ありふれぬ狩人は祝福をその手に   作:カチカチチーズ

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4.受け入れ難い夜

◇─────

 

 

 

 湊メグミは転生者である。

 前世である日、唐突に死んだ彼はその先で『渾沌』と名乗る彼女に出会い、示された運命から一つ選んだうえで新たな人生を歩む事となった。

 彼は、前世の自分がどのような人間、どのような性別、どのような人生を歩んでいたのかはもう憶えていない。憶えているとしたら、それは自分以外の事だろう。

 だが、彼は自分が他者と比べて優柔不断であることは知っているし、心配性でしかないことを知っている。あの時、運命を選ぶ時だってどんな選択をしたところで、後で後悔する事になると分かり切っていたから選べたのだ。

 

 

「…………だからと言って、こんな事になるとは考え付かなかったが」

 

 

 どんな、運命を選んでも後悔する。

 なら、どれでもいい。そう、思っていたが、異世界に召喚されるなんて事態は微塵も考えていなかった。

 晩餐会を終え、案内された一人一室用意されたというこれからの自室、そこに鎮座する天蓋付きのベッドというこれまた予想だにしなかったモノに愕然としつつも、そのふかふかとしたベッドに身を沈めながらメグミは自身の胸中を反芻する。

 いや、嘘だ。

 微塵もこんな異世界、非日常に身を投じることになるとは思わなかった。なんてことはない、新しい人生を歩む、湊メグミという人間に転生した時からそうなるかもしれない、という予感はあったはずだ。

 

 目を閉じれば感じる、彼女から与えられた祝福が自分の内に渦巻いているのを。

 

 非日常が存在しない世界では、何も意味のないソレが自分の中にある時点で、彼女の言葉を思い返すたびに、そうなる可能性が確かにある事を見ないふりをしてきただけだろう。

 

 

「戦争、魔人族、神、宗教……ああ、どう考えたって厄ネタしかないだろ」

 

 

 特に戦争と宗教が絡んだら、最悪だ。

 そうだらだらと呪詛の様に吐きながら、ベッドに沈んでいく。

 どれだけ、斜に構えていようと、どれだけ、常識的な価値観を口にしようと、もう駄目だ。こうして、この世界にトータスに召喚された時点でもうどうにもならない。

 

 

「衣食住は握られてるし、元の世界に変える方法は今のところどこにもない。じゃあ、どうしろって?」

 

 

 逃げ場なんてない。

 もしも拒否したら?そう思考を回して出てくるのは、最悪な末路ばかり。

 幽閉?この世界の人間よりも強い、そして何か力がある事を考えればそれを利用して何かさせられる?自主的ではなく薬や魔法による人形にでも仕立てられるのではないか?

 流石に処刑などと言う事は無いだろう。だが、それでも決してありえなくはない、末路が過っていきそれを否定する材料は残念ながらメグミの中にはない。

 ベッドからまるでスライムの様にズリズリと床へと零れ落ちながらメグミは抜け出して、室内に備え付けられたドレッサーの前へと移動する。

 そこにある鏡に映るのは当然、メグミの顔。

 日本人にしては妙に白い肌、血の様に赤い瞳、男ながらに伸ばしている銀糸の髪はポニーテールの様に後頭部で結われている。

 どれもこれも、日本人離れした容姿は中性的でもしも知らない人が見れば、女性に勘違いされるだろう。

 

 

「…………ああ、嫌だ」

 

 

 きっと、前世とは似ても似つかぬ姿。

 彼女から贈られた祝福。曰く、『三位一体の祝福』。

 小説らしく言い換えるのであれば、転生特典。心・技・体の三種あるモノの一つとして贈られた『体』の祝福。

 選んだ『運命』に準じたその祝福によって手に入れた身体は、きっと地球では、日常ではあまりにも持て余す力でしかなかった。だが、このトータスでは違う。

 

 

「戦うしか、無いのか。死にたくないし、幽閉なんかされたくないし、追放とかも嫌だよ……ほんとに、本当に」

 

 

 自分の中に蠢く、『心』の祝福が、『技』の祝福が、『体』の祝福が、このトータスで生きるためにあるのだ、と訴えているかのように熱を帯びる。

 

 

「何が、魔人族。確かに説明はしてたが、一度もどんな生物なのか、説明なんざしていないだろう────」

 

 

 当の天之河やその周囲は正しく怪物の姿を思い浮かべてるのだろうが、メグミにはその姿が人間と大差ない、それこそ肌の色の違い程度の差異しかない人型を思い浮かべ始めていた。一つ疑えばいくらでも疑念は湧き出ていく、そうやってそうやって、考える事を自分からわざと増やしていきながら、これからのそれこそ、明日には始まる訓練と座学と言う戦争に参加する為の準備について考えないようにしていく。

 だが、どれほど、そんな事を考えようとも頭の冷静な部分が何度も何度もその目を背けられない部分を教えてくる。

 

 

「ああ……クソッ」

 

 

 だから、もう苦しみたくないから。

 どんな選択をしても、最終的なモノは変わらないから。

 湊メグミは、その選択をするしかない。

 周りに同調出来る様な人間だったら、どれほどよかったのだろう。

 

 

 

 

 

◇─────◆

 

 

 

 

 寝起きは最悪だった。

 その一言に尽きる。

 結局のところ、自問自答を繰り返して現実から何度も何度も目を逸らしたとしても見ざるを得なかった現実に折れて、どうでもいい他人様の世界の人類の為に命を使って戦争に参加するなんて言う選択をしてしまった。それでも、もしかしたら、なんて考えては考えてを繰り返していたら気が付けば寝落ちしていたのだろう。最近見ていたあの夢すら見ない有様だった。

