【完結】俺の姉貴はやべーヤツ   作:わへい

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 お待たせいたしました!

 本作最後の更新です!




エピローグ
そうやって始まったんだよ


「ひとり、もう朝だよ~。起きて~」

「んぅ~……もうちょっと、もうちょっとだけ……」

「昨日もそう言って一時間くらい起きてこなかったでしょ? ほら、朝ご飯できてるから」

 

 冬の早朝、というにはすでに日が昇り切っている時刻ではあるけど、私はお布団の中でだらだらと惰眠を貪っていた。冬の布団の魔力はすさまじい。全身を包み込んでくれるこの暖かさ。以前パーカーのフードを被って隅っこで縮こまっていたら虹夏ちゃんに「パカツムリだ!」って言われたけど、今の私は「フトツムリ」だ! いや、語感が悪いな。ベッドの上にいるから「ベドツムリ」になるのかな?

 

 なんてくだらないことを考えていたら誰かに布団を引っぺがされてしまう。ああんっ! 愛しのお布団と電気毛布が!? 寝室は暖房を入れていたのでそれほど寒くはなかったけれど、私は思わず縮こまってしまう。

 

「おはよう、ひとり」

「おはよう、レンくん」

 

 顔を上げると、お布団や電気毛布なんかよりももっともっともーーーーっと愛しい私のかれぴっぴが呆れと優しさが入り混じった笑顔で私を見ていた。そんな彼の表情を見て、私は思わず彼に抱き着いて彼の胸の顔を埋めるとふんわりと甘くて優しい大好きな彼の匂いが私の鼻腔を擽った。

 

「ふへへっ、レンくんの匂い好き~」

「ひとり、俺もう仕事行かなくちゃいけないから……」

「ん~……もうちょっとだけ……だめ?」

「しょうがないな~」

 

 レンくんは甘い声でそう言いながら私の頭を優しく撫でてくれる。君のそういうところしゅきしゅきだいしゅきしゅきめろり♡

 

 ああ、朝一番から大好きな人に甘やかされるこの至福の時間……何人(なんぴと)たりともこの「GOTO-HITORIヘヴンズタイム」を妨げるのは許さないっ!!

 

「レン、苺ジャムがなくなったから帰りに買ってきて」

 

 許さない……許さないはずだったのにぃ……

 

 レンくんから顔を離して寝室の入口へ視線を向けると、トーストをもっしゃもっしゃと齧りながら空になった苺ジャムの瓶をぷらぷら振っているリョウさんがいた。

 

 はい! 「GOTO-HITORIヘヴンズタイム」しゅーりょー!

 

 

 

 

 

エピローグ 『そうやって始まったんだよ』

 

 

 

 

 

 

 今日の朝ご飯はトーストにベーコンエッグ、サラダ、ヨーグルト、カットフルーツ、コーンスープだった。リョウさんは我が物顔でダイニングの椅子に座り当然のように朝ご飯を食べている。もはや見慣れた光景なので私はいちいちツッコんだりはしない。レンくんと同棲を初めて八年、高校を卒業してから二人でマンションを借りて、レンくんの大学卒業と同時にもっと広いマンションへ引っ越したんだけど、リョウさんは週に二、三回のペースでウチでご飯を食べていて週に一回はウチに泊まっていて、客間がほとんどリョウさんの専用部屋になっちゃったんだ。

 

 まあ、結束バンドのライブの打ち上げの二次会会場はウチになることが多いから、ウチにはリョウさん以外のメンバーの私物も多いんだけど。特に喜多ちゃんの。

 

「ひとり、ミルクティーとココアどっちにする?」

「あ、ミルクティー飲みたい」

「おっけー」

 

 私はリョウさんの向かい側に座って朝ご飯を食べ始める。レンくんは先に食べちゃったのか……もうそろそろ仕事に行かなくちゃいけないって言ってたから仕方ない。明日はもっと早起きしてレンくんと一緒に朝ご飯を食べるんだ!

 

「はい、ミルクティー」

「ありがとう」

 

 レンくんが淹れてくれたミルクティーを一口飲むと、柔らかい甘さと温かさで心がほっと落ち着いた。お砂糖の量もちょうど良くて私好みの甘さになってる。ふへへっ、八年も一緒に住んでたらお互いの味の好みもわかっちゃうんですよ~。げへっ、げへへへっ。

 

「じゃあ俺、事務所に行ってくるから。後片付けよろしくね」

「あ、うん」

「今日はスタ練だったよね? 遅くなりそう?」

「多分。九時とか十時になっちゃうかも……」

「わかった。夜ご飯は……また後で連絡するね」

「はーい」

 

 スーツを着たレンくんはコートを羽織り、()()()()()()()の自分のギターケースを背負ってそのままリビングから出て行こうとする。あ、マフラー忘れてるよレンくん。私はマフラーを手に取って慌ててレンくんを追いかけた。

 

「ひとり、どうしたの? ……って、マフラー忘れてた」

「巻いてあげるね」

「ありがとう」

「ギター、早く直るといいね」

「うん。でも、()()()()()()かかるんじゃないかな」

 

 玄関で革靴を履いていたレンくんにマフラーを巻いてあげると、レンくんは優しく笑って頭を撫でてくれた。うへへ~、撫でられるの好きぃ……もっと撫でてぇ……

 

 レンくんに撫でられてだらしなく笑っていたけど、廊下が思ったよりも寒かったので反射的に身震いしてしまう。するとレンくんは私をぎゅっと抱き締めて耳元で甘く囁いた。

 

「いってきます、ひとり」

「いってらっしゃい、レンくん」

 

 こうやって抱き締められて耳元で囁かれるのしゅきぃ……あへ、あひゃへへふひっ。

 

 私は恍惚とした表情でレンくんを見送り、リビングに戻るとリョウさんは野菜ジュースを飲んでいた。レンくんとリョウさんは野菜生活の味の好みで戦争していたんだけど、結局レンくんが両方の味を買ってくることに落ち着いたんだ。レンくんは相変わらずリョウさんに甘いな~。

 

「いってきますのちゅーでもしたの?」

「ちゅ、ちゅちゅちゅちゅーなんて……!! そ、そんな新婚さんみたいなことっ……!!」

「あれだけイチャついておいて何を今さら恥ずかしがってるのか」

 

 レンくんとキスなんて付き合い始めてから数えきれないくらいしてきたけど……

 

 いってきますのちゅー

 

 いってきますのちゅー 

 

 こ、これは……!? くぅぉれはぁ……ありですねぇ!! ありですよぉ!! 今度やってみようかしらぁ!? ぐふっ、ぐふふっ……

 

 ひ、一つ懸念事項を上げるとすれば辛抱たまらん状態になってそのまま玄関でおっぱじめちゃわないかってことなんだけど……ま、まあ? 鋼の理性を持つ女GOTO-HITORIならば大丈夫でしょう! む、むしろレンくんが歯止めが利かなくなっちゃったりして……レ、レンくん……お仕事行かなくちゃいけないのに、だ、だめっ……!

