いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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あと3章ってところですかね


124 戦争前夜

 

 何もない、こ(・)の(・)世(・)の(・)も(・)の(・)で(・)は(・)な(・)い(・)空間にしか、彼は居られない。

 偏在する『無』に耐え得る存在以外は、何もない。

 広く、どこまでも続き、しかし、世界は恐ろしいほど残酷だ。

 ここに存在することが許される者は、尋常ならざる強靭な心身が無ければ、あっという間に呑まれてしまう。

 そんな世界の中心が、彼の住処だ。

 

 じっと、彼は待ち続けている。

 無限に広がる闇を、見つめる。

 己の名前すらも忘れ果てた彼は、ただ、己に課した役目をまっとうするのみである。

 

 気が遠くなる時間を、耐え続ける。まるで、植物のように穏やかに。

 しかし、内には、近付けば燃え尽きるほどの激情を隠す。

 既に顔など失って久しいが、雰囲気だけは穏やかに。

 何を思おうとも、隠し通した。

 だから、秘めた想いは、今すぐにでも吐き出したい怒りは、表には出さない。

 

 

「……てなことがあったなー」

 

 

 黒髪の、小柄な少女が居る。

 その少女も、彼と同じく、尋常ならざる力を持つ怪物だ。

 世界で唯一、彼と並ぶ存在である。

 楽しげに笑う様子からは、決して想像できないだろう。

 

 そして、目前の人(・)間(・)は、彼にとって長い付き合いだ。

 楽しそうに、愉快そうにしている所も、幾度となく見てきた。

 共にした時間は誰よりも濃密だ。

 だから、その変化は、過敏に感じ取れる。

 

 

「ガキだけど、やっぱただのガキ共じゃねぇわ。力があって、その力を振り回す図太さがある」

 

「…………」

 

「面白いね。育てる、なんてしたことがなかったから、気付かなかった」

 

 

 怪物同士、話をすることもある。

 積もる話はいくらでもあって、他愛もない昔話をする間だけは、悪くない心地だった。

 だが、定期的なお茶会で、その人物が放った話題は、彼とは関係のない話題である。

 こんなことは、過去一度もなかった。

 

 その人物のことは、よく知っている。

 根本にある暴力性は、隠せないほど燦然と煌めいていたはずだ。力があれば、どんなことでもできると信じる者のはずなのだ。

 穏やかに、緩く治めるような言い方は、彼の領分のはず。

 粗野に振る舞うことは、その人物の元々の特質である。

 それを改めるなど、己を殺すことに等しい。

 自分の在り方を誰よりも重んじる、いや、そのように思われるよう振る舞っている。

 

 だから、

 

 

「弟子なんて、冗談かと思ってたけど、案外悪くない」

 

 

 心底楽しそうに笑うものだ。

 散々見てきた、獰猛な獣のようなソレでも、強者が順当に蔑むソレでもない。

 ただ、優しく微笑む姿の、なんと尋常なる様か。

 まるで、年相応の少女のようだ。

 

 その人物は、何も必要とはしないはず。

 大義のために彼に使われ、考えることなく、必要であれば力を振るう兵器であるはず。

 誰にも興味を持たず、そこらのゴミを踏み潰すように、人間を殺すことができるはず。

 

 だから、

 

 

「気にかける必要すらない雑魚ばかり。でも、雑魚の中にも、目をかけて良い相手が居るんだな」

 

「…………」

 

「最近は、新鮮なことばっかりだ」

 

 

 新しい玩具に夢中、という訳ではないだろう。

 超越者のソレではなく、もっと人らしい、当たり前の執着だ。

 変化など、いったい何百年ぶりか?

 変わらないことこそを選び続けてきたというのに、何故こうまで変わるのか?

 

 過去を振り返ることばかりが、お互いに共通することと思っていた。

 今を想うことなど、時間の無駄だ。

 

 だから、

 

 

「胸が熱くなったよ。認めたくないけど、認めざるを得なかった。彼らは、英雄足りうる素質がある。力だけじゃなく、心がね」

 

「…………」

 

「逆境に折れず、強者へ立ち向かい、そして彼らはいずれ……」

 

 

 だから、

 

 

「いずれ、我々を打倒し得る、と?」

 

「……は?」

 

 

 この変化を、彼は認められなかった。

 

 

「随分と、楽しそうだと思いましてね」

 

「……悪いか?」

 

「ええ」

 

 

 彼は、肉体を失っている。

 自ら『存在』を封印し、この世には居ないモノとなったからだ。

 だから、表情、というものはない。

 けれども、感じ取れる怒気は、隠そうとして隠れるものではない。

 

 

「貴女は、最近入れ込みすぎです。貴女に課した任務は、『神の子』を守り、育てること。断じて、それ以上は提示していません」

 

「……そうだな」

 

「貴女は、近付きすぎです。彼を手ずから育てる、それは構いません。ですが、今の貴女は、やりすぎです」

 

 

 目前の人物の苛立ちを、彼は感じ取っていた。

 唐突に何を言い出すのかと、本気で不愉快なのだろう。

 だが、反論がない辺り、自覚はしている。

 素直で、恐ろしく、愚かな子だった。

 

 

