【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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 全国5000万人のぽいずん推しの皆様!

 お待たせいたしました!

 今回は結構攻めた表現、というか際どい表現があるので閲覧は自己責任でお願いいたします。



√P ドッキング

()()()、起きろー」

「まだ十二時……スタ練は三時から。もうちょっと寝たい」

「昨日もそう言って寝坊してたろ?」

「冷房の効いた部屋で毛布にくるまって寝る……これぞ夏の至高の娯楽」

「今からその至高の娯楽を取り上げるからな」

「ああっ、()()()()()。そんな殺生な!」

 

 八月某日、夏休み真っただ中で惰眠を貪っている愚妹から毛布を取り上げて俺は大きなため息を吐いた。高校三年生なのにこの妹は本当に自立心の欠片もないな。ほんの少しでもいいから幼馴染の()()を見習ってほしい。

 

「パン焼いておくから顔洗っておいで」

「んぅ~……」

 

 俺がそう言うも、リョウは熱いアスファルトの上でのたうち回るミミズの様にベッドの上でモゾモゾしている。寝巻のTシャツがめくれておへそが見えてるし。年頃の女子高生がそれでいいの? 

 

 妹にそんなことを期待するだけ無駄か。

 

「お兄ちゃん」

「なんぞ?」

 

 リョウが両腕を伸ばして俺をじーっと見つめてきた。

 

「だっこ」

 

 俺と同じ琥珀色の瞳が視線で訴えかけてくる。俺は昔からリョウのこういう目に……というよりおねだりに弱かった。リョウがこんな風になったのって、俺が小さい頃から甘やかしてきたせいだよなぁ。

 

 俺は自分の甘さを十分自覚しながら、ベッドの上で今か今かとわくわくしながら待っている我が家のお姫様を抱き起こしてやるのだった。

 

 

 

 

 

√P 『ドッキング』

 

 

 

 

 

「おいっすー」

「あ、レン先輩! おはよーございます!」

「れ、れれれれレンさんっ……! お、おはっ、おはようございますっ……!」

 

 妹に朝飯兼昼飯を食わせた後にSTARRYへとやってきた。スタ練までにはまだ時間があるにもかかわらず、喜多()()()とひとり()()()はもう来ていてテーブルに教科書やノートを広げている。夏休みの宿題かな? 高校生は大変だね。大学生はゼミの教授にもよるけど長期休暇中の宿題なんてないからね。

 

「がんばっている高校生にハーゲンダッツの差し入れだよ」

「ありがとうございます! これ、新しいフレーバーですね。食べてみたかったんですよ~。ひとりちゃんはどれにする?」

「あ、えっと……じゃ、じゃあ私はストロベリーで」

 

 喜多ちゃんとひとりちゃんは宿題の手を止めて嬉しそうにハーゲンダッツを食べ始めた。こうやって可愛い女の子が美味しそうに何かを食べてる光景ってすごく癒されるわ~。

 

 俺はそんなことを考えながら喜多ちゃんのノートを手に取って中身を見る。なるほど数学の宿題か。高二になると数学の難易度がアホみたいに上がるから挫折する人が多いんだよね。

 

「よく解けてるじゃん。一時期成績が落ちてたのによく持ち直したね」

「がんばりました! だから先輩、いっぱい褒めてくださいっ!」

「喜多ちゃんは偉いね~」

「頭撫でてください!」

「よしよし」

「えへへ~」

 

 喜多ちゃんって犬っぽいよなぁと思いながら頭を撫でてあげる。うん、さすが喜多ちゃん。髪もしっかり手入れされてて触り心地がすごく良いね。

 

「れ、レンさんっ。わたっ、私もこの問題を一人で解けるようになったんです、よ……?」

「うん。ひとりちゃん偉い!」

「ふ、ふへへへっ……」

 

 ひとりちゃんが喜多ちゃんに対抗するように「私も褒めてアピール」をしてくるので優しく頭を撫でてあげると、ふにゃふにゃとだらしない笑顔を浮かべていた。みんな素直でいい子だね。リョウもこの子達のこういうところを見習ってほしいな。

 

「おい、女子高生を食い物にするクソチャラ大学生」

「なんすか、女子高生を盗撮するギルティ三十路店長」

「ばっ!? 盗撮なんかしてねーだろあれは結束バンドの成長の軌跡をしっかり記録に残しておいて将来有名になってドキュメンタリーを作る時に役立つと思ってだな」

「じゃあ星歌さんのスマホのロック解除しますね」

「あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! ばかばかやめろ!! うら若き乙女の秘密を暴露するとか万死に値する行為だぞ!?」

「うら若き乙女って言い方がもう若くないっす」

 

 俺がそう言うと星歌さんにコブラツイストをかけられた。ふつーに痛い。

 

「二十歳を過ぎたら時の流れが異常に速く感じるようになるんだよ。お前もあっという間に加齢臭漂うおっさんになるからな!」

「レン先輩は加齢臭なんてしません! 絶対!」

「そ、そうです。レンさんはおっさんになんてならない、ですっ……!」

「なーるーのっ!」

 

 星歌さんは俺を解放して今度はJK二人と言い合いを始めてしまった。

 

 加齢臭はね、どうにもならないの。俺もできるだけ食生活とか改善して気をつけようとは思うけど……でもリョウに「お兄ちゃん臭い」とか言われたら俺はショックで一週間くらい引きこもる自信がある。

 

「PAさんもハーゲンダッツお一つどうですか?」

「いただきます~。あ、レンくん。この前お魚料理が美味しいお店を見つけたので今度一緒に行きませんか?」

「いいですねー。行きましょう!」

 

