全国5000兆人のささささん推しの皆様!
お待たせいたしました!
「やまだー」
「なんぞ」
いつもの放課後、いつもの日常、いつもの教室でウチはスマホとにらめっこしてる山田に声をかけた。こらこら、せっかくウチが話しかけてやったんだからもっとかまえよー。
ウチは山田の隣に座って山田のほっぺたをツンツンする。おもちのようなぷにぷにした感触が指先から伝わってきた。うん、気持ちいい。癖になりそう。
そう思って調子に乗ってツンツンしていたら山田は頭をぶんぶん振ってウチに反抗してきた。まったく、山田のくせに生意気だぞー?
「なんぞ用でもあるんか?」
「用がなかったら話しかけたらいかんのか?」
「いかん!」
「いかんことない!」
「いかんことないない!」
「いかんことないないない!」
「いかんことないないないない!」
「いかんことないないないないない───」
ウチと山田はいつもこんな感じだ。適当な話題を振って中身のない会話をして時々山田がウチをBUMP沼に沈めようと布教してきて、それに対抗してウチが山田に雑なフリをして物真似させたりして。
それがウチと山田の日常。
なんてことない、どこにでもある高校生の日常。
そのはず……そのはずだったのに。
「山田はさ、もし好きな子に告白されたらどーする?」
いつもの雑な話題提供。山田にこの質問をしたことに特に意味はない。ただなんとなく気になっただけ、聞いてみただけだ。
だって、この当時はまだウチが山田を意識する前。
でも、なんでだろう。
本当になんてことのない日常の一ページだったのに、ウチはこの時のことを鮮明に、山田の答えを鮮明に覚えている。
「抱き締めてキスする」
山田は全く動じることなく私の目を見ながらそう答えた。綺麗な琥珀色の瞳が私を真っ直ぐに見返してきたことが恥ずかしくなって……なぜかすごく恥ずかしくなってしまって……
「言葉より先に?」
「言葉より先に」
「ふーん……」
誤魔化すように、ちょっとだけ赤くなってしまった顔を見られないようにウチは机に突っ伏すのだった。
この時、なんで山田に羞恥心を抱いてしまったのか。なんで顔を赤く染めてしまったのか。
その理由が、今ならわかる。はっきりと。
そう、これはある女の子が一人の男の子と出会って
その男の子を好きになるまでの───どこにでもある、実にありふれた恋のお話。
√S 『とっておきの唄』
最初に会った時の印象は「喜多が好きそーなイケメンだなー」だった。
ユニセックスで整った顔立ち、綺麗な青い髪と琥珀色の瞳。
山田と初めて会ったのは高校に入学して二日目のこと。山田が初めて一年五組の教室にやってきた時は、喜多のいつもの一目惚れが発動したのかと思ったけど、どうも喜多が一目惚れをしたのは山田じゃなくてお姉さんの方だったらしい。それで「ギターを弾ける」って嘘をついてまでお姉さんがいるバンドに押しかけて……
喜多とは腐れ縁だけど、この行動力は見習いたいなと思いつつ参考にしちゃだめだなと思っている自分がいる。
「喜多さーん! スタ練行こー!」
一年五組の教室のドアを開けるなり、山田は大きな声で喜多を呼んだ。入学二日目にして他のクラスの女子を堂々と呼び出すとは……今はもう何も思わないけど、最初は結構な衝撃だった。しかも相手が喜多で山田はめっちゃイケメンで……
「じゃあさっつー、スタ練に行ってくるわね」
「いってら。で、あのイケメン誰? 喜多の彼氏?」
「違うわ。私が一目惚れした先輩の弟よ」
「……ふーん」
そーゆー空気を微塵も感じさせずにあっさりと答えた喜多を見てウチは思わず笑ってしまいそうになった。そこはさ、お姉さんじゃなくて山田に惚れておけよって思ったね。
いや、本当に山田に惚れてたらそれはそれで……その……ウチはすっごく困ってたけど。うん……
