【完結】女転生者ですが、親友(♀)がエロゲの主人公と発覚したので死ぬ気で貞操を守ります。# シスターアディと淫魔の恩寵_Append 作:家葉 テイク
三度潜ったイーガシア森林神殿は、浅層にすら破壊が広がっていた。
まず目に入ったのは、木目が入り込んだ蒼穹に空けられた一つの大穴。空のど真ん中に、ぽっかりと真っ黒い宇宙のような大穴が空いている。おそらく──その真下にあたるところに、下層から続く大穴があるのだろう。
ドラゴンの一撃がどれほどのものか思い知らされるものだった。
「……うっわぁ。『予知』のことがなければ、私が相打ちできるなんて思いもしなかったでしょうね」
誰に言うでもなく、呻いた。
私が今まで見た魔法のどれよりも強力──いや、『地球』の兵器で考えても圧倒的な破壊力だ。『できる』という答えを知っていなければ、とてもじゃないが行き着けなかっただろう。
少し歩くと、ドラゴンの一撃が空けた下層からの大穴はすぐに見つけることができた。
今のところは、ドラゴンの息遣いは聞こえないけれど──それでも臭いはする。腐臭や、爬虫類の臭いだ。大穴の存在もあって、浅層の雰囲気はそれまでとは全く別物になっていた。
私は、慎重に下層の様子を伺ってみる。
下層の奥から、オォォォォ……と巨人の呼吸のような風の音は聞こえるものの、ドラゴンの荒々しい呼吸の音は聞こえない。
まぁ、さっきの邂逅から一〇分と経っていない訳だしね。まだ中層のあたりをウロウロしている、か……。
……よし、やるか。
覚悟を決めた私は、念の為(途中で持続時間をオーバーして解除されないように)『クアゲル』を再発動したのち、大穴の中へと飛び込んだ。
肝が冷える浮遊感と共に、みるみるうちに下層へと落下していく。
──さぁ、余命一分ってところか。
覚悟しているとはいえ、なんでこんなことにという思いがないと言えば噓になる。何せ、ほんの一時間前まではアディの貞操を守って幸せな未来を勝ち取る気満々だったのだ。何が悲しくて自分の命と引き換えにたかだかボス敵一匹と刺し違えるというのか。
……あー、そう考えたら、せめてラスボスの情報についてマグノリアに伝えておくべきだったな。っつか、私が此処で死ぬならせめて『あまちょ』の情報は全部公開しておくべきだったろ。いくらテンパっていたとはいえ、失敗したな……。
まぁ、やってしまったものはしょうがない。黒幕についての情報は余裕があったら死ぬ前にダイイングメッセージとして残しておくとして、今はドラゴンを殺すことの方に集中しよう。
──ドラゴンの光線。
アレは凄まじい威力だけれど、一方で発動までの間にはある程度の隙がある。それこそ、私が余裕を持って『移動結晶』を発動させられる程度の──一秒か二秒くらいの隙が。
そして、光線の攻撃範囲については大穴のサイズからして太さ直径一〇メートルの円柱状だと分かっている。そのくらいであれば、『クアゲル』と『移動結晶』のコンボで十分に回避しつつ接近できる。
一回やられた光量については……不意打ちなら厳しいけれど、前兆が分かっているのであれば防御は容易い。
私の策は、至ってシンプル。
ドラゴンが光線を撃つ前の隙に『クアゲル』で操作した水の一部を『移動結晶』ごとドラゴンの体内に突っ込む。
次に他の水塊を
ドラゴンの体内に移動したら、
余裕があれば、確実を期すために『クアゲル・レード』で気道を完全に封鎖しておくことも忘れない。
問題があるとすれば、『クアゲル』は容器内に入っている水は対象外になるというところか。
なので、順序としては
多分、アディが見た『予知』の死因はこの中での溺死か、水圧死だろうな……。運よく生き延びることができたとしても、ドラゴンが逃げないように『クアゲル』を使ってちゃんと水を気道の中に誘導しないといけないしな……。
しかも、私自身がドラゴンの体内にいないと体内が『容器の中』判定になるので『クアゲル』が使えない。つまり、この殺し方は絶対に私もドラゴンの体内にいることが前提になるのだ。
確実性を無視すれば、
多分私が転移する先って食道だから、一気に大量の水を発現させないとそのたびに嚥下されてしまって殺せない気がする。
