ボクは、極めて機嫌が悪い。
もう、悪すぎて百年に一度くらいの悪さだ。
このボクをここまでご機嫌斜めにさせるなんて、もう革命的なレベルだ。
我ながら、こんな感情が残ってたなんて驚きである。
何故かと問われれば、理由はいっぱいだ。
例えばだけど、朝からあのクソアホリーダーの戯れ言を思い出してムカついてたし。
クロノくんと組み手してたら、最後に一本取られたし。
なんか調子が良くなくて、満足のいく動きができなかったし。
とにかく、上手く言えないけど全然ダメだったんだよ、一日。
ずっと、ムシャクシャしてた。
ずっと、モヤモヤしてた。
ここにだって、気分転換っていうか、付いて行かざるを得なかったっていうか。
そんなこんなで付いてきたけど、熱烈な歓迎がアレだもの。
いや、別に悔しい訳じゃないよ?
だって、ボクは最強だからさ。
表面的には敗北に見えるかもしらんけど、ボクは力をセーブしてたからね。
これを敗北とするのは早計だ。
負けてないったら、絶対にない。
じゃあ、何が気にくわないかって話なんだけど、そりゃアレの存在自体だね。
おかしすぎるだろ、アレは。
あんなのが良くもまあ、今まで隠れてられたよなっていうね。
秘匿され続けてた理由は、多分ボクと同じだな。
切り札は、隠してこそ意味がある。
だから、慎重に慎重に、いつかに備えて匿ってきたのだろう。
気にくわないのは、アレが最早現象に成り果てたことだ。
アレは、恐ろしく極まった武人だった。
ボクや教主のレベルなんて、他に世界に居ないと思ってた。
でも、アレは思考を放棄している。
意志もなく、自己もなく、ただ揺蕩うように存在し続けるだけとは。
もしガチで殺り合ったら、ボクが絶対に勝つ。
でも、ボクらの領域に真に辿り着けたのは、本当に稀なことだ。
だから、そこまで至れたのに、ああなのは残念で仕方がない。
……そう、だから、ボクはイラついてるんだ。
アイツの正体なんて、預かり知る所じゃない。
「ボスとは、知り合いかなんかだったか?」
知らないのさ。
ボクは、何一つとして知らない。
だから、この小娘に教えてやることもない。
「お前を欠いた若造どもは、順当に負けたよ。まあ、元から結果は分かっていたが、お前次第でもっと面白いものが見れると思っていた」
「…………」
「お前の暴走のせいで、つまんなかったよ。あたしに退屈させたんだ。お前の口から、それなりに楽しませろ」
ちょっと強いからって調子に乗りやがって。
ボクがこんだけ機嫌悪くしてんのに、なんで平然と話しかける?
コミュ障の類いだな、コイツはよ。
「……知らん」
「あ?」
「アイツは、この世のものじゃないから、ボクは知らん」
考えるような仕草を取るアホ娘。
伝わったな。
頭が弱い訳じゃないのが救いだわ。
「アレが自分にかけてる術すら見抜くか」
「自己の存在を封印するバカが、まさか居るとはな」
アレは、もうこの世から外れた存在だ。
だから、ボクの能力でも分からない。
教主と同じく、今ソコに在るのは、封印しきれないほど巨大な存在から漏れ出たモノ。
アレの本質は、ボクには分からない。
怪訝な表情のまま、やさぐれ娘はボクを睨みやがる。
なんて躾がなってねぇんだ。
「アレが誰か、ボクは知らない」
「……その割りに、随分動揺してたじゃねぇか」
ボクが万全なら、叩いて叱ってたね。
斬られた四肢が妙な切り口で、なんか繋がりずれぇ。
座ってるだけでもちょいしんどい。
「知らないモノを見て取り乱すなんて、そんな奴じゃねぇだろ、お前は」
「…………」
「理由を言え」
逃げれるなら逃げたいなあ。
でも、流石にコレは無理めだわ。
地の果てまで追いかけ回してでも吐かせるって、もう目で言ってるし。
ま、しゃーないか。
「どうもこうもないよ。アレは明らかにこの世界のバグだ。嫌悪を覚えて当然だけど?」
