【完結】女転生者ですが、親友(♀)がエロゲの主人公と発覚したので死ぬ気で貞操を守ります。# シスターアディと淫魔の恩寵_Append   作:家葉 テイク

39 / 48
第三九話 過去より迫る悪意

 埋蔵神殿(ダンジョン)探索は非常にスムーズにいった。

 

 前回も通った浅層の川で『クアゲル』を使い、大量の水を確保できたのも大きかっただろう。『クアゲル』の持続時間は三〇分なので、途中一度解除する場面もありはしたものの、すぐに再発動することは可能なので特に問題はなかった。

 『移動結晶』を使用しての高速移動を駆使することで、移動すること五分弱。

 前回は辿り着くことのなかった草原の『端』へと、私達は到達した。

 

 

「……こりゃあ、なんだ?」

 

 

 マグノリアが怪訝そうな表情で眺めるその先には、青空と草原が広がっている。一見しただけでは、ただの風景のように見えるだろう。

 しかし、よくよく目を凝らしてみると、そうではないことが分かるだろう。

 たとえるならば、『風景が描かれた壁』。手で触れればゼリーのような不思議な弾力を伴った反発が返ってくるという、『行き止まり』なのである。

 ──埋蔵神殿(ダンジョン)っていうくらいだからね。見た目にはどこまでも続く青空と草原のようだけれど、ちゃんと限界が決まっているのだ。

 ……まぁ、突き破ろうと思えば突き破れそうな程度の反発だし、突き破った結果どうなるか分からないというのは…………さっき訪れた堕落第一神殿の不気味な闇の空間と似たような不安感をおぼえさせるけれど。

 

 

「行き止まりよ。えーと……あったあった。あれよ。先達の探索者がマーキングしてくれてる、次の層への入り口」

 

 

 私が指をさした先には、三メートルくらいのポールの先にオレンジの旗がつけられた、目立つ印が建てられていた。

 埋蔵神殿(ダンジョン)における次の層への入り口は、『ゲート』と同様に陽炎のような『透明な歪み』によって構成されている。つまり、見づらい。

 それだけでなく、埋蔵神殿(ダンジョン)によっては構造物(草とかも含む)によって隠れていることもままあるので、こういうところでは次の層への入り口を分かりやすくしてくれていることが多いのだ。

 

 

「……意外だな。相手は()()()()()()()()()()()()()トンデモゾンビ野郎だろ? こういう目印は破壊して進むモンだと思ったがよ」

 

「いえ、きちんと破壊はされているわよ。ほら見て」

 

 

 そう言って、私は歪みの近くに建てられたポールを指差す。

 三メートルくらいのポールの根本は、まるで粘土でも捏ねたみたいに歪に接着されており──そしてその隙間から、ぐずぐずに崩れた黒い何かと腐った臭いが覗いていた。

 

 ………………やっぱり腐敗、ね。

 

 

「うおっ、なんだこりゃ」

 

「見ての通りよ。多分、一応目印の破壊はしておこうと思ったんでしょうね。ただ、この目印を建てた探索者は破壊を見越していたようだわ。……見て。この旗印、多分魔具よ。再生してるってことはフィル系かラシーダ系ね」

 

「流石の黒幕様も、破壊した後に自己修復される可能性までは思いつかなかったって訳か」

 

「そうらしいわ。私は此処潜ったことあるから、目印を破壊されていようと関係なく見つけられたけれど」

 

 

 ……ちなみに、埋蔵神殿(ダンジョン)攻略においては、通常こういう目印を疑うことはほぼありえない。

 

 何故なら──目印に対する破壊工作や偽装をやると、大抵の場合犯人は死ぬことになるからだ。

 

 もしも悪意ある人間が目印を使って罠を仕掛けたり、はたまた目印を破壊したり移動したりすると、すべての埋蔵神殿(ダンジョン)における印の信頼性がガタ落ちしてしまうだろう。

 なので……罠があったと発覚すると、まずその教区に在籍する全探索者による犯人捜しが勃発する。

 そしてもしも見つかったら、探索者全員によるリンチが発生するのだ。たとえそいつがどれほど偉大な探索者だったとしても、どれだけ味方が多かったとしても、目印の偽装を許せば探索の危険度は遥かに上がる。だから例外なく許されることはない。