だけれど──呑み込まれさえすれば、勝ちはほぼ確定する。
『予知』様様だ。『ドラゴンと私が相打ちする』という大ヒントを与えてもらったからこそ、この策を思いつくことができた。……まぁ、アディの『予知』で見たということは、本来の筋書きの私も何だかんだ思いつけたのだろうけれど……。
思索を巡らせていると、やがて下層の方に青色の鱗に覆われた頭がのっそりと持ち上がって来た。
──来た。ドラゴンだ。
『あまちょ』に登場したコイツはとにかく強くて、
なんで爬虫類の癖に霊長類に欲情してんだよ。卵生が胎生の生物と生殖できるってどう考えてもおかしいだろ。
『我こそは大ボス様です』って顔しやがって。
アディを前にしたら性欲丸出しにする卑しいトカゲの分際で、調子乗ってんじゃねぇぞ。
お前は、私が命に代えてもぶち殺してやる。
そう心に決めて、私は『クアゲル』を操り、
「────『マグナ・ライデア・ティタ・フィルマト・デザード・ジガゲル』………………ッッッ!!!!!!」
その決意ごと、塗り潰すように。
私の横を、光り輝く女神の巨腕が横切った。
………………?
…………………………は???
光の巨腕は──いや。
全長三〇メートルはあろうかという光で構成された女神は、目の前で口を大きく開けようとしていたドラゴンの顎を拳で強引に閉じさせ、そして階層に空いた大穴の側面に大きくめり込ませていた。
なんだあれ……。……なんだあれ……!?
「アディ!?!?!?」
そんな訳がないと思いながら。
そうはならないように手を打ったはずなのに、私はその光を見て反射的にそう叫んでいた。
空中で思い切り振り返ると──そこにいたのは、両手を前に差し出しながら私と同じように自由落下をしている桃髪の聖女だった。
……アディだ。
幻覚や思い込みじゃない。本物のアディだ!?
「な、なんで!? レルオーティエは!?」
「いるよ!! わたしの後ろに!!」
思わず口を突いて出た言葉に、アディはキレ気味に答えた。
……………………。
待てよ!?
や……っばい!! アディ、『移動結晶』持ってるか!? 私は持ってるし、そもそも後のこととか考えてないから気にしてなかったけど……これ、アディは普通に落下ししちゃうコースじゃないか!?
「アディ、『移動結晶』は!?」
「エヴァが売るほど持ってるでしょ!!」
…………そりゃそうだけども…………!!!!
クソっ!! なんかもう色々計画がぶっ壊れちゃったけれど、仕方ない!
私はアディとレルオーティエの分の『移動結晶』を放ると、『クアゲル』を横に伸ばして大穴の外へ出し、そこへ『転移』する。
一瞬後で、アディとレルオーティエも同様に転移してくれた。
そこは、地平線いっぱいに広がる水溜まりと、鏡面のような空で構成された合わせ鏡の
鏡面のような空はどこまでも続いているような不思議な距離感だったけれど、それをぶち抜く大穴の存在が正しい距離を暴いている。……だいたい、高さ一〇〇メートルってところかな。
「…………はー、はー」
なんだか、凄く疲れた気がする。
でも、本当になんで……。なんでアディが……。レルオーティエを抑えに使ったはずなのに……。
「エヴァって、人のことを掌の上で踊らせる割に、肝心なことは分かってないよね」
その場にへたり込む私を見下ろして、アディは言う。
素の口調で詰るように言うアディの声色は、本気で心の底から怒っていることが嫌と言うほど伝わって来た。私は何も言うことができず、ただ俯いた。
「………………ほら、全然分かってない」
ぐい、と。
アディの両手が私の頬に添えられ、それから無理やりに上を向かされた。
アディの瞳が──春の空のようにきれいな蒼の虹彩が視界いっぱいに広がり、その中でぽかんとしたマヌケ面を晒した陰気な女の顔が揺れた。
アディの顔が、すいと離れていく。その背後に立つレルオーティエの姿が、眼に入って来た。
俯き、涙を零している女の姿が。
「……ごめんなさいッス。でも、どうしても……! 私は、姐さんを死なせるような命令は聞けないッス……!! だって、姐さんが……大好きだから……!」
…………………………あ?
