【完結】女転生者ですが、親友(♀)がエロゲの主人公と発覚したので死ぬ気で貞操を守ります。# シスターアディと淫魔の恩寵_Append 作:家葉 テイク
第四一話 存在証明
──魔物の『氾濫』で、村が滅んだ。
まるで子供が蹴り崩した積木みたいに崩れた自分の家の残骸の前で、茫然と佇んでいた──それが、わたしの中に残っている『故郷』での最後の記憶。
たまたま、かくれんぼをしていただけだった。
いつものように、同年代の村の友達と一緒にやっていたかくれんぼで……わたしは見つかりたくなくて、誰も探しに来ない蔵の奥に隠れていた。そのタイミングで、『氾濫』が村を襲った。そのおかげで──わたしだけが、『氾濫』を逃れて生き残ることができた。
なんで、わたしだけが生き残ったんだろう。
その時のわたしは、それだけ考えていた。
蔵の中でかくれんぼをするのは危ないからダメだって、お父さんにもお母さんにも言われていたのに。
それでも、悪戯心で潜り込んでしまった。ズルをした。
悪いことをしたわたしだけが生き残って、どうして、みんなが……。
──そんなことを考えて、ふらふらと村の中を徘徊していた時のことだった。
村の残骸に透明な歪みが……
当時のわたしは、迷わずその中へ入った。
もしかしたら誰かがその中に逃げ込んでいるんじゃないか。崩れた自宅の残骸から流れ出ていた血とよく見た指先は何かの間違いで、お父さんとお母さんはそこにいるんじゃないか。
そんなことを考えていたことだけは、覚えている。
中の様子は、正直もう、覚えていない。
ずっと長い間歩いていたような気がするし、入ってすぐに最奥に辿り着いたような気もする。
覚えているのは、そこでフィルマト様に出会い、そして加護を授けていただいたということと──
──その中には、村のみんなは誰もいなかったということだけ。
気付けばわたしは村の外の街道に出ていて、『ゲート』もきれいさっぱりなくなっていた。すべてが夢かと思ったけれど、今まで見た記憶は夢だと思うにはあまりにも残酷すぎて。
……街道を引き返して村に戻って、もしも壊れた村の姿を見てしまったら、きっと立ち直れなくなる。
本能的にそう悟ったわたしは、再び村を見ることなく街道を歩いて──そして探索者の人に保護してもらった。
わたしの村が滅んだことは、その数日後に改めて大人の人から聞かされた。それから今に至るまで、故郷の村へ帰ったことは一度もない。
──この加護は、きっとわたしに対する償いの啓示だ。
その時のわたしは、そう思った。
自分だけズルをして、本当は死ぬべきだったのに生き残ってしまったことへの償い。その為に、フィルマト様はわたしに加護を授けてくださったのだ。
この加護を、誰かのために使おう。そしてフィルマト様の御許に旅立ったみんなの分も、ほかの誰かを幸せにしよう。
それが、言いつけを破ってズルをしたのに一人だけ生き残ってしまったわたしにできる、みんなへの償いなんだと、その時のわたしは思った。
──村が全滅したので当然身寄りもなくなったわたしは、ほどなくして修道院附属の孤児院で生活することになった。
孤児院にはわたしと似たような境遇の子もいっぱいいた。
両親が探索者だったけれど
当時のわたしは、思った。
此処ではわたしのような悲劇なんて、ありふれている。
誰もが辛い思いを抱えていて、ズルをして償いをしなくちゃいけないわたし
そして──ありふれた悲劇を抱えているってことは、わたしのこの苦しみはきっと此処にいるみんなと同じ種類ってこと。つまり、わたしはみんなの苦しみを
……こんなありふれた苦しみ程度で立ち止まってなんかいられない。
わたしの苦しみを共有することで、誰かの苦しみを癒すことができるかもしれないんだから。
エヴァと出会ったのは、そんな頃だった。
最初は、不機嫌そうな子だと思った。
物腰柔らかだし、声を上げるようなことはない。いつも優しくて親切で、孤児院の仲間のリーダー的存在だったけれど……どこか満たされないところがあるような感じがしたというか。
そのときのわたしは、深く考えずに『この子もわたしと同じで、辛い過去があるんだろう。それなら、わたしが助けてあげられる!』……なんて思っていたっけ。
あのときのエヴァは、わたしにこう言った。
『あのね……色々気を遣ってくれてるところ悪いんだけれど、その「わたしはちゃんとあなたの苦しみを分かってます」みたいな態度、やめてほしいの。私の苦しみは私だけのもの。貴方の苦しみは貴方だけのもの。勝手に共有しないで。私達、友達でもなんでもないでしょ』
それは、知った風な顔をして相手の心にずかずかと踏み込む無礼者を拒絶する怒りの声だったと思う。
実際にわたしは、自分が今まで善かれと思ってやってきたことをきっぱりと拒絶されたことに強いショックを受けた。……でも、それ以上に、こうも思った。
──わたしの苦しみって、誰かと共有できるものじゃないんだ。
──じゃあ、わたしの苦しみはありふれたものでもなんでもなくて……もしかして、苦しんだり悲しんだりしてもいいものなの?
