【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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 全世界5000兆人のヨヨコ推しの皆様!

 お待たせいたしました!



secret track
√O クロノスタシス /


 中学二年の三月。

 

 俺はあの日、運命と出会った。

 

 なんて言うと、すごく痛々しく思われちゃうかもしれないけど……でも確かに、あれは俺にとって運命の出会いで、俺の人生が変わった日。

 

 俺が彼女と───大槻ヨヨコと出会った日。

 

 

 

 

 

 

 俺はその日、テンション駄々下がりの中で新宿を歩いていた。姉貴に「ラデュレのケーキが食べたい」と駄々をこねられ……こねられまくれた結果、俺が新宿までパシられることになったからだ。姉貴は高校受験を無事に突破、というには俺と虹夏ちゃんが払った犠牲は大きかったけど……どうにか下北沢高校に合格することができた。

 

 散々合格祝いはやったのに、姉貴はまだ満足していないらしい。でも、そんなお姉様の言うことを聞いちゃう俺もなんだかんだ甘いよな。これも弟の宿命か……

 

 そんなことを考えながら目的のケーキを買って家に帰っている途中の出来事だった。

 

 新宿駅へと向かう道すがら、新宿歌舞伎町タワーの横を通ると、やたらと人だかりができていることに気付く。今日って何かイベントでもあったのか? と考えていたら俺はあることを思い出した。

 

 ああ、そういや最近タワーの一階で路上ライブができるようなったんだよな。

 

 新宿に限らず東京では至る所で、特に駅前では夢を追う数多のアマチュアミュージシャンが路上ライブを行っている。許可を取ればライブができるところもあれば、騒音など様々な理由により禁止されている場所もある。

 

 そして、新宿も例に漏れなく音楽の街だ。特に新宿駅南口のバスタ前は「路上ライブ禁止」という巨大な横断幕が掲げられているにもかかわらず、そこでライブを行う人達が後を絶えず「聖地」として扱われている。当然、警察も放置しているわけはなく、発見次第ミュージシャンに注意して撤収させてるんだけど……

 

 警察がいなくなればまた路上ライブを始めるといういたちごっこ状態なんだよね。実際、許可なしの路上ライブって道路交通法に違反してて罰金を科せられるんだけど……はっきり言ってミュージシャン達に効果は薄い。むしろ「違反して一人前だろ!」みたいな風潮があったりする。近所に住んでる人達には路上ライブなんてうるさくてたまったもんじゃないだろうけど。

 

 それに、この「禁止されている」「聖地」で路上ライブをやることがミュージシャン達の一種のステータスになってるからなぁ……

 

 これは俺の勝手な考えだけど、歌舞伎町タワーの一階で路上ライブができるようになったのは、音楽を通して新宿という街を活性化させるだけじゃなくてこういった「聖地問題」を少しでも緩和するためなんじゃないかって。

 

 実際、効果があるのかはこれからわかってくることだろうけど。

 

 まあ、俺には別に関係ない。路上ライブなんて下北に住んでいれば日常茶飯事だし特に珍しい物じゃないからね。この場所で誰がやっていようが俺は()()()()()()()()()()、わざわざ足を止めて演奏を聴いたりなんか───

 

 そう、思っていたはずだったのに。

 

 俺はそのイントロを聞いた瞬間、無意識の内に足を止めていた。

 

 ULTRA-VIOLENCEの「Burning Through the Scars」

 

 メタルに大して詳しくない俺でも知っている名曲。切れ味抜群のゴリゴリと刻みまくる重厚なギターリフから始まる疾走感溢れるイントロ。バンド名に恥じないバイオレンスなボイスとテクニカルなギターソロに激しい高速ドラムが特徴的な曲。

 

 もしかして、この声……女の人?

 

 イントロに混じるエッジボイス。原曲よりも高い声……

 

 俺の足がフラフラと自然に人だかりの方へと向かっていく。ドラムや他の楽器の音は聴こえない……ってことはソロでやってるのか?  このとんでもない難易度の曲を? ギターボーカル一人で?

 

 俺は人だかりの後ろの方から背伸びをして演者を探す。

 

 見つけた。

 

 人だかりの先に立っていたのは、たった一人の女の子だった。

 

 茶髪にツインテール、気の強そうな茶色がかった赤い瞳、黒を基調とした胸元の開いた服にベレー帽。

 

 俺と同い年くらいの子、だよな?

 

 そんな女の子が……あんなにも小柄な女の子がこれだけの演奏と歌を……?

 

 ちょっと待て。上手いなんて……上手いなんてもんじゃない。

 

 俺は姉貴の影響でライブハウスにもそこそこ足を運んでいて、至る所で路上ライブを聴いていたから耳にはそれなりの自信がある。

 

 だけど、だけど……()()()なんだ!?