 

 玄関先でレンくんに強引に迫られる……いい!! いいですよぉ!! これはもうたまらんすなぁ!!

 

 お、お仕事行く前に私がレンくんをイかせてあげますねぇ!!

 

 ぶひゃひゃひゃひゃひゃ、げほっ、ごほっ!? ぶぼぉっ!! わ、笑い過ぎてむせちゃった……!!

 

「ぼっちは相変わらずだね。考えていることがすぐ顔に出てわかりやすい」

「そ、そうですか? この数年でかなりクールビューティー後藤になったと自負していたんですけど」

「自惚れもいいところ。でも、見てる分には面白いよ」

「へへっ、ありがとうございます」

「どうせなら『ネクタイ曲がってるわよあなた♡』ってやってあげればよかったのに」

「あ、それはやったことあります。お仕事から帰ってきたレンくんにネクタイを結んであげて……」

「どうだった?」

「……ちょっと我慢できなくなってそのままレンくんをベッドに押し倒しちゃって」

「ぼっちって性欲ヤバいよね」

「そうですか?」

「レスになるよりはずっといいけど」

 

 レスになんてなるわけないじゃないですか~。八年も付き合ってるんだからお互いのことは身体の隅々まで理解して……いやもちろん身体だけじゃなくて心も通じ合ってますよ。私が性欲にまみれたいやらしい女だと誤解しないでください。確かに私は普通の女性よりちょっとだけ、ほんとにちょっとだけ、誤差レベルでえっちかもしれませんが()()()()()と比べたら可愛いものですよ!

 

「私とレンくんの愛は永遠に不滅ですよ~」

「レン絡みで何か起こるフラグに千円」

「賭け金あるんですか?」

「近所の人妻に貰う」

 

 またレンくんに怒られますよ? まあ、リョウさんが賭けたところで私の勝利は揺るがないんですけどぉ~? レンくんは私のこと大好きだし私もレンくんのこと大好きだから二人の愛に罅が入るようなそんなフラグ立つわけないんですけどぉ~?

 

 私達の愛を甘く見過ぎだ!! 勝ったな風呂入ってくる!!

 

 

 

 

 

 

 数日後

 

「け、結束バンド緊急会議、です……最近レンくんの様子がおかしいので助けてください」

 

 ってそこ! 即落ち二コマとか言うな~☆(いつぞやのド滑り自己紹介風)

 

 

 

 

 

 

 ストレイビート下北沢事務所

 

「おはようございます()()()()()!! ストレイビート下北護廷十三隊二番隊隊長大山猫々と三番隊隊長日向恵恋奈!! ただいま到着いたしました!!!!!」

「はぁ~♡ レンさん()()は今日もお顔がお美しい~! ルーブル美術館決定~! スーツちゃんと着れて偉い! ネクタイちゃんと締めれて偉い! 遅刻せずにちゃんと来れて偉い!」

「おはよう二人とも。先週話した通り、今日は()()から偉大なる司馬都エリアマネージャーがウチの事務所にやってくるから粗相のないように」

 

 いつも通り下北の事務所にやって来ると、猫々と恵恋奈が元気よく入り口から入ってきた。司馬さんからこの事務所を引き継いで約一年、ようやく慣れてきたところではあるけどこの二人は何年経っても変わらない。良くも悪くも。

 

 二人と出会ったのは高校二年の時で、まさかあの頃はこの二人を部下にして同じ職場で働くなんて想像もしてなかったな。

 

()()の所長に会うのも久しぶりですね~」

「あと『クリムトの夜』のAmeさんも一緒に来るから……くれぐれも、くれぐれも注意してね。二人ともよくわかってるとは思うけど、Ameさんはひとり以上の人見知りでコミュ障で()()()()会話できるようになるまで二か月かかったんだから。いきなりハイテンションで話しかけたりしゅきめろりするの禁止!」

 

「クリムトの夜」はストレイビートの一番の稼ぎ頭でそれはそれは丁重に扱っているんだけど、Ameさんはひとり以上の人見知りだから未だに相当気を遣うんだよな。ひとりと違って爆発したり溶けたりはしないけど距離の詰め方を間違えると気絶するからね。

 

 できることなら猫々と恵恋奈は極力Ameさんと会わせたくないんだけど今日はそういうわけにもいかない。

 

「承知しました!!! 任せてくださいビッグボス!!!」

「もちろんえれもわかってますよ~。レンさんは相変わらず心配性ですね~」

「君らには前科しかないからね。じゃあ、司馬さん達が来るまでにミーティングやっちゃおう。先月のサブスクの収益と再生数、CD売り上げの推移から見た反省と課題なんだけど───」

 

 色々な不安を抱えながらミーティングを始める。二人とも元気で暴走したら手に負えないけど基本的にはいい子だからな。仕事も真面目にやってくれてるし。ただ、もう二十三歳になるんだからもう少し落ち着いてほしくもある。いやほんとに。

 

 そしてミーティングを終えて司馬さん達を迎え入れるために事務所内の掃除やら整理やらをしているとインターホンが鳴った。時間ぴったりだな。さすが司馬さん。仕事は完璧ですね、仕事は。本社に行ってからの食生活は大丈夫なのかな? やみさんはライターの方に専念してるから司馬さんのお世話をする人がいないんだよね。

 

「来たぞ!! 総員第一種戦闘配置!! 接待の陣につけ!!」

「「おお~っ!!」」

 

 俺がそう言うと二人はバタバタと玄関先へと向かう。ちょっ! 待って! 出迎えるのは俺の役目だから!! 君ら二人が先に行ったら絶対Ameさんに絡んで暴走するでしょ!! 

