ただの男子高校生に情報戦で負けるとかもうライター辞めてストレイビートに就職したら?」

『おうてめえこら今どこにいやがんだ喧嘩売ってんのかこの野郎!!』

「今日は登校日なんで学校にいますよ」

『そこ動くんじゃないわよ!! 首洗って待ってなさい!!』

 

 それだけ捲し立ててやみさんは一方的に電話を切った。まさか登校日っていう嘘を簡単に信じちゃったの? やっぱりライター辞めてストレイビートでマネージャーやった方がいいですって。

 

 ちなみに、後で聞いた話だけどやみさんは本当に秀華高校に突撃して先生に捕まってめっちゃ注意されたらしい。残当。

 

 それと、後日やみさんにはちゃんと謝っておいたからね。色んな報告も兼ねて。

 

「……中に入ろうか?」

「……そうですね」

 

 やみさんのおかげで甘い雰囲気ではなくなった俺達はSTARRYへ続く階段を降りて行くのだった。

 

 

 

 

 

 

「ひとりちゃん、レンくん、おめでとう!」

「ぼっちちゃん、レンくん、おめでとー!」

「ぼっち、レン、おめ」

 

 STARRYに入るなり、いきなり大量のクラッカーが俺達を迎えてくれた。俺とひとりは色とりどりの紙テープと火薬の臭いに包まれる。え? どういうこと? 俺まだひとりと付き合い始めたって誰にも言ってないのになんでこんなお祝いモードになってんの?

 

「あ、あの……実は私、レンくんを好きになったことをみんなに相談してて……」

 

 ひとりが恥ずかしそうに言う。あ、そういうことね……ふーん。ってことは全部バレバレだったんかい!? じゃあ「しばらくみんなには内緒にしておこう」とか言ってたのって完全に俺の空回りじゃん!!

 

「レンくんが楽しそうだったので……乗ってあげました。えへへ……」

「……さいですか」

 

 ふつーに恥ずかしい。

 

「ちなみに私()()はレンから好きな人を直接聞いていた。そう!! 私!! だけが!!」

「リョウはこんな感じでずっとマウント取ってくるんだよ? あーあ、あたしにも教えてくれたってよかったのに~。お姉さん悲しいなぁ~」

 

 虹夏ちゃんがわざとらしく拗ねた様子で上目遣いで俺を見ながらそう言ってくる。いやほんとごめん。そういえば虹夏ちゃんには「好きな人ができた」って報告はしてたけど誰かまでは言ってなかったね……

 

 ほ、ほら……お互いの重たい感情を清算するのでいっぱいいっぱいだったから……

 

「ごめんね、虹夏ちゃん」

「えへへ、別に怒ってないから安心して。ちょっと寂しかっただけだから」

 

 そう言われると俺も辛いんだって。 

 

「そうよレンくん! 私だってレンくんに『恋愛相談してね!』って言ってたのに! どうしてリョウ先輩だけだったの!?」

「だって喜多さん恋愛経験ない上に暴走するじゃん」

「そんなことないわよ。花火大会に誘うようにアドバイスしたのは私だったのよ?」

「そーなん?」

 

 ひとりの方を向くと、彼女はこくりと頷いた。ただ、これも後から聞いた話なんだけど、ひとりは結束バンドのみんなに話す前に佐々木さんに相談していたらしい……ライブ審査の時の俺に対する態度はそれが理由か!!

 

「これはもうレンくんにどんな言葉でどんなシチュエーションでどんな心境で告白したのかを洗いざらい赤裸々に白状してもらう必要があるわね!」

「なんでそうなるんだよ!?」

「郁代の言う通り。私は姉だからレンの全てを知る権利がある」

「あたしも気になるな~。それに、ちゃんと教えてくれたらさっきの寂しさもなくなるかもしれないな~」

 

 こういう時の女子の団結力ってほんとにさぁ!! ほんとにさぁ!!