 

 今まで色んなバンドを観てきた。聴いてきた。でもこの子は、この女の子は、俺が観てきたどのギターボーカルよりも───

 

 そもそも、そもそもだ。この曲はツインギターが前提の曲だ。それを、他の楽器なしに、リードギターなしに、たった一人で……でも、一人ということを微塵も感じさせない重厚さで……

 

 俺には、見えた。

 

 ギターが、ベースが、ドラムが。彼女の周りにいる姿を幻視した。それくらい、それくらい俺にとっては彼女の技術が圧倒的で。それだけ彼女がすごい力を持っていて。

 

 そして、曲が始まってから約一分半後。

 

 少女が、己の持つ技術を全て結集させたギターソロが炸裂する。

 

 王道なスラッシュメタルの醍醐味である疾走感のある高速シュレッド、感情的でドラマティックなリフ。それだけじゃない。ところどころに混じる、しわがれたような、吐き捨てるような邪悪なボイス。

 

 開始から三分半、今度はテクニカルかつメロディアスなギターソロ。身体を激しく揺らしながら、聴衆に、世界に何かを訴えかけるような強い瞳。まだ少し肌寒さを感じる季節なのに、少女の額には数多の雫が浮かんでいる。

 

 でも少女はそんなことは気にも留めず、ギターを掻き鳴らし、叫ぶ。

 

 己の存在を主張するかのように。

 

 気付けば、俺は彼女に見惚れていた。

 

 そして俺は、彼女に()()と同じものを───彼らの曲を初めて聞いた時と同じ感動を、衝撃を感じていた。

 

 鳥肌が立つとか、そんな次元の話じゃない。魂の奥底を揺さぶられるような、身体の芯が燃え上がるような未知の高揚感。心臓の鼓動がどんどん速くなっていくのがわかる。

 

 曲が終わり、拍手と歓声が沸き起こるも、それは全く耳に届かず、俺の目には額に汗を浮かべて息を弾ませている彼女しか映っていなかった。

 

 

 

 

 

 

 今日も路上ライブが終わった。たった一人での路上ライブが。

 

 何度目かわからないメンバーの脱退。誰も私について来れなくて、私のことを理解してくれなくて……なんていうのは甘えかしら。今にして思えば、私はただ、メンバー達に自分の考えを押し付けていただけだった気がする。

 

 彼女達の意見には耳を貸そうともせず、自分だけが正しいと思い込んで、自分を貫いてきた。全てにおいて一切妥協せず、常にトップを目指し続けてきた。メンバー達にもずっと厳しいことを言い続けてきた。

 

 そんなことを続けるうちに一人、また一人と私の元から去っていく。

 

 この程度の厳しさに耐えられないの? あなた達は何のためにバンドを組んでいるの? トップを目指すためじゃないの? お遊び程度で楽しくやりたいだけなら内輪だけで仲良くやっていなさいよ。

 

 そして私は、また一人になった。私は、自分の言ったことが過ちだったとは思わない。私は、自分の目指しているところが間違っているとは思わない。

 

 ただ、最近になって思う。もっと別の伝え方があったんじゃなかったのかって。

 

 もっと彼女達の話を聞いていれば、私は今、独りぼっちじゃなかったのかもしれないって。

 

 路上ライブをやって、今日()たくさんの人達が足を止めて私の演奏を、歌を聴いてくれた。たくさん拍手を送ってくれた。たくさん歓声を送ってくれた。

 

 でも、私に声をかけてくれる人は誰もいない。

 

 ふっ……それもそうよね。私は自分でも嫌になるくらい自分が愛想のない女だってわかってる。目つきは悪いし陰キャだしコミュ障だし、そんな負のオーラが全身から溢れている私に声をかけてくるような人間なんて、よっぽどの物好きよ。

 

 ああ……

 

 こんなにも、東京にはたくさんの人がいるのに。こんなにも、私の演奏を聴いてくれるたくさんの人がいるのに。

 

 この街で私は……私はどうしようもない孤独感に苛まれていた。

 

 もう、いいわ。いつものことだから慣れっこよ。今日だって、もしかしたら新しいバンドメンバーが見つかるかもしれないっていう淡い期待を込めて路上ライブをやったけど……結果はいつもと同じ。

 

 メンバーを見つけるどころか、演奏が終われば誰もがその場から去っていく。

 

 そんなものよね、現実なんて。

 

 わかっていたはずでしょう、私は。世の中はそんなに甘くないって。()()()()は弱者に優しくないんだって。

 

 ……はあ、もうやめましょう。これ以上辛気臭いことを考えていたら余計に気が滅入るわ。少しは前向きなことを考えましょう。

 