 三十路女性とJKがぎゃーぎゃー言い合っている傍らで俺は年上の巨乳お姉さんとご飯に行く約束をするのだった。

 

 

 

 

 

「おはよーございまーす」

 

 STARRYを後にして徒歩数分の所にある俺のメインバイト先のストレイビートへとやってくる。勝手知ったる事務所なのであいさつもそこそこに奥へ入ると事務所の主である司馬さん、一応先輩のやみさん、それに虹夏と()()()()()がいた。

 

「あ、レンくんっ!」

 

 俺がやって来ると虹夏は満面の笑みを浮かべてぱたぱたと駆け寄ってくる。飼い主を出迎える犬みたいだなーと思いながら虹夏の頭を撫でるとアホ毛を嬉しそうにブンブン揺らしていた。

 

「やみさん、いい子にしてました? 司馬さんに迷惑かけてません?」

「あたしのおかんか!? 迷惑ならむしろあたしの方がかけられてるわよ!! 数日見ない間にキッチンの三角コーナーが腐海になってたんだからね!!」

「……司馬さん?」

「山田さん、何事にも適材適所というものがあってですね」

「せっかくハーゲンダッツ買ってきたんですけど、司馬さんの分は没収ですね」

「いやですくださいできればザ・リッチキャラメルがいいです」

「残念ながらカップのヤツしか買ってないんですよ」

「しょぼーん」

 

 司馬さんは拗ねたようにそう言って俺が持ってきた袋をごそごそ漁って適当に取っていった。まだ半年くらいの付き合いだけどほんとに遠慮がなくなったな。

 

「大槻ちゃんはどれにする?」

「あ、えっと……じゃあクッキー&クリームを」

「おっけー。はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます」

 

 大槻ちゃんは遠慮がちに俺からアイスを受け取った。司馬さんはもうちょっと大槻ちゃんのこういうしおらしいところを見習ってくださいよ。そう言おうと思ったけど、司馬さんはすでにアイスをパクパク食べていたので諦めることにした。

 

「やみさんはスーパーカップでいいですよね?」

「なんであたしだけグレード低いのよ!?」

「は? なんだかんだスーパーカップのバニラこそ王道なんですが? それに俺は一時期牛角アイスにハマっててスーパーカップの抹茶味にきなこと黒蜜をぶっかけて貪り食ってた男ですよ」

「あんたのアイス遍歴なんかどうでもいいわ!!」

 

 仕方ないのでやみさんにもハーゲンダッツを分けてあげることにする。買ってきたスーパーカップは事務所の冷凍庫に入れておいて今度俺が食べる用に置いておこう。そう考えてたんだけど俺が次に出勤する前に司馬さんが勝手に食べちゃったというね。名前書いておけばよかった。

 

「で、大槻ちゃん。来年のツアーのスケジュールは決まった?」

「みんな学生ですし、ひとりと郁代は受験生だから基本的には長期休暇や祝日を含む連休だけにしようと思ってます。後は評判のよさそうなハコをいくつかピックアップしてて……」

 

 SIDEROSがストレイビートに所属して事務所が忙しくなりつつある中で、SIDEROSと結束バンドは来年に合同ツアーを行う予定になっていた。北は北海道から南は沖縄まで……とまではいかないけど、全国の主要都市五、六ケ所くらいは回る予定にしている。

 

「レンくんもついてきてくれるんだよね?」

「もちろん。大学生は時間があるからね。後期の授業が始まるのは十月からだし」

 

 大学生は基本的に学年が上がるごとに必要な授業数が減ってくるから自由に使える時間が増えるんだ。所属するゼミや卒論の内容次第では忙しくもなるけど。

 

「いいな~。あたしも早く大学生になりたいな~」

 

 でもね、大学生になると高校生が若々しい……というか眩しく見えて羨ましくなるんだよ。

 

「虹夏と大槻ちゃんは俺と同じ芳文大志望だったよね? 受験勉強で困ったことがあったらいつでも相談してね。二人は成績優秀だから必要ないかもだけど」

「う~ん……勉強のことよりもあたしが家事ができなくなるからご飯作りに来てほしいかな」

 

 確かにそっちの方が死活問題だ。星歌さんも料理ができなくはないんだけどシンプルに不味いからな。

 

「大槻ちゃんは勉強は大丈夫そう?」

「あ、はい。この前の模試もA判定だったので……」

「作詞と作曲もやってギターも歌もめちゃくちゃ上手くて未確認ライオットで優勝してその上成績優秀……大槻ちゃんってほんと漫画の主人公みたいだよね」

 

 俺がそう言うと大槻ちゃんは恥ずかしそうに俯いてしまった。結構仲良くなったと思ったけど、この子も元々人見知りが激しい子だからな。年上の男ってだけで緊張しちゃうんでしょう。吉田店長は例外だろうけど。

 

「山田のツアーでのメインの役割は運転手よ。そのために雇ったと言っても過言じゃないわ」

「やみさんは事務所でお留守番ですね。寂しくならないように全国各地の美味いもんを食ってるところをライブ配信してあげますから」

「何その陰湿ないじめ!? あたしも行くに決まってんでしょ! ハブったら泣くわよ!」

「は、ハブ……リーダーをハブっての打ち上げ……うっ、頭が……!?」

「あーあ、やみさんが大槻ちゃんの地雷踏んじゃったー。これで楽曲製作に影響が出たらやみさんの責任ですね。とりあえず今月のお給料はなしということで」

「理不尽すぎるでしょ!?」

「佐藤さんのおかげで人件費が浮きました」

「とんでもねえブラック上司!!」

 