 

「あのね。こういう話をすると俺よりもひとりの方が耐えられなく───」

「後藤さん、おめでとうございます。レンくんとこれからも仲良く幸せになってくださいね」

「あ、ぴ、PAさん……あ、ありがとうございますっ……えへへっ、そ、そうですね……ふた、二人で末永く……ふへへ……」

「ところで、レンくんにどうやって告白されたんですかぁ? 恋愛マスターの後藤さんのお話が聞きたいですぅ」

「れ、恋愛マスター……ふへへ……い、いいでしょう。私が何でも答えてあげますよ~。えっと……レンくんに教室に呼び出されて……あっ、きょ、教室といっても私達が初めて会った一年生の時の教室で───」

 

 俺が話さなくてもおだてられたひとりが調子に乗って全部話してるじゃん!? そうだよ君はそういう子だったよね!!

 

 結束バンドの三人も俺にさっさと見切りをつけてひとりに話を聞きに行ってるし!!

 

 もういいや……どうにでもなーれっ!

 

「おい、レン」

 

 俺が自棄になっていると、なぜか目を赤くした星歌さんが俺を睨みつけるように見てきた。なんだろう……星歌さんのぽんこつっぷりがいかんなく発揮されそうな予感がする。

 

「私はお前がすごく良いヤツなのを知ってる。ぼっちちゃんと付き合うことも……お前だったら、お前だったら認めてやらんこともない……」

 

 もうこの時点で俺の予感が正しいことが明らかになったな。

 

「だが!! 認めると言っても!! 手を繋ぐのは半年以上経ってから!! き、きききキスをするのは一年以上経ってから!! これだけは絶対に譲らないからな!!」

「あ、すいません。付き合う前から手を繋いだことは何回もありましたし、何ならもうキスもしちゃってます」

「げろげろーっ!!??」

「ついでに言うと、キスは俺からだけじゃなくてひとりからもしてきたんで」

「おげばばばばばっばばbそいdgh;んjぉいふぎょふx!!???」

 

 星歌さんが声にならない奇声を発しながら床をのたうち回り始めた。

 

 俺のせいだけど……言わなくていいことまで言っちゃった俺のせいだけど……こんな星歌さん見たくなかったな。

 

「虹夏ちゃーん、星歌さんが泡吹いて倒れちゃったよー?」

「しばらく放っておけば元に戻るでしょ。それよりもぼっちちゃんのお話の方が大事!」

 

 伊地知姉妹の絆は永久に不滅ですね。

 

 PAさん含む女子達がきゃーきゃーと黄色い声を上げながらひとりの話に聞き入っているのを眺めながら、俺は星歌さんにそっと手を合わせるのだった。

 

 

 

 

 

「ふぅ……満足しましたねぇ」

「甘々でエモエモなお話だったわ!」

「いいなぁぼっちちゃん。あたしも男の子にそんな風に告白されたいな~」

 

 ひとりの講演会が終わり、星歌さんを除く女子達はとても満足したようです。星歌さんはちょっと妙齢の女性がしちゃいけない顔をしていたのでスタジオに隔離しておきました。

 

「みんな甘いぞ!! 私はまだまだ……こんなものでは満足できん!!」

 

 姉貴が急にそんなことを声高に言って勢いよくテーブルを叩く。あ、思ったより叩いた手が痛かったんだな。ちょっと涙目になってやがる。

 

「えー? 良い話聞かせてもらったじゃん。途中でSIDEROSがストレイビートに所属するっていうサプライズ情報ももらったし」

「大槻さんもレンくんのことを好きだったなんて……レンくん、浮気したら刺すわよ?」

 

 せんわ。というか、ほんとに全部話したんだね。……SIDEROSのみんなも知ってるみたいだしお互い様か。

 

「ぼっちの話は確かに非常に有意義だった! 我が弟への愛……すなわち私への愛が十二分に伝わってくる素晴らしい演説だった!」

「話のどこにリョウへの愛があったの?」

「リョウ先輩への愛なら私だって負けてませんよ!」

 

 虹夏ちゃんはともかく、喜多さんは何言ってんの?

 

「ぼっちのレンに対する愛は伝わってきた……だが!! レンのぼっちに対する愛がまだ十分に伝わってきていない!! そう思わないか!!」

 

 思わんわ。言っておくけど、恥ずかしいくらいエモいシチュエーションで告白したんだっていう自負はあるからな。

 

「ここはやはり!! レンにもぼっちへ対する愛を示してもらう必要がある!! この場で!!」

「はっ……!? 確かにそうですね。今の話はあくまでひとりちゃんの主観……レンくんのラヴが不足していました!!」

「その通り!! そして……レンのぼっちへ対する愛を示す手っ取り早い手段。それは……!!」

 

 姉貴は勝ち誇ったドヤ顔で腕を組みながら俺を見てくる。わかってるよ。姉貴がとんでもないことを言い出すってことくらいわかってるよ。

 

「レン!! ぼっちにキスしろ!! 私達の前で!!」

「さて、ストレイビートに行って司馬さんと今後のことについて話し合ってくるかな」

「貴様アアア!! 逃げるなアア!! 責任から逃げるなアア!!」

「何に対しての責任だよ!?」

 

 俺が階段を登ろうとすると姉貴が制服の背中部分を思いっきり引っ張ってきた。ワイシャツが破れるだろうが!!