 そうだ、投げ銭がそこそこ集まったから前から欲しかった機材を買いに行きましょう! うん、それがいいわ! それで、帰りに家族に甘い物でも買って帰って一緒に食べて……

 

 無理矢理に思考を切り替えて、前向きなことを考えようとする。だけど、そうしようとすればするほど、無理をすればするほど……どんどん私の孤独感は強くなっていった。

 

 機材を片付け終えて、大きなため息を吐く。

 

 なんだか無性に、無性に泣き出したくなってしまった。

 

 孤独には慣れていたはずだったのに。元々、ずっと一人だったはずなのに。

 

 どうして、どうしてこんなにも寂しく感じてしまうのだろう。この街の喧騒は、どうしてこんなにも私に孤独感を与えるのだろう。

 

 本当に、この街には、こんなにも……こんなにもたくさんの人がいるのに。

 

 どうして私は独りぼっちなの?

 

 ねえ

 

 お願いだから

 

 私を独りにしないでよ。

 

 

 

 

 

「あ、あのっ……!」

 

 

 

 

 

 声が、聞こえた。まだ少しあどけなさの残る男の子の声が。

 

 だけど私は、それが自分に向けられた声だと気付くのにしばらくかかって、彼の存在を無視してしまいそうになってしまった。

 

 振り返ると、そこには一人の少年が立っていた。

 

 青い髪に琥珀色の瞳。年齢は私と同じくらいで……びっくりするくらい整った顔立ち。そして彼は小さな子供の様に目を輝かせて私を見ていた。

 

 お、男の子!? よ、よりによって男の子!? わ、私に声をかけてくれたってだけで驚いたのに……それがこんなに綺麗な顔をした男の子!? 

 

 大丈夫あなた!? 何かの罰ゲームで声をかけてくれたのかしら!?

 

「な、ななななんなにっ!?」

 

 し、しまったああああああああああっっっ!!!??? 家族やライブハウスの人達以外から話しかけられたのが久しぶり過ぎてものすごく気持ち悪いリアクションをしてしまったわ!!??

 

 だ、大丈夫!? 大丈夫よね!? この男の子に「変な人だな」って思われてないわよね!?

 

「い、いきなりすみません……そ、その……あまりにもすごい演奏で、俺、感動しちゃって……つい声をかけちゃいました。ご、ごめんなさい!! き、気持ち悪いですよね突然!! えっと、その……応援してます! がんばってください!」

 

 男の子は恥ずかしそうにそう言って私に背を向けてしまう。あ、あ、あ……や、やっぱり変な人って思われてる!! ち、違うのよ!! 誤解よ誤解!! ちょっとコミュ障を爆発させちゃっただけだから!! 本当は話しかけてもらえてすごく嬉しかったんだから!!

 

「あ、え……? あ、ちょ……ちょっと待って!」

 

 思わず、私は彼の腕を掴んでいた。頭で考えていたわけじゃない。ほとんど無意識での、自分でもびっくりするくらい大胆な行動。そんな私の行動に、彼は振り返って驚いた表情で目をぱちぱちとさせながら私を見る。

 

 綺麗な琥珀色の瞳が真っ直ぐに私を捉え、なぜだか無性に恥ずかしくなり俯いてしまった。どうしよう……今の私、自分でも信じられないくらい顔が真っ赤だ。

 

 何か言わなきゃ……何か言わなきゃ……

 

 何か、じゃない。

 

 お礼を言わないと。

 

「応援してくれてありがとう」って「よければこれからも観に来てね」って。

 

 たった二言だ。それを言えばいいだけだ。簡単なこと……簡単なこと。

 

 ───の、はずなのに。

 

 どうして私の口は動いてくれないのよ。ステージに立てば……あれだけの観客の前でさえ私は平気で歌えるのに……

 

 どうして私はたった一人の男の子に自分の思いを伝えられないのよ……!!

 

「あの……」

 

 私が自分の弱さに打ちひしがれていると、頭上から男の子の優しい声が聞こえてきた。その声色があまりにも暖かくて、優しくて……私は自然と顔を上げて彼を見る。もう一度、綺麗な琥珀色の瞳が私を捉えた。

 

 男の子は恥ずかしそうに、そしてさっきの声色に負けないくらい優しい笑顔で私に尋ねる。

 

 

 

 

「甘い物は、好きですか?」

 

 

 

 

 高校入学を間近に控えた中学三年の三月。

 

 私はあの日、運命と出会った。

 

 なんて言うと、すごく痛々しく思われちゃうかもしれないけど……でも確かに、あれは私にとって運命の出会いで、私の人生が変わった日。

 

 私が彼と───山田レンと出会った日。

 

 秒針の止まった記憶の中で

 

