いつの間にか悪の組織の幹部になっていた件   作:アジぺんぎん

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155 終幕

 

「こうならないよう、準備はしてたつもりだ」

 

 

 とても平静に、ライオスは言った。

 彼の粗野な性格は、関わってから感じていたし、長年の悲願が小僧共に破られた現状の悔しさだってひとしおだろう。

 声と語気を荒らげながら、恨み言を吐いても良いような気がするが、予想に反してとても静かだった。

 思わず聞き入ってしまったのは、鉛を背負うように纏わりつく疲労からか、静寂の中に響く孤高の強者の最期への敬意からか、どうにも言葉に引き込まれた。

 

 

「俺サマも焼きが回ったぜ。こんなガキ共なんざ、小石くらいにしか思っちゃいなかった。小石に躓いてりゃあ、世話ぁない」

 

 

 機械の体は、あちこちが破損していた。

 残った数少ない生体部分からは、どす黒い血が流れている。

 誰が見ても、これは瀕死だ。放っておいても死ぬだろう。

 当初、強い力を感じていたが、今はまさしく風前の灯である。

 もう、どうあっても復活はない。出し尽くしたアリオスたちと同様に、ライオスも出し尽くした確信がある。

 それだけ、最後の一撃は重かった。

 

 そこには、信念と誇りと夢が乗っていた。

 でなければ、あの一撃は成立しない。

 果ての果てと信じさせるだけのものが、そこにはあったからだ。

 

 

「喜べ、ガキ共。三百年以上、世界を荒らしてきた大悪党を討ち取ったんだ」

 

 

 枯れる寸前の植物は、どう佇むか。

 去り行く命は、どう色褪せるのか。

 そこには『最期』が詰まっていた。

 自在に『時』を操り、命を啜った巨悪の終わりは、夜のように静かだった。

 

 言葉には熱がこもらない。

 きっと、本人が脱け殻になっているからだ。

 そこに転がっているものは、過去の恩讐と憤怒を吐き出した、空の器だ。

 

 

「悔いはねー。やるだけやった。俺よりも正しい奴が居た。そんだけのことだ」

 

 

 アリオスたちは、応えられない。

 発声も、指一本を動かすことも、出し切った彼らには辛いことだ。

 唯一、余力を持ったクロノだけが、全てを見抜いたクロノだけが、ライオスの独白に疑義を呈する。

 

 

「後悔してない? そんなこと、ないだろう?」

 

「テメーが決めんな。俺は、やれるだけをやった。くだらねー人生だったが、()()は終わった。もう、それでいい」

 

「俺は、その自嘲に納得がいかないんだ」

 

 

 頑ななのは、誰も彼も同じだ。

 クロノは側で跪き、ライオスの奥底を覗こうとする。

 クロノは、怒っているらしかった。

 こんなことがあっていいのかと、憤っていた。

 

 ライオスが、その様を嗤う。

 甘っちょろく、軟弱な思考を蔑む。

 逆上のまま殺されても構わないから、侮蔑の色を隠しもしない。

 

 

「はっ! 知るか、テメーの納得なんざ。テメーは、俺が勝った方が良かったってか? そりゃあ、テメーの仲間に……」

 

「違う。貴方が、無為に蔑まれる存在じゃないと、俺は思ってるからだ」

 

 

 しかし、クロノの色は変わらない。

 敬意を示す。憤る。悲哀はそのまま。

 様々な感情が入り乱れて、単純には言い表せない。

 クロノだけが、全てを理解していた。

 裏の底の、隠された想いまで、容赦なく暴いてしまう。

 

 だから、労らずにはいられなかった。

 積み重ねた過去は、決して軽くない。

 彼の証明は間違っていたが、価値なきものではなかった。

 蔑ろにされることは、他人事とて嫌だったのだ。

 何故ならば、きっと、

 

 

「気持ち悪いガキだな」

 

「貴方に勝てた仲間を、誇りたいからだ。貴方は、凄い人だから」

 

「イカれてんのか、クソガキ」

 

「もう、ダメなんだろう、その体」

 

 

 

 最期の命の輝きが、あまりにも美しかったからだろう。

 

 

 