エヴァは別に、そんなことを言ったわけじゃないと思う。
昔から良くも悪くもサバサバしている子だったから、自分の心の傷から目を逸らしてヘラヘラと笑いながらすり寄ってくるわたしが鬱陶しかっただけだろう。
でも──わたしにとってその冷たい一言は、自分の心の傷を受け止めるきっかけになった。
本当は辛かったし、悲しかったし、心は全く悲劇に追いつけていなかった。
なんでわたしがこんなことに……とか、お父さんとお母さんに会いたい……とか、とにかく不満はいっぱいあった。
でも、わたしはフィルマト様から加護を授けられたのだし、何よりわたしに降りかかった悲劇はありきたりなものだから、そんなものでいちいち悲しんではいけないと、ずっと自分に言い聞かせていた。
でも、それは違ったんだ。
他の誰かの苦しみをついさっき出会ったばかりの人間の薄っぺらな共感で癒せないのと同じように、わたし自身の苦しみだって他の誰かと比べられるようなものじゃない。
無理に、捨て置かなくたっていい。心の傷を痛み苦しみながら、少しずつ折り合いをつけていったっていいのだと、心の底から思うことができた。
村のみんなへの後ろめたさは、正直まだ残っているけど。それでも、もう少し前向きな気持ちで、誰かを助けられるようになった。
その日から、エヴァはわたしにとってヒーローだった。
子どもの心理というのは単純なもので、エヴァに憧れたわたしは、エヴァにひっついてエヴァの真似をするようになった。
エヴァも最初は鬱陶しがっていたけれど……エヴァは昔から、とっても面倒見がよくて優しい子だったから。エヴァの真似をして色んなことを覚えていくうちに、いつしかエヴァの態度も徐々に柔らかくなっていって、やがてわたし達は友達になった。
エヴァはいつでも優しくて聡明で、頑張ってもどうしても抜けたところのあるわたしのことを、陰に日向に支えてくれた。
エヴァは昔から要領が良いから、すぐに孤児院の運営を任されるようになったし、わたしが孤児院の手伝いを一通り覚える頃には、既に修道士として礼拝堂に入り浸るようになっていたっけ。
わたしは使命感というよりは友達に置いて行かれたくない一心で、エヴァの後をひたすら追いかけていた。
エヴァのことを追いかけていくと、彼女がどれだけのことに気を配ってきたのかが分かった。わたしと一緒に談笑したり、遊んだり、年少の子の面倒を見たり。
そうしたことをしながら、エヴァは自分のことを磨くことをやめなかった。
いつしかわたしは、そんなエヴァのことをずっと隣で支えられるようになりたいと思うようになっていた。
助司祭になったのも、エヴァが司祭資格取得の為に一年ほど教都に留学していた間に、エヴァの側で手助けできるようになるにはどうしたらいいか、自分なりに考えた結果だった。
エヴァはとても喜んでくれて、わたしのことを立派だとか聖女だとか持ち上げてくれたけど…………本当の理由は、そんなごく個人的なものなのだ。
『加護』から見える世界は、長らく平和だった。
たまに街でのトラブルが見えることもあったけれど、そういう時はわたしが行動すると、エヴァがそれとなく手助けをしてくれて、なんとか無事に収めることができた。
……一度だけ大変だったのは、お司祭様……ラシーダテラー前司祭長が捕まってしまった時のことだ。
あのときは、大勢の軍隊でマニカナ教区が火の海に呑み込まれる未来が見えたので本当にどうしようと焦ったんだけど、エヴァから『予知』の内容は喋ってはいけないときつく釘を刺されていたので、めちゃくちゃ挙動不審になってしまっていたと思う。
結局いつの間にか、反乱の未来は見えなくなっていて──ラシーダテラー前司祭長も捕まってしまった。
よく分からないけれど、状況的に、エヴァがわたしの様子を見て行動を起こしてくれたんだと思う。