 やみさんがぎゃーぎゃー騒ぎながらもみんなで仲良くアイスを食べながらツアーについて話し合う。本格的にツアーを始める前に結束バンドも遠征って形で関東のどこかでライブする経験を積んでおいた方がいいかな。志麻さんとかその辺詳しそうだし今度相談してみよう。

 

「レンくん、ツアーのことなんだけどケモノリアの人達も参加してくれるの?」

「今日この後に話をしにいく予定だよ。多分、七割方大丈夫だとは思うけど」

 

 そしてこの合同ツアーはケモノリアにも声をかけていた。未確認ライオットではファイナルステージに残ったから実力も知名度も集客能力も十分。今のところどこかのレーベルに所属しているってこともないみたいだからあわよくばストレイビートに所属してくれないかなって思ってたりもするんだよね。

 

「いつも思うんですけど……レンさんのやってることってバイトの範疇超えてません?」

「大槻さん、たとえバイトだろうと有能な人材を遊ばせておくほどウチの事務所に余裕はないのです」

「真顔でそんな切実なこと言わないでください」

「大丈夫よ大槻さん。山田のやってることなんて所詮顔面偏差値の暴力でガールズバンドを誑し込んでるだけだから」

「いやー、やみさんのおっさん達への媚びっぷりには敵いませんって。二十四にもなってよーやるわ」

「でしょでしょー? って!! 喧嘩売ってんのか!?」

「いらんこと言ってきたのはそっちでしょ!? ……あ、わかりましたよやみさん! 俺の有能っぷりに危機感を感じてるんですね! まあ、結束バンドとSIDEROSがウチに所属するようになったのは俺がこの子達の背中を押したことが大きかったからですしぃ?」

「はあー!? 最初に話を持ちかけたのはあたしじゃん! 功績マウントなんぞ百年早いわ!」

「ケモノリアに声をかけようって提案したのも俺なんですよねぇ……有能過ぎてごめんね?」

「なめとんのかクソガキ!!」

「俺がクソガキならやみさんはメスガキですよ」

「……ざぁこ♡ ざぁこ♡ 山田のざぁこ♡ 顔面偏差値と性格と身長だけの男♡ モテるとか言いながら彼女がいない恋愛くそざこ♡ よっわ♡ 行き遅れの仲間入り───っていだだだだだだだだだっ!? アイアンクローはやめなさいっ!!」

 

 やみさんのメスガキっぷりがあまりに見事だったからついつい敬意を表して星歌さん直伝のアイアンクローを披露してしまった。廣井さんで練習した甲斐があったな。

 

「こんにゃろー! 女に手を上げる男は最低だって教わらんかったんかー!?」

「このご時世『男だから』だの『女だから』だの言ってるとすぐ炎上しますよ。ばーにんぐ♡やみに改名しましょうか」

 

 やみさんを解放してあげると仕返しとばかりに俺の両頬を思い切り引っ張ってきたので、俺はやみさんの顔を両手で包むようにぎゅーっと潰すと変な顔になった。それに、やみさんのほっぺためっちゃもちもちしてて気持ちいい。

 

「って、やみさんなんかで遊んでる場合じゃない。ケモノリアの子達と待ち合わせしてるんだった。じゃあ司馬さん、行ってきます」

「はい。良い知らせをお待ちしていますね」

「良い報告ができなかった時はやみさんのせいだと思ってください」

「わかりました」

「なんてこと言うの!? 司馬さんもあっさり納得しないでください!!」

「部下の責任を取るのが上司の役目ですよ、愛ちゃん」

「本名で呼ぶなぁ!!」

「……確かに『あいちゃん』って俺の大好きな灰原哀ちゃんと被るんで二度と呼びません」

「アポトキシン飲ますぞごらぁ!!」

「それで小さくなった俺にえっちな悪戯をするんですね……エロ同人みたいに!!」

「そーそー。おねーさんが色々教えてあげる───って誰がしょたこん♡やみよ!!」

「……虹夏、大槻ちゃん、またね」

「無視すんなっ!!」

 

 そんな風にぎゃーぎゃー騒いでいるやみさんをスルーしつつ俺は虹夏達に手を振る。虹夏は笑顔で手を振り返してくれたけど大槻ちゃんは困惑している感じだった。ごめんね、俺とやみさんっていつもこんな感じなんだ。

 

 

 

 

 

「ねえ、虹夏」

「なーに?」

「あの二人って……付き合ってるのかしら?」

「うーん……そういうのじゃないと思うけど。あの二人、ずっとあんな感じの雰囲気だし」

「そ、そうなんだ……」

「安心した?」

「あんっ……!? べ、別に安心はしてないわよちょっと気になっただけよ本当にちょっとだけよでも気になったって変な意味じゃなくて職場恋愛って色々大変じゃない業務に支障があると私達の活動にも影響が───」

「ヨヨコちゃんは可愛いなぁ~」

「そんな優しい笑顔を向けないでっ!」

 

 

 

 

 

 

「なるほど、願ってもないお申し出です。SIDEROSさんと結束バンドさんとの合同ツアー、ぜひ参加させてください」

 

 やみさんを引き連れ、ケモノリアとの待ち合わせ場所である某コメダ珈琲にやってきて一通り話をすると思った以上に快く引き受けてもらえた。SIDEROSは未確認ライオットの優勝バンドだし、結束バンドもファイナルステージのオープニングアクトを任された上、ケモノリアの子達は元々結束バンドをかなり高く評価してたからな。

