いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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152 挑戦 バッドラック

 

(異空間が崩れそうだ……こりゃあ、向こうで何かあったな……)

 

 

 ライオスの心身に、淀みは生まれない。

 戦場において絶対に発生するイレギュラーを、いかに素早く静かに対処するか。

 この世で最も戦闘が得意な化物の重い期待に、彼はきちんと応える。

 想定外の不運ですら、彼は想定している。

 対峙するアリオスたちにも気付かせず、不足の事態の対処にあたる。

 

 崩れゆく空間の補填など、彼にはできない。

 この空間は彼が戦闘で優位に立つための要ではあるが、本当の主は別の人間だ。

 ならば、少しでもリミットを遅らせる。

 彼の領域である『時』をもってすれば、多少は可能だ。

 

 

(まだ、死んではねぇな。もう少し、持ちこたえてくれよ……)

 

 

 魔力を滾らせ、心臓の鼓動をはねあげる。

 切りたくない札を切らされて、心中はとても穏やかではない。

 なんとか最小の力で打ち倒したいと考えていたのだが、残念ながら思い通りにはいかない。

 苛立ちながらも、彼はギアをさらに上げる。

 

 

「いくぜ」

 

 

 空間が崩れかけてから、瞬きの間の出来事だ。

 すんでのところで命拾いしたアリオスたちに、体勢を立て直す暇を与えない。

 ライオスの背負う時計が、さらに狂う。

 秒針と短針が、遅れて、速まり、進んで、止まるを繰り返す。

 

 

「避け……!」

 

「お前、自分が一番速いって勘違いしてるだろ?」

 

 

 アリオスの元へ行く時間を、認識できなかった。

 時間が、過程が、飛んだように見えた。

 次元の違う速度に、反応が遅れる。

 引き伸ばされた時間が、走馬灯というものだという知識と知っている。

 アリオスが設置した電気的な反応、検知をすり抜けた。

 防御体勢に入った時には、即死をもたらす掌が、そこにある。

 

 

「俺サマは、負けねぇ」

 

「おお、おおお!!」

 

 

 一か八か、触れられた途端に風化した体を、自分で分解して再吸収する。

 切り離された部位を、もう己のものではないものを、自分の力として取り込んだ。

 ただ、攻撃を回避したようにしか見えないだろう。

 だが、これが意味をするところは、

 

 

「離れろ!」

 

 

 意味を理解する間もなく、戦況は踊る。

 

 そこに居るひとりへ向けて、攻撃する。

 投げられた短剣と、呪詛が凝縮した槍と、あらゆる属性の魔法が殺到した。

 だが、次の瞬間には、消えていた。今度はラッシュの元へ現れる。

 瞬間移動なら、すぐに反応できるはず。

 理屈を考える間はないので、ラッシュは対処を反射で行う。

 

 いくつか道具を、死の掌と己の間に噛ませる。

 瞬間、閃光と共に熱と風を生む。

 焼け焦げた皮膚を治す間もなく反撃するが、やはり空を切る。

 

 

「そら、まだ終わらねぇぞ」

 

 

 空間の非連続性がマシになったとはいえ、未だに敵へまともな一撃を与えられていないことに、じわりと不安感を抱く。

 徹底した戦いぶりが、とてつもなく厄介だったのだ。

 ヒットアンドアウェイに徹し、ひたすらにリズムをズラして攻撃する。ただ、雑な力任せではなく、戦い方に思考と工夫と経験が見える。

 

 ライオスの時計は、秒針が己を意味する。

 そして、短針は他人を意味する。

 秒針を操り、己の動きを加速させる。短針の速度を変えることで、動きを遅くしたり、一瞬だけ認識を振り切るほど速める。

 だが、察した所で、何も対策できない。

 さらに、

  

 

「ほら、早く死ねよ!」

 

 

 近・中・遠距離において、一切の隙がない。

 今も、牽制に放った攻撃は、ちゃんと速く、当たれば即死する。

 数も質も、高い水準である。

 そして、その攻撃に紛れながら、近接で仕留めようと高速で動く。

 地の利を失ってなお、ライオスは倒れない。

 

 

「ガキ共に、この俺サマが負ける道理がねぇ!」

 

 

 ライオスが射出するのは、短剣である。

 当然、彼の力が染み込んだ、必滅の刃だ。

 時の力を受けて加速し、アリシアとリリアの間に突き刺さる。

 リリアにはさらに短剣を加算し、アリシアには本人が仕掛ける。

 

 

「がああ!!」

 

「…………」

 

 

 死の淵に立たされ、研ぎ澄まされていく感覚を、アリシアたちは共有していた。

 強敵との死合いは、それだけ彼らの肥やしになる。

 今ここで限界を越えなければ殺される閉塞感が、爆発的な成長を生む。

 

 

「!」

 

 

 他人の『転移』には、相手の了解を得ない場合、凄まじいエネルギー効率のロスが生まれる。

 一定の強者なら、簡単に弾かれてしまう。

 だが、そこを曲げて、アリシアはライオスを見当違いの場所へ飛ばした。

 力の同質化など、習ったことはない。

 数度、アインが『らしい』動きをしただけのものである。

 

 

「チィ……!」

 

 

 舌打ちが漏れる。

 重ねねばならない対処が増える。

 力の本質を特定されないように、エネルギーの質を毎秒変えながら動かねばならない。

 それは普通にこなすのだが、煩わしさに苛立ちを隠せない。

 