 もちろんこれにはエリーミンだって参加する──といえば、どれほど恐ろしい事態かは誰でも分かるだろう。

 

 このリンチについては教会も黙認しているので……実質死刑である。

 あまりにも野蛮だけれど、埋蔵神殿(ダンジョン)における先達の情報の信頼度を貶めるというのはそのレベルの大罪ということに、この世界ではなっているということでもある。

 マグノリアが『誰を敵に回そうが気にしない』といっていたのは、そういう含みもあっての話だろう。

 

 ──このラシーダテラーの行動から、分かることは幾つかある。

 

 まず、ヤツは私達が追手として近づいてくることを想定している。

 これは当然だろう。あの局面で私達がイーガシア森林神殿に辿り着けないと思うのは、流石にナメすぎだ。ただ、最低限その程度の可能性は考えられる程度には思索を巡らせる頭と余裕があるということは認識しておくべきだろう。

 

 次に、私達が追って来ることを望んでいない。つまり直接戦闘はヤツにとっては避けたい展開ということ。

 これも当然と言えるかもしれない。戦闘をすれば、万全の骸(イデアルホール)が破壊される可能性がある。ヤツが私を殺したがっていて、腕に覚えがあったとしても、目的を優先するなら戦闘は後。私を殺すのは完全体になってからが理想……と考えるのは自然な流れだ。

 

 そして最後に、ヤツは相当焦っている。

 追手として私達が追ってくることを想定していて、なおかつ直接戦闘を望まないなら、ヤツがすべきは目印の破壊なんてチャチなものではない。この目印と同じようにこの埋蔵神殿(ダンジョン)の構造物そのものを破壊し、そして私たちの探索を制限することである。

 それをやらないということは、おそらくヤツがこの『防御を無視した破壊』の能力を使うために足を止めることすら嫌ったということに他ならない。

 

 

「これは、狙い目かもしれないわね」

 

「あん?」

 

 

 敵に余裕はなく、そのくせ目的は明確。

 実に──横から叩きやすい構図じゃないか。これは。

 

 

「……面白くなってきた。あの野郎……既に一度、自分が化かし合いで私に完敗していること、たっぷりと思い知らせてやるわ」

 

おい、無視して悪い顔すんなや

 

 

 宿敵の吠え面を想像しながら、私は静かにほくそ笑んで歪みの中へと足を踏み入れた。

 ……悪い顔とは失礼だなぁ。クールで知的な笑みと言いなさい。

 

 

 


 

 

STAGE_03 / ボス戦は××の底から

[in イーガシア森林神殿 中層]

 

第三九話 過去より迫る悪意

 

 


 

 

 

 ──その後も、私たちの探索は続いた。

 

 雄大すぎる川が広がる世界の上を一本の吊り橋が地平線の向こうまで続く階層もあれば、底が見えないくらい深い湖の上に浮かぶ蓮の葉の上を進む階層もあった。

 時には川の底にできた氷のトンネルを通る階層もあり、これラシーダテラーが氷とかも破壊してたら終わってたな……と戦慄するなどしていたものの──概ね『移動結晶』による瞬間高速移動のお陰で平和に進み、気付けば私たちは中層と呼ばれる領域にまで辿り着いていた。

 

 なお、階層ごとにまるで世界を移動しているかのような埋蔵神殿(ダンジョン)だけれど、実は座標的にはどんどん下に移動していることが探索者の調べで分かっている。

 過去に変人探索者が埋蔵神殿(ダンジョン)を掘り続けることで探索せずに最深層まで到達しようと試みたことがあり、その時に穴を掘ることで下層の天井部を突き抜けたことがあったらしい。

 もっとも、そいつ自身は最終的に女神の御許へ旅立つことになった──と文献には記されているけれど。

 

 

「……ヒュウ、流石に此処まで埋蔵神殿(ダンジョン)の深くまで来たのは初めてだぜ。俺は地上の警備が仕事だからな」

 