 

「それに、山田さんからのお申し出ですからね。無下には扱えませんよ」

「よかったよかった。で、もう一つの方はどう? ストレイビートに所属するっていうのは悪い話じゃないと思うけど」

「そう、ですね……未確認ライオットの後にいくつかのレーベルに声を掛けられましたがまだどのレーベルとも契約はしていませんし」

 

 ケモノリアのリーダーちゃんは顎に手を当ててアホ毛をゆらゆら揺らしながら思案している。一発ギャグに対する謎の自信さえなかったらこの子も普通の可愛らしい女の子……というよりは美人さんなんだけどな。

 

「ウチと契約してくれたらライブのパフォーマンス……具体的には一発ギャグについてもしっかり支援するよ」

「ほう……?」

 

 あ、リーダーちゃんの目の色がめっちゃ変わった。と同時に他の三人が「まじで?」とでも言いたげな表情で俺を見てくる。

 

「といっても、なんでもかんでもやっていいって話じゃない。やるなら()()でやらなくちゃ、ね?」

「私はいつでも本気ですよ」

「うん、それは知ってる。でもね、今までの一発ギャグって滑り倒すかドン引きされてばかりだったよね」

「ふぐぅっ!?」

 

 俺の無慈悲な言葉にリーダーちゃんがテーブルに頭を打ち付けた。やみさんは隣でアイスココアの山盛りソフトクリームと格闘しながら呆れた表情をしている。

 

「そんなド滑り芸で、一部のファンだけが愛想笑いをしてくれるような内輪芸で満足できるのか!?」

「で、できませんっ……!!」

「だったらファンの人達を全員……いいや、ファンじゃなくても観に来てくれた人達を全員笑顔にできるような一発ギャグを披露する───それこそがプロなんじゃないのか!!」

「!!」

 

 リーダーちゃんは天啓を受けたようなキラキラした瞳で俺を見つめ、やみさんと他のバンドメンバー三人は「何言ってんだこいつ」という視線を俺に向けてくる。

 

「音楽だけでなく一発ギャグでも人々を笑顔にする……それが私達の、ケモノリアの新しく進むべき道なんですね」

「その通り。だけどネタ作りに没頭し過ぎて楽曲制作がおろそかになったら元も子もない。その二つをハイレベルで実現してこそのプロ……真のアーティストといえるだろう」

「で、でも……どんなネタならみんなを笑顔にできるか……」

「ウチの司馬さん(ボス)を爆笑させられるネタ───それなら間違いなしだ」

 

 そこまで言って、リーダーちゃんを除く三人のバンドメンバーは俺の意図を理解できたらしく納得した表情を浮かべた。ケモノリアの四人も一度司馬さんと顔合わせをしているので、多少はどんな人かをわかっている。

 

 あの(見た目だけは)クールな司馬さんを爆笑させられるようなネタのみライブで披露できる……言い換えれば「ライブパフォーマンスで一発ギャグなんかやるな」ってことだからね。司馬さんが爆笑するところなんて見たことないし。

 

 というか、以前からケモノリアの子達には「リーダーの一発ギャグをなんとかしてほしい」って相談されてたから。でも無理矢理言いくるめようとしたところでリーダーちゃんは止まらない。それは短い付き合いながらもよくわかっている。だから「一発ギャグはやってもいいよ~。ただし楽曲制作のクオリティを落とさないかつ司馬さんを爆笑させられるネタだけだからね?」っていう風に誘導しただけのこと。

 

「ありがとうございます! どのレーベルも私の一発ギャグを認めてくれなかったので……山田さんの提案は私にとっての蜘蛛の糸です……!」

 

 リーダーちゃんが感激した表情で俺の両手を包み込むように握る。自分で言っておいてなんだけど、この子も結構将来が不安だな。大丈夫? 変な男に騙されたりしない?

 

「他の三人ともしっかり相談してね。あ、もっと詳しい話を聞きたかったら俺に連絡してくれればいいから。事務所で司馬さんも交えて事務所でお話しよう」

「はい。ありがとうございます!」

 

 真面目な話はここまでで、それからはお互いの近況や最近注目の若手バンドについて話し合ったりしていた。ケモノリアの子達がウチに所属してくれるかはわかんないけど、結構手ごたえはあったし有意義な話し合いだったな。

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、お疲れ」

「お疲れーっす」

 

 ケモノリアとの話し合いの後事務所に戻り、今日の分の仕事を終わらせてから俺はやみさんに誘われるままに居酒屋へとやって来る。こうやって二人の仕事が終わるタイミングが同じ時はやみさんと一緒にご飯を食べに行くことも多くなっていた。

 

 やみさんはビールの入ったジョッキを、俺はウーロン茶の入ったグラスを軽くぶつけ合って乾杯する。

 

「あ゙あ゙ぁ~……仕事終わりのこの一杯のために生きてるわ~」

「すんげえおっさんみたいな台詞」

 

 俺がそう言うとやみさんが掘りごたつの下で俺の足をゲシゲシ蹴ってくるので俺も反撃して蹴り返し、仁義なき熱い戦争が繰り広げられる。

 

「あんたってもう大学三年生だけど、就活とかやってるの?」

「ストレイビートに就職するか教員になるかの二択なんで就活はほとんどやんないですね」

「ウチの社員はともかくあんたが学校の先生とか……さぞ女子生徒からおモテになるんでしょうねえ」

「教員にならなくても俺はモテます」

 

