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イシュタルの告げたその言葉はあまりにも荒唐無稽が過ぎた。
それを間違いなく聞いたはずなのに、誰もが聞き間違いであると思考を放棄していったかのように誰もが口を閉じ、その視線をイシュタルへと集中させていく。
重苦しく冷たい沈黙の空気ばかりが部屋中に広まっていく中で、ようやく言葉を口にできたのは畑山先生だった。
「ふ、不可能って、……ど、どういうことですか!?喚べたのなら帰せるでしょう!?」
唯一の大人として、生徒たちを護る教師として、喉を捻るように絞り出したその叫び声だが当のイシュタルはどこ吹く風と言わんばかりに淡々と事実のみを答えていく。
「先ほど言った様に、あなた方を召喚したのはエヒト様です。我々があの場にいたのは、たんに勇者様方を迎える為と、エヒト様への祈りを捧げるため。人間に異世界へ干渉する魔法は使えませんのでな、あなた方が帰還できるかどうかもエヒト様の御意思次第ということですな」
そんな現実に、思わず畑山先生は脱力したように椅子へと腰を落とし、それをきっかけに周囲の生徒らはようやく言葉を、そして状況を理解し始めたのか隣や正面に座るクラスメイトと顔を合わせて口々に騒ぎ始めた。
「うそだろ?帰れないってなんだよ!」
「いやよ!何でもいいから帰してよ!」
「戦争なんて冗談じゃねぇ!ふざけんなよ!」
口々に思った言葉を叫び、怒りや絶望、悲しみを露わにしてパニックに陥る中で、メグミはぐるり、ぐるり、と思考を回し始めていた。
確かに、帰れないという事実には思わず面食らっていたがそんなことは悲しいかな、ある程度のオタク的知識を持っていれば予測できなくはなかった。だが、それでも、あまりにも冷静すぎる自分自身にメグミは逆に疑問を抱いてしまい、思わずそちらへと思考が寄ってしまっていた。
どうして?何故?そんな思考の堂々巡りすら始まりそうな中で、ふとメグミは自分の隣がやけに静かな事に気が付いた。
「あ?」
視線のみをそちらへとやれば、そこに座るのは一人の男子。
僅かに目が泳いでいるのは分かるし、発汗し始めているのも、イシュタルから伝えられた事実に驚愕しているのだろうがそれでも他のクラスメイトらと比べてあまりにも混乱が少ない様に感じた。
そんなクラスメイトの名を、記憶の片隅から拾っていきつつ、ふと泳いでいた目が定まりイシュタルを観察するようなモノになったのを見て取ったメグミもおのずとその視線をイシュタルへと向けていく。
生徒らが狼狽える中、静かにその様子を眺めていたイシュタルだがその目の奥に、まるで侮蔑の様にも感じる様なモノが垣間見えた気がした。
その事実に思わずメグミは顔を顰めていると、上座の方に座っていたクラスの中心人物である一人の男子生徒が、だん、とテーブルを叩きながら立ち上がっていた。
「皆、ここでイシュタルさんに文句を言っても意味がない。彼にだってどうしようもないんだ。……俺は、俺は戦おうと思う」
天之河光輝。容姿端麗、成績優秀、スポーツ万能、誰にでも優しく、正義感が強い。そんな如何にもな彼の琴線に触れたのだろう、イシュタルが先ほど話したこの世界に自分たちが召喚された理由を受け止め、真っ先にこの状況を受け入れるかのような言葉を口走っていた。
メグミには、到底理解が出来なかった。
どうして、そんな後先考えない言葉を口にするのか。
「(なんで、この世界の人間が滅亡の危機にあるからって、どうにかしようと思えるんだ!?確かに結局呼ばれた理由を考えれば、それしか最終的に選択できるモノはないかもだが、なんでそんな簡単に戦争に参加するなんて言える!?)」
自分の考えで、周りを巻き込むというのに。
どうして、そんなにも自信たっぷりに言えるのか、メグミには理解できない。
天之河とイシュタルが話し合う中で、握り拳を作りながら、無駄に歯を輝かせながら
「俺は戦う。人々を救い、皆が家に帰れるように。俺が世界も皆も救ってみせる!!」
など、と宣言する彼の姿に、絶望の表情で満ちていたクラスメイトらが活気と冷静さを取り戻し、まるで希望でも見つけたかのようにきらきらとした表情で天之河を見始めていた。
女子など、半数近くは熱っぽい視線を送っている始末で、思わずメグミは隣に座る先ほどの男子生徒に視線をやると彼と目が合った。
「「…………」」
どうやら彼も似たような心持らしく、学校ではまったく関わり合いのなかったはずの二人はこれからの互いの不幸に、アイコンタクトだけで慰み合った。
なお、天之河に同調して畑山先生とこの二人を除くクラスメイトらが戦争に参加する流れとなっていきこの場を解散するまでに、メグミはこの隣のクラスメイトの名を思い出すことはなかった。
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かくして、メグミ達の異世界での戦争参加が決まってしまったが、当然のことだが基本的に一般人でしかない彼らが戦う術など持ち合わせているわけがない。部活動や習い事で剣道や空手だと言ったモノを修めていたとしても、それが実際に戦場で役立つかと言えば難しい話。
そんな彼らが戦場に出向いたところで案山子や肉壁以外の何物でもない。
流石にイシュタルらもその辺りの事情を予想していたようで、そういった部分の受け入れ態勢を、この大聖堂が存在する山の麓にある『ハイリヒ王国』という国で整えているらしく、イシュタルの案内によってメグミ達は王国へと移動していく事となった。
その際には実は雲海よりも高所にあった大聖堂から麓にある王国の王城へと魔法を用いる事で生徒らに魔法と言うモノがどのようなモノなのかを示していたが、メグミからすれば本当に演出の様にしか感じなかった。
イシュタルや、天之河の話を参考とするならこの世界、トータスよりも上位の世界である地球からやってきた自分たちはこの世界の人間よりも数倍から数十倍の力があり、当然魔法も使えるようになっているという。そんな事前情報を与えられた直後に、雲海から麓まで移動できるロープウエイか、エスカレーターの様なかなりの規模の魔法を見せられてしまえば、自分らもこういうことが出来るようになる、とやる気が出るというモノ。
つまり、自分たちの実力を高めるモチベーションに繋がる。そうすれば、戦争もより有利になる。そんな感情がメグミの中で過っては消えていき、隣で皮肉げに笑う件の男子生徒に同調する様に肩を竦めていた。
そんな思考を回しては消して堂々巡りをしながらイシュタルの魔法で王国へと着いて早々に、一行はイシュタルの後に続きながら所謂玉座の間へと特段待つなどと言ったことは無くすんなりと導かれ、そのまま国王を始めとする王族の紹介を受けた後、晩餐会へと参加する事となった。
晩餐会では流石異世界といった感想が出てくるような食事ばかりがあった。見た目自体は地球の洋食とほとんど変わらぬモノだったが、ときおり桃色のソースであったり、虹色に輝く飲料が出るなど未知がそこにあった。
流石に何か、この世界独自の薬物類が混ざっていないことを警戒しながらメグミは口にしたが、あまり得意な味ではなかったのか、途中から無難に出来る限り見覚えのある様な食事だけを口にする事にしていた。
そんな晩餐会の最中、自分たちの衣食住がしっかりと保障されている旨と訓練における教官らの紹介を受けたが、メグミはそんな説明に一人
「つまり、衣食住は握ってるってことだろ……」
などと周囲には聞こえないように零していた。
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