「奇遇ね。私もイーガシア森林神殿は此処まで深く潜ったの、初めてよ」

 

 

 そこは、ひんやりとした冷気の漂う薄暗い洞窟だった。

 ただし、洞窟を構成している岩石は藍色の絵具を溶かし込んだような奇妙な色合いをしていて、足元は幅五〇センチくらいの、川というよりはどちらかというと水路のような風情の川が、まるで碁盤のように三メートル四方程度の規則正しい網目状で張り巡らされていた。

 ……この水もどこから流れて、どこへ流れていくのか全然分からない謎水循環だ。いや、埋蔵神殿(ダンジョン)の地形情報に対して細かいことを気にしても意味がないことはもう分かり切っているのだけれど。

 

 

「足元の水に気を付けてね。下手に音を出したら反響しそう」

 

「……ウッス」

 

 

 その割には、他の物音が響いたりする様子がないので、これまた『洞窟のような風景』というだけで、実際にはこの階層に洞窟のような空間的性質はないのかもしれないけれど……。

 まぁ、用心しておくことに越したことはない。

 ときたま『移動結晶』を使った高速移動を駆使しつつ、水の網目の上をおっかなびっくり移動していく。

 

 そうしてラシーダテラーから戦略的撤退を決めてから時間にして一時間弱といったところで、ついに──。

 

 

「……見えた」

 

 

 藍色に染まった岩石と網目の様に枝分かれした川に埋め尽くされた洞窟の中で、不似合いな赤い人影を見つけた。

 それは、既に見覚えのある容貌だった。

 二メートルは優に超える筋骨隆々の肉体、赤黒く充血した体表、額から伸びた短い角……死んだはずのトレイルソン本部長だ。……死んだはず、というには、背中に赤黒い穴が貫通しているので『現在進行形で死んでいる』と言った方が正しいのかもしれないけれど。

 

 ……流石に虎の子の万全の骸(イデアルホール)が傷つく可能性は看過できなかったらしい。それができるなら、万全の骸(イデアルホール)をポーチにしまったまま堕落第一神殿を潜ればよかったんじゃないかと思ったけれど……いや、駄目か。ポーチの中にしまっていようが関係なく女体化トラップが有効な可能性がある。

 まさか人体を模した魔具をポーチにしまっているなんてレアケース誰も検証していないから、『万万が一』を想定して動く必要があるもんな。

 

 

「…………厄介ね。トレイルソン本部長の死体も使えるの……」

 

 

 私達の現在地は、ラシーダテラーの一〇〇メートル後方の物陰。水塊は川に擬態して移動させている為、私達の存在は気付かれていないだろう。……ただでさえあの肉体は身動(みじろ)ぎの物音とか五月蠅そうだしね。

 問題は、アイツをどう処理するか、か……。

 

 ……トレイルソン本部長の肉体は、魔具の効果もあって頑強だ。私の手持ちの手札では壊しようがない。

 此処は……マグノリアの魔具で……いや、確かに可能は可能だろうけれど、重装備のマグノリアをあそこまでラシーダテラーに気付かせずに接近するというのがまず不可能だ。

 『クアゲル』で『移動結晶』をあそこまで流せればいいんだけれど、流石にそれをやってしまえば向こうにこっちの干渉がバレるし……、

 

 ……いや、待てよ?

 よく考えたら、いけるな。これなら……。

 

 

「ワイド。川を通して『移動結晶』を流すわ。不意打ちでアイツの首を斬ってもらえる?」

 

 

 私は、網目の様に張り巡らされた川の一本を指差す。その流れの先には、ラシーダテラーが歩いている。

 上手い事『移動結晶』を流すことができれば、確実に瞬間移動による不意打ちを決めることができるだろう。

 二つ『移動結晶』を渡しておけば即座のヒット&アウェイも可能だから、()()()()()()()()()()()も無効化できる。

 

 私の提案にマグノリアは渋い顔をして、

 

 

「おいおい、『移動結晶』は水より重いだろ。川の水を『クアゲル』で操作するにしても、ヤツとの距離は一〇〇メートル以上ある。とてもじゃないがヤツのところまで『移動結晶』は届けられねえと思うがよ」