 今度はやみさんが俺の取り皿にお通しに入っていたしいたけを放り込んできた。そうやって好き嫌いするから身長が小さいままなんですよ。おっぱいは大きいけど。

 

「ウチにそのまま就職すればいいじゃない。その方が()()()()も喜ぶでしょ?」

「ぶっちゃけ相当迷ってます。今の仕事は楽しいし、このまま本格的にこの業界に足を踏み入れるのもいいかなって」

「だったらそーしなさいよー。司馬さんもあんたのことは高く買ってるし」

「……やみさんはどうなんです?」

「あたし?」

「もし俺がストレイビートを辞めちゃったら寂しいですか?」

 

 尋ねると、やみさんは目を丸くした後にそれを誤魔化すようにジョッキを口につけ、俺に視線を合わせないまま小さく呟いた。

 

「……寂しい」

 

 そう言ったやみさんのほっぺたがちょっと赤くなっているのはアルコールのせいだけじゃないだろう。うん……不覚にもちょっと可愛いと思っちゃったわ。

 

「なんか、今日のやみさんは素直ですね」

「べ、別にいいでしょっ! 今は二人っきりなんだから!」

「でもやみさんにそう言ってもらえてめっちゃ嬉しかったっす。……ちょっと照れ臭いですけど」

「……ばか」

 

 俺もそんな恥ずかしさを誤魔化すようにウーロン茶を一口飲んだ。いつもぎゃーぎゃー騒いでるやみさんが急にこんなにしおらしくなると、ね。色々と心にくるものがありますよ。

 

「そ、そういえばあんたって相変わらずお酒は飲めないのねっ!?」

 

 二人の空気がちょっと変な感じになったので、それを変えるようにやみさんがそんなことを言ってきた。俺はこの微妙なやきもきする感じの空気って嫌じゃなかったんですけどね。

 

「飲めないことはないですけど、グラス一杯で顔が真っ赤になるんですよ」

「大学だと飲み会も多いでしょ? 大変じゃない?」

「俺くらい顔が良かったら『お酒飲めないの? 可愛い~!』『すぐ顔が赤くなるんだ! 可愛い~!』って感じでむしろちやほやされます」

「顔面偏差値の暴力!!」

 

 実際、飲み過ぎると思いっきり醜態を晒すからな。高校生の時に一回やらかしてみんなにめっちゃ迷惑かけたし。しかも俺は記憶が残るタイプの人間だし。

 

「ちょっとくらい慣れておいた方がいいと思うけどね。ビール飲んでみる?」

「ビールってキンキンに冷えてる状態かつ最初の一杯のジョッキ半分くらいしか美味しいと感じないです。あとはただの苦い炭酸を喉に流し込むだけの作業ですね」

「はぁ~、この美味しさがわからないとか山田くんはまだまだおこちゃまね~」

 

 やみさんが自分のジョッキを差し出してきたので丁重に断ると、やみさんはメスガキ面になって俺の頭を撫でてきた。押し倒すぞ?

 

「いい機会だから練習しましょ。あたしが飲みやすいの選んであげるから」

「えー……日本酒とか焼酎とか頼まないでくださいよ」

「頼まないわよ。甘いカクテルかチューハイにしてあげる」

 

 そう言ってやみさんは嬉しそうにタブレットを操作してお酒を選んでいる。何を頼んだのかは知らないけど、飲めなかったら全部やみさんに飲ませよう。最悪、タクシーで実家に送り届けてやみさんがご両親に怒られるだけだから。

 

 注文して数分すると店員の大学生らしい女の子がカクテルを運んできてくれた。

 

「モスコミュール。お酒初心者にもやさしいカクテルの定番よ。甘くてすっきりして飲みやすいわ」

 

 やみさんはそう言って俺のグラスを渡してくる。中にライムが入ってるな。ベースはなんだろ? ジン? ウォッカ?

 

「何をそんなに警戒してんのよ~? あたしが選んだんだから間違いないって」

 

 俺がグラスとやみさんを交互に見ていると、やみさんは何を思いついたのかさっきみたいにメスガキ面になって立ち上がり俺の隣に座ってきた。そして、俺と腕を組んで耳元にそっと唇を寄せて……

 

「ざぁこ♡ ざぁこ♡ カクテルの一杯も飲めないよわよわ山田♡ 飲み会コミュ障♡ 顔真っ赤♡ 女の子がビールぐいぐい飲んでるのに恥ずかしくないの?」

 

 甘ったるいメスガキボイスでそう囁いてきた。腕におっぱい押し付けてきてるし。本気で押し倒しますよ。

 

「酔い潰れた俺をホテルに連れ込んだりしないでくださいよ」

「それ女の子のセリフ!!」

 

 とはいえ、せっかくやみさんが頼んでくれたので一口飲んでみることにする。ベースのウィスキーはわかんないけど、ジンジャーエールを使ってるのかな。ライムのおかげでさっぱりしてて飲みやすい。

 

「……美味しい」

「でしょー? ねえねえ、一口ちょーだい♡」

「どーぞ」

 

 グラスを渡すとやみさんは嬉しそうに飲み始めた。こういうところを見るとなー、やみさんって普通の可愛い女の子なんだよなー。

 

「よーし、今日は山田に色んなお酒を飲ませる日にするわよー! おねーさんが色々教えてあげりゅっ♡」

「酔い潰れない範囲でお願いしますね」

「あたしを誰だと思ってんのよ! 佐藤愛子二十四歳! 同じ轍は二度と踏まないわ!」

「五回ぐらい踏んでる気がしますけど」

「うっさい。次はどれにしようかな~?」

 