「寿命なんて、とっくに過ぎてるんだろう?」

 

「…………」

 

「外付けの機能と、時間操作魔法の延命も、いよいよ限界なんだろう?」

 

 

 錆び付いた体が、ギギギと音を立てる。

 際限なく溢れる血は、油のようにどす黒く、流動性がない。

 アリオスたちからの反撃は、致命打に届くものはなかったはずだ。

 状況に急かされ、死にかけの肉体で無理に無理を重ねたから、今こうなっている。

 

 

「タラレバを言うつもりはねぇ。俺の器じゃあ、待てなかった。そんだけのことさ」

 

「死にかけの状態で、貴方はベストを尽くした。後少しで、負けていた」

 

 

 体が腐る痛みは、どれほどか。

 軋む体で戦う苦痛は、どれほどか。

 使える魔力や技も、恐ろしく限られていたはず。最低限の力で以て、ここまで戦い抜いていた。

 いつ死ぬかもしれないのに、そんな様子はおくびにも出さなかった。

 

 強い口調は、自分の不利を悟らせないため。

 魔法だって、大技は最後の一撃だけで、魔法の使用は最小限に抑えていたはずだ。加速のために使った魔法は一瞬で、幾度もその『一瞬』を繰り返し、アリオスたちを翻弄していた。

 不利な状況で負けるつもりなどさらさらなく、見せた気迫は、全て本物だった。

 

 単に、凄いと認めたかったのだ。

 クロノは、努力し続けた者が、素晴らしい価値を作り上げた者が、まったく報われずに終わることに、納得できない。

 青臭いと言われれば、ソイツは悪人と言われれば、無責任と言われれば、本当にそれまでのくだらない同情だろう。

 ただ、そうだとしても、

 

 

「凄かった。これは、本心だよ」

 

「…………」

 

 

 ほんの少し、間が空いた。

 言葉を噛み締め、えも言えぬ想いが胸を埋めた。

 しかし、

 

 

「……だとしても、遅ぇ」

 

 

 彼は、その精神性で使徒へ成り上がった傑物。

 その時に最も欲しい言葉をくれる人間の魅力に、簡単に抗える。

 絶対にブレないから、彼は強い。

 初志貫徹、目指すべき目的以外の何もかもを、彼自身の心すら彼は拒絶する。

 

 その答えは、言葉ではなく現象として表れた。

 

 

 

「!」

 

「残念だったな。俺の意志は固ぇんだ」

 

 

 

 地面が光っていたのだ。

 あちこちで淡い紫の光が立ち上ぼり、何本も光の柱が地平線まで続いている。

 目に見える範囲異変ではあるが、目に届かない範囲、それこそ星の反対側ですら、同じことが起きている確信があった。

 大地の下暴れている絶大なエネルギーが、そんな荒唐無稽なイメージを、現実だと教えてくれる。

 

 極大規模の術の行使。

 原因が誰か、状況はひとりを指し示す。

 しかし、そのひとりは今、死にかけている。

 水桶をひっくり返した後では、どれだけ覗いても中身はない。

 ライオスには、最早何もできないはずなのだ。

 

 そんな困惑に応えるように、ライオスは言う。

 

 

「なんにも不思議なことはねぇよ。俺は、準備をしてた。スイッチを押さなかっただけで、土台はあったのさ」

 

 

 今にも消えそうな存在感だった。

 本当の本当に、消え行く蝋燭の灯火なのだろう。

 いつ死んでもおかしくない、どころか、もう体は死んでいる。

 精神だけで命を繋ぎ止めている奇跡、いわばロスタイムだ。

 朦朧とした意識の中で、何かを話していないと、この奇跡が終わってしまう気がしたのだろう。

 ライオスは、種明かしを止められない。

 

 

「『神気』は、エッセンスだ。この世で最も巨大で、強大な生物の力を、局所的に支配するための」

 

 

 対処法は、浮かばなかった。

 世界規模の魔法が発動済みで、術者は既に虫の息。

 問いただしたところで、意味はない。

 既に、術式は彼の手から離れている。

 

 