 

「それについては大丈夫」

 

 

 もちろん、私も考えている。……水より重いならば、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「『クアゲル・レード』」

 

 

 私は『クアゲル』を維持しながら、『クアゲル・レード』を発動して『移動結晶』を氷で包む。

 同じ魔法は二重に発動できないけれど、別の魔法なら並行して発動することができる。魔道編章(ランクスキル)に不慣れなうちはできないけれど、ある程度習熟した使い手ならば誰でもやれることだ。

 ……氷は水より比重が軽いから、こうしてやれば『ちょっと水より重い』くらいであれば川底に沈まずに川の流れに乗って移動できる。

 

 

「ほら、解決。……じゃあ、任せていいわね?」

 

「…………クソったれ。お前、死んだら覚えとけよ」

 

 

 毒づくマグノリアを無視して、私は『クアゲル・レード』で生成した氷塊を網目状に走っている川に落とす。

 氷に包まれた『移動結晶』の比重はちょうどよく、氷がちょうど水面から浮き上がるか浮き上がらないかくらいの塩梅でラシーダテラーの方へと流れて行ってくれる。

 私はそれを見届けながらマグノリアに三個の『移動結晶』を渡す。その際、帰還用の『移動結晶』を見せておくのも忘れない。

 

 ──『移動結晶』が、ラシーダテラーへと近づいていく。

 

 

「一つは移動用、一つは帰還用で了解だが、この一個は?」

 

「私の移動用。転移が終わったら、余った一つは川に落として。私がそこに転移して『クアゲル』で追撃するから」

 

「……マジで言ってんのか?」

 

 

 マグノリアは、信じられないものを見たような表情で問い返してくる。

 

 

「転移しての不意打ちで確実に首を斬るとはいえ、それで止まるかも分かんねえ相手だぞ。遅れて来たカウンターをモロに受ける可能性だってあるだろ」

 

「モロに受けたところで大した事ないわよ。だって、『クアゲル』を纏ってから行くもの」

 

「…………???」

 

 

 ヤツの魔法(のうりょく)は、『腐敗』だ。

 防御を無視した破壊と堕落第一神殿に漂う不自然な腐臭の時点でかなり確度が高い予想ではあったが、ポールの破壊状況を見て確信した。

 浅層で見た、あのポールの『ぐずぐずに崩れた破壊の痕』。探索者の死体は血や衣服のせいで分かりづらかったが、あの要領で腐敗して肉体を貫通されて絶命したのだろう。えげつない殺し方だ。

 性根の腐り切ったあの野郎が『腐敗』を引き起こす魔法を操るというのは些か以上に皮肉が効いているけれど──手札が読めれば、こちらも対策の手が色々と広がる。

 

 物質を腐らせて防御力を無視した攻撃ができるといっても、それは対象が有機物だからだ。

 私が水を纏っていれば、その腐敗は届かない。……仮に水を腐らせることができたとしても、総重量五トンの水だ。私のところに届くよりも、ヤツを押し流す方が圧倒的に早い。

 そして、その間に『クアゲル』でポーチの中へ攻撃をしかけてやれば、ラシーダテラーが何かをする間もなく屍骸魔具(イデアルホール)を破壊することができる、という寸法である。

 

 ただでさえ、相手は不意打ちで首を斬られた直後。

 ①首を斬られたことによる動揺。

 ②首を斬られた相手に対する反撃。

 ③突然現れた私に対する驚愕。

 ④『クアゲル』で発生した大量の水の防御。

 ざっとこれだけの対応を一瞬にして迫られるのだ。私たちに追われた程度で焦ってケツまくって逃げるような程度の次元の相手なら、対応しきれずに文字通り押し流されてしまうだろう。

 

 ……よし、イケる。

 これならばヤツがどう反撃をしようが関係なく押し流すことができる。

 

 

 ──『移動結晶』が、ラシーダテラーの足元にさしかかった。

 

 