……こうして思い返してみると、本当に何から何まで、エヴァには助けられっぱなしだと思う。
こうして今の自分があるのだって、間違いなくエヴァのお陰だ。
でも…………。
……そろそろ、変わらなくちゃいけないと思っていたりする。
一方的にわたしばかりが与えてもらうだけの関係じゃなくて。
エヴァがわたしのことを助けてくれるのと同じように、わたしもまたエヴァのことを助けてあげられる。そんな、お互いを支え合える
そんな折のことだった。
『加護』がエヴァの死を映し出したのは。
そのとき、わたしは悟った。
わたしの加護は、この未来を退ける為に与えられたのだと。
最初は、頭のおかしなガキだと思った。
──上手いこと
新しく家族を失った子どもとして、桃髪の女の子が孤児院にやってきた。
まぁ、そんな境遇は孤児院では珍しくない。というか、そもそも身寄りのない子どもじゃないと来ないからね、此処。私が例外なだけで。
変わっていたのは──こいつは自分も他のガキと同じように絶望に打ちひしがれていたっていうのに、
事情は知らないけれどそれなりの悲劇を経験して、それでもなお誰かのことを慮る──たとえば塞ぎ込んでいる子どもを慰めたり──というのは、はっきり言って異常だ。
なので気味が悪いと思ったし、正直、第一印象としては嫌いだったと言っていい。
ただ──後からそいつ自身が『氾濫』で村ごと家族を失っていると知って、合点がいった。
まぁ要するに、そいつは
自分を『救う側』に置くことで、自分も実は『救われる側』にいたっておかしくないダメージを負っていることから目を背けている。そうすることで、自分の心を守っているわけだ。
それ自体は、歪んではいると思うけれど別にいい。私は精神科医じゃないので縁もゆかりもないガキの心を癒してやる義理もないし、利益もない。
それに、そんな歪な精神状態も続けていけばそのうちサマになるかもしれない。案外、ああいうのが『聖女』なんて持て囃されるような逸材になるのかもしれないな……などと思いつつ、私は当初、そいつから距離を取るようにしていた。
ただ、そいつは
……冗談じゃない。
私は自分の力で不利な状況を覆し、自分の意思で此処にやってきた。そしてこれから自分の望む未来を、自分の手で掴み取る為に、このクソったれな世界と戦うのだ。
自分では何も変えられないくせに、歪んだ見方で世界を見て何かを変えた気になってるお前の
自分でも、意外に思うほどの怒りだった。
あぁ、私って人間は、意外と世界に立ち向かう自分の姿勢というものにプライドを持っているのかもしれないな──と、その時になって初めて自覚したものだ。
だから私は、私の外面で許される最大限の拒絶で以てそいつから差し伸べられた手を弾いてやった。
私の未来に、お前の助けは必要ない──と。
『あのね……色々気を遣ってくれてるところ悪いんだけれど、その「わたしはちゃんとあなたの苦しみを分かってます」みたいな態度、やめてほしいの。私の苦しみは私だけのもの。貴方の苦しみは貴方だけのもの。勝手に共有しないで。私達、友達でもなんでもないでしょ』
そう言って突き放してやると、そいつは茫然とした表情になって、それから静かに泣き出した。
此処に至って、流石の私も気付いた。
……今のは、両親を災害で亡くして心が折れているガキに言う言葉じゃない。
私が言葉をかけて泣かせたというのも外聞が悪すぎるし、私は慌ててそいつを物陰に引っ張り込んで泣き止ませた。ついでにフォローで色々言葉をかけたりしたけれど、ものすごい勢いで泣いていたので耳に入っていたかは謎だ。
──それからというもの、何故かそいつが私に懐いてくるようになった。
しかも、お人好しは相変わらずだけれど……だいぶ、落ち着いたような気がした。いや、情緒という面では、ふとした拍子に家族を思い出して泣くようにもなったんだけれど……良い意味で、自分の感情に蓋をすることがなくなった。