「時間を遡るには、バカでかいエネルギーと、複雑な表現を施した陣が必要だ。言葉にすりゃこんだけだが、常識なんて遥かに越えた量と質が必要になる。だから、手っ取り早く考えたよ」

 

 

 殺しても、この術は止まらない。

 魔法使いが手元で作った魔法ではない。

 術式の表現を、魔力ではなく他のもので代用する技法は、発動の際のエネルギーだけで発動する。

 そして、既に出来上がった陣を利用するため、術者を殺したとしても意味がない。

 

 

「ダチに頼りきりになっちまったが、なんとか出来たぜ。俺が三百年かけて創りあげた式を、()()()()()()()()()()()。アホほど、手間はかかったが……」

 

 

 誰も知らないことだ。

 地の底には空間をえぐり取ってできた、魔方陣の表現が掘られていたことなど。

 立体という、魔方陣の常識を遥かに越えたアイデアにより、百年先の技術を再現した。その上で、それを世界に遍くように術を刻んだことなど。

 『星』を巻き込む、極大の術式が、人々の生活の下に組み込まれていたことなど。

 地表のエネルギーを僅かずつ搾り取り、蓄え、最後に『神気』が陣に流されることで、この『星』すら従える力を発揮するなど。

 

 

「俺は、世界の時間を巻き戻す! 俺が世界で最も正しかったと証明する! お前の、全部が間違いだった! 清廉潔白なお前は人の悪意の前に折れ、悪人の俺こそ生き抜き、偉業を成し遂げた!」

 

 

 彼の執念は、あらゆる存在を上回る。

 アリオスたちも、『神の子』であるクロノも、他の使徒も、世界で最も巨大で強大な『星』すらも。

 この一瞬だけは、彼は無敵だった。

 彼は、誰よりも正しかった。

 

 

「だから、敗けを認めて、お前は生きろ……」

 

 

 

 しかし、

 

 

 

『それでも、絶対はボクだ』

 

 

 

 ただひとりを除いて。

 

 

 ※※※※※※※※※※

 

 

 クロノは、突如現れたソレが何かを知らない。

 巨大な黒い狼の姿をしていたが、禍々しい角と対の三眼が、尋常ならざる存在であることを示している。夜を纏うような漆黒は、荘厳さすら帯びていた。

 この状況で現れたソレは、敵か味方か判別できない。満身創痍の仲間たちを自身の側に寄せ、守るために立ちはだかるだけで、様子を見る他にはなかった。

 

 異常を極めた、混沌なる現状。

 そんな中、クロノが何よりも注目したのは、ソレの力の大きさだった。

 

 

(見えない……)

 

 

 クロノの眼は、秘密を暴く性質を持つ。

 だが、『その眼に捉えきれないもの』、『秘密にはしていないもの』と『暴いてもなお理解不能なもの』には、通用しない。

 黒狼が『星と同等の強大さを持ち』、『正体を隠すためではなく、この異常を止めるための手段としてその姿を取っている』上に、『クロノの想像などという狭い枠組みに収まらない存在』であったために、クロノには、その黒狼の正体も、どの程度の力量かも分からない。

 

 しかし、それでも、黒狼の威圧感だけは、直に伝わる。

 

 

(あれは、マズイ……!)

 

 

 瞬く間もなく、ソレはライオスの首をはねていた。

 体毛と正反対の、真っ白な爪牙には、血すら残っていない。

 獰猛な唸り声が雷のように響いている。

 そして、

 

 

『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!!!!』

 

 

 天をつんざく咆哮は、地響きを生み、雲を晴らし、周囲五キロの生命体を死に至らしめた。

 クロノが万全の状態で、防御のための力を残していなければ、彼らも同じ末路を辿っただろう。

 何もかもが暴力的な、黒狼の行動。それは、暴虐だけでは終わらない。

 

 

「大地、が……?」

 

 

 息も絶え絶えに、アリオスは呟く。

 それだけ、驚愕に値する光景だったのだ。

 地平線の彼方まで立ち上っていた、光の柱が消えていく。

 発動した術式がかき消され、術がキャンセルされていく。

 技など、なにも使っていない。ただ力ずくで、発動を抑え、陣を破壊し、起こった影響を最小限に留めているだけのこと。

 その力は、世界の裏側まで届いている。

 