「関係性を守ることが、貴女の目的ではない。手段と目的が、逆になっている」

 

「ボクは、」

 

「弱くなりましたね、アイン」

 

 

 一瞬、その人物は意味を図りかねた。

 どういう意味か、と口は形を取り、しかし驚きの余り声が出ない。

 強さに関する、無礼千万な物言い。

 その人物にとって、存在否定に等しい言葉だ。

 予想通りに、怒りを見せたその人物は、彼の胸ぐらを掴む。

 

 

「試してみるか?」

 

「やはり、弱くなった」

 

 

 それでも、彼は怯まない。

 彼以上に、その人物に対して、愛と執着を抱いている者は居ないから。

 

 

「貴女は、もっと冷酷で、もっと荒々しく、純粋な暴力装置であるはず。なのに、今の貴女は、とても純(・)度(・)が低い」

 

「…………」

 

「少し前なら、考えられませんでした。貴女にとって、私以外の全ては糧。使徒たちにも多生の思い入れはありますが、それでもいざとなれば平気で殺す。貴女は、甘さとは程遠かった」

 

 

 変わるモノを、彼は嫌悪する。

 

 

「普段の貴女なら、既に『神の子』の仲間の内、三人は殺しているはず。彼らは、所詮、『神の子』を育てるための肥料にすぎない」

 

「……違いない」

 

「悲劇が人を強くする。そう言って、使い潰して然るべきだ。少年少女と見逃しておくには、彼らは力を付けすぎた」

 

 

 前に進む意思を持つ子らが、目映く、同時に鬱陶しくて仕方がない。

 

 

「彼らは、私たちを敵と定めた。『神の子』の成長のためにも、ここは二、三、削っておくべきでは?」

 

「……止めておいた方がいい」

 

 

 目を逸らしたのを、見逃さない。

 

 

「既に、クロノの成長は予想を越えている。下手に刺激しすぎるのは、良くない」

 

「貴女らしくない」

 

「何とでも言え」

 

 

 何を思うか、彼にはお見通しだ。

 

 

「貴女は、弱くなりました。その理由は、貴女の心の隙、それ故です」

 

「…………」

 

「力の大部分を封印し、人の感性が戻りつつありますか? いえ、それだけなら、貴女は平気で彼らを使い潰した」

 

 

 彼は、第一使徒のさらに上に立つ。

 教団という組織を創り、何百年も、世界を相手にしてきた怪物。

 純粋な戦闘能力こそ、その人物に劣るが、この世界で最も、全知全能に近い存在だ。

 つまり、

 

 

「認められません、その感情は」

 

「…………」

 

「今をあの頃と重ねることも、とても不服です。しかし、『神の子』と彼(・)女(・)を重ねることだけは、何があっても許せません」

 

 

 誰よりも、何よりも、『神』という概(・)念(・)に近いのが、彼である。

 

 

「神の力に、やられましたか? いや、■■の影響も少なからずありますね? 重なりすぎた偶然の産物として、貴女は弱体化しました」

 

 

 全ての答えが、彼には分かっている。

 分からないのは、砂漠の砂のほんの一握りほどの事象だけ。

 

 

「厄介。厄介です。敵なら殺せる。ですが、彼はどうにもできない」

 

「…………」

 

「貴女を弱くした彼には、是非とも、報いを受けていただきたいのですが……」

 

 

 あらゆる今を見通す彼には、予想外は、起こり得ない。

 

 

「貴女の言うように、これ以上の刺激は必要ないのかもしれません」

 

「!」

 

 

 人間は、背後を振り向いた。

 いつの間に入(・)界(・)をしたのか、神の使徒がそこに居た。

 

 

「ご両人、計画実現を前に気が昂るのは分かりますが、どうか落ち着かれませ」

 

「……クソ神父」

 

 

 神父と呼ばれた男は、鉄面を張り付けたようだった。

 人外らしく、人の感情を覗かせない。

 だが、

 

 

「我らは志を違えども、向く方向は同じはず。こうして、いがみ合うのは違うでしょう?」

 

「「…………」」

 

 

 その人物も、彼も、何も言わない。

 黙らされたのだ。

 決死を誓った者を見抜けない二人ではなかったから。

 

 

「貴殿らは、我らの希望です。成し得ぬ理想を成すための道を示してくださった恩人です。争う所は、誰も望むところではありません」

 

 

 神父の言葉に耳を傾けていた理由は、片や驚愕、片や敬意。

 長らく組織に尽くした神父が抱いた想いは、計り知れなかった。

 

 

「一位殿。そろそろ、遊びは終わりの時間です」

 

「お前……」

 

「彼らを、騎士団へ案内なさい。本格的な戦争の用意は、できています」

 

 

 その人物は、神父の目に見覚えがある。

 人の情緒を知り、弱くはなったが、経験まではなくしていない。

 無頼で生きてきた頃の記憶が、揺さぶられる。

 神父のソレは、幾度も見てきた、死を覚悟した者の目だ。

  

 

「……神父」

 

「神の使徒よ」

 

 

 呼び止める間もない。資格もない。

 ただ、最後に、

 

 

「良い旅を」

 

 

 その言葉に、大きな予感を覚える。

 決戦の時は、着実に近付いていた。

 

 

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