ありふれぬ狩人は祝福をその手に   作:カチカチチーズ

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1.始まりの日

◇─────

 

 

 

 潮騒が聴こえる。

 海の底から歌が聴こえる。

 どこまでもどこまでも果てのないほど広い海の中を沈んでいく。

 溺れているという感覚などなく、底の見えない海を沈んでいくことに不安すら感じはしない。ただ、ただ、胸にあるのは郷愁とでもいうべきものだろうか。

 この海の底こそが、自分自身の故郷。

 いるべき場所、あるべき場所、そう身体が、流れる血液が、構成する細胞が、訴えているかのようにこのまま海の底を目指して沈んでしまえ。

 だから、海面を目指して泳ぐなどと言う事はしない。

 沈め。沈め。海底を目指して沈んでいけ。

 

 また、同じ夢だ。

 昔から見る、海に沈んでいく夢。

 ここ数か月で見始めた夢。

 海洋恐怖症であったら、絶対に見たくないし、そうでなくてもきっと精神的に不安定な人間が見る様な夢なのだろう。

 毎回、どれほど長くとも必ず、海底に、そこに辿り着く前に夢は終わる。唐突な浮上感と共に目を覚ますのだが……今回は違うらしい。

 暗く沈めば沈むほどに何も見えない海の中、ただただ何もない海の底へと沈んでいく道中に魚の一つも見なければ、定番とでも言えばいいのか何かこの世のモノとは思えないモノが海の闇から出てくるわけでもなくて

 

────気が付けば、そこにいた。

 暗闇ばかりだった深海を潜行していたと思えば、唐突に視界が明るくなっていく。

 今まで、一度たりとも見た事のない光景。

 そこは言ってしまえば古びて寂れた大聖堂、だが僅かに漏れる気泡がここが海の中だという事を如実に語っている。

 きっと、ここは海底、深海の底なのだろうが大聖堂に満ちる明るさはそれこそ、地上かもっと浅瀬だと思わせるモノだが…………。

 

 歌声が聴こえる。

 歌声が聴こえる。

 郷愁の、血族の、歌声が聴こえる。

 大聖堂の床に広がる瓦礫の中、大聖堂の中心に佇む誰か。

 白いドレスを着た誰か。

 黄金の錫杖を手にした誰か。

 美しい銀糸の髪を揺らす誰か。

 大聖堂の中心で、深い深い海の底で歌う誰か。

 決して侵すことのできない宗教画染みたその光景に誰しもが心を奪われ、その肉体を、精神を、構造を作り変えてしまうだろう。それは母なる海に抱かれるように、至極当然の帰結であり決して覆せない道理でしかない。

 

 知らない、見たことはない、分からない。

 目を背けたくなる、耳を塞ぎたくなる、そう普通なら思わせるような存在がそこにいるというのに、私は、俺は、近くの瓦礫に腰掛けながらその歌声に耳を傾けて、その姿を眺め続ける。

 何もおかしくはない。

 恐れる必要はなく、忌避する理由なんてどこにもないのだから。

 だから、歌を辞めた彼女がその手をこちらへと伸ばしてきたとしても、逃げる必要は無くてこちらからその手を迎えるべく手を伸ばして────

 

 

 

 

 

「湊」

 

「あ?」

 

 

 呼ばれた自分の名字に、思わず顔をあげる。

 顔をあげた先にあるのは先ほどまで広がっていた海底の大聖堂ではなく、どこにでもあるような教室。俺を呼んだのは、あの歌っていた彼女の姿はどこにもなく代わりにいるのはクラスメイトの男子。

 軽く痛む首を捻りつつ、視線をやれば相も変わらず絶妙にモブ感が隠しきれないどころか、ふと気づいたら姿を見失ってしまうんじゃないか、というぐらいに影の薄さが特徴的な友人が俺の机の前で突っ立てるんだが……。

 

 

「……寝てたか」

 

「おう、そりゃあ、もうしっかり。珍しいな」

 

「ああ?夜更かしした覚えなんてないんだがな」

 

 

 教室の前にある時計なんて見なくても周囲の様子をざっと見るだけで、今がどういう状況なのかすぐにわかる。

 おのおのカバンから取り出した弁当やらパンだのを出し始めていたり、廊下に出ていくのが見える。どう考えても昼休みだ。

 

 

「十二時を回ったのは覚えてる。そっから……ああ、どのタイミングで落ちた」

 

「あー……課題の話は?」

 

「……覚えてないな、うん」

 

 

 俺の返答に苦笑する友人に、俺は目じりを揉みつつ机の上の教科書とノート等をしまいつつ代わりにカバンから弁当を取り出していく。

 ついでに飲み物用の財布も引っ張り出す。

 

 

「悪い、飲みもん奢るわ。教えてくれ」

 

「お、ごちそうさん。じゃあ、昼食べてから教えるわ」

 

「ありがと、遠藤」

 

 

 友人、遠藤に礼を言いつつ弁当袋からタッパーを取り出して。

 そこで、ようやく俺たちはソレに気が付いた。

 教室の一画、そこを中心に教室の床へ出現していった白金に光り輝く円環と幾何学模様の何か。

 それはさながら、ラノベかゲームやアニメに出てくるような魔法陣の様にも見えて、だからこそ異常事態、非日常の光景に目を奪われていく。

 

 

「は?」

 

「なんだ、これ…?」

 

 

 俺も、遠藤も、まともな反応も出せない中で魔法陣はその輝きを徐々に増していき、その規模もついには教室全体を満たす程に拡大していく。自分たちの足元にまで広がってきたのを認識してようやく、他の注視していたクラスメイトたちが悲鳴や驚愕の叫び声を発してく中で俺は遠藤の襟へと手を伸ばしたのと、未だ教室に残っていた先の時間の授業を担当していた畑山先生が生徒たちを教室から出すために叫んだのがほとんど同時だった。

 だが、俺の手が遠藤の襟に触れるよりも先に、畑山先生の叫び声に皆が反応して行動するよりも先に、魔法陣の輝きが爆発したように光り輝き、その白銀の光に目を焼かれ思わず腕で顔を庇って────

 

 

 

 俺は、その瞬間に、刹那とも言える瞬間に、いつか見た女の笑みを垣間見た気がした。

 

 

 

 

 

─────◆

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