いや……私はお前を暴力と恐怖で支配して……、しかも良いように使って……、ストックホルム症候群?
……確かに、信頼はしていたし、スラム街のメンツでも特に気を許していた相手ではあったことは認める。視察に行ったときにはそれなりに談笑もしたりしたけれど……。……、……。……い、いや、でも私は……。
「……わたしもね」
一瞬にして混乱の極致に叩き込まれた私に追い打ちをかけるようにして、アディが語り掛けてくる。
何か、決定的な一言を。
……そ、そうだ。
ドラゴン……何やらアディの新技が動きを封じているみたいだけど、まだ予断を許さない状況だ。
こっちに流れが来ているうちに、早く決着をつけないと……。
そう考えて立ち上がろうとしたところで、両肩にアディの手が添えられる。
ぐい、と、立ち上がろうと、逃げようとした私の体を押しとどめられる。
「エヴァはわたしのことを『いい子だ』って言ってくれるけど、本当はそんなことないんだよ」
アディは、噛み締めるように、怒るように言った。
ぐつぐつと煮え滾るその怒りには、何故か私はよく見覚えがある気がした。
「わたしはいつも自分のことばっかり考えてる。いつだってエヴァに甘えていて……実は、めちゃくちゃわがままなんだよ。だからみんなにだって幸せでいてほしいし、エヴァだって無事でいてほしい。どっちかが欠けたら、そんなのはわたしにとってこれっぽっちも『安寧』じゃないんだ」
アディは、どこか遠くを見るようにして続ける。
「──もしも、エヴァがいなかったら。わたしはきっと、ドラゴンの『氾濫』を予知していたと思うよ。どこかの誰かの死じゃなくて、大勢の死っていう分かりやすい悲劇にだけ反応する、そんな空っぽな心で生きていた。……でもね、エヴァがそんな空っぽな心を満たしてくれたんだ。わたしに、大切なものを注いでくれた」
……それって。
「分かる? わたしが与えてもらった加護は、わたしの考える『安寧』の崩壊を予知すること。そして、その予知をこの手で変えること」
……知っている。
フィルマトは、アディにその『加護』を与えることで、世界の平穏を保つ調律者を新たに生み出そうとした。そしてゆくゆくは、自分の『代理人』に仕立て上げようとした。
そしてトーレイラは、一人の英雄によって維持される世界なら壊れてしまっていいと、『加護』を逆手にとってアディを淫乱にすることにより、アディの『
それが、『あまちょ』という物語のそもそもの発端だった。
そして。
それはつまり。
「ごめんね。結局わたし、初めて会った時から全然成長できてない。今だって独りよがりに、エヴァの都合なんて考えずに、嫌がられているのに自分勝手にエヴァのことを救いたがってる」
自嘲するように笑うアディは、そう言って穴の奥を──その先で光の女神に押さえつけられているドラゴンを見下ろす。
「でも、空っぽだったあの時とは違う。わたしにだって譲れないものはあるんだ。──絶対に認めないよ。エヴァが死ぬ未来なんて。
私によく似た、自分勝手な激情を吐き出した。
その瞬間。
ある女の魂に、再び火が灯った。
くだらないことを気にして、長い間、中途半端な領域で燻っていた女の魂が、本来の輝きを、ようやく取り戻す。
錆び付いた歯車が音を立てるようにゆっくりと、しかし確かな動きで、再始動が始まっていく。
巨大な『何か』が、動き出す。
それが善か悪かは、とりあえずさておくとして。
少なくとも世界を揺るがすに足る『絶対値』を持つ魂が────今ここに開花した。