 落ちていた瞼を開ければ、太陽が昇っておりまともに寝た気分もないまま用意された服に着替えて、時間を伝えに来たメイドの案内で朝食を食べる。

 

 

「よ、おはよ湊」

 

「よく寝れたか……いや、寝れてなさそうだな」

 

「……考えことしてたら、ろくに寝れてない」

 

 

 声をかけてきた遠藤と永山にそう返しながら、用意されたものを口に運ぶがなんというか、やはり洋風と言うか異世界とでも言えばいいのか、すこし脂っ気のある食事に軽く胃もたれを感じるがこれから訓練と座学があるっていうのに朝食を抜く気にもなれない為、少しずつながら口に入れていく。

 フレンチトーストが食べたい。

 そんな文句を溢しながら朝食を食べ終え、わざわざ待ってくれていた遠藤や永山、野村たちと訓練場へと向かう。三人がこれからの事やどんな魔法が使えるようになるのか、などを口々に話すのを一歩後ろで聞きつつ付いていく。

 流石に明らかに駄目なのを察してるのかわざわざ話を振ってこないその気遣いは本当にありがたく感じながら歩いていけば、訓練場に到着した。

 もうほどほどに人数は集まっていて、そう待つことなく全員集まったようだ。

 

 

「……湊、お前本当に大丈夫か?」

 

「問題ない……ああ、ほんとに、朝飯が……」

 

「お、おう……本当に駄目そうだったら言えよ?流石に休ませてはもらえるって」

 

「ありがと……」

 

 

 気遣ってくれる永山に礼を言っていれば騎士団の人らが俺たちに何やら配り始めており、受け取ったソレを周囲ともども観察してみる。

 ソレは縦七センチ、横十二センチほどの銀色のプレートで、特に継ぎ目があるわけでもない完全な一枚板。

 

 

「カード、か?」

 

「……俺は手札から、超融合」

 

「サイズ比、違うだろそれ」

 

「さては元気だな?」

 

 

 そんな永山と野村からのツッコミを受けつつ俺たちはプレートを眺めていれば、俺たちの訓練の教官を務めるらしい騎士団長メルド・ロギンスが声をあげていた。

 

 

「よし、全員に配り終わったな? このプレートは、ステータスプレートと呼ばれている。文字通り、自分の客観的なステータスを数値化して示してくれるものだ。最も信頼のある身分証明書でもある。これがあれば迷子になっても平気だからな、失くすなよ?」

 

 

 ちょっとした軽口を含みながら説明するメルド団長に思わずクラスメイトの数人が笑い、ソレに気を良くしたのか当の本人も何度か頷いていた。さて、このメルド団長は、他の騎士団の人らやこの城の人々と違って非常に気楽な喋り方をしているが、曰く「これから戦友になろうってのに何時までも他人行儀に話せるか!」という何とも豪放磊落な性格から導かれた考えで接すると決めたかららしい。実際に数人の生徒の緊張に強張った肩も柔らかくなっている辺り効果は間違いないのかもしれない。

 実際、年上の人間に慇懃な態度を取られるのも居心地が悪くて仕方ないのだろう。

 

 

「プレートの一面に魔法陣が刻まれているだろう。そこに、一緒に渡した針で指に傷を作って魔法陣に血を一滴垂らしてくれ。それで所持者が登録される。 『ステータスオープン』と言えば表に自分のステータスが表示されるはずだ。ああ、原理とか聞くなよ? そんなもん知らないからな。神代のアーティファクトの類だ」

 

「アーティファクト?」

 

「アーティファクトって言うのはな、現代じゃ再現できない強力な力を持った魔法の道具のことだ。まだ神やその眷属達が地上にいた神代に創られたと言われている。そのステータスプレートもその一つでな、複製するアーティファクトと一緒に、昔からこの世界に普及しているものとしては唯一のアーティファクトだ。普通は、アーティファクトと言えば国宝になるもんなんだが、これは一般市民にも流通している。身分証に便利だからな」

 

 

 と、メルド団長が説明していき聞きなれない言葉が疑問だったのか、クラスメイトの誰かが疑問の声に対して付け加えられた簡易な説明にみんなは一様に納得しているが……先ほど一緒に配られた針を顰めながら見ていた。

 そりゃ、必要とはいえ、いきなり針を指に刺して血を出せなんて言われても抵抗感があるだろう。だが、それも少し立てば皆一様にそれを試し始めている。

 だが、残念なことだが。

 

 

「……いまさら、針で血が出るような柔い身体じゃないんだよ」

 

 

 指に突き立てた針はまったく指に突き刺さる事も無く、傷が出来るわけもない。

 彼女から与えれた祝福によって、あまりに頑強な身体はいまさらこんなちゃちなモノで傷つくほど脆くもない。

 だから、仕方ないので

 

 

「噛むしかないわな」

 

 

 指先を犬歯で僅かに噛み切る。

 そうして流れ出た血を他のクラスメイト同様にプレートもといステータスプレートへと擦り付ければソレに刻まれていた魔法陣が一瞬淡く輝いて、途端にステータスプレートの色が変化していく。

 その現象に瞠目する俺たちにメルド団長が軽い説明を始めた。

 曰く、魔力というモノは人それぞれ違う色であり、プレートに自己情報を登録することで所持者の魔力色に合わせて染まっていくらしい。プレートの色と魔力色の一致で身分証明とするようだ。

 そんな説明を聞きながら、俺はステータスプレートを見下ろす。

 そこに広がるのは蒼だ。

 いや、紺色、それよりも暗い藍。ジーンズに使われているインディゴに近い様にも感じるが

 

 

「それよりも、濃いな。濃藍、だったか?」

 

 

 まるで、深海の様な色に俺は僅かに目を細めつつ、自分のステータスを確認する為にソレを視た。

 

 

 

 

 

─────◆

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