 

「ふふふ……いいのか、レン? このままだと私はなりふり構わず駄々をこねまくるぞ? そうなった私の面倒臭さはレンが一番よく知ってるはず」

「どんな脅しだよ!!」

 

 でも実際、本当に面倒だから困る。すごく困る。おーい、喜多さーん。君はこんな姉貴を見てもまだ尊敬できるのー?

 

「そうか。わかった……つまり、レンのぼっちに対する愛は()()()()()()()ということだな。ふー……やれやれ、すまなかったなレン。どうやら私のとんだ見込み違いだったようだ」

「リョウ先輩……いくらなんでもそんな安っぽい挑発にレンくんが乗るわけ───」

「───あ?」

「乗ったーーーっ!! そうよね忘れてたけどレンくんはリョウ先輩の弟なのよね!! こんな挑発に乗るのはリョウ先輩と同じ遺伝子を持つレンくんくらいだものね!!」

「喜多ちゃんほんとにリョウのこと尊敬してるの?」

「尊敬して幻滅してるんです!!」

「……そっかー」

 

 なるほど、俺のひとりへの愛が軽いと……お姉様はそうおっしゃりたいわけですね? いいだろう、その挑発に乗ってやるよ。俺のひとりへの愛の強さをここで証明してやるよ!!

 

「ひとり」

「は、ひゃいっ……!」

 

 俺が名前を呼ぶとひとりは身体を硬直させて口をパクパクさせながら俺を見てきた。君、さっきまでだらしなく笑いながら調子に乗って演説してたじゃん。

 

「好きだよ、ひとり。姉貴はあんな風に言ってたけど、ひとりへの思いの強さなら俺は誰にも負けないから」

「あ、ふへへ……は、はひぃ……」

 

 俺はひとりに近づいてそう言った。するとひとりは身体を震わせて俯いてしまったので、俺は彼女を優しく抱き締める。と同時に喜多さんの黄色い声が飛んできた。

 

 その声を無視して、俺は彼女を落ち着かせるように背中をそっと撫でた後、少し体を離して彼女の顔を見る。

 

 ひとりは顔を赤くしたまま恥ずかしそうにふにゃりと笑った後、静かに目を閉じて俺を待った。

 

 そして俺は彼女の両肩に手を置き、ゆっくりと顔を近づける。

 

 ぴくん、と彼女の肩が震えたのがわかったので、肩に置いた手に少しだけ力を込めた。

 

「あ、あ、あ……」

 

 すると、彼女の体がさらに震え……どころか奇声と共に激しく痙攣し始めて……

 

 あ、このパターンは───

 

 瞬間、ひとりが爆発した。

 

 比喩じゃなくて、文字通り。

 

「レンくんがぼっちちゃんまみれになっちゃったーーーっ!!」

「ああっ!? レンくんがピンク色のペンキが入ったバケツを頭からかぶったみたいに……」

「イケメン……ピンク色の粘液……閃いた!」

 

 そうだよね。

 

 人前でキスしようとするなんて……どうかしてたよね、俺。

 

 ほんとごめん。

 

 結束バンドのみんながぎゃーぎゃーと大騒ぎする中、俺はピンク色の銅像になったまま、こう思う。

 

 はぁ……

 

 本当に

 

 どうしようもないくらい

 

 俺の彼女はやべーヤツだ。

 

 

 

 

 

#Final Ending / 最初で最後の恋人

 

 俺の姉貴はやべーヤツ 完




 ご愛読ありがとうございました!

 裏話などは後日あとがきを載せようと思います。

 ではでは、よろしければ完結祝いのメッセージや評価等お待ちしております!

 ここまでお付き合いいただき本当にありがとうございました!

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