 私はそっと、足元に『移動結晶』を置いておく。

 マグノリアが帰還する為のものだ。私が『命綱』を設置し終えたのを確認すると、マグノリアは黙って頷き、

 

 

 直後。

 ラシーダテラーに操られたトレイルソンの首が宙を舞い──そして炎上した。

 

 

 まるで漫画のページを読み飛ばしたみたいに、唐突な状況の変化だった。

 

 それほどまでに、圧倒的に素早い居合。──いや、なんでコイツ『移動結晶』による瞬間移動と居合斬りの合わせ技をそんな高精度で……、

 ……いや、今まで何度も断続的な瞬間移動に私が付き合わせていたからか。タイミングを身体で覚えちゃったんだな。

 

 血飛沫が上がるみたいに、胴体側の断面からも炎が上がるのを見ながら──私もまた、『移動結晶』で転移を行う。

 マグノリアは入れ違いに退散したようだった。

 そのまま身に纏った『クアゲル』の水塊を操作し、トレイルソンの腰にある拡張旅袋(エクスバッグ)を圧倒的質量で押し流そうと──

 

 

『エーヴァンネーリジュ……か。()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 切断された首の、その先。

 炎の勢いが弱まったそこから、まるで破裂したガス管から漏れ出るみたいに吹き出した『黒いモヤ』が、そんな言葉を吐き出した。

 

 ──やっぱ屍骸魔具(アンデッド)と違って、首を落としても本体の霊体(?)が無事な限り、死体の憑依操作は可能か……!

 

 

 一切取り合わずに水塊の流れを操作してラシーダテラーへ放出したのと、同時。

 ドバッッッ!!!! と、首無し鬼が両手を素早く突き出すのに合わせて黒いモヤが勢いよく噴出し、衝突した。だが……! やはり水が腐敗する様子はない。予想通り、ヤツの能力は有機物にしか通用しない! このまま押し流す!!!!

 

 

 ………………、

 

 

 …………そう思考したにも関わらず、水塊がラシーダテラーを襲うことはない。

 いや、そうではない。

 『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!?

 

 

「はぁッ!? まさか──」

 

『私の魔法が「有機物」だけしか腐敗させないと、どうして判断したのだね?』

 

 

 こッ、こいつの『腐敗』──魔法も『腐敗』させることができるのか!?

 

 魔法を腐敗とかどういうことだよとか、無機物は腐敗させられないのに魔法は腐敗できるってどういうことだよとか、色々と文句は思い浮かぶが──とにかくマズイ!!

 ヤバイ、この展開は完全に想定外だ…………! まだ完全には水塊を失ったわけじゃないけれど、今ので一気にほとんどの水を持っていかれた! 残りは……一トンくらい!?

 

 『移動結晶』で一旦距離を取るか? いや……それは論外。『腐敗』に対して距離を取れば、リーチの長さがモロに出るからな。ヤツが『クアゲル』も『腐敗』できると分かった以上、それでは確実にこちらがじり貧だ。

 なら撤退……それもまた論外! ここでコイツを逃がせば、次に会う頃には『女神の夫』だ! 性質によってはエリーミンが使い物にならなくなるかもしれない以上、絶対にそれだけは実現させられない。

 ──コイツはここで、完全に仕留め切る。

 

 

『情報という札は伏せておくからこそ価値が生まれる。なるほど、君の手管は参考になったのだよ』

 

 

 勝ち誇るように言って、首無しのラシーダテラーは右手を振り上げる。その先に──黒いモヤがまるで剣の様に鋭く伸びる。

 この野郎……! 身体による予備動作はどうしても必要らしいけれど、その気になればリーチを伸ばせるってのか!

 

 まずい。こうなると『腐敗』対策に水塊を纏いながら瞬間移動したのが完全に仇になった……! 『クアゲル』の操作パワーでは、私を移動させて回避させるほどの力がないから……これじゃあただの枷だ!