 

 

 

 

 

 

「AmeさんAmeさん!! 新曲聴きましたよ!! めちゃめちゃエモくて毎日三十回はリピートしてます!! あの曲って誰をイメージしたんですか!? Ameさんもあんなエモエモな恋愛体験をしたんですか!? 相手は誰ですか!? もしかしてビッグボスですか!? ダメですよビッグボスはヒッピー先輩とラブラブなんですから!! あと、ウチもAmeさんと同じパーカーを買ったんです!! お揃いですよお揃い!!」

「あっあっあっ……」

「はぁ~~~~~~っ♡ Ameさん今日もおきゃわわわわわわわっ!! フードと前髪で目元を隠してるのが最高にきゃわきゃわ尊過ぎてかわちーカーニバル開催決定!! ちゃんとお洋服着れて偉い!! ここまで来れて偉い!! 二足歩行できて偉い!!」

「ひ、ひいぃっ……」

「ミーティングした意味!!」

 

 言ったそばからこうなったよ!! いやわかってたけどね!! この二人が暴走したらこうなるってわかってたけどね!! 案の定Ameさんはガタガタ震えながら司馬さんの後ろに隠れてしまった。ただ、これでもだいぶマシになった方なんだけどな。Ameさんが一番苦手にしてるやみさんもいないし。

 

 とはいえ俺の部下……というか駄犬共が粗相をしでかしたのは変わらないのでちゃんと責任を取らねば。

 

「猫々! 恵恋奈! 待て!」

「「はいっ!!」」

「お座り!!」

「「はいっ!!」」

 

 俺がそう命じると二人は廊下にちょこんと体操座りをする。こうやって暴走してても俺の言うことはちゃんと聞いてくれるようになっただけ大きな成長だよ。

 

「Ameさんごめんなさい。驚かせてしまいましたね。この二人にはあとからよーく言って聞かせますので」

「は、はいぃっ……お、お久しぶりです山田さん」

 

 俺が声をかけるとAmeさんは司馬さんの後ろから恐る恐る顔を出して小さく頭を下げる。

 

「お久しぶりです。新曲、拝聴いたしました。メロディーもそうですけど、俺はCメロの歌詞が一番好きですね。あの甘酸っぱくてむず痒くなるワードチョイスがすばらしい」

「あ、ありがとう……えへへ……」

 

 Ameさんは恥ずかしそうにぺこぺこと頭を下げる。この調子だとメディアに顔を出したりするのは当分無理そうだな。そもそも、今の時代だと顔出しNGのアーティストなんて特に珍しくもないし。

 

「司馬さん、ご無沙汰してます。お元気そうで何よりです。本社での活躍も聞いてますよ。SIDEROSのニューシングル、かなり好調のようで」

「いえいえ、がんばったのはあくまでSIDEROSのみなさんです。私は彼女達が最高に輝けるようお手伝いをしただけですから」

 

 いやー、謙虚だなー司馬さんは。憧れちゃうなー。かっこいいなー。

 

「ただ、もっと褒めてくれてもいいんですよ? 媚びを売る感じだとなおよしです」

 

 この一言さえなかったらね! 司馬さんは何やら期待するような表情で俺を見てくるし。この人ともなんだかんだ八年くらいの付き合いでかなり仲良くなったけど、仲良くなればなるほどこの人の仕事以外でのぽんこつっぷりが露呈したんだよな。

 

「へっへっへ……司馬の姉御には敵いませんよ。あ、靴舐めましょうか?」

「で、出た~!! ビッグボスの権力者に全力で媚びを売っていくスタイル!!」

「世渡り上手で偉いね~♡」

 

 犬っころ二人が体操座りのままヤジを飛ばしてくる。司馬さんは司馬さんで満更でもない表情してるし、Ameさんはどうしていいかわからずおろおろしてるし。すみませんねAmeさん。ウチの事務所はいつもこんなノリなんですよ。アットホームで風通しの良い職場です! なお残業時間!

 

「では姉御、こちらへどうぞ。今日は姉御のために良い豆を仕入れてますぜ」

「山田さんの三下ムーブも悪くないですね。今日はコーヒーをブラックで飲みたい気分です」

 

 ほんとにぃ? 司馬さんっていつもコーヒーには砂糖入れてたじゃないですか。ただの格好つけじゃないですよね?

 

「Ameさんはココアがお好きでしたよね?」

「あっ、ひゃい……お、覚えててくれて……あ、ありがとうっ」

 

 Ameさんが司馬さんの後ろに隠れておどおどしながら答えてくれる。ほんとに出会った頃のひとりを思い出すな。いやでも最初にAmeさんと会った時はひとりより酷かった。どれくらい酷いかというとひとりがAmeさん相手にコミュ力でマウントをとるくらい。Ameさんは司馬さん以外だとひとりに懐いてたけど、その理由も「一番怖くなさそうだから」だったからな。

 

 俺は男ってだけでめっちゃ警戒されて会話にならなかったし。というか声が小さすぎて聞こえなくて筆談しようとしてもAmeさんが緊張し過ぎて字が書けなくて……ほんとにまともにコミュれるようになるまで大変だった。それを思えばかなり仲良くなったよ。今日のココアもお砂糖と生クリームをたっぷり入れて甘々にしてあげよう。

 

 しみじみと感慨深さを感じながら俺はワンコ達に電話番と事務仕事を任せて二人を応接室へと案内するのだった。

 

 なお十分後

 

「山田さん、やっぱりお砂糖ください」

 

 知ってた。

 

 

 

 

 

 

「ぼっちちゃん、レンくんの様子がおかしいってどういうこと?」

 

 スタ練が終わり、みんなでファミレスで晩御飯を食べた後に結束バンドの緊急会議を開くことにした。虹夏ちゃんと喜多ちゃんは心配そうに私を見ているけど、リョウさんはおかまいなしにパフェをもしゃもしゃ食べている。れ、レンくんのお姉さんなんだからそんな他人事みたいな顔しないでくださいっ!

 

「さ、最近……レンくんが実家に帰ることが多くて……」

「そうなの? でも実家ってすぐそこじゃん。ぼっちちゃんも一緒に泊まればいいのに」

「ご、ごごごごごごご実家にお泊りはまだ慣れてなくてですね……」

「八年も付き合ってるのに何言ってんの?」

 

 いや確かにレンくんの実家に泊まったことは何度もありますよ。ご両親やリョウさんにバレないように声を抑えながらプレイに勤しむ(バレてる)のはなかなか背徳感があって癖になるというか……って違う違う!! そういう話をしたいんじゃない!!