ま、まあ! ウチの山田に対する第一印象はそんな感じ! 山田と実際に話すようになるのはそれから一ヶ月くらい先になるんだけど、山田は頻繁に五組に喜多を迎えに来てたから「お互い顔は知ってるよね?」くらいの関係からスタートしたんだ。
話してみたら、山田はなかなか面白いヤツで話しやすい男だった。初めて会話をしたのは下北のSTARRYっていうライブハウス。山田は喜多が所属しているバンドのメンバーと一緒にいて、その時に後藤とも出会った。後藤はすごく人見知りの激しい女の子で、今でこそウチと普通におしゃべりできているけど、最初はいつも山田の後ろに隠れてたなぁ。
後藤もかなり面白いヤツでちょっと褒めるとすぐだらしなく笑って調子に乗って、でも苦手な勉強や運動を一生懸命頑張っててウチのマロン(飼っているトイプードル)を彷彿とさせるからついついウチも後藤を甘やかすようになっちゃうんだ。
山田には負けるけど。
山田の後藤に対する甘やかしっぷりというか介護っぷりはそれはもうすごかった。二年生になってからは落ち着いていたけど、入学当初は本当に……その、ね? 二人にそういう気持ちがないことがわかっていても、ちょっと思うところがあったりなかったり。いや、山田も後藤もすごく一生懸命なんだよ? 苦手なことを克服しようと一生懸命なんだよ? 決して人目をはばからずにいちゃついてるわけじゃないんだよ?
……なんでこんなに言い訳みたいなことしてるんだろ。
と、とにかく! ライブをきっかけに山田や後藤とも仲良くなって、休み時間に廊下ですれ違ったら軽く雑談するくらいの関係になったんだ。二学期になると後藤が前髪を切ってきてびっくりするくらい可愛くなってて、どうも後藤のイメチェンには山田も一枚かんでいるらしく……二人の仲が進展したのかな? なーんて、その時は山田や後藤を弄れるネタができたなーくらいに考えていた。
「あれ? 佐々木さんじゃん。それが噂のマロンちゃん?」
「そーそー、これがウチのアイドルにして愛犬」
とある休日、マロンの散歩中にたまたま山田と遭遇したことがあったんだ。山田はおねーさんの使いっぱしりをさせられているらしく、ぶーぶー文句を言っていたけどなんだかんだ山田はシスコンだからなぁ。
「だーっしゃっしゃっしゃ! ヨーシヨシヨシ!」
「イヌヌワン!」
山田はウチをほったらかして嬉しそうにマロンを撫でまわしている。マロンも人懐っこいからすぐに山田に懐いてお腹を気持ちよさそうに撫でられていた。
その時、ウチは思っちゃったんだ。笑顔でわんこと戯れてる山田……ちょっといいじゃん、って。
「佐々木さん、俺も散歩したい。リード貸して!」
「まったく、しょうがないな~」
「ありがとう、さつこ!」
「その呼び方何なん?」
「佐々木次子、略してさつこ」
「……なんかやだ」
「じゃあさっつー」
「ウチをあだ名で呼びたかったらもっと男を磨きな」
「まじか、手厳しい」
「がんばるのだ少年」
ウチはそういって山田の頭をよしよしと撫でる。うっわ、めっちゃ髪サラサラ。ずっと触ってられるわ。
「それ、マロンを撫でまわした手だよね?」
「うん、だから帰ってからちゃんと頭を洗うんだよ。あ、マロンのシャンプー貸してあげようか?」
「せめて人間用にしてくんない?」
「だって山田って大型犬っぽいし」
ウチがそう言うと山田は釈然としないような表情をしていたけど、しばらくすると納得したのかうんうん頷いていた。山田のお姉さんは勝手気ままな猫っぽいけど、山田は人懐っこい大型犬だよね。
「そうだ。ちょうどいいから佐々木さんに相談してみようかな」
「何? 恋愛相談?」
「恋愛学習マシーンはちょっとお休み中。色んな人に話を聞けたから今はそれをまとめてるところ」
二学期になって山田は知り合いに「恋とは何か?」ってことを聞いて回ってたらしいんだよね。そうなった原因はもちろん喜多にあるんだけど……山田って頭良いのに変なところでおバカになるよな~。
……そういうところ、ウチは可愛いと思うけど。
「後藤さんの教育方針について相談したくて……」