 

 

『さて、屍骸魔具(アンデッド)の私の身では不要だが……あえて人間らしくこう宣言させてもらうのだよ。「ベタ・コラピゲル・ディウス」』

 

 

 勝ちを確信したのか、悠長にそんなことを言いながらラシーダテラーは右手を振り下ろす。

 その動きに追随して、巨大な腐敗の剣が私目掛けて振り下ろされた。

 

 ……いや、勝ち誇られているところ悪いけれど、別に()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ゾン!!!! と。

 

 腐臭の漂う巨大な剣が振り下ろされる直前に、私は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……しかし……クソ。

 

 

「……無機物を腐敗させることができない──と思わせたのは、ブラフだったって訳ね」

 

 

 振り下ろしたラシーダテラーの『腐敗(コラピゲル)』は、埋蔵神殿(ダンジョン)の地中深くにまで抉り込まれていた。そして巻き添えを食った水もまた、ドロドロの汚水へと変貌している。明らかに物質としての性質を無視した腐敗だ。

 厄介なのは、そこに制御を失った水ごと大量の『移動結晶』まで流れていってしまったところだ。どこまで繋がっているか分からないけれど、これでは『移動結晶』の再利用は難しいか……。咄嗟に足元に転がっていた一つは確保できたけれど、面倒だな……。

 首無しのラシーダテラーは楽しそうな声色で、

 

 

『ああ。道中を破壊しても、君なら「移動結晶」で踏破するなり、引き返して踏破が可能な手駒を連れてくる恐れがあったからね。……それに、埋蔵神殿(ダンジョン)を踏破不能にすれば私も帰りが面倒だ。無駄にこちらの手札を晒すくらいなら、隠して君を誘う餌にしてみたのだよ』

 

 

 チッ……理に適ってやがる。

 確かに、水による圧迫なら『クアゲル』である程度対抗できるし、最悪『移動結晶』による即時撤退でなんとかすることもできた。

 こちらに打開策がある状況で札を切るよりも、打開策がなくなったタイミングで札を切る。正しい動きである。

 

 こうなれば……作戦変更だ。

 

 

「『クアゲル』! 『リクイゲル』!」

 

 

 私は再度クアゲルを唱えて、足元で垂れ流れていた水ごと川の水を掌握する。

 そして同時に、『腐敗』でやられた汚水も『リクイゲル』で制御下に置く。

 

 ……先ほどの『クアゲル』と『コラピゲル』の衝突の際、汚水の発生はなかった。あれは……おそらく、水の『腐敗』よりも魔法の『腐敗』が優先されたからだろう。

 『腐敗』させる対象が重複している場合、『コラピゲル』はすべてを一度に『腐敗』させることはできない。おそらく、魔法でコーティングされているような状況だから水自体を腐敗させることはできないんだ。

 

 だとするならば。

 

 

『…………!』

 

 

 ラシーダテラーの身動ぎから、緊張が伝わってくる。

 ──これまでのコイツの動きが伝えてくれている。これをやられるのは都合が悪い、と。

 

 …………。

 

 

「予想通り。どうやら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()みたいね? 当然かしら。だって、腐っているものは既に腐ってるんだから、それ以上腐らせようがないものねぇ」

 

 

 言いながら、私は視線を走らせて改めて盤面を確認する。

 …………私が先程までいた場所では、マグノリアが必死こいて手に持った『移動結晶』を見せてこちらに振っている。おそらくは、私に一旦距離を取れと言いたいのだろうけれど……馬鹿め。そんなモロバレの退避なんて悪手に決まってるだろうが。

 

 

『さっきの今で、よくよく私の急所に気が付くものなのだよ……!!』

 

「生憎、そうでもしないと生き残れない身の上だったのよね!」

 

 

 やはり、退く選択肢は存在しない。

 私は『クアゲル』と『リクイゲル』を再び操作し、ラシーダテラーの周囲を覆うように『リクイゲル』で汚水を、その上から圧迫するように『クアゲル』で大量の水を操作する。

 『クアゲル』の操作パワーはあくまで貧弱だけれど、質量自体は十二分だ。津波の高さが膝下まででも凶悪なのと同じように、質量というのは見た目のパワーやスピード以上の破壊力を齎す。

 

 これにて──チェックメイトだ!