 

「リョウ先輩、お父さんやお母さんがお身体を悪くされてたりするんですか?」

「それはない。いつも通り元気。元気過ぎてウザいくらい」

「というか、リョウは事情を知ってるんじゃないの?」

「……さあ?」

 

 リョウさんは無表情なまま曖昧な返事をする。私はリョウさんとも半分同棲してるみたいなものだからリョウさんの考えてることは大体わかるようになったんだけど……レンくんが絡むとリョウさんは嘘をつくのが上手くなるんだよね。だから本当は事情を知っているのか、はたまた全く知らないのか……リョウさんだしどっちもありえる。

 

「ぼっちちゃん、レンくんが実家に帰ることが多いって言ってたけどどれくらいの頻度?」

「あ、こうやってスタ練があって私の帰りが遅くなる日はほとんど……で、でもいつも泊まるってわけじゃなくて深夜にそっと帰ってくることもあるんです」

「レンくんに聞いてみた?」

「き、聞いてみたんですけど『親孝行してるだけだよ』って言われちゃって……」

「う~ん、そう言われちゃったらそれ以上ツッコめないね」

 

 元々レンくんのご両親はすごく過干渉でリョウさんという特級甘やかされモンスターを生み出した人達だから、レンくんが家を出て寂しい思いをしているのもあるんだと思う。でも、なんとなくそれだけじゃないという私の勘が……冴えわたる天才的な私の勘がそう告げているのだ!

 

「───女ね」

 

 そこで喜多ちゃんがぼそりと呟いた。

 

「そこには間違いなく女の影があるわ!! ひとりちゃんの帰りが遅いからレンくんが一人になる時間が増えてその隙をどこぞの泥棒猫に突かれたに違いない!! 実家に帰っているというのも嘘!! 本当は別の女の家に転がり込んでいるんだわ!! 浮気よ浮気!! 最低ねレンくん!! 私は君のことを信じていたのに!! 君ならひとりちゃん任せられると思っていたのに!!」

 

 れ、レンくんに女の影がっ!? が、ががががががががががががががががっっっっっっ!!!!!????

 

 ば、バカな……レンくんにちょっかいをかけそうな女なんて……

 

 しまった……!! 心当たりが……多すぎるっっっ!!!

 

「え~? それはないんじゃない? だってレンくん、ぼっちちゃんのこと大好きじゃん」

「だ、大好き……ふへへ……そ、そうですよね」

「いいえ虹夏先輩。たとえどれだけひとりちゃんへの愛が強かろうと、男は絶対に浮気をする生き物なんです!! 暇と身体を持て余したどこぞの団地妻に迫られているに違いありません!!」

「喜多ちゃんはドラマの観過ぎだよ」

「だ、団地妻……!? ま、まさかレンくんは私の身体に飽きてしまったんですか……? 夜の性活がマンネリ化しないようにこの前は高校の制服を実家から持ってきて『誰もいない放課後の教室でイケナイ部活動ごっこ』をしたのに……」

「ぼっちちゃんはいきなり何をカミングアウトしてるの!?」

「ひ、ひとりちゃん……やっぱりそういう恰好をするとレンくんは喜ぶのかしら?」

「喜多ちゃんもなんでそこを掘り下げようとする!?」

「喜んでましたけど、むしろ私がレンくんの制服姿に辛抱たまらなくなって押し倒しちゃって……」

「ぼっちちゃんも律儀に答えるな!! それを聞かされてあたし達はどんな反応をすればいいんだよ!! リョウも黙ってないで何か言ってあげて!! 弟の夜の生活が暴露されてるんだよ!?」

「ぼっちと一緒に巨乳物のAVを観ながら『今度こういうのやってあげたら?』ってアドバイスしてるのは私」

「何やってんだお前!? 弟の彼女と一緒にAV鑑賞する姉とか縁切られてもおかしくねーぞ!!」

「で、でもリョウさんのアドバイスってすごく的確なんですよ。レンくんの性癖にクリティカルヒットしてて『ひ、ひとり……どこでこんなの覚えてきたの……?』って言ってる時のレンくんの顔がエロ可愛くて……」

「これじゃあ結束バンドじゃなくて性欲バンドだよ!!」

「ひとりちゃんって見た目だけじゃなくて頭の中もピンクだったのね」

 

 ええ……? 付き合ってる男女ってこういうの普通じゃないんですか? 確かに彼氏のお姉さんとAVを観るのは変かもしれないですけど、感想とか言い合ってると意外と盛り上がって楽しいんですよ。

 

 だけど私の考えは虹夏ちゃんや喜多ちゃんに全く共感されなかった。今度ささささんにも聞いてみよう。

 

 

 

 

 

 

「話を戻すよ? レンくんが最近実家に帰ることが多くなった。もしかしたら実家に帰ってるんじゃなくて他の女の人と会ってる可能性がある……あたしはレンくんを信じてるからそんなこと絶対ないと思うけどね」

「もしもレンくんが浮気していたら()ぐ必要があるわね……」

()ぐって何を?」

「そりゃあ()()をですよ」

「レンが宦官になってしまう」

「い、イケメン宦官と美少女であることをあえて隠している有能少女の組み合わせ……わ、私のことはこれから独独(ドゥードゥー)と呼んでください」

「また話が脱線した!!」

 

 虹夏ちゃんが呆れながら話を本筋に戻してくれる。わ、私の悩み相談なのにいつの間にか話し合いを虹夏ちゃんが仕切ってくれていた。やっぱり虹夏ちゃんは頼りになるな~。

 

「仮に、仮にだよ? もしも万が一……いや億が一……兆が一、レンくんが浮気してるとしてその相手は誰だと思う?」

「第一候補はヨヨコさんね! 八年経ってもレンくんへの思いを忘れることができずにとうとう……」

「それはないと思うよ。ヨヨコちゃんにとってレンくんはもう()()だもん」

「初恋を八年も引きずり続けるとか行き遅れ確定」

 

 リョウさん酷い。そ、それじゃあ店長さんが行き遅れてるのは初恋を引きずってるから? あ、ありそう……店長さんっていつか白馬の王子様が迎えに来てくれるとか思ってそうだし。

 

「えー? じゃあ他に誰がいます? SIDEROSの子達はないだろうし、さっつーは彼氏がいるし……」

「あ、大山さんや日向さんはどうですか? あ、あの二人……レンくんと同じ事務所で仕事してますし」

「あの二人もないでしょー。だってあの三人の関係って飼い犬と飼い主だよ? ジミヘン枠にレンくんがそんな感情を抱くはずないよ」

 

 た、確かに……レンくんが二人に首輪とリードをつけている光景が容易に頭に浮かぶ。首輪とリード……私も今度試してみようかな、ふへへっ。

 

「ふっ……甘いな三人とも。ストレイビートにはレンにクリティカルヒットする人材がいるじゃないか」

「なんで弟が浮気の疑惑をかけられてるのに姉が一番嬉しそうなの?」

 

 そ、そうですよ! お姉さんならレンくんを庇うところじゃ───はっ!? よく考えたらリョウさんに勧められたプレイを私がレンくんに強要しちゃったからそれを嫌に思ったレンくんが別の女に……せ、責任はリョウさんにあった!?