「うんうん、さつこおねーさんに話してごらん」
「……さつこはやだって言ってたじゃん」
「意外と語感が良かったから」
そうやって一緒にマロンの散歩をしながら色々な話をした。後藤のことだったり文化祭ライブのことだったり、山田のおねーさんが引きこもって喜多が発狂して山田を女装させたり……
「喜多さんって中学の時からあんな感じ?」
「いや、ここまで酷くはなかったよ。元々変な思い込みや勘違いをすることはあったけど、バンドを始めてから……というより山田のおねーさんと出会ってからおかしさに磨きがかかったね」
「被害は主に俺が被ってるんだけどね」
「喜多がここまで懐いた男はあんたが初めてだよ」
「……懐いてるのあれ? 振り回されてるだけなんだけど」
山田が困ったような表情を浮かべているのを見て思わず笑ってしまった。実際喜多はあんたに懐いてるよ。喜多ってああいう性格と容姿だから中学の時とか今のクラスでも仲の良い男子はいたけど、あんたみたいに接する男子は初めてなんだ。
確かに喜多はあんたを振り回してる。それは間違いないよ。でもね、それって信頼の証だからね。山田にそんなことを言いながらウチは気づいちゃったんだ。山田が他の女の子のことを話しているのを聞くと、ほんのちょっぴり胸がチクリと痛んじゃうってことに。
だけど当時のウチはその痛みを「気のせいだ」って思い込んでいたんだよね。我ながらなんともまあ鈍いことで。
「やまだー、今日暇かー? 暇だなー? よし、カラオケ行くぞー」
「俺まだ何も言ってないんだけど」
「暇じゃないの?」
「暇」
「じゃあ決定」
こんな風に暇な時に二人で遊びに行ったこともある。喜多達とはよくカラオケに行っていたけど、男の子と二人っきりでカラオケはあの時が初めてだったな。……狭い個室に二人っきりっていう状況はほんの少しだけ緊張した。ほんの少しだけだよ?
「ふつーにヒップホップ歌うのすげーわ。しかも邦楽だけじゃなくて洋楽まで」
「これでも結構練習したからね~」
「正直、めちゃくちゃ格好良い」
「そうだろそうだろー? 山田もヒップホップ部入る?」
「そんな暇は……ないっ!」
「だろうね」
なんとなく流れで山田を同じ部活に誘ってみたけど、あっさりと断られてしまった。うん、わかってたよ。結束バンドのこともあるしバイトもあるし、山田ってなんだかんだ忙しそうにしてるからね。
でも、それはそれとしてね。断られたのはちょっと残念だな。山田と同じ部活だったらもっと楽しくなりそうだったのに。
なーんてね。
「山田もすっげー上手いじゃん。ライブアレンジしまくるから点数低いけど」
「……カラオケでは評価されない項目ですから」
「でも72点は低すぎだと思う。逆にどうすればこんな点数になんの?」
「カラオケなんてなあ……自分が気持ちよく歌えればそれでいーの! それに、佐々木さん相手だったら気を遣わなくていいし」
「ふーん? ウチのこと、そんな風に思ってるんだ」
「めちゃくちゃ気ぃ遣う相手といきなり二人でカラオケはハードルが高過ぎるよ」
気を遣わなくていい、一緒にいて気が楽だって言ってくれるのは嬉しいけど、それと同時にウチを
男の子に大してこんな気持ちになったのは初めてかもしれない。……はあ、ほんとーに山田はウチの心を弄ぶ悪い男だ。
「見ててよ。今から俺が全力できゃりーぱみゅぱみゅの『つけまつる』を歌うから。振り付けありで!」
「おー、いけいけー」
山田が曲を送信してMVが流れ始めると、山田がMVと完璧なタイミングで踊り始める。しかも画面見てないし。完コピとかマジでウケるわ。なんでも中学時代の文化祭ステージでこれを死ぬほどやったから体に染みついているらしい。
中学時代、か。そういえば、今はいないけど中学の頃は山田に彼女がいたんだよね。もしウチも山田と同じ中学校で、昔から山田のことを知っていたら……ウチらの関係も少しは変わっていたのかな?