 やみさんは俺に体を寄せて楽しそうにタブレットを操作している。ふんわりとやみさんから甘い香りが漂ってきた。やみさんってお酒飲むとガードが緩くなるよな。あんまり身体を密着させないでほしい。俺だって男なんだから。

 

「これも定番ね。カルアミルク」

「ああ、飲み会で女の子によく飲まされましたね」

「……却下。別のにするわ」

「なんで!?」

「他の女の二番煎じなんてやってられないわよ」

 

 その後も色々とやみさんがお酒を頼んでそれを二人で仲良く飲み合うことにする。頼んでくれたお酒はどれも甘くて飲みやすくて「なんだよお酒って楽勝だな!」って感じで俺も調子に乗ってたんだけど……

 

 調子に乗った結果、俺()はとんでもないことをやらかしてしまうのだった。

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

 目を覚ますと最初に視界に飛び込んできたのは天井にある鏡に映る自分の姿。天井に鏡? 俺の部屋にはそんなもんないけどなんで? っつーか、めっちゃ頭痛い……

 

 どこだよここ。確か俺、昨日やみさんの飲んでてそのまま───

 

「んぅ~……」

 

 隣から可愛らしい声が聞こえた瞬間、血の気が引いた。恐る恐る、それこそ壊れかけのロボットの様にゆっくりと首を動かすと、視界に映ったのは穏やかな表情で眠っているやみさんだった。

 

 ただし、裸で。

 

 わー、やみさんって寝顔がすっごく可愛いんですねー……

 

 

 

 

 ───じゃねえよ!!

 

 ヤってしまった!!!!! 

 

 文字通り!! やみさんとヤってしまった!! が、ああああああああああああああああっ!!!!???? 

 

 覚えてる!! はっきり覚えてるよ!!

 

 確か居酒屋でやみさんといっしょに調子に乗ってカクテルを飲みまくって二人でベロベロに酔っぱらって……

 

『あ、山田ぁ♡ あそこにお城があるわよぉ~』

『ほんとですね~やみさんにぴったりのお城です~』

『よ~し、行くわよやまだぁ~。お姫様の言うことを聞きなさ~い』

『はは~っ! 承知しました姫様ぁ~』

『見て見て山田ぁ♡ ベッドすっごく広いわよぉ~』

『姫様!! お風呂も大変大きゅうございます~』

『一緒に入るわよ~』

『は~い』

 

 で、そのままヤってしまったと。あほだ、あほすぎる。典型的な飲み会からのお持ち帰り……いやお持ち帰りじゃないな。ワンナイト? いやワンナイトでもない……いやそんなことはどうでもいい!! とにかく俺とやみさんは一夜の過ちを……そーゆーことをヤってしまったってこと!!

 

 ひ、避妊は!? 大丈夫、ちゃんとしてる。使い終わったゴムはゴミ箱に捨ててある。ぎ、ギリギリセーフ!! いやアウトだわ!! 全然セーフじゃねえわ!! 試合終了してるわ!!

 

 待て待て。冷静になれ、俺。いや無理だけども。こんな状況ですぐ落ち着けっていうのは無理だけども。と、とにかく……どうにか頭を冷やさないといけない。そのためには……

 

 シャワーを浴びよう。うん、それがいい。

 

 そして俺は浴室へと向かい、冷水シャワーを頭から思い切り浴びる。あ゙~……二日酔いの頭に染み渡るわ~。

 

 ふぅ、現実逃避もこの辺にしておいてこれからのことを考えよう。とにかく、俺とやみさんは一線を超えてしまった。それは紛れもない事実。その事実に対して俺はどうすべきか。

 

 そんなの決まってるよ。まずはちゃんと謝ろう。お酒の勢いとはいえ、俺は自分のお酒の弱さを自分が一番よくわかっていたんだから。こういう事態にならないように大学ではうまく立ち回っていたんだから。

 

 でも、やみさんの前だとなぜかそういう警戒心が薄れちゃったんだよね。多分、それだけ俺がやみさんを信頼してて心を許してたんだと思う。で、やみさんも同じように俺のことを信頼してくれてたはずなのにそれを裏切ることになっちゃって……

 

 ざ、罪悪感が酷い。

 

 自業自得だよ。お酒に酔って一緒にラブホに入っちゃったんだから。うん、ちゃんと責任は取ろう。やみさんにどれだけ罵られてもしっかり受け入れよう。それだけのことをやっちゃったんだから。

 

 冷水シャワーを浴びながら俺はそんなことを考える。

 

 ただ、今思い返してみると───俺とやみさんって身体の相性がやばいくらい良かったんだよね。やみさんって着痩せするタイプであんな童顔で小柄なのにおっぱい大きくて正直ヤってる最中はめちゃくちゃやみさんが可愛くて気持ちよ過ぎて───

 

 いや最低すぎるわ俺!! こんなことになったのに何を思い出してんだよ!!

 

 煩悩退散煩悩退散!! 廣井さんが目の前でゲロを吐いた時のことを思い出せ!!