 私が心の奥底にしまっていた言葉を

 

 あなたが運んできてくれた答えを

 

 探し始めた日

 

 

 

 

 

 secret track 『√O クロノスタシス /』

 

 

 

 

 

「え!? 大槻()()って年上だったんですか? 生意気な口利いちゃってすみません。大槻先輩って呼んでもいいですか?」

「き、気にしなくていいわよっ! や、山田()()こそ年下だったのね……(先輩……いい響きね)」

 

 大槻ヨヨコさん、もとい大槻先輩の路上ライブを観終えて、感激のあまり俺は深く考えず彼女に声をかけた結果なぜか近くの公園のベンチに並んで座って一緒に(姉貴のために買った)ケーキを食べることになってしまった。まあいいか、このケーキだって姉貴より大槻先輩に食べてもらった方が幸せでしょう。姉貴にはプレミアムロールケーキを買って帰ってやるか。クーポンあるし。

 

「路上ライブ……本当に感動しました。俺、メタルはあんまり聴かないんですけど、たった一人で『Burning Through the Scars』をあそこまで再現できるなんて……ちょっと、感動し過ぎて言葉にできないです」

「あ、ありがとう……」

 

 大槻先輩は恥ずかしそうに、というより落ち着かない様子で体をもじもじとさせている。褒められ慣れてないのか? いや、あれだけの演奏ができるんだから称賛の声なんていくらでも聞いてきただろうし……となると様子がおかしいのは他に要因があるっぽいね。

 

「あ、あのっ……」

「はい」

「や、山田くんは普段……どんな音楽を聴くのかしら?」

 

 遠慮がちに、そして緊張した様子で俺に尋ねてくる先輩を見て俺は合点がいった。なるほど、この人はどうやら人とコミュニケーションを取るのが苦手な人種らしい。俺の姉貴と同じだな。だけど、姉貴と違うのはコミュニケーションが苦手ながらも相手と会話を弾ませようと努力する点。姉貴はそんなこと一切しないから。

 

 そう考えながら俺は大槻先輩を見て心がほっこりと温かくなった。

 

「基本的には邦ロックですね。親がクラシックをやってるんで、そればかり聴かされたこともありましたけど」

「そうなの? でも、よくULTRA-VIOLENCEなんて知ってたわね」

「姉の影響です。姉貴が一時期メタルにハマってまして……で、俺にBurning Through the Scarsのギターソロをマスターさせようともくろんでいた時期があったんです。結局できませんでしたけど」

「とんでもないお姉さんね!?」

 

 あ、先輩がちょっと元気になった。嬉しい。

 

「あなたも……ギターを弾いてるの?」

 

 大槻先輩が少し期待を込めた眼差しを俺に向けてくる。その期待は、一体何に対する期待ですか?

 

「あくまで趣味の範疇です。元々姉貴が親への反抗心からベースを始めたのがきっかけで、俺がセッション相手として無理矢理付き合わされることになって……」

「親への反抗心……何かを見返してやりたいって気持ち、私にもわかるわ。私もね、学校とか世間とか周囲の人間を見返したくてギターを始めたようなものだから……一番になれば、みんな私のことを見てくれるって思ったから」

「あ、俺の姉貴は先輩みたいに立派な理由じゃないです。過保護な両親の過干渉をやめてほしいっていうのが根本にあって……でも姉貴自身は甘えたがりのかまってちゃんなんですよ」

「やっぱりとんでもないお姉さんね!?」

「はい。どうしようもない姉です」

 

 親がうぜーから家出して一人で生きていくぜ! なんてことを姉貴は絶対にしない。家出の準備をするだけして結局面倒臭くなって庭でキャンプを始めるからな。むしろ実家に寄生して親の脛を齧り尽くすつもりだからな。父さんも母さんもそれで喜んでるし……山田家は俺がしっかりしないとダメだ!!

 

「えっと……お姉さんはベースをやっているのよね? もしかして、バンドを組んでいたりするのかしら?」

「はい。『ざ・はむきたす』っていう三人組のガールズバンドに所属してますね」

「ざ・はむきたす……聞いたことないわ」

「大槻先輩はメタルで姉貴とは畑違いですからね……いや、メタルも広義だとロックになりますけど」

 

 姉貴がバンドに所属していると聞いて、大槻先輩は少しがっかりしたような表情になる。なんでそんな表情になるんだろうと思ったけど、さっき俺に大して少し期待を込めて「ギターを弾けるのか?」と聞いてきたあたり、先輩の表情の理由が想像できてしまった。

 

「あの、大槻先輩」

「何かしら?」

「少し、失礼なことを聞いてもいいですか?」

 