 

「レンにクリティカルヒットする人材……それは───Ameさんだ」

 

 Ameさん……私達と同じストレイビートに所属するアーティスト。私が唯一コミュ力で勝てる相手。私がみんなに苦言を呈されていたら庇ってくれるような優しい女の子……

 

「た、確かに……Ameさんはいつもフードで顔を隠してて極度の人見知りでぼっちちゃん以上のコミュ障で庇護欲を掻き立てられる存在……あのレンくんでさえまともに会話をできるようになるのに数か月かかった女の子」

「ひとりちゃんは昔と比べてすごく成長したから人間関係で介護することが大幅に減ってレンくんは喜びと同時に物足りなさを感じていたその心の空白を埋めてくれるのがAmeさん彼女のコミュ力改善のために色々とお世話をしていく内にレンくんはひとりちゃんと出会った頃を思い出していけないと思いながらもひとりちゃんとAmeさんを重ね合わせてしまうそして───」

 

 あ、あ、あ……あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙っっっっっっっっっっっっっ!!!!!!!!!

 

「ぼっちちゃんが久しぶりに爆発した!!」

「九十七日ぶり。最長記録更新」

「くっ、ひとりちゃん……!! 任せてね!! 私が絶対何とかしてあげるから!!」

「喜多ちゃんが変な妄想を垂れ流すからこうなったんでしょ!!」

「虹夏先輩だってAmeさんって聞いて『あっ』って顔したじゃないですか!?」

「うぐっ……!? た、確かにそうだけどあたしはレンくんを信じてるもん!!」

「私だって信じています。でも、ひとりちゃんのためにもレンくんの潔白をきちんと証明しないといけません!!」

「証明って……簡単に言うけどどうするの?」

 

 Ameさんアメサンあめさんあめちゃん飴ちゃん美味しいねさささささささささささん助けて。

 

「レンくんを───ストーキングしますっっ!!!」

 

 

 

 

 

 

「───というわけで、仕事帰りのレンくんをストーキングしたわけですけど……普通に真っ直ぐ実家に帰りましたね」

「だから言ったでしょ喜多ちゃん。レンくんが浮気なんかするはずないって」

「いいえ、まだですよ虹夏先輩。もしかしたらすでに相手が家の中にいる可能性があります」

「実家に浮気相手連れ込むとかどんなメンタルしてんだ!?」

「その背徳感が癖になってってヤツですよ。ほら、ひとりちゃん。いい加減起きて」

 

 んはっ!? わ、私は一体何を……こ、ここはどこですか? いつの間にか外に出てるし、というか寒い!! た、確かレンくんがAmeさんと浮気してるんじゃないかって話になって……うごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごごご!!! お、思い出したらまた頭が痛くなってきたああああああっっっ!!!!

 

 私が道路でのたうち回っていると、虹夏ちゃんが状況を説明してくれた。どうやら私が爆発した後、レンくんをストレイビートの事務所から実家までストーキングしたらしい。その間にレンくんに特に不審な点はなかったとかなんとか。

 

 ちょ、ちょっと安心しました。喜多ちゃんは不安を煽るようなことを言ってきたけど。

 

「ねえ、寒いから私もう帰っていい?」

「そうだね。これ以上ここにいても意味なさそうだし。そもそもレンくんが浮気なんてするはずないもん。ぼっちちゃん、寂しいんだったら素直にレンくんにそう言ってみたら? 多分、いっぱい甘やかしてくれると思うよ」

 

 た、確かに!! 寂しくて可哀想な子ウサギちゃんアピールでレンくんにデロデロに甘やかしてもらって……う、うさ耳買ってこようかな。それともバニー衣装? いやいやここはウサギの着ぐるみパジャマで……これはぁ! 明日の夜が楽しみですねぇ! ぐ、ぐふふっ。あかん笑いと涎が止まらん。

 

「そ、そうですよね。私は最初からレンくんを信じてましたよ~。ふへへへっ、私とレンくんの愛に割り込む余地なんてないんです。あ、侮ってもらっては困ります。この程度の苦難、飲み干せなくて何が英雄(ギターヒーロー)か。内気なコミュ障庇護欲MAX年上お姉さん? 私達の愛を破壊したければその三倍は持って来いというもの───」

「あ、誰か来ましたよ」

 

 私の決め台詞を喜多ちゃんに遮られる。こ、ここからが良いところだったのに! まあいいでしょう。今さら誰が来ようとも英雄王と化したゴトガメッシュを止められる者は誰もいない!! 私が中学生の時に考えたオリジナル宝具「六弦琴の狂想曲(ラ・カンパネラ)」を食らえ!!

 

「あれって……()()()()()()?」

 

 へー、やってきたのは銀ちゃんさんかぁ~……銀ちゃんさん? ぎんちゃんさん!? ギン・チャンサン!?

 

「普通にレンくんの実家に入っていったね」

「よ、予想外の人物でしたね。まさか、まさか銀ちゃんさんがレンくんの浮気相手だった……?」

「いやそんなわけないでしょ!?」

「じゃあ何で銀ちゃんさんがレンくんの実家に来るんですか!?」

 

 ギン・チャンサンさんはレンくんが(バンド関係で)一番信頼している人……高校生の時から何かあったらギン・チャンサンに頼ってて私達もすごくお世話になって何なら恋愛相談もしちゃったりしてそしていつの間にか信頼が抱いてはいけない感情に変化してしまって……あ、あ、あ……

 

 おんぎゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああっっっっっっ!!!