だめだなー。せっかく山田と二人で遊んでるのに、なんだか女々しいことばっかり考えちゃう。山田はこんなに楽しそうに歌ってるのに───
「佐々木さん」
そんな風に考えていると、歌い終わった山田がニコニコと人懐っこい笑顔を浮かべながら肩が触れるくらい近くに座って端末を差し出してくる。不意打ちでちょっとだけドキッとしていると、ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐった。あ、この匂い……ウチの好きな香水だ。
「なんか一緒に歌おう!」
「……そだね。AAAの『恋音と雨空』でも歌う?」
「いいねー! ゴリゴリのラブソングだけど佐々木さんもこういうの聴くんだ」
「これでも華のJKだぞー?」
それから二人で「恋音と雨空」を歌って……他にもたくさん二人でデュエットして……
山田を初めてカラオケに誘ったこの日から、ウチは山田と二人で遊んだり一緒にマロンの散歩をすることがちょっとずつ増えてきたんだ。もちろん、喜多や後藤と一緒に遊ぶこともあったけど。
そんな風に山田との関係が少しずつ深くなっていっていく中で、ウチがまどろみのようなゆったりとした日常に甘えている間に、すごく大きな転機が訪れる。
「あ、あの……レンくん。数学のこの問題がよくわからなくて……」
「あー、それね。ひとり、勉強会用のノートは持ってきてる?」
「も、持ってきてます」
それは、文化祭が終わってから山田と後藤が名前で呼び合うようになって二人の距離がすごく縮まったこと。
もしかして、付き合い始めたのかな? と思ったけど、どうもそうじゃないらしい。でも、前よりもずっとずっと仲良くなっている。前はもっと保護者と被保護者って感じだったけど、文化祭が終わってからはお互いに冗談を言い合ってたり、からかい合ったり、二人の心の距離がすごく近くなっていることが傍から見ていてもよく分かった。
それに対してウチはどう? 変わらないよ。なーんにも変わらない。
「……佐々木さんのこともさっつーって呼ぼうか?」
「うーん、まだウチの好感度が足りないかな」
山田に聞かれて、反射的にそう答えてしまった。
あーあ、せっかく山田との関係が変わるきっかけだったかもしれないのに。素直になれずにそんなことを言っちゃうなんて。
……ウチのばか。
文化祭が終わってからもクリスマスやお正月、バレンタインっていうイベントがあったけど、ウチと山田の関係は何も変わらない。ちょいちょいロインして、お互い何もない放課後にお喋りして、たまーにマロンの散歩の付き合ってもらったりして。
変わらない。何も変わらない。
後藤との仲は相変わらず……どころかもっと仲良くなっていた。山田と後藤はいつも二人で一緒にいて、山田も後藤も楽しそうで……山田はそんな風に優しく笑えるんだね。
ウチには見せてくれないのに。
いつの間にか、後藤に対して嫉妬に似た醜い感情が芽生えてしまっていた。後藤は大事な友達なのに。後藤は面白くて優しくてがんばり屋さんで良いヤツだってわかってるのに。
ダメだダメだ。後藤に対してそんな感情を向けちゃダメだ。
隠さなきゃ。誰にも気付かれないようにこの感情を心の奥底に隠しておかなきゃ……
でも、隠そうとすればするほど心がきゅーっと苦しくなる。おかしいなぁ、今までこんなことなかったのに。こんなの、経験したことがないからどうしていいかわかんないよ。
ふー……落ち着け佐々木次子。幸い今は春休みだから山田や後藤と顔を合わせることはほとんどない。新学期が始まるまでにしっかり心の整理をしておけば大丈夫。
うん、なーんてことないよ。特別なことはしなくていい。ただいつもの休日みたいに過ごせばいい。それだけだから。
そして新学期が始まるまでの二週間で
ただ、今の精神的に不安定な状態で山田に会わなくて安心した半面、寂しさも感じちゃって……
これってやっぱり、
いい加減、認めればよかったんだろうけど、当時のウチはなかなかその感情を認めることができなかったんだ。なんであんなに意地を張ってたんだろうね?