 俺が尋ねると、大槻先輩も俺の言いたいことを察したらしく、こくりと頷く。

 

「先輩って、バンドは組んでいないんですか?」

 

 俺の言葉に先輩は目を逸らす。怒らせちゃったかな? いやでも、さっきの先輩の反応は「聞かないでほしい」っていうより「聞いてほしい」って感じだったんだけどな。

 

 それから少しの間、俺達二人の間に会話はなく、重たい沈黙が流れていた。

 

「SIDEROSって、知ってる?」

 

 その沈黙を、先輩が破る。

 

 SIDEROS……聞いたことはある。確か、姉貴が前に「十代のヤバいメタルバンド」って言ってたはずだ。実際に観たことはないけど、もしかして大槻先輩がそのSIDEROSのメンバー?

 

「私がね、SIDEROSのリーダーなの……」

 

 それから大槻先輩はぽつりぽつりと話し始めた。

 

 SIDEROSを結成して約一年半、自分のストイックさと意識の高さにメンバーの誰もついて来れず、一人、また一人と先輩の元から去ってしまったこと。それも、一度や二度ではなく何度も何度もメンバーが集まっては脱退し、メンバーが集まっては脱退し、という負のサイクルを繰り返していたらしい。

 

 今日の路上ライブが一人きりだったのは、その負のサイクル真っただ中で、そんな最悪の状況下でも先輩は挫けずにバンドメンバーを集めるためにあの場所で演奏をしていたとのことだ。

 

「本当はね、少しだけ挫けそうだったの……少しだけよ?」

 

 そうやって悲しげに笑う先輩を見て、俺は自分の心がきゅっと苦しくなってしまう。あれだけすごい技術を持っていて、通りがかった誰もが足を止めてしまうようなパフォーマンスができる凄腕のバンドマンなのに……

 

 今の先輩は、どこからどう見ても普通の女の子だった。

 

「でも、あなたが声をかけてくれて……初対面なのに、こんな重たい話をしちゃって……でも、嫌な顔一つしないで聞いてくれて、すごく嬉しかったわ。ありがとう、山田くん」

 

 そんなに……そんなに切ない顔をしないでくださいよ。俺は先輩にそんな顔をしてほしくて声をかけたんじゃないんですから……

 

 ただ純粋に、先輩の演奏に感動して、応援したくて……

 

 だーーーっ!! ウジウジ悩むのはやめやめ!! 目の前で!! 女の子が困っている!! 女の子が悲しい顔をしている!!

 

 だったら……だったら、男の俺にできることなんて一つだろ!!

 

「大槻先輩」

「なぁに?」

 

 無理して笑顔を浮かべている先輩を見て、俺は今すぐこの人を抱き締めたくなったけど……そんなことが許されるのは漫画とかラノベの中だけだ。だから俺はぐっと衝動を堪えつつ先輩に宣言する。

 

「バンドメンバー、集めるのに協力します!!」

「……ほえ?」

 

 俺が立ち上がってそう言うと、先輩は目を丸くして間抜けな声を出す。「ほえ」ってリアルで言う人初めて見ましたよ。木之元桜ちゃん以外にもそんなこと言う人がいるんですね。カードキャプターよよこ……ありかもしれない。

 

「今日の演奏を聴いて思ったんですけどあれだけ飛び抜けた実力だったら逆に普通のバンドマンは声をかけにくいです。だからここはあえてレーベルやそっち方面を当たってメジャーに近い実力を持つインディーズバンドを探してもらうとか、いやでも俺にそんなコネはないし……あっ! 先輩って新宿FOLTでよくライブをしているんですよね? 俺、SICKHACKのライブは何度か観に行ったことがあるんですけど、その人達の伝手を使うとか新宿FOLTの店長さんに紹介してもらうとか、業界人の力を借りる方が得策だと思います」

「急にものすごく流暢に喋り出したわね!? た、確かにSICKHACKの人達やライブハウスの店長にはすごくよくしてもらっているけど……でも、だからこれ以上頼るわけにはいかないって思っちゃって……」

「わかりますよ。信頼できる人だからこそ、これ以上負担をかけたくない……頼りにし過ぎるわけにはいかないって気持ち。でもね、俺は思ったんですよ。先輩のような人間が……大槻ヨヨコというバンドマンはこんなところで燻ぶっているような、足踏みしているような存在じゃないって」

 

 俺は先輩の正面に立って、真っ直ぐに顔を見る。最初は目を合わせることすら恥ずかしがっていた先輩だけど、俺の勢いに飲まれたのか、はたまた俺の真剣な思いが通じたのか、先輩はしっかりと俺の目を見つめ返してきた。

 

「先輩はもっと大舞台に立って、たくさんの喝采を浴びて、たくさんの人達に勇気や希望や感動を与えることができる存在です」

 