 

 

 汚水と清水の檻に閉じ込められる寸前。『コラピゲル』を汚水で阻まれたラシーダテラーは、小さくこう呟いていた。

 

 

『これにてチェックメイト────とでも思っていたのかね?』

 

 

 


 

 

 

 ゴバァ!!!! と汚水と清水による濁流に取り込まれかけながら、ラシーダテラーは内心ほくそ笑んでいた。

 

 確かに、この大質量をモロに受ければ既に半ば腐敗しているトレイルソンの遺体はおろか、ポーチの中にある万全の骸(イデアルホール)も無事では済まない。

 それどころか──屍骸魔具(アンデッド)と化している自分自身すらも、霧散してしまう可能性すらある。ただし、それはラシーダテラーがこの事態に対して無策であったなら、の話だ。

 

 当然、ラシーダテラーには作戦があった。

 むしろ、作戦があるからこそ、この手に行き着くようにエヴァのことを誘導していたのだ。

 

 エヴァのことを幼少から知る彼は、エヴァが持つ三つの魔法についても把握していた。

 

 

(エーヴァンネーリジュが持つ魔法は三つ。純水を操る『クアゲル』と、液体を操る『リクイゲル』、そして純水を凍らせる『クアゲル・レード』。汚水にして『クアゲル』を機能不全にすれば、彼女は真っ先に汚水を『リクイゲル』を使ってクッションにして、当初の策を強行する。それは最初から分かっていた)

 

 

 何と言っても、五トンの大質量である。彼女の戦闘面での強みがそこである以上、決め手はどう足掻いてもそちらに偏るだろう。

 ただでさえ、彼女の魔法は攻撃力に欠けるのだから。

 

 そして、相手の打つ手が読めていれば、当然対策も容易に立てられる。

 

 

『ご苦労、トレイルソン本部長。君の肉の器は「堕落」塗れでなかなかに居心地が悪かったよ』

 

 

 吐き捨てると同時に、ラシーダテラーはポーチから万全の骸(イデアルホール)を取り出す。

 ──それは、『日本』でいうところのマネキン人形だった。

 目鼻立ちこそ整っているが、生命はそこに宿っていない。どこか無個性。そんな風貌の、性別すらも分からない人形が──

 

 

『そして起動せよ、万全の骸(イデアルホール)!!』

 

 

 バシュ!! と光を放ち──次の刹那には、そこには一人の男がいた。

 黒々とした長髪に、野性的ながらも整った目鼻立ち。二メートルは優に超えようかという長身に、筋骨隆々の体躯。

 まさしく『完璧』──そう見る者に思わせる肉体を、法衣の意匠を持つ活動的な服で包んでいる。

 両手足は編み上げ式のブーツとグローブで覆われ、腰元には同じような材質のポーチがついていた。

 この場にそれを知る者はいないが、その風貌は若かりし頃、多くの女性を食い物にしていたラシーダテラーの全盛期そのものである。

 

 そして完成した万全の骸(イデアルホール)へ、黒いモヤが吸い込まれていき──

 

 

 『ラシーダテラー』が、完成した。

 

 

(悪いが、これからが本当のチェックメイトなのだよ)

 

 

 エヴァの操る濁流に呑み込まれながら、ラシーダテラーは思う。

 そして──

 

 

(『コラピゲル・オビル』──とでも言おうか)

 

 

 その肉体から、黒い瘴気が吐き出され──そして纏われた。

 屍骸魔具(アンデッド)であるラシーダテラーが、()()()()宿()()()()()を使うのに魔法の名前を宣言する必要はない。そもそもラシーダテラーの扱う『腐敗』は単なる魔具としての機能であり、厳密には魔法とは違うものだ。

 なので魔法の名を宣言しなくても発動はする──しかしそれでも、ラシーダテラーは自らの扱う機能を魔法と位置付けたがっていた。

 

 あるいは、自分は()()人間なのだと声高に宣言するかのように。

 

 

(あの警邏騎士の振るう剣──あれは天敵だったのだよ。君が彼をもう少し頼っていれば、あるいは勝負は分からなかったかもしれないがね)

 

 

 ──腐敗の瘴気と接触し、ラシーダテラーを捕えていた清濁乱れる魔法が制御を失う。

 ただし、既に『腐敗』している汚水はそれ以上『腐敗』させることはできないため、その外にある『クアゲル』を『腐敗』させることはできない。しかも、『クアゲル』で制御している為、汚水が清水と入り混じって『クアゲル』の制御力が落ちることもない。

 なるほど、確かにこれなら『腐敗』は攻略可能だ。しかし──

 

 

(『腐敗』だけで届かないのならば、こちらから出向けばいいのだよ!!)