だけど、二年生になってウチがその感情をはっきりと自覚することになってしまう出来事があったんだ。
二年生では山田と同じクラスになって内心喜んじゃったのをよく覚えている。喜多と後藤も一緒のクラスで、新学期早々山田は校内を駆けずり回ってなぜか校長と仲良くなってて……
うん、それはいいや。えっと、ウチが山田に対する感情を自覚することになっちゃった出来事なんだけど……あれは二年生になって一週間後のことだった。
「佐々木さん」
「どしたー?」
「はい、これ」
放課後になって部活に顔を出そうか帰ろうか迷っていた時に、山田に声をかけられて何やら可愛らしい包みを渡される。ウチはそれを受け取るも、山田の行動が理解できなくて首をかしげて山田の顔を見返してしまった。
「ちょっと遅くなっちゃったけど、誕生日おめでとう」
「あ……え……?」
誕生日、プレゼント……? 山田が? ウチに? え、う、嘘……な、なんで……?
「同じクラスになったらプレゼントしてあげるって言ったじゃん」
山田にそう言われて思い出した。あれは確か、後藤の誕生日。冗談交じりで……だけど少しだけ期待を込めて山田に「ウチの誕生日も期待してるから」って言ったんだった。
でも、ほんとにあれは会話の流れでほとんど冗談で言っただけで、確かに少しだけ……ほんの少しだけ期待はしてたけど。
あ、やばいやばいやばいやばい。
やばい。
嬉しくて、恥ずかしくって、自分の顔が赤くなっているのがわかる。山田の顔、まともに見れない。
「佐々木さんもそういう顔するんだね。サプライズで用意した甲斐があった」
山田は悪戯が成功した子供の様にクスクスと笑いながら言う。待って、ちょっと待って。無理無理無理、無理だから。恥ずかし過ぎて、でもそれ以上に嬉しくて顔のニヤケが抑えられない。
「じゃあ俺、バイト行くから。大事に使ってもらえたら嬉しいな」
山田はウチの肩をポンと叩いて教室から出て行った。一人取り残されたウチはしばらく呆然としていたけど、我に返って山田からのプレゼントを開けてみる。中に入っていたのは可愛いハンカチとハーバリウムボールペン。
これ、山田が選んでくれたんだよね。……ウチのために。
そう考えると、またさっきみたいに顔が熱くなってくる。
「お礼、言いそびれちゃった……後でロインしよう」
ずるい男だ、山田は。そうやって……そうやって女の子の心を搔き乱すんだから。でも、ウチは不思議と嫌じゃなかった。色んな感情が混ざり合ってぐちゃぐちゃになっていたけど、山田がウチのために何かをしてくれた。そう考えただけで、心がぽわぽわと温かくなってくる。
うん、認めよう。
この感情を認めるしかない。目を背けるわけにはいかない。
私はこの日、ようやく自分の感情を───山田を好きになってしまったことを自覚した。
自覚したからといって、ウチの生活が劇的に変わるなんてことはなかった。
ただ、気が付いたら山田のことを目で追ったり、山田が喜多や後藤と仲良く話しているのを見てもにゃっとした気持ちになったり、放課後や休み時間に山田とおしゃべりするだけでドキドキして心が温かくなったり、山田がバイトに行っちゃうのをすごく寂しく感じたり山田からロインが来たらものすごく嬉しくなったり返信が遅かったら不安になったり……
いやめっちゃ劇的に変わってるじゃん! 完全に恋する乙女じゃん!