 十秒か、一分か、一時間か。

 時間がどれほど流れたか、把握できない。

 でたらめに圧倒されたこの時間は、長いようで短い体験だった。

 ともかく、世界を巻き込む術は止まった。光の柱は全て消え去り、『星』から発した極大のエネルギーは凪いでいる。

 黒狼が小さく頭を下げる。

 

 

『あと、十年。いや、五年あれば……』

 

 

 悔いるような、哀しむような。

 惜別の想いを微かに滲ませる。

 十秒にも満たないが、確かに黒狼は敵を悼んでいた。

 その後、全ての感傷を終わらせた状態で、

 

 

 

 クロノたちを見た。

 

 

 

「「「「「!」」」」」

 

 

 鼓動が早くなる。

 嫌な汗が出る。

 瞳孔が開く。

 走馬灯が流れる。

 

 ただ、こちらを意識されただけ。

 それだけで、身体は異常をきたした。

 戦士としての心構えを学び、戦いを止めなかった彼らを、恐怖で縛る。

 絶対の破滅を前に、完全に動きが止まった。

 そして、

 

 

 

 

 世界は、再び変わる。

 

 

「「「「「!!?」」」」」

 

 

 黒狼は、消えていた。

 いや、空も、大地も、命もない。

 同じ光景は、先ほど見てきた。

 凄まじいレベルの異空間に連れ込まれたのは、間違いない。

 誰の仕業かを思い浮かべたが、その答えは、目の前に立っていた。

 

 

「間一髪、でしたね」

 

 

 半透明の少女だった。

 肉体はなく、儚く、魂だけで成立している。

 そんな曖昧な存在にも関わらず、少女は、クロノたちを遥かに上回る力を宿している。

 居るだけで伝わるプレッシャーを、痛いくらいに感じ取れる。

 

 

「時間稼ぎにしかなりませんが、ひとまずご安心を。あの方とて、簡単に私の力を破ることはできません。今、貴方たちに手を出される訳にはいきませんから」

 

 

 髪の長い少女だった。

 透き通るような白い髪が似合う。

 ごく普通の、市民が着る布の服が、少女の神秘的な美を浮き彫りにさせる。

 とても繊細で、儚く、その様子は、しんしんと降り積もる深雪を思わせた。

 

 

「貴女は、いったい……」

 

 

 アリシアが、ぽつりと疑問を吐き出した。

 状況として、助けてくれたと思っていいはず。

 縋るように淡い期待で、彼女は問うた。

 

 すると、少女は微笑む。

 安堵させるため、敵ではないと訴えるため。

 何故なら、少女の正体が、彼らの警戒を招くことは知っていたからだ。

 だが、同じ不信を抱かせるにせよ、求められてつっぱねる方を少女は選ばなかった。

 

 

「教団、第二使徒。『幽鬼』。影法師。様々な呼び名はありますが、名はありません」

 

 

 アリシアを始め、彼らは各々警戒をする。

 武器、魔法、心構えと、様々な準備を整える。

 ただひとり、クロノを除いて。

 

 

「わたくしは、貴方たちの敵ではありません。むしろ、味方。私は、教団の野望を阻止したい」

 

 

 クロノは、少女の容姿に既視感を覚えていた。

 いや、容姿だけではない。エネルギーの質、雰囲気、少女の根源を、見たことがある気がした。

 目を奪われる時間は、そう長くはない。

 少女が続く言葉を発する前に、確信する。

 その力を、彼は触れ続け、魅入られ、託されたのだ。

 会った瞬間、何故確信しなかったのかと己を疑うほど、少女の見た目は、彼の知る存在に似ていた。

 

 

「剣……?」

 

 

 アインから、クロノへ託された魔剣。

 意志ある武器は、その精神の底で人の形を取っていた。

 その姿に瓜二つであった。

 

 

「お願いします。教団の主、教主と、その右腕の第一使徒。この二人を、殺してください」

 

 

 クロノは、腰に下げた剣がひとりでに震えたのを感じた。

 意志を持つ魔剣が何を訴えているか、聴くことはできなかった。

 

 

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