 

 ふう……落ち着いた。ありがとう廣井さん。これで廣井さんに感謝するのは通算十回目です。

 

 よし、やみさんが起きたら誠心誠意謝ろう。ぶん殴られようと俺はそれを潔く受け入れる。やみさんとの関係が拗れるかもしれないのは正直めちゃくちゃ悲しいけど……俺が悪いんだから全部受け入れよう。

 

 改めてそう決意したときだった。

 

「あ、あ、あ……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!!!」

 

 やみさんの叫び声が聞こえ、俺は身体も拭かずに慌てて浴室から飛び出す。すると、ベッドの上に置き上がって布団にくるまってガタガタ震えているやみさんがいた。

 

「大丈夫ですかやみさん!!」

 

 俺が声をかけるとやみさんは俺に視線を移し……あれ? でもなんか視線が下がってない?

 

 そしてやみさんは顔を真っ赤にしてこう叫んだ。

 

「そのマツタケをしまえーーーーーーーっ!!!!」

 

 失礼しました。

 

 

 

 

 

 

 何だこのカオスな状況。

 

 あたしの目の前にはベッドの上で見事な土下座をしている山田がいた。しかもパンツ一丁で。それに対してあたしは全裸で布団をかぶりミノムシの様になっている。いやわかってる……というか覚えてるのよ!! ナニが!! あったのか!!

 

「この度、(わたくし)山田レンは自身のアルコール分解能力を過信し、お酒に酔った勢いのままに佐藤愛子さん二十四歳をホテルに連れ込んだ挙句性行為に至ってしまい大変申し訳ございませんでした似るなり焼くなり罵倒するなり殴るなりなんなりしてください誠にごめんなさい」

「ちょ、あ、頭上げなさいよ……! べ、別にあんた一人のせいじゃないでしょ。あたしが調子に乗ってお酒を頼み過ぎたのが発端だし」

 

 というかそもそもラブホに誘ったのはあたしの方だし!! ぐあーーーーっ!!! なんてことを!! なんて愚かなことをしてしまったのよ佐藤愛子!! よりによって……よりによって山田とそういうことをしちゃうなんて……

 

 確かに山田ってすごく顔が良くて優しくて背が高くて良いヤツで何ならヤってる最中もあたしのことをすごく気遣ってくれてでも普段は見せないような色っぽい表情しててというか山田との身体の相性が良過ぎてめちゃくちゃ気持ちよかった───って!! 何を思い出してんのよあたしは!!

 

 あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! あ゙ーっ!! 恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!! 山田を無理矢理連れ込んじゃった罪悪感……というか山田に謝らせちゃった罪悪感もあるけどそれ以上に恥ずかしいわ!!

 

 うぅっ……でも恥ずかしがってばかりいられないわ。山田に何か言ってあげないと……

 

「そ、その……山田? あたしの方こそ、ごめんね。このホテルを見つけたのはあたしだったんだし……一緒にお風呂に入ろうって誘ったのもあたしだし」

 

 うん。完全に痴女だわあたし。

 

「で、でもねっ……! 勘違いしないでほしいのは、あたしは誰にでもこういうことをするわけじゃないのっ! ちゃんと信頼してる人としか二人で飲みに行ったりしないし……そ、それに───あたしもい、嫌じゃなかったから……」

 

 あたしがそう言うと山田は顔を赤くして俯いてしまう。こ、こらっ! そんな表情するなっ! あれだけヤったのにまた変な気分になっちゃうでしょ!

 

「……怒ってないんですか?」

「怒ってないわよ。元はと言えばあたしが原因なんだから」

 

 だから!! そんな捨てられた子犬みたいな目であたしを見るな!! 押し倒したくなっちゃうから!!

 

「嫌われてもおかしくないことしましたよ」

「今さらこれくらいであんたのことを嫌うわけないでしょ。むしろ───」

 

 あたしは自分が一体何を口走ろうとしたのか。え、待って待ってやばいやばい。今、完全に無意識だったわ。何を……何を言おうとしたのあたし。

 

「ありがとうございます。でも、俺はやみさんの優しさに甘えっぱなしのままではいられません。俺なりに、ちゃんと責任を取ろうと思います」

「責任?」

「はい」

 

 山田はそう言って、体を起こして正座であたしと向かい合う。山田はものすごく真剣な表情をしてるけどパンツ一丁っていうのがシュール過ぎるわね。

 

「やみさん───いいえ、佐藤愛子さん」

「は、はい……」

 

 びっくりするくらい真面目な声色にあたしも思わず姿勢を正してしまった。全裸で布団にくるまってるっていう状況だけど。

 

 だけど、次の山田の発言はそんな状況をすっかり忘れてしまうくらい、衝撃的だった。

 

「俺と───付き合ってください」

 

 山田はもう一度深く頭を下げてそう言った。

 

 ちょ、ちょいちょいちょい!! ちょい待ち!! なんで!? なんでそうなるの!? 付き合う!? あたしと山田が!?

 

「が、ガチじゃないですよね……?」

「ガチですよ。軽い気持ちでこんなこと言いません」

 

 も、もしかして責任を取るってそういう意味!?