まさか……まさかウチがこんな風になるなんて……今までに一度も経験したことがなかったから気付かなかった。
ウチってこんな女だったんだなぁ。
「ねえさっつー」
「んー?」
ある日の昼休み、天気が良かったので久しぶりに喜多と二人きりで昼休みに中庭でお弁当を食べていると、喜多が何やら目をキラキラさせてウチに話を振ってきた。
あー……これは面倒臭いパターンの喜多だ。こういう時に限って押し付けられる山田はいないし。
「さっつーってもしかして……」
さてさて、一体何を言ってくるのやら。
「レンくんのこと、好きなの?」
「ごふっ!?」
喜多の言葉にウチは食べていた卵焼きを吹き出しそうになってしまった。
待て、待て待て待て! 喜多は……喜多はそんなに鋭い子じゃなかったはずだ。むしろ鈍感で周りを振り回して主に山田がその被害者になっちゃうような子だったはずだ。それがなんで……なんでピンポイントでウチに対してだけ鋭くなるんだよ!?
「だって、最近のさっつー……レンくんのことをぼーっと見てることが多かったから」
「ま、マジ……ウチ、そんなわかりやすかった?」
「うーん、私じゃないと気付かなかったかも。なんだかんだ五年以上の付き合いだものね」
「や、山田にも気付かれちゃってるかなぁ……」
「あ、それは大丈夫よ。ひとりちゃんのお世話でさっつーの視線に気づく余裕なんてなかったと思うから」
「そっか……安心した」
でも「気付いてほしかったな」っていうちょっぴり残念な気持ちもある。
「それでそれでいつ告白するのいつから好きになったの何かきっかけがあったんでしょう恋をするってどんな気持ちなのやっぱりレンくんを見てると胸がきゅーってなったりするのひとりちゃんと仲が良いことに嫉妬しちゃうの!?」
「だーっ!! うるせーっ!!」
喜多の陽キャオーラが過去に例を見ないほど眩しくなる。今まではウチがこのオーラの対象になることはなくて、何なら山田を盾にしたりしてたけど……真正面から受けるとこんなに鬱陶しいんだね。
「というか、告白なんてするわけないじゃん」
「どうして?」
「だって山田には後藤がいるから」
ウチなんかよりもずっとずっと可愛くて、ずっとずっと山田と仲が良くて、ずっとずっと山田の傍にいるんだから。あの二人の間に割り込む余地なんて……ないよ。仮にあったとしても、割り込もうなんて思わない。
「心地いいもん。今の関係」
ウチがそう言うと、喜多は黙ってしまった。確かにウチは山田のことが好き。それは認める。
でもね……休み時間に中身のない雑談をしたり放課後時間が合えば適当に遊びに行ったり、休みの日にたまーにマロンの散歩に一緒に行ったりっていう今の心地良い関係を、距離感を壊したくない、失いたくないんだ。
そうなるくらいなら、ウチはずっと……このままでいい。
「本当に、それでいいの?」
「いーんだよ。大体、山田だって迷惑でしょ? ウチなんかに好きって言われたって……」
「『なんか』じゃない」
喜多がほっぺたをぷくーっと膨らませてそう言った。
「さっつーは『私なんか……』って卑下するような女の子じゃないわ。だって私、さっつーの良いところをたくさん知ってるもの。サバサバしているようで実はすごく面倒見が良くて優しくて、色んな所に気を遣える女の子。暴走した私にもなんだかんだで付き合ってくれてフォローしてくれるすっごくいい子なの! たとえさっつーでも私の大好きなさっつーをバカにするのは許さないわ!」
「なんだよそれ」
あまりの勢いに思わず笑ってしまう。でも、喜多の言葉は本当に嬉しかった。そんな風に真っ直ぐに、恥ずかしげもなく好意を伝えられるのはウチには絶対に真似できない、喜多の良いところ。
「ありがとね、喜多。そう言ってくれてめっちゃ嬉しかったよ。でもね、さっきも言ったようにウチはこの思いを山田に伝えるつもりはないから」
「さっつー……」
「ほら、そろそろ昼休みが終わるよ。教室に戻ろう」
「……そうね」
悲しそうな顔で喜多が言う。
ごめんね、喜多。せっかくウチの背中を押してくれようとしたのにその厚意を無下にしちゃって。だけど怖いんだ。本当に、どうしようもなく。この関係を壊してしまうことが、失ってしまうことが。
だから、いいんだ。ただウチが臆病者で思いを伝える勇気がなかった。