 

 

 その策は、ラシーダテラーが()()()()()()()()()()()を考慮に入れていない。

 

 

 ──ラシーダテラーの体が、勢いよく水の中を進んでいく。

 汚水の層を突き抜け、そして清水の制御を『腐敗』させながら、エヴァへと見る見るうちに接近していく。

 それを見たエヴァが驚愕に口を開け、そしてその表情が僅かに強張ったのを、ラシーダテラーは見逃さなかった。

 

 

 確かに、『クアゲル』程度の操作パワーとはいえ、大質量の水の中を抵抗があるのに泳ぎ切ることは人間の力では不可能だ。

 万全の骸(イデアルホール)の身体スペックは最大でも人間の範疇なので、ラシーダテラーもまた例外ではない。

 ただし──

 

 

(『コラピゲル・オビル』で適宜『クアゲル』を『腐敗』させ! なおかつ泳ぐ! 人類最高峰のこの肉体ならば、泳ぎ切ることは十分に可能!! なのだよ!!)

 

 

 身に纏うように『腐敗』を展開しながら水塊の中を泳げば、少なくとも抵抗は激減する。

 その状態であれば、『人類最高峰』の身体能力でなら瞬間的に距離を詰めることもできる。

 さらに──ラシーダテラーも万全の骸(イデアルホール)も、魔具の一種。エヴァの魔法の中にいるこの状況であれば、魔法を解除しない限り『エヴァの所持品の一つ』としてカウントされ、『移動結晶』での移動にも一緒についていくことができる。

 

 

(魔法を解除して距離を取るか!? だが、既にこの水塊の中で『移動結晶』は二つ確保した! その後も『移動結晶』で追跡してトドメは刺せる! あくまでもこの場での決着に拘泥するのなら──)

 

 

 エヴァは、逃避を優先したようだった。

 二人の間を遮っていた水が完全に制御を失い、地面に落ちる。それに伴ってラシーダテラーもまた地に落ちた。

 

 エヴァの体が、虚空へ掻き消える──が、埋蔵神殿(ダンジョン)から脱出した訳ではないのは先刻承知済み。そして逃避先も、先ほどからバカな彼女の同行者が親切に見せびらかしてくれているので分かっている。

 

 

「此処に来て逃がすかァ!!」

 

 

 ラシーダテラーは叫びながら、同行者が『移動結晶』を掲げていた先に手に持っていた『移動結晶』を勢いよく投擲する。

 

 ちょうど転移したエヴァはそれすらも想定して、生身で『移動結晶』を叩き落とそうとしていたようだが──生身の女の腕による迎撃など、あまりにも遅すぎる。

 その直前に『移動結晶』で転移したラシーダテラーは、余裕を持ってエヴァの腕を掌で受け止めた。

 

 そう。

 

 『()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「これでッ──」

 

 

 そして。

 

 『腐敗』が、女の細腕を覆う黒い布から浸食を始めた。




 当作品ですが、ノベルピア編集部様よりオファーをいただきまして、ノベルピア様と同時投稿することになりました!
 現在は毎日更新しておりますが、更新が最新話に追いつき次第以下の更新スケジュールとなります。

ハーメルン版:毎週日曜日更新
ノベルピア版:毎週土曜日更新(最新話を一日先行で更新

 詳しい説明とか経緯についての四方山話は活動報告に記載してますので、是非ご覧ください! あと少ししたら、さらなるお知らせもできる……かも?


 今回オファーを頂けたのも、ひとえに読者の皆様の応援のお陰です。こちらでも変わらず更新していくので今後ともどうぞよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。