「……あたしはおもったことねぇよ」
「ボクと君とじゃ違うからね」
うーん、なんとか誤魔化したいなあ。
コレが納得できるだけの言い訳ができればいいなあ。
舌戦って苦手なんだけども。
「星は、
「それだけか?」
「さあねぇ。ボクも、アレのことは知らないし、分からないから、どうしようもないよ」
怪訝な表情してんなあ。
まあ、それはそう。
普通に考えたら、まあそうなるわな。
ボクも立場が逆だったら、なんだこの野郎って思っちゃう。
でも、ホントにどうしようもないんよ。
だって、ボクにも分からないし。
「アレは、誰も知らない。分からない。凄い術なんだよ、存在封印って」
「…………」
「既視感の理由なんて、思い出せるはずない。それが出来たら、ボクももう少しマシな反応が出来ただろうに」
これは、嘘偽りない事実だ。
ボクでも、あの術を完全に見破ることができない。
ある程度耐性があるのは否定しないけど、それでも影響を無視はできない。
理論上、『神』すらも影響を受ける、究極の術の一つだ。
これを越える封印術は、少なくともボクは一つしか知らない。
「だから、ボクを問い詰めても無駄。ボクの回答は、『分からない』だけだよ」
「…………」
「術の性質を分かってるなら、予想はできたでしょ?」
まだ、胡乱な感じこっち見る。
諦めてはくれないよなー。
なに言ったら上手いことボクからタゲ外してくれるんだろ?
あー、ていうか、
「少しでも情報欲しいなら、聞く相手ボクじゃなくない?」
「?」
「クロノくんは、見えてたと思うよ、アレの素顔」
「!?」
クロノくんの神の眼を持っている。
これはあらゆる秘密を見抜く『真眼』っていう力があるって……
あれ? これって言ってなかったっけ?
ていうか、詳しくは誰にも言ってないか。
クロノくんたちも、何となく効果が分かるくらいだろうし。
あ、そうじゃん。
「クロノくんは、『神の子』だからねぇ」
※※※※※※※※※※※
負け自体、珍しいことではない。
訓練では何度もアインに転がされている。
格上なんて、世を見れば幾人居るか知れず、その中でどう足掻くかが重要だと、もちろん分かっている。
だが、クロノたちにのしかかるモノは、これまでに体験したどんなモノとも違う。
心を折れられる、とは違う。
立ち向かいたいという克己心とも。
ただ純粋で、圧倒的な力にへし折られたなら、こうも思い悩みはしない。
かつてない新体験だった。
大敗よりも、遥かに上の現象だったのだ。
「なんだったんだ、アレ?」
溢すクロノに、全員が心の中で同意した。
ボスと呼ばれたソレと戦った結果は、当然のように蹂躙された。
なんとなく、予想はしていたことだ。
分かっていて、腕試しをしたかった。
予想を遥かに上回って、何もできなかった。
けれども、さらに付け足すとするならば、どれだけその蹂躙が『絶対』であったかだ。
日が昇り、沈むように。
海が満ち引きを繰り返すように。
生命が、いつか終わりを迎えるように。
あまりにも、当然の結末として降るかかったのだ。
因果は、最初から結ばれていた。
植物のように静かな心、アインに負けない技、『魔王』すら及ばない体駆。
それらが、完全に調和していた。
圧倒的なスペックで殴り倒され、敗北に対して納得せざるを得ないのは、胃の腑に落ちることではなかった。
「でも……」
全員が、同じく得心はいっていない。
だが、その中でもクロノだけが、少し異なるモノを抱いている。
何故なら、存在そのものを封じられ、見えるモノはその残滓でしかなく、本来、像すら捉えられないはずのソレの。
クロノは、その顔を認識していた。
「なんだか、アルベルト王子に似てたな……」
秘密を見抜く。
四百年、伝わらなかったメッセージ。
受け取れるのは、誰なのか。