 この人の演奏にはきっと世界を変える力がある。大げさかもしれないけれど、少なくとも俺は今日、先輩の演奏を聴いて世界が変わった。先輩は今日、一人の人間の世界を変えたんだ。

 

 俺の言葉を聞いて、先輩は顔を伏せる。

 

 暑苦しいと思われたかな? 鬱陶しいと思われたかな? 普段の俺なら、絶対にこんなことは言わないはずだ。だけど俺は……いつも通りの俺でいられなくなってしまうくらい、先輩の演奏に───惚れたんだ。

 

「ねえ、山田くん」

「はい」

 

 大槻先輩がもう一度顔を上げる。

 

「私が───海外フェスのトリを本気で目指しているって言ったら、あなたはどう思う?」

 

 先輩の瞳が、試すような瞳が俺を射抜く。

 

 大槻先輩が海外フェスのトリを目指している……それを聞いて俺がどう思うか。

 

 そんなの、決まってるじゃないですか。

 

「先輩ならできると思いますよ」

 

 俺は即答した。お世辞や、社交辞令なんかじゃない。迷うことなく、いやそもそも迷う必要なんてない。むしろ俺は先輩の言葉を聞いて納得できたくらいなんだから。この人なら……大槻ヨヨコならそれくらいやってのけるだろう、と。

 

 心の底から、そう思う。

 

「先輩?」

「ごめ、なさい……少し、少しだけ待ってちょうだい」

 

 先輩は再び俯いて肩を震わせていた。彼女がしきりに目元を拭っていたというのは、見なかったことにしよう。そう考えて俺は先輩の隣にそっと腰掛ける。最初よりも少しだけ近い距離で。

 

 今の俺が彼女にできることは、ただ寄り添ってあげることだけだから。

 

「ありがとう、山田くん」

 

 そして先輩は、もう一度顔を上げて俺を見る。潤んだ瞳で、だけど憑き物が落ちたような自然で柔らかく優しい笑顔で。

 

「今日───あなたに会えてよかった」

 

 心臓が、ドクンと跳ねる。

 

 俺が彼女に対する()()()()を自覚するのはずいぶん先のことなんだけど……

 

 今になって思う。きっと、初めて会ったその日から───俺は彼女に惚れていた。

 

 

 

 

 

「起きなさい、レン」

「んあ~?」

 

 二月十四日、午前六時。今日は私達にとってすごくすごく大事な日。ううん、大事なんて言葉では片付けられないわね。文字通り、私達の人生を変える一大イベントの日なんだから。

 

 そんな日なのに……そんな日なのにこの男は私の緊張なんておかまいなしに爆睡しちゃって……

 

 そう考えながら私はベッドで眠るレンを起こす。彼は情けない声を上げながらとろんとした目で私を見てきた。

 

「ん~……()()()()?」

「あなたにそう呼ばれるのも久しぶりね」

 

 どうやら彼は相当に寝ぼけているらしい。()()()()昔の呼び方で、ふにゃふにゃしながら上体を起こして頭をフラフラさせている。

 

「昔の夢、見てました」

「昔の夢?」

「うん。()()()()()と初めて会った時の夢」

 

 呼び方がまた変わる。

 

 彼と初めて出会った日。忘れるはずがないわ。だって、あの日は……私の人生の中で数ある転機の一つだけど、私の心に強く焼き付いている思い出の一つなんだから。いいえ、あれは「思い出」なんてありきたりなものではないわね。

 

 あなたと出会って、止まっていた私の秒針が動き始めた日。

 

 あなたは独りぼっちだった私に手を差し伸べてくれた。私の背中を押してくれた。

 

 あなたとの出会いを、私は一生忘れない。

 

()()()()?」

 

 呼び方が元に戻ったわね。年齢よりも幼く見えるあどけない表情で笑う彼を見て、そんな彼がどうしようもなく愛おしくて彼をぎゅっと胸に抱く。世界で一番大好きな香りが胸いっぱいに広がった。

 

「ヨヨコ、良い匂い、おっぱい柔らかい、好き」

「もうっ」

 

 レンは私の胸に顔を埋めながら私を抱き締め返してくれた。私はそんな彼に呆れながらも優しく頭を撫でてあげる。指通りの良い彼の髪に触れる感覚がとても心地よかった。

 

「珍しいわね。あなた、朝は強かったでしょう?」

「……ヨヨコのせい」

「どうしてよ?」

「昨日三回もヤったらさすがの俺も疲れるよ」

「し、仕方ないでしょ! 今日が()()()だと思ったら緊張して眠れなかったんだから!」

「だからってハッスルし過ぎ」

 