ただ、それだけの話。
───そのはずだったのに
山田が倒れた。
原因は過労。二年生になってから山田は新しくレーベルでバイトを初めて全部で三つのバイトを掛け持ちしている状態だった。それだけじゃない。結束バンドの大事なフェスが数か月後に迫っているから、それに向けて山田も色々なお手伝いをしたり後藤や喜多の勉強を見てあげたりしてて……
心配していた矢先の出来事だった。
いつものように、放課後になって山田と二人で話していた時にウチの目の前で山田は倒れた。
すぐに先生を呼んできて、山田のご両親とお姉さんに連絡して保健室に連れて行って……
我ながらよくパニックを起こさず冷静に対処できたなって思う。
そして今、山田はウチの目の前で……保健室のベッドで眠っていた。
ほっぺたに触れてみると、すごく熱くなっているのがわかる。さっきまではすごく苦しそうな表情だったけど、おでこに熱さまシートを貼ってあげたら楽になったのか、今は穏やかな表情で寝息を立てていた。
そういえば、山田の寝顔を見るのは初めてだなー。
眠っているせいか、いつもよりも幼く見える。
女のウチが羨むくらい整った顔立ち。ユニセックスな容姿に長いまつ毛。シミやニキビ一つない綺麗な肌。さらさらと指通りの良い髪。ウチは無意識の内に、山田の頭を優しく撫でていた。
「心配かけやがってこのやろー」
ほっぺたをむにむに引っ張りつつ、ちょっとだけ悪態をついてみる。びっくりしたんだからね本当に。一瞬、このまま山田が死んじゃうんじゃないかって思っちゃったんだから。
ただの過労でよかったよ。普段はしっかりしてて後藤や喜多を助けてるのに、自分のことは無頓着なんだから。
「今のあんたには、そーゆー部分を支えてくれる
その「誰か」がウチでありたいと願ってしまうのは傲慢だろうか。ウチは山田が何をがんばっているのか、全てを知っているわけじゃない。バンド活動にだって詳しくないし、レーベルのこともよくわからない。山田達がいる世界のことなんて……全然わからない。
知りたいと思う。理解したいと思う。
でも、でも……知らないからこそ、理解できていないからこそ。
そんな世界から離れたところにいるウチだからこそ、山田にとっての帰る場所に、山田にとってのありふれた日常になれるんじゃないかな?
はっ……高望みだ。そんなこと。
山田達がいるのは、すごくすごく特別な世界。そんな山田の隣にいるべきなのは、同じ世界に立っている人間だ。
そんなことはわかってる。わかっているはずなのに。
なんでこんなにも辛い気持ちに、悔しい気持ちになるのかな。ウチは好きな人のために、何にもできないのかな。
ウチは何をしてあげられる? 山田のために何をしてあげられる?
ほとんど無意識の内に、山田の手を握って自分の顔を山田の顔に近づけていた。自分は一体、何をやっているんだろう。こんなことをしても何にもならないのに。直接思いを伝えることのできないただの臆病者なのに。
でも、こんな臆病者の自分がこんなことをしてしまうくらい───
ウチはあんたのことを好きになってしまったんだ。
山田はまだ穏やかな寝息を立てて眠っている。至近距離で彼の寝顔を見て思わずこくりと喉を鳴らしてしまった。
本当に、綺麗な顔。
目を閉じて山田の唇に自分の唇を近づける。
あと少し、ほんの数センチ。
だけど
「やっぱり……ウチにはできないよ」
ポタリ、と山田の頬にウチの目から零れた涙の雫が落ちる。
ゆっくりと、山田から離れて椅子に座り直した。ウチには無理だ。山田に思いを伝えることも、山田の心の支えになることも、山田の帰る場所になることも。
できやしないんだ。
涙が、止まらない。いくら拭っても止まってくれない。ウチが山田に抱いていた思いが、感情が全部全部涙と一緒に流れていっているみたいだ。
ごめんね山田。何にもできなくて。
でも大丈夫。今日だけ泣いたら、目いっぱい泣いたら明日にはいつも通りのウチに戻っているから。
また明日からはいつもみたいに───
「佐々木、さん……?」
必死で涙を拭っていると、いつの間にか山田が意識を取り戻していてぼーっとした虚ろな瞳で私を見ていた。
「泣い、てるの……?」
ばかっ。
ウチのことなんかより自分のことを心配しろよ。急に倒れてすっごく……すっごく怖かったんだからなっ……!