 

「ぼっちちゃんが目から緑色の汁を垂れ流しながら泡吹いてる!?」

「精神ダメージが許容量を超えちゃったんだわ!! これならまだヨヨコさんやAmeさんが来た方がマシだったわね!! まさか四十歳を超えた乙女心を持つおっさんが浮気相手だったなんて……私なら死にたくなります」

「いやいや絶対違うでしょ!? 今度のライブの打ち合わせとか色々考えられるじゃん!」

「こんな夜に? 事務所や新宿FOLTじゃなくてわざわざ実家で?」

「な、何か事情があるんだよきっと!」

  

 ギン・チャンサン、チャン・ド〇ゴン、キム・テヒ〇ン、チャン・〇ンソク、キ〇・スヒョン、パク・ヒョン〇ク……

 

「そ、そうだ! リョウ! レンくんと吉田店長が何をやってるか確認してきてよ! これでレンくんの潔白が証明されるはず……」

「虹夏先輩、二人がナニをおっぱじめてたらどうするんですか!?」

「おっぱじめてるわけねーだろ!! 常識で考えろ!!」

「常識にとらわれないのがロックでしょう!!」

「じゃあ行ってくる(レンが何をやってるかとか、なんで吉田店長がウチに来たのか全部知ってるけど……レンと()()()()()()にも黙っておこう。決してこのまま勘違いしている方が面白いからというわけではない。決して!!)」

 

 トッポギ、プルコギ、チャジャンミョン、サムギョプサル、カンジャンケジャン、カルグクス……

 

 

 

 

 

 

「最近レンが実家に帰ることが多いからぼっちが寂しがってたよ」

「マジか~……でも()()ばっかりはマンションでやるわけにはいかないからな~」

「吉田店長、首尾はどうですか?」

「問題なしね♪ 演奏を聴いて思ったけど、山田ちゃんも本気でギターをやっていれば良いところまでいけたんじゃないかしら」

「吉田店長のご指導のおかげですよ。さすがにヨヨコ先輩やイライザさんにお願いする訳にもいかなかったので」

「そのおかげでレンと吉田店長が浮気してる疑惑が浮上した」

「何がどうしてそうなった!?」

「今日、仕事終わりのレンをみんなでストーキングして吉田店長がウチに入るのを目撃したから」

「俺をストーキングって……絶対喜多さんの発案だな!! あ~……姉貴、今日のことはうまく誤魔化しておいて。ひとりは……明日いっぱい甘やかしてあげるか」

「ふふっ、これも将来良い笑い話にできるわよ。別に悪いことをしているわけじゃないし、むしろひとりちゃんがとーっても喜ぶことなんだから堂々としてなきゃだーめっ」

「喜んでくれますかね? ふぅ……()()()()()なのに今から緊張してきた」

「絶対喜んでくれるわよ~。一生に一度なんだからしっかり決めなさい、男の子♪」

「私はとりあえず虹夏にロインしとく。郁代の思い込みが激しいのは今に始まったことじゃないから今はどうしようもないかもしれないけど、どうせ来週で全部終わるから無視してていい」

「終わったら終わったでめちゃくちゃ根掘り葉掘り聞かれそうなんだよなぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

「あ、リョウからロインだ……やっぱり来月のライブの打ち合わせじゃん! ほら、喜多ちゃん。いい加減寒くて風邪引きそうだからぼっちちゃんを連れて帰るよ」

「そうですね。今日のところは引き下がってあげます」

「もうストーキングなんてやんないからね!」

「いざとなったら興信所に……浮気調査ってどのくらい費用がかかるのかしら?」

「あたしはもうツッコまない……ほーら、ぼっちちゃん帰るよ~? レンくんは浮気なんかしてなかったからね~?」

「あ、あ、あ……浮気、うわき、うきわ、うきぶくろ、おさかなさん、さかなくんさん、ぎんちゃんさん」

「あちゃ~、久々に重症だよこれ。今日はあたしもぼっちちゃん()にお泊りするかな」

「私もお泊りします! 朝まで飲み明かしましょうね!」

「コンビニでお酒買って帰ろうか?」

 

 

 

 

 

 

 次の日

 

「ひとり、ごめんね。最近俺がいないことが多くて寂しかったんでしょ? 今日はいっぱい甘やかしてあげるからね」

「……どこにも行っちゃやだよ?」

「行かないよ。ほら、おいで」

「うん」

 

 この後めちゃくちゃ〇〇〇〇した!! 

 

 レンくんはどこにも行かなかったけど何回もレンくんをイか───げふんげふん。なんとはしたないことを……ふぅ。

 

 

 

 

 

 

 一週間後

 

「ぼっちちゃん、お誕生日おめでとー!」

「ひとりちゃん、お誕生日おめでとう!」

「ぼっち、おめ」

「うへへへっ……あ、ありがとうございます。今日は私が主役ですよ~」

 

 二月二十一日、今日は私の誕生日で結束バンドのみんなと店長さんが虹夏ちゃんのお家でお誕生日パーティーを開いてくれた。毎年メンバーのお誕生日にはこうやってパーティーを開いて、クリスマスイブは店長さんのお誕生日祝いも兼ねてSTARRYか新宿FOLTでライブをやっている。

 

 遥か昔の私はみんなにお祝いされてもどうしていいかわからずおろおろしていたけど、今の私は経験豊富な二十四歳!! 主役のあるべき姿というものをしっかり理解しているのだよ。ふふふっ、そこの可憐なお嬢さん。シャンパンを注いでくれるかな?

 

 みんなからいっぱいちやほやされて甘やかされて美味しい料理とお酒に舌鼓を打って……今年の誕生日も最高!! って思いたいんだけど。

 

 私の一番好きな人が、ここにいない。

 

 わかってるもん。

 

 レンくんのお仕事がすっごく忙しいってわかってるもん。

 

 私達の活動を支えてくれる大事なお仕事だってわかってるもん。

 

 わかってる……もん。

 

 だから、あんまりレンくんを困らせちゃったらだめなんだ。普段からたくさん甘えててたくさん我儘を聞いてもらってるんだから。

 

 でも、今日くらいお仕事なんて───ってだめだめそんなこと考えちゃ! せっかくみんなが私のためにパーティーを開いてくれたのに、主役の私がこんな顔しちゃだめっ!

