◇─────
迷宮での一件より、気が付けば五日が経とうとしていた。
ホルアドで一泊した後、本来の予定とは打って変わって早朝には高速馬車を使って一行は王国へと戻っていた。一行、クラスメイトの中で好かれていない、それどころか嫌われていたとは言え、彼らの中では唯一の無能のレッテルが張られていた人間ではあったとは言え、勇者の同胞が死んでしまった以上は、当然国王や教会にも報告をする必要がある。
何より、目の前で人が死んだのだ。
到底、迷宮での実戦訓練の続行など出来るわけもない。
これからの為にも一行のメンタルケアをする必要もあり、メルド団長の判断は決して間違ってはいなかった、と言えるだろう。
だが、問題はその後だった。
南雲の死の報告を受けた王国は誰しもが愕然としたが、死んだのが南雲であると知ったことで安堵の吐息を漏らしたのだ。
それを知ってメグミはその時点で王国に対して見切りをつけ始めていた。
世界が世界である以上、人の生き死にの重さはある程度変わるだろうがそれでも人が死んで、ああ、こいつだったなら、と安堵するような国に衣食住を握られているのが耐えられなかった。
特に国王やイシュタルといったトップ陣がそうなのだ。確かに救世の勇者一行が迷宮で死ぬなんてことはあってはならない事であるし、ましてや迷宮から生還できない様な人間がこれからの魔人族との戦争に勝てるとは思えない、なんて不安が広がるわけにもいかない。
プロバガンダとしても、勇者一行は無敵であってもらわないと困るのだから。
しかし、まだ国王とイシュタルはマシだったとメグミは思う。まだ、安堵するだけならばいい。問題は王国の貴族などをはじめとする一部の人間だった。
曰く、死んだのが無能でよかった。
曰く、神の使徒でありながら役立たずなど死んで当然だ。
などとあげれば切りがないがそんな言葉をこそこそと物陰で、貴族同士の世間話のように。
死人をこうも貶し踏みにじるようなソレにはさしものメグミも、もしも自分がそうなった時にも彼らはこういう風に言うのだろう、とそんな風に考えてはわざとキューブを足元に転がしてはつまずかせては自分の中の溜飲を下げていた。
ただでさえ、クラスメイトらの中で一番高い筋力ステータスなのだ、恐魚の触手を引きちぎるよりも容易く、別の狩人の考えになってしまうが貴族など人面獣心の獲物じみた存在にメグミの思考が定まりかねなかった。
なお、その貴族らをはじめとする人間は天之河がその正義感で怒りを露わにしたことで勇者である彼の不況を買うわけにはいかない、と国王やイシュタルが処分を下していた。
そんな中で、メグミがすることは以前とほとんど変わらない。
他のクラスメイトらが部屋に引きこもっていたり、南雲の、クラスメイトの死を忘れようとするように自主訓練をする中で、メグミは宝物庫や書庫、自室や食堂を行き来するような生活をおくっていた。
迷宮での実戦訓練で分かったが、槍は確かに頑丈で強く振るっても耐久性に何も問題のない一品であったが、それでもメグミの手に本当の意味で馴染むことはなかった。
より良い武器を探すために、より良い掘り出し物のアーティファクトを探すために、この王国を見限った時のために、必要なモノはいくらあっても足りはしないから。
「例えば、俺の適性はなんだ?槍?ああ、カジキの様に速度を活かすなら全然問題ない筈だ。大剣?アビサルハンターの膂力を考えれば確かにそれも一つであると言える、いや現状それが最適解かもしれないな。では、サメは?ウルピアヌスは?どちらもあり方はシャチに近いが…………膂力で叩き潰すのは俺か?」
宝物庫の一画、壁際にある空間にレジャーシート代わりの布を敷きその上でお茶を片手に宝物庫のリストと自分が書き始めたリストを見比べながらメグミは誰に聞かせるわけもない自問自答を行っていた。
宝物庫のリストを確認したのは既に二日前には終わっている。
だが、新しく判明したのは宝物庫のリストだと渡されていたモノと実際の宝物庫内にある品々では漏れがあり、今はこれ幸いとリストを新しく付けながら改めて宝物庫を漁ってる。
流石に入り浸りすぐであると苦言を呈されたこともあったが、リストの漏れを追求しメグミが新しくリストを付けるのを大義名分にこの延長戦を手に入れていたのだが、流石になかなかこれと言うモノが見つからないのも事実であり内心メグミは焦ってもいた。
「なら、技量だ。アビサルハンターらしく脳筋でも気にはしないが、それは狩人として負けてるんじゃないか?そうだ、贅沢は言わないが……狩猟具の神器でもないか?意外とアレは好みだった」
他に誰もいない空間で、独り言をペラ回しながらメグミが思い浮かべるのは前世で憶えている作品に出てくるモノで、メグミは自分の祝福と言う所謂転生特典と呼ばれるそれの大本が『狩人』であるなら持っていてもおかしくはないんじゃないか、と文句とも言えぬような文句を溢しながらもその思考は自分の祝福へと向けられていく。
「……『愛の狩人』ね。愛、愛、愛、か……アビサルハンターと言い、巡狩と言い、ゲーム系統から持ってきてるんだろうが……狩人のゲームなんざ。モンスターかブラッドしか出てこないって……なら、それ以外か。別ゲーの中にいる登場人物で愛の狩人?知らん」
多少、触れていけば分かるかもしれないだろうが……『空間魔法』の習熟とどちらを優先するべきか、と考えればどうしたって後者になっていくも仕方がない、と言えた。
他のクラスメイトに対して、メグミの使える魔法は『空間魔法』だけだ。他の魔法に対する適性がない以上はあるモノを使っていくしかない。だからこそ、天職が魔術師系であるクラスメイトよりも魔法一つの習熟が早く進んでいる。
だが、そこまで進んである事にメグミはその足を止める事となった。
「『空間魔法』……最初の二週間では思わなかったが、これって所謂神代魔法って奴じゃないのか?」
他のクラスメイト、全員を把握しているわけではないがそれでもメグミはメルド団長の反応からこの『空間魔法』が自分だけしか持っていない事を察していた。
そして、迷宮で起きたあの事件の原因となった転移魔法といったモノは神代の魔法であり現代の人間では再現する事も出来ない。ならば、メグミの持つこの『空間魔法』とは何なのか?少なくとも普通なモノではないことは実戦訓練前でも考えてはいた。しかし、それでも神代魔法というモノなのか、どうかまではその時には考えもしなかった。
だが、いまは違う。
「あの時の感覚……アレをしっかりと知れれば……」
もしも、本当にそうであるならば。
きっと手札は増える。
この王国から離脱するのも可能ではないだろうか。
「そうだ、エリセンに行ってみたい。海鮮が食いたい、海が見たい、海に行きたい、海に■■たい」
一つ考え出せば止まらない。この王国から見て西の海にあるという海上の町エリセン、曰く海人という亜人族の町で西の海の沖合に存在するというソレはメグミにとって、一種の憧れを抱くには充分だった。
日本人として海鮮料理、特に生魚が恋しくなり始めているのもあるだろうし、沖合に存在する海上の町という触れ込みも見て見たくあった。コンクリートの埋め立て地ではない、異世界ならではの風情を感じたかった。
そして、何よりも海と言うのが実によかった。
後は海人族というマーメイドやマーマンを想起させる種族も見てみたいというのもあるが……。
「これで、インスマスだったらもうどうしようもないが……流石にないか」
それはもう完全に魔物なんだよ。そう呟きながら、メグミは宝物庫のリスト埋めを再開する為に水筒に残っていたお茶を呷った。
─────◆