 

 なんというか、びっくりするくらい潔いというか律儀というか……ま、真面目なのはわかるけど罪悪感や責任感だけでそう言ってるんだったら、別に付き合わなくても───

 

 そこまで考えて、あたしは自分の胸の奥がチクリと痛むのを自覚した。

 

「ただ、罪悪感や責任感、義務感だけじゃないです。やみさんと一緒に仕事をして、色んなバンドのライブを観に行って、音楽談義して、昨日みたいに飲みに行って、中身のないアホな話をして……やみさんと一緒にいるの、すごく楽しいんです」

 

 山田が顔を上げてあたしの目を真っ直ぐに見てそう言った。

 

「正直、今の俺はやみさんに恋愛感情を抱いているとはいえません。でも、俺はこれからやみさんのことを───一人の女性として好きになれる自信があります」

 

 山田の言葉を聞いて恥ずかしさよりも先に嬉しさを感じていた。ま、まさか山田が……あたしをそこまで思っててくれたなんて。

 

 あたしも山田に対して悪い印象を抱く、どころかすごく良いヤツだと思ってる。顔も性格も良い優しい男で、二人でいるとすごく楽しくて、変に気を遣ったりしないで山田の前だとありのままのあたしでいられて……

 

 この感情が、山田に対する今の思いが恋愛感情かどうかはわからない。

 

 だけどあたしも山田のことを───一人の男として好きになれる。

 

 そんな自信があたしにもある。

 

 だから───

 

「……って呼んで」

 

 あたしの声が小さくて聞こえなかったらしく、山田は首をかしげていた。もうっ、恥ずかしいんだからちゃんと聞いてよねっ!

 

「───『愛』って呼んで」

 

 そう言うと山田はぽかんと口を開けて何度か瞬きする。でも、すぐにあたしの言葉の真意を理解したらしく優しく笑ってくれた。

 

「愛」

「レン」

 

 お互いに名前で呼び合う。たったそれだけのことなのに、やけに恥ずかしく感じてしまった。でもこの恥ずかしさは嫌いじゃない。彼に、レンに名前を呼ばれて心がぽわぽわ温かくなって、ちょっとだけドキッとしたから。

 

 何年ぶりかしら、こんな気持ちになるのは。

 

「レン」

「はい」

「ぎゅってして」

 

 あたしが両腕を広げてそう言うとレンはあたしに近づいて壊れ物を扱うようにそっと優しく抱き締めてくれる。レンに抱き締められて、彼の香りに包まれて自分の鼓動がどんどん速くなっているのがわかる。きっと、あたしの鼓動は彼に聞こえてしまっているだろう。でも、それでいい。あたしがどれだけドキドキしているか彼に知ってほしいから。

 

「レン」

「はい」

「頭撫でて」

 

 あたしの言葉に従ってレンがゆっくりと頭を撫でてくれる。彼が撫でてくれる感覚が心地良くて、彼を少しだけ強く抱き締め返した。

 

「レン」

「はい」

「───キスして」

 

 上目遣い気味にレンを見る。彼は少し驚いた表情をしていたけど、すぐにさっきみたいに優しく笑ってあたしに顔を近づけてきた。途端にあたしは恥ずかしくなって目を閉じてしまう。

 

 触れるだけの優しいキスから下唇を甘噛みされて徐々に彼の舌があたしの口内に侵入してゆっくりと歯茎をなぞり、舌を絡ませて口内を犯していく。痺れるような快感が脳を支配し、何も考えられなくなるくらい思考力が奪われてしまい、あたしにできたのはただただこの快楽に身を委ねることだけだった。

 

「レン……」

 

 濃厚なキスが終わり、少しだけ息が弾んでいる。彼はとろんとした甘い表情であたしを見ている。そんな彼の表情を見てあたしは自分の欲求を抑えられなくなってしまった。

 

 今度は、あたしの番。

 

 そう考えて彼をベッドに押し倒した。何も抵抗しなかった彼はあたしの下で妖艶に笑っている。

 

 もう、我慢しないから。

 

 そして、さらなる快楽を求めて彼に体を重ねようとした瞬間───

 

 室内にけたたましいコール音が鳴り響く。

 

 音源に視線を向けるとフロントからの内線電話だった。

 

 はぁ~~~~~~~~~~~~っっ!! これからが良いところだったのに空気読みなさいよクソフロント!!

 

 水を差された雰囲気になり、あたしは思い切りため息を吐く。

 

 だけど無視するわけにもいかないので、起き上がって内線電話があるところまで歩き受話器を取るなり一方的にこう告げた。

 

「───延長で」

 

 

 

 

√P 『ドッキング』 fin




 ぽいずんに「ガチじゃないですよね?」って言わせたかっただけのルートです。このルートではレンくんが山田の弟ではなく兄になっています。芳文大学に通う二十歳の大学生ですね。序盤はハーレムっぽくなってますが、結束バンドやSIDEROSにとってこのレンくんは「近所の憧れのお兄さん」的立ち位置です。ただ、本編以上に山田達を甘やかしているやばい副作用があります。

 なぜ二十歳という設定にしたかというと、本編通りの年齢(ぽいずん二十四歳、レンくん十六歳)だとどう考えても犯罪チックになる……というかお互いこれだけ年齢差があると恋愛感情を抱かないだろうなと思ったからです。

 予告通りバカエロっぽくなりましたが、規約違反だったらごめんなさい。そうなったらおとなしくR18の方に改めて上げ直します。

 今回のサブタイ「ドッキング」はBUMPのシークレットトラックです。興味がある方は検索してみてください。曲名から想像できるかと思いますがとんでもない下ネタソングです。

 とりあえずこれで三つのルートが終わりました。本当はそろそろ新作を執筆しようかと思いましたが、ぽいずんルートを執筆してる時に喜多ちゃんルートが思い浮かんでしまったのでそっちをやろうと思います。

 ただ、喜多ちゃんルートは完全なギャグシナリオです。ヨヨコやささささんみたいな甘い雰囲気にはなりません。多分。

 喜多ちゃんルートのコンセプトは「ニセコイ」です。レンくんが覚悟の扉を開いて無責任に幼馴染の結婚式をぶっ壊してキムチを食べます。

 いつになるかわかりませんが乞うご期待。

 ここまでお読みいただきありがとうございました!

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