 

 そうやって気持ちを切り替えようとすればするほど、彼の顔が浮かんでしまう。

 

 ああ……早く、会いたいなぁ……

 

 レンくん、早く来てくれないかなぁ……

 

 沈んだ気持ちを誤魔化すようにグラスに入ったシャンパンを口に運んでいた時だった。スマホがブルブルと震えてロインの通知が表示される。

 

 ロインの送り主は───今、一番私が会いたい人。

 

『遅くなってごめん。今からSTARRYに来れる? 二人だけで話がしたい』

 

 彼から送られてきた文面はとてもシンプルだった。

 

 二人だけで話がしたい……一体何のお話だろう。みんなでパーティーをやってるんだからレンくんもここに来ればいいのに。

 

 みんなの前ではお話しできないことなのかな?

 

 今すぐレンくんに会いたいのは山々だけど……でも、主役の私が抜けちゃったら───

 

「ぼっち」

 

 どう返信しようか迷っていると、いつの間にかリョウさんが私の隣に立っていた。

 

 そして

 

「行っておいで」

 

 私が今まで見たことがないような優しい笑顔でリョウさんはそう言ってくれた。

 

 いつもふざけてばっかりでだらしなくて私と同じかそれ以上にレンくんにベタベタ甘えてて色んな人に貢がせてるダメ人間なリョウさんなのに……なのに……

 

「み、みなさんごめんなさいっ! ちょっと出てきます!」

 

 最高のタイミングで背中を押してくれる───やっぱりリョウさんはレンくんのお姉さんなんだね。

 

 みんなが笑顔で見送ってくれる中、私は転がるように虹夏ちゃんのマンションを飛び出した。

 

「まったく、世話が焼けるぜ」

「お前が言うな」

「リョウにだけは言われたくないと思うよ」

「そんなことありま───すね、ごめんなさいリョウ先輩。フォローできないです」

「バンドメンバーとアラフォーのおばさんが私に厳しい」

「……辞世の句は必要か?」

 

 

 

 

 

 

 マンションを出て地下へと続く階段、STARRYへと続く階段を降りていく。どうしてだろう。数えきれないくらい使ってきたはずの階段なのに、見慣れたはずの入り口なのに、こんなにも緊張して鼓動が早くなっているんだろう。

 

 なんでレンくんがSTARRYに私だけを呼び出したのかはわからない。でもきっと、今日が私の誕生日であるということと関係があるのだろう。も、もしかして別れ話!? ないないないないないないないないないないないないい死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう死んじゃう。もしもレンくんにフラれたら私はもう……どんな男の人も好きになることができない気がする!!

 

 ど、どうしよう!! STARRYの中でレンくんとAmeさんがいちゃいちゃしてて「俺、Ameさんと付き合うことにしたから」とか言われちゃったら……がべべべべいはいgふでょあ;いふlvchjlkん;hぃヴぃb;khljm・!?

 

 お、落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け。こうやって物事を何でも悪い方向に考えちゃうのは私の悪い癖だ。レンくんがそんな酷いことをする人じゃないって長い付き合いの中でわかってるでしょ?

 

 そうだよきっとサプライズプレゼントを用意してくれているんだ! 「今日のプレゼントは俺だよ」って感じで! 禁断のライブハウスプレイ! はい、今日はもう夜のロックフェス開催決定!! STARRYを出禁にされるかもしれないけどそのスリルもまた極上のスパイス! 

 

 よーし行くぞ後藤ひとり! この先に私の理想郷(ユートピア)がある!!

 

 扉を開き、中に入るとライブハウス内はシンと静まり返っていた。当たり前だけど、誰もいない。こ、こんな風に誰もいない静かなライブハウスも趣があって好きだな。

 

 そんな風に静まり返っているライブハウス内で唯一明かりが灯っているのはいるのはステージだけ。

 

 そして、そのステージの中心には……

 

 ()()()()()()、スポットライトを浴びているレンくんが立っていた。

 

 え? レンくんのギターってまだ修理に出していたんじゃ……

 

 私が戸惑いながらもステージへゆっくり近づくと、レンくんはステージの上からいつもの優しい笑顔で私を見下ろしていた。

 

「お誕生日おめでとう、ひとり。今日はね、ひとりに伝えなくちゃいけない───大事な大事な話があるんだ」

「大事な、お話?」

「うん。どうやって伝えようかものすごく……ものすごーく悩んだけど、気付いた……というよりもひとりに教えてもらったんだ」

 

 そう言ってレンくんはギターを構える。

 

「音楽は───言葉よりも雄弁だって」

 

 そして

 

 透明よりも綺麗なあの輝きを確かめにいこう

 そうやって始まったんだよ

 たまに忘れるほど強い理由

 

 緩やかな、物語の始まりを感じさせるようなギターイントロ。

 

 私はこの曲を、知っている。

 

 当たり前だ。だって、だって……君が大好きな曲だから。

 

 冷たい雨に濡れる時は足音比べ騒ぎながらいこう

 太陽の代わりに歌を君と僕と世界の声で

 

 彼の優しくて透き通るような声が私の身体を、心を温かく包み込む。

 

 いつか君を見つけた時に

 君に僕を見つけてもらったんだな

 

 覚えてる。私はあの日を───君と出会った日を今でも鮮明に覚えている。

 

 あの日、君は私を見つけてくれた。高校一年生の入学式の日。それまでずっと独りぼっちで、膝を抱えて俯くことしかできなかった私を───見つけてくれたんだ。

 

 手を差し伸べてくれたんだ。

 

 今 目が合えば笑うだけさ言葉の外側で

 

 そして、あの日と何一つ変わらない笑顔を私に向けてくれている。

 

 ゴールはきっとまだだけど

 もう死ぬまでいたい場所にいる

 隣で君の側で魂がここだよって叫ぶ

 泣いたり笑ったりする時 君の命が揺れる時

 誰より 近くで 特等席で

 僕も同じように息をしていたい

 

 心の奥底から熱い何かがこみ上げてくる。目の奥がツンと痛くなってくる。

 

 原曲のタブ譜じゃない、()()()()()()()()()()()()()している。曲によってはより難しくなるのに、どれだけ練習したんだろう。でも、レンくんのギターは壊れてて修理に出していて練習できなかったはず、だったのに。

 

 君の一歩は僕より遠い 間違いなく君の凄いところ

 足跡は僕の方が多い 間違いなく僕の凄いところ

 

───あぁ、そういうことか。

 

 私は気付いた。

 

 真っ暗闇が怖いときは怖さを比べふざけながらいこう

 太陽がなくたって歩ける

 君と照らす世界が見える

 