 そう、今日二月十四日は私達の結婚式当日だ。なぜこの日を結婚式にしたのかというと、私達が付き合い始めた日が二月十四日だから。高校二年のバレンタイン……私の告白を、彼は受け入れてくれた。私の思いが届いたことが、彼も私のことを好きでいてくれたことが嬉しくて、本当に嬉しくて……私はあの日、初めて彼にキスをした。

 

 今思い出しても、恥ずかしくなるくらい純粋だった私。あれから八年……色々あったわね。

 

「ヨヨコ。俺、お風呂入ってくる」

「そうしなさい。この後役所にも行くんだから」

「うん」

 

 彼はあくびを噛み殺しながら浴室へと向かう。彼のぬくもりがなくなってしまったことに寂しさを感じてしまうあたり、私も相当重症ね。

 

 私も一緒にお風呂に入ろうかしら? ……やめておきましょう。またハッスルしちゃって彼の体力を根こそぎ奪いかねないわ。夜まで我慢ね。

 

 

 

 

 

「おめでとうございます!」

「ありがとうございます」

 

 入浴と朝食を終えて、俺はヨヨコと手を繋ぎながら最寄りの役所へ婚姻届けを提出しに来た。モンエナピンク、ヨシ! これで二次会が終わるまでは戦えるな! マジで昨日はヤリすぎた。これも全部ヨヨコが可愛すぎるのが悪い。

 

 役所のお姉さんに書類を確認してもらうと、特に不備らしい不備はなく問題なく受理される。あーよかった。何回も何回も確認した甲斐があった。ここで不備があったら今日中の提出は間に合わなかったもんな。この後は式があるし。

 

「あ、すみません。お願いがあるんですけど……」

「はい、いかがなされました?」

「写真、撮ってもらえますか? 婚姻届けと一緒に」

「もちろん」

 

 俺がお姉さんにお願いすると快く引き受けてくれた。ヨヨコはすごく恥ずかしそうにしていたけど、一生に一度しかないんだからやれることは全部やるよ? あ、こら! 逃げようとするな! 今日はスケジュールがパンパンなんだから余計なことに時間を取らせないでよ!

 

 そして俺はヨヨコを捕まえてお姉さんに写真を撮ってもらう。撮ってもらった写真は大事に保存しておこう。下手にSNSに載せたりすると「幸せの押し付けだ!」とかなんとかで炎上しかねないしな。

 

 SIDEROSの()()()()()()()()としては、そんな事態は絶対に避けないと。

 

「珍しいですね、入籍日と結婚式を同じ日にされるなんて」

「この方が、お互い気持ちにけじめがつくと思ったんです。それに、記念日を一つにしておけば、その分全力でお祝いできるじゃないですか」

 

 俺がそう言うと、お姉さんは優しく笑ってくれた。惚気全開ですみません。幸せ過ぎてすみません。でも、婚姻届けの受付担当だったらこんな光景は日常茶飯事ですよね。

 

「では、ありがとうございました。行ってきます」

「はい。お幸せに」

 

 笑顔で手を振ってくれたお姉さんに背を向けて、俺達は式場へと向かう。さあ、これからが本番だぞ。気合を入れろ俺! 絶対に大成功させてやるからな!

 

 式場に向かう途中、ヨヨコは緊張し過ぎて一言も喋らず、ずっと俺の手を握ったままぴったりと寄り添って歩いていた。大丈夫かな? 何歳になっても変わらないなこの人は。でも俺は、それが彼女の可愛いところだと思う。

 

 そう思ってしまうあたり、俺は心底彼女に惚れているんだなと自分で笑ってしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

 式場に着いてからもやることはたくさんある。ヨヨコがメイクやウェディングドレスへの着替えなどの身支度をしている間、俺も同じように身支度を済ませる。当然、新郎である俺の方が早く終わるから、ヨヨコが終わるまでの間、俺はお世話になったプランナーさんやスタッフさんと打ち合わせを行う。

 

 ヨヨコの支度が終わったらリハをやって写真撮影をやって両家の親族にあいさつをして……やることが、やることが多い!!