そう、言いたかったのに。文句の一つでも嫌味の一つでも言いたかったのに。
自分のことじゃなくて、真っ先にウチの心配をしてくれたことがどうしようもなく嬉しくて。
「泣かないでよ」
そう言って、指先で優しく涙を拭ってくれたことがどうしようもなく嬉しくて。
ウチは山田を───彼を抱き締めていた。
「俺、倒れちゃったんだね。ごめんね、心配かけたね」
小さな子供をあやすように、山田は耳元で優しく囁きながら背中をゆっくりと撫でてくれる。彼の温かさに、香りに包まれて少しずつ心が落ち着いてくる。でも、その優しさがたまらなく嬉しいのに……ウチの涙は止まってくれない。
「ありがとう。佐々木さんがずっと看ててくれたんでしょ?」
答える代わりに、ぎゅっと山田を抱き締め返す。今のウチの心の中はぐちゃぐちゃだ。心配して、嬉しくて、悲しくて、愛おしくて。ウチがこんなになったのは、全部全部山田のせいなんだからなっ……!
「やまだ」
「うん」
「あのね」
「うん」
「ウチね」
「うん」
「心配したよ」
「うん、ごめんね」
山田はウチを抱き締めたまま、優しく頭を背中を撫でてくれる。彼の温かさが、優しさが本当に心地良くて……改めて思う。
やっぱり、無理だ。
この気持ちを、自分の感情を隠したままにしておくことなんて、できないよ。
たとえ……たとえこの思いが届かなくても、たとえウチが山田にふさわしくなくても。たとえウチが山田の支えになれないとしても。
このまま何もしなかったら、ウチは前に進めない。ウチは一生後悔する。
「やまだ」
「うん」
「あのね」
「うん」
「もしも……もしもね」
「うん」
そこまで言って、ウチは一度山田から身体を離して彼の目を真っ直ぐに見る。穏やかで、優しくて、温かくて、でもすごく……すごく真剣な目で山田がウチを見返してきた。
心臓が、うるさい。
こんなにも緊張したのはきっと人生で初めてだ。こんな感情を抱いたのも人生で初めてだ。
誰かに恋をしたのも───人生で初めてだ。
初めての恋を、ウチの思いを、気持ちを、感情を
全部あなたに伝えます。
「もしも───ウチが山田のことを好きって言ったらどうする?」
思いを告げた瞬間、私は思い出していた。
いつか、彼とこんな話をしていたことを。
『山田はさ、もし好きな子に告白されたらどーする?』
あの時はまさか、ウチが山田にこんな感情を抱くなんて夢にも思わなかった。
それで、あの時彼はなんて答えてくれたんだっけ?
確か、確か、確か───
思い出すよりも先に、山田はウチの気持ちに応えてくれた。
もう一度、ウチをぎゅっと抱き締めて
そして───
優しくキスをしてくれた。
√S 『とっておきの唄』 fin
ささささんルートです。
ささささんはバンド活動には一切関わらないので、レンくんが「帰る場所」であり「ありふれた日常の象徴」となります。このルートだと最終的にレンくんは結束バンドのマネージャーではなく学校の先生になりそうですね。
とりあえずやりたかった二人のルートはやりました。他の人のルートは……どうしよう?
感想とかで募集すると規約違反になるからしませんが、気が向いたら他の誰かのルートもやってみたいですね。
今のところぽいずんルートが漠然と頭にあったりします。ただ、ぽいずんルートはヨヨコやささささんと違ってコメディ色の強いバカエロなお話になりそうですが。
ではでは、ここまでお読みいただきありがとうございました!