 ライオスは、空に向けて指差し、力を込める。

 空間に設置し、隠していた数多の武器が姿を現した。

 それらはゆっくり落ちたと思ったが、ある地点に到達した瞬間、加速して降り注ぐ。

 

 

「!」

 

「ふざけやがって!」

 

 

 しかし、数千の刃のほとんどはダミーだ。

 本命はその中の、ほんの八本。

 死角から降る必殺の刃は、群像に紛れて素知らぬ顔で命を狙う。

 全面に押し出した呪詛も、雷と化すことで受け流すことも、魔法の障壁を展開されても、まったくの無意味だ。

 薄く全方位に伸ばした壁など、簡単に貫き、突き刺さる。もし掠りでもすれば、触れれば消し飛ばしていた先ほどと異なり、『時間経過』の効果が毒のように回る。

 これは、致命の隙を与えるための攻撃である。

 

 誰でもいい、隙を晒した敵へ向けて突撃する準備を整える。

 そして、その目論みは、二歩目を踏み出す前に中止した。

 

 

「あ゛あ゛、いつだって風向き悪りぃな、俺サマは!」

 

 

 全て、防ぎきられた。

 薄く張った天蓋ごときに、防げるはずがない。

 しかし、よく観察すれば、天蓋の二点だけが厚く守られている。

 恐らくではあるが、その理由は、

 

 

「テメェ!!」

 

 

 それは、知覚領域を限界を超えて広げた、ラッシュの影響だろう。

 確実に害があるものだけを見抜き、仲間たちへ指示した。

 研ぎ澄まされた才覚が、順調に彼らの領域を引き上げる。

 

 苛立ちを、ライオスは己の短剣にぶつけた。

 柄の頭を垂直に蹴り抜き、飛ばしたのだ。

 真っ直ぐにラッシュに向けて飛んだ短剣は、喉元めがけて加速する。

 そして、

 

 

「ぐ……!」

 

「ははははは!!」

 

 

 ラッシュは、ライオスが攻撃のモーションに移った時には、既に回避を始めていた。

 恐るべき感知機能による、未来予知にも似た回避だ。

 だが、覚醒の影響か代償か、動きが鈍い。

 察知したことは素晴らしかったが、腕を犠牲にしなければならなかったらしい。

 

 即座に患部を切り離し、事なきを得ていた。

 されど、ダメージは大きかろう。

 回復するにしろ、その消耗は目を伏せられるほどではない。

 だが、

 

 

「!」

 

 

 切り離された左腕から、呪いが生まれる。

 膨れ上がった怒りが、怨嗟が、妬心が、突き刺さるようにライオスへ殺到する。

 当然、それから逃げるが、しつこく呪いは敵を追う。

 ピッタリ付いて回って、最後には辿り着く。

 ライオスにダメージはない。

 しかし、これは、

 

 

「体が、重い……?」

 

「生かさず殺さず。苦しみ踠け」

 

 

 ただ、苦痛を与えるだけのものではない。

 縛ることも、留めることも、等しく呪いだ。

 相手の思い通りにさせないことが、相手を苦しめることに通じるのならば、それは無害であったとしても、呪詛として成り立つ。

 捧げた供物と、効果の縛りが、呪詛に必中の力を付与する。

 個人として、ただ漫然と使っていた力が、『儀式』という型を得た。

 より、力は研ぎ澄まされたのだ。

 

 

「チッ……!」

 

 

 ライオスの判断は、常に一瞬だ。

 速さによって翻弄してきたこれまでではある。それが、今となってはそれも難しいこととも、今把握した。

 その上で、ギリギリを見極め、消耗させ、削り殺す戦法とて考えはした。

 最も堅実で、確実な勝ち筋はそれだ。今も大きな弱体化を負ったが、アリオスたちを翻弄する方法はまだある。

 

 だが、本当の意味で、()()()()()()()()()()()()()()

 ただ、この一点だけをもって、彼は戦闘方法を変えざるを得なかった。

 

 

「くたばれ」

 

 

 動く必要は、もうない。

 確実性は失われるが、仕方がない。

 ただ、一撃の用意しかない。

 しかし、この空間ごと全てを吹き飛ばす威力を持ち出せば、それで良いはずだ。

 極限まで集中したこの技は、発動の準備の段階で、ライオスを中心に時間の流れがねじ曲がる。

 向こうからの攻撃が届く前に、絶対にライオスは技を放てる。

 

 一点集中。

 必要なリソースをかき集め、凝縮し、固めていく。

 何てことのない、魔力から作り出したエネルギー弾を放り投げる。それの時間を加速し、加速の力を溜めた上で留め、さらに加速する。

 無限の加速を繰り返し、最早、それは人の認識を遥かに上回る『世界の外』の領域に指をかけた。

 

 さらに、ライオスは道を補填する。

 加速のための道を敷く。

 通ればそれだけで指数関数的に加速する道筋を、彼は描ける。

 それは、恐らく、『神』にすら届く一撃であろう。

 レールを用意し、あとは放つのみ。

 

 全てを無に帰す一撃を放つ直前に、口から溢れた血を飲み込んだ。

 ぎしぎしと軋む体を引きずり、それでもと、最後の一撃を放り投げる。

 そして、

 

 

「俺サマは、負けねぇ……」

 

 

 弱々しく、ライオスは呟いた。

 轟音の果てに、異空間は崩壊を始める。

 

 

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