 そっか。全部全部、君の()()()()だったんだね。

 

 ギターが壊れたなんて嘘で……私に気付かれないように、()()()()()()こっそり練習していたんだね。

 

 だから、最近は実家に帰ることが多くて……銀ちゃんさんに練習を見てもらっていたんだね。

 

 言えないこと聞かないままで

 消えない傷の意味知らないままで

 でも目が合えば笑えるのさ 涙を挟んでも

 

 全ては今日のために。私のために。

 

 転んだら手を貸してもらうよりも

 優しい言葉選んでもらうよりも

 隣で信じて欲しいんだ

 どこまでも一緒にいけると

 ついに辿り着くその時 夢の正体に触れる時

 必ず近くで一番側で君の目に映る景色にいたい

 

 君はいつもそうだった。ずっと昔からそうだった。

 

 私が転んだら手を差し伸べてくれて。

 

 欲しいときに欲しい言葉をくれて。

 

 立ち止まっていたら背中を押してくれて。

 

 隣で私を信じてくれた。

 

 一番近くで、私を見守っていてくれた。

 

 あの輝きを君に会えたから見えた

 

 覚えてる。今でもはっきりと覚えてるよ。

 

 高校二年生の夏「未確認ライオット」のオープニングアクト。

 

 もしかしたら、君にはあの時の私達が輝いて見えたのかもしれない。

 

 だけどね、私も君に会えたから

 

 あのステージに立つことができたんだ。

 

 あの輝きを見ることができたんだ。

 

 私はあの光景を

 

 ステージの上から見たあの光景を

 

 一生忘れない。

 

 あの輝きを確かめにいこう

 

 そして

 

 あれ以上の輝きを

 

 君と一緒にもっともっと見にいきたいんだ。

 

 どんな最後が待っていようと もう離せない手を繋いだよ

 

 私も同じだよ。私は絶対に、君の手を離さないから。

 

 隣で君の側で魂がここがいいと叫ぶ

 

 私も同じだよ。私は絶対に、君の隣に、側にいるから。

 

 そして理由が光る時 僕らを理由が抱き締める時

 

 手を離さない理由? 君の側にいる理由?

 

 そんなの決まってる。

 

 私が君を───愛しているから。

 

 誰より近くで特等席で僕の見た君を君に伝えたい

 

 ここは私の特等席。私だけの特等席。

 

 ねえ、気付いてる? 君が今、どれだけ輝いているのかってことを。

 

 その輝きを、私の見た君の姿を───今すぐ君に伝えたい。 

 

 君がいることを君に伝えたい

 君がいることを君に伝えたい

 

 そうやって始まったんだよ

 どこにでもある普通の高校。ありふれた教室の中で、私達は()()()()始まりを迎えた。

 

 そうやって始まったんだよ

 どこにでもある普通の高校。ありふれた教室の中で、私達は()()()()始まりを迎えた

 

 そして今───

 

 

 

 

 

 

 呼吸が荒い。体中が熱い。心の奥底から燃え上がるような衝動が、魂を焦がし尽くすような熱が俺の体を支配していた。

 

 たった一曲。されど一曲。

 

 俺は俺の全てをかけて、全身全霊を込めて、魂の限り叫び、ギターを掻き鳴らした。

 

 真冬にもかかわらず、大粒の汗が頬を伝っている。俺をそれを拭うことなく、たった一人の観客へと目を向けた。

 

 彼女は泣いていた。大粒の涙が頬を伝っている。彼女はそれを拭うことなく、たった一人のギタリストへと目を向けた。

 

 パチパチと、彼女の小さな拍手だけがライブハウス内に響き渡る。

 

 どんな歓声も、拍手喝采も、目の前にいる彼女の小さな小さな称賛には敵わない。

 

 ああ、今すぐ彼女を抱き締めたい。

 

 強く強く、抱きしめたい。

 

 二度と離れないように、強く。

 

 でもその前に

 

 俺はまだ、彼女に伝えていないことがある。

 

 俺はまだ、彼女に伝えなければいけないことがある。

 

「後藤ひとりさん」

 

 彼女の名を、呼んだ。

 

 透き通るようなサファイヤブルーの瞳が真っ直ぐに俺を捉える。

 

 その瞬間、彼女と出会ってからの九年間───()()()()()()()からの八年間の思い出が、記憶が鮮明に脳裏を駆け巡る。

 

 言葉では言い表せないほど濃密な、俺達の軌跡。

 

 本当に色々なことがあった。

 

 たくさんの出来事があった。

 

 上手くいかなかったことも、躓いて転んだことも、挫けそうになったこともある。

 

 喧嘩をしたことだって、一度や二度じゃない。

 

 だけど、だけど、だけど……

 

 それ以上に、たくさん楽しいことがあった。たくさん嬉しいことがあった。

 

 これから君に贈る言葉は、一生で一度きりの、最初で最後の言葉。

 

 俺達の()()()()()()()を告げる言葉。

 

 

 

 

 

 

「俺と───結婚してください」

 

 

 

 

 

 

エピローグ 『そうやって始まったんだよ』 fin




 やっぱり最後はメインヒロインで終わらないとね。ベッタベタの展開でありますが、なんだかんだみんな王道ハッピーエンドラブストーリーが好きでしょ? 私も好きです。

 ぼっちちゃんとレンくんのイメージソングであり本作のイメージソングの「アカシア」で締めました。二人の出会いとか出会ってからの軌跡にしっくりくるなーって思いながら執筆してましたね。

 興味があったらYouTubeで「ギターで歌う」「アカシア」と検索してみてください。レンくんがエピローグでやった演奏のイメージです。めちゃくそ格好良いです。

 そして、大変名残惜しいですが、このエピローグを持ちまして本作の更新は最後にいたします。

 とか言いつつアニメ二期が始まってヨヨコが出てきたらしれっと更新するかもしれませんがね。可能性は相当低いですが。

 いずれにせよ、ここで完全に区切りをつけます。

 初投稿が2023年7月5日……約11か月もの間お付き合いいただき本当にありがとうございました!

 皆さんの応援のおかげでここまで走り抜けることができました。

 ここまでお読みくださった全ての方々に感謝を。

 「ぼっち・ざ・ろっく!」という素晴らしい作品に出会えたことに感謝を。

 「ぼっち・ざ・ろっく!」という作品に携わってくださった全ての方々に感謝を。

 本当にありがとうございました!

 またどこかでお会いしましょう!

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