 

 今日の式までに何回打ち合わせしたことやら。打ち合わせ回数の平均は四回らしいけど、俺達は倍くらいやった気がする。一生に一度きりだし、二人とも妥協しない性格だからかなーり大変だった。

 

 ただ、鏡に映ったモーニングコートに身を包んだ自分を見てこう思う。

 

 この忙しさも全部ひっくるめて結婚式なんだろうな、と。

 

「新郎様」

 

 控室で鏡を向かい合っていると、スタッフさんに声をかけられた。

 

「新婦様のお支度が整いました」

「わかりました。ありがとうございます」

 

 スタッフさんにお礼を言って、控え室を後にする。ヨヨコがいるのは新郎新婦用の支度室であるブライズルームだ。俺は緊張と興奮が入り混じった不思議な高揚感を抱きながらブライズルームへと向かう。

 

 部屋の前までやってきて、いざドアをノックする段階になって俺は、自分の心臓がドクンドクンと高鳴っていることを自覚した。

 

 このドアの向こうに、ウェディングドレス姿のヨヨコがいるんだよな。

 

 そう考えて俺は一度目を閉じ、深く深く呼吸する。だけど、心臓の鼓動が落ち着く様子はない。ははっ、仕方ないな。これも新郎の特権だとでも思っておこう。

 

 俺は自嘲気味に小さく笑ってドアをノックする。

 

「どうぞ」

 

 中から愛する人の声が聞こえ、俺は数秒の間を空けてからドアノブを回す。

 

 ドアを開き、愛する人のウェディングドレス姿をその目にとらえた瞬間───

 

 俺は言葉を失った。

 

 ウエストから裾にかけてなだらかに広がるスカートで「A」の字を描いた王道のライン。シンプルながらも上品なシルエットで洗練された印象を与える純白のドレス。銀にクリスタルの装飾が施されたティアラ。いつもより少しだけ濃くしたメイクは、特に目元がすごく華やかで……

 

 ああ、どうしよう。

 

 言いたいことは、伝えたいことはたくさんあるのに。

 

 この美しさを表現するのに───言葉では足りない。

 

「あなたのそんな顔、初めて見たわ」

 

 ヨヨコが口元に手を当てて上品に笑う。なんてことのないその仕草に、俺の心臓はあの時と同じくらい……ヨヨコに告白されて思いが通じ合った時と同じくらいかそれ以上に高鳴っている。

 

「うん……綺麗、だよ。すごく……ごめん、これ以上の言葉が、見つからない……」

 

 俺はヨヨコに歩み寄り、そう言った。いつもならもっと、もっとうまく褒められるのに。こんな肝心な時に、俺は何も言えなくなってしまう。

 

 そんな俺を見てヨヨコはもう一度上品に笑って俺の頬に手を添えた。

 

「ふふっ。大丈夫よ、あなたの気持ちはちゃんと伝わっているわ」

 

 きっと今の俺は、信じられないくらい真っ赤な顔をしているだろう。それくらい、顔が熱くなっているのがわかる。今ここにいるのが俺達だけでよかった。ヨヨコ以外に、こんな俺の姿を見せたくない。

 

「あなたのモーニングコート姿、とっても素敵よ」

 

 ヨヨコは背伸びをして、俺の耳元でそう囁く。俺は今すぐ、彼女を抱き締めてキスしたくなってしまった。うぐぐ……ダメだダメだ。我慢しろ俺! 誓いのキスまで我慢しろ! 誓いのキスをディープにやったらドン引きされるかなぁ? されるよなぁ。

 

 ああもう! 本当に、本当にめちゃくちゃなことばかり考えてるな俺!

 

「ヨヨコだけだよ」

 

 思わず、俺は呟いた。

 

「俺の心をこんなに搔き乱すのは、ヨヨコだけ」

 

 それくらい、俺はあなたのことが好きで好きでたまらなくて、愛しています。

 

「そんなの当たり前でしょう?」

 

 俺の言葉にヨヨコは先ほどの上品さとは違う、俺が見慣れたいつもの優しい笑顔を浮かべてこう言った。

 

 

 

 

 

 

「だって私は───世界で一番あなたを愛しているんだから」

 

 

 

 secret track 『√O クロノスタシス / 新世界』 fin




ヨヨコifです。

 ヨヨコとの出会いから結婚までですね。出会い編は本編に入れてもよかったくらいです。いやー、ここでレンくんとヨヨコの出会いを描写できて満足しました。

 このルートだとバレンタインにヨヨコが告白してレンくんがそれを受け入れてそのまま二人が付き合っています。で、二人が付き合い始めたことを知らされてぼっちちゃんはそこで初めて恋心を自覚して……勝負の土俵に上がる前に決着がついていたという一番悲しいパターンです。

 この世界線だとぼっちちゃんが未確認ライオットに向けて失恋ソングを作って失恋パワーでケモノリアに勝ってライブ審査を突破します。そしてこの失恋ソングがミリオンを飛ばすことに……

 今回のサブタイトル「クロノスタシス」と「新世界」は興味がある人は歌詞を調べてみてください。割とこのお話に合っているんじゃないかと勝手に思っています。

 ではでは、ここまでお読みいただきありがとうございました。次回はささささんルートでお会いしましょう。

 いつになるかわかりませんがね。

 ヨヨコ好きの皆様、よろしければ評価や感想などお願いいたします!

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