いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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六章 神の子は死ね
125 後悔先に立たず


 

 最も古い記憶が何かと問われれば、鮮明に思い浮かぶ。

 

 

『…………』

 

 

 全身がナニカに満たされて、透明なナニカに囲われている。

 液体との輪郭を初めて自覚し、自己を一個の生命体と知覚したその時こそが、彼女にとっての最古の記憶だ。

 

 

『…………』

 

 

 視界、というものを、彼女は有していなかった。

 生まれたばかりの赤子が目を開かないように、彼女も未だ、産まれる前の状態。

 胎の代わりに試験管を用いているため、その時の彼女は十分な身体機能を欠けている。

 だが、彼女の権能は、明確なイメージ像が脳に浮かばせる。

 

 

『近い……とても、近い……』

 

 

 試験管の前に居たのは、超越者だった。

 幼いながらにも、彼女には本能が刻まれている。曲がりなりにも、世界最強の生物の血を引いた、生来の強者だからこそ、見えてくるもの。

 世界を呑み込まんとする、最も恐ろしき者の尖兵が、そこに居る。

 

 

『近いのに、何故、こんなにも遠いのか?』

 

 

 手を伸ばす彼が、何を目指して、何を掴もうとしているか。

 当時、無垢な彼女には、到底理解できる領域ではない。

 

 

『このままでは、いけない。このままでは、主の降臨が、叶わない』

 

 

 見えない闇夜を揺蕩う感覚を、彼女は知らない。

 言葉すら解せない彼女に、語らせるのは酷である。

 

 

『星の力と主の力、高い親和性が確認できた。今回こそは、思っていた……』

 

 

 滲む負の感情は、とても深い。

 何を想うか、複雑すぎて、とてもではないが、言い表せない。

 苦難に挑み続けた者特有の、疲労に苦しんでいた者の表情だけが、その者の内心を語る。

 

 

『何かが、足りない。何かが、何かが。あと少しなのに、その少しが、深い……』

 

 

 弱っていると、天性の狩人は悟る。

 強く、あまりにも強いソレではあるが、万全なコンディションではないと。

 それでも、彼女を圧倒して余りある力はあるだろうが、それとこれとは別だ。ただ、事実として、他人の弱みが感じ取れる。

 

 彼女が感じたのは、多少の安堵。

 弱みがあるということは、付け入る隙があるということ。

 もしかすれば、襲われてもソコを狙えば逃げ切れるかも、と。

 獣は、限られた身体で、どのように生き延びるかだけを考える。

 

 

『いと尊き御方よ。小生の、賎しきこの下僕の、懺悔を聴き給う』

 

 

 目の前のそれは、恐ろしい存在だった。

 人ほどの大きさに収まっているが、それの器は大海にも劣らない。

 彼女に計り知れるほど、浅くはない。

 生まれたばかりの彼女にとって、それは恐怖の対象だった。

 何せ、強さで圧倒的に負けているのだ。人の知性より、獣の本能が勝っているので、致し方ない。

 

 だが、

 

 

『我らが、主よ……』

 

 

 最も古い感動の記憶も、この時だった。

 

 

『…………』

 

 

 膝を折り、手を組んだ。

 その所作に、凄味を感じた。

 

 

『何故、世界はこうも、残酷なのか……』

 

 

 彼女は、ライラは、旅を続ける。

 百年近く、闘争を止めない。

 平穏に暮らせるのなら、そうできたはず。好き勝手に振る舞う力はあるはずである。

 

 その理由を問われるのなら……

 

 

 ※※※※※※※※※※※

 

 

 ボクは、ごちゃごちゃ考えるのが嫌いだ。

 同じことを十秒以上考えても、結論なんて変わらない。

 他と違って、ボクはそこまで頭良くないし。

 悩む暇があるのなら、ボクは体を動かす。

 

 いつも通り、型稽古。

 

 大昔に教わった、徒手空拳の型。

 この四百年、不思議なことに欠かしたことはない。戦いすぎて死にかけた時も、何故か止められない。

 我ながらな感じだけど、ボクの技も、ほぼほぼ極みだ。

 理論上は、これ以上は無駄なんだけどね。

 特別な修行とかは、何もない。

 

 いつも通りに、変わらずに。

 いつでも、どんな時でも、ボクはボクを貫ける。

 外からやいのやいのと煽られて、考えを変えるなんて、それこそボクらしくない。

 やれることを、当然にこなすだけだろ。

 

 前のアレも、別に嫌がらせって訳じゃねぇんだ。

 計画を成立させる上で、不確定要素は排除しなきゃならん。

 ボクは、甘くなっていたのかもしれない。

 徹底して、ボクは戦い続ければ良かったんだ。

 ボクの本当の役目は、別に育てることじゃない。メインは、壊して、台無しにすることだ。それ以外は、何も考えなくていい。

 

 目的は一つなんだから、それに向かって走るだけ。

 悩む必要なんか、別に無かったわ。

 

 

「そんな訳だから、お前らを戦場に連れてく」

 

 

 目の前に居たのは、遺伝子的にはボクの娘こと、バカ娘。

 相変わらず、ヤニの匂いが取れてない。

 ていうか、いきなり『そんな訳だから』で始まってるんだけど、会話初心者か?