やがて私の行動を真似して後ろをいつもくっついてくるようになったので、私も仕方がなく、このアディという女の子の面倒を見てやることが多くなった。
アディは、要領が悪い子だった。
私の真似をするけれど、最初から私と同じようにできた試しはなく。いつもどこかで失敗をしては慌てふためくことが多かった。
ただ、諦めることはなかった。
失敗しても、めげずに何が悪かったのかを考えて、少しずつ少しずつ前に進んでいく。
……そうやって
そしてアディは、少しずつではあるけれど努力して、そして望むものを掴むことができていた。腹黒いズルに頼る私とは違い、どこまでも真っ直ぐに、どこまでも正攻法で。
──いつの間にか、そんなアディは、眩しいものとして私の眼に映るようになっていった。
お互いがある程度大きくなる頃には、アディは陰気な私にとって光のような存在になっていた。
明るく天真爛漫な性格なので人好きのするアディが間に入ってくれることでスムーズに構築できた人間関係は、孤児院時代だけでも数知れない。
あの子がいなければ、私はまた、孤立した人生を歩んでいたかもしれないな。………………
そして──気付けば、私はあの子のことを家族みたいに想うようになっていた。
わざわざ司祭の資格を得る為に一年間も教都に留学したのも、アディのことを守れるようになるためだ。
社会的地位を手に入れて、安定した生活基盤を獲得して、アディに何不自由なく暮らさせてあげたかった。
でも、いざ留学から帰ってみれば──あの子はあの子で助司祭の資格を手に入れて、それで……『私の隣に立てるようになりたい』と言ってくれた。
そのときだろう。
自分が、アディに恋をしていることに気付いたのは。
この子を絶対に幸せにしようと、自分自身に誓った。
色々と、面倒はあった。
アディには『予知』の加護があるから、ときたま面倒事に首を突っ込むことがある。
大抵はアディ一人でもなんとかできるんだけれど、アディはどこか抜けているところがあるから……私はそれとなく先回りしたりして、そんなアディの行動をサポートしたりしていた。
そう、加護とは関係ないけれど、ラシーダテラー前司祭長の件は本当に大変だった。
アディの様子が何かおかしいから調べたら気付けたけれど、あともう少しでアディにも危険が及ぶところだったと思うと、ヤツを追放刑で始末できたのは本当に幸運だったと言わざるを得ない。
幼少の頃はまだ魔法の情報アドバンテージについて理解が浅かったから、私の魔法もヤツに知られてしまっているし。期せず口封じをした形みたいになった。
でも、私は結局、一度も手を汚さなかった。
確かに腹黒いことはしたし、政争なんかでスラムの手駒を使ったこともあった。その結果、誰かの人生を破滅させたことはある。
でも、それらは全部正当な手順を踏んでいる。かつて私が生きていた『日本』の倫理とは違うかもしれないけれど、少なくともこの国においては全て法で許されている範囲の話だ。誰かのことを不当に、不法なやり方で陥れたことは本当に一度もない。
それに加えて──あの子の前では、汚い部分を全て隠し通してきた。きっと、アディから見れば私は『清廉潔白な頼れる姉』という印象だろう。
そうなるように演じ続けてきた。
それもこれも、全てはアディの隣に立ち続けるためだ。
あの眩しい聖女の傍らに、どす黒い性悪女は相応しくない。
……いや。本当のところを言えば──その事実をアディが知って、今までの関係が壊れてしまうのが、恐ろしかった。
できることならば、いつまでもずっとこのままの関係で居続けたいと願っていた。
そんな折のことだった。
アディが『淫魔の恩寵』を受け、この先の未来を知ったのは。
そのとき、私は悟った。
私の第二の人生は、この未来を退ける為に与えられたのだと。