 

 

「……師匠、どういう経緯ですか?」

 

 

 クロノくんの困惑は、ボクら全員共通だ。

 ボクは静かに鍛練してただけなのに、クロノくんたちが寄ってきて見学始めたのも困惑だったけど、その直後に襲来だもん。

 開口一番に『そんな訳だから』って、どんな訳だよ。

 ボクは隅っこで型稽古してるから、そっちはそっちでやっててくれ。

 

 なんだ、この傍若無人モンスター。

 まったく、誰に似たんだか。親の顔が見てみてぇよ。

 

 

「アインそっくり……」

 

 

 おいおい、リリアちゃん?

 君、いい度胸してるね?

 

 

「っはー。必要か、説明?」

 

「いや、普通要るでしょ」

 

「即断即決でイエスって言えよ」

 

 

 げんなりするな。

 最低限の説明もしない奴にソレする権利ねぇぞ。

 ……ボク? ボクはいいんだよ。

 説明とかそんなのをボクに任す方が間違ってるし。

 

 

「はーあ。じゃあ、一から説明してやるよ」

 

「当たり前ですよ……」

 

「知らん。常識なんて、クソの役にも立たん」

 

 

 ホント、誰に似たんだかね。

 最低限は常識を知っとかないと、変な目で見られるよ?

 あ、ほぼ野生か戦場で過ごしてる奴には関係ないか。

 

 

「お前らを、あたしらのボスに合わせる。その後、教団との戦場に連れてく。以上だ」

 

「え?」

 

 

 異常だろ。

 

 

「と、突然過ぎないすか?」

 

「今日行くんですか?」

 

 

 ここで、ラッシュくんとアリシアちゃんが抗議。

 至極真っ当な言い分ですが、ここで野生児はどう返す!?

 

 

「アホ。今、行くんだよ」

 

 

 真性のアホには正論なんて通じません!

 ここは、力で言うこと聞かせるのが正解でしたねー。

 獣に理論なんて求めちゃいけません。

 こりゃ減点だね。

 

 

「思い立ったがなら即行動。まどろっこしいのは嫌いだ。十秒以内に、決めろ」

 

「「「「「…………」」」」」

 

「敵を前に戦える奴は前へ。腰抜けは引っ込んでろ」

 

 

 この子ら、結構気ぃ短いな。

 まあ、全員乗るのは分かってたけども。

 

 …………ん?

 

 

「おい、何ダンマリ決め込んでる? お前も来るんだよ」

 

「……んあ?」

 

 

 邪魔された。普通に不快だな。

 なんだよもー。

 あのバカどもの相手なんてしたくないよー。

 

 あー、かったる。

 一応これでも身元隠してる身だからな。

 気ぃ張らんといかん場面が多くなりそうで、まあまあ困る。

 行きたくないし、戦場でアイツと会うことになりそうだからなあ。

 今回は、戦いたくないから、パスでいいよ。

 

 

「さっさと来い。何にイラついてるか知らんが、こっち優先だ」

 

「別にイラついてねぇよ」

 

 

 今、心頭滅却してんだろ。

 明鏡止水極まれりなパーフェクトなボクに、そんな精神的隙あるかよ。

 

 

「ほら、あとで理由聞いてやるから来い」

 

「別になんもねぇって」

 

「機嫌直せよ」

 

 

 しばくぞ。

 どういう扱いしるんだよ。

 

 

「本格的に妹扱いだね」

 

「アイン相手によくやるよな」

 

 

 後で、あのアホどもしばく。

 

 

「まあ、ちゃんと来いよ。うちのボスが待ってるんだからな」

 

「…………」

 

 

 わーったよ、後で行くわ!

 あー、腹立つな。

 

 そういえば、コイツらのボスって誰?

 思い返してみたら、マジでこの四百年一回も名前聞いたことないな。

 興味本位で見に行ってみるか。

 

 

 ………………

 

 

 うん、着いてから思うわ。 

 あーあ、ボクも未来が見えたら良かったのに。

 

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